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イリヤの奇妙な冒険24



   【Fate/kaleid ocean ☆ イリヤの奇妙な冒険】


   『24:Xover――交差』




【聖堂教会の一資料より】

 冬木のセカンドオーナー、遠坂家は、聖堂教会から派遣されている言峰璃正との関係が深い。数百年前、聖堂教会が日本において禁教とされていた頃、遠坂家が聖堂教会の信徒であったことを縁とし、5代目当主遠坂時臣と言峰璃正も友人関係である。
 言峰璃正の息子、言峰綺礼もまた、遠坂時臣と関係が深い。言峰綺礼は聖堂教会の代行者として動いていた人物。聖遺物の管理・回収を使命とする第八秘蹟会に席を置いていた。彼は聖堂教会から魔術協会に派遣され、時臣の弟子として魔術を学んでいる。
 聖堂教会は、世界を乱す可能性のある聖杯を、何を考えているかわからない魔術師に渡すよりは、親交があり、根源を目指すことのみを目的とした遠坂時臣の手に渡す方がいいと考え、遠坂家に全面的に協力した。
 しかし、第4次冬木聖杯戦争の中で、言峰璃正は死亡。言峰綺礼は行方不明となり、死体も見つかっていない。
 遠坂時臣は生き残ったが、戦友の死が堪えたのか、早々に娘に当主の座を譲り、隠居している。
 なおこの時、聖堂教会からは聖杯戦争を監督するための人員が多く派遣されたが、運命の嵐のように凄まじい、英霊同士のぶつかり合いに巻き込まれ、命を落とした者も少なくない。
 後日収集された情報も、あまりの危険と混乱の中では、どうしても抜けが多く、不正確である。それでも第4次冬木聖杯戦争についての情報は魔術協会よりも我々の方が多く集めている。これは、我々が所有しているの資料の半分以上を持ち帰った、エンリコ・プッチ神父の功績が大である。

   ◆


《申し訳ありません、美遊さま。私が姉さんに連絡したのです》

 カレイドステッキには電話のように無線連絡を行う機能もある。それを使ってサファイアはルビーに救援を乞うたのだ。

「サファイア……イリヤには言わないでと……ううん……きっと、これで正解だから、いい」

 イリヤに仕事をさせたくなかった美遊は、文句を言おうとしたが、助かったのは事実なので責めるわけにはいかない。

「? なんでサファイアが謝ってるのか、よくわからないけど……」

 美遊とサファイアの会話の内容がよくわからず、首を傾げるイリヤ。そうしている間に、

「…………」

 モンスターは何事もなかったように立ち上がる。
 傷はなく、その顔には怒りをはじめとした表情は何一つない。ただ静かに、新たな敵を見つめていた。

「えっと……カッコつけて来たのはいいけど、私、何すればいいのかな?」
《しまらないですねー、イリヤさん》

 イリヤは美遊に向かって、恥ずかし気にたずねる。美遊はそのいつもと同じ様子のイリヤに、少し気が抜け、そしてとても安堵した。
 美遊は、持って来ていた3枚のうちの1枚、セイバーのクラスカードをイリヤに渡し、

「もう少し、私が時間を稼ぐから、セイバーを『夢幻召喚(インストール)』して。あれは、通常の魔法少女のままで戦える相手じゃない。『夢幻召喚(インストール)』したら、今度はイリヤが、私がいいと言うまで、モンスター相手に時間を稼いでほしい」
「『夢幻召喚(インストール)』って、ええっと、どうすれば……」
「申し訳ないけど、なるべく急いで。正直、1分持ちこたえられるか自信がない」
「あっ、ちょっ、ええっ?」

 最初に『夢幻召喚(インストール)』を行ったのはイリヤだが、その時のことは夢の中のようで、自分でやったという気がしない。どうすれば『夢幻召喚(インストール)』できるのかわからないのだ。

