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イリヤの奇妙な冒険15


   【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】


   『15:Observation――観察力』



【魔術協会所蔵の一資料より】


 第3次聖杯戦争。
 その開催は、奇しくも第2次世界大戦前夜であった。
 どこからその情報を仕入れたのかは不明であるが、この聖杯戦争には純粋な魔術師たちだけでなく、帝国陸軍とナチス・ドイツもその手を伸ばしていた。
 ナチス・ドイツは当時研究中であった『機械化兵士』を派遣――この『機械化兵士』は後にさらなる改良がなされ、『柱の男事件』にも登場することになる。現在、教会では、聖別された機械によって執行者の改造強化を行っているが、それもナチスの技術を発展させたものである。
 一方、帝国陸軍は特殊研究部隊によって開発した生物兵器を投入――戦闘用ホムンクルスや合成獣を上回る強靭な怪物には、魔術師たちも恐れおののいた。特に『バオー試作型』と称されるものは、サーヴァントに迫る性能を見せた。
 なお、この第3次聖杯戦争で聖杯が失われた後、流出した技術により無数の亜種聖杯戦争が起こるのは周知の事実であるが、その中でも完成度の高い聖杯戦争の一つが、太平洋戦争末期の日本で起こっている。
 日本陸軍が聖杯を開発し、それを奪わんとナチスも介入。技術流出からわずか数年で行われた、記録上最初の亜種聖杯戦争である。当時の記録は不正確で、その内容はほとんどわかっていないが、スピードワゴン財団が動いていたという話も――


   ◆


 糸があった。
 長い長い糸。どこへ繋がっているのか。それが、己の魂の形であった。

『何でも【名前】はある』

 イリヤスフィールはふと気が付くと、また自分のものではない夢を見ていることを、自覚していた。

『聖書にも書いてあるだろ? ≪ヨハネによる福音書・第一章2−3節≫――【言葉は初めに神様と共にあり、総ての物はこれによってできた】』

 巨大な女が喋っている。
 いや違う。自分の方が小さいのだ。ネズミや小鳥のように。

『よろしくね。あたしはグェス』

 彼女との出会い。
 手乗りインコを飼う、同室の囚人。
 初めての、『敵』との出会い。

『なに……これは……《手》? 《小さい》……《人間》……殺されてる……スデニ……』

 手乗りインコの『中身』。それは、ありえない大きさの、『人間』。
 そして、もがれた手足――滴る血。
 それは恐怖。
 初めて触れた、『殺意』。

『こ、これは!? まさかッ!! あたしの体ッ……!!』

 いつの間にかわからない。
 ただ目に映るは、自分の顔よりも大きなコンセントの穴と、血みどろの死体。
 己の身に降りかかった、能力。
 別の、能力者――『スタンド使い』。

『心を動かすだけで【人を小さくできるこの能力】!』

 パプリカのような形の頭部。生物らしくない格子模様の入った丸い目。鮫のような牙の並ぶ、大きく裂けた口。
 鋭い爪に、長い腕。頭と胴体は棘に覆われている。
 動きは猿のようで、すばしこく、そして凶暴。

 グェスの【心のパワー】の形。

『【グーグー・ドールズ】……これがあたしの精神力の名前』

 それは彼女の、最初の戦い。

『何にでも名前はあるって言ったわよね。あたしも名前を付けるわ』

 それは彼女の、決意の時。


『【運命の石牢に自由を求めて(ストーン・フリー)】』


 それは彼女の、命名の儀式。

『あたしは……この『石の海』から自由になる……聞こえた? 【運命の石牢に自由を求めて(ストーン・フリー)】よ……これが名前』

   ◆

 夢から醒めた後、イリヤは学校に行く準備をしていた。
 ランサーには、彼女の体験を夢で見ていることについては何も言っていない。ランサーの過去を知ることに対し、プライバシーを侵害する罪悪感がないわけではない。だがそれ以上に、彼女の過去に対する強い興味があった。
 その興味の対象は、ベッドに座り、ルビーと話をしていた。

《それにしても昨夜は凄いことしましたねー、まさか敵を縛り上げて肉壁つくるなんて容赦なさすぎです》
「昔、毒蛙の雨を防ぐために、蛙をつなぎ合わせてクッションを作ったことがあったから、その応用よ」
《……あの、どういう状況ですかそれ?》

