花手折る夢

 青年、リュカは小さなため息と共に天井を見上げる。
 結婚。それは通常なら人生の岐路である。けれどもリュカにはその実感がない。
 亡き父の言葉に従い、伝説の勇者を、その勇者を導くべく武具を探して旅を続けるリュカが、かの地・サラボナを訪れたのはほんの数十日前。
 かの伝説の防具の一つに数えられる天空の盾なる秘宝を所有するのは、このサラボナの地に屋敷を構える大富豪・ルドマン公であるという。
 彼は、あるいはその財宝をリュカに譲る気がある。
 ただし、リュカがルドマン公の望む通りに「炎のリング」「水のリング」と呼ばれる指輪を手にし、彼の娘を娶るなら…の話である。
 本人の意図せぬところで話は進み、灼熱の溶岩入り交じる熱風に、それ以上に恐ろしい魔物達に阻まれながらもどうにか炎のリングを手にし、サラボナの地に凱旋したのは昼のこと。
 無邪気に瞳を輝かすルドマンの言葉に流され、次なる目的地はサラボナの北、水のリングがあると言われる滝の洞窟。さすがに疲れを隠せないリュカは、出発を明日に取り決め、そうそうにサラボナにて宿を取った次第である。

 もしも、水のリングを持ち帰ったとするならば。
 僕は、本当にフローラさんと結婚するのだろうか…?

 先刻から取り留めもなく思案するは、漠然とした未来。
 生まれてこの方母の顔を知らずに育ち、たった1人の身内である父親を6つの時に眼前で惨殺されて以来、彼は天涯孤独の身であった。
 父がいて、母がいて、子供達。どこにでもある一家の風景は、しかし彼にはほとんど縁のないものであった。それが急に結婚など、想像もできるはずもない。
 ただ。教会で聞いたシスターの言葉が、手探りで歩くリュカを支えていた。
 結婚、それは心から愛する人と共に生きていくこと。
 果たして、自分の、そしてフローラの気持ちは…?