《一度できたんですから、またできて当然と思うんですよ。美遊さんの飛行訓練の時、ご自分で言ったじゃありませんか。『考えるな! 空想しろ!』って》
「ううーん、我ながら、いい加減なこと言ったもんだなぁ」


 そうは言っても、イリヤにはやる以外ない。既に美遊はモンスターに向かっていってしまったのだ。その足取りは、先ほどよりも機敏で、力強く踏み込んでいた。

「よぉし……」

 イリヤは、セイバーのカードを手に取る。
 そして、飛行訓練の時の、アヴドゥルの言葉を思い出す。

(『息を吸って吐くことのように、アルミ製の空き缶を握り潰すことのように』……『できて当然』……)

 そして、かつてセイバーのカードで『限定展開(インクルード)』した時より、もっと深く、カードに魔力を浸透させ、カードの奥にある力を手繰り寄せるイメージで――

「『夢幻召喚(インストール)』!!」

 ゴウッ!!

 魔力を注ぎ込んだ瞬間、イリヤは美しい鎧をまとい、ルビーが聖剣へと変身する。
 これこそは、アーサー王。過去の王にして、未来の王。ブリテンに最後の輝きをもたらした、誉れ高き騎士王。
 聖杯戦争において最優のクラスとされる『セイバー』に当てはめられ、クラスカードとなった英霊の中でも、バーサーカーと並ぶ戦闘能力を誇る、大英雄。
 この力でなら、モンスターにも対抗できる。いや、このくらいの力でなければ、対抗できない。

「やった! 成功した!」
《さすがはイリヤさん! 頭の作りがシンプルなのは強いですね!》
「……今の、褒めたの? けなしたの?」
《それより、気をつけてください、イリヤさん。あの眼は、それだけで英霊を超える力を持っています。魔眼のクラスで言えば、『宝石』を超えた最高位の『虹』――もしかしたら、あれは魔眼というカテゴリーにさえ収まらないシロモノかもしれません》

 イリヤには魔眼のことなどわからないが、ルビーが真面目であるという時点で、相手が途方もない存在であることはわかる。

《下手に剣を打ち合わせたら、剣を斬り殺されるかもしれません。つまり、この場合、私が斬り殺されるということになりますので……セイバーの身体能力を活かして、逃げ惑う方向で時間稼ぎしてくれると、その、とても助かります》

 ルビーの声はちょっと怯えている。今までも凛によく叩きのめされて、英霊相手にもしぶとく耐えてきたルビーだが、今回ばかりは本気で破壊されるかもしれないのだから無理もない。

「うん。私も怖いから、その方向でいいよ。相手が、許してくれればだけど……」

 イリヤは聖剣を上段に構える。同時に、聖剣を中心に風が渦を巻く。魔力を伴い、激しく咆哮をあげる。
 それは聖剣に施された風の加護――【風王結界(インビジブル・エア)】。本来は、風を纏うことで光を屈折させ、剣身を見えなくするために使うもの。だが、風を凝縮するという特性を利用し、凝縮した風を一気に解き放つことで、一度だけ、攻撃に使うことができる。

「【風王鉄槌(ストライク・エア)】!!」

 烈風がモンスターに向けて叩き付けられる。


「っ!!」

 対して、モンスターは見えざる風を、鋭く見据え、短刀をかざす。
 小規模の嵐に等しい攻撃に、モンスターはスッと短刀を突きつけ、クイと手首を捻る。それだけで、風の槌は急速に力を失い、そよ風となって消えていく。

「……やっぱり」
《空気を斬る……いえ、殺す、ですか。アヴドゥルさんの炎を殺せた時点で、これくらいはできると思っていましたが、いやはや、これじゃどんな攻撃も届きませんよ》

 モンスターの『直死の魔眼』の前には、どんなに威力のある攻撃も殺されてしまう。
 たとえ、セイバーの最強の宝具【約束された勝利の剣(エクスカリバー)】を放ったとしても、あの膨大な光の奔流に、小さな短刀を少し当てるだけで、切り裂き、無効化してしまうに違いない。
 あの、幾度殺しても蘇ったバーサーカーでさえ、その蘇生の力ごと一度に殺されて、復活できないようにされてしまうだろう。