 あのルビーを絶句させるとは、やはりランサーは只者ではないと改めてイリヤは思った。

「けどマスターには逃げられたのはしくじったわね……セレニケって言ったっけ。あれは生前良くみた顔よ。人を傷つけるのが大好きな顔だわ」

 ランサーは、無実の罪で刑務所に送られたが、その中の囚人にはセレニケのような雰囲気を纏うものが少なくなかった。自分は安全なまま優位な立場で、一方的に相手を痛めつけ、相手に貧乏くじをつかませ、自分だけが利益を貪る、卑怯卑劣な私利私欲の塊。

 つまりは、よくいる類の悪党だ。

《ユグドミレニアと言っていましたねー。凛さん、ルヴィアさんから話を聞きましたが》

 ユグドミレニア家。ユグドミレニア一族。

 魔術の名門から弾かれた一族。魔術の王道から外れた一族。
 百年近くを生きるダーニック・プレストーン・ユグドミレニアを当主とした集団。
『八枚舌』のダーニックと呼ばれる、一流の詐欺師にまとめられた者たち。

 本来、魔術師は初代の選んだ魔術系統を、代を重ねて学び、研究し続け、極めた果てに根源へと到達することが通常である。
 だがユグドミレニア一族は、一つの魔術系統、一つの血統にこだわることをやめ、多くの魔術系統、多くの血筋を集めた。
 ユグドミレニアの魔術刻印は魔術的にはほとんど何の力もない。効力は、ユグドミレニア一族の物対するわずかな同調観念と、ユグドミレニア一族であるかどうかの判別のみ。たが本来近親者にしか適合しない魔術刻印が彼らの場合、赤の他人や、他の魔術刻印を所持している者であろうと移植できる。
 その奇妙な魔術刻印によって、彼らは誘いをかけた。魔術回路が弱い、新興の一族。衰退がはじまり、力が弱まりつつある一族。権力闘争に負け、主流の助力を受けられなくなった一族。更に、魔術師として罪を犯し、罰を受けて追われる身になった賞金首に至るまで、力なくも野望を燃やし続ける者たちに誘いをかけ、ユグドミレニアの刻印を与え、ユグドミレニア一族に取り込んだのだ。
 無論、その取り込まれた者たち中から、魔法を使える者が出たところで、根源に到達した者が生まれたところで、ユグドミレニアの栄光にはならない。せいぜい多少深い関係者となるだけだ。だが、名は残る。広く浅くばらまかれた名は膨大で、その全てが滅ぶことはないだろう。
 無数の血統、無数の魔術がかき集められた、弱小魔術師の連合。内実は問題ではなく、ただユグドミレニア家の名という、外殻を滅ぼさぬために――それがユグドミレニア家の在りようであった。
 
 そんなユグドミレニア家の、凛たちの感想は、

『数だけの烏合の衆よ。結局は負け犬の弱みに付け込んで、自分の傘下にしただけ。数自体は確かに多いから、そこは侮らない方がいいかもしれないけど、注目すべきはそこだけ。しっかりと根付いた血統による基盤と、磨き抜かれた魔術の実力を持つ名門が、恐れるような相手じゃないわ』
『あの政治感覚だけで成り立つ、下品な一族がこの聖杯戦争に首を突っ込んでいたとは。けれど、なんてことはないですわね。魔術師としての在りようを忘れ、貴族としての高貴な義務も知らぬ者たちの寄せ集めですわ。二流三流の有象無象が降り積もったところで、真の実力者には敵いませんわ』

 で、あった。
 確かにユグドミレニア一族の力は弱く、数を頼りになんとか存在を維持してはいるが、千年かけても名門貴族の席に座ることはないだろう。


《だからこそ、そんな苦しい現状から脱出するために、聖杯を求めたのかもしれませんね》
「でも負けちゃったんだよね? アサシンを倒してカードも手に入ったし………もう気にしなくてもいいんじゃない?」
「いえ、油断はしない方がいいわ。マスターの暗殺だけなら、サーヴァントなしでもやれないことはない。マスターを殺して、マスターがいなくなったサーヴァントと再契約すれば戦線復帰できるわけだし」

 ランサーがマスターを変えて戦いに参加しているのと逆に、セレニケはサーヴァントを奪って戦えばいい。

「そっかぁ……もう会いたくないけどなぁ」

 イリヤは嗜虐の魔女の、冷たい顔を思い出し、朝っぱらから重いため息をついた。

「敵ばかりじゃないわ。味方もたくさんいるんだから、明るい方向に行きましょうよ」
「う……うん、そうだよね」

 ランサーの助言で、イリヤは勇気づけられ、笑顔を浮かべる。

 少し距離はあるが、徐々にその距離も縮まっている気がする、魔法少女の美遊。
 ちょっと困った人たちだが、凄腕の魔術師である凛とルヴィア。
 歴戦の頼れるスタンド使いであり、何より常識人であるモハメド・アヴドゥル。
 そして、謎の多いツンデレの英霊、アーチャー。