 出逢いの瞬間、リュカは確かに大きく瞳を見開いた。
 駆けるには適さないであろう優雅で長いドレスを翻して子犬を追ってくる少女…足下にすりよって来た犬を抱き上げたリュカが顔を上げたその時に、追い付いて一息ついた娘の顔も上がる。
 美しく均衡の取れた目鼻立ちに、美しく流れる長い髪に。何より、その優しく包み込むようなその雰囲気に。
 彼女は、美しかった。頬を上気させ、微かに乱した呼吸さえも艶やかで。
 …寝台では、どう乱れるのであろうか?
 斯様な不謹慎なことを考える己を恥じながらも、リュカも年頃の男である。
 父を殺した憎むべく仇どもに捕われ、過酷な重労働を強いられた十余年。
 そして現在では旅に生きる戦士である。そんなリュカの生活には、当然ながら女っ気などない。
 自分と同じ年頃の娘に出逢い、興味を覚え、性的な衝動を覚えると言うことは決して不自然なことではないが、何しろリュカは圧倒的に知識も経験も不足している。
 だが、体の内に眠る雄の本能はリュカの意志とは無関係であり、性衝動を完全に押さ込める術などない。
 透けるように白く美しい肌に、触れればさぞかし柔らかく心地よいのであろう。
 リュカは身震いをした。
 下肢が、燃えるように熱い。
 フローラはおそらく処女であろう。リュカは、漠然と思っていた。
 良家の娘であり、幼い頃よりつい最近まで修道院に預けられていたと聞いたせいもある。
 男の単純な支配欲からくる、勝手な憶測でもあるのかもしれないが。
 処女であるならば育ちのいい彼女は、相手が例え夫であろうと、肌を曝すのを恥じらうだろう。
 初めての性交は、女性には苦痛を伴うとも聞く。出血することがあるとも。
 羞恥に、痛みに、もしかしたら彼女は涙さえ見せるかもしれない。
 色事にずれはじめると、止りもしない。リュカは半ば無意識に下半身にその手のひらを向けた。
 疼く熱を一気に掴む…それは彼の手の内で、別の生き物のように脈打つ。
 暴走するそれは、自分の体の一部であることには変わりないのだけれど、痛い程の激しい血流に一気に満たされ熱く膨張する、これ程の激しさは未だかつて味わったことのない感触である。
 澄んだ瞳を潤ませるフローラ。普段の足首までもを隠すドレスを脱ぎ、男の視線に全身を薄桃色に染めあげる彼女の裸体はことさら美しい。裸体でなくとも、柔らかく清楚に微笑する姿ももちろん美しいが。
 全体的に華奢であるが、その胸ばかりは豊かである。女として、母親としての象徴である胸の膨らみは、男にすれば幼かろうと年を取ろうと、ほぼ生涯に渡って最も安らげるものの一つである。
 …それらは全て、リュカの勝手な想像にすぎない。けれども、フローラの体の美しさは間違ってはいないだろう。妙な確信もあった。
 柔らかな胸に顔を埋めると、初めて味わうであろう感触に彼女は悲鳴を漏らすであろう。
 その先端を彩る乳首に指先を、舌を這わせれば?
 徐々に呼吸を乱していくフローラの全身に口づけ、彼女の下肢に手を伸ばす。
 まだ誰も触れたことのない、男を知らぬそこはそれでも体の変化に忠実に、然るべき反応をきたす。
 指先で触れると、つるつるとよく滑るくらいには濡れている。
 だが焦りは禁物だ。自慰の経験があれば別であるが、何の侵入も許したことのない処女であれば、いくら体が受け入れられる程には反応を示してはいても、痛みを伴うかもしれない。
 彼女との行為は愛することが目的であり、決して苦痛を与えたいわけではないのである。
 だからこそ、あえてフローラの体の奥にまでは触れずに、その近辺をゆっくり愛撫し続ける。
 そのうちフローラの吐息が快楽に上ずって来たら、物足りなさに体が跳ね上がるようになったら、まずは指を一本ゆっくりと…少しずつ。
 十分に潤ったフローラの体内は、暖かで柔らかい。指を引き抜き、すぐにでも己のものをあてがって一つになりたい。先走る欲望を押さえて、まずはフローラの体を十分に慣らさなければならないだろう。
 何しろ、男のそれと指とでは全然大きさが違う。指一本にならば耐えられても、いざ本番となればそうはいかないかもしれないのだから。
 指を増やし、存分に押し広げながら、フローラの唇に優しくキス。
 初めは眉を寄せ、明らかに苦痛に耐える表情を見せていた彼女も、今では甘く声を紡ぐ。
 愛撫する指を止めると、閉ざされていた瞳はゆっくり開かれ…熱に浮かされたようにぼうっと焦点の定まらない瞳が、キラキラと輝く。
 切な気に光を纏うその瞳は、言葉に出来ない思いを熱く孕んでいるかのよう。
「フローラ………」
 夢中で抱き寄せる、熱い体。今や限界に昂った己を、少女の体内に一気に埋める。
 短く漏れる悲鳴は、苦痛からか?強くしがみつくフローラが多少落ち着くまで、ゆっくりとした動きで腰を揺らめかす。
 彼女の中は、熱く潤っていて快感が、衝動が駆け巡る。細い体を抱きしめて、ゆっくりとした動きは徐々に早く、力強いものにすり変わっていった。
 頬を、いやほぼ全身を火照らせたフローラは恥ずかしいのだろうか、きつく瞳を閉じたまま、それでも悲鳴めいた声を漏らす。痛いのか、それとも感じるのか。それは彼女に聞かなければわからない。そう簡単には教えてくれないのだろうが…。
 フローラの心地よい体温に包まれ、髪に、頬に、胸に触れながら無我夢中に突き上げる。一気に上り詰めていく強い感覚に、己の瞳もきつく閉ざす。
「……ッ…フロー…ラ……」
 気がつけばベットの上にただ一人、取り残されていた。
 否、元から部屋には自分を除いて他の誰もいるはずもない。フローラはまだ誰の妻でもなく、また婚前に男と交わるような育ちではないはずであるのだから、それも当然のことではあるのだろうが。
 絶頂の余韻に微かにけだるい体を起こし、洗面台で汚れた手のひらを洗いながら、再びため息を漏らす。
 だがそれは、先のそれとは意味が異なるような気がした。
 不安や迷いがまるでないわけではない。けれど、一人の女性と愛しあうこと。結ばれ、子を授かり、家族を作ること。そして、新妻との甘い夜。
 約束や使命に追われ、殺伐とした生活を送ることに不満を覚えたことはないが、こうしたごく当たり前の幸せを手に入れるのも、いいような気がする。
 明日には、滝の洞窟に向かおう。その後のことは、その時の気持ちに忠実に進めばいい。

 その後、滝の洞窟に向かう前に立ちよった山あいの小さな村で美しく成長した幼なじみと再会したリュカは、別の想像にも捕われるようになる。
2008年04月11日(金) 19:50:44 Modified by dqnovels




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