達成動機の理論と展開 宮本美沙子 奈須正裕
１）
動機の研究において達成が取り扱われるようになったのは、マレーら（１９３８）によって社会的要求のリストの中に達せ宇賀含められたことに端を発する。これにマックレランドやアトキンソンらが注目し、投影法による達成動機の想定法を開発したことがきっかけとなって、急速かつ広範に研究が展開していった。その後、マックレランドを中心としたハーバード大学のグループは、社会の経済発展と達成動機の関連の検討、達成動機を高める訓練プログラムの開発など実際的な問題へと関心を傾斜させていく。一方、アトキンソンらミシガン大学のグループは、個人差としての達成動機の高低と達成行動との関連について数理モデルの提唱とその実験的検討を主な課題として研究をすすめていった。
２）
このような歴史的経緯のゆえに、今日でも達成動機ないしは達成動機づけ理論という場合、このマレー―マックレランド―アトキンソンという１つの理論史的系譜にある理論、典型的にはアトキンソン、アトキンソンとバーチ、レイナー、ワイナーらなどを指すことが多い。しかし、より広義に、達成動機の理論を、達成を対象領域として含み、その動機的問題に関してなんらかの理論的言及を行ないえるすべての体験と考えるならば、今日、達成動機の理論と呼びえるものが実に多岐にわたって存在することがわかる。
３）
ロッターの統制の位置、セリグマン、エイブラムソンら、アロイらなど、学習性無力感に関する一連の理論、ディシやドシャームに代表される内発的動機づけの考え方、バンデュラの自己効力理論などは、主な対象領域の１つとして達成動機を扱っているという点において達成動機の理論と見なし得る。また原因帰属過程をその中心に位置づけた理論も、ワイナーのもの以外に、ケヴィントンとベイリーの自己価値理論、ドゥエックやニコルスのように能力概念の内包的意味に注目したものなどが提唱されてきている。これらの理論的立場は、いずれも歴史的に正統派とでもいうべきマレー―マックレランド―アトキンソンという系譜とは一線を画しているといっていいだろう。
４）
このことは、これらの理論的立場が単にマレー―マックレランド―アトキンソンの系譜に属さないということを意味するにとどまらない。ある理論的立場は、それが理論的立場である限り、その対象の質をどう考えるか、またそれをどんな論法で扱おうとするかに関する、整合性をもったメタ理論をもつ。心理学の場合、それは哲学ないしは人間観であり、理論構築の志向性である。それは、理論構成にあたって何を理論の前提仮説とするか、どんなレベルの構成概念を用いるかといった点に具体的に表れてくる。通常用いられる行動主義的―認知主義的という二項対立的な言い方は、心理学のメタ理論を最も大まかにとらえたものである。いわゆるメタ理論とは、個々の心理学研究の営みの中で問い直され批判されながら、師弟関係の中であるいは研究者コミュニティーの中で、人を媒介として脈々と受け継がれていき伝播されていく。ついにそれは１つの理論史上の伝統・系譜となり、個々の理論家・研究者にとって、その理論や研究のあり方を根本において規定しながらふだんはあまり意識にのぼることのないもの、いわば空気のような存在となる。
５)
もう1つ、理論の史的系譜を考える場合、注意すべきことがある。理論ないしは理論の属する系譜が、元来どのような領域の事象を主に取り扱ってきたかである。そもそも達成という固有の領域のために構築されたと見なし得るのは、上述のマレー―マックレランド―アトキンソンの系譜にある理論群と、ドイツでヘックハウゼンを中心に独自な展開を示した系譜くらいであろう。これらを狭義の達成動機の理論とするならば、先に広義の達成動機の理論として挙げた各立場は、必ずしも当初から達成を領域として理論を構築したものばかりではない。多くは、むしろ別の固有な領域から出発して、結果的に達成についても理論的言及を行ない得るようになったというのが実際である。したがってそこには、同じ達成を問題としていても、どのような意味を達成に込めるかに関して微妙なニュアンスのずれが存在する。またこのことは、もともとの領域において好まれた、あるいはその領域に対して必然とされた研究方法論を、達成動機を扱う際にも踏襲する傾向として表面化してくる。
＊達成動機の諸理論
６）
