「ほぼ」身内用。ここをじっくり見て興味出たら探して入ってみてくれてもいいです。編集などご自由に。不備や質問は米でもいいですが管理人のこと知ってたら直接だと対応が早い&内緒でもおk

※注意※
・驚異の17,000字越え。 時間がある時にどうぞ。
・登場する人物、団体、組織名に見覚えがあるやもしれません。
・この小説を読んで、不快に感じることやプライバシーの侵害にあたることなどを発見された場合には、お知らせください。 謝罪の上、早急に削除いたします。







1.『夢を行く、道なき少女』


『パラレルワールド』というのを知っているだろうか?
簡単に言えば、それは大量に存在する世界の総称。 様々なifがパズルのように交錯して形成された世界のことだ。
例えば、私━━宇佐見菫子が、コンビニで夜中にパンを買おうとしているとする。 この時、私の頭の中には、『ミルクチョココロネを買った菫子の世界』と『ピザパンを買った菫子の世界』、『大人の芳醇レーズンパンを買った菫子の世界』……といった具合に、様々な世界が存在しているのだ。 その数多の世界の中から、私たちは一つを選択し、それによって一つの定まった世界が形成されていく。
いわば、シュレディンガーの猫。 私たちの世界は、ただ一つだけではないのだ。


で、私は今『メロンパンを買った菫子の世界』にいる。 部屋の明かりをつけ、明日の朝ごはんになるであろうメロンパンを机の上に置いてから、ズドンと勢いよくベッドに転がり込む。


「今日も疲れたな……」


スマホを起動すると、画面には23時半という時刻が表示されていた。 明日提出の数学プリントは、学校でやっつけちゃったし、英語の自主学習も、なんだかやる気になれない。 要するに、もう私は今から何もやる事がないのだ。


「よーし……それじゃあ、もう寝ようかな!」


寝る。 それは私にとっての重要な選択肢の一つだ。 私は寝るという行為をトリガーに、夢を通じてある世界へ行く事ができる。 それは、超能力者である私にのみ許された特権。 周りの人はみんな知らない、私だけのif世界なのだ。 その世界へ行く事が、私の毎日の楽しみになっていた。


「いざ、幻想郷へ……!」


そう言って、パチンと部屋の明かりを消した。







2.『幻想という名の日常』


「きゃーっ、宇佐見ちゃんこんばんわぁーっ!」


「うおわっ!? び、ビックリした……。 天子ちゃんこんばんは、相変わらずね」


幻想郷に辿り着いて早々に、天人様のベアハッグを受ける私。 毎度の事ではあるものの、彼女の━━比那名居天子のハグはなかなか慣れない。 天人は、高貴で自信家で我が儘……と聞いていたのだが、目の前の彼女は全く違って、人懐っこい。 まぁ、姉のように優しくて、自然と心を許してしまうような包容力もあるのだが。


「学校はどう? 忙しいだろうけど、無理しちゃ駄目だからね?」


「うん、心配してくれてありがとね。 ……で、そろそろ離れてくれない?」


「えーどうして? 宇佐見ちゃんの成分チャージがまだ足りてなーい」


「私の成分って何!? や、だから恥ずかしいんだってばぁ!」


完全に天子ちゃんに翻弄されながら叫んでいると、それに気づいてか、他の住人たちも集まってきた。



「あ、会長さん来てたのねー」


「おー、こいしちゃん! 聞いて聞いて、先週はジャイアンツ大活躍だったわ! これは優勝できるかも?」


「むー、横浜だって負けてないもーん。 試合は最後まで分からないんだから!」


彼女は古明地こいし。 無意識を操る程度の能力を持ち、いつも地上をふよふよしている彼女は、外の世界の『プロ野球』に興味があるらしく、こうしてよく情報交換をしているのだ。 博識で、どことなく可愛い一面を持つ彼女には、いつも様々な知識を提供してもらっている。 雑学王クイズとか強そうだなー、とか思ってたりする。



「あ、ぬえーこんばんはー」


「いやいや、ぬえは私だから! こころが今挨拶してるのは菫子さん!」


「おっと失礼……改めてこんばんは」


「あはは……こころんに、ぬえちゃんね。 こんばんは!」


私がぬえちゃんとよく間違えられてしまう理由はさておき……。
能面を頭につけた彼女━━秦こころは、私が幻想郷に迷い込んだ当初からの付き合いである大親友だ。 彼女は付喪神であり、様々な能面を駆使するポーカーフェイスな少女なのだが、実は周りから『天才』と称される超天才。 私の方が年上なのに、私のより難しそうな勉強をこなす。 尊敬する……。

で、隣にいるのは正体不明の大妖怪、封獣ぬえ。 平安時代、その不気味な声と姿で人々を恐れさせた天下の大妖怪でありながら、その可愛さ、あざとさで今では周りから大人気である。 ……これ本人に言ったら怒られるな。



「おや……来ましたね女子力さん!」


「よぉ、こんばんはなぁー」


「早苗、その呼び方止めて……。 で、えーと……誰だっけ?」


「シンギョクだよ。 わざとやってるだろー?」


こっちはシンギョク。 男の姿と女の姿の二つを持つらしいが、基本的にはラフな感じの男性の姿に留まっている。 余談だが、ドジを踏むことが多いので、かつてめっちゃからかわれていた。

で、隣は山の神社の巫女をしている東風谷早苗。 信仰を集める為に、日々いろんな事をやっている。 さっきも早速私を弄ってきたが、彼女はいつもテンションが高く、人懐っこくて明るい。 幻想郷のムードメーカーといっても過言ではない……と思う。


「うーん……確かに、登場キャラ多すぎてどれが誰の台詞か分かりづらいですね。 ……という訳で、えいっ!」


菫「ちょ、早苗!? なんで急にメタ発言するの! ……てか台詞の横に何かついてるし!?」


こ「おー、私にもついた!」


早「奇跡の力ですっ!」


菫「奇跡ってすごい……」


と、てんやわんやと挨拶がてらに幻想郷の住人のみんなを紹介していった訳だが、最近はこの幻想郷の結界が脆くなっているみたいなのだ。 というのも、私みたいな異世界人がよくこちらに顔を出すようになっているのである。 例えば……



熊「あら、宇佐見さん。 ごきげんよう」


菫「おぉ、熊野んじゃん! やっほー!」


熊「貴女……最近鈴谷に似てきましたわね」


やれやれ、と苦笑する彼女は、なんと人間の姿をした軍艦さん。 重巡洋艦の熊野だ。 
知ってのとおり、幻想郷に海はない。 にも関わらず、こうして海を拠点とする彼女がこの世界に居るという事から、彼女が別の世界から来たという事が分かるだろう。


