神の子供達

孤児である。父母の顔は知らないが墓は知っていた。
アリアハンの男で青み掛かった銀色の目と髪を持って容貌の尋常ならぬ美しさ。
老魔道士に拾われ育てられたが幼少で師の教えを飲み込み、師を越えてしまった。
彼は王城の兵士に志願した。使い勝手の良い魔法力は封印だ。
抜群の賢さで、少年は青年になり…しかし出世はしなかった。望みもしない。
この世ならぬ飛び抜けた美しさではあるが、若い容姿と若々しい(それでいて落ち着いて静かな)覇気がこの男を人目に恐ろしくさせていた。

毅然とし堂々とした剛の女。
だがその艶めかしさは、冷たさと禁欲的な雰囲気も手伝わせた女戦士の魅力であった。
美人と言われた事もあったが、褒め言葉は色気の事が多い気がする。
16才の朝、彼女は鏡に向かった。
よくよく見ると小さな唇がプックリしている。白い肌に淡い桃色が瑞々しく浮き立っている。
人から艶めかしいと言われるのはこの唇のせいだろうかと思った。目元は女傑らしく鋭い。
自分の父より鋭い目だと言われた時は嬉しかった。
しかし鏡の中に居るのは、控えめに潤んだ唇の、女の顔。
勇者は鏡に拳を押し当てた。鏡面に蜘蛛の足の様なひびが入る。
その顔が弱く見えたのだ。懐かしい部屋の鏡が床に落ちて砕けた。

魔法戦士22才で、16才の女が興味を示す。共に旅をする事になる女勇者である。
「旅の目的は」
「勇者として、強さを証明出来るなら」
女勇者のリアは、美貌でライトを誘ったわけではない。
痩せた長身に隠し切れない迫力と、彼女をバカにはしていないが優しくもない態度が気に入った。
「世界平和だ、本当は」
「ならば行こう」
女勇者は酒場にいる他の人間に見向きもしない。

「お前だけでいい。用があるのは強い者だ」

女勇者、“戦場に立つ者”として父から疎外されている。



魔法戦士はダーマで武闘を学ぶ。大鋏を右手に、左手にパワーナックルをと言う時期もあった。全てが我流の蹴撃の凄まじさ。
武闘を志しそれ一筋に生きて来た者達から邪道と罵られたが、彼より強い人間はこの世に存在しない。悪口は儚い。

「ライト」
“男に生まれたかった”の言葉をもし言うなら、女の幸せを知った後でないと嫌だとリアは思っていた。

「まだ、もう一度…」
互いが果てた後、離れそうだった男の胸の下で女勇者が言った。
ライトの方から求める事は無いのだが、彼女との時間は(よかった)と言える。
彼もフと夢中になる時があって、リアを喜ばせ、リアはライトに吸い込まれる様にはまってそれに気付いて恥じたりした。

勇者19才、魔法戦士25才で男子が生まれる。
ライトはその日特別に小奇麗だった。装いだけでなく彼自身の雰囲気も。リアは崩れ落ちそうになって
「苦しかった…」
と初めて弱音を吐いた。

自分と血の繋がった人間に会った事で、ライトは何やら後光を持った。
老人と呼ばれる頃にその美貌は華と咲く。
孫を得て輝かんばかりに美しくなった。他の通髄を許さない程強くなった。
魔法の道にも素直に入る事になる。懐かしく深い魔術の世界を見詰め、新たな発見もした。
愛情が増えて行く度、彼は美しくなって行った。



「ははうえ」
「ん…」

「おでかけですかー?」
なんで自分達の子がこんなに明るいのか、リアには謎だ。
「うむ、私は旅に出る」
「たびって?どんなたび?」
「散歩の様なものだ。明日出発してすぐ帰る。父上と共に留守を頼む」
「はい」
坊や、(私は…)
「…どっかわるいの?」
勘の良い子だ。心も良く見抜く。

