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イリヤの奇妙な冒険22


   【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】


   『22:View――視界』



【魔術協会所蔵の一資料より】

 冬木の第4次聖杯戦争において、アインツベルン家は幾つもの誤算を犯した。
 最大の誤算は、アインツベルンから参加者として派遣するはずであった者の離反であろう。戦闘に疎い、アインツベルンの弱点を補うために彼らは傭兵を雇ったのだが、彼は聖杯戦争が始まる前に、アインツベルンを裏切った。アインツベルンのマスターとして派遣されるはずであったホムンクルスの女と共に離反したのだ。
 当然、アインツベルンは裏切り者の粛清と、新たな聖杯戦争のマスターとなることを任務とした追手を差し向けた。裏切り者と追手、二つに分かれたアインツベルンは、聖杯戦争で戦うこととなった。
 傭兵の側は、この時にアーチャーを召喚した。一方、追手側は、二番目に大きな誤算を犯した。アインツベルンは、神霊を召喚しようとし、失敗したのだ。

 神霊。

 英霊の更に上の存在。神代が終わると共に、地上から姿を消した。無論、人間に制御できる存在ではない。
 それでもアインツベルンは、ゾロアスター教における絶対悪、【この世全ての悪】とされる、邪神アンリマユを召喚しようとしたのだ。
 通常の七つのクラスに当てはまらない、稀に召喚される、イレギュラークラス。

『アヴェンジャー』――復讐者のサーヴァントとして。

 破壊と殺戮に最も長けた神霊を召喚し、他の全ての英霊を倒そうとしたのだろう。
 しかし、召喚されたのは、全身に拷問の傷を刻まれ、肉体の幾つもの部位を切り取られた、スキルや宝具さえ持たない、ただの男であった。
 後の調査で、このとき召喚されたのは、その男が全ての悪を受け持つことで、その男以外は清浄で罪なき身であれる、という考えにより、全ての悪の責任を押し付けられ、生贄とされた普通の人間であったことがわかった。
 どうやら聖杯は、『存在しない架空の者』や『存在はしても召喚できない者』を召喚させられたときは、その代わりとして共通項を満たす別の存在を、召喚する傾向があるようだ。
 身勝手な信仰の犠牲者に過ぎない存在に、戦う力があるわけはなく、聖杯戦争の最初に敗退した。

   ◆

 凛、ルヴィアの二人と、ミセス・ウィンチェスターの戦いは、凛たちに分がある。ミセス・ウィンチェスターは確かに強い。凛たちの魔術は巧みにかわし、距離が開けば魔術強化を施したライフル銃を撃ってくる。接近戦を仕掛ければ、凛たちにも劣らぬ武術を持って応戦する。そして、アヴドゥルの言ったとおり、傷つくことをいとわず、危険な間合いに踏み込んでくる。かわしきれなければ致命傷となるような攻撃であっても、ギリギリまで引き付けカウンターを狙ってくる。
 だが、若いとはいえ凄腕の魔術師が二人がかりでは、ミセス・ウィンチェスターでも攻めきれない。まだどちらも決定打は与えられていないが、有利に戦いを進めていたのは凛たちの方であった。



「……どういうこと?」

 そして、イリヤがキャスターを撃ち、キャスターの正体がセレニケであったことを知った凛が、ミセス・ウィンチェスターへの攻撃の手を止めて呟いた。
 ランサーを除けば、キャスターが最後のサーヴァントであったはず。それが、既にカードになっていたというのか。

「以前、キャスターと戦った時にはセレニケもいたはず。彼女はアサシンのマスターで……いや、デミ・サーヴァント……8体目のサーヴァント……違う、そうか、オンケルと融合したのは、『7体目』のサーヴァントだったのね」

 凛は、その性格から、いささか残念に見えるが、頭脳の明晰さは確かである。その頭脳を持って、正解を導きだした。

「最初から、キャスターはカードだった。貴方たち『ドレス』は、聖杯戦争を行う前に、キャスターを倒し、クラスカードを手に入れて、解析していた。その後、オンケルに時計塔が手に入れた2枚のカードを盗ませて、カードを利用して聖杯戦争を開いた。ただし、サーヴァントの媒体として利用したのは6枚だけ。キャスターのカードは使わなかった」

 なるほどと、ルヴィアもどういうことか察し、頷いた。

「キャスターのカードはとっておいて、自分たちが使ったのですわね? イリヤスフィールと同じように、英霊化することでキャスターの力を振るい、幾つもの工房や、ホムンクルス製造工場を造り出した。冬木市民会館地下にいたキャスターの正体は、ミセス・ウィンチェスターだったのでしょう。『ドレス』も侮れませんわね。協会でも辿り着けなかったカードの使用法、英霊化をやってのけるとは」

