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41-947

どれほど歩いただろうか。
足はもつれ、意識は朦朧とする。
もう何日も飲まず食わずで歩き続けてきた。
空腹は限界まで達していて、もはや何も感じなくなっていた。痛かった筈の足も、感じない。
それでも、無心で歩き続ける。行く当てもないまま、ひたすらに。

気付くと、頬に地面の感触があった。石にでも躓いたのだろう。
もはや立ち上がるだけの力も気力もなく、ただ何もせず寝そべる。
このまま死ぬのなら、それでもいい。私の死体を処理する人には迷惑をかけてしまうかもしれないが、最期くら

い許してほしい。
そう思って、目を閉じた。
だんだんと薄れていく意識の中で、最後に感じたのは耳に届く女の子の小さな悲鳴と、微かに漂う甘い香りだっ

た――

 ***

――目を開くと、そこには知らない世界があった。
「天国……?」
「あ、目が覚めた?」
不意に、横から声がかけられた。起き上がろうと力を入れようとするが、力が入らない。仕方なく首だけを声の

方向に向けた。
「よかったー……三日も目を覚まさないんだもの、すごく心配したよ……」
そこにいたのは、可愛らしい女の子。くりっとした大きな瞳を潤ませ、綺麗な亜麻色の髪で作ったおさげをぴょこぴょこと振りながらこちらを覗き込んでいる。
その姿が愛らしく、私はつい声を漏らしていた。
「天使……?」
「え?」
言って、ようやく頭が冴えてくる。
ここは天国でもなければこの女の子は天使でもない。
自分の口走った台詞に恥ずかしくなり、私は頬が熱くなるのを感じた。
「……ふふ、もう大丈夫みたいだね。ちょっと待ってて、今お母さん呼んでくるから」
そう言うと、女の子はトタトタと部屋を出て行った。
ドアの向こうから女の子が母親を呼ぶ声が漏れてくる。
その間に部屋を見回す。オレンジやピンク等、淡い暖色でまとめられた室内。窓際にはぬいぐるみがいくつかある。家具は勉強用机と本棚、小さなテーブル、そして自分が今寝ているベッドだけ。
普通の女の子の、普通の私室のようだった。あの子の部屋なのかな……?
唯一その部屋に不似合いなのは、ベッドの横に立つ点滴台。中身が半分ほど減った袋から伸びる管はシーツの中に繋がっていた。右腕の針の感触にそこで初めて気がついた。
そうやって室内や点滴を眺めていると、扉の向こうから足音が二つ。
一つはさっきの女の子のものだろう。もう一つは母親かな。
扉が一度ノックされ、開かれた。
「入るよー。お加減はいかが?」
「…………」
入ってきたのはものすごく美人な女の人。後ろにさっきの女の子も一緒だ。姉妹なのだろうか?
「あなた、家の前で倒れてたのよ。それをこの子が見つけてすぐにお医者さんを呼んだの」
「極度の栄養失調と過労による衰弱だって。本当にびっくりしたよ」
栄養失調……それで点滴がついているのか。
二人は私にニコニコと笑いかけてくる。まるで私に安心しろと言っているように。
けれど、それに甘えるわけにはいかない。
「そう……だったんですか。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。すぐに出ていきます……っ」
起き上がろうとして、やはり起き上がれない。力が入らず、指一本動かせなかった。
それがわかっていたようで、女の人は悪戯っぽく微笑む。
「あんなにボロボロだったんだもの。しばらくは動けないわよ。大人しく寝てなさい」
「……はい」
為す術もなく素直に従うしかない自分が情けなく、再び頬が熱くなった。頭から布団を被りたかったが、手が動かないのではそれもかなわない。
対して、隣の女の子は嬉しそうだった。

「じゃあしばらく家にいるんだ! よろしくね、……えと、あなたのお名前は?」
……名前?
言われて初めて気がついた。
――私には名前がない。
けど、助けてくれたこの子たちの笑顔を曇らせるようなことはしたくなかった。
咄嗟に口から出たのは、忌まわしき計画の名。
「……F.A.T.E.」
「え?」
ボソリと呟いたせいか、聞こえなかったようだ。
だから、もう一度ハッキリと言う。
「フェイト・テスタロッサです。私の名前」
計画に捨てられた私が計画の名を冠すると言うのも皮肉な話だ。だが私だからこそ、この名を冠するべきだろう。
因みにファミリーネームは私のモデルになったという人物から拝借した。
「そう、フェイトちゃん。いい名前だね」
女の子はその名を今付けたとは知らず、無邪気に褒める。女の子を騙してるようであまりいい気はしなかった。
「私はなのは。高町なのはだよ。よろしく、フェイトちゃん」
「……お世話になります、なのはさん」
「んー……歳は同じくらいだし、さん付けはやめてほしいかな。敬語も」
「……えと……よろしく」
「うんっ、よろしく!」
なのはは屈託なく笑う。その笑顔が温かくて、痛かった。

 ***

私がある程度動けるようになるまで、高町家にお世話になることになった。
なのはの家族も紹介してもらった。みんな優しそうで、そしてなのはによく似ていた。
なのはの隣にいた女性――桃子さんがなのはのお姉さんではなく、お母さんだったことには少し驚いたけど。
なのはは学校が無いときはいつも私の隣にいた。
朝はギリギリまで私と話をして、学校が終わるとまっすぐに帰ってくるらしい。
今日も普通の小学生としては随分と早い時間に帰ってきて、私の相手をしてくれていた。
彼女が話す学校や友達のことは私とは全く違う世界を見ているようで、最近の私の楽しみともなっていた。