このような観点から上記の達成動機の諸理論をみると、それぞれがかなり独自な、また相互に異なった、ある場合には相容れない特質をもつことがわかる。例えば、セリグマンの学習性無力感理論は、行動主義的な学習理論をその背景にもち、動物の条件づけに基礎づけられた実験研究を対象領域としてスタートしている。ロッターの統制の位置は、行動と結果の随伴性を扱う点ではセリグマンに近いものがあるが、彼自身はバンデュラと同様に人格ないしは臨床の分野での問題意識から出発している。また、ワイナーは、彼自身もしばしば表明しているようにアトキンソンの伝統を継承してはいるが、一方でハイダーに端を発する素朴心理学的特質、さらには社会心理学的な問題関心そこここに見出すことができる。内発的動機づけについては、１つの理論史的系譜というよりはアンダーマイニング現象（underminig,外的報酬が内発的動機づけを低下させる現象）に関する実験パラダイムを核に展開してきた観があるが、ディシやドシャームには実存哲学や現象学からの強い影響を認めることができよう。ディシは独自な哲学的省察に基づき、有能さと自己決定への欲求が内発的動機づけの源泉であるとしているが、バンデュラはそのような実体的な動機を仮説することについて批判的な態度を示している。
＊実体…(1)本体。実質。正体。(2)〔哲〕〔(ラテン) substantia; (ギリシヤ) ousia〕変化しやすい多様なものの根底にある持続的・自己同一的なもの。アリストテレスでは具体的個物（主語となって述語とならないもの）が、またデカルトではそれ自身で存在し他物を必要としないものが実体とされた。
⇔属性…(1)そのものに備わっている固有の性質・特徴。(2)〔哲〕〔attribute〕それを否定すれば事物の存在そのものも否定されてしまうような性質。偶然的性質とは区別される。特に、デカルト・スピノザでは、実体のもつ本質的な性質（例えばデカルトでは、物体と精神という二実体の属性をそれぞれ広がりと意識とする）をいう。
７）
このように、達成動機の理論には実に多くの理論的立場がある。それらは、どのような人間観に立ち、どのような前提仮説を置くか、また元来どのような領域の事象を取り扱っていたか、さらにはどのような研究方法論を好むかといった点において大きく異なりながら、今、達成動機という共通した１つの問題を扱っているのである。このことは、一面では、達成動機に関する研究を豊かで広がりのある分野とすることに大きく貢献してきた。史的系譜の異なる理論的立場が達成動機という同一の問題について交流することによって、相互に鍛えあい高めあってきたのである。
動機の研究において達成が取り扱われるようになったのは、マレーら（１９３８）によって社会的要求のリストの中に達せ宇賀含められたことに端を発する。これにマックレランドやアトキンソンらが注目し、投影法による達成動機の想定法を開発したことがきっかけとなって、急速かつ広範に研究が展開していった。その後、マックレランドを中心としたハーバード大学のグループは、社会の経済発展と達成動機の関連の検討、達成動機を高める訓練プログラムの開発など実際的な問題へと関心を傾斜させていく。一方、アトキンソンらミシガン大学のグループは、個人差としての達成動機の高低と達成行動との関連について数理モデルの提唱とその実験的検討を主な課題として研究をすすめていった。
２）
このような歴史的経緯のゆえに、今日でも達成動機ないしは達成動機づけ理論という場合、このマレー―マックレランド―アトキンソンという１つの理論史的系譜にある理論、典型的にはアトキンソン、アトキンソンとバーチ、レイナー、ワイナーらなどを指すことが多い。しかし、より広義に、達成動機の理論を、達成を対象領域として含み、その動機的問題に関してなんらかの理論的言及を行ないえるすべての体験と考えるならば、今日、達成動機の理論と呼びえるものが実に多岐にわたって存在することがわかる。
３）
ロッターの統制の位置、セリグマン、エイブラムソンら、アロイらなど、学習性無力感に関する一連の理論、ディシやドシャームに代表される内発的動機づけの考え方、バンデュラの自己効力理論などは、主な対象領域の１つとして達成動機を扱っているという点において達成動機の理論と見なし得る。また原因帰属過程をその中心に位置づけた理論も、ワイナーのもの以外に、ケヴィントンとベイリーの自己価値理論、ドゥエックやニコルスのように能力概念の内包的意味に注目したものなどが提唱されてきている。これらの理論的立場は、いずれも歴史的に正統派とでもいうべきマレー―マックレランド―アトキンソンという系譜とは一線を画しているといっていいだろう。
４）
