26-314
315 :314[sage]:2009/05/28(木) 13:06:53 ID:UQibN49Y
「ねえ、フェイトちゃん、ずっと、一緒に、いようね……」
耳元でささやくなのはの声、それは間違いなくなのはの声なのに、私には全く別の、まるで機械的に合成された
単なる音の羅列のように聞こえる。
私の大好きななのはの瞳、私の大好きななのはの声、私の大好きななのはの笑顔。
それをなのはから奪ってしまったのは私だ。
なのはの優しさに甘えて、その心のひび割れに気づいてあげられなかった私の責任だ。
「フェイトちゃん、なにを泣いてるの? 泣くことなんて、なんにも無いのに」
なのはの言葉に、私はいつの間にか自分の両の瞳から涙があふれ出ていたことに気がついた。
「ふふふ、フェイトちゃんってば、泣き虫さんなんだから」
なのはの舌が私の頬を這い、こぼれ落ちる雫を拭っていく。
「な……のは、なのは、なのはっ……!」
何の言葉も思いつかないまま、私はただ呆然と、愛しい彼女の名前を呼び続ける。
何度も、何度も、繰り返し。
「なのは、なのは、なのはぁ……っ!」
316 :314[sage]:2009/05/28(木) 13:07:55 ID:UQibN49Y
「だめぇぇぇぇぇっ!」
不意に、響き渡る絶叫。
顔を上げた私の眼前に飛び込んできたのは、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、必死に何かを告げようとする娘の姿だった。
「だめ、だめだめだめぇっ! なのはママ、フェイトママを泣かせちゃだめなの!」
ヴィヴィオが私となのはの身体にしがみつき、その小さな両手を震わせながら、せいいっぱいの力で私達を抱きしめる。
「なのはママも、フェイトママも、仲良くしなくちゃだめ……! 泣かせたりとか、そんなのだめなの……」
「ヴィヴィオ……」
その幼い身体をそっと包み込むように受け止める。
きっと部屋の外から、様子を伺っていたのだろう。
変貌してしまったなのはに怯えながら、それでも大好きななのはママのために。
だが、そんなヴィヴィオの想いすら、今のなのはには届かないのだろうか。
「ヴィヴィオ……うるさいよ」
まるで氷の刃のような、冷たく無機質な声でそう告げながら、なのははヴィヴィオを虫でも払うかのように片手で跳ね除けた。
「きゃぁっ!」
「ヴィヴィオ!」
ベッドから転げ落ちそうになるヴィヴィオを慌てて支え、そのままかばうようになのはとの間に割って入る。
「ヴィヴィオ……、ヴィヴィオまで、私とフェイトちゃんの邪魔をするつもりなの?」
雨が降り出す直前の、灰色の空のような濁った瞳で、なのははヴィヴィオを見下ろす。
「そんな悪い子にはおしおきしないとね」
なのはが高々と手を振り上げる。空気までもが、何かに怯えるようにぴりぴりと震える。エースオブエースと呼ばれるなのはの、本気の怒り。
いけない、となのはを止めようとしたその時だった。
「ママぁっ!」
その小さな身体を恐ろしさに震わせながら、それでも必死に、ヴィヴィオは大好きなママに飛びついていく。
「ママ、ママ、ママ、ママぁっ!」
だが、今のなのはには、その愛する娘が自分を呼ぶ言葉すら届かないようだった。
「……うるさい、って言ってるでしょ!」
317 :314[sage]:2009/05/28(木) 13:09:28 ID:UQibN49Y
「きゃああっ!」
なのはに頬をはられ、ヴィヴィオは弾き飛ばされるように床に倒れこんだ。
「ヴィヴィオ!」
ああ。
私は何をやっているんだ。
あんな小さなヴィヴィオですら、必死になってなのはを呼んでいるのに。
私は、
私は――!