 ドレスの組織力を持ってすれば、魔力供給要員は幾人も用意できるし、それで足りなければ、生贄を使うこともしただろう。ホムンクルス工場ができた後は、ホムンクルスから魔力を搾ればよかった。

「私たちは、そしてきっとオンケルも、キャスターを含め7体のサーヴァントがそろって、聖杯戦争は始まっていると思っていた。けど、違った。今まで、デミ・サーヴァントにされたサーヴァントが召喚されるまで、ずっと6体だけで戦いを行っていたのね? まだ聖杯戦争本番は、始まってさえいなかった」
「ソコマデ見事ニ推理サレテハ、隠シテモ仕方ナイナ。ソノトオリダ。私ガ使ッテイタ『セイバー』ハ、『ドレス』ノ一員ガ召喚シタモノデ、ソレヲ私ガ令呪ゴト譲ッテモラッタダケノコト。本来ノ『セイバー』ノマスターハ既ニ、コノ町カラハ離レテイル。私本来ノサーヴァントハ、マダ召喚シテイナカッタ。サーヴァント……『シュトロハイム』ヲ召喚シタノハ、ツイサッキノコトダ」

 ミセス・ウィンチェスターはあっさりと認めた。
 召喚したサーヴァントを他者に譲るというのは、本来、聖杯戦争ではそうそうあることではない。マスターとなる者は、聖杯戦争に参加する動機があると見込まれるからこそ、聖杯に選ばれてマスターの権利を得るのだ。その権利をすぐに捨てられる者は普通、選ばれない。
 まして、サーヴァントを失えば、他のサーヴァントから身を護る術を失うことになるのだから、なおさらサーヴァントを譲渡などできない。
 だから、ミセス・ウィンチェスターが本来のセイバーのマスターでないなどと、想像できることではなかった。
 強い力を持つ組織であるからできる作戦だ。


「本来ハ、オンケルノ『バーサーカー』ガ勝チ残ッタ時、『バーサーカーヲ倒スタメノ隠シ玉トシテ、トッテオイタノダガネ。力ハ発揮デキズニ終ワッテシマッタガ、アノサーヴァントハ、『セイバー』ヤ『バーサーカー』ヲモ排除スルコトガデキタ。ソノ必要モナクナッタカラ、実験ト、魔力ノ消耗ヲ少ナクスルタメニ、デミ・サーヴァントニシタガ。オンケルノ魔術回路カラ魔力ヲ供給サセレバ、私ノ負担ガ減ルカラナ」

 デミ・サーヴァントの本来の真名は、ルドル・フォン・シュトロハイム。

 クラスは、イレギュラークラス――『ランチャー』。

「近代ノ英霊デアルガユエニ、神秘ハ弱ク、クラスモ最適トハ言エナイ。マトモニ戦エバ、『アサシン』ヤ『キャスター』ニサエ負ケカネヌ弱小ノサーヴァントデアッタガ、宝具ハ特殊ナモノダッタカラナ」

 ステータスを強くするなら、アーチャーやバーサーカーで召喚した方が強くできただろうが、ランチャーとして召喚された彼には隠し玉があった。
 ランサーたちと戦う前に放った赤い光は、宝具を使う準備であり、あの行動から一定の時間、その場にとどまることが宝具を使う条件となる。結局、宝具発動までの時間を稼ぐことができず不発に終わってしまったが、発動させていたら、その場の全員を倒せていたかもしれない。

 宝具、【火閃祝砲・邪神追放(ヴォルガノ・ランチャー)】。

 かつて、教会も協会も、真祖でさえ打つ手のなかった、『柱の男』と呼ばれる究極生命体と戦ったランチャー。彼は、究極生命体の最後を見送った、ただ二人の内の一人であった。
 その事実ゆえ、彼は究極生命体を、地球から追放した火山の噴火を再現する宝具を手にした。ランチャー自身は、究極生命体との戦いでの主力ではなく協力者にすぎなかったし、その噴火を起こしたわけでもなかったため、自在に使える宝具ではないが、上手く嵌めれば、敵を宇宙にまで吹き飛ばすことができる。
 まさに『発射装置(ランチャー)』の名に相応しい切り札であったのだ。

「けど、ホムンクルス工場もアーチャーが壊したし、セレニケがキャスター化できていたのは……ああそうか、これは聖杯戦争、令呪があったわね。令呪は強力な魔力の塊。シュトロハイムだったかしら? そのサーヴァントとセイバーのマスターとして、貴方は多くの令呪を持っていた。そのうちの令呪を幾つか譲渡して、キャスター化の魔力にまわしたのね?」
「ソコマデ見抜カレルトハナ。ソノトオリダ」