息子がすっかり寝入った頃、リアの凛と冴えた声が少し柔らかくなって男にせまった。
彼に抱き付くと、少し震えて目も潤ませた。
「何だ」
微かな戸惑いか。彼のその声だけでもう女勇者は抱かれようと心でも思い、体でも思った。

頭を枕の方にゆっくりと振り、女勇者は少し達した。
上半身だけへの愛撫で、乳房も…まだその頂点を男が触れる前の事。
女勇者はいつも恥かしそうにしていて、いつも肌を熱くしていた。
あまり抱き合わないので、つまりいつも久し振りに抱き合うので、二人は良く感じた。
「んん……」
喘ぎを続けた後そう言うのである。嬌声は可愛らしく、喘ぎは艶めかしい。
顔を見ると薄目を開けて、大人しいものである。
頬を染めている。あの猛る冷徹の女が。
白い肌に浮き立つ淡い桃色の突起。それを男が指で少し押しただけで小さな声を上げ、白い肌を反らせまたイッた。
彼女は彼にとても緊張しているらしい。彼に触られるのをとても感じる様だ。
リアはライトの前でだけ乱れた。
心の事をライトは思っている。リアがこうしてライトを思っているから、彼等の息子の心はああして健康なのだと思う。
さてライトはリアをどう思っているのか…等、彼の思考も彼女の肌の前に鈍って来た。

今日のリアはおかしい、嫌に気になっていたのだが、
男の美しい頬が女の艶めかしい首筋に触れて滑る。
女の短めの黒髪、そのうなじから甘い匂いがして、そのまま…
「あっ」
今最も敏感になっている互いの箇所を合わせて、慣れた動きで男がゆっくり浸入する。
男の熱い肉片が濡れた壁に入り込み、壁に、襞に囲まれ噛む様にジワリ…と吸い付かれた。
緊張し頬を染め、甘い声と吐息を漏らす女が吸い付いて来る。
男は小さく息を付くとその中を動く。
互いに擦れ合う男女から漏れ出る水音が、濡れた衣を叩き合わせたかの様に高い。
揺れながら恥かしがって、女は声の出る口元を指先で覆う。
しかし声は男にしっかり聞かれる。
何の邪気も無い声、快感に苦しんで居る様な女の声が男の動きを速めさせた。
快感が強くて、女は嬉しくて恥かしくて
(や…、…もう、だめ…)
だが男の大きく深い動きに合わせて、はっ…と強い息遣いを何度も繰り返し続ける。
「はっ…っ…ぅっ」
男の下で女がヒクッヒクッと小さく震えた。
「んんっ…あ、ぁ」
絶頂の最中も突き上げられ、女は夢中で男の背を抱いた。
爪は立てていないが指の平で強く押し過ぎ、男の白い背に痣を作ってしまうと思った。
(ゆるして…)
そしてその絶頂の余韻の間も男に責め立てられ、女の襞は音を立てて喜び
「んっ…っ…」
女のその甘い声の中で男も絶頂を迎え、女の首筋、肩に唇を軽く当てながら一つ吐息を乱し、果てた。
互いに穏やかながら息を上げ、しばらくそのままでいた。男がゆっくり顔を上げると
「…よかった?」
男と目も合わせられず、恥かしそうでありながら女は聞いて来た。
低く小さい唸りを上げて、それも返事の代わりか男はそのまま女の唇を食む様に深く口付けた。

長い口付けに、男の体はまた盛んになった。(珍しい…)
大概一度切りの、淡泊な男の筈だった。

「熱い…」
自分の中で少し動き出した男を全身で感じながら女は言う。
男はそう言う女の額に触れ、女の前髪を分けてやった。そしてその額の汗を指先で拭く。
そうされるままに目を閉じて黙っていると、仰向けの女はベッドを男の背に奪われてしまった。
そして男は自分の腰の上に女を乗せる。
「何を」
この期に及んで、リアは曲げた腕で乳房を隠した。
自分が動いて快感を得る形。恥かしくて(出来ない、こんな…)
ライトを見ると眉を片方上げた可笑しな顔で誘っている。
この男がこんな顔をするのは珍しくて、女は見逃したくない思いがした。
女は腹部を動かし、熱い女の部位で男をしっかりと捕えてみた。

