達成動機の理論と展開��
１）
達成動機研究は、多様な史的系譜に属する、多様な理論的立場によって支えられている。したがって、達成動機研究の実情を概括的にとらえるためには、達成動機の理論の多様性を統合的に整理し得る、なんらかの枠組みが必要となる。統合的理解の枠組みは、多様性のどの側面に注目するかによっていくつも考えられるが、例えば何が動機づけを決定しているかという理論構成上の基本的志向性の違いに着目することも一案であろう。この観点で達成動機の諸理論を吟味すると、各理論的立場は、動機理論志向、期待―価値理論志向、目標理論（goal theory）志向の３つに大別することができそうである。
動機理論志向とは、特定の動機の存在の有無と水準によって達成動機づけが決定されるとする理論的立場を指す。マックレランドの達成動機理論がその典型であるが、テスト不安に関する伝統的な諸理論、ディシやドシャームに代表される内発的動機づけ理論、自尊心の維持・高揚を扱う社会心理学の理論群も、動機理論志向に属すると解釈できる。もちろん、今日ではいずれの理論家も、単純に動機が行動を導くとは考えず、様々な要因の関与や認知的媒介過程を想定してはいる。しかし、基本的には実態的なものとして動機を仮定している点、後述の２つの志向性と比べて動機の役割を重視している点などから、ここでは上記の諸理論を動機理論志向として位置づけた。動機理論志向の諸理論は、さらに注目する動機の質の違いにより、大きく３つに分類することができる。
�‖莪譴領�場は最も正統的なもので、達成動機理論やテスト不安の理論など、直截に達成事態への接近・回避を扱うものである。
��第二の立場は、広い意味での学習への動機づけないしは環境探索の動機づけを基盤に達成行動の説明を試みる立場であり、内発的動機づけ理論がこれに属する。この立場では、行動や知識の獲得過程ないし熟達過程を重視するが、これは、第一の立場が、すでに獲得した行動レパートリーの遂行過程を主に問題にするのとは対照的である。
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第３の立場は、人は生得的に自尊心を維持しさらに高揚させようという動機をもつと仮定するものである。この立場では、達成場面での失敗が自尊心への脅威となる点に注目し、達成場面で人が示す様々な行動を、失敗に伴うダメージから自らを防衛すべく人が用いる行動方略の選択・遂行の過程として記述しうることを示してきた。達成への接近・回避の動機だけでは理解が困難な、一見不可解とも思える様々な行動に関する解釈の枠組みを提供する点で、自尊心の維持・高揚を扱う理論群の功績は大きいといえる。
期待―価値理論志向とは、刺激に対する認知的処理に依存してもたらされる期待と価値（感情）のいずれか、あるいは両方の水準によって達成動機づけが決定されるとする理論的立場を指す。これにはまず、アトキンソンやロッター、ワイナーといった伝統的な期待×価値モデル（expectancy-value model）に属する理論群を含めることができる。期待×価値モデルは、次のような共通な一般図式をもつ。
→ 期待
刺激 → 認知的働き → →行動
→ 価値（感情）
期待×価値モデルでは、ある方向に行動しようとする傾向の強さは、その行動によって一定の結果（目標）が得られるという期待の強さと、結果が個人に対してもつ価値の高さ（具体的内容としてしばしば感情が用いられる）によって決めると考える。そして、期待の強さと価値の高さは、有機体が刺激をどのように認知的に処理するかに全面的に依存するとされる（→認知主義）。したがってこの図式は、刺激は行動とは無関係ではなく、それ自体が直接に行動を規定するのではなく、有機体によって能動的に処理される情報の１つと見なす、という立場を含意している。またこの図式は、動機づけの認知理論が２つの段階、すなわち有機体が刺激を処理しなんらかの認知像を形成する段階と、その認知像が最終的行動をあるシステマチックな様式で生み出していく段階を含む必要のあることをも示している。これはボールドウィンの次のような記述に端的に表わされている。「刺激状況によって始まり、行動に導かれる一連の事象における第一の段階は、外界の認知像の構成であると行動の認知理論は仮定している。この認知像は、動機や情動を引き起こし、行動を目的や目標に導く効果的環境として作用する」。なお、期待×価値モデルには、アトキンソンのように実体としての動機を理論に含むものもあるが、多くの場合実体的動機は仮定されず、動機づけに認められる個人差については、刺激の処理に関する認知の個人差によって解釈する。また、期待―価値理論志向には、期待×価値モデルに立脚した理論群のほか、統制感（perceived control,control beliefs）など広い意味での期待概念を中核とする諸理論、例えば学習性無力感に関する諸理論やバンデュラの自己効力理論なども含めることができよう。