 全ての息の根を絶つ最強の『矛』にして、あらゆる攻撃を無に帰す無敵の『盾』。『死』という名前の完璧な『矛盾』を持つ者――それがモンスターだ。

 しかし、【風王鉄槌(ストライク・エア)】が無意味であったわけではない。
 モンスターの碧い眼は、美遊から離れ、イリヤの方へ向けられていた。

「あとはミユが役目を果たすまでの時間を稼ぐ、と……どれくらい?」
《サファイアちゃんによれば、3分あれば充分とのことです……極めて長い、3分になるでしょうけれど》

 恐ろしい。だが、やるしかない。

「ええい! やってやるぅッ!!」

   ◆

 イリヤが前に出て、モンスターに斬りかかると同時に、美遊が後ろに下がる。

「はあっ、はあっ!」

 美遊としては実に良いタイミングだった。あと数秒遅れていたら、美遊の身に、刃が届いていただろう。

(今までのサーヴァントに比べ、際立って身体能力が高いわけではない……ただ、本能が、感じているんだ。『死』を)

 あの魔眼に見られ、自身の『死』が浮き上がっていることを、理屈ではなく感じ取ってしまっている。それが、身をすくませる。心を怯ませる。今までのサーヴァントとの戦いよりも、恐ろしい。その恐怖が動きを鈍らせている。

(それに純粋な戦闘力も向上している気がする。これ以上強くなったら、手が付けられない。早く、対策を見つけないと)

 美遊は、クラスカードを手にし、

「『夢幻召喚(インストール)』!!」

 カードから光がほとばしり、赤い外套をまとう、弓騎士の力が呼び出される。
 最初にイリヤが『夢幻召喚(インストール)』して見せた英霊の力。

(アーチャーの力。実際に使っているのを見た。イリヤが『夢幻召喚(インストール)』したのを見た。あの武器を次々と出現させる力の本質は『投影魔術』)

 ルヴィアやサファイアの考えであるが、アーチャーの使っていたのが投影魔術であるとすれば、それは既存の物体を解析し、それとそっくり同じものを魔力によって構成する魔術。本来は、効率が悪いうえに、長続きせず、すぐに消滅してしまうもので、とてもアーチャーのようには使えないものだ。
 アーチャーのそれは規格外なのであろう。流石に英霊となっただけのことはあるということだ。しかしそれは今、重要なことではない。重要なのは、『投影魔術』には『投影』の前段階に『解析』があるということ。


(アーチャーの力を得た今なら、モンスターを解析できるはず! 召喚されたサーヴァントは無理でも、核となっている聖杯ならば!)

 そしてアーチャーと同化した美遊は、解析を行う。せいぜい百と数十秒の時間であったが、友の命がかかっている美遊には、酷く長く思えた。
 モンスターの、その内部に秘められた聖杯の構成を見通し、そして、一番重要な、モンスターがなぜ動かないのか、理解することに成功する。

「……わかった」

 知るべきことを知ったら、美遊はすぐに『夢幻召喚(インストール)』を解いた。イリヤに無理はさせられない。すぐに離脱しなければ。

(彼のことが分からなかったのは、少し残念だけれど)

 英霊化した時は、英霊の人生や想いが、微かに見えたり、感じ取れたりするようなのだが、それを見る暇も余裕もなかった。
 美遊にはそれが心残りだ。何か、少し、アーチャーからは奇妙な既視感を感じていたのだが。それも悪くはない何かを。

(今は、それどころじゃないか)