暗い、窓から差し込む月の光だけの室内に、甲高い音が響く。
「え、フェイト、ちゃ……ん?」
自分でもほとんど無意識のうちに、私はなのはの頬を叩いていた。
何が起こったのかわからない、という顔で立ち尽くすなのは。
「フェイト、ママ?」
私はヴィヴィオを助け起こすと、不安そうな瞳を向けてくるヴィヴィオの髪をそっと撫でて、大丈夫、とひとこと告げた。
「ごめんね、なのは。痛かったよね」
私は少し赤くなっているなのはの頬に口づけする。
「なのは、寂しかったよね。つらかったよね。ごめんね、私、ぜんぜんだめだよね」
なのはの背に両手を回し、赤ん坊を抱く母のように柔らかく、その身体を抱きよせる。
まるで精巧なガラス細工のようだった。しっかりと抱きとめていなければ、すぐにでも壊れてしまいそうな。
「私は、本当にだめな人間だけど。……だけど、なのはのことが大好きなんだ。世界中の、誰よりも」
「フェイ、ト、ちゃん……」
「そして、もう一人、なのはのことを誰よりも大好きだ、って言える子がいる。思い出して? その子のことを」
なのはの顔がゆっくりと傾き、その視線の先に、愛娘の姿をとらえる。
「私と、ヴィヴィオ。二人とも、なのはのことが大好き。いつだって、どこにいたって、いつもなのはのことを想ってる」
「なのは、ママ……」
ヴィヴィオがゆっくりと歩み寄って、なのはの足元にしがみつく。
「だから、ね。なのはも、いつものなのはに戻って? 私とヴィヴィオの、大好きななのはに」
318 :314[sage]:2009/05/28(木) 13:10:05 ID:UQibN49Y
「フェイト、ちゃん――ヴィヴィオ……!」
なのはの瞳に、あの澄み渡った夜空のような、まばゆい星の輝きが戻ってくる。
「う、うぁ、あああ、フェイトちゃん、ヴィヴィオ……っ!」
子供のように泣きじゃくるなのはを、ただじっと抱きしめて、その髪を梳く。
かつて海鳴の町で、短い別れを経なければならなかったあの時のように。
「フェイトちゃん……っ!」
「大丈夫、大丈夫だよ。一緒にいる時も、いられない時も……。私は、なのはのこと、ずっと想ってるよ」
「うん、フェイトちゃん、わたしも、わたし、も……っ!」
大丈夫。
私は、いつだってなのはのことを考えてる。
たとえ一時、遠く離れることがあったとしても。
そう、初めて彼女の名前呼んだ、あの時から、ずっと。
***
ティアナにひどいことをしてしまった、と落ち込むなのはを無理やり引っぱりだして、私達は彼女に会いにいった。
なのはの顔を見たティアナは最初面食らっていたが、何と言葉をかければいいのかわからない様子のなのはを見て、
「良かったです」
と微笑んでくれた。
ティアナは、強くなったと思う。
それはきっと、スバルという支えがいるからだろう。
その強さは、少しうらやましいと感じるほどだ。
「私はフェイトさんも好きですけど、なのはさんも大好きなんですよ?」
そう、こんなことを言って、なのはを困らせるくらいに。
***
教導隊の件は、ヴィータがいつの間にか長期休暇、ということにしておいてくれたらしい。
「あたしじゃなくて、はやてに礼を言っとけ」
とヴィータが言っていたのが少し気になる。
319 :314[sage]:2009/05/28(木) 13:10:30 ID:UQibN49Y
***
そして今日は、私が艦船付の任務に出発する日。一ヶ月ほどの長期任務だ。
「行ってらっしゃい、フェイトちゃん」
そう言って微笑むなのはは、私のよく知っている。私の大好きななのはだった。
その余りのいとおしさに、私はヴィヴィオの前だというのに、ついなのはの唇にキスしてしまった。
「んっ……もう、フェイトちゃんたら」
ほんのり頬を染めてうつむくなのはを見て、このままなのはの手を引いて家の中に戻ろうかと思ったけど、
ヴィヴィオの視線が「ガマンしてね、フェイトママ」と言っているようで私はなんとかそれを踏みとどまる。