目標理論志向とは、達成者が抱く目標の表象の特質とその機能に基づき、達成者自身が意図的に達成動機づけのあり方を決定すると考える理論的立場を指す。伝統的な達成動機研究では、しばしば単次元的な特質を持つものとして扱われてきた。要求水準（level of aspiration）や課題選択といった目標に関する概念も、基本的には所与の単一次元における量的水準を問題とするものと考えられる。これに対して、ニコルスやドゥエックは、人々の中に、達成ないしは熟達すること自体と自尊心の維持・高揚という、質の異なる２種類の目標が存在することを仮定する。環境条件の変化や個人の認知傾向が、いずれの目標が支配的となるかに影響を与え、それが達成行動を規定すると考えるのである。これら目標理論志向の理論群では、人は自己が抱いている目標の実現に向かって、合目的的で節約的に行動を選択し遂行すると考える。このアプローチにより、従来の枠組みでは理解し難く、あるいは不適応的と見なされていた様々な達成行動が、統一的な枠組みで論理的に説明できるようになった。なあお、目標理論の成立には、学習や熟達を基盤に達成動機づけを考えてきた内発的動機づけ理論と、自尊心の維持・高揚の観点から達せ動機づけを見直してきた社会心理学に基盤をもつ理論群が、大きな役割を果たしたと見ることができる。したがって、目標理論志向は、動機理論志向で述べた３つの異なる動機にまつわる理論的立場を統合的に位置づけた枠組みをもつと解釈できる。ただし、現状の目標理論がそこまで自覚的に構成され、また実証研究でも従来の諸知見を統合できる結果を得ているかどうかとなると疑問で、多くの課題が残っていると言わざるを得ない。
達成動機研究は、多様な史的系譜に属する、多様な理論的立場によって支えられている。したがって、達成動機研究の実情を概括的にとらえるためには、達成動機の理論の多様性を統合的に整理し得る、なんらかの枠組みが必要となる。統合的理解の枠組みは、多様性のどの側面に注目するかによっていくつも考えられるが、例えば何が動機づけを決定しているかという理論構成上の基本的志向性の違いに着目することも一案であろう。この観点で達成動機の諸理論を吟味すると、各理論的立場は、動機理論志向、期待―価値理論志向、目標理論（goal theory）志向の３つに大別することができそうである。
１ 動機理論志向
動機理論志向とは、特定の動機の存在の有無と水準によって達成動機づけが決定されるとする理論的立場を指す。マックレランドの達成動機理論がその典型であるが、テスト不安に関する伝統的な諸理論、ディシやドシャームに代表される内発的動機づけ理論、自尊心の維持・高揚を扱う社会心理学の理論群も、動機理論志向に属すると解釈できる。もちろん、今日ではいずれの理論家も、単純に動機が行動を導くとは考えず、様々な要因の関与や認知的媒介過程を想定してはいる。しかし、基本的には実態的なものとして動機を仮定している点、後述の２つの志向性と比べて動機の役割を重視している点などから、ここでは上記の諸理論を動機理論志向として位置づけた。動機理論志向の諸理論は、さらに注目する動機の質の違いにより、大きく３つに分類することができる。
�‖莪譴領�場は最も正統的なもので、達成動機理論やテスト不安の理論など、直截に達成事態への接近・回避を扱うものである。
��第二の立場は、広い意味での学習への動機づけないしは環境探索の動機づけを基盤に達成行動の説明を試みる立場であり、内発的動機づけ理論がこれに属する。この立場では、行動や知識の獲得過程ないし熟達過程を重視するが、これは、第一の立場が、すでに獲得した行動レパートリーの遂行過程を主に問題にするのとは対照的である。