 美遊は後ろ髪を引かれる気分だったが、もっと大事なことに意識を集中させる。

「イリヤ! 終わったよ!」
「わかった!」

 イリヤは内心、安堵した。
 モンスターの動きがみるみるうちに、良くなっているのがわかるのだ。
 成長というのではなく、本来の動きを取り戻しているのだろう。昨日は魔眼で見る『死』を、ただ狙って斬りかかるだけの、単調な動きだったが、今は短刀の振り方も多様になり、技を使ってきている。時折、拳や蹴りを使い、フェイントも混ぜ、イリヤの神経をすり減らしてくる。
 いかにセイバーを『夢幻召喚(インストール)』しているとはいえ、限界は近かった。英霊の力を借りているとはいえ、所詮、使っているのは小娘にすぎない。

「で、でもどうするの? 昨日はランサーの宝具でやっと逃げたのに……」
「モンスターは宝具を出していない。そして私たち二人だけなら逃げられる……多分」
「えっ、今、多分って、ひいっ!」

 聞きとがめるイリヤだったが、モンスターの短刀が鋭く突きつけられたので、問いただす余裕はなくなった。
 魔眼に関係なく必殺の威力を持つであろう突きを、セイバーのスキルである【直感】を駆使してかわすイリヤを見守りながら、美遊は新たなカードを出す。今回、持ってきたカードは、3枚。

 解析のためのアーチャー。
 モンスターと渡り合う接近戦能力を持つセイバー。
 そして、逃亡用のカード。

「『夢幻召喚(インストール)』」

 鮮やかな速度で『夢幻召喚(インストール)』を行う美遊。『夢幻召喚(インストール)』を行うための魔力もそろそろきつい。カレイドステッキで無限に供給されるとはいえ、美遊が使い続けられる魔力には限界がある。
 早く逃げ延びねばならない。

 美遊は床を蹴り、イリヤへ体当たりするように抱き着く。

「え!?」

 美遊に抱き着かれ、戸惑ったイリヤは、足を止めてしまう。その隙を逃さず、モンスターの刃がイリヤの顔目がけて迫る。悲鳴をあげる間もなく、迫る死の切っ先がイリヤを貫く前に、

 シュバァッ!!

 桜の花が散るように、イリヤと、そして美遊の姿がばらばらに弾け、その場から消え去った。

「…………」

 モンスターは空間を抉るにとどまった刃を、無感情に降ろす。そして、いったん周囲を見回し、イリヤたちがいないことを確認した。
 ただ、広間に何匹か、使い魔がいるのを視認し、

 ダッ!!

 床を蹴って跳びまわり、使い魔を一匹残らず斬殺した。
 どうやら、この戦いによって警戒レベルが引き上げられたらしい。そして、誰も見る者のいなくなった広間で、モンスターはまた静かに佇む体勢に戻った。
 彼女は、静かに時を待つ。

   ◆


「え? あれ? こ、ここは?」

 イリヤは気が付けば、地下から日の当たる地上にいた。どうやら無事に逃げられたらしいとわかり、ほっとして、いまだに抱き着いている美遊を見る。
 美遊は紫色のローブをまとっていた。

「それ……キャスター」
「そう。魔術でここまで逃げてきた」

 瞬間移動。神代の大魔術師であるキャスターのカードを『夢幻召喚(インストール)』したからこそ可能となった、魔法に近い大魔術。空間を超えての逃亡には、流石にモンスターの眼も追いきれなかったようだ。

「凄い……! 私まで連れて瞬間移動できたんだ!」
「私の力じゃ、多分これが限界だけど……それに、モンスターが前に使った宝具が相手では、逃げきれないと思う。あの宝具は、きっと空間も斬り殺して追ってくる。ランサーの、逃がすことに特化した宝具だからこそ、逃げきれたんだと思う」