菫「あ、そうそう。 前田さん見なかった? 最近、例のお店で新作ドーナツが発売されてたから、教えてあげようと思ったんだけど……」


熊「あぁ……前田さんでしたら、既にいらしてると思いますわ。 先程、沖田さんと一緒に居るのをお見かけしましたので」


菫「了解、ありがとね。 ……ドーナツの構造って、どーなつてるんだろうね?」


熊「くっ……やりますわね……!」


髪もつやつや、身だしなみバッチリな超お嬢様な感じの熊野んは、意外なことに、ダジャレ好きらしい。 他にも、熊野んは絵が上手かったりギターに詳しかったりと、多方面で凄い。 私情だが、誕生日の時にはものすごいサプライズをして貰った事もある。 私は、彼女にもう一度お礼を言うと、前田さんを探しにフラフラとそこらを歩き回ることにした。




妹「菫子、覚悟ぉーッ!」


菫「ぬぉわっ!? なに、何事!?」


妹「ちっ、外したか……」


菫「ちょ、妹紅! 急に何するのよ! 死ぬかと思った!!」


突然、背後から奇襲を仕掛けてきた彼女は、藤原妹紅。 不死であるその体は、見るからにボロボロである衣服に包まれていた。 何故かは知らないが、みんなからはパルちゃんとか、夜目とか、そう呼ばれていたりもする。


信「はぁっ、はぁっ……やっと見つけたぞ。 妹紅……また宇佐見殿を襲っておったのか?」


妹「はい、信長様! こいつの首を討ち取って、信長様に献上しようかと!」


信「いや、わしは別に宇佐見殿の首は欲していないのじゃが……」


菫「いや、まず妹紅に私を襲うの止めさせて下さいっ!」


後からやってきた彼女は、なんと、かの有名な織田信長様である。 なんか、さーばんと……? とかいう形でこの幻想郷に現界しているらしい。 なんで女性? とも思ったのだが、歴史の神秘だから触れてはいけない、って言われた。

で、どうやら妹紅はこの信長様に毒さ……コホン、忠誠を誓っているようなのだ。 信長様は、まさに将軍といわんばかりの寛大さがあって、何か話すと100%返事してくれるという超優しい人である。 ところがどっこい、どういう訳か、妹紅の方は私を『信長様の驚異だ!』とか言ってめっちゃ襲ってくるのだ。 根はとても素直で可愛いんだけどなぁ。



は「やや、なんかバトルロワってる! はるちんも横から応援しよう!」


雨「天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 悪を倒せと、俺を呼ぶ! 聞け、悪人ども! 俺は正義の戦士、雨生!」


フレーフレーとテンション高く手を振ってやって来たのは、はるちん……もとい、三枝葉留佳ちゃんだ。 彼女も、外の世界から来た高校生らしい。 なんでも、『リトルバスターズ』という名前の野球チームに所属しているとか。 一見、能天気で騒がしい感じに見えるが、実は超気配り上手で、文才のレベルが凄いという、なんかもう天才的な人なのだ。 ……っていうのを本人に伝えると、恥ずかしがって頑なに認めようとしないんだけど。

んで、その隣で謎のポーズを決めているのは、こちらも外の世界からやってきたという、雨生龍之介くん。 外の世界では有名な猟奇殺人鬼……らしいのだが、全くそうは見えない。 むしろ、優しくて頼り甲斐のある兄貴分、って感じ。 ただ、自分の趣味には熱い一面も。


雨「正義の戦士がエールを送りに来たぞ!」


菫「いや、正義の戦士なら助けて欲しいんだけど……」


は「正義の戦士だって忙しいんだ! 残業とか、残業とか、残業とか!」


雨「うわ、一気に現実に戻された気分……」


菫「あはは……。 が、頑張れー……」


なんだか、一気にガヤガヤと騒がしくなってきたので、超能力を生かして一時退散することにした。 ……あそこに留まっていたら、いずれ殺されてしまうのではないか、という不安が拭えないのだ。 まぁ、ピンチの時には私の超能力で一発解決して……





沖「おや、宇佐見さんではありませんか。 久方ぶりです」


前「こんばんは、宇佐見さん!」


イ「こんばんはー」


菫「っとと……あ、沖田さんに前田さん、イチちゃんも! こんばんはー、探してたんだよ!」


独り言を言いながら歩いていると、こちらも有名な沖田総司さんと、人の姿となった名刀、前田藤四郎さん
、さらにイチちゃんの三人に出会った。 

沖田さんも、信長様と同様にさーばんと……である。 新撰組の一番隊隊長として名をあげた剣士である彼……もとい彼女は、お母さん、と呼びたくなってしまうような和やかさで、皆から愛されている。 後、こころんとすごく仲が良い。 こころん曰く、『y軸方向に好き』らしい。 なるほど……なるほど?

で、さっき探していた前田さん。 粟田口吉光によって作られた名刀、らしい。 とにかく人が良くて、礼儀正しくて、良い子。 私が思わず新作ドーナツの情報を提供したくなっちゃうぐらいだから、相当である。


菫「あのね、外の世界のお店で新しいドーナツが販売開始になって……」


前「あ……すみません。 さっき、その話はイチさんから伺ったばかりなんです」


菫「なんだとっ!? 流石イチちゃん、情報が早いわね……」


イ「あー……すみません。 もう言っちゃいました」


イチちゃんは、この幻想郷にたまに遊びに来ている外の世界の人である。 クイズやニュースなどの情報を網羅する超知識人。 ウミガメのスープ、っていう推理ゲームをした時には、コテンパンにやられた思い出がある。 ぐぬぬ、と私が歯噛みしていると、沖田さんが妙にそわそわしながら何か尋ねてきた。


沖「あの……つかの事をお聞きしますが、こころさんを見かけませんでしたか?」


菫「ん? あぁ、こころんなら、さっきぬえちゃんと一緒に居たよ」


沖「そうでしたか! 早くこころさんに人を駄目にするソファを提供しなくては……!」


え、それ大丈夫なの……? とツッコむ間もなく、沖田さんは行ってしまい、前田さんとイチちゃんもその後を追って行ってしまった。 ポツンと一人残された私は、とりあえずまたその辺を歩くことにした。




死「死神参上!」


や「やすな参上!」


秋「秋津洲参上! かも!」


菫「うわっ!? え、何、ビックリした……。 み、みんなこんばんはー」


突如目の前に現れたのは、死神三番さんと、折部やすなさん、それから秋津す……じゃなかった、秋津洲(あきつしま)ちゃんの三人だ。

般若のお面に似合わない舌っ足らずな口調が死神さんの特徴……なのだが、割とその口調は崩れている。 とにかく自分に正直というか、素直で素敵な人である。 ちなみに、何故か私を『焼きそば』と呼ぶ。 一体、何故だろう? 私には皆目見当も……