 最後に浮かんだアーチャーの顔に、イリヤは引っかかるものを感じていた。

(なんだか見たことのあるような気がするんだよね、あの人)

 彼も英霊であり、世界的有名人であるはずだ。写真か肖像画でも残っていて、それを見たのかもしれないが、少し気になる。

(でも、いい人だよね。きっと)

 根拠はないが、イリヤはその勘は間違っていないと信じていた。
 アーチャーは決してイリヤを裏切らず、強い味方であってくれると。

   ◆

「……一度調べた場所は、それ以上調べないものだ」

 闇の中でアーチャーは呟く。人の目では何も見えない明かり無き地下深くだが、サーヴァントの目には昼間同様だ。
 アーチャーは携帯電話を耳にあて、マスターと話していた。

「人間の心理として……一度戦場となり、崩れ落ちた隠れ家に、まだ隠れ住み続ける者がいると、そう考えたりはするだろうか」

 アーチャーは階段を降り続ける。

「そこに、ただ拠点として以上の何かがあると、そう考えることはあるだろうか」

 階段を降り終わった。

「私は考えた」

 アーチャーの目には、まったく崩れ落ちていない、キャスターの拠点があった。
 魔術的な配置で並べられた家々。その中央にある丘と、半壊した神殿。昨夜、脱出した時のままだ。あの後、崩落し、潰れたと思われたキャスターの神殿は、潰れていなかった。あの時の揺れや、ひび割れや、地響きは、見せかけだったのだ。今はもうひび一つ無い。

「あそこでの戦いは、我々に勝つことに重点を置いていなかった。勝てるのならそれが一番良かったのだろうが、勝てなくてもそれは本命ではなかった。この場所に誰も感心を向けなくなれば、それで良かったのだ」

747 :イリヤの奇妙な冒険15:2016/07/11(月) 23:54:55 ID:etBNEmzE0

 アーチャーが降りてきた階段は、昨夜とは別の通路だ。しかも、魔術的な隠蔽はされておらず、そのため、昨夜の美遊のやり方では見つからなかった。結界で隠された方の通路は、魔術師の目を引き付けるための囮。結界で隠された通路があるとわかったら、結界で隠されていない別の通路があるなど、思いつかないだろう。
 結界で隠していた方の通路が潰れたら、もう地下の神殿へは行けないし、誰も、神殿を利用することも調べることもできない――そう思うだろう。
 実際、凛たちはそう思った。ただ、アーチャーだけが、生前、魔術師の裏をかき続けた実体験から、そういった『魔術師殺し』のやり口に通じていたがゆえに、勘付いたのだ。

「確証があったわけではないから、凛たちは誘わなかった。だが、昨夜とは別の抜け穴を見つけた時点で、彼女たちを呼ぶべきだったな――生き延びたら、また会おう」

 失態だと自嘲しながら、アーチャーは通話を終え、目の前の相手を見据える。
 正直、分が悪い。誰かがいるとしても、キャスターだと思っていたのだ。だが違った。
 アーチャーの前には、漆黒の鎧を装備し、禍々しい剣を握った戦士の姿があった。

「いやはや……こんな出会い方はしたくなかったよ、セイバー」

 アーチャーの言葉の真意を、理解できるものはこの世にはいないだろう。
 アーチャーもわかってもらいたいわけではなかった。
 ただ、言わずはいられなかっただけだ。

「……私の感傷はともかく……悪い事態だな」

 ユグドミレニア家のセレニケとキャスターは繋がっていた。
 ドレスのミセス・ウィンチェスターとオンケル、ミドラーは繋がっていた。
 そして、キャスターの拠点を、ミセス・ウィンチェスターのサーヴァントが守っているということは、5陣営が手を組んでいるということになる。
 5陣営がそろって行動している様子はなく、全員で力を合わせてイリヤたちを襲わなかったことを考えるに、強い信頼関係はないようだが、ことの進み方によっては、セイバー、キャスター、バーサーカーが一度に襲い掛かってくることもあり得る。

「さて……どうしたものかな。この場を切り抜けるにしても、正直、数字の上では勝てる部分が無い」

 セイバーは聖杯戦争において、最優のクラスとされる。過去に冬木で行われた聖杯戦争においても、セイバーのクラスは最後まで勝ち残った。
 正面対決では勝ち目は薄い。こうして邂逅した以上、容易く逃げられもしないだろう。

「幸運とすれば……マスター……ミセス・ウィンチェスターとやらがいないということか。手綱をとる御者がいないならば、勝機はある。――投影、開始(トレース・オン)」

 アーチャーは両手に剣を生み出す。
 投影魔術。自身の内部にあるイメージを、現実に映し出す魔術。アーチャーは構成物質を含めて、完全な武器を複製できる。

 そして作り出されたのは、黒い剣と白い剣――干将・莫耶。中国に伝わる、陰陽説に基づく陰と陽、雌雄一対の剣。

「フッ!!」

 アーチャーはその名剣を投げ放つ。二つの剣は回転しながら、丘の階段の下に立つ、セイバーへと飛来する。その速度と威力は、鉄をも切り裂くに足るものであった。
 が、

 ガィンッ!! ギィンッ!!