「フェイトちゃん」
と、なのはが耳元に唇を寄せて、小さくささやきかけてきた。
「わたしも、いつも、どこにいても、フェイトちゃんのこと、想ってるから」
……うん。
私はうなずいて、いま目の前に立つ、大切な人の顔をじっとみつめた。
それは、私のよく知っている、私の大好きな、なのはの笑顔だった。
「ねえ、フェイトちゃん、ずっと、一緒に、いようね……」
耳元でささやくなのはの声、それは間違いなくなのはの声なのに、私には全く別の、まるで機械的に合成された
単なる音の羅列のように聞こえる。
私の大好きななのはの瞳、私の大好きななのはの声、私の大好きななのはの笑顔。
それをなのはから奪ってしまったのは私だ。
なのはの優しさに甘えて、その心のひび割れに気づいてあげられなかった私の責任だ。
「フェイトちゃん、なにを泣いてるの? 泣くことなんて、なんにも無いのに」
なのはの言葉に、私はいつの間にか自分の両の瞳から涙があふれ出ていたことに気がついた。
「ふふふ、フェイトちゃんってば、泣き虫さんなんだから」
なのはの舌が私の頬を這い、こぼれ落ちる雫を拭っていく。
「な……のは、なのは、なのはっ……!」
何の言葉も思いつかないまま、私はただ呆然と、愛しい彼女の名前を呼び続ける。
何度も、何度も、繰り返し。
「なのは、なのは、なのはぁ……っ!」
316 :314[sage]:2009/05/28(木) 13:07:55 ID:UQibN49Y
「だめぇぇぇぇぇっ!」
不意に、響き渡る絶叫。
顔を上げた私の眼前に飛び込んできたのは、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、必死に何かを告げようとする娘の姿だった。
「だめ、だめだめだめぇっ! なのはママ、フェイトママを泣かせちゃだめなの!」
ヴィヴィオが私となのはの身体にしがみつき、その小さな両手を震わせながら、せいいっぱいの力で私達を抱きしめる。
「なのはママも、フェイトママも、仲良くしなくちゃだめ……! 泣かせたりとか、そんなのだめなの……」
「ヴィヴィオ……」
その幼い身体をそっと包み込むように受け止める。
きっと部屋の外から、様子を伺っていたのだろう。
変貌してしまったなのはに怯えながら、それでも大好きななのはママのために。
だが、そんなヴィヴィオの想いすら、今のなのはには届かないのだろうか。
「ヴィヴィオ……うるさいよ」
まるで氷の刃のような、冷たく無機質な声でそう告げながら、なのははヴィヴィオを虫でも払うかのように片手で跳ね除けた。
「きゃぁっ!」
「ヴィヴィオ!」
ベッドから転げ落ちそうになるヴィヴィオを慌てて支え、そのままかばうようになのはとの間に割って入る。
「ヴィヴィオ……、ヴィヴィオまで、私とフェイトちゃんの邪魔をするつもりなの?」
雨が降り出す直前の、灰色の空のような濁った瞳で、なのははヴィヴィオを見下ろす。
「そんな悪い子にはおしおきしないとね」
なのはが高々と手を振り上げる。空気までもが、何かに怯えるようにぴりぴりと震える。エースオブエースと呼ばれるなのはの、本気の怒り。
いけない、となのはを止めようとしたその時だった。
「ママぁっ!」
その小さな身体を恐ろしさに震わせながら、それでも必死に、ヴィヴィオは大好きなママに飛びついていく。
「ママ、ママ、ママ、ママぁっ!」
だが、今のなのはには、その愛する娘が自分を呼ぶ言葉すら届かないようだった。
「……うるさい、って言ってるでしょ!」
317 :314[sage]:2009/05/28(木) 13:09:28 ID:UQibN49Y
「きゃああっ!」
なのはに頬をはられ、ヴィヴィオは弾き飛ばされるように床に倒れこんだ。
「ヴィヴィオ!」
ああ。
私は何をやっているんだ。
あんな小さなヴィヴィオですら、必死になってなのはを呼んでいるのに。
私は、
私は――!
