マシュマロ
最終更新：ID:eYxuEjgLpg 2015年06月05日(金) 21:53:51履歴
目が覚めた。
暑くて寝苦しいわけではない。むしろクーラーがきいていて涼しい。
アラガミ掃討が必要になり出撃の通知ブザーが鳴ったわけでもない。
理由はほかでもない。マシュマロが食べたくなって、目が覚めた。そんな午後の3時。
「ぁーーよく寝ーたーー」昨日は10時ごろから記憶がないから、だいたい15時間寝たのか。
「マシュマロが…食べたいなー」ボソッとつぶやくと当時に、ぷしゅーっとドアが開く。
「リーダー！！」
何かが何か言いながら部屋にはいってくる。
マシュマロに違いない。
寝起きでぼんやりとしか見えないが、確かに白くて丸いマシュマロだ。
お迎えに来てくださったのか。生きてるって素晴らしいなあ。
まだ眠い。思考がぼんやりしてる。
ベッドから降りてふらふらした足取りで、マシュマロのとこまで歩いていく。
「リーダー？」
マシュマロが喋った？ まあいいか。
「いただきーまーす」
マシュマロに向かって両手を伸ばす。なんで体？が生えてるんだろう。
「え、なっなにいやあああああああああああああああぁぁっっっっーーーー！！！！！」
なぜか、寝起きの耳には少々堪える悲鳴が聞こえた刹那、
服がぐいっと引っ張られ、景色がぐるんと回って、思いっきり壁に叩きつけられた。
なぜか、寝起きの体には少々堪える巴投げをくらったらしい。骨逝ったかも。
だんだん視界と意識がはっきりしてくる。
目の前にあったのはマシュマロではなかったらしい。残念だ……。
何が白っぽいボール状かっていうと、帽子をしてない銀髪のアリサの丸い頭だった。残念だ……。
それをいただきますしようとしたわけだ。死にたい。うぅ、生きてたっていいことなんて… ぐすっ。
そんな午後の3時。
「リ、リーダーっ、あの、ご、ご、ごめんなさいっ、私動揺してしまって…」
アリサがあたふたしてる。なんかおもしろいぞ。生きてるってすばらしいなあ。
「あーうん。大丈夫だと思うよ。あとでたっぷり仕返ししてバランスはとるから」
「あ、よかっ、ないです！ 仕返しってなんですか！ リーダーが変なこと言うから…///」
「変なことって、マシュマロにいただきますって言っただけであります」
「私はアリサです！！」
さっき壁に叩きつけられたまま、だらーっと床に倒れてるので世界が90°傾いてる。倒れたまま体がくの字。
私はむすかた… 第一部隊長だ！ なにをやってるんだろう。
「じゃあ改めて、いただきま… せん。頼むから踵落としとかしないで今度こそ死ぬ」
「どんびきです…… あ、リーダー、ここ」
床に這いつくばったままアリサが指でさした方を見ると、そこはまさに今オレが叩きつけられたところ。
へんな角度に首が曲がって痛い。でも、どうりで壁に叩きつけられたとき半端なく痛かったわけで、
オレが叩きつけられたのは、凶悪な突起とボタンが立ち並ぶ、出撃要請とかの通知に使うブザーが
へばりついてるあたりの壁だったんですねーあははーびっくりー。
「なんということでしょう。オレの腰粉々になったかも」
「なんということでしょう。ブザーが粉々になったかも」
「うーん。ブザーは明らか壊れたよ。よかったね」
なんか部品が飛び出てるし液晶割れてるから壊れてないわけがない。リッカに怒られるなーこれは。
っていうかブザーよりも投げ飛ばした人身の心配をしなさい。
「そ、それは、リーダーがいきなり襲いかかってくるからですよ？」
「誤解だし、何も投げなくても避けるとか他にも方法ってもんが…」
あ、ところで、なんでオレの部屋にアリサがいるんだろうか。暗殺？ 日々の恨み？
「アリサ、なんでこの部屋にいるんだ？」
「それはまぎれもなくリーダーが原因です。ブザー何回鳴らしても、この部屋にヒバリさんがアナウンスを
かけても リーダーが寝てて起きなかったので直々に起こしに来て差し上げました」
「そりゃどうも。とてもとてもよく目が覚めました…」
「どういたしまして」
笑顔がまぶしい。これが思いっきり人を壁に叩きつける人の顔… とは思えない。恐ろしあ。
「オレじゃなくてアリサがいけばよかっただろ」
「部隊のメンバーの生存にかかわる緊急事態だからリーダーに呼び出しかかってるんですよ！？」
まあそう怒るな。
「ああ、コクーンメイデンなら任せとけ。粉々にしてやる」
「ええ、無気力なリーダーなら任せてください。粉々にしてやります」
なんてこった。
「要請はコウタとカノンとアネットからでした。ヴァジュラ2体の掃討に、ディアウス・ピターが乱入してきた
ことへの応援要請でしたが、リーダーがだらだらしてるのでちょうど戻ってきたタツミさんが救援に行きました。
あとで3人とタツミさんになんか奢った方がいいですよ」
「えー。生きて帰ってこれたんだからそれだけでよかったと思うよー」
でもタツミさんには申し訳なかった。あとで何かお詫びなり奢るなりするか。
はあ、とため息が聞こえる。
「……全然、よくないです」
アリサが急に怒った口調になった。
「やるときはやるから普段サボって寝てるんだってリーダーは言ってますけど、本当に大変な緊急事態でも
起こったら、とりかえしがつかないんですよ？ この支部の神機使いなら、リーダーが到着するまで耐えれるって
リーダーが信じているからこその判断なのかも知れま」
「わかったわーった」
ヒートアップしたアリサの言葉を遮る。
「今回のは別段急いだ方がいい気がしなかったからサボっただけだ。オレの勘はあてになるんだ」
上半身だけ試しに起こしてみる。
「じゃあ仲間が死んだら勘のせいですか？」
なんともなかったので立ち上がってみる。
「よっと。仲間が死んだら決めるわ。あ、なんともなかったｗ」
ホントになんともなかった。体が丈夫なゴッドイーターやっててよかった。
部屋の反対側の壁まで歩いていって、戸棚からマシュマロの袋を取り出す。
もしゃもしゃと貪りながらソファーに沈み込む。
「……ならいいじゃないですか、仕返しは…」
「それとこれとは別です。お楽しみに。あははｗ」
表面がぼこぼこのグラスにマシュマロを山盛りにして、とりあえず言っておく。
「マシュマロ、ご自由にお取りください。甘いものを食べると落ち着く」
念のため、いちおう。
不満そうな顔のアリサはとりあえずおいておく。
マシュマロのストックが切れかかってたので、どんな仕返しにしようか考えながら、マシュマロを買いに行く。
ちなみにここら辺で釈明しておくと、
15時間寝てたり救援要請をうやむやにしたりしているけど、別に隊長の権限を濫用してるわけではない。
リンドウさんも帰ってきたし、新人も入ったし、前よりは少し時間に余裕が出てきたわけなのだ。
あと、隊長である以前に、基本オレはめんどくさがり屋だっていう周知の事実がある。
つまり仕方がないのだ。やる気が出なかったらどうしようもないでござる。
その分、部隊とかがまじでヤバい状況になったら本気を出すので埋め合わせは一応してる、うん。
ツバキ教官は認めてくれないけど。
あ、アリサもか。
マシュマロを買い占めて再び部屋に戻った。アリサはさすがに部屋に戻ったようでここにはいない。
改めて、ブザーだったものとご対面。
壊れたけど、壊した原因はアリサだし、アリサは黙ってるだろう。なら隠蔽は簡単な仕事だ。
ブザーは、出撃の通知、討伐対象、フィールド、他のメンバーを伝えてくれるが、
出撃の通知以外はなくても平気だろう。ファランクスとジュヴァリエの使いまわしでほとんど対応できるし。
出撃の通知もヒバリさんに部屋までアナウンスかけてもらうか、またアリサに来てもらえばいいや。
よし、ばっちりだ。まったく問題なし。
今日もフェンリル極東支部は平和です。
暇つぶしに、あとコウタの様子見を兼ねてエントランスに行ったけど、
コウタはロビーにはいないようだ。あとで「おつかれｗｗｗｗｗｗ」って言っとくか。
「ガウスさん、ちょうどいいところに！」
ヒバリさんに名前を呼ばれた。いい予感はしない。
「本部からミッションの依頼です。
空母周辺にディアウス・ピターが3体、荷電生ヴァジュラテイル複数が発生しました。
早急にこれを掃討してください。偵察班ですでに被害が出ています。
あと、難度が難度なので、このミッションを受注できるのは貴方一人だけなんです」
にっこり微笑んでから
「頑張ってください。ご武運を！」
相変わらず笑顔が素敵です。
内容がこんなんだと、どす黒い何かを感じるけど。まあいいか。オレしかできないんなら仕方ない。
埋め合わせってやつだ。
任務の内容は、死なないように頑張ったぐらいしか書くことがない。
なんとか任務は終わらせた。疲れた。
黒猫3匹のあとにアイテールとテスカまでが沸いてくる意味が分からん。ああ。
追加で沸いてくるのは反則だと思う。詐欺だ。あんまりだ。
死にそうになるレベルではなかったが、でも、とにかくホントに、疲れた。
ミッションに持ってったマシュマロは食い尽くしたので、早く部屋に戻って食べたいところだ。
部屋に戻ろうとするとアリサの部屋のドアが開いてるのを発見。ついでに甘い香りも発見。
中に本人はいない様子。あー、これは、仕返ししてくださいってことだな、うん。
テーブルに何かおいしそうなケーキがのっていたので、それをいただくことする。
任務を頑張った自分へのご褒美だと思えば、特に問題があるわけがないのだ。
大きくて果物がいっぱいのった、下がタルト地になってるチョコレートのホールケーキ。悪くない。
ついでに冷蔵庫の中の飲み物も拝借。
チョコレートのホールケーキを9割方片づけたところで、ようやく部屋の主が帰還。口の中のケーキを嚥下して
「おかえりアリサ」
早口で言いきってまた食べ始める。
「リーダー！？」
とりあえずアリサの方には視線を向けず、もぐもぐと食べ続ける。よし食べきった。おいしかったー。
「おかわり」
アリサの方を向いてお皿を突き出してみる。もちろん笑顔で。煽る。仕返しだから。
「おことわり」
むすっとした顔で続ける。
「どんびきです。年頃の女子の部屋に勝手に侵入してるし、ケーキを食い荒らすし……」
はあ、とため息をついて呆れ顔で、
「そのケーキ私が焼いたやつなんですよ？ 全く、私の血と涙の結晶を…」
ものすごく禍々しい結晶を食べてしまったらしい。
しかし、それ以上に、アリサが、
「ふふふ、リーダー、食べ物の恨みは恐ろしいって知ってます？」
「人は生きるために食物を食べなければなら…」
「じゃあ今息の根を止めてあげますね♪」
「あ、ごめｎ」
「許しません。自業自得です。命を以てお詫びしてもらいます」
みたいな感じでキレるかと思ってたのに、なんというか、おとなしくしていて、意外だ。
「あ、うん。おいしかった」
拍子抜けした声が出てくる。
「それは…… なによりです」
アリサの耳が若干赤い。熱でもあるのか？ テンションもなんかおかしい気がするし。
「また明日な。おやすみ。熱があるならちゃんと休めよ新入り」
ガウスが部屋から出ていく。
アリサはきょとんとしてから、新人って言われたたことにムッとしてから、ケーキの乗っていた皿を見つめた。
少し疲れが癒されて、少し楽しい気分だった。おまけにお腹も結構満たされた。
満足して自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いてたそのとき、
「なにニヤニヤしてんの？」
横にリッカがいた。緊急事態発生。ニヤニヤした覚えなどないのにニヤニヤしてるとか言われた。きゃー。
「ああ、そうだ。今日の戦闘で傷んだ神機のことだけど…」
人類のために華麗にスルーするしかないだろう。君も見習いたまえ。あ、リッカだからカレーか。
「ああ、それね。特にブレードの方がかなり傷んでたから今集中的に補修中だよ。この補修には特に素材はいらないかな」
よかった、そういう話に食いついてくれて本当によかったって思った。
「ほかの部分は特に問題ない？」
「いや、大有りだよ。ブレードの摩耗がひどすぎて他がましに見えるだけ。銃身もかなり傷んでたよ。
変形が完了しないうちに爆破バレット連射したでしょ。必要最低限どころか変形直後の連射を狙ってやってるみたいだし」
「ご名答」
おお。言い当てるとはさすが匠。
「黒猫と戦う時はどうしてもそうなる」
「うん。それはまあ、仕方ないんだけどさ、なんでそうなるのかわかんないけど銃身で攻撃を受けるのは使い方として最悪だからね？」
「あーそれは… 夢中になると、ついやっちゃうんだ★」
いつのネタだこれ。
「そんなんで神機が壊れて君がアラガミに殺される前に、私が殺してあげてもいいんだよ？」
おもむろにバールのようなものをするりと取り出して、微笑む。
極東支部の、笑顔の恐ろしい女性のなんと多いことか。
結局工房まで喋りながら歩いていって、そこでしばらく神機とかについて話していた。こういう会話も楽しい。
アリサのそれとは、またちょっと違うけれど、たのしいものは楽しい。
工房の雰囲気も、好きな雰囲気である。
一通り話し終わって少し間が空いた。
アリサが怒ってた、もしもの唐突な予測できない緊急事態のが起こった時、の話をしてみようかと思った。
もしも、誰かが誰かを失うような状況になってしまった時の話。
まあそんな事態を想像しても杞憂に終わるだろうが、考えてみるのはおもしろいかもしれない。
「なあ、リッカ。カルネアデスの板って知ってるか？」
「なにそれ？」
首を傾げる
「なんかの武具の素材？」
惜しい。
「いや、哲学の問題」
あ、惜しくないのか。
「私、難しい問題なんて分かんないよ？」
頭の良さじゃなくて個人の感覚の問題だから大丈夫なはずだ。
「まあ、とりあえず聞いてみてくれ。
あなたの乗っている船が嵐で沈みました。海は大荒れであなたはこのままでは溺れてしまいます。
あなたの目の前には一枚の浮き輪代わりになる木片が浮いています。
そしてあなたのよく見知った誰か一人、あなたの近くで溺れかけています。
二人で助かりたいところですが、その板は人が二人すがりつくと重さで沈んでしまいます。
そんな状況に陥ったらリッカはどうする？ っていう問題」
本来の問いの形は「誰か一人を犠牲にして自分が生き延びることは罪に問われるか？」だが、
戦場では罪もへったくれもそんなもの考えている暇などない。だから主観的な問題に変えた。
「難しいね」
うーん、と考え込む。彼女は考えてる表情やポーズが様になる。何かを生み出す人、の姿だ。
「ちょっとだけ考えさせて」
「ああ」
機械音といくらかの遠くの声が聞こえる。
どんな答えが出てくるのか、楽しみだ。
「……ふたりでもがいて、ふたりで死ぬ、かな」
「…へえ」
かなり意外だ。1つの命を助けられるのに、助けないのか。
「あるいは、二人とも助かる見込みがほんの少しでもあれば全力でそれにすがるよ。
カルネア… デス？の板でいうなら、そうだね、泳ぎがとてつもなく巧くて、嵐の中人抱えて泳げる場合、とか」
ふたり助かるのとふたり死ぬかが良くて、一人助かるのはダメなのか？
「ふたり助かるのが無理な場合、一人助かる、っていう選択肢はないの？」
「うん」
即答だった。
「だってさ、考えてみてよ。運よく自分一人が助かったとしても、それって、すごくつらくない？
自分があの時死んでいれば、あの人が生きていられたのに… っていう十字架を背負い続けるんだよ、それも一生。
私は嫌だな。そんな思いしたくないししてほしくもない」
「んー…」
確かに、殺意はなくとも「結果的に」自分が誰かを殺してまで生きたくはない、かもしれない。
「だから、ふたり助かるか、ふたり死ぬか、どっちかがいいな。もちろん、理想の話だけどね」
「理想か」
「うん、理想」
職場がクソッタレな戦場でなくとも、この世自体昔よりもずっとシビアになった。いや昔が甘ったれてたのか。
アラガミが容赦なくいろんなものを喰らっていくから、
そんな選択をしている暇があるかなんて分からないし、そもそもそんな選択をさせてもらえるかもわからない。
ツバキ教官なら、生き延びたものは生き延びたものの使命を全うしろ、もとい、
生き延びたものの使命を果たすために是が非でも生き残れ、というだろう。
「ツバキ教官がそれ聞いたら叱り飛ばすだろうな」
リッカがゴッドイーターじゃなくとも、その考えを肯定したりはしないだろう。
「そうだね」
「私はゴッドイーターじゃないから」
「オレは神機の整備士じゃないから」
「確かに、ゴッドイーターかどうかは関係なかったね」
「ああ」
死ぬ機会がどれくらい頻繁にあるか、人類にとってどれくらい必要な存在か。
そんなことはどうでもいい。
ある人はある人にとって、必ずではないが必要なことが多い。それに、死ぬときは来るべくしてやってくる。
キレイゴトではない。オレにしろリッカにしろ、明日のわが身の話だ。
「…難しいね」
「マシュマロ食べたい」
「うーん。釘とかならたくさん食べさせてあげれるけど…」
「うーん。胃がもたれてマシュマロが食べれなくなりそう」
「知ってる」
「ああ、よかった」
「なにこの会話？」
「ん？」
「これから死ぬ予定でもあるの？ 今まで楽しかったよ」
「そりゃよかった。オレも楽しかったよ」
「一応言っとくけど無茶しないでよね？」
「それは無理だ。これから死ぬ予定が入ってるんだ」
「もし君に何かあって神器が壊れたりしたら、直すのすごく大変なんだから…」
「一応言っとくけどオレの扱いのひどさに絶望したオレがヤケになって死んだら神機も危ないぞ」
どいつもこいつも、器物よりオレの心配をしなさい。
「神機の救出には全力で当たってもらうよ」
「神機なんて粉々になっちまえ」
まさか神機に嫉妬することになるとは思わなかった。
「そしたら神機直すついでに君も粉々にしてあげるから安心して」
ニコニコしてるのは素直に、かわいいと思う。だけど…
やっぱりアナグラにいるより外にいた方が比べ物にならないほど安全らしい。荒原が恋しい。
「さーて、そろそろ部屋に戻る」
「ん。じゃあねー」
「ああ、神機粉々になったらよろしくなー」
背後で何かとても恐ろしい言葉が、明るい声にのって飛んできた気がする。気がする。
ぷしゅーっとドアが開いて、無数のマシュマロが出迎えてくれ… なかったので、
仕方なくマシュマロを取り出す。マシュマロにももうちょっと愛想ってものがあってもいいと思うのだが。
マシュマロで夕食を済ませ、ベッドに倒れ込む。いつ戦うか分からないから、眠れるだけ眠る。
そうでなくとも今日は黒猫どものせいでいつもより疲れた。
マシュマロもベッドももふもふのふわふわだなんてなんて素晴らしいんだ。
眠い。
眠りに落ちる瞬間っていうのは、至福の時だと思う。
目が覚めた。
時計は午前4時23分を指している。
マシュマロが食べたいからではない。理由はない。勘だ。
暗い室内で、赤い光がチカチカと点滅している。何だ？
部屋の電気とつける。
赤い光は、ブザーの緊急事態を通知するランプだったようだ。お前生きてたのか。
だが音やその他の通知は機能してない。では生きてたとしても瀕死か。
瀕死のブザーは緊急事態を告げてるから、どうやら勘は当たってるらしい。嫌な勘だ。とてもとても嫌な勘だ。
アリサの壊した(確定)ブザーに聞いてみる。
アリサは生きているのか？
ロビーに駆け込む。ヒバリさんの声が間髪入れずに聞こえる。
「ガウスさん！ 今部屋に催促のアナウンスかけたところでした！
急いでください！ 贖罪の街でアリサさん、ジーナさん、サクヤさんがシユウと荷電性シユウの
掃討に当たっていたところ、今から5分前にスサノオの変異種が乱入してジーナさんが負傷、全体的に劣勢です！
ソーマさんが同行します！ 一刻も早くきゅ」
「わかった！」
アリサたちは「今のところ」生きててよかった。
準備を15秒で済ませ、走ってヘリに乗り込む。すでにソーマがヘリに乗っている。