 セイバーが発生させた、黒い霧によって阻まれ、弾き返された。
 手元に戻ってきた双剣を受け止め、アーチャーは思考する。

(あれがアヴドゥルから聞いた、黒い霧か。どうやら、高密度の魔力でできているな。彼の炎を防ぐということは、つまり、『一瞬で鉄をも蒸発させる灼熱』さえ防げるシロモノということか。あれを突破するには、こんな小手先の技では無理だな)

 投げ放つのではなく、直接切りかかれば霧を突破できるかもしれない。だが、剣騎士相手に弓兵が接近戦を仕掛けるなど愚の骨頂。
 しかも悪いことが、また一つ。

「…………!」

 セイバーが己の剣に、周囲に展開する黒い霧を纏わせる。そして、凝縮された魔力の霧を、刃の形に変えて、鋭く薙ぎ払った。魔力の霧は、斬撃となってアーチャーに襲い掛かる。

「お返しかっ!」

 悪いことに、セイバーの方も遠距離攻撃ができる。これもアヴドゥルから聞いていたが、実際に見ると、その威力と切断範囲に寒気を覚える。
 石製の床をバターのように刻みながら飛んでくる黒い刃を、アーチャーは紙一重でかわす。


(遠近自在……そして強力。一撃で真っ二つだ。距離をとらねば)

 セイバーの剣技は卓越しているが、心が無いゆえか、機械的で太刀筋が読みやすい。自分の知る『セイバー』の動きと大分違うことを認識し、その動きを観察し、推し量る。
 アーチャーが地を蹴り、後方に跳んで間合いを広げようとする。だがセイバーもまた地を蹴り、前へと詰める。

(早い! 爆発的な動き……足の踏み込みだけではない! 【魔力放出】か!)

 武器や自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって、能力を向上させるスキル。それが【魔力放出】。特に、セイバーのそれはAランクのものである。恵まれているとはいえない、子供のような小柄な体躯に見合わぬ力と速度が、アーチャーに迫る。

「くっ!!」

 薙ぎ振るわれる剣を受けるも、アーチャーの手の剣が圧し折られそうな衝撃が走る。

(駄目だ。下手に退けばその隙を叩き潰される!)

 逃げ腰では体勢が安定せず、セイバーの攻撃を受けきれない。と言って、体勢が安定していたところで少しはマシというだけで、敵うわけではない。

(持ちこたえられないのなら……逆にっ!)

 セイバーの上段からの振り下ろし。それを白い剣で止めたアーチャーは、衝撃を受け止めきれずに、仰向けに倒れてしまう。計算通りに。

「…………!?」

 セイバーが驚いたように見えた。
 アーチャーは、倒れたと見せかけて、前方にスライディングし、セイバーの脇をすり抜けて、セイバーの後ろに回ることに成功した。
 セイバーはその場で反転し、アーチャーがいると予測される位置に、黒い刃を飛ばす。その予測は正確で、アーチャーは避けきれず、左肩を切り裂かれる。

「ぐぅっ!!」

 だがアーチャーはひるまず走った。セイバーをすり抜け、セイバーの守っていた、丘の神殿に向けて。

(キャスターが造ったこの神殿。セイバーに守らせるほどのもの……一体何が!)

 アーチャーは黒と白の中華剣を投げ放つ。回転する二振りの剣は丘の壁に、同時にザックリと突き刺さり、その瞬間、激しく爆発を起こした。
 神秘の崩壊。蓄積された物理ならざるエネルギーが、破壊力へと移り変わる。丘には、大人が楽に入れるだけの穴が開き、向こう側には空洞が広がっていた。

(昨夜のキャスター、私の攻撃で神殿を攻撃されても動じた様子が無かった……。神殿は重要じゃないということだ。ならセイバーが守っていたのは何か? 下の丘の方ではないかと考えたが、当たりだったようだな)

 普通なら、丘の上の神殿の方が重要な施設に思えるだろう。だが、それもまた心理の裏をついたフェイクだ。この丘の中にこそ、秘密があるのだ。

 ゴガッ!!