 イリヤは感心するが、美遊は自分の使った魔術の限界を感じ取っていた。今回は逃げられたが、手の内を知られた以上、次もモンスターから逃げられるとは期待できない。

「おかえり、美遊くん、イリヤくん」

 ともあれ、無事に帰ってきた二人に、地上で待っていたアヴドゥルが声をかける。

「ふっ、まあ礼を言ってあげてもよろしいですわよ、イリヤスフィール。いっそ遠坂凛から私の陣営に移りませんこと?」

 傲慢ではあるが、それが妙に映える態度でルヴィアが言う。イリヤは苦笑する。そして、イリヤを追ってきた凛が、ルヴィアをジト目で見ている。

「勝手に勧誘するんじゃない! それより勝手に私のクラスカードを持っていったことを謝りなさいよ!」
「そもそも全部私の収穫になる予定だからいいのですわ。それより美遊。上手くいったのですか?」

 ルヴィアの問いかけに、美遊は頷く。

「わかりました……なぜモンスターが動かないのか。そして、結論から言えば、タイムリミットは、明日の日の出までです」

   ◆

 冬木の郊外に、黒ローブの怪人と、血生臭いメイドがいた。
 深夜の町では、多くの人々は寝静まり、自動車の数も少ない。その数少ない自動車のうちの一台が、二人の前で停まる。『ドレス』が調達した、町を出るための自動車だ。黒い色の、どこにでも走っている国産の乗用車。『ドレス』の構成員はもう皆、脱出済みなので、運転手は魔術で洗脳した一般人である。

「残念ね。折角待っていたのに、結果を見れずに出ていくなんて」
「コレ以上ハ、無理ダロウカラナ。使イ魔モ消サレテシマッタ。ソレデモ、凛タチノ話ハ聞クコトハデキタ。アノ話ドオリナラ、今日ノウチニ決着ハツク。奴ラガ敗レタラ、コノ町ハ滅ブダロウカラナ……」

 ミセス・ウィンチェスターの声は、むしろ滅びた方が面白いと感じているとわかった。それがわかるくらい、楽しそうだった。

「仕方ないか……」

 セレニケは残念そうだった。イリヤたちが無残な屍をさらすところを見れないのが、実に無念であった。

「行クゾ」

 ミセス・ウィンチェスターが自動車のドアを開けた時、

「まあ、そう焦るなよ」

 背後から声がかかった。


「誰!?」
「…………」

 セレニケは動揺して振り返る。彼らの姿は、魔術によって、誰の関心も引かないように防御されているはず。常人であれば、声をかけるなどありえない。
 一方、ミセス・ウィンチェスターは落ち着いたものだった。隙を見せぬ動きで、振り返る。

「よぉ、さんざんやってくれた挙句、自分たちだけ尻尾巻いて逃げるなんて、興醒めな展開じゃないか。こんなのちっとも面白くないね」

 現れたのは男だった。まだ20代の若さだが、自信に満ちた様子である。

「まあお前らに面白さなんか期待していないから、別にいいさ。とっとと情けなく逃げていいぜ。主役は別にいるんだしな」
「……外側カラ見テイタダケデ、動カナカッタ男ガ、ヨク煽レルモノダ」

 先ほどまでの楽し気な様子は消え、ミセス・ウィンチェスターは苛立たし気に、男と向かい合う。

「なんだ、そのキンキン甲高い声は。本当の声で話せよ。僕はもう知っているんだか、いいだろ?」
「……ふん。なぜここにいる? いや待て……そうか、セイバーが敗れてから、すぐに間桐の土地にたどり着くことができたのは不思議だったが、それは……」

 ミセス・ウィンチェスターの声が、偽物のものから肉声へと切り替わる。その声は『男』のものだった。

「それに、アーチャーを召喚するはずだったサイコや、ランサーの元マスターが記憶をいじられていたこと……なるほど、貴様ならばできる。貴様が、アーチャーのマスターになっていたのか!」
「気づくのが遅かったな。所詮、実験……勝利が目的ではないため、わからなくても重要ではないと切り捨てていたんだろうが、わかっていたのなら、この機会に僕を殺していたんじゃないか? 折角、サーヴァントという手駒もあったのに」
「……うぬぼれるな。貴様を殺すのはいつでもできる。ただ貴様は表社会で多少、有名であり、殺した後で騒ぎにならぬよう揉み消す手間がかかる。その手間をかけてまで殺さなければいけないほど、貴様に危険性はない。取るに足らない小物だから、見逃しているにすぎない」