「遅い」
「マシュマロ(ロシア産)が巴投げしてきたんだ」
「遅れたツケは大きいぞ」
「知ってる」
くそっ持ちこたえろアリサとジーナとサクヤ！ 急いでいるので敬称「さん」は省略！
誰だ「佐藤さん」の「さん」を考え出したヤツまだるっこしいんだよ全く。
準備15秒を差し引いてもブザーが壊れてなきゃ4分45秒も早く助けにいけただろう。
こんな陳腐なこと言いたかないが、1秒の差で死ぬかどうか決まることもある。
ヘリが街に向かう時間すら惜しく感じられる。
が、指をくわえて景色を見てるほかないので、指をくわえて景色を眺めることにする。
誰だよ「オレの勘はあてになるんだ」とか言ったやつは…… 粉々にしてやる！
そんなことばかりぐるぐると頭の中をめぐる。
「それはリーダーでは無理なので、私が代わりに粉々にしてあげますね」
アリサがいたら、こんな感じで返してくれただろうか。
台詞は日常的にこんな感じで返ってこないといけないので、アリサがいなくなっては困る。
日常的に工房で生活するわけにもいくまい。
オレは整備士ではなくてゴッドイーターを残念ながらやっていかねばならないらしいから。
ソーマもオレも、窓から外を眺める。
見える景色は荒原から、徐々に人の生活の名残に変わっていく。
ヘリが安全なヘリポートまで飛んでいくのもまだるっこしい。
今日の天候やアラガミの位置のせいで、ヘリポートは街よりも遠いのだ。アホか。
「パイロット！ オレはここで降りるからソーマ、ドア閉めてくれ、よろしく！！」
飛び降りる。
ツケを払わないといけない。
屋根の上に着地すると、もれなく屋根が盛大に抜けるので地面に着地する。
体が丈夫なゴッドイーターやっててホントによかった。
アラガミの咆哮が聞こえる方向へ走っていく。
途中でシユウの死骸を発見。残りは荷電シユウとスサノオだけか。
荷電シユウが見えた。ついでにアリサっぽいのとサクヤっぽいのも。
ジーナはまだ見えない。紫の光が見えるからたぶんスサノオもいる。
とにかく時間が惜しいので、手ごろな高さの屋根に飛び乗って神機を銃形態に切り替えて、
荷電シユウの頭の狙撃を始める。遠距離の狙撃には矜持がある。
一発目、目標に着弾。
元からいた3人もオレの参戦に気づいたらしく、ターゲットをシユウに絞ってくれた。
シユウが大きく動くことが減り、狙撃は楽になる。
二発目、目標に着弾。
誰かさんのように誤射したりはしない。
三発目、目標に着弾。
スサノオをノーマークにするのは勇気のいる危険な判断でもある。オレはそれに応えねばならない。
ほぼ一定の間隔で主戦場一帯が白く光る。アイテムの出し惜しみは死を招く。
スサノオ付きでジーナが負傷してるんだから妥当な判断だ。
20秒あれば終わる。
OPを使い切って、Oアンプルを2個飲んで少し撃ったところで荷電シユウが倒れる。あとはスサノオか。
屋根から飛び降りてスサノオのところまで向かう。ついでに指示を出す。
「サクヤさんはジーナさんの撤退の補助！ アリサは残れ！ あと2秒くらいしたらソーマが来る！」
ジーナとサクヤが撤退を始める。
サクヤに任せればとりあえずジーナは安全だろう。
そしてスサノオは第一種接触禁忌のアレだが、アリサもソーマも死なせないから問題ない。
…2秒たってもソーマが来ないってどういうことだクソッ！
結局ソーマは19秒後に到着した。遅れたツケは大きいんだぞ。
あとは小指の短い悪趣味なサソリを叩き潰すだけだ。
負傷したのはアリサ… の帽子だけだった。攻撃がかすって、真っ二つに裂けた。
頭に攻撃が直撃しなくてよかったと思う。もしそんなことがあったら、せっかくのマシュマロが台無しだ。
スプラッタなザクロになってしまう。
またいつものように街が静かになった。平穏なんていう雰囲気は微塵もないが。
「リーダー」
ほっとした表情のアリサが、近寄ってくる。
「持ち前の勘のおかげで、見事な遅刻でしたね。応援頼んでからだいぶ待たされました」
む。
「原因はブザーを壊されたことだ」
ブザーが鳴れば御所望通り応援に行きましたとも。
「その原因はリーダーが変なこと言ってくるからです」
「そんなこと言ったらそもそもの原因は宇宙が誕生したことだ」
「責任から、逃げるなぁーーーー！」
なんかどこかでそんなセリフ聞いたことがあるような気がするなあ。
「まあー誰か欠けたりしなかったから結果的には問題ないだろう。ジーナさんも重傷ではないらしいし」
ソーマが完全に空気……。まあいいか。元から空気か。
「問題しかないです。まずは日ごろの勤務態度から職権乱用、マシュマロを買い占める、それから」
さて、帰るか。
もたもたしてて昨日の黒猫の時みたいにさらに乱入されたら面倒極まりない。
同様に、説教をいちいち拝聴するのもめんどくさい。
「おーい、ソーマ！ 帰るぞ！」
歩き出す。
「人の話を聞かないところもです！！」
口笛を吹く。
アリサは後ろから走ってついてくるが、気にしないで歩き続ける。
2つの人影が歩いて、残る1つの人影はわたわたと走って、ヘリの止まっている地点へ向かう。
冷めてるのが一人、ポーカーフェイスを装いきれてないのが一人、そして必死で人にかみつこうとしてるのが一人。
アナグラ内なんかよりも荒野の方がよっぽどいい、っていうのは一応撤回しておく。
アナグラにいた方が、なんだかんだいって楽しいことも多い。
実質、マシュマロがたまに品切れ起こりたりとか、つらいこととかのほうが多いのかもしれないが、楽しければそれでいいのだ。
ミッションを無事終えて、アリサとソーマと一緒に帰ろうとしてたときの話。
空気の流れが変わる。強い殺気を背中に感じる。複数か？ アリサが発するような柔らかい殺気ではない。
「リーダー」
「わかってる」
アナウンスが入る。ヒバリさんから。
「大型のアラガミが2体、旧市街地方面、南西より急速に接近中です！ 周囲に中型アラガミの反応がほとんどないため強個体と推定されます。
このパターンは… ちょっと待ってください。今解析中です」
その殺気が、すごい速さで背後からこっちに接近している。到達まであと9秒くらいか。謙虚だなー。
「おいガウス！！」
ソーマが叫ぶ。分かってる。みすみす攻撃を食らう気はない。
アナウンスが再開する。
「ハンニバル、とその侵喰種です… が発生パターンが少し変です。警戒してください」
背後のそれが攻撃してくると同時に装甲を展開して振り向き、身を守る。タワーシールドだから問題ない。侵喰種が少し遠くに見える。
何か金属が潰れるような音がした。これはあとでリッカにこなｇ…
いやそれはいいんだが、さっき装甲を展開して攻撃を弾いたはずなのに、その感触がしない。なにかが装甲にぶつかる鈍い音がした。
攻撃を弾いた音ではない。装甲とハンニバルに間に何かがある。
「う゛……」
「…なんでだ？」
ソーマがそこにいる。血？ オレを庇った？
「ソーマ！！」
アリサが叫ぶ。ソーマも一応、タワーシールドを展開してはいる。だが、ハンニバルの籠手はシールドを貫通し、ソーマの腹部からは
血が飛び散っている。塔甲が破られるなんて普通ならあり得ない状況だ。ソーマが膝から崩れた。血がやばい。急げ。
タワーシールドでも防げないのか。どんな難易度だ。ルナティック？ ソーマがいなかったら自分がああなっていた。ぞっとしないぞ。
そんなうちにハンニバル侵喰種が合流。ははは、助けてリンドウさん。ふわりとしたなにか夢のような感覚がする。実感がない。
これも遅れたツケってやつなのか？ 特に危機意識も対策も頭には浮かんでこない。まずいなー。いや、まずいぞ。
「アリサ、絶対に攻撃食らうな。ガードも禁止」
バックラーなんか濡れたトイレットペーパー程度だろう。あるいは粉々になるか。
そういえばNPCの装甲ってみんなバックラー扱いなんだっけ？ でもNPCってなんだ？ 核兵器拡散防止条約？
「了解です！」
オレはとりあえずソーマをかかえて、ハンニバルの攻撃から逃げる。
どうしようか。
「色がマシュマロとチョコケーキじゃないか…」
「そんなこと言ってる場合じゃないです！！ どうしますか！？」
「この前のケーキのお化けかもしれん」
おいしそうだなー。イタダキマス！
「リーダー！！」
「ちょっと待てそれまで耐えろ」
ヘリまで逃げようにも白黒ハンニバルがついてくるだろうから、ヘリの離陸が危険すぎる。ヘリが粉々になる。未来がなくなる。
遠距離攻撃とかがヘリに直撃しても終わりだ。そうだスタグレ、使おう。
「アリサ、スタグレはいくつ残ってる？」
「スサノオの時に使い切っちゃいました…」
「そうか」
スタグレの残量は8個。
「とりあえずスタグレだ。撤退するぞ！」
言うと同時にスタグレを投げる。爆発音と閃光が辺りを包む。全力で撤退する。7秒弱で前方左の角を二つは曲がれるか。
振り返る。殺気？
「え！？」
アリサも気付いたか。まだ2秒くらいしてないのに両方とも戦闘態勢に戻ってる。普通は約8秒だから当社比4倍以上ッ！
「そんな！ スタグレが効かない！？」
一応効いてはいるが…
「もう何でもアリだなこのチート野郎」
塔甲を貫通するだの素早いだのスタグレ効かないだの… この世界はいつだってわがままで、理不尽な選択を迫る。
どうするかな。このままだと死ぬ。アリサもオレも。それはそれで幸せか？
「喰らう」側はこっちだ。よって二人とも助かるのしか認めない。
ハンニバルたちは主に、オレの方に黒、アリサの方に白が張り付いて戦闘中だ。
戦闘っていっても、アリサの方はかなり危なっかしい。敵が敵だ。あと5分くらい持てばいい方、ってところか。
オレの方に白来いよこのマシュマロが！！！ マシュマロが！！！
「アリサ！ 白の逆鱗を集中放火しろ！」
「了解です！」
オレも白の逆鱗を集中的に攻撃する。
攻撃するたびに抱えてるソーマがぶらぶら揺れる。ソーマには悪いが、非常に面白い。というか滑稽だｗｗ
「リーダー、何を笑ってるんですか！？」
「だってソーマがｗｗｗ」
「真面目にやらないと死にますよ！？」
「オレが死んだら誰が生き残るの」
おもしろいものはおもしろいのだから仕方がない。世の中は仕方がないことで溢れてるんだ。残念だったな。
「アリサ、攻撃ストップ。回避だけに専念」
そろそろ頃合いか。逆鱗が壊れる直前に攻撃を止めさせる。勘での判断でしかないが。オレの勘はあてになるんだ。
「アリサ、神機をオレに渡せ」
「なっ、何を言ってｒ」
「オレのスタグレ4個とソーマを渡す。隙作るから全力でヘリまで逃げろ。白黒はオレが引き受ける」
「えっ、でも、神機は」
どこかの世界には話してる最中には決して攻撃してこない礼儀作法を重んじる悪役がいるというが。こいつらは紳士ではないようだ…
「いいから渡せ。逃げる時邪魔だろ。真面目にやらないと死にますよ！？」
アリサの真似。変な声でたな。アリサの声真似はちょっと無理だった。
「…分かりました。信じますよ？」
それはよかった。白黒の隙をついて、アリサと、スタグレ付きソーマとアリサの赤い神機を交換する。
アリサの神機の柄を掴む。神機が左腕を侵食しようとする。痛い。視界が歪む、霞む、滲んで変色する。
痛い。腕からみぞおち、あと首に引き裂かれるっていうレベルじゃない激痛が走る。
「ぐっ……」
また痛さのあまり叫ぶ、なんていうのはちょっと嫌だ。あとハンニバルどもはこういう時くらい空気呼んでおとなしくしてろ。
全く、近頃のハンニバルはマナーがなってない。痛みと共にどうでもいいことが頭に浮かんでくる。
「大丈夫ですか！？ やっぱり…」
「いや、別にいい。アリサは白い方の隙を突いて逃げろ。オレが白黒の注意をアリサから逸らす。スタグレはまあ、お守りだ」
「リーダーは！？」
「残る。あとで帰る。死なないから問題ない」
There is no way back. …中二病かしらん。
「……了解です。絶対に生ｋ」
「じゃあな」
今は聞きたくない。戦闘を再開。今のうちにアリサの顔でも拝んでおくか？
様子を見ているうち、白が火炎放射を始める。隙だらけ。アリサが撤退を始める。遅れて白がアリサを追う。
白がいる方に跳ぶ。逆鱗に神機を突き立てて思いっきりえぐる。逆鱗が壊れてハンニバルが呻いて仰け反る。
黒いハンニバルは相変わらずオレの方をタゲったまま攻撃を続けている。
白が咆哮する。どうやらオレは白い方の逆鱗に触れてしまったらしい。どうもすいませんねえ。
白が殴りかかってくる。わざとすんでのところでかわす。ハンニバルが宙に浮いて、すぐに火柱(嵐？)を放つ。
溜めの時間が短い。相当に異常な個体だ。火柱が邪魔で黒の攻撃がかわしにくい。まあそんなことはどうでもいい。
「ばーか」
白の注意がアリサの方に向く前にスタグレを投げる。閃光と音が鬼畜どもの感覚を奪う。…2秒弱だけ。
アリサが白い方の視界に入る前にもう一つスタグレを投げる。同じようにしてもう一つスタグレを投げる。
ソロなら全く意味のない行為だが、今回は違う。少なくとも5秒弱もの時間を稼げる。
「ばーーーかｗｗｗｗぷぎゃーm9(^Д^)ｗｗｗｗｗｗｗｗ」
白い方に向かって喋る。アリサはオレの視界からはもう消えた。白が今から追っても見つけられないだろう。
いや追いつくのかもしれないけどオレが逃がさないからな。白と黒が睨んでくる。悪いがにらめっこなら矜持がある。残念だったな。
それにしても腕と肩周辺と、あと頭が痛い。頭なんてリンドウさんの時は痛まなかったんだが…。頭が痛みで潰れそうだ。
リーダーのおかげで、ヘリまで逃げることができた。でもヘリは、離陸させたくない。
なんだかんだいって、あの物陰からリーダーがうまく敵を撒いて全力で走って逃げてきそうな気がする。そうであってほしい。
できることなら誰かが残るなんていう選択肢は…。あんな場所に残していきたくない。
でもこれがリーダーの命令だし、ヘリが壊れたら意味がないし、ソーマを一刻も早く治療してもらわないといけない。
「ヘリを、一旦、出してください」
声が震えたような気がした。ヘリが離陸する。遠くに煙が見える。目が離れてくれない。
それと同時に、もやもやした何かが首をもたげる。いつだって、いつだって人の気持ちに鈍感なあれに対して。
神機を渡す時ですら人の話を聞かないし。ケーキの時だって、どんな風に渡そうかサクヤさんのところへ相談しにいっていた
だけであって、まだリーダーのために部屋を開放してたわけじゃない。あとで渡すつｍ… ああ、もう。
ケーキの仕返しもまだしてないし、言いたいこともまだ言ってない。
…首を振る。私は何を考えてるんだ。それじゃ彼が還ってこないみたい。リーダーは絶対帰ってくるって、信じてるつもり…
だけど、あんなハンニバルたちを目の前にしたら、どうやったって不安になってしまう。
ハンニバルから受けた傷から、血がにじんでいる。涙も、にじんでくる。
「ばか…」
斬る。かわす。斬る。喰らう。片手だと変形が面倒だから銃形態は使わない。
どうせガードも役に立たないから二刀流でよかったのかもしれない。
それにしても、なんだかとっても大事なことを忘れているような気がする。それがなんなのかはよく分からない。
相変わらずの痛みで、頭が潰れそうだ。いや、むしろ頭が中心から弾け飛びそう、の方が正確か。それにしても痛い。
それからちょっとして無事アナグラに帰投した。ソーマが大急ぎで治療室に運ばれた。
通常任務からかえってきたコウタは「ソーマは半分アラガミなんだから、あれくらいなら大丈夫だって」って心配そうに言ってた。
表情と言ってることは全然違っていて、少しだけおもしろかった、かも。
大丈夫だといいな。しばらく私も安静にしてないといけないらしい。それに神機がないから今は仕事もできない。
できることは祈ることくらい。眠い。何かの薬かな。
順調に白黒ハンニバルを削れているのはいいが、
さっきから金カムランやらマータやら金猿その他諸々の雑魚が大量に押し寄せてくる。うざったいことこの上ない。
まあいいや。どうせ雑魚だ。この機会にこの地域一帯のアラガミを一掃しておくのもいいかもしれない。
いやでも「この地域一帯」っていってもハンニバルどもがうろちょろ動き回るせいで贖罪の街からたいぶ離れている、
見覚えのない(たぶん)寂れた廃墟まで戦闘エリアが移動してしまった。
いっそ地球一周アラガミ殲滅の旅にでも出るか？
とりあえずオレに向かってくるアラガミは全て粉々にしてやる。
終わったら、ご褒美としてのんびり休暇でも取ろう。取れたらの話だけど。
病室のドアがぷしゅー、と音を立てて開く。目が覚める。もう少し静かなドアにしてくれればいいのに…
やってきたのはコウタ。
「これ、お見舞いね」
なにか飲み物の缶をベッドの脇に置いてくれた。一瞬初恋ジュースかなって思ったけど、違ってよかった。
「体調どう？」
「怪我の方は、元から大した傷じゃなかったのでもうすっかり元気ですよ、ほら」
痛みと炎症はもうすっかりひいている。
「あー、それならよかった！ 清掃のおばちゃんじゃないけどさ、俺らは体が資本だからさ」
「っていうか大騒ぎするほどの怪我じゃないのにツバキさんとかが騒ぎすぎなんですよ、もう…」
「無理もないよ、あのハンニバル異常に強かったんだろ？ 状況的に見ればむしろハンニバルたちが
まず第一にリーダーと接触したのは、被害を拡大させないっていう意味でもいいことだったんじゃないか？」
コウタの口からそんな冷静な分析が出てくるとは。
「ってツバキさんが言ってた」
なんだ。
「みんな信じてるよ。あいつなら帰ってくるってさ！」
「リーダー、大丈夫なんでしょうか？」
当然、なのかもしれないけれど、リーダーのビーコンの反応はロストしている。相手があのハンニバルじゃビーコンが
壊れるのも無理はないんじゃないかと思う。あと腕輪の反応も今のところ全くなし。つまり、最悪の場合は。
全然、全く、欠片もそんなことは想像できないけど。帰ってこないなんてありえない、そう信じたい。
腕輪の反応は、きっと、ひとの神機に接触していろいろおかしくなっただけ。
「まぁ、大丈夫だって。そんな心配すんなよ。あいつよく無茶するけどケロッとしてるし、やるときはやる男だし」
表面上はケロッとしてても実際は… それは別の問題か。
「でも今回はリーダー、私の神機を持ってっちゃったんですよ？ 適合してない神機を使おうとすると捕食されちゃうし
実際にリーダーの左腕は、私が撤退した時点で侵食され始めていたわけですし…」
「心配なのはわかるけどさ… でもさ、それについてはあいつが帰ってくるまで俺ら何にもできないじゃんか。
できるのは帰ってきたときに迎えてやることだけじゃん？」
「……」
「信じといてやろうぜ？」
「…そう、ですよね。私たちが信じてあげないと」
「捜索の方もリンドウさんの時よりは進みがいいみたいだしね。これなら大丈夫っしょ」
「……」
リーダーは帰ってくる。信じること以外は何もできることがない。確かにそれはコウタの言うとおり。
「あれ、どうしたの？」
「…捜索もそうですけど、やっぱり仕事の方、大変ですか」
「そうだね〜。やっぱり3人も同時に動けなくなるとすると大変だよ」
申し訳ない。
「そういえばソーマはどこですか？ この病室にはいないみたいですけど」
いないよね？ ノヴァの時以外の空気っぷりのせいで見落としてるわけではなかったよう。安心。
「ああ、ソーマなら特別治療室の方に強制送還されてたよ。なんでもP73偏食因子を組み込んだ人体における重傷時の
細胞のなんたらかんたら… のデータを取るためだってさ」
「あの人そういうのホントに好きですからね…」
スターゲイザーでしたっけ。渾名。
「そうそう、それでさ、博士があまりにも嬉しそうにしてるからツバキさん怒ってさ、『こんな支部の戦力が不安定で
重傷者がいるのに不謹慎だ！』って。博士一応謝ってたけどやっぱ嬉しそうだったね」