そうして話しているうちに、すぐに夕食になる。
それまでにほとんど何も食べていなかったせいか、最初私は食事を受け入れられなかった。スープを一口飲むだけで吐き気がするほどだった。
しかし、なのはや桃子さんはそんな私を気遣ってくれ、根気よく食べさせ続けてくれたのだ。
その甲斐あって、今は軽いものを少量なら食べられるようになった。
だけど、その方法が問題で――
「はい、フェイトちゃん。あーん」
「あ、あーん……」
力が入らず器も持てなかったために、このように一口ずつ口に運んでもらうしかなかったのだ。
桃子さんならともかく、なのはに食べさせてもらうのはかなり恥ずかしい。
「あの……私も大分動けるようになったし、そろそろ自分で……」
「だーめ。フェイトちゃんまだ自力で起き上がることもできないじゃない。まだしばらくは私が食べさせるよ」
「あう……」
「大丈夫だよ。ちゃんとリハビリしてればそのうちちゃんと自分で食べられるようになれるから、ね?」
「うん……」
まあ、無理に自分で食べようとしてベッドを汚すのもしのびない。
仕方なく私はなのはの差し出すスプーンを口に入れる。トロッとした野菜ベースのスープが食道から胃までを温めてくれた。

食事の後は入浴。なのはと桃子さんが協力してお風呂に入れてくれる。
最初は恥ずかしいのと、そこまで迷惑かけられないため身体を拭くだけでいいと断ったのだが、高町家持ち前の

頑固さで押し切られた。
……どうもこの家に来てから、私はされるがままの気がする。今更どうしようもないのだけど。
「フェイトちゃんの肌って白くてスベスベだよね。髪も綺麗な金色だし、いいなぁ」
「君だって、肌も髪も綺麗だよ。私のはただ弱々しく見えるだけだから……」
「何言ってるの二人とも。まだ子供なんだから綺麗なのは当たり前でしょ。肝心なのはそれをいつまで維持できるかなのよ」
そうため息をつく桃子さんだったけど、子供が三人もいるのにこの肌の張りは美容業界に喧嘩を売っているんじゃないかと思う。

寝るときはなのはと同じベッドだ。
これも最初は私が布団に行くと言ったが、「病人を硬い床で寝かせられない」とやはり押し切られた。
けど、流石に私もそればかりは譲れない。人のベッドを独占して本来の持ち主を布団で寝かせるなど、夢見が悪

すぎる。
その結果、二人で一緒にベッドに入るということで決着がついたのだった。
幸い点滴は外れていたし、ベッドは子供にはやや大きく、二人で寝ても手狭には感じられない。
……恥ずかしいことには変わりないんだけど。
「何だかお泊り会みたいでドキドキしちゃうね」
「そ、そうだね……」
なのはの整った顔がすぐ横にある。それは同性の私であっても緊張してしまう。
だから私は後ろを向いて寝る。なのはの顔を見ていては眠れないし、余計な話をしなくて済むからだ。
なのはは寂しそうな顔をするけど、仕方ないと割り切ってもらうしかなかった。
……結局背中にくっついて来られるので緊張するのは変わらないのだけど。

 ***

この家でお世話になりはじめてから数ヶ月が経っていた。
私の身体も大分自由が利くようになり、もうなのはたちにあまり迷惑をかけることも無くなった。変わらず私を

この家に置いてくれているのは、彼女らの優しさ所以だろう。
けど、こうして一緒に暮らす内に一つの疑問が浮かび上がる。

――何故彼女らは何も聞いてこないのだろうか。

何故私が家の前で倒れていたのか。私はどこから来たのか。私は何者なのか。
聞きたいことは山ほどあるはずだ。
なのに、彼女らはそれらを一切聞いてくることなく、ただ親切心だけで私を助けてくれた。
いや、それすらも彼女らは「自分達の我が儘」だと言う。
私を助けたのはただの自己満足であり、何も遠慮する必要は無いと。

ならば――尚更私は早くこの家を離れるべきだ。
この優しい人達を、暖かい家庭を、私の都合で巻き込むわけにはいかないのだ。
既に手足は動く。走るのは辛いが、歩くだけなら問題無い。失った体力はこれから鍛え直せばいい。
行動は早い方がいい。今すぐこの家を――
「どこ行くの、フェイトちゃん?」

「――ッ!」
部屋の入口の前に、なのはが立っていた。
まるで私の行動を見透かしているような、真剣な瞳。いや、実際見透かしているのだろう。出入口を塞ぎ、私を

出すまいとしている。
「まだ体調が万全じゃないのに、勝手にどこに行っちゃう気なの?」
「……君には関係ないよ」
敢えて冷たく接する。きっとこの子は私を放っておいてはくれないだろう。だから突き放す。
そんなことをしたところで、この子が退くわけもないのだけれど。
「関係なくなんかない。フェイトちゃんはもう私たちの家族なんだよ。家族が黙っていなくなろうとするのを止

めないわけがないよ」
予想通りの対応。でも、だからこそ心が痛んだ。
そもそもこの子がこうすることをわかっていたから、誰にも見つからないように出ていこうとしていたのだ。他

の誰でもなく、本人に見つかってしまっていてはまるで意味がない。つくづく自分の間の悪さが嫌になった。
「フェイトちゃん、お願い。この家を出ていこうだなんて思わないで。それとも、この家が嫌いになっちゃった

の?」
「……そんなこと、ない。あなたたちには感謝してる。助けてくれたことも、家族として迎え入れてくれたこと

も」
「それなら……っ!」
荷物を――とは言っても必要最低限の物しかないけど――下ろそうとしない私に焦っているのか、なのはの語気

が強くなる。
何故こんな私なんかにそこまで必死になるのだろうか。私と関わってもいいことなんか無いのに。
いや、むしろこの子のためにはここで突き放しておくべきだ。
たとえ、この子を傷つけたとしても。

「迷惑なんだ。これ以上私に関わられると」

一瞬の間の後、彼女は膝から崩れ落ちた。
心にも無いこととは言え、きっと今のは彼女が最も恐れていた言葉。私が最も言ってはいけない言葉だ。
けれど、言わなければこの子は諦めない。この子を巻き込まないためには非情に徹するしか無いのだ。
少女の顔を見ないように視線を外し、横をすり抜ける。少女の嗚咽が胸に突き刺さるが、聞こえないふりでやり