……コホン。 で、隣にいるやすなさんは、外の世界の高校生らしい。 友達に、金髪でツインテールの殺し屋がいる、と聞いた時は耳を疑った。 実は、死神さんやこころんと長い付き合いなんだとか。 本人たちは否定しているが、すっごく仲が良いのだ。 ちょっと交ざってみたいな、と思っていたりする。

この二人が一緒に居るのは、まぁ頷けるのだが、その隣で秋津洲ちゃんが一緒にポーズをとっているのには驚いた。 彼女も、熊野と同じ軍艦であり、「かも」という語尾と大艇ちゃんへの愛情が特徴的な子である。 ノリが良くて、しかも自分の主張はハッキリと言える強さがある、って感じかな。 あと、ゲームとかすっごい得意みたい。


菫「で……みんなは何してたの?」


や「なんか、死神の思いつきで……参上の練習? とかなんとか……」


秋「面白そうだったから」


死「死神さんはなぁ、何時どこで誰に出くわしても良いように練習をしておこうと思い立ったんだよ! 死神さん偉い!」


菫「う、うん……凄いと思う。 頑張って!」


真意はよく分からなかったが、まぁ、楽しそうだから良いか。 私は、まだ参上の練習を続けるという三人と別れ、また散歩を始めた。




小「おや、アンタ確か外の世界の……」


音「宇佐見さんだ。 こんばんは」


菫「こんばんは、小町さん。 それと……亀さん?」


音「音無です。 亀さんの姿してるけど、音無です」


しばらく歩くと、また別の住人に出くわした。
赤髪で、巨大な鎌を持っている彼女は、小野塚小町さん。 普段は三途の川で船頭をしているのだが、今日もサボり……だろうか?


小「あ……今、またこいつサボってるな、とか思ってただろ? アタイの目は誤魔化せないよ?」


菫「ひっ!? さ、流石小町さん、鋭い……」


ニヤリと笑う小町さん。 彼女は、こちらでは冴月、雷火、りりあ、といった別の名前でも呼ばれているらしい。 ゲーム等、好きなものについての知識量がすごくて、その分それへの愛情も深い。 気が強い人であり、私にこうして話しかけてくれる事もなかなか珍しいような気がする。 だが、とある人曰く、実は寂しがり屋な一面もあるらしい。 ……と、今の思考を読まれるとマズイな。

それと、小町さんの隣をゆっくり歩いている亀さん。 名前は音無さんというらしい。 何故亀の姿をしているのかはともかく、まさしく亀のように自分のペースが崩れない人で、知識も豊富。 はるちんに並ぶ文才がある、とも言われている。


小「あ、向こうの方に行くんなら気を付けな? なんか賑やかなのがわんさかいたし」


音「でも、賑やかなのがこの幻想郷の醍醐味なのでは?」


小「そうかい? アタイはそう思わないけどねぇ……」


菫「ふふっ、了解。 気をつけときますね」


そう言葉を交わした後、二人……いや、一人と一匹? はその場を去っていった。
しかし、気をつけろ、なんて言われると、逆に興味をそそられる訳で。 私は、一応注意しつつも、その場所へと向かってみることにした。




咲「よし、ここなら誰にも邪魔されずに練習できるんじゃないですか?」


チ「ありがとー。 デュエットとか緊張するな……。 よろしくお願いします!」


エ「こちらこそ、よろしくお願いしますっ! じゃあ早速……」


響「優奈ちゃぁぁぁぁぁぁん!!」


チ「げ……もう嗅ぎ付けてきた!?」


式「はぁ……俺が殺しといてやろうか?」


咲「や、そこまでしなくても良いですけど……とにかく向こう行きましょう!」


うわぁ……確かにこれは賑やかだ。
物陰からこっそりと広場の方を見て、私は思わず呟く。

松野チョロ松くん。 こっちでは、優奈ちゃんと呼ばれる事が多いみたい。 外の世界の人間かと思いきや、この幻想郷を管理する役割を担っているという偉い人だ。 若さ故か、いつも元気でとっても素直。 ちゃんと自分の我を持ってて羨ましいなー、なんて思ってたりする。

隣にいるのは、最近やってきたエトシェルさん。 外の世界の人らしいが、どうも色々毎日忙しいらしい。 チョロ松くんと一緒にデュエットの計画を練っているようだ。 二人とも歌上手だしなぁ。 将来有望、って感じである。

で、彼女らを全力で追いかけてきてるのが幽谷 響子ちゃん。 みんなからは『変態』と呼ばれている。 ……うん。 言動もまぁ、そんな感じなのだが、根は面倒見の良いお兄さんなようで、どこか憎めない立ち位置にいる。

で、ナイフ片手に彼女を待ち構えているのが、両儀式ちゃん。 こっちでは、カゲちゃん、という別名もあるらしい。 『死の線』を見る魔眼を持ち、戦闘にも長けている。 真面目で、場を大切にする良い人なんだけど、実はあんまりお話したことがない……。

それと、皆を先導している咲也ちゃん。 『さくやちゃん』ではなく『さやちゃん』。 ここ重要。 ピョコンと生えた耳、ゆらゆら揺れる尻尾から分かるように、猫である。 礼儀正しくて、しっかり者で、なんとも可愛らしい彼女だが、クールで侮れない一面も。 以前、雨生くんにそそのかされ、マタタビを盛ろうとして怒られた事がある。


響「優奈ちゃぁぁぁ……あれ? 居ない……」


式「よし……悪く思うなよ。 今からお前を切る」


エ「ちょっ、なんかバトル始まっちゃいそうなんだけど!?」


……とまぁ、こんな五人が集まっていた訳なのだが、輪に入るとなんだか色々危険そうなので、そのままひっそりとその場を後にする。 まぁ、幻想郷だし、何とかなるだろう。 南無三。




さて、割と長い時間ブラブラしてきたが、もうほとんど幻想郷全ての住人に会ってきたのではないだろうか。


菫「……いや、まだ一人会ってない人が居るか」


フラフラしながら、とある人物を思い浮かべる。 なんとなく歩きながらも、心のどこかでその人を探していたのかもしれない。 神出鬼没で、胡散臭さMAXのあの邪仙さんを……。