「あ、そうでした。戦力が不安定って、仕事の方、人数的には大丈夫なんですか？」
「ああ、それはね、第1、第2と第6部隊、あとリンドウさんがフル稼働で、他の班もてんてこ舞いだよ」
「ごめんなさい、でももう少しでソーマも私も、復帰できると思うので。あと、リーダーも」
あくびが出る。
「うん、待ってるよ。…っていってもあいつが帰ってこないと神機が使えないのか。まあ、俺は任務行ってくるよ」
ドアが閉まる。ところでコウタは本当にお見舞いに来たんでしょうか？ 喋りに来ただけのような…
そんなことを考えているうちに微睡みが体を包む。薬のせい…？ こんなに眠くする必要あるんでしょうか…？ うぅん…
実に興味深い。予想の斜め上だ。彼が帰還して現場状況を確認したのち、検証を繰り返せば、アラガミの行動について知る
大きなヒントを得られるかもしれない。やはり私に支部長(代理)としての適性は全くないようだが、悪い気はしない。
だがその前に、この書類の山を片付けなければならない。全く気が滅入る。
フェンリル本部や他支部内のシステム改善にはあまり期待できないが、この支部内なら(書類を減らすための)システム改善の
余地があるかもしれない。分権的に各部が行動できるようになれば一部においては行動効率が上がる可能性もある。
ただシステム管理の負担が増えるということも考えられる。今後検討してみる価値はあるかもしれない…
そんなことを考えているうちにも、時間は無情に過ぎていく。そろそろ真面目に仕事を再開した方がよさそうだ。
「博士！」
ドアが開く。これは良い現実逃… 有意義な時間を過ごせそうだ。
「おや、どうしたのかな、リッカくん」
彼女ならあるいは感づいたかもしれないね。
「リーダー君の信号がロストしたってツバキさんが！」
「ああ、そのことなら心配ない。彼が生還する確率は通常のロストと比較するとかなり高い」
「え、ロスト時の生存確率は1割を切るって…」
「なぜならこれは半ば人為的に引き起こされたロストだからだ」
「じんい、てきに？」
感づいてはなかったようだ。ならば、知らない方が良いこと、というものだ。
「その通り」
「ならどうして助け」
「さっきの言った通り生還する確率が高いからだよ。あと3日もすればおそらく彼は帰還するはずだ」
ぽかん、とした顔になる。
「安心したかな？」
「はい…。その、詳細とかは」
「ああ、そうだ。ビーコンの強度と精度の低さがロストの一因でもあることは知っているね？」
詳細か… まだ教えるわけにはいかない。いやこの分だと永久的にそうか。
彼女が頷く。
「それについての改善策がいい加減必要なようだ。宿題、ということでよろしく頼むよ。期限は特にないからね」
「…分かりました」
「それと、もちろんこのことは」
「口外法度、ですね。分かってますよ」
表情がいつものそれに戻りつつある。それはよいことだ… が。
「失礼しました」
ドアが閉まる。彼女には悪いことをしてしまったかな。彼女の関与はなかったことにしておくべきか。
ロストも想定の範囲内だったが、実現する確率は低いと踏んでいた。長期的な実害にはあまり関係のない話だ。
彼は生還するだろう。これについての生還確率は彼の場合通常の任務と変わらない。
これは彼の実績から導き出したある程度信頼できるデータだから問題はない。
問題は、彼が現在アリサ君の神機による侵食を受けていること。
彼の同意の上に起きている問題だから何が起こっても一応問題はない。こういう手口は詐欺と言うらしいが。
しかし、もし彼がアラガミ化でもしたら、後味が悪い。データの連続的な観測も不可能になる。なにより彼は駒などではない。
定期的に投与しているP53偏食因子の効果は3日程度では消えないからアラガミ化する可能性は極めて低い。だが、人を介して培養された
オラクル細胞が彼の体内に居留しているのは確かだ。ある程度の浸食は起こるだろう。3日〜最大で7日程度の、偏食因子による抑制環境下での
浸食ではリンドウ君の時のような事態は起きないはずだ。それにオラクル細胞には捕食したものの形質を記録するはたらきがある。
最悪の場合でもリンドウ君の腕のように身体の各器官は相同的に機能するだろう。従来の治療でカバーできる。
いや、やはり不測の事態には備えておくべきか。
念のため、通常より効果の高い鎮静剤を用意しておくことにしよう。
おっと。
人に宿題を出している場合ではなかった。まず自分の宿題を急いで片付けなければ。
「おーいアリサぁ！」
ぷしゅーっと元気よく扉が開く。
病室のドアにしてもそうだけど、この人ももう少し静かにできないんでしょうか… 苦笑いをする。
フェナンｔ… カルーゾくん曰く「伝説の」リンドウさんのご来場。
「任務、お疲れ様です。コウタから聞きました。リンドウさんもフル稼働してるって」
「ああ気にすんな。逆に新人を実践訓練ってことでほっとけるから教育係としての負担が減って助かるわ」
HAHAHAって感じで笑ってる。
「教育はそれで大丈夫なんですか？」
「ああ、問題ないな。ほっといた方が強くなるっていうだろ」
「ええ、まあ」
うーん。ちょっとよく分かんないですね…
「やっぱ顔色悪いな」
体調的にはもう元気なんですが
「怪我の方はもう大丈夫です」
「うん？ まあ怪我の方はそうだわな。あれくらい寝りゃ治るわ。そっちじゃなくて気持ちの方な。
あんまり心配し過ぎんなよ。体に毒だ」
ああ、やっぱりばれるものですね。ちょっとは大丈夫そうな顔してたつもりんですが。
「女の表情ぐらい読めないとやってけないんでな」
ちょっと横を向いて頬を掻いてるけどニヤニヤしてるのが丸わかり。サクヤさんか。いいなあ。
「あんまり、心配してても仕方がないことはわかってるんです。信じないと。でも…」
目を伏せる。
「ん？」
「できることがなにもないんです。みんな必死で動いてるのに」
後ろめたいんです。
コウタだってああ見えて偵察から撃退、後方支援まで幅広い範囲(ペーパーテスト除く)で活躍してる。
防衛班の人たちだって、討伐班の活動が減ったから仕事がだいぶ増えただろうし他のみんなだって…
「ああ、そんなことか」
？
「普段アリサは頑張りすぎだ。あいつと真逆でな。こんな時くらいのんびりしてろ、な？」
「でも」
「それとも俺の神機でよかったら貸すぞ？」
「いえ、遠慮しておきます」
苦笑いがこぼれてしまう。
っていうかあれ神機で合ってるんでしょうか？ シオちゃんとかも普通になんか神機っぽい物体を扱ってたけど…
「あの、リンドウさんが今使ってる神機みたいなやつってなんなんですか？ 色も前の神機と変わらないので違和感がなかったんですが…」
「ああ、あれか？ 俺もよく分からんなあ」
「え」
「榊のおっさんはアーティなんとかが云々で神機の代わりがどうのこうのって言ってた気がするが正直俺にはよく分からん話だ」
アーティフィシャルCNSのことでしょうか？ 暇つぶしにそっちの話を榊博士に聞いてみるのもいいかも。
リーダーが話してた、今目の前にいるリンドウさんの一件についてもかなり興味がありますし。
「じゃあ、今度博士に聞いてみることにします。レンさんの件も一緒に。一緒に闘ってる神機と会話ができるなんてすごく素敵じゃないですか」
「ん、まあ、そうだな。たしかに『素敵な』ことだ」
リーダーは『レンは中性的なしっかりした人』って言ってたけどでは私の神機が擬人化具現したらどんな感じの人が出てくるんだろう。
などなど、いろいろ考えだすとわくわくが止まらない。
「ん、まあそこそこ元気そうで何よりだ。つらくなったらビールでも奢ってやるぞ？」
やっぱり苦笑いしてから、答えようとしたそのとき
「リンドウ！」
鋭い声が開いたドアから入ってくる。
「未成年にお酒をすすめるなんて。アリサ、簡単に言うこと聞いちゃだめよ。それにさっきから端末で呼び出しを送ってるのに
反応がないのはどういうことかしら？」
「ああ、悪い悪い。呼び出しがあまりにもうるさいんで電源切っちまってたわ」
「もう…！ さっきからずっと榊博士がお待ちかねよ」
こういうとき博士はやっぱり「ふむ、予想より1026秒も遅い」とか言うのかな。
「わかったわーった、行ってくる。じゃあなアリサ！ 困ったらビーいてっ！」
「まったく… 静かにできなくてごめんなさいね。仕事がひと段落したらちゃんと顔を出すから」
「ええ」
ぷしゅーっとドアが閉まる。なんだか疲れたような気がする。けど、よく考えたら初めてリンドウさんとちゃんと話せたかも。
あ、そういえばコウタがジュース買ってきてくれたんだっけ。
…『辛酸ジュース』？ 『パワーアップした刺激が落ち込んだあなたを奮い立たせる！』？
と、とりあえず、飲んでみましょうか…
プシュッ
ゴクっ
―――йД★е�院冠植─�Жп�螟裏ェ覘逾供�！！！！
…とりあえず決めたのは、あとでコウタを殴っておこうってことと、
どうせこのジュースも博士が作ったやつだろうから、神機の話聞きに行くときに文句言っておこうっていうこと。
でも、帰ってきたリーダーに「お疲れ様です♪」って言ってこの新作のジュース飲ませるのもおもしろいかも。
リーダー、どんな顔するかなあ。
文句を言うかどうかは、それを見てから決定しよう。
エイジスで大量発生したヤクシャとラージャ＋ハンニバルを駆除しに行ったときとか、白黒ハンニバルの時とか、
平原でテスカ×２とアイテール掃討しに行ったときとか、みんなで作戦行動してた頃はしんどかったけど楽しかったな、
と思う。ひとりで神器振り回してるのよりは、数倍。
しっかしこのアラガミどもは。人がセンチメンタルに回想してるのに風情も人情もあったものではない。
まあアラガミは人じゃないから仕方がないが。
仕事は仕事… だが、やっぱり楽しい方がいいに決まってる。甘えだと言われても。
オレは黙々と一人で仕事をこなすビジネスマンや孤高の天才には向いてない。自覚してる。
だから、帰ったら休暇取る前にみんなで楽しいスリルのあるミッションで遊んでこようと思う。ツバキさんは怒るだろうが。
そのために今はちょっとだけ頑張らねば。楽しみすぎてニヤニヤが止まらないぜ！ なあ氷グボロ！
ぐぼろ・ぐぼろだてんの ほうとうが けつごうほうかいした！
それからちょくちょくコウタがお見舞いに来てくれてたけど、あの人他にやることないんでしょうか？
暇そうなので殴っといてあげました。
まあ今はリーダーがいないから話し相手もいなくて暇なのかもしれないけど。
サクヤさんはいろいろと忙しいみたいで、あれからまだ来てない。衛生兵だから仕方がないか。
リンドウさんがもう帰ってきてるっていうのも含めて、忙しいサクヤさんが羨ましい。
そんなこんなで気付かないうちにもう2日近く経ってたらしい。
寝てばっかりだったからそんなに時間が経ってるとは思わなかった。とても、じれったい。
これだけ時間が余っていると、暇で暇でしょうがない。起きてる間ずっと祈ってじっとしてるのも正直疲れるし。
コウタにバガラリーでも貸してもらおうかな…
とりあえず、リーダーは帰ってくる。これは絶対。根拠は… 勘？ リーダーじゃないけど。まだ2日しか経ってない。
捜索だってこれから何か進展があるだろうし。それまで私は働けないので、ちょっと休憩させてもらうことにします。
90°、いや270°か？ 傾いた白と黒のハンニバルの顔と、にらめっこが始まった。
相手はピクリとも動かないので、なかなかの強敵だ。眉ひとつ動かさない。どうやって笑わせようか。
っていうかハンニバルの眉ってどこだ。ペンでもあれば描いてやったのに。血で描けばいいか。
ついさっき、戦闘は終了した。とりあえず湧いてきたアラガミも粉々に… ではないが殲滅した。何時間かかっただろうか。
あれ。経過した時間の単位は「時間」であってるんだろうか？ まあいいか。
頭がぼーっとする。頭痛は収まってきた。左手とその他諸々がものすごく痛む。鎮まれオレの左手。よくみるとグロい。
おまけに両神機もボロボロだし。神機を壊すと粉々にされるんだっけ？ でも誰に、だっけ、それ？
ここ、どこだろう。どうやって帰ろうか。無線もこんがり焼けてご臨終なさったし。あれ。どこに帰るんだっけ？
まあいいや。適当に歩くか。そんなこともマシュマロが食べたい。切実に。
あれ、そこに見えるのはティラミスの群れ… じゃない、クアドリガか？
タバコでもあればこういうときかっこよく決まるんだが。でもタバコってまずいんだよなあ…
目が覚めた。午前3時10分。
起き上る。どこかに行かなくちゃいけないような気がする。何かに呼ばれている？
それがリーダーなのか、彼に渡した自分の神機なのかはわからないけれど。
こっそりと病室を抜け出す。ラボから博士が出てきたりしないか、ちょっと心配だったけど、いやでも博士ならわかってくれるかな。
エレベーターに乗る。音がいちいちうるさい。
深夜とはいっても、アラガミが出ればゴッドイーターは出撃しなきゃいけないわけで、人が寝静まってるわけではない。
だから誰も出てきませんように。私が神機も持たず外に行くなんて分かったら、大半の人は「落ち着けって！」とか言うだろうから。
なんとか自分の部屋に着いた。病衣から、いつもの服に着替える。さすがに病衣のまま外に行くわけにはいかない。
帽子は使えなくなったので仕方なく我慢する。
部屋を出る。廊下をこっそりと歩いて、こっそりとジーナさんの部屋に向かう。彼女が一番いろいろと融通の利く人だと思ったから。
「ジーナさん」
ドアをノックする。
「あら、アリサ。こんな時間にどうしたの？」
とても眠そうなところ申し訳ないです。
「一つお願いがあるんです。私を贖罪の街あたりに連れてってもらえませんか。もちろん、みんなにはばれないように…」
相変わらずの無表情。驚くとかそういったのはないんでしょうか。
「いいけど、表情が少し虚ろよ。それに怪我の方はもういいのかしら」
「大丈夫です」
自分で聞いても大丈夫な声には聞こえないけれど。
「…わかったわ。適当に仕事を受けてヘリを飛ばすから。非常用ゲートの突き当りで待っててちょうだい。すぐ行くわ」
視界に白いものが映ったから正直期待しか湧いてこなかったのだが、残念マシュマロではなかった。
アイテールだっけ、あの白いおっさん。それがいーち、にー、さん、よん、ごーあれ？ 三匹に減った？ まあいいや。
くらくらする。
ヘリが贖罪の街に降り立つ。ヘリから降りる。もちろん、パイロットには口止めしてある。もし口外したら… ふふふ。
「…神機がないようだけど平気なの？ 護衛をすることもできるわ」
「大丈夫です。…本当にありがとうございました」
「そう。気をつけていってらっしゃい」
頷いて、歩き出す。アラガミの気配はあまりしない。そんな中ジーナさんが贖罪の街のミッションを受けれてよかったと思う。
余計な御節介を焼かないあたり、やっぱりジーナさんでよかった。いくらかはアラガミがいるようだけど、スタグレは持ってきたから
万が一遭遇しても逃げることはできる。どこに私が向かいべきなのかは、なんとなく分かる。走り出す。少しだけ体が痛む。
痛みなんてどうでもいい。急がないと。
まったくの勘でしかないけれど、なにかがそこにあるのは、確実だと思う。
最悪のケースも一応考えて、覚悟もしたつもり。でも私は、リーダーを迎えに来たつもり。信じているから。
また追加で何匹か白い猫とか赤くて萌え… じゃない燃えるブーンとか悪趣味な色使いの戦車みたいなやつとか、二十何匹か
断続的に合流してきたけど、落ち着いて一匹ずつ沈めていけばたいした問題ではない。こっちには神機が2本もあるのだから。
あとオレはすごいことに気が付いた。向こうがチートならオレもチート技を使えばいいのだ。
『コアを摘出すればアラガミの機能は停止する』って博士も言ってたように、アラガミがまだ動いててもコアを抉り取って
しまえばそれは活動を停止する。まあ神機が2本あって初めて実現可能になった行為だが。誰か褒めて褒めて〜(*´∀｀*)
そういえば、なんでオレは神機を2本も持ってるんだっけ？
…この赤い神機 …誰のだっけ？
もう少し。たぶん、もう少しで到着する。走る。ひたすら。全速力。
途中でアラガミに遭遇するかもしれない。振り切って走ればいい。そんなことよりも、彼を失うかもしれない、って考えた時の、
体を呑み込んで押しつぶすような大きな何かの方が圧倒的に怖い。そんなものを考えないためにも走る。
根拠なんて一切ない。彼を失う、なんてただのくだらない妄想かもしれない。
だけど、本当にそれで後悔しない？
私の答えは最初から一つ。会いたい。
余計なお世話だ、ってそう笑われるかもしれないけど、迎えに行かなくちゃいけない気がする。
そもそも私の技術が未熟なばかりに今回リーダーはこんなことになってしまったのだ。償いも兼ねて、迎えにいかないと。
視界の隅に何かが映った。
ディアウス・ピターが遠くに倒れている。
何かアラガミがこれを倒すなんてことはそんなに多くない。つまり。
死体の陰で何か動いた気がする。
たぶん人。大型アラガミのサイズではない。
胸の鼓動が早まる。走りすぎたかもしれない。
…よかった。間違いない。見間違えるわけがない。
「リーダー！！」
まもなく迎えが到着します。
立ち止まって考えているところに飛びかかってきた黒猫を、華麗に跳躍して回避し、神機を突き刺し強引にコアを摘出する。一丁上がり。
これで一旦戦闘は終了。全部やっつけた。
やっと一息つける。どうせ次のお客様はすぐやってくるだろうが。オレの神機は招き猫なのか？ 商売大繁盛だな。
……遠くから、白っぽい何かが向かってくるような気がする。次のお客様？ 今度こそマシュマロだろうか？
小型の雑魚か？ いや、そんなに白くないか。白と赤の何かだ。苺マシュマロ？
「リーダー！！！」
声が聞こえる。その赤と白っぽいやつが喋ったのか？
『それ』が近づいてくる。
なんだ、人か。
見覚えのないやつだな。
誰だ？
向こうに見える人(おそらく)はこっちに向かって走ってくる。
丸腰のようだがそんなんでほっつき歩いてて大丈夫なのだろうか。
最近物騒だし。普通にスカートを穿いたおっさん┌(┌^o^)┐が空から襲ってくるし。
「誰だ？」
「アリサっていう人だよ」
「そうか」
「うん」
マシュマロの袋が手元にあったので開封。この世のすべてのマシュマロに感謝をこめて、いただきます。
幸せに包まれているような味がする。圧倒的幸せ。いやそれすらも凌駕している。言葉などという安っぽいものでは到底表現できない。
またいつアラガミが襲ってくるか分かったものではないが、でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要なことじゃない。
まるで柔らかな白い天使の翼に抱かれているかのような圧倒的幸福……
「それひとつもらってもいい？」
「あ、どうぞ」
十個渡す。一個ではあまりに寂しいというものだ。白い魔法の粉… じゃないマシュマロを食べるとハッピーになれるのさ。
「ありがと」
隣で黒いローブの少女が湯呑みでお茶を飲んでいる。
…今日も平和でマシュマロがおいしい。
太陽が穏やかに大地と空気を温める。ぽかぽかした陽気と、時折吹く涼しい風が、なんとも心地よい。
無慈悲なアラガミの跋扈する世紀末だとはとても思えないほどである。アラガミの残骸は自主的に霧散してくれるため、
景観に対してほぼ無害であることも嬉しい。のんびり昼寝でもしたいところだなあ。きっと幸せな夢が見られ……？
……
…………あれ？
「誰だお前」
「え」
やめてそんな目で見ないでください。
「まあまあ、まずはマシュマロのお礼をさせてね」
人にいいことをすると自分にいいことがある、こともあるらしい。あんまり期待すべきことではないと思うが。
少女がこちらに歩み寄ってくる。
「ちょっと手を出してくれる？」
「どうぞ？」
少女がオレの手を握ｒ
!?