 ミセス・ウィンチェスターは堂々とした態度で、凛の推測を肯定する。


「そんな余裕でいいのかしら? 私の推理が当たっているなら、貴方たち、もうジリ貧ってことじゃない。ランサー!」
「ええ、わかっているわ」

 ランサーが答えた時には、既に行動は終わっていた。セレニケの持っていたキャスターのクラスカードに、シュルシュルと糸が巻き付く。

「あっ!」

 と、セレニケが言ったときには、彼女の手からカードは引きはがされ、糸の先にいたランサーによって奪われていた。

「とりあえず勝者として……こいつは貰っておくわ」

 言って、イリヤにカードを投げ渡す。それをキャッチし、イリヤはフードとマントを着こんだ、いかにも魔術師という感じの絵柄を見つめる。

「これで6枚……!」

 残るはランサーのカードだが、ランサーの核になっている以上、はぎ取ればランサーは消滅してしまう。聖杯の力で受肉すれば、カードを分離しても問題ないため、まずは聖杯が必要となる。

 ミセス・ウィンチェスターは床を強く蹴って跳び、凛とルヴィアの頭上を飛び越え、猿よりも身軽な動きで駆け抜ける。

「待ちなさい!」

 凛とルヴィアはガンド魔術を放つが、ミセス・ウィンチェスターは走りながら、その魔弾を手にしたライフルを振るって、ガンドを弾き、防御する。ライフルはガンドを受けてボロボロになり、最期には銃身が圧し折れ、使い物にならなくなったが、ミセス・ウィンチェスターは傷を負うことなく、セレニケの隣に立った。
 そして使い物にならなくなった、ライフルの残骸を投げ捨てる。

「サテ……実験ハホトンド終エタ。ソレデハ最後ノ実験トイコウカ。ソロソロ時間ダ」

 ミセス・ウィンチェスターが呟いたとき、ミセス・ウィンチェスターの真横の床がひび割れる。割れ目から光が漏れだし、だんだんと床が砕け落ちていく。砕けた床の下には空洞があり、そこからゆっくりと、光り輝く円盤状のものが浮かび上がってきた。

 間違いなく、『聖杯』である。


「一ツ謝ッテオクコトガアル、ランサー」
「……何?」

 急に呼ばれて、ランサーが眉をひそめる。最悪の類の話であることは、容易に想像がついた。

「今回ノ聖杯戦争、最後マデ勝チ残ッタノハ確カニ君ダ。ダガ、君ノ願イハ叶ワナイ。最初カラ、願イヲ叶エル機能ハツイテイナイノダ。コノ聖杯ニハ。敗北シタ英霊ノ魔力ヲ貯メコミ、アルコトヲ自動的ニ行ウ設定ニシテアル」
「……ああそういうこと。まあ、貴様らみたいな奴らが準備した聖杯、そのくらいのズルはあるわよね」

 ランサーは、自分の願いが叶わないと言われても、あまり残念そうではなかった。この聖杯戦争はまともではないと、早い段階で勘付いていたためだろう。こんなことだろうとは予想していた。もちろん、怒らないというわけではないし、ミセス・ウィンチェスターやセレニケは、見開きで数ページにわたって殴り倒すつもりではあったが。

「言ワレテモ仕方ナイガ、真ッ当ニ願イガ叶ウ聖杯ノ方ガ珍シイノダヨ。トモアレ、コノ聖杯戦争ハ我ラ『ドレス』ノ実験ダ。カードヲ媒体ニシタ召喚、キャスターヲ使ッタ工房制作、ホムンクルスニヨル魔力供給、デミ・サーヴァント実験、7体目ヲ召喚シナイママデ聖杯戦争ヲ行ウトイウ戦術ノ試シ、ソシテコイツダ」

 ミセス・ウィンチェスターは聖杯を指差して、解説する。

「最後ノ実験ハ『神霊』ノ召喚ダ」
「はあ!?」

 凛は心底馬鹿にした声をあげる。
 そんなことはいくら聖杯でもできるはずがない。神霊とは、顕現した自然の化身。
 聖杯が願いを叶えると言っても、神霊は聖杯より上位のものだ。等価交換を超越した行為など、いくら聖杯でも行えるはずがない。