過ごす。
「……ごめんね」
部屋を出て階段を下りる頃には、何も感じられなくなっていた。

 ***

「ですから私はあの子の兄でして、あの子を引き取りに来たのです」
「でしたら是非お引き取りください。あんな小さな女の子をあんなになるまで放っておくご家族なんて信用できません」
玄関まで来ると、桃子さんと知らない男性が口論をしていた。聞こえた会話の一部で内容は把握できた。
この男性は私の兄と名乗り、私を引き取りに来た。が、桃子さんはいきなり現れたこの男が信用できないようだ。
もちろん私に兄などいるわけがないし、この男は私を追ういずれかの組織の人間だろう。
けれど今日ここを出ていくことを決めてよかった。この家を巻き込まずに済む。
それに、桃子さんには悪いけど家を出る口実も出来た。
「帰ってください。あなたのような方にフェイトちゃんを連れてなんて――」
「お兄ちゃん」
「っ……フェイトちゃん!?」
それまでは落ち着いていた桃子さんが私の声で初めて取り乱した。私がそこにいたことよりも私の言葉に驚いてるようだ。
それもそうだろう。ずっと信用できないと否定していた相手が本人に肯定されてしまったのだから。なのはに続いて桃子さんにまで嘘をついてしまったことに心が痛む。
相手の男も私が兄と認めたことに若干驚いていたようだが、すぐに柔和な笑みを作ると私に手を差し出した。
「フェイト、迎えに来たよ」

あまりにも穏やかな声に、背筋が寒くなった。この男にフェイトと呼ばれることが気持ち悪かった。
けれど、今は我慢する。桃子さんの脇を通り抜け、男の手を取る。
「フェイトちゃん、待っ……」
桃子さんの言葉を遮るように、一礼。
トドメの一言。
「今までお世話になりました。このご恩は一生忘れません」
ここまで言えばたとえ桃子さんと言えど何も言えないはずだ。
桃子さんは悔しそうな表情のまま、口をつぐんだ。そしてぎこちない笑顔を作ると、私の頬に手を当てた。
「あなたはもう、我が家の一員だからね。いつでも帰ってきていいのよ」
冗談ぽく言うと、立ち上がって小さく手を振った。ぎこちないままの笑顔は寂しそうに見える。
私は再び一礼すると、隣に立つ"兄"を見る。
視線に気付き、"兄"は先刻の穏やかな声で私に告げる。
「さあ、行こうか」
「……うん」
握った手が、力強く引っ張られた。
 ***

高町家を出てしばらく歩いた。手はずっと繋がれたままで、傍目から見れば仲のいい兄妹くらいにしか見えない

だろう。その目的はきっと私を逃がさないためなんだろうけど。
そろそろいいかな、と足を止めた。一緒に止まる彼に、できるだけ低い声で言ってやる。
「そろそろその変身魔法、解いたらどうですか。お兄ちゃん?」
皮肉混じりの挑発に、男は呆れたようにため息をつく。先程までの柔和な表情は無くなり、冷たい無表情へと変

わった。
「やはり付け焼き刃の変身魔法じゃ簡単に見破られるか。君ほどの素体ならなおさら、な」
すると、男の身体が発光しはじめた。シルエットはだんだん小さくなり、発光が収まるとそこには少年が立って

いた。
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。君の身柄を確保しに来た」
男の正体が自分と同じくらいの背丈の少年であったことにも驚いたけど、それよりもその身分に驚いた。
時空管理局。次元世界の秩序と平和を守り、次元犯罪や古代遺失物の暴走を抑止、管理するための組織。
そんな組織までもが私を追っていた。確かにこの世界に来るまでに多少の無茶はしたが、まさかもう目を付けら

れてたなんて。
……いや、もしかすると私は古代遺失物の方か。
どちらでもいい。相手が時空管理局だろうと、簡単に捕まるわけにはいかないんだ。
まずは繋がれた手を離し、一目散に逃げる……!
「っ!?」
「無駄だよ。こう見えても鍛えてるからね、君の細腕で振りほどけるほどやわじゃない」
油断した……。握られた力は予想よりも遥かに強く、私の力は予想以上に衰えていた。
振り払おうと必死にもがけばもがくほど、クロノの手は私の手に食い込んで来る。

けど、まだ逃げられないわけじゃない。
「っ痛!」
クロノが咄嗟に私の手を離した。その隙に私は急いで逃げる。
なんてことはない、ただ私の手を介して魔力流を打ち込んだだけだ。私には魔力の電気変換資質があるらしく、

それだけで相手を軽く感電させることができる。
そして私のもう一つの武器が機動力。感電させて相手が混乱してる間に、高速移動魔法で逃げる。
その二つの武器を駆使して、私は今まで捕まらずに来たのだ。今回も逃げきれるはずだ。
――が、この少年はそう甘くはなかった。
「え!?」
逃げるために足を踏み込んだ瞬間、その足を青い輪が縛り付けた。同時、両手両足が同じように封じられた。
バインド……それも設置型。まさか私が逃げようとするのを見越して……?
「君が逃げるときの常套手段はわかってたからね。万が一のために設置しておいた」
未だ痺れているのか、手を軽く振りながらクロノはしかめっつらをする。
「電気変換資質か……惜しいな。ちゃんと育てれば絶対の武器になり得ただろうに、そのままでは余りにも未熟

だ」
「流石に……執務官は伊達じゃないってことですか」
「そういうことだ。いくら資質の高い君でも、技術が伴わなければどうということはないんだよ」
そう言って、クロノは私の身体をさらに拘束していく。それに伴って、私の体から力が抜けていくような気がし

