イリヤの奇妙な冒険19
【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】
『19:Slash――斬撃』
【聖堂教会本部への冬木第4次聖杯戦争における報告書】
この聖杯戦争において、召喚されたほぼ全てのサーヴァントが何かしらのイレギュラーであったが、その極めつけはアサシンのサーヴァントである。
本来、アサシンのクラスを召喚すると、呼び出されるのはハサン・サッバーハの名を継承した誰かになる。しかし、数多くの聖杯戦争が起こった現在、ハサンの能力や宝具は全て解析されてしまっている。
そこで、ハサン以外のサーヴァントをアサシンとして召喚した――それだけであれば、まだイレギュラーというほどではない。
だが、召喚されたアサシンは『佐々木小次郎』という名を持っていた。その人物は日本の伝説に残る英霊であり、本来、西洋のサーヴァントしか呼び出せない聖杯戦争では召喚されるはずのない英雄である。
だが、それもまた、やり方によっては歪めることもできる。問題なのは、『佐々木小次郎』として召喚されておきながら、そのサーヴァントの人種や服装が、どう見ても日本人のそれではなかったことである。
彫りの深い顔立ち。後頭部で束ねた黒髪。外套に黒いズボン。そして、冷たく輝く、恐ろしいほどに美しい片刃の剣。
これはそもそも『佐々木小次郎』をいかにして召喚したかに関係してくる。本来『佐々木小次郎』という英霊は存在しない。伝承は残っているが、実在することのなかった架空の英霊なのだ。シャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパン同様に。
今回呼び出された『佐々木小次郎』は、『佐々木小次郎』が使ったとされる技、『ツバメ返し』を使うことができるという理由で、『佐々木小次郎』の名を与えられ、無理矢理召喚された無名の亡霊なのである。
更に更にイレギュラーなことに、外国人でありながら、『ツバメ返し』を使えるその男は、アサシンでありながら凄まじい白兵戦能力を誇り、三騎士のサーヴァントでさえ、正面から圧倒したのだ。
今も、私の耳にはこびりついている。
あの恐ろしい、『覚えたぞ』の台詞が。
◆
イリヤの胸の奥に、恐怖と悲痛が渦巻き、その抗いようのない絶望の中、それでも抗わねばならないという更なる絶望に苛まれ、
「あ…………?」
外れた何かが、外側へと溢れ出す。檻から放たれた獣のように、牙剥く相手を求めるように。
「イリヤスフィール!?」
気づいた美遊が見たものは、荒れ狂う魔力。
その背中から、まるで翼のように膨大なエネルギーが噴き出している。エネルギーは大気を圧倒し、周囲に大風を巻き起こしていた。
(なぜ? イリヤスフィールは魔術師ではなかった。魔力を持たないはず……いやそれ以前に、こんなの一人の人間が許容できる魔力量じゃない……!)
未知の事態に、美遊の顔が引きつる。しかし、美遊の困惑をよそに、事態は進行する。
「……倒さなきゃ」
「えっ……?」
イリヤが、ポツリと呟いた。
「倒さなきゃ……倒さなきゃ……倒さなきゃ……倒さなきゃ……」
俯きながら、口にする。壊れたレコード・プレーヤーのようであったが、その言葉一つ一つに込められた、心を焦がすような意志は、決して機械のものではなかった。
「―――――――――ッ!!」
唸り吠える最悪。鉛色の絶望。いつでも動き出し、凛たち全員を皆殺しにできる、暴虐の怪物。もうあらゆる手で殺したのに、どうしても殺しきれない不死身の存在。
だが、倒さなければ、みんなが死ぬ。
アーチャーのように、もう会えなくなる。
誰もが、もうこれ以上殺せないと諦める中、ただ一人、イリヤだけが、
「殺さなきゃ……!!」
顔をあげ、バーサーカーを見据えていた。
だが、その眼はあまりにも澄みすぎていて、人間の眼ではなかった。
たった一つの感情以外の全てを排した眼。
感情が全く無い、機械の眼ではない。
感情の壊れた、亡者の眼ではない。
感情を、嵐のように強くしすぎた眼。
感情を、刃のように研ぎ澄まさせすぎた眼
狂気の眼。
狂戦士(バーサーカー)の眼。
「……どうやって? 手段……方法……力……?」
呪文を唱えるように口にする。誰に聞かせるわけではなく、ただ己に問う。
答えがあるかないかは、どうでもいい。
答えがないとしても、何も問題ない。
「ある」
イリヤはポケットから、一枚のカードを取り出す。
書かれた絵と文字は、『弓騎士(アーチャー)』。
さっきは選ばなかったクラスカードだ。
「力なら……ここにあった」
イリヤは、右手のカードを地に置いた。途端に、大地に魔法陣が浮かび上がる。巨大な魔力が魔法陣に注ぎ込まれ、
「『夢幻召喚(インストール)』」
静かに、何でもない事のように、イリヤは宣言する。
ドアッ!!