暗い、窓から差し込む月の光だけの室内に、甲高い音が響く。
「え、フェイト、ちゃ……ん?」
自分でもほとんど無意識のうちに、私はなのはの頬を叩いていた。
何が起こったのかわからない、という顔で立ち尽くすなのは。
「フェイト、ママ?」
私はヴィヴィオを助け起こすと、不安そうな瞳を向けてくるヴィヴィオの髪をそっと撫でて、大丈夫、とひとこと告げた。
「ごめんね、なのは。痛かったよね」
私は少し赤くなっているなのはの頬に口づけする。
「なのは、寂しかったよね。つらかったよね。ごめんね、私、ぜんぜんだめだよね」
なのはの背に両手を回し、赤ん坊を抱く母のように柔らかく、その身体を抱きよせる。
まるで精巧なガラス細工のようだった。しっかりと抱きとめていなければ、すぐにでも壊れてしまいそうな。
「私は、本当にだめな人間だけど。……だけど、なのはのことが大好きなんだ。世界中の、誰よりも」
「フェイ、ト、ちゃん……」
「そして、もう一人、なのはのことを誰よりも大好きだ、って言える子がいる。思い出して? その子のことを」
なのはの顔がゆっくりと傾き、その視線の先に、愛娘の姿をとらえる。
「私と、ヴィヴィオ。二人とも、なのはのことが大好き。いつだって、どこにいたって、いつもなのはのことを想ってる」
「なのは、ママ……」
ヴィヴィオがゆっくりと歩み寄って、なのはの足元にしがみつく。
「だから、ね。なのはも、いつものなのはに戻って? 私とヴィヴィオの、大好きななのはに」
318 :314[sage]:2009/05/28(木) 13:10:05 ID:UQibN49Y
「フェイト、ちゃん――ヴィヴィオ……!」
なのはの瞳に、あの澄み渡った夜空のような、まばゆい星の輝きが戻ってくる。
「う、うぁ、あああ、フェイトちゃん、ヴィヴィオ……っ!」
子供のように泣きじゃくるなのはを、ただじっと抱きしめて、その髪を梳く。
かつて海鳴の町で、短い別れを経なければならなかったあの時のように。
「フェイトちゃん……っ!」
「大丈夫、大丈夫だよ。一緒にいる時も、いられない時も……。私は、なのはのこと、ずっと想ってるよ」
「うん、フェイトちゃん、わたしも、わたし、も……っ!」
大丈夫。
私は、いつだってなのはのことを考えてる。
たとえ一時、遠く離れることがあったとしても。
そう、初めて彼女の名前呼んだ、あの時から、ずっと。
***
ティアナにひどいことをしてしまった、と落ち込むなのはを無理やり引っぱりだして、私達は彼女に会いにいった。
なのはの顔を見たティアナは最初面食らっていたが、何と言葉をかければいいのかわからない様子のなのはを見て、
「良かったです」
と微笑んでくれた。
ティアナは、強くなったと思う。
それはきっと、スバルという支えがいるからだろう。
その強さは、少しうらやましいと感じるほどだ。
「私はフェイトさんも好きですけど、なのはさんも大好きなんですよ?」
そう、こんなことを言って、なのはを困らせるくらいに。
***
教導隊の件は、ヴィータがいつの間にか長期休暇、ということにしておいてくれたらしい。
「あたしじゃなくて、はやてに礼を言っとけ」
とヴィータが言っていたのが少し気になる。
319 :314[sage]:2009/05/28(木) 13:10:30 ID:UQibN49Y
***
そして今日は、私が艦船付の任務に出発する日。一ヶ月ほどの長期任務だ。
「行ってらっしゃい、フェイトちゃん」
そう言って微笑むなのはは、私のよく知っている。私の大好きななのはだった。
その余りのいとおしさに、私はヴィヴィオの前だというのに、ついなのはの唇にキスしてしまった。
「んっ……もう、フェイトちゃんたら」
ほんのり頬を染めてうつむくなのはを見て、このままなのはの手を引いて家の中に戻ろうかと思ったけど、
ヴィヴィオの視線が「ガマンしてね、フェイトママ」と言っているようで私はなんとかそれを踏みとどまる。
「フェイトちゃん」
と、なのはが耳元に唇を寄せて、小さくささやきかけてきた。
「わたしも、いつも、どこにいても、フェイトちゃんのこと、想ってるから」
……うん。
私はうなずいて、いま目の前に立つ、大切な人の顔をじっとみつめた。
それは、私のよく知っている、私の大好きな、なのはの笑顔だった。
2010年07月16日(金) 20:18:13 Modified by sforzato0