 後方で、床が砕ける音がした。
 セイバーが跳躍したのだ。黒刃を飛ばすと、アーチャーごと丘まで切り裂いてしまうから、追いついて直接アーチャーを切り倒すつもりだ。

(なら、丘の中に入れば、セイバーの動きは更に制限される!)

 アーチャーは、振り向いて背後を確認したい衝動を抑え、必死で駆ける。

 ザスッ!!

「ガッ!!」

 背中を強い熱が走る。斬られた。
 傷の深さは?
 まだ走れる。ならば問題ない。
 そして丘の穴の中に。

(届いたっ!!)

 アーチャーは丘の内側へと、その身を投げ出すように飛び込んだ。


 そこに並ぶのは強化ガラスで造られた水槽。
 薄ら寒い輝きを帯びる魔力の光。
 液体に浮かぶのは病的に白い肌の――

「人……!? いや、これはホムンクルス……?」

 ホムンクルス。
 人造生物。魔造人間。
 男の姿をしたもの。女の姿をしたもの。人の形さえしていないもの。
 多くのホムンクルスが浮かんでいる。そしてそれだけだ。
 アーチャーの猛禽類のように鋭い視力でも、ホムンクルス以外のものは見いだせない。

 この丘は、ホムンクルス製造工場であったのだ。

「なんのために? 戦闘用……いや、衛兵として出てきたのは竜牙兵だけで、ホムンクルスが出たことはなかった。別の目的……竜牙兵とは違う……」

 ホムンクルスは作り方によっては、サーヴァント並みの身体能力を持たせたものも、生み出せる。それを戦闘に使うことは普通に考えられるが、どうやら違うようだ。

「……!!」

 そこに追いついたセイバーが鋭く剣撃を放つ。
 黒い魔力の刃と、引き裂かれた大気の震えにより、周囲の水槽が中身のホムンクルスごと、撃ち砕かれる。身をかがめて直撃を避けたサーチャーは、ガラスの破片と液体、ちぎれたホムンクルスの血肉を被る。

(……………!!)

 ホムンクルス。造られた命だが、その血は熱が宿っていた。
 過去の思い出がよぎる。今、殺した者と、殺された者の双方が、アーチャーにとっては浅からぬ縁を思い出させる。
 頭の奥で火花が起こる。
 だがアーチャーはそれらを切り捨てる。焼けた思考を凍らせ、ただ、今必要なことのみを考える。

「投影、開始(トレース・オン)……!!」

 アーチャーは己が手に、先ほど爆発させた干将・莫耶を再び複製させ、斬りつける。だが、セイバーの纏う魔力の霧は、やはりその剣撃の威力をほとんど受け止めてしまう。アーチャーの剣は、セイバーの鎧を傷つけるにとどまり、その肉にまでは及ばない。

(くっ……やはり駄目か!? だがこれほどの魔力の霧、いくら剣騎士のクラスといえど硬すぎる……己だけの性能とは思えない。マスターからの魔力供給を上乗せ……? 待て、魔力供給、だと……?)

 アーチャーは目を閉じることなく、セイバーの動きを見据え、紙一重で剣をかわしながらも思考を止めない。

(ホムンクルスと竜牙兵の違い……完全な操り人形である竜牙兵には命はないが、ホムンクルスは人造とはいえ紛れもない生命体。生命体であれば多かれ少なかれ、魔力がある。特に魔術回路を備えたホムンクルスを製造すれば、効率的に魔力を生み出させることができる……!! つまり燃料、電池、工場、発電所だ! サーヴァントに使う魔力を、自前ではなくここで作り出していた……!!)

 それならばつじつまが合う。念入りに隠し、最強の英霊に守らせるに足る秘密だ。
 魔力を好きなだけ使えれば、聖杯戦争において相当に有利になる。
 私利のために命を造り、私欲のために命を使い潰す。非道であるが、魔術師として、倫理を無視して使えるものは使うことは正しい。

750 :イリヤの奇妙な冒険15:2016/07/11(月) 23:59:17 ID:etBNEmzE0

(ただのひらめきに過ぎないが、これはおそらく間違いない。魔力製造工場……それがこの神殿の正体……だが)

 アーチャーは、一つの疑問を抱く。
 アーチャーはキャスターの正体にも一つの予測を立てていた。

 ギリシャ風の神殿を作り出す、神代の高名な魔術師。
 竜牙兵(スパルトイ)を生み出す、『英雄カドモスが討ち取った竜の牙』の半分を手にしていた、コルキス王アイエテスの娘。
 ギリシャ神話には多くの魔術師や予言者が登場するが、その中でも高位の存在。