イリヤの身が、光り輝く。カードを通して、イリヤの中に強い力が、大きな存在が入っていく。
長袖の赤い外套に、胸部を覆う鎧。手に握るのは、長大な黒い弓。
その姿は、あの赤い弓兵の衣装によく似ていた。
タッ!!
イリヤは大地を蹴り、軽やかに跳ぶ。魔法少女となってさえ出せない、運動能力。
宙を行く彼女が右手を伸ばすと、その空の右手に、三本の矢が生み出された。虚空より取り出された矢を弓につがえ、手慣れた動作で撃ち放つ。
キャゴッ! キャゴッ! キャゴッ!
耳に痛みを与える甲高い音の直後、岩を強く突いたような鈍い音が響き、それが三度繰り返される。
矢によるものとは思えぬ、近代兵器並みの破壊力が、音を耳にしただけで感じ取れた。だが、それをくらったバーサーカーは、それこそ近代兵器など及びもつかぬ怪物。戦車も射ぬけたであろう射撃が、いささかの効果もあげられなかった。
「―――――ッ!!」
そして狂戦士は、重力に従って落下してくるイリヤを殴り飛ばそうと拳を握る。
対するイリヤは能面のようになんの感情も浮かんでいない顔で、その拳を眺めながら、今度は両手に、一対の中華剣を出現させた。
アーチャーが愛用していた、干将・莫耶である。
「ッ!!!」
その太い腕が見えなくなるほどの速さで、拳が叩き付けられる。しかしイリヤは、それより早く、剣を投げ放っていた。二振りの剣が、バーサーカーの胸に当たった瞬間、剣は激しく爆発する。
ドッゴォォォォンッ!!
バーサーカーの肌を焼き焦がし、その巨体を吹き飛ばす。死にまでは至らないまでも、その拳がイリヤに当たらない程度の距離まで、巨人を移動させることに成功する。
そして、地に降りたイリヤは、再び弓を出し、鋭く尖った螺旋状の矢をつがえ、放つ。
その矢もまた、バーサーカーに当たると爆発を起こす。さながら小型ミサイルのようだ。
到底、弓兵という言葉で表していい戦い方ではない。
「信じられない……あの姿……あの戦闘能力……。彼女は今、完全に英霊と化している……! どうやって……」
その戦いを、その姿を見て、美遊はただ困惑するしかない。彼女の常識では、そんなことは起こせっこないのだ。
そんな奇跡を起こす方程式などない。そんな都合のいい答えを導き出す、過程などありえない。
だが、にもかかわらず、その都合のいい答えはそこにある。
「そんな、まさか……」
答えがあるかないかは、どうでもいい。答えがないとしても、何も問題ない。
――答えがないなら、つくればいい。
「手順も知らないまま、膨大な魔力のみで強引に召喚した!?」
過程を力づくでねじ伏せ、結果に直結させる。
あまりにも出鱈目で、常軌を逸した現象。だが、その常識外れが、目の前で起こっている。
「――――――――――――――ッ!!」
だが、その常識外れが相対している敵も、ひたすらに常識を覆してきた化け物であった。
「いけない……! いくら英霊の力とはいえ、あのバーサーカーを殺し尽す方法は……!」
美遊はないと思った。だが、常識外の片割れの行動は、それに異を唱えた。
殺し尽す方法――その答え。
「投影、開始(トレース・オン)」
――答えがないなら、つくればいい。
ゴオォォォォォォッ!!