青「あぁ、やっと見つけましたわ。 ごきげんよう、ウサミミ様」


背後からの声に、バッと振り返る。 噂をすればなんとやら。 そこにいたのは、私がさっきまで思い浮かべていたまさにその人物━━霍青娥だった。


菫「あ、青娥ちゃんだ! 青娥ちゃん、青娥ちゃん!」


青「華扇ちゃんみたいに呼ばないで下さいまし。 ……というか、最近調子に乗ってるんじゃありません? 別の所では敬語ばっかり使ってくる癖に……」
 

菫「へ? あー……いや、あれは何というか、どうしても先輩後輩を意識しちゃって……」


青「年増っておっしゃりたいんですの?」


菫「そうじゃなくって!!」


なんて、何気ない会話を交わす。 青娥ちゃんとは、こころん同様私が初めて幻想郷に迷い込んだ頃からの付き合いであり、私が敬愛している人物である。 こちらでは、胡桃と呼ばれる事も多いみたい。 独特の雰囲気を纏う彼女は、『センスの塊』と称される程多才で、あらゆる場面において皆から頼られている。 掴み所が無い反面、不思議な魅力があって、私やみんなを惹き付ける存在なのだ。 ……なんて言うと「またコイツ適当言ってるわ」ってはぐらかされるのだが。


菫「そういえば、私を探していたんだよね? どうかしたの?」


青「ええ、まぁ。 ……正確には、私ではなくあちらの方が、ウサミミ様にご用がある、と」


ウサミミじゃないっての……と心の中でツッコミを入れつつ、私は青娥ちゃんが指差した方向に目を向ける。 そこに居たのは……


菫「あれは確か……鍵山雛さん?」


目が合った後、彼女はペコリと一礼をして会釈した。







3.『理想郷の真実』

雛さんに連れられて、私は妖怪の山の麓にある、人気のない広場にやってきた。 ざわざわと音をたてて揺れる木々を不気味に思っていると、私と向かい合うようにして立っていた雛さんが軽くため息をついた。


雛「青娥さんに頼んで正解でした。 宇佐見さんってば、なかなか見つからないんですもの……。 しかも、ここまで来るのに相当な文字数いってますし……」


菫「あはは、ごめんなさい……。 ……それで、用事ってなに? 雛さんが私に用事だなんて、ちょっと珍しい気もするけど」


雛「えぇ、用事というよりは、少し確認しておきたい事がありまして……」


私が頭にハテナマークを浮かべていると、雛さんは突然真剣な顔つきになって、私にぐいっと顔を近づけてこう言った。


雛「宇佐見さんは……この幻想郷の違和感にお気づきですか?」


菫「違和感……?」


違和感、って何だろう? 幻想郷で異変でも起きているのだろうか。


雛「貴女がかつて、オカルトボールを使って幻想郷に入り込んでから数ヵ月程は経ちましたけど……その当時の幻想郷と比べて、今の幻想郷はどうですか?」


菫「どう、って……別段変わった様子は無いと思うのだけど」


雛「よく思い出してみて下さい。 幻想郷に住む皆さんの様子も少し違いますし、そもそも外の世界からの来訪者が多すぎます。 幻想郷の結界は本来、そんなにヤワなものではないんです」


雛さんに言われて、確かにおかしいかも……と思う節がいくつか出てきた。 私自身の感覚から、幻想郷に入る事は容易なんだとすっかり思い込んでいたけれど、それって極めて稀な例なんだよね……。 普通の人が、ましてや別の世界線の人たちが簡単に入れるものじゃない。


菫「じゃあ、この幻想郷は一体どうなって……」


雛「単刀直入に言います、宇佐見さん」


目にぐっと力を込める雛さん。 私も、思わずゴクリと唾を飲む。
 



雛「この世界は……貴女や、他の人たちの妄想によって歪められたif世界……すなわち、別の幻想郷です」



言葉を失った。 超能力者の私ですら、その言葉の意味を解するのに時間を要した。 別の幻想郷……インパクトの強すぎるそのフレーズを、私は無意識に反復していた。


菫「別の、幻想郷……?」


雛「もしもの世界……それは、現実世界には実在せず、私たちの頭の中に存在しています。 
幻想郷は、そのような空想的意識の影響を受けやすい世界ですから、元ある幻想郷としての形から派生した『もしもの幻想郷』が、蜘蛛の巣状に広がっているのです」


なんだか難しくてよく分からなかったのだが、要するに、ここは『もしもの幻想郷』らしい。
『メロンパンを買った菫子の世界』は、現実として確定している。 が、私の頭の中には『もしもあの時、クリームパンを買っていたら……』という妄想上の世界も一方で広がっている。 妄想の世界は、現実ではないにしても、それだけで一つのパラレルワールドとして存在することになる、という訳だ。


雛「ここに来ている皆さんは全て、自身のif世界を幻想郷に重ねています。 そして今、それが非常に上手く釣り合っている状態なのです。 分かりやすく言うと、ここは幻想郷という名前の『なりきり雑談ルーム』になっている、みたいな感じですかね」


なりきり、か……。 確かに、そんな雰囲気も分からないでもない。 みんなの妄想の行く先として、この幻想郷が形成されたのだ。 みんなと話す時間があまりにも楽しくて、私はその違和感に気づけなかったのだ。


雛「宇佐見さんは、夢を介して幻想郷に来ている特殊例ですからね。 本来なら妄想で終わるはずのこの世界に、意識を介入することができた。 ……尤もその様子では、自分が別の幻想郷に来ているという事には気づいていなかったみたいですけど」


菫「そう、だったんだ……」


無意識だったとは言え、少しショックだった。 雛さんは、この世界そのものが悪であるとは言っていない。 しかし、雛さんの言葉は、私が今まで幻想郷だと思っていた世界が偽物である、という通告みたいで、ちょっと辛かった。 と同時に、私の中で一つの疑問が生じた。


菫「……でも、どうして? いつの間に私は、別の幻想郷に来るようになっちゃったの?」


雛「恐らく、宇佐見さんの現実世界での記憶とか、経験が影響しているんだと思います。 宇佐見さん、現実でストレスとか抱えていたりしませんか?」


菫「えっ? そ、そりゃあまぁ、多少は……」


突然、ストレスについて聞かれて慌てる私。 悩み相談でも始まるのかと思いきや、雛さんは相変わらずの真剣な口調で続ける。


雛「現実での辛い出来事、経験、苦痛……。 それらから逃げたい、といった気持ちが、宇佐見さんの妄想世界を歪めているんです。 妄想ですから、自分の良いように世界は動きます。 現実世界とのギャップを埋めるようにして、ね……」


現実、世界……。
その言葉をトリガーに、私の頭の中で何かが蠢きだしたかのように、私は頭痛に苛まれた。 ずっと目を背けていた光景。 無かったことにしようとしていた事実。 それらがぐるぐると頭の中でフラッシュバックする。


菫「私、は……」


反射的に、ぎゅっと目をつぶった。 その目蓋の裏に焼き付けられた私の中の記憶が、まるで私に牙を向ける猛獣のように襲いかかってくる。 そうして、私の視界は真っ暗な闇に包まれ━━