 その男――アーチャーのマスターは、ミセス・ウィンチェスターに侮辱されても涼しい顔であった。確かにミセス・ウィンチェスターの言う通り、『ドレス』はアーチャーのマスターを小物だと思っているだろうが、ミセス・ウィンチェスターは違う。
 アーチャーのマスターのことを、非常に忌み嫌い、即刻殺したいと思っている。だが、『ドレス』の所属である以上、『ドレス』が『揉み消す手間をかけたくないから殺すな』と言えば、ミセス・ウィンチェスターは従わなくてはいけない。聖杯戦争中であれば、敵マスターであるという理由で殺せただろうに、今からでは殺しても無駄な殺しになり、『ドレス』の意志に反するがゆえに殺せない。それが悔しく、非常に面白くないのだ。
 そして、アーチャーのマスターは、ミセス・ウィンチェスターが悔しがっていることを、とても小気味よく思っている。
 アーチャーのマスターも、ミセス・ウィンチェスターのことを非常に忌み嫌っているのだ。

「勤め人は辛いな。まあ趣味を楽しむにも仕事はしなくちゃいけないからな」
「……朝、アイリスフィールが日本に戻ったという報告があったが、アイリスフィールに聖杯戦争と、娘のことを教えたのも貴様か」
「ああ、アイリスフィールとは、10年来の知り合いだし、娘が無茶していることを教えるくらいの義理はあるさ」

 10年前。ミセス・ウィンチェスターも思い出す。
 あの頃に、ミセス・ウィンチェスターも、アーチャーのマスターと出会った。あの戦争の中で。


「そう殺気立つなよ。ここでやり合う気はない、とっとと逃げていいって言っただろ? 僕だって、別にここでお前をどうこうできると思っちゃいない。一人ならまだしも二人じゃな。けど、一人なら相打ちに持ち込む自信はある……試すか?」
「くだらない挑発には乗らない。だが貴様、一体なぜアーチャーのマスターになった?」
「この聖杯戦争に参加することになったのは偶然さ。この町には別の目的で来たんだ。蝉菜マンションの怪談という噂を調べに。そちらはそれなりに調査したけどね」

 しかし、たまたまサイコ・ウェストドアーのアーチャー召喚を目撃して、口封じに殺されそうになったために返り討ちにし、サーヴァントと令呪を譲渡させ、サイコの記憶を消した。
 ランサーの元マスター、マナヴ・ソービャーカの放ったコウモリを操り、根城を突き止め、マナヴもまた操って警察に突き出した。
 セイバーと戦うアーチャーを支援し、最後にはセイバーを止めて、アーチャーにとどめを刺させ、情報も奪い、オンケルの居場所を突き止めた。
 イリヤスフィールが何に巻き込まれているかを、母のアイリスフィールに教えた。

 これらのことは、全てその場の流れで行われたことで、アーチャーのマスターにとってはボランティアに過ぎない。教会も協会もスピードワゴン財団も、関係ない。

「まあ、お前が参加しているってわかったから、ちょっと邪魔してやろうという悪意はあったがな」
「……そもそも、なぜここにいる。なぜ、私の前に姿を現した」

 そうすれば、ミセス・ウィンチェスターはアーチャーのマスターの正体を知らぬままで、情報を得られずに終わっただろうに。

「お前たちが意気揚々と脱出するのがムカついたから、嫌な気分にしてやろうと思ってな」

 純粋な嫌がらせであった。

「ち……好奇心を抑えることも、身の程を弁えることもできないようでは、私が手を下すまでもなく、破滅するぞ」
「そうかい? 破滅するか……それはそれで、いい経験になりそうじゃないか」