「モチロン、通常ハ神霊ヲ召喚スルコトナドデキナイ。過去ニ行ワレタ実験デモ、不発ニ終ワッタ。ダガ純粋ナ神霊デハナク、零落シ、魔物ト見ラレルヨウニナッタ神霊ナラ、ソノ格モ下ガリ召喚デキルノデハナイカ……ソンナ発案ガ出タ」
「零落した神霊?」

 かつて神として崇められたものが、時代が移り変わり、新しい宗教が広まることで、新しい神に敵対していた悪魔にされることは珍しくない。
 西洋の悪魔、ベリアルやベルゼブブは、シュメールの主神バールが零落した姿だ。ケルトの神々もまた、キリスト教の力に負けて、ピクシーなどの妖精になったという伝説がある。
 ライダーとして召喚されていたメドゥーサも、かつては地母神として崇拝されていた。日本の河童なども、水神が信仰を失ったために妖怪になったという。

「確かに、魔に堕ちた神なら召喚の難度は下がるかもしれませんが、それでは召喚できたとしても、ライダーのように英霊クラスに劣化されたものに過ぎず、神霊の召喚とは言えないのではなくて?」

 ルヴィアが問題点を指摘する。

「ダカラコソ、英霊複数ノ力ヲ貯メコンダ聖杯ヲ使ウノダヨ。零落シ、英霊ニマデ弱マッタ元神霊ノ召喚マデハ可能ダ。今回ノバーサーカー――大勇者ヘラクレスノヨウニ、死後ニ神霊ニナッタトイウ存在モ、英霊ニ戻シテ召喚サレテイル。召喚ハデキル――中身ガ劣化シテシマウダケダ。ナラ、十分ナ力ガアレバ召喚デキルハズダ……言ッテオクガ、壊ソウトシテモ無駄ダ。オ前タチノ魔術、スタンド、宝具デ壊セルホド脆クハナイ。クラスカードデ英霊化スレバ別ダガ、マダカードヲ使ウニハ時間ガ必要ダロウ? 大人シクシテイルトイイ」
「……理屈はわかるけれど、その意味は? 神霊を呼び出して、どうするつもり? 神霊を呼び出してまでやりたいことがあるなら、そのやりたいことを聖杯に叶えてもらえばいい。わざわざ神霊を呼び出す意味がないわ」

 凛の問いに、ミセス・ウィンチェスターは答える。彼ら『ドレス』の、最初からの目的を。


「実験、ソシテ研究ダ。神霊ソノモノガ我ラノ目的、神霊ニツイテ、深ク知ルコトガナ……。ナニ、スグ終ワル。召喚マデハ可能デモ、現界サセ続ケルコトハ無理ダ。聖杯ノ力デモ、スグニ尽キル。長ク持ッテ一日デ、コノ世カラ消エル。ソノ一日ノ間ニ、大規模ナ被害ヲモタラスコトハアリウルガ……。サテ、ソロソロ質問ハ打チ切リダ。ワカッテイタカモシレナイガ、ワザワザ推理ヲ聞キ、説明ヤ質疑応答ヲシテイタノハ、召喚ノ準備ガ整ウマデノ時間稼ギダ。コレ以上ハ必要ナイ。成功スレバ、『バロール』ガ召喚サレルハズダ」

 ――『バロール』。
 アイルランドに伝わる神話において、神々の敵とされる『フォモール族』――それらを束ねる長がバロールである。
 姿は隻眼の老人で、閉じられた側の眼は、4人の部下が滑車でまぶたを引き上げないと開かない。そして開かれると、見た者すべてに死を与える、恐るべき魔眼となっているのだ。
 トゥアハ・デ・ダナンの神々を打ち破り、神の王ヌァザをも倒し、彼らを奴隷へと落とした。実の孫である光明神ルーによって倒されるまで、誰も敵わなかった、最強の魔神だ。
 本当にそんなものが召喚されたら、世界中の軍隊を集めても、まとめて滅ぼされるだろう。

「来ルゾ」

 ミセス・ウィンチェスターが一言、口にした瞬間、聖杯は目も眩む光と、魔力の風を撒き散らした。

 パキィィィィィンッ!!