4.『深層心理の真相真意』


キーン、コーン、カーン、コーン

三時間目終了のチャイムが鳴った。 号令がかけられ、英語の先生が足早に教室を後にするのを目で追ってから、私はいつものように机に突っ伏した。
ワイワイガヤガヤと、クラスメイト達は騒いでいるが、私がその輪の中に入る気は毛頭ない。 休み時間は、いつもこうだった。


「会長ぉー」


と、クラスメイトの一人が私を呼ぶ声が聞こえた。 会長、という呼び名は、私が自分で設立した『秘封倶楽部』という倶楽部の会長を務めている事から来ている。 私が秘封倶楽部を設立したと知ってから、クラスの連中が面白がってそう呼ぶようになったのだ。 いつしか、私を名前で呼ぶような人は居なくなっていた。


「会長、昨日の数学の宿題プリント見せてくんない? すっかり忘れちゃっててさー」


「あぁ、昨日のね。 ……はい」


「サンキュー! 助かります!」


いえいえ、と作り笑いで対応してから、また机に伏せる。 人からものを頼まれるのも、いつもの事だ。 しかし、昔は上手く取れていたコミュニケーションも、今では上っ面のものでしかなくなってしまった。 人付き合いすら、億劫になってしまっているのだ。



「はぁ……」


いつからだろう、こんなに毎日が色褪せ始めたのは。
成績も、友人も、家族関係も、これといって不自由している訳ではない。 端から見れば、むしろ順風満帆と言われてもおかしくない程だ。
でも、私は全く充実なんてしていなかった。 倦怠感、って言うんだっけ? そういう気だるい感情が、常に私の心に巣くっているのだ。 その暗くて煩わしい感情が、私の視界をひどく霞ませていた。
メンタル弱いだけ、って言ったらそれまでの話ではある。 でも、考えれば考える程に、苦しみは増していく。 これが、私の心の奥底に潜んでいた卑屈な本性なのだ。




中学生の頃、私は陸上部に所属していた。 短距離走の選手として、県大会なんかにも出場したことがある。 高校に入ってもきっと陸上を続けるだろうと、友達や家族、先生らが期待していたし、私もそうするつもりだった。
しかし、結果的に私は陸上部に入部しなかった。 勉強への不安、レベルの違い、本格化していく環境への怖さ。 そういった下らない理由と、一瞬の気の迷いで、私は自分の可能性を自分で断ち切ったのだ。 同時に私は、一緒に陸上部に所属して頑張ろうと約束していた友達や、応援してくれた家族たち全員を裏切り、卑怯者に成り果てた。 思い返せば、これが私の人生の汚点の始まりだったのかもしれない。


結局、私は陸上部に入らず、代わりに秘封倶楽部を立ち上げてそちらに入部した。 それからというもの、周りからの視線に怖さを感じるようになった。 「あぁ、アイツは自分勝手な理由でみんなを裏切った弱虫だ」「周りのみんなは頑張っているのに、アイツは一人で逃げ出したんだ」。 そうみんなが思っているに違いない、という底知れぬ不安が、私と周りの人たちに壁をつくっていった。 もちろん、思い詰め過ぎだって事は分かってるし、実際、そんな事を言ってくる友達は居なかった。 それでも、私の中に築かれた壁は壊れなくて、いつしか私は上っ面だけの言葉が得意になっていた。
壁を壊せば、またみんなに嫌われる。 周りの人たちの優しさや愛情を、また踏みにじってしまう。 ならば、こちらから近づかなければ良い。 壁の内側さえ見せなければ、私はもう傷つかない。 ……あれ? 壁の内側の自分って、どんな人だったっけ……? 
それに気がついた時にはもう、私の中の私は殺されてしまっていた。


私が夢を通して幻想郷に訪れるようになったのは、ちょうど秘封倶楽部を設立し、入部した頃だ。 初めは、気休めのつもりだった。 罪の意識から逃れたい、辛い現実から逃げたいという一心で、現実逃避目的で幻想郷へと転がり込んだのだ。
でも、そこは私が思っていた以上に楽しい空間だった。 素性を隠しているからかもしれないけど、そこにいた人たちは、私の中にある負の感情を忘れさせてくれた。 私を『友達』として迎え入れ、温かく接してくれたのだ。 そんな素敵な世界に迷い込んでしまったからこそ、私はいつしか、それ無しでは生きられないくらいに、その世界に依存してしまった。


幻想郷に移り住みたい。 そう考える事もあった。 現実世界の一切を捨て、楽しい毎日を過ごすことができるのなら、それでも良いとさえ思った。 上っ面の付き合いである事は変わりないけど、現実より幻想郷の方が、はるかに素敵に思えた。
だから、私は幻想郷に……。



『……でも、それは無理な話』


頭の中で、声が響く。 紛れもない、それは私の心の奥底に潜む影の私の声だった。


『あなたは弱い。 だから、逃げるしか能がない。 そうやってずっと逃げて、自分の将来からも逃げて、孤独になっていくの』


「やめて……」


『でも、それは私自身が望んだこと。 誰からも愛されず、誰にも真の自分を理解してもらえない。 そうして空っぽの私だけて生きていくの』


「やめて……!」


『周りの人は皆、あなたなんかよりずっと強い。 努力して、苦労して、逃げずに立ち向かっている。 ……あなたはどう? ちょっと周りに良い顔できてるからって、自分に価値があるだなんて、思ってないよね? むしろ、あなたが居なくなった方が、みんなは幸せになれるはずなのに━━』




「━━やめてって言ってるでしょ!!」


キーン、コーン、カーン、コーン。


ガバッ、と私が起き上がると同時に、四時間目開始のチャイムが鳴った。 夢、だったのだろうか……。 号令がかかる。 教室に入り込む眩しいほどの太陽の光は、私の周りを明るく照らし、背を曲げる私の顔にひっそりと影をさしていた。






5.『立ち向かうべきこと』


菫「これが、私の……」


頭の中に映し出されたビジョンが一通り終わり、意識が解放された。 自分の意識の中の話であるが故に、ちょっと大袈裟な感じに誇張されてた部分もあった。 でも、普段の何気ない風景そのものが、私自身の闇を体現していたというのは、流石に堪えがたいものがある。


雛「宇佐見さんの中にある厄を具現化し、映像として直接脳内にお見せしました。 ……苦しかったですよね、すみません……」


申し訳なさそうな顔で謝罪する雛さん。 今の脳内映像は、雛さんの能力によるものらしい。


雛「今ご覧になって頂いたのが、宇佐見さんの幻想郷へのイメージを歪める原因となった感情です。 ……まぁ、宇佐見さん程の年齢の方でしたら、悩みや葛藤は多くて然るべきなのでしょうけど」


