樽の中

落下したときの衝撃で気を失ってから、つぎに目覚めるまでに昼夜が三回巡った。
樽の中にはむっとした熱気がこもっていたが、燃料が切れたように眠る三人には関係ない。
マリアは兄と故郷の野に遊び、ヘンリーは豪華な晩餐を独り占めしていた。
そして残る彼は、夢のあまりの生々しさに息を飲んで跳ね起きた。
(…!)
甘い匂いと、やわらかいものを掴んだ感触。なぜこんなときに、と彼は自分が恥ずかしくなった。
熱をもって脈打つ性器は、早く刺激してほしいとばかりに硬くなっていた。
いつものようにはできない、よりによってこんなときに…彼はためいきをついた。

やりかたを教えたのはヘンリーだった。
「へんな気分になったら、こうしろってさ」
自分の身に起こる変化にとまどう姿を見かねて、ヘンリーに欲望の処理法を教える者がいたのだ。
ヘンリーは試し、兄貴分ぶって早速彼にも教えた。
「な、すっきりするだろ」あっさり、排泄と同じレベルでヘンリーはそれをする。
だが、彼はどうしてもそうできなかった。出す瞬間、うしろめたくて逃げたくなるのだ。
ヘンリーに比べ、自分はおかしいくらい我を忘れてしまう。
出すとすっきりするどころではなく、もっと、激しくしたくなるのだ。
彼が自分はおかしい、と決定的に悟ったのは、マリアが鞭打たれるのを見たときだった。
ヘンリーが怒って駆け寄ったが、彼はとっさに動けなかった。痛いほど勃起していたのだ。
マリアの細いももと胸元に浮かぶ紅い筋から目が離せなかった。
目尻に涙を溜める、身を竦ませる、その動作がいちいち彼を煽った。
そして今、マリアは膝を抱え安心しきっている。
彼ら二人が兄の前で「マリアに手を出さない」と誓わされたことも知らず。
そして、誓ったにもかかわらず欲情をそそられ葛藤している彼がいるとも知らず。

彼は息をつめて服の下に手を入れ、興奮し強張るそれをにぎりしめた。
すこし揺らしただけで、たちまち反りかえってしまう。
ゆっくり撫でているだけなのに鼓動が異常なまでに早くなる。
芯がじんと痺れて、自分でも危ないと思うぐらいの快感がじわじわ上がってくる。
目を閉じた彼だったが、いきなりなにかが股に当たって驚き目を開けた。マリアの手だった。
寝返りをうった(狭いため向きを変える程度だが)彼女の手が当たったのだ。
服ごしとはいえ、手の重みと指の感触ははっきりわかる。彼は興奮を抑えられなかった。

息をぎりぎりまで吐かないようにし、彼女の手が先に当たるようにする。
そして極力ゆっくり、腰を使いはじめた。
短いにもかかわらず爪が微妙な角度でくびれにひっかかっているのがわかる。
その小さな爪に極力なすり付けるようにして、彼は腰を動かす。
マリアの寝顔を見据えながら、倒錯的な快感に彼は息を荒くしていった。
布に彼の分泌液が染みを作る。最初は滲みだったが、いまはてらてらと亀頭を赤く光らせるほどである。
二人を起こさないように、と思いながらも、はっ…はっ…と息が上がって荒くなってしまう。

限界まで細かく腰を揺すり、脱力した指にすりつけるうちに、下から射精感がせりあがってくる。
と、突然、マリアの指が夢見心地に動き、きゅっとくびれを締め上げた。
これ以上ないタイミングで、戦慄に近い快感が湧き上がった。
「……あ、……あぁっ」
急な、しかも絶妙な締め付けにびくびくっと痙攣すると、制御しがたい快感が一気に噴き出してくる。
そのまま彼は苦しげに腰を震わせ、ドクッ、ドクッと熱い液を吐き出した。
白濁した精液は衣服をじんわり濡らし、腿から樽の底板にどろりと落ちていく。
最後、背中を反らし、性器の芯をピクピク震わせて液を出しきったとき、彼は自分が狂うかと思った。

はあ、はあと喘ぐように息をし、相変わらず安らかな二人の寝顔を見る。
だが、彼はマリアの頬が赤く、まぶたが不自然に強く閉じられていることに気付いた。
…修道院に流れ着くまで健全に過ごすには、この樽はあまりに狭すぎた。二人には。


――神の塔の扉がきしみながら開いていく。
そのとき、ヘンリーに気付かれぬよう二人は一瞬目を見交わした。
(神も、あれくらいならお見逃しになるのね)と言いたげにマリアが彼にほほ笑む。
共犯者めいた笑みだった。
2008年12月27日(土) 05:47:34 Modified by test66test




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