た。
「それはストラグルバインドだ。拘束しつつ魔力を吸収していく。もはや抵抗は無駄だよ」
この少年は慎重すぎるほどに慎重なのだろう。やりすぎなほどに用意周到な行動だが、それは間違いなく絶対の

成功率を生む。
事実、私は動くこともできないしバインドの解除すらできない。
つまり、万事が休した。このまま、彼に連れていかれることになるだろう。
せめてもの抵抗か、口が自然に言葉を発していた。
「……私を連れていって、どうする気ですか? またどこかの研究所で私の身体を弄る気ですか?」
全く意味の無い質問。時間稼ぎにもならないし、時間を稼ぐ意味も無い。
それがわかっているからか、クロノも素直に答えた。
「……そうだな。それも一つの選択肢だった。だが君を追っていた各研究施設は何者かによってほぼ壊滅してし

まったよ」
「壊滅……?」
「ああ、そうだ。だから君を研究機関に引き渡すことは実質不可能になった」
知らなかった。確かにこの数ヶ月、この少年が来るまで追っ手が来ることは無かった。けれどまさか壊滅してい

ただなんて。一体誰が、何のために?
……いや、関係ないか。
どちらにしろ私はもう逃げられない。たとえ研究所が無くなってても、結局結末は変わらないのだ。
「今のところ、君の処遇は未定だ。まあ、最低限の恩赦は与えてもらえるよう努力はするよ」
そう行って、クロノは肩を竦めてみせる。それが余裕の表れのようにも見えて無性に腹が立った。
事実、余裕があるからこそ私の質問に答えているのだけれど。
「そろそろ時間だ。行こうか」
クロノがそう言うと、両手両足のバインドが引っ張りあげられた。そのまま私を空へと運んでいく。
もはや成す術はない。
おとなしくしていれば、少しくらいはマシな待遇が与えられるかもしれない。そんな塵ほどの微かな期待を抱き

、私は目を閉じた――

――それは突然の出来事だった。
瞼を通してもハッキリとわかるほどの強烈な閃光が私の目の前を通りすぎて行った。
それはどうやらクロノを狙っていたようで、私よりも早く気付いたらしいクロノは既にそれへの対応を終えてい

た。
けれど、不意打ちの攻撃は予想外の威力だったようで、クロノはその対処に集中してしまう。
「しまッ――!」
結果、私への意識は手放され、魔力の使えない私は重力に従って落下していく。
バリアジャケットも無い生身の状態でこの遥か上空から落ちれば、きっとひとたまりも無いだろう。それでも管

理局に捕まるよりはマシかもしれないと、私は死を覚悟した――

「――ふぅ」
衝撃は思ったよりも早かった。だけど痛みは無くて、まるで柔らかな羽に包まれたような、優しい温もりが私を覆っていた。
あまりにも場違いなその温もりは、私に天国を錯覚させる。
しかし、包まれた温もりの中に漂う甘い香りが私を夢から目覚めさせた。
その香りを、私は知っている。
「君……は……?」
「大丈夫、フェイトちゃん?」
白い衣装に身を包み、右手には黄金のフレームに情熱色の宝石を湛えた杖。足元に光の翼を携えたその姿は、まるで天使のようにも見えた。
けれどくりっとした大きな蒼い瞳と、ぴょこんと跳ねた亜麻色のおさげは紛れもなく彼女――高町なのはのものだ。
「なんで……? 君がこんなところにいるはずが……」
「話は後だよ。とりあえずあの人をどうにかしないと!」
『Round Shield』
言いながら、なのはは前方に盾を展開する。その瞬間、盾に無数の激突音が響いた。
クロノの攻撃だ。夥しい量の弾幕が私たちに襲いかかって来る。
その直撃コースは全て防ぐも、流石に数十を超える弾の雨になのはは表情を歪ませる。
「まさかこの世界に魔導師がいるとは思わなかったよ。それもなかなかに上質な」
弾幕の向こう側からクロノの声。あれだけの魔法を使っているのに余裕を見せる彼に、私はゾッとした。
「そのデバイスをどこで手に入れたかは知らないが、魔法は独学のようだな。いくら魔力資質が高くても、付け

焼き刃の技術で僕に勝とうなんて思わないほうが身のためだ」
強い。管理局執務官であることを抜きにしても、彼は強い。
少なくとも、私では勝てない。なのはの実力はわからないけど、それでも彼には届かないと思う。
それほど彼との力の差は開いている。
なのに……なのはは歯を食いしばり、展開しているシールドをさらに堅く強固にしていく。
諦める様子がまるで無い。この子だって、クロノとの実力差がわからないはずはないのに。

「フェイトちゃん」

不意に名前を呼ばれ、私はなのはを見る。
とんでもない量の弾幕の全てを受け止めているというのに、なのはの声は落ち着いていて、その顔は――笑っていた。

「私、みんなにも言われちゃうくらい頑固者だから……自分の意志を曲げるなんてできないんだ。だから、フェ
イトちゃんのことも絶対に諦めたくない。たとえどんなに強い人がフェイトちゃんを奪いに来たって、絶対に守って見せる」

よく見ると、額に脂汗が浮いていた。
当然だ。あれだけの魔力を受け切るだけの魔法を展開しつづけるなんて辛いに決まっている。
――なのに、何故この子は笑いつづけているんだろう?