そう言って、私に手をさしのべる雛さん。 いつの間にかその場に座り込んでいた私は、雛さんの手を取ってヨロヨロと立ち上がる。


雛「宇佐見さんの独り言から推測するに……少し考えすぎな気もしますよ? 親友ができないとか、素直な自分を出せないとか、そういう悩みって現代の人には多いみたいですし……」


確かに、ありきたりな悩みかもしれないけど……とボソッと呟く私をよそに、雛さんは再び真面目な表情で私に語りかける。


雛「本題に戻りましょう。 逃げる事は、決して悪いことなどではありません。 ……しかし、逃げずに立ち向かう事は、きっと良いことである筈です。 
宇佐見さんが元の正しい幻想郷へ戻れるようにするには、歪みを少しずつ矯正していかなければいけません。 その為にも、現実世界でのトラウマを払拭していく必要があります」


菫「現実と戦え……って事よね」


雛「ええ。 ……手近な例を挙げるならば『大学受験』じゃないですか? 今後の人生を決めるターニングポイントな訳ですし」


受験、か……。 思えば、勉強や将来設計にすら、真っ直ぐ目を向けていなかったかもしれない。 この機会に、ちゃんと見つめ直す必要がある。



菫「……戦うよ、私。 逃げずに、ちゃんと、自分のケジメをつける。 でもね……」


一瞬口ごもる私に、キョトンと小首を傾げる雛さん。 今度は、私が真剣な眼差しで彼女を見つめる格好になる。



菫「戦って、立ち向かって、自分の闇を払拭できたとしても……私、この幻想郷に戻りたいっ! 
歪んでいるとか、別物の世界だとか、そんなの関係ないの! 私を救ってくれたのは、紛れもなく『この世界』の皆なんだから……!」


そう、私はこの幻想郷とおさらばなんてしたくないのだ。 これが、私の本心。 しばらくの間、雛さんは目を丸くして私の方を見ていた。 そして、どこか安心したような顔つきでクスリと笑うと、私の両手をとり、ギュッと握りしめた。


雛「あなたの意思ですもの。 元の幻想郷とこちらの幻想郷、自由に選択して行き来する事は容易です。 ……宇佐見さんの思いがある限り、こちらの幻想郷が消えることはありません」


菫「うん……だから、胸を張ってまた帰ってこられるように、頑張るよ」


雛「ええ、頑張って下さい。 少なくともこの世界の住人は皆、宇佐見さんの味方ですから」


私は、覚悟を決めた。
この幻想郷をしばらく離れ、現実世界に立ち向かう、という覚悟を。 そして、雛さんの勧めで、その報告をみんなにもしておく事にした。 
みんなが集まっている広場に向かおうとした所で、私はふと足を止め、顔だけを雛さんの方に向けて言った。


菫「忠告してくれてありがとう、雛さん。 ……最後に、一つだけ質問しても良い?」


雛「はい、何でしょうか?」


菫「雛さん、一体何者……?」 


突拍子もない質問に、雛さんはしばしポカンとしていたが、やがて悪戯っぽい笑みを浮かべて、


雛「そうですねぇ。 ……強いて言うなら、宇佐見さん自身のifの存在……ですかね」





6.『皆の想い、私の思い』


菫「みんなぁー! 聞いて欲しい事があるのぉーっ!」


そこらで見つけたビール籠を二、三個ほど積んで広場の中心に立ち、私は出来る限りの大声で叫んだ。 練習なしの一発本番であるが故に、その声はほんの少し震えていたように思う。 しばらくして、私の声に気づいた人たちが、ゾロゾロと私の周りに集まってきた。


イ「何が始まるんです?」
 

死「愛の告白とかじゃね?」
 

古「クイズ大会なら、私が進行役なんだけどー?」


そう口々に話しながら、たくさんの人が集まってきてくれた。 その場の人たちの注目が集まったのを確認してから、私はゆっくりと話し始める。



菫「皆、聞いて! 
私……この幻想郷が大好き! 話しかけてくれる皆の優しさや、温かさに、いつも心を救われてきた。
だから、ずっとずーっとここにいたい! ……それぐらい、私はここが好きになったの」


でもね……と次の言葉を紡ぐ。 まだ早いと分かっているのに、うっすらと浮かぶ涙が目尻に溜まっていくのを止められなかった。


菫「私、外の世界でやらなきゃいけない事があるんだ。 逃げてばかりの自分を変えるためにも、たくさん救ってくれた皆に恩返しするためにも、これは絶対に乗り越えなきゃいけない事なの」


広場にいる全員の視線が、真っ直ぐ私に注がれていた。 しかし、もう緊張はしていない。 すう、と大きく息を吸って、一つ一つの言葉を絞り出していく。


菫「私……しばらく幻想郷には来ません! 外の世界でのやらなきゃいけない事……大学受験とかに全力を注ぐために、しっかり準備をしようと思うから。
もう二度と来なくなるって訳じゃないけれど、長い期間来れなくなると思う……」


眼鏡を一度外し、目に浮かぶ涙を親指で拭う。


菫「でも、必ず戻ってくる! 皆の事は絶対に忘れたりしないし、私が皆と一緒にいたいと思う気持ちは絶対に消えないから! 
……だから、私がここに帰ってきた時には、今までみたいに温かく迎え入れて欲しいの。 大げさ過ぎるって事も、すっごく我儘なお願いだって事も分かってる。
……でも、お願い。 私、頑張るから……一生懸命立ち向かうから……だから━━」



ガバッ、と正面から急に抱き締められた。 喉元まで出かけていた言葉を引っ込めて、ゆっくりと視線を自分の胴に向ける。


菫「天子、ちゃん……?」


天「私たちはみーんな、宇佐見ちゃんの味方よ? 宇佐見ちゃんは今が頑張り時だもん、今応援しないでいつするの、って感じ。 それに、大好きだしねぇ」


そう言って、ニコッと笑いかける天子ちゃん。 すると、それを皮切りにして、皆が私の傍に集まってきた。


熊「こころさんや私の親戚をはじめ、私が応援した方々は皆、志望した場所に受かったという実績がありますの。 つまり、私は合格の御守りみたいな効果がありますのよ! ……ですから、頑張って下さいまし」