視界が歪む色彩が狂う平衡感覚がなくなる眼の奥が焼けつく痛みが頭を突き抜ける点滅する光が流れ込む思わず目を瞑る
痛みが強さを増す彩度の低い光が瞼の裏をを覆い尽くすいや、ただの光ではない映像だ映像が既視感とともに瞼の裏を覆い尽くす
しゃがみ込む頭がどうにかなってしまいそうだすでにどうにかなっているのかもしれない頭を頭の裏側から万遍なく
殴打されているような痛みがいや頭が働いている時点で大した痛みではない痛いやっぱり痛いものは痛い
……
……………
「落ち着いた？」
…頭はすっきりしている。今自分が置かれている状況が理解できた。
さっきまで記憶が消えてて、今しがた記憶が復旧したようだ。今のは感応現象だろう。こんなことにも感応現象が応用できるのか。
そして、「ああ、記憶が戻ったんだ」といった実感が全く感じられない。不思議だ。
「痛かった？ ごめんね。だけどそれどうしようもないから許してね？」
人が狂気の淵に立たされた傍で、少女はけらけらと笑っている。
「…ああ、大丈夫だ。問題ない。むしろありがとう」
「え、そういう趣味？ 痛めつけられたいの？ だったら」
「一番いいのを頼む」
「…え？」
「ごめんなさい冗談ですそんな目で見ないで」
話があらぬ方向へ吹き飛んでいっている。話が捻じ曲げられていっている気もする。
何かが、純粋な笑顔の裏に貼り付いているように感じられる。悪い人ではなさそうなのだが、何かよくわからない違和感がある。
「半分はあなたの発言のせいだよね」
「仕方ない。やつが真面目な文章の執筆に挫折したんだから」
「発言がメタい」
「っていうかなぜ考えてること読めるんだ？ 声に出てたか？」
「あなたなら考えればわかるはずだよ」
…？
どういうことだ？
こんな情報量の少ない場面で「考えろ」というのは、推理小説の冒頭で、まだ自宅でのんびりミディアムレアのステーキでも
食べている主人公に「アルハンブラ宮殿であのおぞましく不可解な事件を起こした犯人は誰？ ヤスなの？ その動機は？
トリックは？ なんで現場にめんこちゃんゼリーが落ちてたの？」と聞くようなものではないのか。
とりあえず記憶が戻った。お得だ。無料サービスだと嬉しい。棚からマシュマロ。
ガウスは失った記憶を取り戻すためアラガミを駆逐する冒険に出たのであった…とかそういう展開にならなくてよかった。
いやでも戦い疲れたからRPGみたいな展開でもいいかもしれない。レベルを上げて物理で殴るだけだし。
あ、帰ったら久しぶりにTRPGでもやろうかな。
「思考がメタい」
「メタいって言ってる人もメタいことを理解してる時点でメタいだろう」
「うるさいなあ」
それで、この少女はいったい誰なのか。それがわかればテレパスの仕組みも分かるかもしれない。逆でもいいか。
しかし記憶は戻ったはずだが思い当たる人物はいない。あるいは記憶の復旧が不完全なのか。
だが… なにか…
そうだ。
この少女は非常に特徴的な外見を「―――ーダ――！」持っている。そういえばこの少女の名前聞いてないな。
この少女の瞳だ。このよく見ると不思議な瞳の形は
「リーダーー！！！」
え
「ﾓﾙｽｧ」
腰に強い衝撃が。そのまますごい勢いで飛んで行った。いや吹っ飛ばされた。瓦礫に直撃する。すごいパワーだ…！
「すごく心配したんですよ！ もしも、もしもリーダーに何かあった、ら」
涙目で上目使いってあれですよね。非常にアレですよね。ねえ。
「ﾌｧｰwwwwﾌﾞﾙｽｺwwwwwwwwwwwwwww」
もうどうでもよくなってきた。楽しくなってきた。楽しくなるとつい殺っちゃうんだ。
「…リーダー？」
あ、目つきが
「つまり無事ってこｔｄいいい痛い痛い痛い鯛鯛タイ痛いたい」首が… こ、粉々に…
「ドン引きです…」
「九州弁ｗｗｗ」
やはりこの少女は人の不幸をみてけらけら笑っている。何故九州弁を知っているのだ。
いや、そもそも語尾に「たい」が付いただけであって九州弁ではない。ネタのクオリティの低さが露見している。
「あれ、あなたはどちら様ですか？」
アリサがローブの少女に問いかける。
「ん？ 私は恋のキューピッドだよ」
とうとうGEの世界にも弓が登場するようになったのか…。
「弓か。おもしろそうだな」
帰ったらさっそく博士に提案してみるとするか。
「劣化オラクル砲にしかならない気がします。というかリーダーは大丈夫なんですね？ 主に頭とか」
「安否確認が済んでない人にバックチョークかけるなよ…」
まったくこのロシアンは…。どうでもいいが、ロシアンという言葉は、こしあんと響きが似ている。
「それはリーダーが悪いです。こっちはどれだけ……」
ふいと顔をそむけられた。
「あー、あれだ、アリサ。ありがとう」
「…無事でなによりです」
また顔をそむけられた。怒っているのか顔が少し赤い。
「まあ、そうだな」
とりあえず死ぬな、がこの部隊の基本方針だし。
「…頭以外ですけどね」
「仕様です」
「分かってるんなら自重…って、そうでした。あなたは？」
「…あっと。…まだ自己紹介してませんでしたね。僕、医療班に配属になります新人の神機使いです。ゲンって呼んでください」
頭痛がする。主に疲労的な意味で。
「なんなんだ…」
レンの台詞の使いまわしだし最後ゲンさんだしそのネタはアリサには伝わらないし…
そして二度目だがなぜその会話を知っているのだ。
「…新人さん、ですか？」
「いやあ、こう見えてもあなたと同じくらいのキャリアはあるよ」
「”同じくらい”、じゃなくて”同じ”だろ…」
この少女、いやもう「こいつ」でいいか。名前分かんないし実際女の子かどうかわかんないし発言はメタいし
「メタいって言ってる人もメタいことを理解してる時点でメタいよね」
「そうだったな…」
でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要なことじゃない。
「お前、持ち主に対する態度がそれでいいのか…」
「貴様の隷になどなった覚えはないわ」
そんな趣味は持ってないし、話がずれてるし、もはやつっこむのがめんどくさくなってきた。
「ああもう。アリサ、とてもとても残念なお知らせがある。こいつはアリサの神機の精霊体だ」
「………」
「………」
「………」
「………へ？」
「前リンドウさんの件で話した神機の精霊体だ」
「こｒ、彼女が……ですか？」
うまく言葉が出てこない様子のアリサ。これは仕方がない。誰だってそーする。おれだってそーする。
「これとかいうな私でも泣くよ」
とか言いつつもニヤニヤしているし、泣きたいのはむしろアリサの方ではなかろうか。
いつか会いたいと夢見ていた自分の神機の精霊体がこんなんだったのだから。
「おいさっきまで不真面目な文章の羅列に加担してただろ急に主人公みたいなポジションに戻るな」
「おお、メタいメタい」
…？ 理解しかねるな。ﾌﾏｼﾞﾒﾅﾌﾞﾝｼｮｳ？ なんのことだか。
「私、この職場で仕事続ける自信なくなってきました」
「…ようこそ、クソッタレな職場へ(ﾄﾞﾔｧ」
「お前その時もいなかっただろ」
いろいろと…… いろいろです。
なんというか、うまく言葉で表現できません。
もちろん、リーダーがほぼ無傷で無事だったことはうれしいですが…
頭はたぶん前からそうなので諦めてます。
だって普通二日間アラガミと戦い続けてたら神機も身体も相当摩耗して、少しは怪我とかしてたりして、
そこに迎えに行ったら、もう少しいい雰囲気になるかなー
って、そんな期待を抱いた結果がこれですよ！
それにいくらなんでもうちのリーダー化け物じみてますよ。あれだけ戦い続けてたのにまだこんなに余裕そうですし。
照れ隠しなのか、あるいはあの人地味に寂しがり屋ですから二日間誰も構ってくれなくて退屈してたのか知りませんけど
テンションがあらぬ方向へ吹き飛んでますし、この神機の精霊体は明らかに意図的に話を捻じ曲げてきますし……
リンドウさんとその神機の精霊体のレンさんでは、性格がほぼ正反対みたいだった、ってリーダーが前に言ってましたが
神機の精霊体は持ち主の性格をひっくり返した性格で出てくるとかいう法則でもあるんでしょうか。
いろいろとインパクトが強烈ではありましたけど、悪い人ではなさそうなのが、唯一の救い？なのかもしれえません。
リーダーは神機の精霊体に対して踏んだり蹴ったりのことを言っていましたが、正直に言うとなぜか不思議と、
嫌悪や落胆はまったくないんです。腐ってもパートナーということでしょうか。いや流石に腐ってはいないと思いますが…
今は、安堵やら驚きやら疑問やらで頭の中がごちゃごちゃですが、一つ言えることがあります。
あの雰囲気を消し飛ばした罪は重い(確定)
アナグラに帰ったらそこのところはしっかりと報ふ、いえ、理解してもらいたいと思います。
「お仕置き(意味深)… ここにｷﾏｼﾀﾜｰ建てよう」
「その前に病院建てよう」
もしかしなくても現代医学では治療不可能だろうけど。
アリサはというと何故か不貞腐れているような気がする。女子は神話生物…間違えた。女子というものは本当に理解しがたい。
ついでに怖い。
「だよね。さっきから殺気を感じてるから私帰るね」
「え」
え
「どうかしま、あれ？」
いない。
ついさっきまで目の前にいた神機の精霊体がいない。
目の前で「消失」を目撃したはずなのに、姿が薄くなっていっただとか、消えていく過程などは全く認識できなかった。
不思議なことがあるものだ。全く理解できない。
「腐り果てても精霊…なのか？」
いくらなんでも人間に消失するなんて芸当はできないだろうし。
「いやさすがにそこまでは逝ってないと思いますよ」
アリサは笑いを浮かべている。あれが自機の精霊体だとわかって、ショックというわけでもなさそうだった。よかった。、
「あ、また名前聞くの忘れた」
「まあいいや。どうせシナリオの都合上あと数回はでてくるだろう」
「…シナリオ？」
怪訝そうな顔をしている。よかった。やっぱりこうでなくてはいけない。
「いや、よかったなって思って」
「リーダーこそ、無事でよかったです」
微妙にかみあってないが、噛み合う方が困るのでこれでいい。
「あ」
「…どうかしたのか？」
「…いえ、人間って誰しも間違いを犯すものじゃないですか」
そしてこの微妙な笑顔である。表情からして何かミスったんだろう。
「そうだな。怒らないから正直に言おうか」
「それフラグです」
往々にして正直者は損をするものである。社会とはそういう理不尽なものだ。
「この正直者の私が嘘をつくとでも？」
「本当に正直な人はそんなこと言いませんって」
「誰しも嘘をつく。嘘をつくこと自体は責められない」
いつから嘘をつかない人間がいると錯覚していた？
「なら最低限嘘をつく羽目になるような行動は控えましょうよ…」
「分かった。怒ってあげるから正直に言おうか」
アリサの言っていることは、つまりこういうことだ。
「私が悪かったです。…リーダーあんまり怒らないので言います」
「怒ってもいいこと特にないからな」
ちなみに、ちょっとイラついたりしたときは、怒りの六段活用で自分の怒りを評価してみると冷静になれる。
評価する時点で怒りに対して客観的になれるからだ。
「帰る手段用意するの忘れてました」
「…まあ、そういうこともあるだろう」
「…すいませんでした」
しゅんとしている。表情がころころ変わるので見ていて飽きない。
「助けに来たんだから謝ることはない」
「でも、その」
「謝るのは助けられなかった時だけでいい」
そうした方が助けるモチベーションも上がると思うし。
「無線は？ 持ってないのか？」
期待はしてないが。
「ああ、そんなものもありましたね…」
半ば自棄気味の笑みを浮かべている。こういう笑顔は純粋な笑顔より素敵だと思う。アリサに限った話ではないとは思うが。
「ミイラ取りがミイラになってどうするんだ…」
「あ、リーダーの無線を使いましょう」
「そんなものがあったならとっくに救援呼んでいる」
まあ、最悪歩いて帰ればいいか。
「ごめんなさい… ちょっと慌ててて」
どうするんだこれ。孤立した状態は変わってないぞ。いや落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない。
「アリサはどうやってここまできたんだ？」
「ジーナさんのミッションに同行させてもらってヘリできました」
こっそり、内緒で来たってことだろうか。丸腰での外出に許可は出ないだろう。
「ミッションの内容は？」
「サリエル堕天とコンゴウだそうです」
「ジーナさんならもう仕留めちゃってる予感がする」
「ﾃﾞｽﾖﾈｰ」
「まあいいや、とりあえず神機返すぞ。酷使したからIE撃ちにくくなってるかも。すまん」
「大丈夫ですよ。リーダーの命には代えられません」
それはつまり神機＜＜＜壁＜＜＜仲間というわけでありまして。ざまあｗｗｗ。
「今頃某神機の精霊体は涙を流しているであろう」
「べ、別にそういう意味じゃ…」
「最後まで言葉が続かないあたり、実は？」
「ってそんなことはどうでもいいんです。重要なことじゃないです」
霧が出てきたな…
「とりあえずジーナさんを探しませんか？ まだ戦闘中なら場所がつかめるかもしれないですし」
「いや、広域信号弾撃とう。なんか疲れた」
あんまり歩きたくない。
「無駄に騒いでるからそうなるんですよ」
「どこかのツンデレさんとは違って自分の感情に素直なんですよ」
携行していた信号弾が破損していないかどうか確かめてから、発射する。
「ツンデレ…？ 誰のことだか私にはさっぱり」
そんなに遠くないところでもう一発、赤い信号弾が上がった。
「あ、よかった」
「さすがジーナさん空気読んでる」
「じゃあ早速向かいましょう」
そうできるのならそうしたいけれど。
「問題です。ﾃﾚﾝ。人類を救うため華麗に闘う際注意すべきことは？」
「!! 上です！ リーダー！」
惜しい。斜め後方上部なんだよなあ。アリサが神機を銃形態に変形し、構える。
「残念！ ヒトシ君ボッシュート」
振り返るまでもない。体を左回転させて、右に体軸をずらす。自分がいた位置に神機を振りぬく。
神機に何か当たった瞬間、神機を縦に構え直して抉り、IEを撃ちこむ。破片が飛び散る。
相手が仰け反る。動き出す前に4発攻撃をいれる。相手が仰け反る。動き出す前に以下略。
「奇襲ってのはバレないから意味があるんだよ」
ネコはあの昔のかわいらしい猫のままが一番いい。調子に乗って神格化したりするから、鼠捕りの一つもできなくなるんだ。
頭を破壊すればあとはもうﾃｷﾄｰに斬って盛り付けるだけの簡単なお仕事です。
ヴァジュラに奇襲されてた頃が嘘みたいです。
こちらを殺しにかかってるような任務でもちょろっと無傷で帰ってきたりすることもよくありますし、リーダーの方が
アラガミなんかよりもよほど化け物じみてる気もします。そのうちブレスでも吐くんじゃないでしょうか。
それに今は疲労状態のはずなのに。
私が感じた限りではディアウス・ピターの気配なんてしませんでした。とっさにガードくらいならできると思いますが、
その前から感知できるなんて人間業じゃないです。ディアウス・ピターの方を見ずに奇襲に対応してましたし。
リーダーみたいに強くなりたいとは思いますが、こういう場面を見てしまうとどうも苦笑いしか出てきません。
神機をしっかりと握って、引き金を引く。
「うん。知ってた」
こうなることは知ってた。
案の定あの黒猫を討伐した後、シユウ種いろいろが数体やってきた。その後も大繁盛でした本当にありがとうございました。
経過時間はだいたい三分。ジーナさんを待たせているから時間を取られるわけにはいかない。
「疲れました… 知ってた、ってことはリーダーずっとこんな感じだったんですか？」
「だいたいそんな感じ」
「…本当にお疲れ様です」
アラガミが周囲にいないことを確認して、神機との接続を一時的に解除する。フィールドで解除するのは言うまでもなく
危険だが、もしかするともしかするのかもしれない。現状では確認の仕様がないから、帰ったら博士に訊いてみよう。
「さて、帰ろう」
信号弾の見えた位置に向かって歩きはじめる。走ると疲れるから走りたくはない。
「リーダーの単独任務っていつもこんな感じなんですか？」
「そうだよ」
「怖くないんですか？」
「ジャイアントコーンについてどう思う？」
アリサはぽかんとしている。
「え、すごく食べにくいと思います、けど、それが何か？」
「アラガミもそんな感じ」
「アラガミの脅威におびえる人類とはいったい」
「時代は流れていくんだ」
「最先端すぎると狂って見えるんですよ」
「くぁｗせｄｒｆｔｇｙふじこｌｐ；ふじこふじこあばばば」
「それは、どうしようもない窮地に陥った時も同じですか？」
いくらリーダーでも生物なら危機に対して恐怖くらいは覚えるものではないんでしょうか…？
まずそういった意識の問題から差を詰めていかないと、リーダーには何億年かかっても追いつけない気がします。
上手く言葉にはできませんが、リーダーの戦い方は自棄なわけでもなく、でもそれでいて深く踏み込んだギリギリの戦い方で、
技術で語れるレベルが霞んで見えるレベルにある戦い方だと思うんです。もちろん技術鍛錬もあるんでしょうけど。
「…んー、なんと言ったらいいのか……」
「本部の方で盛んに戦術理論の研究がされててさ、いろんなデータが採られてるんだ。
で、そのデータ見ても言える事なんだけど、やっぱり人間死ぬときはあっさりと死ぬ。どんな達人だとしても」
「極東支部に至ってはすごい人ほど早死にするとか言ってますしね…」
「それは「すごい人」にかかる負担が大きいだけだと思うんだけどな」
「経験者の言うことはさすが違いますね」
思わずつられて苦笑が漏れる。
でも。
リーダーがどのくらい大変な思いをしているのか私には量ることはできません。
でも、私はいつか、いやできる限り早く、その孤独を理解するなり、寄り添うなりして、すこしでも支えになりたいのです。
私が、かつてそうしてもらったように。
リーダーは知らないかもしれませんが、仲間にそっと寄り添ってもらうのって、とっても気持ちいいんですよ。
少し間をおいて、リーダーが話し出す。
「…だとすれば、死なないように注意していようがなかろうが、死を遠ざけようとしようがしまいが、死ぬときは死ぬ。
そしてもちろんいつ死ぬのかなんて人間には分かるわけがない。そういうことは神様にでも決めてもらえばいいんだ。
あと神様って絶対ツンデレだと思う。だから死を考えることは放棄して自分はとりあえず生きることだけ考えてればいい。
もちろん死を運に任せるっていうのは、博打とか捨て身とか自棄とは違う」
「…死ぬ運命には抗えないから、怖がっても何にもならないってことですか？」
途中なにか残念なセリフが入りましたが、確かにそんな気もしなくはないのであんまり気にしないことにします。
「…少し違うな。諦めることとも違うんだ。死ぬタイミングはわからないから、どんな絶望的な状況下でも
その時が死ぬ時ではないのなら、足掻き続けてれば生き延びられるはずだ。むしろ極端に諦めの悪くなることだな」
うーん…
「…難しいですね」
「ああ、悪い。言葉が拙かったな。難しく考えることはないと思う。怖がるも何も、死ぬときは死ぬ、ってことと、
自分が全力で生きて、たいした後悔がなければ、死ぬときであっても何の問題もなく笑っていられると思うんだ」
「悔いがなるべく無いように？」
「それが至上」
後悔の少ないように…
「夢半ばで死んだりしたら、そんなに悔いが少なくても最期は後悔しませんか？」
「いや、オレは死んだことないから知らないが、そういうときは仕方ないね(笑)で済ませるしかないんじゃないか。
オレはそんなもんだと思うが」
「仕方のないことはしかたない、と」
とても、素敵な言葉のように感じられます。甘ったれるわけではない、前向きな妥協。ちょっとずるいようにも思えなくはありませんが…
「そうなんだ。結局自分のやれることをやるしかないんだ」
リーダーがニヤリとする。どうせ碌なこと考えてはいないんでしょうけど。
「昔誰かさんが似たようなことを言っていたっけな。自分なりの仕事をしろって」
あるフレーズが思い浮かぶ。
ー旧型は旧型なりの仕事を(以下略ー
「そ、そのことはもう忘れてください！！」
思わず顔が赤くなるのが自分でもわかる。おのれ過去のアリサめ…
「ｲｲﾊﾅｼﾀﾞﾅｰ(棒」
「もう…」
「だから焦って背伸びする必要もないってわけだな」
ふと、さっきの戦闘が思う浮かぶ。
「…え？」
「あとな、死ぬのが怖くないわけはもう一つある」
「あの妥協案の他に、ですか？」
「………」
「リーダー？」
「……………」
「もしもし？」
「…アリサ」
はい？
リーダーの目が血走っているような…
「マシュマロあるか？ ありますよね？ 持ってないわけがあろうか、いや、ない(反語)」
知ってた。どうあがいてもこの人相手では碌な展開にならないことくらい知ってました。
「そんなことだろうと思ってました。どうぞ」
念のため持ってきておいてよかったです。
「やった、さすがアリサ！ ソビエト社会主義共和国連邦万歳!!」
「いつのはなしですかそれ…」
「いやー不覚にもストックきれてて困ってたんだよ。ありがとう」