「だって……」

少女の頬が染まる。少しはにかんだような、恥ずかしそうな笑顔。

「だって、フェイトちゃんはもう……私たちの家族なんだから」

――その瞬間、クロノの弾幕が強くなった。
今までギリギリで耐えてきたなのはのシールドも、もう限界だ。
ひびが入ったかと思うと、次の瞬間には粉々になった。
「家族? 気楽なものだな、君は。その子は人造魔導師素体。人間ですらない。それなのに君はその子を家族と

して迎え入れられるとでも? 彼女がどんな運命を背負って生まれ、これからどんな人生を歩んでいくか、知り

もしないでッ!」
クロノは憤慨していた。何が彼の逆鱗に触れたかはわからない。けれど、なのはの言葉に苛立っているのは確か

だ。
流石に疲れたのか弾幕は止んだが、シールドも張れなくなったなのはをバインドで絞め上げ始めるクロノ。
「あっ……うぐ……!」
「甘ったれるな! ただそうしたいからそうする……そんな考えが通用するほど現実は甘くない!」
「っ……何も知らないのは、あなたの方だよ……!」
「……なに?」
絞められながらも、尚もなのはは笑顔を崩さない。ギリギリと骨が軋み、想像もできない痛みが彼女を襲ってい

るはずだ。
なのに、彼女は笑顔でいることを止めない。
「フェイトちゃんの運命も……これからも……全部フェイトちゃんが決めるんだよ……。あなたのような他人が

勝手に決めるものじゃ無いっ……!」
「黙れ! やはり君は目障りだ……これ以上僕の邪魔をするな!」
「あっ……っぅああッ!」
「やめてッ!」
バインドの絞め上げが強くなり、あれだけ笑顔であり続けたなのはの表情にもとうとう苦悶が浮かぶ。
腐っても時空管理局の執務官だ。流石に殺すようなことはしないだろうけど、あんな苦しめるようなやり方は見

てられなかった。
私は思わず叫んでいた。
「これ以上あの子を苦しめないで……なのはを助けてッ――!」

 ***

――その時。

「なっ……デバイスが勝手に……!?」
クロノの懐から金色の光を放った何かが飛び出した。
金の台座に埋め込まれた黄金色の宝石。それがクロノのもとを離れたかと思うと、一直線に私の手元へとやって

くる。
そして、厳かな落ち着いた声で、私に挨拶した。
『Nice to meet you lady. My name is Bardiche. I born for to be your blade.』
「え……あ、初めまして……バルディッシュ……?」
『Yes. Right away,let's set up your barrier jacket. Call me.』
「え、は、はい……えと、――バルディッシュ、セットアップ!」

『Yes,sir. Barrier Jacket start up.』

すると、私の身体がバルディッシュと共に光に包まれた。
光は私の魔力を増幅し、衣服へと形を変えていく。
私の魔力資質から、バルディッシュがさらに形状を細かく指定する。
同時にバルディッシュ本体も杖の形状を象り、変形していった。

光が晴れると、私は黒を基調としたバリアジャケットに身を包んでいた。
『Get set complete.』
手元には漆黒のフレームを持つ杖……というよりは斧がある。これがバルディッシュの本来の姿なんだろうか。
『Call me sir.』
「え? えっと、それじゃなのはのバインドを解いてあげなくちゃ。できる?」
そうだ、思わず放心していたけど、今は呆けてる暇は無い。
クロノは動いていないけど、なのははバインドに締め付けられたままだ。
一刻も早く助けてあげたい……!
『Yes,sir. Scythe form get set.』
バルディッシュは私の願いを軽く請け負うと、ヘッド部を回転させた。
そうして刃にあたる部位を軽く開いたかと思うと、そこから魔力刃が形成された。刃は軽く湾曲し、内側に向けて伸びている。
つまりは、鎌の形。
どうすればいいかはバルディッシュが頭に直接イメージを送ってくれた。
それに応じて、動く。
なのはに巻き付くバインドを斬り裂き、同時になのはを抱き抱える。
苦しみから解放されて安心したのか、なのははグッタリと私に身体を預けてきた。
「フェイト……ちゃん? にゃはは……さっきとは反対の構図だね……」
「そうだね。さっきの借りを返したってことでいいかな?」
「えー、もっと別のことで返してもらおうと思ったのに」
軽口を叩いて笑い合う。
戦闘中なのに、それもかなりの強敵を相手にしているのに、なぜだかそんな余裕があった。
もう大丈夫だと言うなのはを下ろし、二人でデバイスを構える。
「一人は無理でも、二人でなら……!」
「うん……うんっ!」
さっきまではあんなに絶望的な状況だったのに、なのはと二人でなら何でもできそうな気がした。
二人で杖を構え、対峙する相手へと向ける。
予想外の事態にクロノも少し唖然としていたようだけど、すぐに身構えた。
けど――
『Cannon mode.』
『Glaive form.』
二人の魔法なら、どんな相手だって撃ち貫ける気がした。
デバイスが形を変えて、砲撃特化の形状へ。
なのはがチャージを始め、私が黒雲を呼び寄せる。
「……ひよっこめ。世の中がそんなに甘くないってことを教えてやる!」
言って、クロノは守りを固める。多重に重ねられたプロテクションは、これまでで最大級の防御であることを示している。
確かに、この攻撃は私たちのできる最大の攻撃だ。通じなければもう為す術はない。
だからこそ、一切の余力も残さず全てをこの一撃にかける……!

「ディバイン……」
「サンダー……」

なのはの正面に環状魔法陣が展開し、光の通り道ができる。
私が呼び寄せた黒雲が雷を帯び、一つに纏まっていく。
放つのは、同時――

「バスタ――ッ!!」
「レイジ――ッ!!」


巨大な光の砲撃と、轟音を伴う雷光が、クロノを刺し貫こうと襲い掛かった。
正面と上空、多方からの攻撃。それも一つ一つが大威力。これならクロノだって一たまりもない。
そのはずだった。
「…………」
多重に展開されていた防御の、最後の一枚を残してクロノは立っていた。
息は切れているものの、その身には傷一つついてはいない。

――負けた。

そう、直感した。先にも述べた通り、あれが通じなければ私たちに勝ち目は無い。全てをかけた一撃に、二度目は無いのだ。
残された僅かな魔力でどうにかして逃げないと。けれども、なのははどうする?
隣のなのはを見る。あれだけの大威力砲撃を撃ったのでは、私以上に消耗が激しいはずだ。
事実、なのははもう憔悴しきっていて、飛んでるのがやっとの状態だった。
なのはを置いて逃げることはできない。けれども、私にもなのはを引っ張って行くだけの力は残っていない。
第一、どこに逃げる。この世界のどこにいようが逃げ場はない。かといって次元移動なんてとてもできない。