『裏切りの魔女』。

 紫の衣服で身を包んだ、あの姿をアーチャーは知っていた。
 知っていたからこそ、今、アーチャーは疑問を抱いた。

(俺の知っている、あの『魔女』のやり方ではない……黒化しているとはいえ……やり方がそこまで変わるだろうか? マスターの発案? だが黒化している状態で、きめ細かい施設造りを行えるのか? 体にしみ込んだ自分流のやり方ならば、心や思考がなくともできるかもしれないが、他人からの命令でこれは……)

 考えすぎかもしれない。
 黒化していても、マスターの命令どおりの施設を造れるのかもしれない。
 だが、そもそもキャスターは顔さえ隠し、生身を一切露出させていない。
 アーチャーの知る顔を、キャスターは見せていない。

(あのキャスターは、本当に俺が考えている、あのキャスターなのか……?)

 謎が解かれ、また新たな謎が浮かび上がる。

(これ以上の考察は難しいな……! このセイバーをどうにか切り抜けて、脱出せねば……!!)

 幸い、セイバーの剣技は先ほどより精度が下がっている。狭い空間の中で剣を取り回しづらいのか、重要施設の中であるため本気を出して破壊しすぎることを禁じられているのか、ともかく今ならばしのげる。しのぎ続けられるかと言われれば、おそらく無理だが、時間を稼ぎ、好機を窺うことはまだできる。
 けれど、セイバーはアーチャーの予想外の行動をとった。

「む?」

 思わず、アーチャーは声に出してしまう。それほど意外なことだった。

 セイバーが剣を止めて、足を止めて、攻撃を止めた。
 アーチャーはいぶかしく思いながらも身を引き、距離を置き、間合いを広げる。
 セイバーの剣の長さでは届かない、射程外まで下がると、何をする気かと身構えた。

(また魔力を刃にして飛ばすか?)

 そう考えるアーチャーに、セイバーは遥かに上のスケールの行動を起こした。

 ゴウッ!!

 今までにない、嵐のような魔力の奔流が巻き起こる。剣に黒い霧が渦巻き、竜巻のごとく吹き荒れ、周囲の水槽を次々と砕き、床を液体で濡らしていく。
 まだ破壊されていないホムンクルスが悶え、苦痛にのたうち、音の無い断末魔をあげる。魔力がその命ごと、搾り取られているのだ。

「ま、まさか!?」

 アーチャーは油断していた。
 この重要施設を使用不可能にまで破壊しつくすような、大威力の攻撃を放つような真似は、よもやすまいと。セイバーのマスターも、そんな攻撃はしないように命令しているだろうと。
 だが、この施設は聖杯戦争に勝利するための施設。

 すなわち、敵を倒すための施設。

 今、アーチャーという敵を倒すことと引き換えならば、この場所が消滅しても構わない。それが、セイバーをここに置いたマスター、ミセス・ウィンチェスターの判断だったということだ。

 そしてセイバーは、マスターの命令通り、渾身の、最強の、究極無比の破壊を、ここに生み出さんとする。

「【約束された(エクス)】……」

 セイバーが、初めて言葉を口にした。
 それを聞かずに、聞かずともわかっているがゆえに、アーチャーは走り出していた。
 アーチャーは手にした干将・莫耶を投げ捨て、代わりに新たな剣を一振り、投影する。右手にその剣を握り、真っ直ぐに進む。
 セイバーの攻撃が完成する前に、セイバーを仕留める気か。
 確かにそれしかないが、心の無いセイバーにも理解できていた。

 アーチャーが何をしようと、この短時間で準備できる攻撃で、セイバーを崩すことはできない。

「おぉぉぉぉぉぉ!!」
 
 干将・莫耶よりよほど小さな剣。だが、あえてその剣を出したということは、何か特殊な能力が秘められている可能性が高い。セイバーはアーチャーを近づけるより前に、己の宝具を開放させることに全力を注いだ。

「……【勝利の剣(カリバー)】!!」

 剣の中の剣の名が、高らかに解放された。セイバーは最後まで、アーチャーの握る剣を注視していたが、何か効力を発揮する様子はない。
 唸る黒い魔力の嵐が、一筋に収束され、そして、再び一つの方向に、一つの対象に向けて、解き放たれようとした――そのまさに刹那。

 キュオッ!!