さっきの中毒者の顔はどこへやら…
「いえいえ」
でも、こういう展開もそこまで…
「アリサも食べる？」
「私はいいです」
中毒になったりしたら大変ですから。
「ん。で、何の話だったっけ」
「死ぬのが怖くない訳ですよ」
「ああ、それだ。例えばオレが死んだとしてもさ、アリサとかの記憶の中にオレが残ってるだろう」
「いや、リーダーが死んだ経験はないので分かりませんけど」
絶対に覚えてますけどね。
というかその前に死んでほしくないです。
「ベタな話だし理由はよくわからないんだが、それってとても嬉しいことだと思うんだ」
「死亡フラグみたいなこといわないでください。それはコウタの役目です」
「話の流れ作ったのはアリサだろうに」
「それはそうですけど…」
「大丈夫だ。このオレが負けるわけがないだろう」
「わかってて立ててますよね!?」
リーダーはこういうの大好きだからたちが悪いです。
「リーダーが死んだらいろんな人が困る、とだけ言っておきます」
主に私が。
「死にゆく人間に残される人の心配をする義務はない」
「な」
「心配をしたいならすればいいと思うが、死ぬ時は死ぬんだ。残される人には困ってもらうしかない(ﾆﾔﾆﾔ」
「むぅ…」
確かにこの世界はいつもそんか感じですが…
「まあそんなことは誰かが死んだ時に考えればいいだろう」
「そういうものなんでしょうか」
「そういうものでなくとも、こうしないと面倒だろう」
「割り切った方が楽なのと、割り切れるかどうかは別の問題なのでは？」
「それも誰かが死んだ時に考えることだ。そういうときどういう風に考えるかだけ決めておけばいい」
きっとリーダーにはリーダーの基準のようなものがあって、それに即してものを判断してるのかもしれません。
あとは勘で決めてそうです。
「…やっぱりリーダーの頭はおかしいです」
「…そんなに褒められても、照れる」
「褒めてませんからね」
「ポジティブに生きて行こう」
あと大事なのは前向きな姿勢なのかもしれません。
やっぱり頭は変ですが、私より遥かに多くのことを知っていて、考えてることは確かだと思います。
「あ、ジーナさんいました！」
廃墟の影からフェンリルのヘリがのぞいている。走り出す。
「え、走るの…」
リーダーはぐったりした顔をしてますが、とりあえず放置です。リーダーなのに威厳の欠片もないとはどうなんでしょう…
「ジーナさん！」
「おかえりなさい。迷子は見つかったようね」
「おかげさまで見つけられました」
「あなたも迷子さんに似てきたわね」
「そ、そんなことないです」
やっぱりちょっと嬉しくもあり、残念でもあり… 目標に近づいたって言われたのにこの感情は何なんでしょう。
「そうかしら？」
遅れてリーダーが到着です。
「ジーナさん、どうもありがとうございます」
「お安いご用よ。立ち話もなんだからとりあえず戻りましょう」
ようやく、リーダーを乗せたヘリが贖罪の街を飛び立つ。
長い長い戦闘が終わってようやくやってきましたアナグラのロビー。やっぱり帰る場所があるっていいことだな。
「よぉ、遅かったな！」
「英雄様の凱旋だな」
「お疲れ様ね」
「生きてたか…」
元も含め第一部隊のメンバーのお出迎え。生きててよかったって思ってしまったのはさすがに陳腐すぎるか。
「ああ、ただいま」
「第一部隊長はロストして戻ってくる伝統が今うまれたな」
愉快そうにリンドウさんが笑う。
「縁起でもないこと言わないで頂戴」
「まあロストしても生還できるくらいの力が第一部隊長の基準ってことだね」
「その前提はどう考えてもおかしいです」
ほっとする空気の中の流れが少しだけ変わる。エレベーターから教官が降臨する。そうなりますよねーやっぱり。
「ガウス、お前はいつも… まあそれは言わなくてもわかるだろう。気をつけろ。さっさとメディカルチェックを受けて来い」
珍しく叱責なしだったが、今はとりあえず寝たい。メディカルチェックでもなんでもいいから寝たい。
「あー悪いけど眠いからメディカルチェック受けてくる」
「ああ、ゆっくり休んでろよな！」
「行ってらっしゃい」
「こうしていつも通りの日常、殺伐とした無慈悲な、それでいて(彼にとっては)割と平和な日々が戻ってきたのでした」
「…と、思うじゃん？笑」
つづく。
---
(5/3 一部日本語がおかしかったので修正)
暑くて寝苦しいわけではない。むしろクーラーがきいていて涼しい。
アラガミ掃討が必要になり出撃の通知ブザーが鳴ったわけでもない。
理由はほかでもない。マシュマロが食べたくなって、目が覚めた。そんな午後の3時。
「ぁーーよく寝ーたーー」昨日は10時ごろから記憶がないから、だいたい15時間寝たのか。
「マシュマロが…食べたいなー」ボソッとつぶやくと当時に、ぷしゅーっとドアが開く。
「リーダー！！」
何かが何か言いながら部屋にはいってくる。
マシュマロに違いない。
寝起きでぼんやりとしか見えないが、確かに白くて丸いマシュマロだ。
お迎えに来てくださったのか。生きてるって素晴らしいなあ。
まだ眠い。思考がぼんやりしてる。
ベッドから降りてふらふらした足取りで、マシュマロのとこまで歩いていく。
「リーダー？」
マシュマロが喋った？ まあいいか。
「いただきーまーす」
マシュマロに向かって両手を伸ばす。なんで体？が生えてるんだろう。
「え、なっなにいやあああああああああああああああぁぁっっっっーーーー！！！！！」
なぜか、寝起きの耳には少々堪える悲鳴が聞こえた刹那、
服がぐいっと引っ張られ、景色がぐるんと回って、思いっきり壁に叩きつけられた。
なぜか、寝起きの体には少々堪える巴投げをくらったらしい。骨逝ったかも。
だんだん視界と意識がはっきりしてくる。
目の前にあったのはマシュマロではなかったらしい。残念だ……。
何が白っぽいボール状かっていうと、帽子をしてない銀髪のアリサの丸い頭だった。残念だ……。
それをいただきますしようとしたわけだ。死にたい。うぅ、生きてたっていいことなんて… ぐすっ。
そんな午後の3時。
「リ、リーダーっ、あの、ご、ご、ごめんなさいっ、私動揺してしまって…」
アリサがあたふたしてる。なんかおもしろいぞ。生きてるってすばらしいなあ。
「あーうん。大丈夫だと思うよ。あとでたっぷり仕返ししてバランスはとるから」
「あ、よかっ、ないです！ 仕返しってなんですか！ リーダーが変なこと言うから…///」
「変なことって、マシュマロにいただきますって言っただけであります」
「私はアリサです！！」
さっき壁に叩きつけられたまま、だらーっと床に倒れてるので世界が90°傾いてる。倒れたまま体がくの字。
私はむすかた… 第一部隊長だ！ なにをやってるんだろう。
「じゃあ改めて、いただきま… せん。頼むから踵落としとかしないで今度こそ死ぬ」
「どんびきです…… あ、リーダー、ここ」
床に這いつくばったままアリサが指でさした方を見ると、そこはまさに今オレが叩きつけられたところ。
へんな角度に首が曲がって痛い。でも、どうりで壁に叩きつけられたとき半端なく痛かったわけで、
オレが叩きつけられたのは、凶悪な突起とボタンが立ち並ぶ、出撃要請とかの通知に使うブザーが
へばりついてるあたりの壁だったんですねーあははーびっくりー。
「なんということでしょう。オレの腰粉々になったかも」
「なんということでしょう。ブザーが粉々になったかも」
「うーん。ブザーは明らか壊れたよ。よかったね」
なんか部品が飛び出てるし液晶割れてるから壊れてないわけがない。リッカに怒られるなーこれは。
っていうかブザーよりも投げ飛ばした人身の心配をしなさい。
「そ、それは、リーダーがいきなり襲いかかってくるからですよ？」
「誤解だし、何も投げなくても避けるとか他にも方法ってもんが…」
あ、ところで、なんでオレの部屋にアリサがいるんだろうか。暗殺？ 日々の恨み？
「アリサ、なんでこの部屋にいるんだ？」
「それはまぎれもなくリーダーが原因です。ブザー何回鳴らしても、この部屋にヒバリさんがアナウンスを
かけても リーダーが寝てて起きなかったので直々に起こしに来て差し上げました」
「そりゃどうも。とてもとてもよく目が覚めました…」
「どういたしまして」
笑顔がまぶしい。これが思いっきり人を壁に叩きつける人の顔… とは思えない。恐ろしあ。
「オレじゃなくてアリサがいけばよかっただろ」
「部隊のメンバーの生存にかかわる緊急事態だからリーダーに呼び出しかかってるんですよ！？」
まあそう怒るな。
「ああ、コクーンメイデンなら任せとけ。粉々にしてやる」
「ええ、無気力なリーダーなら任せてください。粉々にしてやります」
なんてこった。
「要請はコウタとカノンとアネットからでした。ヴァジュラ2体の掃討に、ディアウス・ピターが乱入してきた
ことへの応援要請でしたが、リーダーがだらだらしてるのでちょうど戻ってきたタツミさんが救援に行きました。
あとで3人とタツミさんになんか奢った方がいいですよ」
「えー。生きて帰ってこれたんだからそれだけでよかったと思うよー」
でもタツミさんには申し訳なかった。あとで何かお詫びなり奢るなりするか。
はあ、とため息が聞こえる。
「……全然、よくないです」
アリサが急に怒った口調になった。
「やるときはやるから普段サボって寝てるんだってリーダーは言ってますけど、本当に大変な緊急事態でも
起こったら、とりかえしがつかないんですよ？ この支部の神機使いなら、リーダーが到着するまで耐えれるって
リーダーが信じているからこその判断なのかも知れま」
「わかったわーった」
ヒートアップしたアリサの言葉を遮る。
「今回のは別段急いだ方がいい気がしなかったからサボっただけだ。オレの勘はあてになるんだ」
上半身だけ試しに起こしてみる。
「じゃあ仲間が死んだら勘のせいですか？」
なんともなかったので立ち上がってみる。
「よっと。仲間が死んだら決めるわ。あ、なんともなかったｗ」
ホントになんともなかった。体が丈夫なゴッドイーターやっててよかった。
部屋の反対側の壁まで歩いていって、戸棚からマシュマロの袋を取り出す。
もしゃもしゃと貪りながらソファーに沈み込む。
「……ならいいじゃないですか、仕返しは…」
「それとこれとは別です。お楽しみに。あははｗ」
表面がぼこぼこのグラスにマシュマロを山盛りにして、とりあえず言っておく。
「マシュマロ、ご自由にお取りください。甘いものを食べると落ち着く」
念のため、いちおう。
不満そうな顔のアリサはとりあえずおいておく。
マシュマロのストックが切れかかってたので、どんな仕返しにしようか考えながら、マシュマロを買いに行く。
ちなみにここら辺で釈明しておくと、
15時間寝てたり救援要請をうやむやにしたりしているけど、別に隊長の権限を濫用してるわけではない。
リンドウさんも帰ってきたし、新人も入ったし、前よりは少し時間に余裕が出てきたわけなのだ。
あと、隊長である以前に、基本オレはめんどくさがり屋だっていう周知の事実がある。
つまり仕方がないのだ。やる気が出なかったらどうしようもないでござる。
その分、部隊とかがまじでヤバい状況になったら本気を出すので埋め合わせは一応してる、うん。
ツバキ教官は認めてくれないけど。
あ、アリサもか。
マシュマロを買い占めて再び部屋に戻った。アリサはさすがに部屋に戻ったようでここにはいない。
改めて、ブザーだったものとご対面。
壊れたけど、壊した原因はアリサだし、アリサは黙ってるだろう。なら隠蔽は簡単な仕事だ。
ブザーは、出撃の通知、討伐対象、フィールド、他のメンバーを伝えてくれるが、
出撃の通知以外はなくても平気だろう。ファランクスとジュヴァリエの使いまわしでほとんど対応できるし。
出撃の通知もヒバリさんに部屋までアナウンスかけてもらうか、またアリサに来てもらえばいいや。
よし、ばっちりだ。まったく問題なし。
今日もフェンリル極東支部は平和です。
暇つぶしに、あとコウタの様子見を兼ねてエントランスに行ったけど、
コウタはロビーにはいないようだ。あとで「おつかれｗｗｗｗｗｗ」って言っとくか。
「ガウスさん、ちょうどいいところに！」
ヒバリさんに名前を呼ばれた。いい予感はしない。
「本部からミッションの依頼です。
空母周辺にディアウス・ピターが3体、荷電生ヴァジュラテイル複数が発生しました。
早急にこれを掃討してください。偵察班ですでに被害が出ています。
あと、難度が難度なので、このミッションを受注できるのは貴方一人だけなんです」
にっこり微笑んでから
「頑張ってください。ご武運を！」
相変わらず笑顔が素敵です。
内容がこんなんだと、どす黒い何かを感じるけど。まあいいか。オレしかできないんなら仕方ない。
埋め合わせってやつだ。
任務の内容は、死なないように頑張ったぐらいしか書くことがない。
なんとか任務は終わらせた。疲れた。
黒猫3匹のあとにアイテールとテスカまでが沸いてくる意味が分からん。ああ。
追加で沸いてくるのは反則だと思う。詐欺だ。あんまりだ。
死にそうになるレベルではなかったが、でも、とにかくホントに、疲れた。
ミッションに持ってったマシュマロは食い尽くしたので、早く部屋に戻って食べたいところだ。
部屋に戻ろうとするとアリサの部屋のドアが開いてるのを発見。ついでに甘い香りも発見。
中に本人はいない様子。あー、これは、仕返ししてくださいってことだな、うん。
テーブルに何かおいしそうなケーキがのっていたので、それをいただくことする。
任務を頑張った自分へのご褒美だと思えば、特に問題があるわけがないのだ。
大きくて果物がいっぱいのった、下がタルト地になってるチョコレートのホールケーキ。悪くない。
ついでに冷蔵庫の中の飲み物も拝借。
チョコレートのホールケーキを9割方片づけたところで、ようやく部屋の主が帰還。口の中のケーキを嚥下して
「おかえりアリサ」
早口で言いきってまた食べ始める。
「リーダー！？」
とりあえずアリサの方には視線を向けず、もぐもぐと食べ続ける。よし食べきった。おいしかったー。
「おかわり」
アリサの方を向いてお皿を突き出してみる。もちろん笑顔で。煽る。仕返しだから。
「おことわり」
むすっとした顔で続ける。
「どんびきです。年頃の女子の部屋に勝手に侵入してるし、ケーキを食い荒らすし……」
はあ、とため息をついて呆れ顔で、
「そのケーキ私が焼いたやつなんですよ？ 全く、私の血と涙の結晶を…」
ものすごく禍々しい結晶を食べてしまったらしい。
しかし、それ以上に、アリサが、
「ふふふ、リーダー、食べ物の恨みは恐ろしいって知ってます？」
「人は生きるために食物を食べなければなら…」
「じゃあ今息の根を止めてあげますね♪」
「あ、ごめｎ」
「許しません。自業自得です。命を以てお詫びしてもらいます」
みたいな感じでキレるかと思ってたのに、なんというか、おとなしくしていて、意外だ。
「あ、うん。おいしかった」
拍子抜けした声が出てくる。
「それは…… なによりです」
アリサの耳が若干赤い。熱でもあるのか？ テンションもなんかおかしい気がするし。
「また明日な。おやすみ。熱があるならちゃんと休めよ新入り」
ガウスが部屋から出ていく。
アリサはきょとんとしてから、新人って言われたたことにムッとしてから、ケーキの乗っていた皿を見つめた。
少し疲れが癒されて、少し楽しい気分だった。おまけにお腹も結構満たされた。
満足して自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いてたそのとき、
「なにニヤニヤしてんの？」
横にリッカがいた。緊急事態発生。ニヤニヤした覚えなどないのにニヤニヤしてるとか言われた。きゃー。
「ああ、そうだ。今日の戦闘で傷んだ神機のことだけど…」
人類のために華麗にスルーするしかないだろう。君も見習いたまえ。あ、リッカだからカレーか。
「ああ、それね。特にブレードの方がかなり傷んでたから今集中的に補修中だよ。この補修には特に素材はいらないかな」
よかった、そういう話に食いついてくれて本当によかったって思った。
「ほかの部分は特に問題ない？」
「いや、大有りだよ。ブレードの摩耗がひどすぎて他がましに見えるだけ。銃身もかなり傷んでたよ。
変形が完了しないうちに爆破バレット連射したでしょ。必要最低限どころか変形直後の連射を狙ってやってるみたいだし」
「ご名答」
おお。言い当てるとはさすが匠。
「黒猫と戦う時はどうしてもそうなる」
「うん。それはまあ、仕方ないんだけどさ、なんでそうなるのかわかんないけど銃身で攻撃を受けるのは使い方として最悪だからね？」
「あーそれは… 夢中になると、ついやっちゃうんだ★」
いつのネタだこれ。
「そんなんで神機が壊れて君がアラガミに殺される前に、私が殺してあげてもいいんだよ？」
おもむろにバールのようなものをするりと取り出して、微笑む。
極東支部の、笑顔の恐ろしい女性のなんと多いことか。
結局工房まで喋りながら歩いていって、そこでしばらく神機とかについて話していた。こういう会話も楽しい。
アリサのそれとは、またちょっと違うけれど、たのしいものは楽しい。
工房の雰囲気も、好きな雰囲気である。
一通り話し終わって少し間が空いた。
アリサが怒ってた、もしもの唐突な予測できない緊急事態のが起こった時、の話をしてみようかと思った。
もしも、誰かが誰かを失うような状況になってしまった時の話。
まあそんな事態を想像しても杞憂に終わるだろうが、考えてみるのはおもしろいかもしれない。
「なあ、リッカ。カルネアデスの板って知ってるか？」
「なにそれ？」
首を傾げる
「なんかの武具の素材？」
惜しい。
「いや、哲学の問題」
あ、惜しくないのか。
「私、難しい問題なんて分かんないよ？」
頭の良さじゃなくて個人の感覚の問題だから大丈夫なはずだ。
「まあ、とりあえず聞いてみてくれ。
あなたの乗っている船が嵐で沈みました。海は大荒れであなたはこのままでは溺れてしまいます。
あなたの目の前には一枚の浮き輪代わりになる木片が浮いています。
そしてあなたのよく見知った誰か一人、あなたの近くで溺れかけています。
二人で助かりたいところですが、その板は人が二人すがりつくと重さで沈んでしまいます。
そんな状況に陥ったらリッカはどうする？ っていう問題」
本来の問いの形は「誰か一人を犠牲にして自分が生き延びることは罪に問われるか？」だが、
戦場では罪もへったくれもそんなもの考えている暇などない。だから主観的な問題に変えた。
「難しいね」
うーん、と考え込む。彼女は考えてる表情やポーズが様になる。何かを生み出す人、の姿だ。
「ちょっとだけ考えさせて」
「ああ」
機械音といくらかの遠くの声が聞こえる。
どんな答えが出てくるのか、楽しみだ。
「……ふたりでもがいて、ふたりで死ぬ、かな」
「…へえ」
かなり意外だ。1つの命を助けられるのに、助けないのか。
「あるいは、二人とも助かる見込みがほんの少しでもあれば全力でそれにすがるよ。
カルネア… デス？の板でいうなら、そうだね、泳ぎがとてつもなく巧くて、嵐の中人抱えて泳げる場合、とか」
ふたり助かるのとふたり死ぬかが良くて、一人助かるのはダメなのか？
「ふたり助かるのが無理な場合、一人助かる、っていう選択肢はないの？」
「うん」
即答だった。
「だってさ、考えてみてよ。運よく自分一人が助かったとしても、それって、すごくつらくない？
自分があの時死んでいれば、あの人が生きていられたのに… っていう十字架を背負い続けるんだよ、それも一生。
私は嫌だな。そんな思いしたくないししてほしくもない」
「んー…」
確かに、殺意はなくとも「結果的に」自分が誰かを殺してまで生きたくはない、かもしれない。
「だから、ふたり助かるか、ふたり死ぬか、どっちかがいいな。もちろん、理想の話だけどね」
「理想か」
「うん、理想」
職場がクソッタレな戦場でなくとも、この世自体昔よりもずっとシビアになった。いや昔が甘ったれてたのか。
アラガミが容赦なくいろんなものを喰らっていくから、
そんな選択をしている暇があるかなんて分からないし、そもそもそんな選択をさせてもらえるかもわからない。
ツバキ教官なら、生き延びたものは生き延びたものの使命を全うしろ、もとい、
生き延びたものの使命を果たすために是が非でも生き残れ、というだろう。
「ツバキ教官がそれ聞いたら叱り飛ばすだろうな」
リッカがゴッドイーターじゃなくとも、その考えを肯定したりはしないだろう。
「そうだね」
「私はゴッドイーターじゃないから」
「オレは神機の整備士じゃないから」
「確かに、ゴッドイーターかどうかは関係なかったね」
「ああ」
死ぬ機会がどれくらい頻繁にあるか、人類にとってどれくらい必要な存在か。
そんなことはどうでもいい。
ある人はある人にとって、必ずではないが必要なことが多い。それに、死ぬときは来るべくしてやってくる。
キレイゴトではない。オレにしろリッカにしろ、明日のわが身の話だ。
「…難しいね」
「マシュマロ食べたい」
「うーん。釘とかならたくさん食べさせてあげれるけど…」
「うーん。胃がもたれてマシュマロが食べれなくなりそう」
「知ってる」
「ああ、よかった」