魔力が唸る。
現世のものとも思えぬ、恐るべき量の魔力が、イリヤの手の中で結晶し、それは生まれた。
「そんな……!?」
美遊の目は、その神々しいほどの光景をはっきりと見ていた。
美遊だけではなく、ルビーもサファイアも、凛もルヴィアも、ランサーもアヴドゥルも、全員が、その幻夢のような光景に見惚れていた。
イリヤの手に生み出された剣は、セイバーのクラスカードを使って『限定召喚(インクルード)』した聖剣によく似ていた。だが、決定的に違うものが感じられた。
その違いを的確に表現する術を、美遊は知らなかった。ただ、それはあまりにも遠く、奇跡のような光景であるとしか。
「【勝利すべき黄金の剣(カリバーン)】――!!」
イリヤスフィールの、人の身で持っているべきでない、馬鹿げた量の魔力の全てを費やして生み出された剣。
かつて在り、今は失われた、究極の剣。
かつて在り、やがて来るべき王を定めた、選定の剣。
勝利を約束するなどという、温いものではない。
それが放たれた以上、もはや、勝利の二文字以外があってはならない。
そして正しく、それは役目を果たした。
黄金の光が軌道を描き、剣は、バーサーカーの鋼の筋肉を、空気を薙ぐように容易く断ち裂く。
そして、そのただの一撃で、死して蘇るその肉体を、ことごとく殺し尽した。
その斬られた一瞬、バーサーカーは雄叫びをあげることはなかった。
断末魔ごと切り裂かれたように、静寂のまま、絶望の化身としか思えぬサーヴァントは、ついに消滅したのだった。
「あ……ああ……」
カラリと、バーサーカーのクラスカードが大地に転がる。
呆気ない。ただ見ている分には、あまりにも呆気ない終わりであった。
だからこそ恐ろしい。
どうしようもない不死の大英雄を、呆気なく滅ぼしてしまった力が、あまりにも圧倒的な奇跡が、声も出ないほど恐ろしい。
だが何よりも、美遊が思うことは、
(イリヤスフィールは――どうなってしまったの?)
狂戦士を超えた、狂戦士となったイリヤスフィールは、一体どうなってしまうのか?
美遊だけでなく、その場の全員の想いだった。
果たして、戦いを終えたイリヤは、その手から剣を消し、英霊としての力も解き、ただの少女の姿に戻る。その後、ただ立っていた。
静かに、その場の全員が見守る中、彼女は微動だにせず、ただ立っていた。
やがて、1分もそうしていた後、イリヤはクイと首を曲げ、美遊の方を見る。
その顔は、
「あれ……? 私……? あ、あの、美遊さん、私、何して……?」
笑い出したくなるくらい、いつものイリヤスフィールであった。
◆
オンケルは、間桐の地下蟲倉跡を改造した工房の、自分に割り当てられた部屋で、現状を噛みしめていた。
パスが途絶え、サーヴァントが失われたことを理解したオンケルは、拳を震わせて内心の嵐のような動揺を表している。その失意ゆえか、手入れされた口ひげが心なしか萎れているように見えた。
「オノレオノレオノレオノレオノレェッ!! あんな小娘どもにっ、わ、私のバーサーカーがァッ!!」
机を激しく殴り、その怒りを示す。しかしどんなに周囲に当たり散らそうと、結果は変わらない。
傍にはミセス・ウィンチェスターもいたが、宥める様子はなかった。宥めたとしても、逆効果だっただろうが。
(この私がこのような屈辱を! こ、これは私のせいではないっ! や、奴の、ウィンチェスターめのせいだッ! 奴のとりなしが悪いせいでッ、奴がもっと魔力供給をしていれば……おのれっ!!)