「…………!?」

 アーチャーが加速した。それまでのアーチャーの動きからは、考えられない速度。

 実力を隠していた? 否。

 セイバーはアーチャーの右手の剣を警戒していた。それは間違いではなかったが、左手を警戒しなかったのは間違いだった。

「ベストだ。マスター」

 アーチャーの左手には、携帯電話があった。アーチャーが行ったのはただ、マスターへと電話する。それだけ。
 最初から、ここに来る前に決めておいた。

 アーチャーからの電話があったら、令呪を使い、アーチャーを強化することを。

 一画の令呪を使い、具体的な目的はなく、ただ強化のみを命じた場合、その効力は薄く、長時間は続かない。だが、アーチャーにとってはこの一時のための奥の手になりさえすればよかった。
 セイバーの反応を超える速度でアーチャーは間合いを詰め、そして、右手の切り札を、剣を上段に構えていたセイバーの胸に突き立てた。

 ズッ………!

「――【破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)】」

 セイバーの一瞬の動揺。一瞬遅れた、山をも薙ぎ払う一振り。
 それが致命的となる。

752 :イリヤの奇妙な冒険15:2016/07/12(火) 00:02:02 ID:MLQ1PTM20

「………ッ!?」

 アーチャーの剣。稲妻のようにジグザグで、とても戦いに使えないであろう短剣。
 セイバーに突き立てたといっても、鎧に突き刺さっただけで、到底傷つけるまではいたっていない。

 だが、効果ははっきり表れた。

「…………ッ……ッ!!」

 魔力が切れる。
 切断される。

 今までセイバーに与えられていた魔力供給が途絶えた。
 セイバーのマスターとのパスが断たれた。

 アーチャーの投影したその宝具は、あらゆる魔術効果を消し去ることができた。セイバーとサーヴァント、そしてホムンクルスたちを一組に繋ぐ、契約でさえも。
 そして、魔力供給のパイプが失われた今、宝具のための膨大な魔力は、セイバーだけで賄わなければならない。
 それでも既に真名開放した宝具を止めることはできない。己の内の魔力を絞り出しながら、セイバーはアーチャーに向けて剣を振るった。

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!

 黒い極光がほとばしる。
 頭から剣を叩き付けられようとしたアーチャーは、令呪によって上昇した速度でもって、神速の一振りをかわしたが、剣から放たれた暗黒の光線はどうしようもなかった。
 アーチャーの視界が黒く染まり、周囲の全てが砕け散る音が耳に響く。

【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】――星の造りし聖剣。人々の願いを結晶化させた至高の幻想。間違いなく、この聖杯戦争における最大の力。

 一人の国王と、一つの王国の伝説――その始まりから終わりまでの全てを象徴してきた剣の一撃は、一瞬にして神殿の全てを薙ぎ払った。

   ◆

 ザリザリと地を削る音がしていた。
 足を引きずる歩き方――もはや、まともに歩く力もない。

「もしもし………ああ、私だ。メールは見たか? やられたよ。私はもうすぐ消える。【盾】を投影することに成功しなければ、とっくに消し飛んでいただろうな」

 携帯電話が壊れなかったのは奇跡だろう。壊れたとしても投影魔術を使えば複製くらいできたが、今は少しの魔力を使いたくない。
 全身に大小無数の傷を負っているが、特に大きいのは右側の腹。抉られて背骨まで届きそうなほどだ。霊核が直接傷ついていないのが救いだが、残り時間が多少長引いただけのこと。
 サーヴァントでなければ、とっくにこの世から去っている。いや、さすがの英霊とはいえ、もう去りつつある。どうにか耐えているだけだ。
 爆発のどさくさに紛れ、地上に逃げ帰ったが、セイバーはどうなったのか。マスターとのパスが切れたとはいえ、一発宝具を撃っただけで自滅したと考えるのは、むしが良すぎるだろう。だが、早めにマスターとのパスを繋げなおす必要はあるはず。
 アーチャーを追うより、そちらを優先するだろうというのがアーチャーの考えだ。

「今どこにいる? できれば残りの令呪を……」

 アーチャーが言葉を途切れさせる。
 背後に気配がした。

「………また油断だったようだな。そこまで私を斬りたいか。セイバー」

 ゆっくり振り向くと、そこには魔力の霧を漂わせてはいないものの、健在なセイバーの姿があった。
 魔力の霧が無いのは、魔力消費を抑えているためだろう。今なら、一撃切り込めば倒せる。だが、それはアーチャーも同じことであるし、アーチャーの方が傷は深く、消耗も激しい。剣一本の投影もできない。できたとして、斬りかかれるほど軽傷ではない。