「なにこの会話？」
「ん？」
「これから死ぬ予定でもあるの？ 今まで楽しかったよ」
「そりゃよかった。オレも楽しかったよ」
「一応言っとくけど無茶しないでよね？」
「それは無理だ。これから死ぬ予定が入ってるんだ」
「もし君に何かあって神器が壊れたりしたら、直すのすごく大変なんだから…」
「一応言っとくけどオレの扱いのひどさに絶望したオレがヤケになって死んだら神機も危ないぞ」
どいつもこいつも、器物よりオレの心配をしなさい。
「神機の救出には全力で当たってもらうよ」
「神機なんて粉々になっちまえ」
まさか神機に嫉妬することになるとは思わなかった。
「そしたら神機直すついでに君も粉々にしてあげるから安心して」
ニコニコしてるのは素直に、かわいいと思う。だけど…
やっぱりアナグラにいるより外にいた方が比べ物にならないほど安全らしい。荒原が恋しい。
「さーて、そろそろ部屋に戻る」
「ん。じゃあねー」
「ああ、神機粉々になったらよろしくなー」
背後で何かとても恐ろしい言葉が、明るい声にのって飛んできた気がする。気がする。
ぷしゅーっとドアが開いて、無数のマシュマロが出迎えてくれ… なかったので、
仕方なくマシュマロを取り出す。マシュマロにももうちょっと愛想ってものがあってもいいと思うのだが。
マシュマロで夕食を済ませ、ベッドに倒れ込む。いつ戦うか分からないから、眠れるだけ眠る。
そうでなくとも今日は黒猫どものせいでいつもより疲れた。
マシュマロもベッドももふもふのふわふわだなんてなんて素晴らしいんだ。
眠い。
眠りに落ちる瞬間っていうのは、至福の時だと思う。
目が覚めた。
時計は午前4時23分を指している。
マシュマロが食べたいからではない。理由はない。勘だ。
暗い室内で、赤い光がチカチカと点滅している。何だ？
部屋の電気とつける。
赤い光は、ブザーの緊急事態を通知するランプだったようだ。お前生きてたのか。
だが音やその他の通知は機能してない。では生きてたとしても瀕死か。
瀕死のブザーは緊急事態を告げてるから、どうやら勘は当たってるらしい。嫌な勘だ。とてもとても嫌な勘だ。
アリサの壊した(確定)ブザーに聞いてみる。
アリサは生きているのか？
ロビーに駆け込む。ヒバリさんの声が間髪入れずに聞こえる。
「ガウスさん！ 今部屋に催促のアナウンスかけたところでした！
急いでください！ 贖罪の街でアリサさん、ジーナさん、サクヤさんがシユウと荷電性シユウの
掃討に当たっていたところ、今から5分前にスサノオの変異種が乱入してジーナさんが負傷、全体的に劣勢です！
ソーマさんが同行します！ 一刻も早くきゅ」
「わかった！」
アリサたちは「今のところ」生きててよかった。
準備を15秒で済ませ、走ってヘリに乗り込む。すでにソーマがヘリに乗っている。
「遅い」
「マシュマロ(ロシア産)が巴投げしてきたんだ」
「遅れたツケは大きいぞ」
「知ってる」
くそっ持ちこたえろアリサとジーナとサクヤ！ 急いでいるので敬称「さん」は省略！
誰だ「佐藤さん」の「さん」を考え出したヤツまだるっこしいんだよ全く。
準備15秒を差し引いてもブザーが壊れてなきゃ4分45秒も早く助けにいけただろう。
こんな陳腐なこと言いたかないが、1秒の差で死ぬかどうか決まることもある。
ヘリが街に向かう時間すら惜しく感じられる。
が、指をくわえて景色を見てるほかないので、指をくわえて景色を眺めることにする。
誰だよ「オレの勘はあてになるんだ」とか言ったやつは…… 粉々にしてやる！
そんなことばかりぐるぐると頭の中をめぐる。
「それはリーダーでは無理なので、私が代わりに粉々にしてあげますね」
アリサがいたら、こんな感じで返してくれただろうか。
台詞は日常的にこんな感じで返ってこないといけないので、アリサがいなくなっては困る。
日常的に工房で生活するわけにもいくまい。
オレは整備士ではなくてゴッドイーターを残念ながらやっていかねばならないらしいから。
ソーマもオレも、窓から外を眺める。
見える景色は荒原から、徐々に人の生活の名残に変わっていく。
ヘリが安全なヘリポートまで飛んでいくのもまだるっこしい。
今日の天候やアラガミの位置のせいで、ヘリポートは街よりも遠いのだ。アホか。
「パイロット！ オレはここで降りるからソーマ、ドア閉めてくれ、よろしく！！」
飛び降りる。
ツケを払わないといけない。
屋根の上に着地すると、もれなく屋根が盛大に抜けるので地面に着地する。
体が丈夫なゴッドイーターやっててホントによかった。
アラガミの咆哮が聞こえる方向へ走っていく。
途中でシユウの死骸を発見。残りは荷電シユウとスサノオだけか。
荷電シユウが見えた。ついでにアリサっぽいのとサクヤっぽいのも。
ジーナはまだ見えない。紫の光が見えるからたぶんスサノオもいる。
とにかく時間が惜しいので、手ごろな高さの屋根に飛び乗って神機を銃形態に切り替えて、
荷電シユウの頭の狙撃を始める。遠距離の狙撃には矜持がある。
一発目、目標に着弾。
元からいた3人もオレの参戦に気づいたらしく、ターゲットをシユウに絞ってくれた。
シユウが大きく動くことが減り、狙撃は楽になる。
二発目、目標に着弾。
誰かさんのように誤射したりはしない。
三発目、目標に着弾。
スサノオをノーマークにするのは勇気のいる危険な判断でもある。オレはそれに応えねばならない。
ほぼ一定の間隔で主戦場一帯が白く光る。アイテムの出し惜しみは死を招く。
スサノオ付きでジーナが負傷してるんだから妥当な判断だ。
20秒あれば終わる。
OPを使い切って、Oアンプルを2個飲んで少し撃ったところで荷電シユウが倒れる。あとはスサノオか。
屋根から飛び降りてスサノオのところまで向かう。ついでに指示を出す。
「サクヤさんはジーナさんの撤退の補助！ アリサは残れ！ あと2秒くらいしたらソーマが来る！」
ジーナとサクヤが撤退を始める。
サクヤに任せればとりあえずジーナは安全だろう。
そしてスサノオは第一種接触禁忌のアレだが、アリサもソーマも死なせないから問題ない。
…2秒たってもソーマが来ないってどういうことだクソッ！
結局ソーマは19秒後に到着した。遅れたツケは大きいんだぞ。
あとは小指の短い悪趣味なサソリを叩き潰すだけだ。
負傷したのはアリサ… の帽子だけだった。攻撃がかすって、真っ二つに裂けた。
頭に攻撃が直撃しなくてよかったと思う。もしそんなことがあったら、せっかくのマシュマロが台無しだ。
スプラッタなザクロになってしまう。
またいつものように街が静かになった。平穏なんていう雰囲気は微塵もないが。
「リーダー」
ほっとした表情のアリサが、近寄ってくる。
「持ち前の勘のおかげで、見事な遅刻でしたね。応援頼んでからだいぶ待たされました」
む。
「原因はブザーを壊されたことだ」
ブザーが鳴れば御所望通り応援に行きましたとも。
「その原因はリーダーが変なこと言ってくるからです」
「そんなこと言ったらそもそもの原因は宇宙が誕生したことだ」
「責任から、逃げるなぁーーーー！」
なんかどこかでそんなセリフ聞いたことがあるような気がするなあ。
「まあー誰か欠けたりしなかったから結果的には問題ないだろう。ジーナさんも重傷ではないらしいし」
ソーマが完全に空気……。まあいいか。元から空気か。
「問題しかないです。まずは日ごろの勤務態度から職権乱用、マシュマロを買い占める、それから」
さて、帰るか。
もたもたしてて昨日の黒猫の時みたいにさらに乱入されたら面倒極まりない。
同様に、説教をいちいち拝聴するのもめんどくさい。
「おーい、ソーマ！ 帰るぞ！」
歩き出す。
「人の話を聞かないところもです！！」
口笛を吹く。
アリサは後ろから走ってついてくるが、気にしないで歩き続ける。
2つの人影が歩いて、残る1つの人影はわたわたと走って、ヘリの止まっている地点へ向かう。
冷めてるのが一人、ポーカーフェイスを装いきれてないのが一人、そして必死で人にかみつこうとしてるのが一人。
アナグラ内なんかよりも荒野の方がよっぽどいい、っていうのは一応撤回しておく。
アナグラにいた方が、なんだかんだいって楽しいことも多い。
実質、マシュマロがたまに品切れ起こりたりとか、つらいこととかのほうが多いのかもしれないが、楽しければそれでいいのだ。
ミッションを無事終えて、アリサとソーマと一緒に帰ろうとしてたときの話。
空気の流れが変わる。強い殺気を背中に感じる。複数か？ アリサが発するような柔らかい殺気ではない。
「リーダー」
「わかってる」
アナウンスが入る。ヒバリさんから。
「大型のアラガミが2体、旧市街地方面、南西より急速に接近中です！ 周囲に中型アラガミの反応がほとんどないため強個体と推定されます。
このパターンは… ちょっと待ってください。今解析中です」
その殺気が、すごい速さで背後からこっちに接近している。到達まであと9秒くらいか。謙虚だなー。
「おいガウス！！」
ソーマが叫ぶ。分かってる。みすみす攻撃を食らう気はない。
アナウンスが再開する。
「ハンニバル、とその侵喰種です… が発生パターンが少し変です。警戒してください」
背後のそれが攻撃してくると同時に装甲を展開して振り向き、身を守る。タワーシールドだから問題ない。侵喰種が少し遠くに見える。
何か金属が潰れるような音がした。これはあとでリッカにこなｇ…
いやそれはいいんだが、さっき装甲を展開して攻撃を弾いたはずなのに、その感触がしない。なにかが装甲にぶつかる鈍い音がした。
攻撃を弾いた音ではない。装甲とハンニバルに間に何かがある。
「う゛……」
「…なんでだ？」
ソーマがそこにいる。血？ オレを庇った？
「ソーマ！！」
アリサが叫ぶ。ソーマも一応、タワーシールドを展開してはいる。だが、ハンニバルの籠手はシールドを貫通し、ソーマの腹部からは
血が飛び散っている。塔甲が破られるなんて普通ならあり得ない状況だ。ソーマが膝から崩れた。血がやばい。急げ。
タワーシールドでも防げないのか。どんな難易度だ。ルナティック？ ソーマがいなかったら自分がああなっていた。ぞっとしないぞ。
そんなうちにハンニバル侵喰種が合流。ははは、助けてリンドウさん。ふわりとしたなにか夢のような感覚がする。実感がない。
これも遅れたツケってやつなのか？ 特に危機意識も対策も頭には浮かんでこない。まずいなー。いや、まずいぞ。
「アリサ、絶対に攻撃食らうな。ガードも禁止」
バックラーなんか濡れたトイレットペーパー程度だろう。あるいは粉々になるか。
そういえばNPCの装甲ってみんなバックラー扱いなんだっけ？ でもNPCってなんだ？ 核兵器拡散防止条約？
「了解です！」
オレはとりあえずソーマをかかえて、ハンニバルの攻撃から逃げる。
どうしようか。
「色がマシュマロとチョコケーキじゃないか…」
「そんなこと言ってる場合じゃないです！！ どうしますか！？」
「この前のケーキのお化けかもしれん」
おいしそうだなー。イタダキマス！
「リーダー！！」
「ちょっと待てそれまで耐えろ」
ヘリまで逃げようにも白黒ハンニバルがついてくるだろうから、ヘリの離陸が危険すぎる。ヘリが粉々になる。未来がなくなる。
遠距離攻撃とかがヘリに直撃しても終わりだ。そうだスタグレ、使おう。
「アリサ、スタグレはいくつ残ってる？」
「スサノオの時に使い切っちゃいました…」
「そうか」
スタグレの残量は8個。
「とりあえずスタグレだ。撤退するぞ！」
言うと同時にスタグレを投げる。爆発音と閃光が辺りを包む。全力で撤退する。7秒弱で前方左の角を二つは曲がれるか。
振り返る。殺気？
「え！？」
アリサも気付いたか。まだ2秒くらいしてないのに両方とも戦闘態勢に戻ってる。普通は約8秒だから当社比4倍以上ッ！
「そんな！ スタグレが効かない！？」
一応効いてはいるが…
「もう何でもアリだなこのチート野郎」
塔甲を貫通するだの素早いだのスタグレ効かないだの… この世界はいつだってわがままで、理不尽な選択を迫る。
どうするかな。このままだと死ぬ。アリサもオレも。それはそれで幸せか？
「喰らう」側はこっちだ。よって二人とも助かるのしか認めない。
ハンニバルたちは主に、オレの方に黒、アリサの方に白が張り付いて戦闘中だ。
戦闘っていっても、アリサの方はかなり危なっかしい。敵が敵だ。あと5分くらい持てばいい方、ってところか。
オレの方に白来いよこのマシュマロが！！！ マシュマロが！！！
「アリサ！ 白の逆鱗を集中放火しろ！」
「了解です！」
オレも白の逆鱗を集中的に攻撃する。
攻撃するたびに抱えてるソーマがぶらぶら揺れる。ソーマには悪いが、非常に面白い。というか滑稽だｗｗ
「リーダー、何を笑ってるんですか！？」
「だってソーマがｗｗｗ」
「真面目にやらないと死にますよ！？」
「オレが死んだら誰が生き残るの」
おもしろいものはおもしろいのだから仕方がない。世の中は仕方がないことで溢れてるんだ。残念だったな。
「アリサ、攻撃ストップ。回避だけに専念」
そろそろ頃合いか。逆鱗が壊れる直前に攻撃を止めさせる。勘での判断でしかないが。オレの勘はあてになるんだ。
「アリサ、神機をオレに渡せ」
「なっ、何を言ってｒ」
「オレのスタグレ4個とソーマを渡す。隙作るから全力でヘリまで逃げろ。白黒はオレが引き受ける」
「えっ、でも、神機は」
どこかの世界には話してる最中には決して攻撃してこない礼儀作法を重んじる悪役がいるというが。こいつらは紳士ではないようだ…
「いいから渡せ。逃げる時邪魔だろ。真面目にやらないと死にますよ！？」
アリサの真似。変な声でたな。アリサの声真似はちょっと無理だった。
「…分かりました。信じますよ？」
それはよかった。白黒の隙をついて、アリサと、スタグレ付きソーマとアリサの赤い神機を交換する。
アリサの神機の柄を掴む。神機が左腕を侵食しようとする。痛い。視界が歪む、霞む、滲んで変色する。
痛い。腕からみぞおち、あと首に引き裂かれるっていうレベルじゃない激痛が走る。
「ぐっ……」
また痛さのあまり叫ぶ、なんていうのはちょっと嫌だ。あとハンニバルどもはこういう時くらい空気呼んでおとなしくしてろ。
全く、近頃のハンニバルはマナーがなってない。痛みと共にどうでもいいことが頭に浮かんでくる。
「大丈夫ですか！？ やっぱり…」
「いや、別にいい。アリサは白い方の隙を突いて逃げろ。オレが白黒の注意をアリサから逸らす。スタグレはまあ、お守りだ」
「リーダーは！？」
「残る。あとで帰る。死なないから問題ない」
There is no way back. …中二病かしらん。
「……了解です。絶対に生ｋ」
「じゃあな」
今は聞きたくない。戦闘を再開。今のうちにアリサの顔でも拝んでおくか？
様子を見ているうち、白が火炎放射を始める。隙だらけ。アリサが撤退を始める。遅れて白がアリサを追う。
白がいる方に跳ぶ。逆鱗に神機を突き立てて思いっきりえぐる。逆鱗が壊れてハンニバルが呻いて仰け反る。
黒いハンニバルは相変わらずオレの方をタゲったまま攻撃を続けている。
白が咆哮する。どうやらオレは白い方の逆鱗に触れてしまったらしい。どうもすいませんねえ。
白が殴りかかってくる。わざとすんでのところでかわす。ハンニバルが宙に浮いて、すぐに火柱(嵐？)を放つ。
溜めの時間が短い。相当に異常な個体だ。火柱が邪魔で黒の攻撃がかわしにくい。まあそんなことはどうでもいい。
「ばーか」
白の注意がアリサの方に向く前にスタグレを投げる。閃光と音が鬼畜どもの感覚を奪う。…2秒弱だけ。
アリサが白い方の視界に入る前にもう一つスタグレを投げる。同じようにしてもう一つスタグレを投げる。
ソロなら全く意味のない行為だが、今回は違う。少なくとも5秒弱もの時間を稼げる。
「ばーーーかｗｗｗｗぷぎゃーm9(^Д^)ｗｗｗｗｗｗｗｗ」
白い方に向かって喋る。アリサはオレの視界からはもう消えた。白が今から追っても見つけられないだろう。
いや追いつくのかもしれないけどオレが逃がさないからな。白と黒が睨んでくる。悪いがにらめっこなら矜持がある。残念だったな。
それにしても腕と肩周辺と、あと頭が痛い。頭なんてリンドウさんの時は痛まなかったんだが…。頭が痛みで潰れそうだ。
リーダーのおかげで、ヘリまで逃げることができた。でもヘリは、離陸させたくない。
なんだかんだいって、あの物陰からリーダーがうまく敵を撒いて全力で走って逃げてきそうな気がする。そうであってほしい。
できることなら誰かが残るなんていう選択肢は…。あんな場所に残していきたくない。
でもこれがリーダーの命令だし、ヘリが壊れたら意味がないし、ソーマを一刻も早く治療してもらわないといけない。
「ヘリを、一旦、出してください」
声が震えたような気がした。ヘリが離陸する。遠くに煙が見える。目が離れてくれない。
それと同時に、もやもやした何かが首をもたげる。いつだって、いつだって人の気持ちに鈍感なあれに対して。
神機を渡す時ですら人の話を聞かないし。ケーキの時だって、どんな風に渡そうかサクヤさんのところへ相談しにいっていた
だけであって、まだリーダーのために部屋を開放してたわけじゃない。あとで渡すつｍ… ああ、もう。
ケーキの仕返しもまだしてないし、言いたいこともまだ言ってない。
…首を振る。私は何を考えてるんだ。それじゃ彼が還ってこないみたい。リーダーは絶対帰ってくるって、信じてるつもり…
だけど、あんなハンニバルたちを目の前にしたら、どうやったって不安になってしまう。
ハンニバルから受けた傷から、血がにじんでいる。涙も、にじんでくる。
「ばか…」
斬る。かわす。斬る。喰らう。片手だと変形が面倒だから銃形態は使わない。
どうせガードも役に立たないから二刀流でよかったのかもしれない。
それにしても、なんだかとっても大事なことを忘れているような気がする。それがなんなのかはよく分からない。
相変わらずの痛みで、頭が潰れそうだ。いや、むしろ頭が中心から弾け飛びそう、の方が正確か。それにしても痛い。
それからちょっとして無事アナグラに帰投した。ソーマが大急ぎで治療室に運ばれた。
通常任務からかえってきたコウタは「ソーマは半分アラガミなんだから、あれくらいなら大丈夫だって」って心配そうに言ってた。
表情と言ってることは全然違っていて、少しだけおもしろかった、かも。
大丈夫だといいな。しばらく私も安静にしてないといけないらしい。それに神機がないから今は仕事もできない。
できることは祈ることくらい。眠い。何かの薬かな。
順調に白黒ハンニバルを削れているのはいいが、
さっきから金カムランやらマータやら金猿その他諸々の雑魚が大量に押し寄せてくる。うざったいことこの上ない。
まあいいや。どうせ雑魚だ。この機会にこの地域一帯のアラガミを一掃しておくのもいいかもしれない。
いやでも「この地域一帯」っていってもハンニバルどもがうろちょろ動き回るせいで贖罪の街からたいぶ離れている、
見覚えのない(たぶん)寂れた廃墟まで戦闘エリアが移動してしまった。
いっそ地球一周アラガミ殲滅の旅にでも出るか？
とりあえずオレに向かってくるアラガミは全て粉々にしてやる。
終わったら、ご褒美としてのんびり休暇でも取ろう。取れたらの話だけど。
病室のドアがぷしゅー、と音を立てて開く。目が覚める。もう少し静かなドアにしてくれればいいのに…
やってきたのはコウタ。
「これ、お見舞いね」
なにか飲み物の缶をベッドの脇に置いてくれた。一瞬初恋ジュースかなって思ったけど、違ってよかった。
「体調どう？」
「怪我の方は、元から大した傷じゃなかったのでもうすっかり元気ですよ、ほら」
痛みと炎症はもうすっかりひいている。
「あー、それならよかった！ 清掃のおばちゃんじゃないけどさ、俺らは体が資本だからさ」
「っていうか大騒ぎするほどの怪我じゃないのにツバキさんとかが騒ぎすぎなんですよ、もう…」
「無理もないよ、あのハンニバル異常に強かったんだろ？ 状況的に見ればむしろハンニバルたちが
まず第一にリーダーと接触したのは、被害を拡大させないっていう意味でもいいことだったんじゃないか？」
コウタの口からそんな冷静な分析が出てくるとは。
「ってツバキさんが言ってた」
なんだ。
「みんな信じてるよ。あいつなら帰ってくるってさ！」
「リーダー、大丈夫なんでしょうか？」
当然、なのかもしれないけれど、リーダーのビーコンの反応はロストしている。相手があのハンニバルじゃビーコンが
壊れるのも無理はないんじゃないかと思う。あと腕輪の反応も今のところ全くなし。つまり、最悪の場合は。
全然、全く、欠片もそんなことは想像できないけど。帰ってこないなんてありえない、そう信じたい。
腕輪の反応は、きっと、ひとの神機に接触していろいろおかしくなっただけ。
「まぁ、大丈夫だって。そんな心配すんなよ。あいつよく無茶するけどケロッとしてるし、やるときはやる男だし」
表面上はケロッとしてても実際は… それは別の問題か。
「でも今回はリーダー、私の神機を持ってっちゃったんですよ？ 適合してない神機を使おうとすると捕食されちゃうし
実際にリーダーの左腕は、私が撤退した時点で侵食され始めていたわけですし…」