 聖杯が砕ける音がし、そして光と風とが収まった後、聖杯は消え、そこに立っていたのは一人の女性だった。

 黒い髪の美人。その肌、体や顔のつくりから、おそらくは日本人。
 靴は編み上げブーツ。日本の着物を着て、なぜかその上から赤い皮ジャンを羽織っている。
 そして、その眼――碧い双眼。

「変わった格好ね」
「ええ。何者かわからないけど、どうやらバロール召喚は失敗したようね」

 少しほっとする凛だが、気は抜けない。召喚された女性が、危険ではないという保証はないのだ。

「どうなの? ミセス・ウィンチェスター」

 セレニケも結果を知るため、召喚主であるミセス・ウィンチェスターに尋ねる。対するミセス・ウィンチェスターは、

「……確カニ神霊デハナイガ、コレハ危険ダナ」

 そう答えた。

「…………」

 一方、召喚された女性は沈黙を保っていたが、何の前触れもなく、突如動いた。
 一足飛びで数メートルの間合いを詰め、襲い掛かる。狙いは、ランサー。

「くっ!【運命の石牢に自由を求めて(ストーン・フリー)】!」

 ランサーはスタンドを出して防御する。腕を構えてガードするスタンドに対し、召喚された女性は、一振りの短刀を抜いて、斬りかかった。

 ザグンッ!!

 スタンドの腕が容易く切り裂かれた。ランサーが目を見開く。
 スタンドはスタンド以外では傷つけられない。それがルール。なのにこの女性は、そのルールを覆し、短刀で【運命の石牢に自由を求めて(ストーン・フリー)】の左腕を切断してしまった。


(彼女もスタンド使いのサーヴァント? それとも……スタンドでさえ傷つけられるスキルか宝具を持っている?)

 スタンドが傷つけば本体も傷つく。ランサーの左腕もまた、スタンド同様に、切り落とされて床に転がった。

「【魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)】!!」

 アヴドゥルが炎を放ち、女性を包みこむ。だが女性は冷静に炎を一瞥し、短刀を一閃した。
 それだけで、炎は活力を失い、弱まり、消えてしまった。

「な……何をした!? 斬った……違う。斬ったからと言って、炎自体が消えるわけではない。もっと別の……」

 かつて、アヴドゥルの炎は、剣を得意とするスタンドに苦戦を強いられたことがある。その相手は、鋭い剣さばきにより、空気に断層をつくることで、炎をも切り裂けた。だが、今のは違う。パワーやスピードや、テクニックではない。
 炎を消滅させた。強い力でかき消したのでも、冷気で相殺したのでもない。

「よくもランサーをっ!」

 次に動いたのは、ランサーが傷ついた衝撃から醒めたイリヤだった。十数発の魔力砲の散弾が放たれる。
 女性は冷静に散弾を見つめ、短剣を無造作にも見える動きで振るう。自分に当たらない攻撃は無視し、当たる魔力砲だけを的確に薙ぎ払う。そのたびに、魔力砲は切断され、そして爆発することもなく消滅した。
 すべてを切り払った後、女性はまたランサーに向かい斬りかかる。

「こいつ……!」

 女性の能力がまだわからない以上、下手に攻め込めず、ランサーはひとまず、女性の短剣はもちろん、その体に決して触れないように防戦に徹する。

《魔力砲を消している……いえ、あの眼は、まさか……!》

 そして、ルビーはその様子から、ある力に思い当たった。

 それは、あるいは神霊よりも稀な存在。
 それは、神様をも殺す力。

「ヤハリナ。アノ女ノ眼ハ魔眼ダ。シカモ、アラユル存在ノ『死』ヲ見ルコトガデキル『直死ノ魔眼』――三咲町デ、真祖ヤ死徒27祖ヲ殺シタ力ダ」


 この世の全てのモノは、その中に『死』を内包している。
 なぜならこの世のすべてのものは、その身を滅ぼして新たにつくりかえられたいという、願望を抱いているがゆえに。
 存在した以上、いつかは必ず滅ぶ。誰でも、どんなものでも。

 そのいずれ来る『死』を具体化し、『線』や『点』の形で浮かびあがらせ、見ることができる『魔眼』――それが『直死の魔眼』。
 その眼で見える『線』や『点』をなぞり、突くだけで、その物体は線に沿って切り分け、破壊し、殺すことができる。

「魔神バロールハ、万物ヲ殺ス眼ヲ持ッテイタトイウ。全テニ死ヲ与エル眼トイウ一点ヲ共通項トシテ、彼女ハ『バロール』トシテ召喚サレタノカ。第4次聖杯戦争ニオイテ『ツバメ返シ』トイウ技ヲ使エルトイウ理由デ、全クノ別人ガ、『佐々木小次郎』トシテ召喚サレタヨウニ」
「実験は失敗ってこと?」
「ソノヨウダナ……本来ハ7騎全テヲ聖杯ニクベテカラノ予定ダッタノヲ、6騎デオコナッタノガ失敗ダッタカ? ダガ聖杯ノ機能ハ彼女ノ中ニ残ッテイル。ランサーヲ執拗ニ狙ッテイルノハ、ランサーヲ殺シテ、自分ニ取リ込ミ、己ヲ完成サセルツモリダロウ」