諦めかけた、その時だった。

「なかなか、やるじゃないか」
ピシッ、と乾いた音がしたかと思うと、クロノを守っていた最後の盾にひびが入り、派手な音を立てて砕け散った。
それをきっかけに、クロノは翳していた手を下ろし、武装を解きはじめた。
「……どういうつもりですか?」
「君達の資質に興味が沸いた」
本当に戦う気が無いのか、デバイスを待機状態にしつつ、クロノは言う。
さっきまでの気迫や緊張感も完全に消え、敵意は全く感じられなかった。
「君達の資質は本物だ。今は荒削りだが、修練を積んでいけばいずれ僕を越える魔導師になるかもしれない。……その時に君達が管理局の敵となるか味方となるかはわからないが、後者であることを願うよ」
「……敵対してきたのは管理局の方だと思いますけど」
「君にはそう見えたかもな。まあ、いずれわかるさ。……エイミィ!」
そう肩を竦めてみせると、クロノは虚空に向かって呼び掛けた。
おそらく、次元空間上に待機していた艦にだろう。
「そうだ。フェイト・テスタロッサ」
「っ……なんですか?」
「管理局の方は僕の手で抑えておこう。もう君を追う存在は無い。これからは好きに生きるといい」
「えっ……?」
今、何と言った?
あまりにも予想外な言葉に、瞬時に理解するのは難しかった。
なのに、クロノは畳み掛けるように言葉を重ねる。
「ああ、それから――」
周囲に魔法陣が展開し、クロノの身体が粒子化し始める。転送が始まったようだ。
「――そのデバイス、大事にしてやれよ」
消える間際にそれだけ言って、転送は完了した。

私は混乱していた。
クロノの残した言葉はどれも、私にとってはわけのわからないものばかりだった。
確か彼は、私を追う研究組織はもう壊滅したと言っていた。その上で管理局も追って来ないとなれば、私は自由になるだろう。
けれども、彼の行動理由がまるで理解不能だ。何故そんなことをする?
デバイスのことだって意味がわからない。
このバルディッシュはもともと彼が所持していた。自分の意志で私のもとへ来たとはいっても、クロノが大事にしろなどと言う理由はない。
というか、何故彼はバルディッシュを持っていたのだろうか。
バルディッシュのようなインテリジェントデバイスは不安定ではあるものの、彼が使っていた汎用ストレージデバイスよりはよっぽど使い勝手がいいはずだ。
ストレージの予備にインテリジェントデバイスを持つなんて話は聞いたことが無い。
そもそもマスター登録すらしてなかったということは、始めから使う気なんてなかったということになる。一体、何のために持っていたというのだろうか。
考えれば考えるほど、頭がこんがらがってくる。罠の可能性もある以上、悠長に考えていられる場合じゃないの

に――

「ふぇーいーとーちゃんっ!」

不意に襲った柔らかな衝撃に、私の思考はどこかへ飛んで行ってしまった。
なのはが私を抱きしめていた。
「わぷっ!? ちょ、こんなことしてる場合じゃ……」
「フェイトちゃんが無事でよかった……お別れの言葉があんなのなんて悲しすぎるもん」
ああ、そういえば私はこの子に酷いことを言っていた。
いくらなのはを巻き込まないためとは言っても、それは言ってはいけなかった言葉だ。その上で、結果として巻き込んでしまっていては同情の余地も無い。
私は許されないことをしたのだ。
「……どうして助けに来たの?」
「あ……ごめんねフェイトちゃん。迷惑だって言われてたのに、こんなことして」
「め、迷惑なんかじゃないよ! むしろ、すごく嬉しかった……謝らなくちゃいけないのは私の方」
「え、なんで?」
「……私は君に酷いことを言っちゃった。それなのに、君は助けに来てくれて……私の事情に巻き込んじゃった

……」
「それだけ?」
「それだけって……」
なのはがあまりにもあっけらかんとしていて、調子が狂ってしまう。
オロオロと困惑する私を見兼ねたのか、なのはは肩を竦めてみせた。
「えいっ」
「あうっ」

ピシッ、とデコピンを一発。大した痛みではないものの、突然のことで驚いた。
額を押さえてなのはを見ると、なんだか悪戯な笑顔がそこに。
「フェイトちゃんは何でもかんでも一人で背負いすぎなんだよ。もう少し私たちにも分けてよ。もう私たち、家族なんだから」
「家族……」
そういえば、桃子さんもそんなことを言っていたような。
「嫌だった?」
なのはが怪訝な顔でこちらを伺う。
そんなことはない。それだけは違うと首をブンブン振って見せると、安堵の顔に。
こんなときでも、なのはは表情がコロコロと変わって面白いと思う。
「だいたい、酷いこと言われてたとしても、フェイトちゃんはもう謝ってくれたじゃない」
「え……いつ?」
「私の部屋を出たとき。『ごめんね』って」
「あ……」
確かに言った。けど、あれは自分への誤魔化しみたいなもので、本人に聞かせる気なんかまるで無かったのに。
……聞こえてたんだ。
「で、でも、あんな一言で許されようだなんて……」
「んもう、フェイトちゃんは頑固だなぁ」
「き、君には言われたくないよっ」
あははっ、となのはがまた笑う。なんだか遊ばれてるようだ。
すると、なのはは何かを思いついたように掌を叩いた。
「それじゃ、お願いがあるの。それができたら許してあげる」
「お願い……? わかった、やる。絶対やるよ!」
「ふふっ……だったらー、」
勿体付けるように言葉を区切られた。ちょっともじもじして恥ずかしそうだ。
何を恥じらう必要があるんだろう。何を命令されても、私は動じないのに。