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第３の立場は、人は生得的に自尊心を維持しさらに高揚させようという動機をもつと仮定するものである。この立場では、達成場面での失敗が自尊心への脅威となる点に注目し、達成場面で人が示す様々な行動を、失敗に伴うダメージから自らを防衛すべく人が用いる行動方略の選択・遂行の過程として記述しうることを示してきた。達成への接近・回避の動機だけでは理解が困難な、一見不可解とも思える様々な行動に関する解釈の枠組みを提供する点で、自尊心の維持・高揚を扱う理論群の功績は大きいといえる。
２ 期待―価値理論志向
期待―価値理論志向とは、刺激に対する認知的処理に依存してもたらされる期待と価値（感情）のいずれか、あるいは両方の水準によって達成動機づけが決定されるとする理論的立場を指す。これにはまず、アトキンソンやロッター、ワイナーといった伝統的な期待×価値モデル（expectancy-value model）に属する理論群を含めることができる。期待×価値モデルは、次のような共通な一般図式をもつ。
→ 期待
刺激 → 認知的働き → →行動
→ 価値（感情）
期待×価値モデルでは、ある方向に行動しようとする傾向の強さは、その行動によって一定の結果（目標）が得られるという期待の強さと、結果が個人に対してもつ価値の高さ（具体的内容としてしばしば感情が用いられる）によって決めると考える。そして、期待の強さと価値の高さは、有機体が刺激をどのように認知的に処理するかに全面的に依存するとされる（→認知主義）。したがってこの図式は、刺激は行動とは無関係ではなく、それ自体が直接に行動を規定するのではなく、有機体によって能動的に処理される情報の１つと見なす、という立場を含意している。またこの図式は、動機づけの認知理論が２つの段階、すなわち有機体が刺激を処理しなんらかの認知像を形成する段階と、その認知像が最終的行動をあるシステマチックな様式で生み出していく段階を含む必要のあることをも示している。これはボールドウィンの次のような記述に端的に表わされている。「刺激状況によって始まり、行動に導かれる一連の事象における第一の段階は、外界の認知像の構成であると行動の認知理論は仮定している。この認知像は、動機や情動を引き起こし、行動を目的や目標に導く効果的環境として作用する」。なお、期待×価値モデルには、アトキンソンのように実体としての動機を理論に含むものもあるが、多くの場合実体的動機は仮定されず、動機づけに認められる個人差については、刺激の処理に関する認知の個人差によって解釈する。また、期待―価値理論志向には、期待×価値モデルに立脚した理論群のほか、統制感（perceived control,control beliefs）など広い意味での期待概念を中核とする諸理論、例えば学習性無力感に関する諸理論やバンデュラの自己効力理論なども含めることができよう。
３ 目標理論志向
目標理論志向とは、達成者が抱く目標の表象の特質とその機能に基づき、達成者自身が意図的に達成動機づけのあり方を決定すると考える理論的立場を指す。伝統的な達成動機研究では、しばしば単次元的な特質を持つものとして扱われてきた。要求水準（level of aspiration）や課題選択といった目標に関する概念も、基本的には所与の単一次元における量的水準を問題とするものと考えられる。これに対して、ニコルスやドゥエックは、人々の中に、達成ないしは熟達すること自体と自尊心の維持・高揚という、質の異なる２種類の目標が存在することを仮定する。環境条件の変化や個人の認知傾向が、いずれの目標が支配的となるかに影響を与え、それが達成行動を規定すると考えるのである。これら目標理論志向の理論群では、人は自己が抱いている目標の実現に向かって、合目的的で節約的に行動を選択し遂行すると考える。このアプローチにより、従来の枠組みでは理解し難く、あるいは不適応的と見なされていた様々な達成行動が、統一的な枠組みで論理的に説明できるようになった。なあお、目標理論の成立には、学習や熟達を基盤に達成動機づけを考えてきた内発的動機づけ理論と、自尊心の維持・高揚の観点から達せ動機づけを見直してきた社会心理学に基盤をもつ理論群が、大きな役割を果たしたと見ることができる。したがって、目標理論志向は、動機理論志向で述べた３つの異なる動機にまつわる理論的立場を統合的に位置づけた枠組みをもつと解釈できる。ただし、現状の目標理論がそこまで自覚的に構成され、また実証研究でも従来の諸知見を統合できる結果を得ているかどうかとなると疑問で、多くの課題が残っていると言わざるを得ない。
2005年09月12日(月) 10:47:37 Modified by gedo5