 ミセス・ウィンチェスターとセレニケは、先ほどよりもイリヤたちから離れ、傍観しながら話している。

「ルビー! あいつらが言ってることマジなの!?」
《どうやらそのようですね。私の持っているデータと、彼女の能力が一致します。そうなると、彼女はこちらの攻撃も防御も、容易く無効化できるってことになります》

 ミセス・ウィンチェスターの言うことに聞き耳を立てていた凛が、ルビーに問いただす。ルビーは肯定したが、応える声にいつもの呑気さがない。あのルビーでさえ、真面目に対応するほどの能力なのかと、イリヤは内心びびる。

「最強とか無敵とか……さんざんやりあってきたけど、これまたとんでもない怪物ね……えーっと、なんて呼べばいいかしら」

 凛はうんざりした様子で、新たな強敵の名前を考える。何にしても、名前は必要だ。

「怪物……とりあえず『モンスター』と呼ぶことにするわ」
「ネーミングセンスにも乏しいのですわね、貴方は。まあいいですわ。どうせすぐいなくなる相手の名前なんて、どうだって構いませんもの!」
「……あんたのその無駄な自信が、時々羨ましいわ」

 一方、そもそもの原因であり、黒幕は、

「ランサーヲ取リ込ンダ後ハ、ドウナルカワカラナイ。暴虐ノ君主デアッタ『バロール』トシテ召喚シタ以上、彼女ノ本来ノ性格ハ消エテイル。オソラク、役割ニ従イ、魔眼ヲ全力デ使イ、無差別ニ死ヲ振リ撒クダロウ」

 今後の展開を予想し、

「矛先ガコチラニ向ク前ニ、逃ゲルトシヨウ」
「仕方ないわね。あのお嬢ちゃんが惨たらしく死ぬ様を見ていたかったんだけどねぇ」

 イリヤたちが戦っている間に、さっさと逃げていく。


「待てあんたらっ!!」
「ずるいですわよっ!!」

 凛とルヴィアが、怒声と共に、ガンド魔術を乱射する。機関銃にも等しい攻撃に対し、ミセス・ウィンチェスターとセレニケは、同時に同じ行動をとった。
 衣服のポケットから、薄い長方形の物体を取り出す。それは、その場の全員に見覚えがあるものだった。

「え……?」
「まさか……」

 ミセス・ウィンチェスターは、横のセレニケに言った。

「令呪ハマダ残ッテイタナ」
「ええ、一回分はね」

 セレニケは頷き、二人は同時に唱えた。

「「令呪を持って、我がカードより招く――『夢幻召喚(インストール)』」」

 ミセス・ウィンチェスターとセレニケが持つ『クラスカード』が反応する。

「そんなっ」
「8枚目と、9枚目!?」

 凛とルヴィアが騒ぐ中、カードから光が放たれ、そして消える。
 光が消えた後も、二人の姿は変わらない。
 黒衣に包まれ、新しいライフル銃を持ったミセス・ウィンチェスター。
 メイド服のセレニケ。

 だが、今までの戦いによって多少汚れ、傷ついたはずの衣服が綺麗になっている。そもそもその奇抜な格好は、『夢幻召喚(インストール)』したときの衣装と同じものを、あえてまとっていたのだろう。
『夢幻召喚(インストール)』する前と後で、姿が変わらないように。姿の変化で、『夢幻召喚(インストール)』が行えることがばれないように。
 そして、『ミセス・ウィンチェスター』は『彼女』の宝具を使う。

「【我が愛と逃亡の日々(ウィンチェスター・ミステリー・ハウス)】」

 その言葉と同時に、地下室の様相が一転する。
 一級品の木材で造られ、天井にはシャンデリアが飾られた、美しい広間へと変わり、凛たちやモンスターは広間の中央に置かれ、ミセス・ウィンチェスターたちの前には壁と開かれたドアがあった。

「デハ、御機嫌ヨウ」
「冥福を祈るわ。せめてね」

 そう言い残し、ドアの向こう側へ消え、そしてドアは閉められる。
 凛たちはそれを見送るしかなく、モンスターはミセス・ウィンチェスターたちにも、変化した景色にも興味は見せず、ランサーだけに視線を向けていた。

「くそっ! イリヤ! 飛びなさい! 少なくとも向こうからは攻撃できないはずよ!」
「わ、わかった!」

 追う余裕はないと判断した凛は、怒りながらもイリヤに指示をする。イリヤは頷いて、慌てて浮かび上がる。今にもランサーが切り殺されそうで、気が気ではない。一刻も早くサポートをしなくてはならないと、焦る。