「心配なのはわかるけどさ… でもさ、それについてはあいつが帰ってくるまで俺ら何にもできないじゃんか。
できるのは帰ってきたときに迎えてやることだけじゃん？」
「……」
「信じといてやろうぜ？」
「…そう、ですよね。私たちが信じてあげないと」
「捜索の方もリンドウさんの時よりは進みがいいみたいだしね。これなら大丈夫っしょ」
「……」
リーダーは帰ってくる。信じること以外は何もできることがない。確かにそれはコウタの言うとおり。
「あれ、どうしたの？」
「…捜索もそうですけど、やっぱり仕事の方、大変ですか」
「そうだね〜。やっぱり3人も同時に動けなくなるとすると大変だよ」
申し訳ない。
「そういえばソーマはどこですか？ この病室にはいないみたいですけど」
いないよね？ ノヴァの時以外の空気っぷりのせいで見落としてるわけではなかったよう。安心。
「ああ、ソーマなら特別治療室の方に強制送還されてたよ。なんでもP73偏食因子を組み込んだ人体における重傷時の
細胞のなんたらかんたら… のデータを取るためだってさ」
「あの人そういうのホントに好きですからね…」
スターゲイザーでしたっけ。渾名。
「そうそう、それでさ、博士があまりにも嬉しそうにしてるからツバキさん怒ってさ、『こんな支部の戦力が不安定で
重傷者がいるのに不謹慎だ！』って。博士一応謝ってたけどやっぱ嬉しそうだったね」
「あ、そうでした。戦力が不安定って、仕事の方、人数的には大丈夫なんですか？」
「ああ、それはね、第1、第2と第6部隊、あとリンドウさんがフル稼働で、他の班もてんてこ舞いだよ」
「ごめんなさい、でももう少しでソーマも私も、復帰できると思うので。あと、リーダーも」
あくびが出る。
「うん、待ってるよ。…っていってもあいつが帰ってこないと神機が使えないのか。まあ、俺は任務行ってくるよ」
ドアが閉まる。ところでコウタは本当にお見舞いに来たんでしょうか？ 喋りに来ただけのような…
そんなことを考えているうちに微睡みが体を包む。薬のせい…？ こんなに眠くする必要あるんでしょうか…？ うぅん…
実に興味深い。予想の斜め上だ。彼が帰還して現場状況を確認したのち、検証を繰り返せば、アラガミの行動について知る
大きなヒントを得られるかもしれない。やはり私に支部長(代理)としての適性は全くないようだが、悪い気はしない。
だがその前に、この書類の山を片付けなければならない。全く気が滅入る。
フェンリル本部や他支部内のシステム改善にはあまり期待できないが、この支部内なら(書類を減らすための)システム改善の
余地があるかもしれない。分権的に各部が行動できるようになれば一部においては行動効率が上がる可能性もある。
ただシステム管理の負担が増えるということも考えられる。今後検討してみる価値はあるかもしれない…
そんなことを考えているうちにも、時間は無情に過ぎていく。そろそろ真面目に仕事を再開した方がよさそうだ。
「博士！」
ドアが開く。これは良い現実逃… 有意義な時間を過ごせそうだ。
「おや、どうしたのかな、リッカくん」
彼女ならあるいは感づいたかもしれないね。
「リーダー君の信号がロストしたってツバキさんが！」
「ああ、そのことなら心配ない。彼が生還する確率は通常のロストと比較するとかなり高い」
「え、ロスト時の生存確率は1割を切るって…」
「なぜならこれは半ば人為的に引き起こされたロストだからだ」
「じんい、てきに？」
感づいてはなかったようだ。ならば、知らない方が良いこと、というものだ。
「その通り」
「ならどうして助け」
「さっきの言った通り生還する確率が高いからだよ。あと3日もすればおそらく彼は帰還するはずだ」
ぽかん、とした顔になる。
「安心したかな？」
「はい…。その、詳細とかは」
「ああ、そうだ。ビーコンの強度と精度の低さがロストの一因でもあることは知っているね？」
詳細か… まだ教えるわけにはいかない。いやこの分だと永久的にそうか。
彼女が頷く。
「それについての改善策がいい加減必要なようだ。宿題、ということでよろしく頼むよ。期限は特にないからね」
「…分かりました」
「それと、もちろんこのことは」
「口外法度、ですね。分かってますよ」
表情がいつものそれに戻りつつある。それはよいことだ… が。
「失礼しました」
ドアが閉まる。彼女には悪いことをしてしまったかな。彼女の関与はなかったことにしておくべきか。
ロストも想定の範囲内だったが、実現する確率は低いと踏んでいた。長期的な実害にはあまり関係のない話だ。
彼は生還するだろう。これについての生還確率は彼の場合通常の任務と変わらない。
これは彼の実績から導き出したある程度信頼できるデータだから問題はない。
問題は、彼が現在アリサ君の神機による侵食を受けていること。
彼の同意の上に起きている問題だから何が起こっても一応問題はない。こういう手口は詐欺と言うらしいが。
しかし、もし彼がアラガミ化でもしたら、後味が悪い。データの連続的な観測も不可能になる。なにより彼は駒などではない。
定期的に投与しているP53偏食因子の効果は3日程度では消えないからアラガミ化する可能性は極めて低い。だが、人を介して培養された
オラクル細胞が彼の体内に居留しているのは確かだ。ある程度の浸食は起こるだろう。3日〜最大で7日程度の、偏食因子による抑制環境下での
浸食ではリンドウ君の時のような事態は起きないはずだ。それにオラクル細胞には捕食したものの形質を記録するはたらきがある。
最悪の場合でもリンドウ君の腕のように身体の各器官は相同的に機能するだろう。従来の治療でカバーできる。
いや、やはり不測の事態には備えておくべきか。
念のため、通常より効果の高い鎮静剤を用意しておくことにしよう。
おっと。
人に宿題を出している場合ではなかった。まず自分の宿題を急いで片付けなければ。
「おーいアリサぁ！」
ぷしゅーっと元気よく扉が開く。
病室のドアにしてもそうだけど、この人ももう少し静かにできないんでしょうか… 苦笑いをする。
フェナンｔ… カルーゾくん曰く「伝説の」リンドウさんのご来場。
「任務、お疲れ様です。コウタから聞きました。リンドウさんもフル稼働してるって」
「ああ気にすんな。逆に新人を実践訓練ってことでほっとけるから教育係としての負担が減って助かるわ」
HAHAHAって感じで笑ってる。
「教育はそれで大丈夫なんですか？」
「ああ、問題ないな。ほっといた方が強くなるっていうだろ」
「ええ、まあ」
うーん。ちょっとよく分かんないですね…
「やっぱ顔色悪いな」
体調的にはもう元気なんですが
「怪我の方はもう大丈夫です」
「うん？ まあ怪我の方はそうだわな。あれくらい寝りゃ治るわ。そっちじゃなくて気持ちの方な。
あんまり心配し過ぎんなよ。体に毒だ」
ああ、やっぱりばれるものですね。ちょっとは大丈夫そうな顔してたつもりんですが。
「女の表情ぐらい読めないとやってけないんでな」
ちょっと横を向いて頬を掻いてるけどニヤニヤしてるのが丸わかり。サクヤさんか。いいなあ。
「あんまり、心配してても仕方がないことはわかってるんです。信じないと。でも…」
目を伏せる。
「ん？」
「できることがなにもないんです。みんな必死で動いてるのに」
後ろめたいんです。
コウタだってああ見えて偵察から撃退、後方支援まで幅広い範囲(ペーパーテスト除く)で活躍してる。
防衛班の人たちだって、討伐班の活動が減ったから仕事がだいぶ増えただろうし他のみんなだって…
「ああ、そんなことか」
？
「普段アリサは頑張りすぎだ。あいつと真逆でな。こんな時くらいのんびりしてろ、な？」
「でも」
「それとも俺の神機でよかったら貸すぞ？」
「いえ、遠慮しておきます」
苦笑いがこぼれてしまう。
っていうかあれ神機で合ってるんでしょうか？ シオちゃんとかも普通になんか神機っぽい物体を扱ってたけど…
「あの、リンドウさんが今使ってる神機みたいなやつってなんなんですか？ 色も前の神機と変わらないので違和感がなかったんですが…」
「ああ、あれか？ 俺もよく分からんなあ」
「え」
「榊のおっさんはアーティなんとかが云々で神機の代わりがどうのこうのって言ってた気がするが正直俺にはよく分からん話だ」
アーティフィシャルCNSのことでしょうか？ 暇つぶしにそっちの話を榊博士に聞いてみるのもいいかも。
リーダーが話してた、今目の前にいるリンドウさんの一件についてもかなり興味がありますし。
「じゃあ、今度博士に聞いてみることにします。レンさんの件も一緒に。一緒に闘ってる神機と会話ができるなんてすごく素敵じゃないですか」
「ん、まあ、そうだな。たしかに『素敵な』ことだ」
リーダーは『レンは中性的なしっかりした人』って言ってたけどでは私の神機が擬人化具現したらどんな感じの人が出てくるんだろう。
などなど、いろいろ考えだすとわくわくが止まらない。
「ん、まあそこそこ元気そうで何よりだ。つらくなったらビールでも奢ってやるぞ？」
やっぱり苦笑いしてから、答えようとしたそのとき
「リンドウ！」
鋭い声が開いたドアから入ってくる。
「未成年にお酒をすすめるなんて。アリサ、簡単に言うこと聞いちゃだめよ。それにさっきから端末で呼び出しを送ってるのに
反応がないのはどういうことかしら？」
「ああ、悪い悪い。呼び出しがあまりにもうるさいんで電源切っちまってたわ」
「もう…！ さっきからずっと榊博士がお待ちかねよ」
こういうとき博士はやっぱり「ふむ、予想より1026秒も遅い」とか言うのかな。
「わかったわーった、行ってくる。じゃあなアリサ！ 困ったらビーいてっ！」
「まったく… 静かにできなくてごめんなさいね。仕事がひと段落したらちゃんと顔を出すから」
「ええ」
ぷしゅーっとドアが閉まる。なんだか疲れたような気がする。けど、よく考えたら初めてリンドウさんとちゃんと話せたかも。
あ、そういえばコウタがジュース買ってきてくれたんだっけ。
…『辛酸ジュース』？ 『パワーアップした刺激が落ち込んだあなたを奮い立たせる！』？
と、とりあえず、飲んでみましょうか…
プシュッ
ゴクっ
―――йД★е�院冠植─�Жп�螟裏ェ覘逾供�！！！！
…とりあえず決めたのは、あとでコウタを殴っておこうってことと、
どうせこのジュースも博士が作ったやつだろうから、神機の話聞きに行くときに文句言っておこうっていうこと。
でも、帰ってきたリーダーに「お疲れ様です♪」って言ってこの新作のジュース飲ませるのもおもしろいかも。
リーダー、どんな顔するかなあ。
文句を言うかどうかは、それを見てから決定しよう。
エイジスで大量発生したヤクシャとラージャ＋ハンニバルを駆除しに行ったときとか、白黒ハンニバルの時とか、
平原でテスカ×２とアイテール掃討しに行ったときとか、みんなで作戦行動してた頃はしんどかったけど楽しかったな、
と思う。ひとりで神器振り回してるのよりは、数倍。
しっかしこのアラガミどもは。人がセンチメンタルに回想してるのに風情も人情もあったものではない。
まあアラガミは人じゃないから仕方がないが。
仕事は仕事… だが、やっぱり楽しい方がいいに決まってる。甘えだと言われても。
オレは黙々と一人で仕事をこなすビジネスマンや孤高の天才には向いてない。自覚してる。
だから、帰ったら休暇取る前にみんなで楽しいスリルのあるミッションで遊んでこようと思う。ツバキさんは怒るだろうが。
そのために今はちょっとだけ頑張らねば。楽しみすぎてニヤニヤが止まらないぜ！ なあ氷グボロ！
ぐぼろ・ぐぼろだてんの ほうとうが けつごうほうかいした！
それからちょくちょくコウタがお見舞いに来てくれてたけど、あの人他にやることないんでしょうか？
暇そうなので殴っといてあげました。
まあ今はリーダーがいないから話し相手もいなくて暇なのかもしれないけど。
サクヤさんはいろいろと忙しいみたいで、あれからまだ来てない。衛生兵だから仕方がないか。
リンドウさんがもう帰ってきてるっていうのも含めて、忙しいサクヤさんが羨ましい。
そんなこんなで気付かないうちにもう2日近く経ってたらしい。
寝てばっかりだったからそんなに時間が経ってるとは思わなかった。とても、じれったい。
これだけ時間が余っていると、暇で暇でしょうがない。起きてる間ずっと祈ってじっとしてるのも正直疲れるし。
コウタにバガラリーでも貸してもらおうかな…
とりあえず、リーダーは帰ってくる。これは絶対。根拠は… 勘？ リーダーじゃないけど。まだ2日しか経ってない。
捜索だってこれから何か進展があるだろうし。それまで私は働けないので、ちょっと休憩させてもらうことにします。
90°、いや270°か？ 傾いた白と黒のハンニバルの顔と、にらめっこが始まった。
相手はピクリとも動かないので、なかなかの強敵だ。眉ひとつ動かさない。どうやって笑わせようか。
っていうかハンニバルの眉ってどこだ。ペンでもあれば描いてやったのに。血で描けばいいか。
ついさっき、戦闘は終了した。とりあえず湧いてきたアラガミも粉々に… ではないが殲滅した。何時間かかっただろうか。
あれ。経過した時間の単位は「時間」であってるんだろうか？ まあいいか。
頭がぼーっとする。頭痛は収まってきた。左手とその他諸々がものすごく痛む。鎮まれオレの左手。よくみるとグロい。
おまけに両神機もボロボロだし。神機を壊すと粉々にされるんだっけ？ でも誰に、だっけ、それ？
ここ、どこだろう。どうやって帰ろうか。無線もこんがり焼けてご臨終なさったし。あれ。どこに帰るんだっけ？
まあいいや。適当に歩くか。そんなこともマシュマロが食べたい。切実に。
あれ、そこに見えるのはティラミスの群れ… じゃない、クアドリガか？
タバコでもあればこういうときかっこよく決まるんだが。でもタバコってまずいんだよなあ…
目が覚めた。午前3時10分。
起き上る。どこかに行かなくちゃいけないような気がする。何かに呼ばれている？
それがリーダーなのか、彼に渡した自分の神機なのかはわからないけれど。
こっそりと病室を抜け出す。ラボから博士が出てきたりしないか、ちょっと心配だったけど、いやでも博士ならわかってくれるかな。
エレベーターに乗る。音がいちいちうるさい。
深夜とはいっても、アラガミが出ればゴッドイーターは出撃しなきゃいけないわけで、人が寝静まってるわけではない。
だから誰も出てきませんように。私が神機も持たず外に行くなんて分かったら、大半の人は「落ち着けって！」とか言うだろうから。
なんとか自分の部屋に着いた。病衣から、いつもの服に着替える。さすがに病衣のまま外に行くわけにはいかない。
帽子は使えなくなったので仕方なく我慢する。
部屋を出る。廊下をこっそりと歩いて、こっそりとジーナさんの部屋に向かう。彼女が一番いろいろと融通の利く人だと思ったから。
「ジーナさん」
ドアをノックする。
「あら、アリサ。こんな時間にどうしたの？」
とても眠そうなところ申し訳ないです。
「一つお願いがあるんです。私を贖罪の街あたりに連れてってもらえませんか。もちろん、みんなにはばれないように…」
相変わらずの無表情。驚くとかそういったのはないんでしょうか。
「いいけど、表情が少し虚ろよ。それに怪我の方はもういいのかしら」
「大丈夫です」
自分で聞いても大丈夫な声には聞こえないけれど。
「…わかったわ。適当に仕事を受けてヘリを飛ばすから。非常用ゲートの突き当りで待っててちょうだい。すぐ行くわ」
視界に白いものが映ったから正直期待しか湧いてこなかったのだが、残念マシュマロではなかった。
アイテールだっけ、あの白いおっさん。それがいーち、にー、さん、よん、ごーあれ？ 三匹に減った？ まあいいや。
くらくらする。
ヘリが贖罪の街に降り立つ。ヘリから降りる。もちろん、パイロットには口止めしてある。もし口外したら… ふふふ。
「…神機がないようだけど平気なの？ 護衛をすることもできるわ」
「大丈夫です。…本当にありがとうございました」
「そう。気をつけていってらっしゃい」
頷いて、歩き出す。アラガミの気配はあまりしない。そんな中ジーナさんが贖罪の街のミッションを受けれてよかったと思う。
余計な御節介を焼かないあたり、やっぱりジーナさんでよかった。いくらかはアラガミがいるようだけど、スタグレは持ってきたから
万が一遭遇しても逃げることはできる。どこに私が向かいべきなのかは、なんとなく分かる。走り出す。少しだけ体が痛む。
痛みなんてどうでもいい。急がないと。
まったくの勘でしかないけれど、なにかがそこにあるのは、確実だと思う。
最悪のケースも一応考えて、覚悟もしたつもり。でも私は、リーダーを迎えに来たつもり。信じているから。
また追加で何匹か白い猫とか赤くて萌え… じゃない燃えるブーンとか悪趣味な色使いの戦車みたいなやつとか、二十何匹か
断続的に合流してきたけど、落ち着いて一匹ずつ沈めていけばたいした問題ではない。こっちには神機が2本もあるのだから。
あとオレはすごいことに気が付いた。向こうがチートならオレもチート技を使えばいいのだ。
『コアを摘出すればアラガミの機能は停止する』って博士も言ってたように、アラガミがまだ動いててもコアを抉り取って
しまえばそれは活動を停止する。まあ神機が2本あって初めて実現可能になった行為だが。誰か褒めて褒めて〜(*´∀｀*)
そういえば、なんでオレは神機を2本も持ってるんだっけ？
…この赤い神機 …誰のだっけ？
もう少し。たぶん、もう少しで到着する。走る。ひたすら。全速力。
途中でアラガミに遭遇するかもしれない。振り切って走ればいい。そんなことよりも、彼を失うかもしれない、って考えた時の、
体を呑み込んで押しつぶすような大きな何かの方が圧倒的に怖い。そんなものを考えないためにも走る。
根拠なんて一切ない。彼を失う、なんてただのくだらない妄想かもしれない。
だけど、本当にそれで後悔しない？
私の答えは最初から一つ。会いたい。
余計なお世話だ、ってそう笑われるかもしれないけど、迎えに行かなくちゃいけない気がする。
そもそも私の技術が未熟なばかりに今回リーダーはこんなことになってしまったのだ。償いも兼ねて、迎えにいかないと。
視界の隅に何かが映った。
ディアウス・ピターが遠くに倒れている。
何かアラガミがこれを倒すなんてことはそんなに多くない。つまり。
死体の陰で何か動いた気がする。
たぶん人。大型アラガミのサイズではない。
胸の鼓動が早まる。走りすぎたかもしれない。
…よかった。間違いない。見間違えるわけがない。
「リーダー！！」
まもなく迎えが到着します。
立ち止まって考えているところに飛びかかってきた黒猫を、華麗に跳躍して回避し、神機を突き刺し強引にコアを摘出する。一丁上がり。
これで一旦戦闘は終了。全部やっつけた。
やっと一息つける。どうせ次のお客様はすぐやってくるだろうが。オレの神機は招き猫なのか？ 商売大繁盛だな。
……遠くから、白っぽい何かが向かってくるような気がする。次のお客様？ 今度こそマシュマロだろうか？
小型の雑魚か？ いや、そんなに白くないか。白と赤の何かだ。苺マシュマロ？
「リーダー！！！」
声が聞こえる。その赤と白っぽいやつが喋ったのか？
『それ』が近づいてくる。
なんだ、人か。
見覚えのないやつだな。
誰だ？
向こうに見える人(おそらく)はこっちに向かって走ってくる。
丸腰のようだがそんなんでほっつき歩いてて大丈夫なのだろうか。
最近物騒だし。普通にスカートを穿いたおっさん┌(┌^o^)┐が空から襲ってくるし。
「誰だ？」
「アリサっていう人だよ」
「そうか」
「うん」
マシュマロの袋が手元にあったので開封。この世のすべてのマシュマロに感謝をこめて、いただきます。
幸せに包まれているような味がする。圧倒的幸せ。いやそれすらも凌駕している。言葉などという安っぽいものでは到底表現できない。
またいつアラガミが襲ってくるか分かったものではないが、でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要なことじゃない。
まるで柔らかな白い天使の翼に抱かれているかのような圧倒的幸福……
「それひとつもらってもいい？」
「あ、どうぞ」
十個渡す。一個ではあまりに寂しいというものだ。白い魔法の粉… じゃないマシュマロを食べるとハッピーになれるのさ。
「ありがと」
隣で黒いローブの少女が湯呑みでお茶を飲んでいる。
…今日も平和でマシュマロがおいしい。
太陽が穏やかに大地と空気を温める。ぽかぽかした陽気と、時折吹く涼しい風が、なんとも心地よい。
無慈悲なアラガミの跋扈する世紀末だとはとても思えないほどである。アラガミの残骸は自主的に霧散してくれるため、
景観に対してほぼ無害であることも嬉しい。のんびり昼寝でもしたいところだなあ。きっと幸せな夢が見られ……？
……
…………あれ？
「誰だお前」
「え」
やめてそんな目で見ないでください。
「まあまあ、まずはマシュマロのお礼をさせてね」
人にいいことをすると自分にいいことがある、こともあるらしい。あんまり期待すべきことではないと思うが。
少女がこちらに歩み寄ってくる。
「ちょっと手を出してくれる？」
「どうぞ？」
少女がオレの手を握ｒ
!?