「名前を、呼んで」
……かなり、動揺した。

「なまえ……?」
「うん、名前。だってフェイトちゃん、私のこと名前で呼んでくれたのって二回だけだもん。気づいてた?」
「そう、だっけ……」
「そうだよ。初めて会ったときと、さっきの二回だけ。それも一回はさん付けだったし」
そんなこと、覚えていたんだ。
いや、彼女にとっては『そんなこと』ではないらしい。
「私ね、いつでもどんなときでも、お互いに名前を呼び合えるのが友達だと思ってるんだ」
「そう……なんだ」
「私はフェイトちゃんと友達になりたいから、いつでもどんなときでも名前を呼ぶよ」
「うん……」
「フェイトちゃんは、私の名前を呼んでくれませんか?」
「…………」
無言の私に、なのはは不安がる。
私も彼女くらい感情を表にできたら、こんな気持ちにならずに済んだのかな。

「な、……なの、は」

ぱあぁっと、なのはの周りに花が見えた。
今まで見てきたどの顔よりも嬉しそうで、何よりも幸せそうな顔だった。
「もう一回、聞かせて……?」
「な……なのは」
「もう一回」
「……なのは」
「もう一回」
「なのは」
「うん……うんっ……!」
何度もリクエストに応えるうちに、私にも躊躇いが無くなっていく。
最初の気恥ずかしさはもう、ほとんど無かった。
代わりに、胸の奥の方が熱くなっていった。
なのはは泣いていた。嬉し泣きというものだろうか。
大きな瞳から大粒の涙がぽろぽろと零れている。
「なのは、泣かないで」
「フェイトちゃんだって」
気付けば、私も泣いていた。そういえば、涙を流したのはこれが初めてかもしれない。
今までは泣いている暇なんか無かったから。
「……これで、許してもらえたのかな?」
「うーん……やっぱりまだダメ、かな」
「えっ?」
本当はまだ怒っているのだろうか。
やはり許されるようなことではなかったのだ。
しかし、私が顔を曇らせたのを見て、なのはは笑い出した。
「許してほしかったら、あと百万回名前を呼ぶこと! そうしたら許してあげる」
「ひゃく……っ?」
百万回だなんて、今から言い続けてどれくらいの時間がかかるのだろう。
呼吸を考えると通常よりも時間はかかるだろうし、喉も渇くと思う。声も枯れてしまうかもしれない。
などと計算しているのがわかったのか、なのはが慌てて訂正してきた。
「今すぐじゃなくていいよ! むしろ今すぐ百万回言われちゃったら私が困っちゃう」
「え、だって……」
「これから先、ゆっくり時間をかけて呼んでほしいんだ。そうすれば、ずっと一緒にいられるでしょ?」
――そういうことか。
きっとなのはは私がまだどこかへ行ってしまうと思っていたんだ。事実、私も高町家へ戻るつもりはなかった。
彼女は私に、一緒にいられる理由をくれたんだ。
「ありがとう、なのは」
また、視界がぼやけてきた。
泣くのは辛いことだと思ってたけど、こんな幸せな気持ちでも泣くことはあるんだ――

「おっかえりー、クロノくん」
出迎えたのはエイミィ・リミエッタ。
クロノ・ハラオウンの優秀な補佐官であり、次元航行艦アースラの敏腕オペレーターでもある。
出迎えられたクロノは、いつもの調子を崩すことなく簡単に答えた。
「ああ。君もお疲れ様、だ」
補佐官としても、幼なじみとしても長く付き合ってきたエイミィには、その異変がわずかに感じられた。
あまり仕事に感情を入れないクロノにしては、声に棘を感じたのだ。
それも、エイミィくらいでなければ気付かない程度だが。
「やっぱり、悪役を演じるのは辛かった?」
「……それであの子たちが幸せになれるなら、悪役でもなんでもやってやるさ。たとえ憎まれたとしても」
エイミィがコンソールを操作し、モニターに映像を表示した。
映っているのは幼い少女が二人。先程までクロノが全力で相手をし、そして見逃した相手だ。
クロノは与えられた任務を違えるようなことはしない。たとえその内容に納得できなくとも、任じられればやってみせる。
では何故彼が少女たちを見逃したのか。
それはつまり、“見逃すまで”が任務であったということだ。
「上手くやってくれたようね」
「母さ……艦長」
奥から現れたのはリンディ・ハラオウン。時空管理局提督であり、アースラの艦長でもある。
「お帰りなさい、クロノ」
「はっ、ただいま帰還いたしました」
「辛い役目を与えちゃったわね。本当にごめんなさい」
「いえ、任務である以上文句は言いません」
部下としては優等生な返答をするクロノに、リンディは少し寂しそうな顔になる。
が、半ば諦めたようにため息をつくと、モニターに映し出されたままの映像に目を向けた。
「それにしてもこの二人、すごい才能を秘めているわね。惜しいわ……鍛えればきっととても優秀な局員になれると思うのに」
「何を言っているんですか艦長。また彼女たちをこちら側へ引き戻すつもりですか?」
「言ってみただけよ」
クロノに窘められ、リンディは悪戯っぽく笑った。
と乗組員の一人がカップをリンディのデスクに置く。中身は抹茶だ。
ありがとう、と一言礼を言って、濃緑の液体を一口啜る。
途端、苦い顔になった。
「……この子たち、幸せになってくれるといいわね」
「なりますよ」
力強く、クロノが頷いた。
「今まで辛いことばかりだったんだ。これからはきっと、幸せなことばかりが待っているはずです」
そう言って、クロノも少し微笑む。
いつもはぶすっとしている執務官の笑顔が珍しくて、提督とオペレーターも本人にバレない程度に笑った。
「それもそうね」
カップを一度デスクに戻し、脇に置いてあった砂糖とミルクを落とし入れる。
かなり多めに入れているが、リンディにはこれくらいでちょうどいいらしい。
一口啜って、満足げに頷いた。