は「頑張りすぎて体調を崩したら元も子も無いからね。 適度に頑張って! 皆が応援するくらい、あなたの人望は大きいって事だから!」


信「ワシはあまり力にはなれんかもしれんが……ぜひとも頑張ってくれ。 ただし、『無理はせずに』が一番じゃ」


沖「はっ、お受験ですか! 私たちも影ながら応援しています、頑張って下さいね!」


ぬ「もうそんな時期かー。 もちろん、私も応援してるよっ!」


小「ま、長い人生なんだ。 試練の一つや二つあるさね。 ……そいつを乗り越えた時、その経験は必ずアンタの宝になるよ。 気楽に頑張りな」


菫「みんな……!」


次々とかけられるあったかい言葉に、もう胸がいっぱいになった。 眼鏡の奥で溢れる嬉し涙が、幸せな色を持って私の視界を曇らせる。 孤独になっていくだなんて、とんでもない。 私は、こんなにも素敵な仲間と一緒に居たんじゃないか。 私が今まで抱えていた闇の感情が浄化されていくように、私の心の中はスーッと晴れ渡っていった。


死「受験生だったのか……ファイト!」


や「大変だろうけど、頑張ってねー」


秋「私たちも応援するかも!」


イ「頑張って下さいねー」


咲「受験ですか……どうか、無理はしないで下さいね。 私も応援しています!」


シ「おぅ、無理せずになぁ」


チ「受験かぁ、大変そう……でも頑張ってね!」


式「うん、まぁ……頑張れ」


音「多忙で大変そうだけど、頑張ってください」


雨「社会人も大変だけど、受験生もそれなりに大変だと思う。 ただ、あんまりコトコト煮込みすぎて、焦げないようにね」


菫「もちろんだよ……! 頑張って乗り越えて、また笑顔で戻ってくるから!」


ありがとう、ありがとう……と、声をかけてくれる皆にお礼を言っていると、突如背中からライダーキックをかまされ、1mほど前方に飛んだ。


菫「痛ったぁ……って、妹紅!?」


妹「なーに勝手に一人で盛り上がってんのさ。 一応、私も受験生なんだけど」


前「実を言うと……私も受験生なんです。 同じ境遇で戦う仲間として、一緒に頑張りましょう!」


妹「まぁ、そーゆう訳だから。 直接力になれる事は無いかもしれないけど……お互い頑張ろう」


菫「……うん! 一緒に頑張ろうね!」


ニコリと笑い合って、互いに拳をくっつける。 見送る、見送られるの立場じゃなく、一緒に戦う立場の仲間が居る事は、とても心強い。



と、私の前にいる人たちをスルスルとすり抜けて、青娥ちゃんが私の目の前にまでやってきた。 私がキョトンとしていると、彼女は無言で私の手を取り、何かを手の中に入れてぎゅっと握らせた。 手を開いて見てみると、そこには一個の消しゴムがあった。


菫「これ……もしかして『激落ちくん』?」


青「私からのメッセージですわ」


屈託のない笑顔でそう話す青娥ちゃん。 その容赦ないユーモアに苦笑いしか返せないでいると、彼女がふと私の顔を見上げて言った。


青「宇佐見さんは、紙袋からはみ出たフランスパンです。 だから大丈夫。 ……柄じゃありませんけれど、私も応援しておりますわ。 頑張って滑って下さいね!」


菫「あはは……ありがとね、青娥ちゃん!」


古「大学に合格して時間ができたら、私と一緒に甲子園に野球観戦しに行くって約束、忘れないでね?」


早「まぁ、せいぜい頑張りやがれ下さいなのですね。 応援してますから」


こ「菫子には、本当に大学合格して欲しいなー、って思ってる。 大変だろうけど頑張って! 応援してるよ!」


菫「こいしちゃん、早苗、こころん……みんな、本当に本当にありがとう……!」



それから、エトシェルさん、白レンさん、響子ちゃん、辻堂さん、桜さん、ヴェルヌイさん、更には小傘ちゃんやフランちゃん……その他たくさんの人が、私を応援してくれた。
どうしよう……私、幸せ者だ。 今までで一番恵まれている瞬間かもしれない。 それぐらい私の心の中は、喜びと皆への感謝の思いで溢れていた。 私が来るべき幻想郷は、やはり間違ってはいなかったのだ。
私は、もう一人じゃない。


菫「みんな……ありがとう! 本当に、本っ当にありがとう! 
私、みんなと出会えて良かった……。 こんなに愛してもらえる仲間に巡り会えて良かった!
やっぱり私、皆のこと大大大好きっ! 最後のお別れ、って訳じゃないけれど……でも、皆のことずっと忘れない! 皆の想いを胸に、やるべき事に立ち向かう!
だから……本当に、ありがとう」


キラキラと身体が輝き、半透明になり始めた。 どうやら、外の世界の私が目覚めの時を迎えようとしているらしい。 ……なんてタイミングが良いんだろ。

結局、最後まで涙を堪える事ができなかった。 ボロボロと泣きながら、笑顔でありがとうと叫び続ける。 あたたかい笑顔で手を振る皆の姿は、次第に涙で霞んでいく。 そうして、私の視界は真っ白な光に包まれ━━






7.『夢に生く、未知なき少女』


ピピピピ、ピピピピ……


携帯のアラームがけたたましく鳴り響く。 寝ぼけ眼のまま時計に目をやると、そこにはAM6:55と表示されていた。 いつもより5分だけ寝坊だ。


「夢、か……」


起きぬけに、そんなベタな台詞を呟く私。 握った手を開いてみても、そこに消しゴムは無かった。 しばらくボーッとした後、頭の中で幻想郷で起きた出来事をゆっくりと反芻しながら、トイレと顔洗いを済ませ、昨日買っておいたメロンパンをちぎって口に放り込む。


「ま、幻想郷中の全員が私を応援してくれるなんて……そんな都合の良い話、夢でしか有り得ないよね」


自嘲気味に、そう呟く。
もしかしたら、全部自分の妄想がでっち上げた夢世界だったのかもしれない。 粗末な絵空事だったのかもしれない。


「でも……」


私に勇気を与えてくれたのは、間違いなく幻想郷の皆だ。
私が現実世界に立ち向かう力になってくれたのは、紛れもなく幻想郷にいた皆だ。
今ここに私が居るのは、向こうで支えてくれた皆が居たからなんだ。



私の住む世界は現実であり、同時に幻想でもある。
幻想で生きられはしない。 現実から足を踏み外せはしない。 変わらない世界なんてない。 終わらない世界なんてない。




……だからこそ、現実で生きていきながら、皆のことを想い続けていたい。



それが、私に勇気をくれるから。




「さて……それじゃあそろそろ、支度始めようかなっ!」


そうして、私だけが知っている、私だけの幻想郷(パラレルワールド)を胸に、


今日も私は生きていく。











8.『夢へ往く、路歩く少女』

あの日から、七ヶ月が経った。
こういう表現って、普通は年単位の時に使われるものだから、いざ七ヶ月って聞くと、すごく短く感じてしまう。 ……いや、実際、長いようで本当に短い七ヶ月だった。