「…………」

 そして女性――凛に『モンスター』と命名された彼女は、陶器の人形じみた無表情を崩さぬまま、イリヤの行動に勘付き、動きを止めた。

「?」

 ランサーは攻撃をやめたモンスターを警戒し、下手に攻勢に出ず、様子を見る。その警戒を感じているのかいないのか、まるで内面を悟らせぬ氷の美貌のまま、モンスターが短刀を構えた瞬間、

「みんな気をつけて! こいつ、何かする気よ!」


 ランサーが叫ぶ。研ぎ澄まされたランサーの『凄み』が感じ取ったのだ。
 何かを仕掛けてくると。

「何かって……」

 イリヤはモンスターの様子を観察する。その碧眼の輝きが、強くなったような気がしたが、それ以外に変わった様子はない。
 しかし次の瞬間、劇的な変化が起こる。

 シュバッ!!

 短剣が、瞬時にして、一振りの日本刀に変化した。
 数百年の時を経ていると感じられる、業物。

 だが、重要なのは武器の変化ではない。
 武器の変化に伴う、モンスター自身の変質。

 モンスターの持つ存在感がそのまま広がり、地下室全体を満たす。その場にいた者は全員が、本能的に理解した。この感じ取れるモンスターの気配そのものが、モンスターの視線であり、すなわち――今、自分たちは『死』を見られているのだと。

「あ……」

 イリヤが震えた声を出した。理屈ではなく、本能が悟ったのだ。
 死ぬ、と。

 モンスターが日本刀を振るった時、モンスターの宝具が解き放たれる。
 仮初なれど、魔神『バロール』の名に恥じぬ、殺戮の宝具。

『直死の魔眼』が具現化した死の線を、空間ごと切り裂き、目に映る全てに死を与える絶技。

――【無垢識・空の境界】。

 たとえ刃が届かぬ場所にいようと、その眼に見えている限り逃れられはしない。
 その眼に見えている限り、その場の全員が、殺されるしかない。

(もう駄目だ)

 イリヤはそう思った。誰もが、そう思った。

 ただ一人を除いて。

「大丈夫よ、マスター」

 落ち着いた、ランサーの声が聞こえた。
 ランサーの横に、光が灯り、何かが呼び出された。

 スタンドではない。スタンド【運命の石牢に自由を求めて(ストーン・フリー)】は、ランサーの背後にずっと立っている。

 光の中から現れたのは、流線形の美しいフォルム。
 しなる体に、強く振るわれる尾ひれ。
 それは一頭のイルカであった。

 そして、それが、ランサーが『槍騎士(ランサー)』となった宝具。最速の『槍』であった。

 シュパパパパパッ!

 そのイルカから、5本の糸が伸び、イリヤ、美遊、凛、ルヴィア、アヴドゥルに結び付いた。

「このイルカが、貴方たちを引っ張っていく。このイルカが貴方たちを安全な場所まで連れて行ってくれる」
「……ランサー、は?」

 イリヤは恐怖を堪えて、勇気を振り絞ってたずねた。答えは、既にわかっていた。だが、どうしてもわかりたくなかった。

「……私は、行けないわ、マスター、いえ……イリヤ」
「や、やめてっ! やめてよランサー……お願いだからっ!」

 蒼白になってイリヤは止める。
 アーチャーとの別離は、知らない所で起こったから、まだ喪失感だけですんだ。
 だが、目の前で、失うと理解したうえで、仲間が『死んでしまう』と、わかっているのを耐えるなど、少女の身には重すぎた。
 その懇願を、ランサーは断ち切る。
 イリヤを死なせないために。

 宝具の真名を口にする。

 それはランサーの最後の具現。
 ランサーの人生の証。
 その宝具の名は――

「――【運命の荒海に希望を託して(ストーン・オーシャン)】」


 それを合図に、イルカは仲間たちを引っ張って、目にも止まらぬ速さで空を突っ切り、岩や土をもすり抜けて飛んでいく。まさに槍のように鋭く空中を泳ぎ、あっという間に見えなくなる。
 かつて仲間を『別の宇宙』まで逃した宝具は、たとえ世界を殺す力からでも逃げられる。モンスターの宝具から逃げる方法は、これ以外になかった。
 微笑を浮かべて見送った後、ランサーはすっと表情を引き締め、後ろを振り向く。振り向いたと同時に、木造の広間が消え、元の石造りの暗い地下室に戻った。
 背後には、幽鬼のようにたたずむ、最後のサーヴァントが待っていた。チャキリと刃を振り、万物を殺す『魔眼』をランサーに向けている。
 もともと、モンスターは全てのサーヴァントを取り込むために、ランサーを狙っていたのだ。他が逃げても問題はない。ランサーさえ殺せれば。