男は瞬間、目を閉じ、そして開けて動く乳房と女の腰を見始めた。
ムッチリとした体に白い肌。女でありつつ腹筋が六つに割れている。
しかし柔らかそうで触るとプニュッ…と指が沈み滑らか。
何年も愛しんで来たその体を男は時に目を伏せながら見ていた。
見られている自分の体…もう女は止まる理由も不満もない。
濁った声と共に黒い髪を乱した。
見ると男は目を閉じ、横を向いて小さな溜め息の様な吐息を漏らしていた。
いつも後ろに流している前髪がバッサリと落ちて、美しい額とそこから流れる流麗な目元に掛かっていた。
青み掛かった灰色の前髪は時に乱れて、極美しい切れ長の目が見える。
(なんで…わたしと)
こうしているのか。賢く強く、滅多に見せないがたまに信じられない程優しい男だった。
(なにを考えている)
純粋に男の心の動き、心の内全てを慮って、偲んで。
女は果てながらも下に居る美貌から目を離さず、男が微かに見せる陶酔を見ていた。

「ライト」

呼ぶとチラと女を見る。男は裸ながら仰向けの美しい寝姿で天井を見ていた。
「私はこの世の為には戦っていない」
萎える事を言う女である。それを聞かされているライトは勇者の魔法使いの筈である。
自分の夫大事、子が大事と言う。自分の…自分の…。
「愚かと言うなら、許してくれ」
ライトの胸にリアは乳房を押し付けて目を閉じた。
互いを異性と思い合う甘い時がこの無頼な夫婦にも閃く様にある。


主を一人無くした小さい家は朝、騒然としていた。
「ははうえ、ははうえ」
幼い息子が幾ら呼んでも返事は来ない。
「いっしょにいく」
そう言う息子を抱えて、魔法使いはアリアハンからギアガの大穴へ向った。

「リア!」
夫が呼んでも勇者は返事をしない。父の呼声を頼りにして息子は辺りに目を配っていた。
「わ、あんた人間の男?」
余りのライトの美しさに、ギアガの番人は神が耽美の為に作った人型の生き物だと思った。
「女を見なかったか」
黒髪で、二十半ばでリアと言う。
「あぁ、(あのおっかない色女か)来たよ。もう降りて行った」
ライトは大穴に爆裂の呪文を放った。
轟音に洞窟中が震えても大穴には何も起らない。
それを見るとすかさず長剣で斬り付けるが、空間は何も裂けない。
蹴撃にも固い岩の感触が返るだけで、闇は割れない。
(戦わせろ!俺に!!)
闇の地面に降り立ち、その地をパワーナックルで打っても激しい振動が起るだけで何も変わらない。
(俺にも戦わせろ!)
切なくもしばらくして動きの止まった父に、息子が歩み寄り簡単に大穴の闇の中へ入って行く。

肩まで浸かる状態となった。
「いけるよ。ホラ」
額にまで埋って行ける事を見せてくれる。
「勇者と一緒なら行けるようだ」
と番人は言う。この幼児既に覚醒している。「凄いぞ、坊」番人の囃しに幼児はテレてまごついたが
「ちちうえ」
呼ばれるまま、小さい手に向って父は手を伸ばした。
握ると息子は闇から飛び出す。自分以外の人間を連れて行ける能力はまだ彼に無い様である。
「さがしてきます」
「行くな、一人で行ってどうすると言うのだ」
少しガッカリして息子は闇の中から出て来た。

番人の制止も聞かずリアは大穴を囲む壁の上に立ち、広がる闇を見下ろしていた。
妻は美しい夫を思った。
(…老人と呼ばれる頃まできっと生きてくれ)
今の影が、棘が、もう少し抜けると魔法使いは本当に良い男になるだろうと勇者は思った。
キツイ顔なので皺が入るともっと良くなると。緑の法衣を着ろ、魔法使いらしくなるぞと。良い男だった。
(お前達を失うと、私は無くなってしまうから…)
危険な目に合わせられない。女勇者は一人アレフガルドへ旅立った。