懐から鞭を抜き、感情のままに鋭く振るう。魔力の込められた、オンケルの鞭が机に叩き付けられ、分厚い木材を鋭く切り裂く。
この鞭はオンケルの祖父が、ナチスで使われた拷問用の鞭を素材につくったものだ。強い恨みと憎しみが籠った、黒魔術的に強力な逸品。生半可な結界でも、強化でも、ものともせず引き裂く一流の魔術礼装である。
(カードも! それに聖杯も、この私が用意したというのに! こいつらは、もっと私を優遇して扱うべきだというのに! 聖杯の正確な場所さえ、この私に教えないとは!!)
今回の聖杯戦争で、聖杯の素となる器。
それは、オンケルの祖父が、ドイツ敗戦のドサクサで持ち出した、ヒトラーのオカルト・コレクションの一つであった。
来歴はよくわかっていないが、聖杯となるに足る、神秘を内包していた。だがそれを聖杯に調整する技術をオンケルは持っていなかったため、『ドレス』の手に渡り、『ドレス』が完成させた。
要するに、オンケルは材料の調達以上のことはしておらず、聖杯もオンケルが渡さなければ別に用意することも可能だったわけで、そんなに大層な手柄ではない。
しかしオンケルはそんな客観視のできる人格ではなかった。
(まだだ……まだ私は……そ、そうだ! 奴らはまだキャスターを持っているはず! 奴らを殺して、キャスターを奪えば、私はまだ戦えるぞっ!)
そう考えたオンケルは、ミセス・ウィンチェスターへと視線を動かす。オンケルから顔を反らし、今後の行動を考えているのか、オンケルには関心がないようだった。
その手には武器を持っていないことを確認し、オンケルは声も無く嗤う。
(まずはこいつだ。こいつを捕え、拷問し、キャスターとそのマスターの居所を聞き出さなくてはならない……! それに聖杯の場所も……! そしてカレイドステッキもわしのものだッ!!)
ナチス・ドイツで、祖父が教わり、自分が受け継いだ拷問方法を脳裏に浮かべ、嗜虐の笑みを浮かべる。
まずは腕の一本でも切り落としてやろうと、鞭を振りかぶり、
(くらうがいいッ!!)
自慢の一撃を放った。
◆
【CLASS】バーサーカー
【マスター】イクス・オンケル
【真名】?
【性別】男性
【属性】混沌・狂
【ステータス】筋力A+ 耐久A 敏捷A 魔力A 幸運B 宝具?
【クラス別能力】
- 狂化:B
【保有スキル】
- 戦闘続行:A
- 心眼(偽):B
- 勇猛:A+
- 神性:A
【宝具】
◆十二の試練(ゴッドハンド)
ランク:B 種別:対人(自身)宝具 レンジ:‐ 最大補足:1人
生前の偉業で得た祝福であり呪い。Bランク以下の攻撃を無効化し、蘇生魔術を重ね掛けすることで代替生命を十一個保有している。
一度受けたダメージを学習し、その克服の為に新しい耐性を肉体に付加する。
◆
【CLASS】アーチャー
【マスター】?
【真名】?
【性別】男性
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力D 耐久C 敏捷C 魔力B 幸運E 宝具?
【クラス別能力】
- 対魔力:D
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
- 単独行動:B
ランクBならば、マスター不在でも2日間現界可能。
【保有スキル】
- 心眼(真):B
- 千里眼:C
ランクが高くなると、透視、未来視さえ可能になる。
- 魔術:C−
【宝具】
◆無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)
ランク:E〜A++ 種別:? レンジ:? 最大補足:?
アーチャーが可能とする、固有結界と呼ばれる特殊魔術。
視認した武器を複製する。ただし、複製した武器はランクが一つ下がる。
防具も可能だが、その場合は通常投影の二倍〜三倍の魔力を必要とする。
……To Be Continued
2016年09月01日(木) 00:04:13 Modified by ID:nVSnsjwXdg