「また……同じことをしちゃったわね。小さな子供を泣かせるなんて、まったく情けないわ」

 己の不甲斐なさをランサーは自嘲する。
 彼女の願いは、あの戦場に戻ること。

 あの時の中で、ランサーは最善を尽くした。誰もが必死で戦った。
 それでも仲間たちも、自分も、生き残れなかった。
 それをやり直したかった。

 やり直せないからこそ、人生には価値があるのだと言う者がいるだろう。
 やり直したい過去にも、気づいていないだけで価値があるのだと言う者もいる。

 けれど、ランサーは仲間や父親、自分自身さえ敵に殺され、子供に全ての責任を押し付けてしまう最後など、とても認められなかった。

 だが結局、生前と同じことになってしまった。最後まで戦うことはできなかった。
 あの子と、最後まで一緒にいることはできなかった。

「イリヤだけでなく、みんなを逃がせたのだから、大分マシになった方ではあるけどね……仕方ないか。願いは叶えられなかったけど、願いのために別の子を犠牲にするわけにはいかないもの」

 そして、日本刀が動き、神をも殺す一閃が放たれる。

「来いッ!! モンスター!!」

 ランサーは身構える。
 その眼には、絶望も諦観もない。迫りくる確実な『死』に対して、欠片の恐怖もなく『立ち向かう』強さがあった。『直死の魔眼』に勝るとも劣らぬ、輝きがあった。



   ◆

【CLASS】モンスター
【マスター】なし
【真名】バロール
【性別】女性
【属性】混沌・悪
【ステータス】筋力D 耐久A 敏捷C 魔力A 幸運A 宝具EX
【クラス別能力】
  • 対魔力:A
 A以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷をつけられない。

  • 単独行動:C
 マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
 ランクCならば、マスター不在でも1日間現界可能。

【保有スキル】
  • 直死の魔眼:A
 無機・有機を問わず、対象の『死』を読み取る魔眼。魔眼の中でも最上級のものとされる。

  • 殺戮の化身:A
 魔神バロールの名に縛られていることによって付与されたスキル。思考能力はほぼ全てが他生物を殺すことにのみ向けられる。精神干渉系の魔術やスキルが通用しない。

【宝具】
◆無垢識・空の境界
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1?100 最大捕捉:1000

 直死の魔眼の理論を応用し、対象の『死の線』を切断する全体攻撃。彼岸より放たれる幽世の一太刀は、あらゆる生命に安寧を与える。
 魔神バロールの名で縛られた結果、幾らかの変異が生じている。一度、この宝具を使われ、見られた以上、どこに逃げようと、どう防御しようと、空間を超えて斬り殺される。この世界の根源に通じる力への対処は、この世界の存在である限り不可能。異世界に逃げるくらいのことをしなければ、どうにもならない。無敵。


 ……To Be Continued



【CLASS】ランチャー
【マスター】ミセス・ウィンチェスター
【真名】ルドル・フォン・シュトロハイム
【性別】男性
【属性】秩序・悪
【ステータス】筋力C 耐久B 敏捷C 魔力E 幸運B 宝具A+
【保有スキル】
  • 愛国心:A
 一つの国家に殉じた者のみが持つスキル。加護とはいっても国家からの支援などではなく、自己の忠誠心から生まれる精神・肉体の絶対性。
 
  • 改造人間:B
 機械的に改造された肉体。人間ではなしえぬパワー、スピード、機動性、各種武装を備えている。

  • 紫外線照射装置:A
 左目に取り付けられた武器。高出力の紫外線を発射するもので、本来は吸血鬼や柱の男のための武器であり、他の存在には通用しない。しかし、英雄として信仰を受けた結果、強力な破壊光線へと変化した。

【宝具】

【火閃祝砲・邪神追放(ヴォルガノ・ランチャー)】
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:10〜50 最大捕捉:50人

 かつて神にも等しい究極生命体との戦いに協力し、究極生命体が地球外に追放されるのを見届けた逸話が宝具となったもの。
 一定時間、一つの場所にいるという条件が整うと、その場所が火山の噴火口に変質し、その場にいる者を噴火に巻き込み、地球外にまで打ち上げる。ただし、敵味方の区別はなく、ランチャー自身巻き添えになる可能性がある。
 宝具が使えるまでの準備時間は、マスターからの供給魔力の量に反比例する。
2016年09月26日(月) 00:55:45 Modified by ID:nVSnsjwXdg




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