魔法使いは絶大な力を持ちながら頼られなかった事になる。洞窟に座り込んでいた。
彼女は結局父と同じ道を行ってしまった。
彼女に取って愛憎その両法が最大限の存在、そのそばへ行った。
家族を親を妻を夫を子を置いて一人で行ったのは、絶対に勝つ、絶対帰って来ると言う強力な決意となったのだ。
こうした勇者の孤独。
夫婦とまでなったのはこの勇者の孤独に触れたかったからかも知れない。
しかし届かなかった。届こうとしてめでたく届き、彼は彼女に取って“有り過ぎる”“強すぎる”愛情の存在に成ってしまったらしく追い抜く形になってしまった。

彼を待たせ彼を守り女勇者は孤高を選んでしまった。その孤独は温かさに満ちているけれど。
過ぎたるは及ばざるが如しで、それは届いていないのと一緒だった。
(これしきか!)
ライトは齢90になっても若々しい脳味噌で小さな失態にもそう自分を煽り、何度も奮い立つのだ。

「お前が生きていれば、リアは帰って来る」
「ほんとうに?」
まだ事の重大さに気付いていない幼児である。後々母の居ない淋しさに小さな胸を切り裂かれる様に痛めるのだった。
リアが残したこの少年の血筋は遠い未来にロトの勇者としてアレフガルドの地に降り立つ。
そしてリアと同じく魔王と、ドラゴンと戦うのだ。

時代を見据える目と言うものがある。ライトは女勇者を選びたかった。
それが年老いても生涯揺らぐ事さえなかったこの男の思いである。
しかしリアはまだまだ女勇者としての考え方も強さも頼りないとライトは思っている。
彼は女勇者を追い掛け、探し続ける事に手を尽くす事になる。

美し過ぎて人並でないだの、孤児だの、魔法力のバケモノだのと……
言われてもずっと力強く立っていたのは“愛されている”と言う自信であった。

戦火に灼かれた母親の下、その遺骸の腕に守られる様に嬰児の彼は居た。父は妻子の居る家を守り、土の上で死んでいた。
町中を襲った炎は殆どの人間を焼き尽くしたが、彼は大きな怪我も無く───
父母の死は彼の誇りと、自信の全てだった。
ギアガの番人はこうしてこの大魔導師の強さを目にして、世界の終わりを確認出来る気がした。
世界はこの男の手に掛かっていると思った。魔王もこの男が倒すだろう、この男の言葉一つで世界は決まると。
「あんた、何の為に戦ってる」
平和。
魔法使いは決然と言った。
その為にこの男はこれ程強いのだ。平和の為その力を尽す。父母の死を愛しているからこそ。
番人はその男の一言に世界の復活を見た。

平和を求めるライトは彼の望み通り女勇者ロトの魔法使いとなる。


ライトは孫娘を得、その女児は祖父を良く尊敬し「大きくなったらお祖父様の様な人と結婚したい」よりも深く、
女子でありながら「自分もお祖父様の様な人になりたい」と思っていた。
平和を求めて、それを妨げる物の一切に心乱されぬ。その背に年端もいかぬ少女は死ぬ程憧れた。
何者にも折る事の出来ない凛とした背骨を、自分も欲しいと思ったから。

桜色の美女。一目で華やいでしまう程素敵とギアガの番人は思ったが(おっかなかった)
その桜色の妻リアは若くして亡くなってしまったけれど、残された孫娘の唇に彼女を偲んでしまう事があった。
口付けされると甘く微かな快感が恥かしくて仕方が無かった。
女勇者と言う存在そのものが彼に残した物は色々と──、多いようなのである。
2008年12月27日(土) 04:57:46 Modified by test66test




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