「……ところで、あちらさんは今頃どうしてるのかしらね?」
「通信を繋ぎましょうか?」
「あら、頼めるかしら?」
「了解です。モニターに表示しますね」
エイミィがコンソールを叩く。
二人の少女が映る映像が閉じられ、代わりに白衣の女性が映し出された。
女性はこちらに気付くと、軽く手を振ってほほ笑んだ。
『あらリンディ提督。どうされました?』
「ごきげんよう、プレシア女史。調子は如何かしら?」
『ええ、おかげさまで。そうそう、今日もどこかの研究所が襲撃されたそうですわ」
「そう、毎日毎日困ったものねぇ」
言葉の割りには困った様子はない。むしろ喜んでいる節もある。
プレシアと呼ばれた女性は肩を竦めてみせた。こちらもどこか嬉しそうに見える。
『おかげで例の研究はほとんど凍結状態。襲撃を恐れてどの研究所も手を出せないでいます』
「仕方ないわ。手を出せばどこかの誰かさんが問答無用で潰しにかかるんですもの。誰だって自分の身は可愛いわ」
『悪魔の研究に手を出したのですから、自業自得ですわ』
ふふん、と得意げに鼻を鳴らすプレシア。
その様子が可笑しくて、リンディは含み笑いをする。
『なんですか、リンディ提督。何か言いたいことでも?』
「いいえ。ただ、昔の貴女の面影は一切無いなと思って」
『もう、言わないでください! あの頃は勝手に娘をモデルにされて、荒れてたんですから』
「わかってるわ。それに、今は嬉しいんでしょう?」
『はい。偶然とは言え、あの子が私の姓を名乗ってくれたんです。本当に、二人目の娘ができたみたいで……』
すると、モニターの奥から少女の声が聞こえた。
プレシアが制止しようとするが、少女はお構いなしにモニターに割って入る。
金髪に紅い瞳。フェイト・テスタロッサと瓜二つの少女が画面いっぱいに現れる。
『あ、リンディ提督! お久しぶりですっ』
「ええ、久しぶりねアリシア。元気そうで何よりだわ」
『今、妹の話をしてましたよね? 妹は元気ですか?』
天真爛漫といった様子でリンディに問い掛けるアリシア。
外見は同じでも、性格は似ても似つかない。
アリシアの背後からは「こら、代わりなさいっ」と、プレシアの声がするが、娘の押しの強さにたじろいでいる姿が目に浮かぶ。
「あの子なら元気よ。ようやく居場所を見つけて、今はとても幸せそうだわ」
『そうですか……よかったぁ』
「ふふ、嬉しそうね?」
『もちろんです! あの子の幸せは私の幸せですから!』
えへんと小さな胸を張り、満面の笑みを見せる。
本当に誇らしげだ。よほど自慢の妹なのだろう。
『私もいつかあの子に……フェイトに会えるんですよね?』
「ええ、約束するわ。貴女がもう少し大人になって、あの子が今より少し落ち着いたら、必ず貴女たちを会わせてあげる」
『はい、必ずですよ!』
『ほらもう、どきなさいアリシア!』
話が一段落するのを見計らったのか、さっきまでよりはいくらか大きな声でプレシアが叱る。
流石にアリシアもこれ以上怒らせるのはマズイと悟ったのか、「それではっ」と簡単に挨拶だけして画面の外へと逃げていった。

ようやく映ったプレシアは腰に手を当て、母親の顔になっていた。
『全くもう……』
「親子仲がよくて結構だわ」
『茶化さないでください! ……それより、そちらはどうですか?』
一転、プレシアは真顔になり、そんなことを聞いてくる。
いい母親ね、とリンディは思う。常に娘のことを第一に考えている。
「ええ、あなたに頼まれたことは全て完遂したわ。バルディッシュも今頃、あの子の手元に落ち着いているはず

よ」
『そう……ありがとうございます。本当なら直接プレゼントできたらよかったのだけど……』
「貴女がいきなり会ったりしたら、きっと混乱するわ。もっと落ち着いたら、抱きしめに行ってあげて」
『……ええ、きっと』

 ***

「ほら、フェイトちゃん! 早く入って来なよ!」
「だ、だって……」
私は今、高町家の前にいる。
なのはは一緒にいてくれるとは言ったけど、一度出ていくと言った手前、戻ることは憚られた。
それも、この短時間だ。桃子さんに会わせる顔が無い。
「もう、気にしなくていいのに。それならお母さん呼んで来るよ」
「えっ? ま、待ってなのは……」
いつまでもうじうじしてる私に痺れを切らしたのか、なのはは桃子さんを呼びに行ってしまった。私の制止など

聞く耳も持たないらしい。
こうなってはもはや逃げられない。覚悟を決めなくてはいけない。
桃子さんはどんな顔をするだろうか。嘘つきな私を叱るだろうか。
あまり困らせたくはないな……。
「――フェイトちゃん?」
びくっ、と私の体が跳ねた。
背後に、気配を感じた。まさか家の中ではなく、外から来るなんて。
予想外の出来事に、出来はじめていた覚悟が飛び散っていった。後ろを振り向くのが、怖い。
私が動けずにいると、背後の気配が動き始める。
叱られるのが怖くて、私は身を竦めてしまう。

――けれど、彼女は私の横を素通りした。
私の視界に入ると、軽く振り向き、手に持っていた買物袋を私に見せた。
「今日はお鍋よ。お手伝いしてくれる?」
いつもと変わらない、優しい笑顔がそこにあった。
その態度に、私は呆然としてしまった。
思考停止して固まった私に桃子さんは手を差し出した。
「お帰りなさい、フェイトちゃん」
その言葉で、私の胸のもやもやが一気に消え去った気がした。
自然と顔が綻び、差し出された手のひらにゆっくりと自分の手を載せた。

「ただいま!」

                                 ――Fin.
2012年04月28日(土) 14:32:36 Modified by sforzato0




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