このことは、これらの理論的立場が単にマレー―マックレランド―アトキンソンの系譜に属さないということを意味するにとどまらない。ある理論的立場は、それが理論的立場である限り、その対象の質をどう考えるか、またそれをどんな論法で扱おうとするかに関する、整合性をもったメタ理論をもつ。心理学の場合、それは哲学ないしは人間観であり、理論構築の志向性である。それは、理論構成にあたって何を理論の前提仮説とするか、どんなレベルの構成概念を用いるかといった点に具体的に表れてくる。通常用いられる行動主義的―認知主義的という二項対立的な言い方は、心理学のメタ理論を最も大まかにとらえたものである。いわゆるメタ理論とは、個々の心理学研究の営みの中で問い直され批判されながら、師弟関係の中であるいは研究者コミュニティーの中で、人を媒介として脈々と受け継がれていき伝播されていく。ついにそれは１つの理論史上の伝統・系譜となり、個々の理論家・研究者にとって、その理論や研究のあり方を根本において規定しながらふだんはあまり意識にのぼることのないもの、いわば空気のような存在となる。
５)
もう1つ、理論の史的系譜を考える場合、注意すべきことがある。理論ないしは理論の属する系譜が、元来どのような領域の事象を主に取り扱ってきたかである。そもそも達成という固有の領域のために構築されたと見なし得るのは、上述のマレー―マックレランド―アトキンソンの系譜にある理論群と、ドイツでヘックハウゼンを中心に独自な展開を示した系譜くらいであろう。これらを狭義の達成動機の理論とするならば、先に広義の達成動機の理論として挙げた各立場は、必ずしも当初から達成を領域として理論を構築したものばかりではない。多くは、むしろ別の固有な領域から出発して、結果的に達成についても理論的言及を行ない得るようになったというのが実際である。したがってそこには、同じ達成を問題としていても、どのような意味を達成に込めるかに関して微妙なニュアンスのずれが存在する。またこのことは、もともとの領域において好まれた、あるいはその領域に対して必然とされた研究方法論を、達成動機を扱う際にも踏襲する傾向として表面化してくる。
＊達成動機の諸理論
- 原因帰属 ⇒
- 自己価値理論（ケヴィントン、ベイリー） ⇒
６）
このような観点から上記の達成動機の諸理論をみると、それぞれがかなり独自な、また相互に異なった、ある場合には相容れない特質をもつことがわかる。例えば、セリグマンの学習性無力感理論は、行動主義的な学習理論をその背景にもち、動物の条件づけに基礎づけられた実験研究を対象領域としてスタートしている。ロッターの統制の位置は、行動と結果の随伴性を扱う点ではセリグマンに近いものがあるが、彼自身はバンデュラと同様に人格ないしは臨床の分野での問題意識から出発している。また、ワイナーは、彼自身もしばしば表明しているようにアトキンソンの伝統を継承してはいるが、一方でハイダーに端を発する素朴心理学的特質、さらには社会心理学的な問題関心そこここに見出すことができる。内発的動機づけについては、１つの理論史的系譜というよりはアンダーマイニング現象（underminig,外的報酬が内発的動機づけを低下させる現象）に関する実験パラダイムを核に展開してきた観があるが、ディシやドシャームには実存哲学や現象学からの強い影響を認めることができよう。ディシは独自な哲学的省察に基づき、有能さと自己決定への欲求が内発的動機づけの源泉であるとしているが、バンデュラはそのような実体的な動機を仮説することについて批判的な態度を示している。
＊実体…(1)本体。実質。正体。(2)〔哲〕〔(ラテン) substantia; (ギリシヤ) ousia〕変化しやすい多様なものの根底にある持続的・自己同一的なもの。アリストテレスでは具体的個物（主語となって述語とならないもの）が、またデカルトではそれ自身で存在し他物を必要としないものが実体とされた。
⇔属性…(1)そのものに備わっている固有の性質・特徴。(2)〔哲〕〔attribute〕それを否定すれば事物の存在そのものも否定されてしまうような性質。偶然的性質とは区別される。特に、デカルト・スピノザでは、実体のもつ本質的な性質（例えばデカルトでは、物体と精神という二実体の属性をそれぞれ広がりと意識とする）をいう。
７）
このように、達成動機の理論には実に多くの理論的立場がある。それらは、どのような人間観に立ち、どのような前提仮説を置くか、また元来どのような領域の事象を取り扱っていたか、さらにはどのような研究方法論を好むかといった点において大きく異なりながら、今、達成動機という共通した１つの問題を扱っているのである。このことは、一面では、達成動機に関する研究を豊かで広がりのある分野とすることに大きく貢献してきた。史的系譜の異なる理論的立場が達成動機という同一の問題について交流することによって、相互に鍛えあい高めあってきたのである。
2005年09月12日(月) 19:25:44 Modified by gedo5