 アーチャーのマスターは本気だった。本気で破滅しても、それはそれでいいと考えている。たとえ身を滅ぼすことになっても、彼は滅びっぱなしで終わりはしない。

「……つくづく、嫌な奴だ。どれほどその身と心を痛めつけようが、己の醜さを腑分けされてさらけ出されようが、貴様は蘇ってくる。与えられた苦痛も屈辱も糧として、自身の邪悪も醜悪も貪り喰らって、より大きく、より強くなる。決して潰れぬ。10年前の聖杯戦争で、あの時のこの町で、貴様を殺せなかったのがつくづく悔やまれる。全く不愉快で、忌々しい奴だ」

 ミセス・ウィンチェスターは、殺意を込めて睨む。

「僕もお前が嫌いだ。お前が生まれついての悪なのか、ミセス・ウィンチェスターのように呪われた人生を送った結果なのか……お前なりの悲劇や葛藤があったのかもしれないが、そんなことは僕の知ったことじゃない。だがお前は道を外れた。快楽のために人を殺すことを受け入れたお前が、僕は大嫌いだ」

 アーチャーのマスターは、嫌悪をこめて吐き捨てる。

「漫画家如きが」
「外道神父め」

 不倶戴天の二人は、

「いずれ……貴様を殺すのは私だ。岸部露伴」
「お前に……できるものならな。言峰綺礼」

 互いの名を呼んで、会話を終えた。

 ミセス・ウィンチェスターこと、言峰綺礼は、セレニケと共に自動車に乗り込み、冬木の町を去っていく。
 アーチャーのマスター、岸部露伴はそれを見送りもせず、冬木のホテルに戻る。結果を見届け、漫画のネタにするために。

「魔法少女ものか……ちょうど連載中なんだから、いいネタになってもらいたいものだ」

   ◆


 イリヤたちは、間桐の地下室に戻ってきた。
 相変わらず、モンスターは静かに佇んでいる。手には短刀と、クラスカード。何も変わっていない。だが、内部では少しずつ、変化が進んでいるはずだ。
 モンスターはまだ完全ではない。ランサーを取り込みきっていないのだ。

(ミユが解析したモンスターの内部……モンスターは聖杯と一体化していて、倒したランサーを取り込んでいる。けれど、ランサーが抵抗している)

 普通だったら幾ら英霊とはいえ聖杯に吸収されるのを、抵抗することはできない。だが、モンスターと一体化したことで、聖杯の機能が歪んだため、抵抗の余地ができた。ランサーが精神の化身であるスタンドを操る能力を持っていたことも理由の一つだ。
 アヴドゥルの話によれば、彼の仲間は、夢の中から攻撃してくるスタンド使いと戦ったことがあるという。夢を通じて、他者の精神を自分のつくった『悪夢の世界』に取り込み、攻撃する。悪夢に取り込まれた精神は無防備状態で、スタンドを出して抵抗することもできない。だが、最初からスタンドを出したまま眠りにつけば、戦える状態の精神で夢の中に入ることができるのだという。
 それと同じように、スタンドを使いながら倒れ、聖杯に吸収されたランサーは、無防備ではなく戦える精神であった。だから聖杯とも戦い、吸収に抵抗できているのだというのが、アヴドゥルの推測だ。

(推測が当たっているかはともかく……ランサーはまだ戦っている!)

 それでも、聖杯に勝つことはできない。最後には吸収される。抵抗の限界は、朝日が昇る頃。そしてランサーが完全に吸収されれば、モンスターが完成する。
 能力は数倍に跳ね上がり、何より宝具の力が飛躍的に上昇する。一目で町全体の『死』を見つめ、その全てを切り裂けるだろう。冬木の町を滅ぼすのに、数分程度であろうか。その力で暴れられれば、本気で日本が壊滅しかねない。

(その前に、倒すしかない)

 イリヤはクラスカードを取る。
 これが最後の、決して負けられない戦いの幕開けであった。


 ……To Be Continued
2016年10月09日(日) 12:36:10 Modified by ID:nVSnsjwXdg




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