753 :イリヤの奇妙な冒険15:2016/07/12(火) 00:03:35 ID:MLQ1PTM20

「……いいところがなかったな。これで終わりか」
「…………ッ」

 言葉を返すことなく、セイバーはただ剣を振り上げ、

「ッ!?」

 そのまま動かなくなった。

「……どうした?」

 アーチャーはまったく理解できずに、つい問いかける。それに答えたのはセイバーではなかった。

「そいつは止めた。そして令呪をもって命じる。『セイバーを倒せ』」

 セイバーの後ろから、人影が姿を現す。アーチャーのよく知るその人影。
 彼は冷静に、アーチャーの一番してほしかったことをやってのけてくれた。

「なんだ……そこにいたのか、マスター」

 アーチャーは令呪の力でわずかながら魔力を回復し、剣を投影する。その剣はアゾットと呼ばれる、錬金術師パラケルススが使っていたという伝説のある短剣だ。魔術礼装としてはオーソドックスなもので、そんなに強い力はない。
 だが、動けぬ敵に突き立てるのに不自由はない。

 そしてあっけなく、セイバーの霊核は貫かれ、この聖杯戦争でも最上位に位置する大英雄は、カード一枚を残して消滅した。
 カードは、地に落ちる前に、アーチャーの手で受け止められる。

「上手くいってよかったな。流石に英霊なんてシロモノ、あれほど消耗していなかったら、止めることはできなかっただろう……で、どうだ? 最後の令呪を使っても、もう残るのは無理そうなのか?」
「ああ、残念ながら。この後は彼女たちに託さねばならないのが情けないが、置き土産をつくれたのがせめてもの幸いかな」

 アーチャーは手の中の、クラスカードに視線を落とす。カードには、甲冑で全身を包んだ騎士が、剣を掲げる姿が描かれていた。

「そうかい……ついでに、さっきわかった別の隠れ家のことを教えてやる。一緒に土産にしてやるんだな」
「それは助かる……ふふ、手は貸さないと言っていた割に、動いてくれるじゃないか」
「勘違いするなよ? 僕は僕の好きなようにやっているだけだ。見返りがないわけじゃないしな」
「そうか……では好きにしてくれ」
「そうさせてもらうさ……令呪をもって命ずる、『心残りのないように行動しろ』」

 令呪の力により、アーチャーの体に活力が宿る。消滅はもはや止められないが、遅らせることはできたようだ。

「……改めて感謝する。ありがとう、マスター」
「礼を言っている暇があるのかい? 命令を破らないよう、早く行くんだな」

 アーチャーは頷くと、走り出す。目的地は決まっていた。
 その背中を見送り、アーチャーのマスターは呟く。

「聖杯戦争に巻き込まれたときは、またかよって思ったが、今回はそこそこ平和に片が付きそうだな。ま、どうなってもこんな町のことは、僕に関係ないがね……」


   ◆


【CLASS】セイバー
【マスター】ミセス・ウィンチェスター
【真名】アルトリア
【性別】女性
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力B 耐久A 敏捷A 魔力A 幸運D 宝具A++
【クラス別能力】
  • 対魔力:A
 A以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷をつけられない。

  • 騎乗:A
 幻獣・神獣ランクを除く、すべての獣、乗り物を自在に操れる。

【保有スキル】
  • 直感:A
 戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を“感じ取る”能力。研ぎ澄まされた第六感はもはや未来予知に近い。視覚、聴覚に干渉する妨害を半減させる。

  • 魔力放出:A
 武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって、能力を向上させる。

  • カリスマ:B
 軍団を指揮する天性の才能。カリスマは稀有な才能で、一国の王としてはBランクで十分と言える。

【宝具】
◆風王結界(インビジブル・エア)
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:2〜4 最大捕捉:1個

 不可視の剣。シンプルではあるが白兵戦において絶大な効果を発揮する。強力な魔術によって守護された宝具で、剣自体が透明という訳ではない。

◆約束された勝利の剣(エクスカリバー)
ランク:A++ 種別:対城宝具 レンジ:2〜3 最大捕捉:1人

 光の剣。人造による武器ではなく、星に鍛えられた神造兵装。
 聖剣というカテゴリーの中では頂点に立つ宝具である。
 所有者の魔力を“光”に変換し、収束・加速させることにより運動量を増大させ、神霊レベルの魔術行使を可能とする聖剣。

◆全て遠き理想郷(アヴァロン)
ランク:EX 種別:結界宝具 最大捕捉:1人

 エクスカリバーの鞘の能力。
 鞘を展開し、自身を妖精郷に置くことであらゆる物理干渉をシャットアウトする。




 ……To Be Continued
2016年07月12日(火) 00:39:41 Modified by ID:nVSnsjwXdg




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