「ようやく、ここまで来たんだ……」





思えば、色々な事があった。


まず、推薦入試でO大学に落ちた。 「得意そうだから」と担任や親に期待を寄せられ、私もそれなりに頑張った上での、この結果。 ショックだったし、発表を受けてから丸1日は何も手につかなかった。 私は、担任や親からの期待を裏切り、貴重な勉強時間さえをも棒に振ったのだ。



それから、センター試験に向けて一生懸命勉強したけど、結果は振るわず、行ける大学の幅もぐんと狭まってしまった。
私は焦っていた。 担任の期待をこれ以上裏切らない為、親にこれ以上迷惑をかけない為にも、国公立に受からなければいけない。 何より、合格の二文字を勝ち取らないと、私は幻想郷に戻れない。 そんなプレッシャーばかりが募る。


「あんなにたくさんの応援もらったのに……駄目だな、私……」


実を言うと、私は幻想郷にきっぱりと顔を出さなくなった訳ではない。 夢を介して、どうしてもその様子が見えてしまい、ちらちらと傍目に見ていたのも事実だし、幻想郷のみんなと、別の空間的繋がりを通してお喋りをしていたのも事実だ。 頑張らなきゃいけないのは分かってるのに、どうしても自分に甘くなってしまう。


「このままじゃ駄目だ……!」


そう思った私は、二次試験に向けて更に勉強量を増やした。 自分への甘えが止められないなら、別の所でそのロスを補うしかない。 お風呂に持ち込んでも大丈夫な参考書を買ってきて、のぼせるまで読んでみたり、自分から進んで先生に過去問の添削をお願いしたりと、出来る限りの事をやった。 絶対に合格するんだ、という想いを胸に。




そして、S大学の二次試験当日。 受験票を家に忘れたり、受験そのものは受けられたけど、そのせいでメンタルが死んだり、英語の試験も死んだりと、手応えとしては最悪。 あぁ、私は神様にまで見放されたんだ、と思った。 今でこそ笑い話だけど、その時の私の底知れぬ絶望は、思い出しただけでもゾッとするほどのものだった。 絶対に不合格だ……そう思っていた。





「……ま、結果的に、合格はできた訳だから良いんだけど」


そう、そんな最低最悪な手応えの中、私は晴れてS大学の合格を勝ち取ったのだ。 
合格発表のホームページに、自分の受験番号が載っているのを見つけたときは、本当にビックリした。 何かの間違いなんじゃないかと思って、何度も何度もホームページと自分の仮受験票の番号を見比べた。


「━━やった……やった!! 合格だ! わたし、受かってる!!」


そして、それが本当だと理解した瞬間、心の底から喜びが込み上げてきた。




ここだけの話、もしどこの大学も不合格で、浪人するような事になってしまったら、もう二度と幻想郷に戻らないと決めていた。 幻想郷に通じる夢を遮断し、SNSのような別世界とのリンクも切って、みんなの前から姿を消そうと思っていた。  それが、せめてものけじめだと思った。


そんな私が、こうして合格を掴めたのは他でもない、あの時幻想郷のみんなが背中を押してくれたおかげだ。 一人では絶対に乗り越えられなかった壁も、みんながいたから越えられた。 自分に甘くて、努力が嫌いで、すぐ楽な方に逃げるような、救いようもないほど駄目な私を、みんなが導いてくれた。 この合格は、みんなが勝ち取ってくれたものだ……!





「……さて、大学に送る書類も仕上げちゃったし、もうやる事はない訳だけど……」


スマホを起動すると、画面には23時半という時刻が表示されていた。 私は今、蛍光灯を変えたばかりの明るすぎる部屋で、ベッドの前に突っ立っていた。 右手にはスマホと、明日の朝食べる為に買っておいたクリームパンの袋が、左手にはちょっと分厚めの、S大学の合格通知書が握られている。


「これ見せたら、みんな何て言うかな……? ……ふふっ」


思わず、顔がニヤけてしまう。 みんなに会うのが久しぶりで嬉しい、っていうのもあるし、よく頑張ったね!……って誉めて貰いたい、っていうのもある。 久しぶり、とは言うものの、これまでにちょこちょこ会っていた人もいれば、この七ヶ月間、全く顔を会わせなかった人もいる。 もしかしたら、また歪みが生じていて、幻想郷に訪れている人の層も変わっているかもしれない。
それでも━━。


「━━それでも……私が帰るべき場所は、ここだから!」


そう言って、ボフッ、とベッドに飛び込んだ。 寝る。 それは私にとっての重要な選択肢の一つだ。 私は寝るという行為をトリガーに、夢を通じてある世界へ行く事ができる。 それは、現実と向き合い、目標を達成した私に許された特権。 周りの人はみんな知らない、私だけのif世界なのだ。 その世界へ行く事が、私のゴールであり、新たなスタートだった。



「いざ、幻想郷へ……!」



そう言って、パチンと部屋の明かりを消した。






9.『    』




菫「━━みんな、ただいま……!」

このページへのコメント

ずっと待ってたやで
おかえり^^

0
Posted by 556 2017年03月12日(日) 21:58:33 返信

時期的にセンター試験かな、頑張ってね!
去年は数学が鬼門だったよ

0
Posted by 幕末志士 2016年08月04日(木) 10:58:28 返信

わわ、 これは覚えられぬ・・(多分)

0
Posted by にゅう 2016年08月04日(木) 07:25:42 返信

連続投稿すると画像コード入力しないといけないんですね()
半年って言ったな!!!!!!!!
みなさ〜〜〜〜〜〜〜ん2月3日にかえってくるそうですわよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜覚えろ〜〜〜〜〜〜〜〜

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Posted by これ 2016年08月04日(木) 03:39:53 返信

音;でも、〜言いそう……まじで言いそう……正直よくこのキャラを掴めたのかなと(最低)
咲:ああ、わかる……親切心ありますよね。この人そこそこ皮肉も言いますけど。その2つも描写にあっておみごと
響:酷いネタとしての利用を見た
チ:管理人設定があるだけで満足です(?)エト×優奈が流行ると信じてる
エ;ギリギリ間に合いましたね(酷)ここらへんのグループの仕分けは神ってる
式:絶対言ってるわこれ。あんまおうてないのにようわかりはりますね。あんこちゃんと時間帯が合わないので、いつか……はなせると……。
フ:圧倒的にこのフランが分からん()一時期来てたチョコンドール氏?()
パラレルワールドの用法が面白かったです。特に「メロンパン」での表現は惚れました。
注意の三つ目の事項がありましたけどもし帰ってこず、この作品だけが残り続けるなら不快です☆

0
Posted by これ 2016年08月04日(木) 03:36:36 返信

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