視界が歪む色彩が狂う平衡感覚がなくなる眼の奥が焼けつく痛みが頭を突き抜ける点滅する光が流れ込む思わず目を瞑る
痛みが強さを増す彩度の低い光が瞼の裏をを覆い尽くすいや、ただの光ではない映像だ映像が既視感とともに瞼の裏を覆い尽くす
しゃがみ込む頭がどうにかなってしまいそうだすでにどうにかなっているのかもしれない頭を頭の裏側から万遍なく
殴打されているような痛みがいや頭が働いている時点で大した痛みではない痛いやっぱり痛いものは痛い
……
……………
「落ち着いた？」
…頭はすっきりしている。今自分が置かれている状況が理解できた。
さっきまで記憶が消えてて、今しがた記憶が復旧したようだ。今のは感応現象だろう。こんなことにも感応現象が応用できるのか。
そして、「ああ、記憶が戻ったんだ」といった実感が全く感じられない。不思議だ。
「痛かった？ ごめんね。だけどそれどうしようもないから許してね？」
人が狂気の淵に立たされた傍で、少女はけらけらと笑っている。
「…ああ、大丈夫だ。問題ない。むしろありがとう」
「え、そういう趣味？ 痛めつけられたいの？ だったら」
「一番いいのを頼む」
「…え？」
「ごめんなさい冗談ですそんな目で見ないで」
話があらぬ方向へ吹き飛んでいっている。話が捻じ曲げられていっている気もする。
何かが、純粋な笑顔の裏に貼り付いているように感じられる。悪い人ではなさそうなのだが、何かよくわからない違和感がある。
「半分はあなたの発言のせいだよね」
「仕方ない。やつが真面目な文章の執筆に挫折したんだから」
「発言がメタい」
「っていうかなぜ考えてること読めるんだ？ 声に出てたか？」
「あなたなら考えればわかるはずだよ」
…？
どういうことだ？
こんな情報量の少ない場面で「考えろ」というのは、推理小説の冒頭で、まだ自宅でのんびりミディアムレアのステーキでも
食べている主人公に「アルハンブラ宮殿であのおぞましく不可解な事件を起こした犯人は誰？ ヤスなの？ その動機は？
トリックは？ なんで現場にめんこちゃんゼリーが落ちてたの？」と聞くようなものではないのか。
とりあえず記憶が戻った。お得だ。無料サービスだと嬉しい。棚からマシュマロ。
ガウスは失った記憶を取り戻すためアラガミを駆逐する冒険に出たのであった…とかそういう展開にならなくてよかった。
いやでも戦い疲れたからRPGみたいな展開でもいいかもしれない。レベルを上げて物理で殴るだけだし。
あ、帰ったら久しぶりにTRPGでもやろうかな。
「思考がメタい」
「メタいって言ってる人もメタいことを理解してる時点でメタいだろう」
「うるさいなあ」
それで、この少女はいったい誰なのか。それがわかればテレパスの仕組みも分かるかもしれない。逆でもいいか。
しかし記憶は戻ったはずだが思い当たる人物はいない。あるいは記憶の復旧が不完全なのか。
だが… なにか…
そうだ。
この少女は非常に特徴的な外見を「―――ーダ――！」持っている。そういえばこの少女の名前聞いてないな。
この少女の瞳だ。このよく見ると不思議な瞳の形は
「リーダーー！！！」
え
「ﾓﾙｽｧ」
腰に強い衝撃が。そのまますごい勢いで飛んで行った。いや吹っ飛ばされた。瓦礫に直撃する。すごいパワーだ…！
「すごく心配したんですよ！ もしも、もしもリーダーに何かあった、ら」
涙目で上目使いってあれですよね。非常にアレですよね。ねえ。
「ﾌｧｰwwwwﾌﾞﾙｽｺwwwwwwwwwwwwwww」
もうどうでもよくなってきた。楽しくなってきた。楽しくなるとつい殺っちゃうんだ。
「…リーダー？」
あ、目つきが
「つまり無事ってこｔｄいいい痛い痛い痛い鯛鯛タイ痛いたい」首が… こ、粉々に…
「ドン引きです…」
「九州弁ｗｗｗ」
やはりこの少女は人の不幸をみてけらけら笑っている。何故九州弁を知っているのだ。
いや、そもそも語尾に「たい」が付いただけであって九州弁ではない。ネタのクオリティの低さが露見している。
「あれ、あなたはどちら様ですか？」
アリサがローブの少女に問いかける。
「ん？ 私は恋のキューピッドだよ」
とうとうGEの世界にも弓が登場するようになったのか…。
「弓か。おもしろそうだな」
帰ったらさっそく博士に提案してみるとするか。
「劣化オラクル砲にしかならない気がします。というかリーダーは大丈夫なんですね？ 主に頭とか」
「安否確認が済んでない人にバックチョークかけるなよ…」
まったくこのロシアンは…。どうでもいいが、ロシアンという言葉は、こしあんと響きが似ている。
「それはリーダーが悪いです。こっちはどれだけ……」
ふいと顔をそむけられた。
「あー、あれだ、アリサ。ありがとう」
「…無事でなによりです」
また顔をそむけられた。怒っているのか顔が少し赤い。
「まあ、そうだな」
とりあえず死ぬな、がこの部隊の基本方針だし。
「…頭以外ですけどね」
「仕様です」
「分かってるんなら自重…って、そうでした。あなたは？」
「…あっと。…まだ自己紹介してませんでしたね。僕、医療班に配属になります新人の神機使いです。ゲンって呼んでください」
頭痛がする。主に疲労的な意味で。
「なんなんだ…」
レンの台詞の使いまわしだし最後ゲンさんだしそのネタはアリサには伝わらないし…
そして二度目だがなぜその会話を知っているのだ。
「…新人さん、ですか？」
「いやあ、こう見えてもあなたと同じくらいのキャリアはあるよ」
「”同じくらい”、じゃなくて”同じ”だろ…」
この少女、いやもう「こいつ」でいいか。名前分かんないし実際女の子かどうかわかんないし発言はメタいし
「メタいって言ってる人もメタいことを理解してる時点でメタいよね」
「そうだったな…」
でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要なことじゃない。
「お前、持ち主に対する態度がそれでいいのか…」
「貴様の隷になどなった覚えはないわ」
そんな趣味は持ってないし、話がずれてるし、もはやつっこむのがめんどくさくなってきた。
「ああもう。アリサ、とてもとても残念なお知らせがある。こいつはアリサの神機の精霊体だ」
「………」
「………」
「………」
「………へ？」
「前リンドウさんの件で話した神機の精霊体だ」
「こｒ、彼女が……ですか？」
うまく言葉が出てこない様子のアリサ。これは仕方がない。誰だってそーする。おれだってそーする。
「これとかいうな私でも泣くよ」
とか言いつつもニヤニヤしているし、泣きたいのはむしろアリサの方ではなかろうか。
いつか会いたいと夢見ていた自分の神機の精霊体がこんなんだったのだから。
「おいさっきまで不真面目な文章の羅列に加担してただろ急に主人公みたいなポジションに戻るな」
「おお、メタいメタい」
…？ 理解しかねるな。ﾌﾏｼﾞﾒﾅﾌﾞﾝｼｮｳ？ なんのことだか。
「私、この職場で仕事続ける自信なくなってきました」
「…ようこそ、クソッタレな職場へ(ﾄﾞﾔｧ」
「お前その時もいなかっただろ」
いろいろと…… いろいろです。
なんというか、うまく言葉で表現できません。
もちろん、リーダーがほぼ無傷で無事だったことはうれしいですが…
頭はたぶん前からそうなので諦めてます。
だって普通二日間アラガミと戦い続けてたら神機も身体も相当摩耗して、少しは怪我とかしてたりして、
そこに迎えに行ったら、もう少しいい雰囲気になるかなー
って、そんな期待を抱いた結果がこれですよ！
それにいくらなんでもうちのリーダー化け物じみてますよ。あれだけ戦い続けてたのにまだこんなに余裕そうですし。
照れ隠しなのか、あるいはあの人地味に寂しがり屋ですから二日間誰も構ってくれなくて退屈してたのか知りませんけど
テンションがあらぬ方向へ吹き飛んでますし、この神機の精霊体は明らかに意図的に話を捻じ曲げてきますし……
リンドウさんとその神機の精霊体のレンさんでは、性格がほぼ正反対みたいだった、ってリーダーが前に言ってましたが
神機の精霊体は持ち主の性格をひっくり返した性格で出てくるとかいう法則でもあるんでしょうか。
いろいろとインパクトが強烈ではありましたけど、悪い人ではなさそうなのが、唯一の救い？なのかもしれえません。
リーダーは神機の精霊体に対して踏んだり蹴ったりのことを言っていましたが、正直に言うとなぜか不思議と、
嫌悪や落胆はまったくないんです。腐ってもパートナーということでしょうか。いや流石に腐ってはいないと思いますが…
今は、安堵やら驚きやら疑問やらで頭の中がごちゃごちゃですが、一つ言えることがあります。
あの雰囲気を消し飛ばした罪は重い(確定)
アナグラに帰ったらそこのところはしっかりと報ふ、いえ、理解してもらいたいと思います。
「お仕置き(意味深)… ここにｷﾏｼﾀﾜｰ建てよう」
「その前に病院建てよう」
もしかしなくても現代医学では治療不可能だろうけど。
アリサはというと何故か不貞腐れているような気がする。女子は神話生物…間違えた。女子というものは本当に理解しがたい。
ついでに怖い。
「だよね。さっきから殺気を感じてるから私帰るね」
「え」
え
「どうかしま、あれ？」
いない。
ついさっきまで目の前にいた神機の精霊体がいない。
目の前で「消失」を目撃したはずなのに、姿が薄くなっていっただとか、消えていく過程などは全く認識できなかった。
不思議なことがあるものだ。全く理解できない。
「腐り果てても精霊…なのか？」
いくらなんでも人間に消失するなんて芸当はできないだろうし。
「いやさすがにそこまでは逝ってないと思いますよ」
アリサは笑いを浮かべている。あれが自機の精霊体だとわかって、ショックというわけでもなさそうだった。よかった。、
「あ、また名前聞くの忘れた」
「まあいいや。どうせシナリオの都合上あと数回はでてくるだろう」
「…シナリオ？」
怪訝そうな顔をしている。よかった。やっぱりこうでなくてはいけない。
「いや、よかったなって思って」
「リーダーこそ、無事でよかったです」
微妙にかみあってないが、噛み合う方が困るのでこれでいい。
「あ」
「…どうかしたのか？」
「…いえ、人間って誰しも間違いを犯すものじゃないですか」
そしてこの微妙な笑顔である。表情からして何かミスったんだろう。
「そうだな。怒らないから正直に言おうか」
「それフラグです」
往々にして正直者は損をするものである。社会とはそういう理不尽なものだ。
「この正直者の私が嘘をつくとでも？」
「本当に正直な人はそんなこと言いませんって」
「誰しも嘘をつく。嘘をつくこと自体は責められない」
いつから嘘をつかない人間がいると錯覚していた？
「なら最低限嘘をつく羽目になるような行動は控えましょうよ…」
「分かった。怒ってあげるから正直に言おうか」
アリサの言っていることは、つまりこういうことだ。
「私が悪かったです。…リーダーあんまり怒らないので言います」
「怒ってもいいこと特にないからな」
ちなみに、ちょっとイラついたりしたときは、怒りの六段活用で自分の怒りを評価してみると冷静になれる。
評価する時点で怒りに対して客観的になれるからだ。
「帰る手段用意するの忘れてました」
「…まあ、そういうこともあるだろう」
「…すいませんでした」
しゅんとしている。表情がころころ変わるので見ていて飽きない。
「助けに来たんだから謝ることはない」
「でも、その」
「謝るのは助けられなかった時だけでいい」
そうした方が助けるモチベーションも上がると思うし。
「無線は？ 持ってないのか？」
期待はしてないが。
「ああ、そんなものもありましたね…」
半ば自棄気味の笑みを浮かべている。こういう笑顔は純粋な笑顔より素敵だと思う。アリサに限った話ではないとは思うが。
「ミイラ取りがミイラになってどうするんだ…」
「あ、リーダーの無線を使いましょう」
「そんなものがあったならとっくに救援呼んでいる」
まあ、最悪歩いて帰ればいいか。
「ごめんなさい… ちょっと慌ててて」
どうするんだこれ。孤立した状態は変わってないぞ。いや落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない。
「アリサはどうやってここまできたんだ？」
「ジーナさんのミッションに同行させてもらってヘリできました」
こっそり、内緒で来たってことだろうか。丸腰での外出に許可は出ないだろう。
「ミッションの内容は？」
「サリエル堕天とコンゴウだそうです」
「ジーナさんならもう仕留めちゃってる予感がする」
「ﾃﾞｽﾖﾈｰ」
「まあいいや、とりあえず神機返すぞ。酷使したからIE撃ちにくくなってるかも。すまん」
「大丈夫ですよ。リーダーの命には代えられません」
それはつまり神機＜＜＜壁＜＜＜仲間というわけでありまして。ざまあｗｗｗ。
「今頃某神機の精霊体は涙を流しているであろう」
「べ、別にそういう意味じゃ…」
「最後まで言葉が続かないあたり、実は？」
「ってそんなことはどうでもいいんです。重要なことじゃないです」
霧が出てきたな…
「とりあえずジーナさんを探しませんか？ まだ戦闘中なら場所がつかめるかもしれないですし」
「いや、広域信号弾撃とう。なんか疲れた」
あんまり歩きたくない。
「無駄に騒いでるからそうなるんですよ」
「どこかのツンデレさんとは違って自分の感情に素直なんですよ」
携行していた信号弾が破損していないかどうか確かめてから、発射する。
「ツンデレ…？ 誰のことだか私にはさっぱり」
そんなに遠くないところでもう一発、赤い信号弾が上がった。
「あ、よかった」
「さすがジーナさん空気読んでる」
「じゃあ早速向かいましょう」
そうできるのならそうしたいけれど。
「問題です。ﾃﾚﾝ。人類を救うため華麗に闘う際注意すべきことは？」
「!! 上です！ リーダー！」
惜しい。斜め後方上部なんだよなあ。アリサが神機を銃形態に変形し、構える。
「残念！ ヒトシ君ボッシュート」
振り返るまでもない。体を左回転させて、右に体軸をずらす。自分がいた位置に神機を振りぬく。
神機に何か当たった瞬間、神機を縦に構え直して抉り、IEを撃ちこむ。破片が飛び散る。
相手が仰け反る。動き出す前に4発攻撃をいれる。相手が仰け反る。動き出す前に以下略。
「奇襲ってのはバレないから意味があるんだよ」
ネコはあの昔のかわいらしい猫のままが一番いい。調子に乗って神格化したりするから、鼠捕りの一つもできなくなるんだ。
頭を破壊すればあとはもうﾃｷﾄｰに斬って盛り付けるだけの簡単なお仕事です。
ヴァジュラに奇襲されてた頃が嘘みたいです。
こちらを殺しにかかってるような任務でもちょろっと無傷で帰ってきたりすることもよくありますし、リーダーの方が
アラガミなんかよりもよほど化け物じみてる気もします。そのうちブレスでも吐くんじゃないでしょうか。
それに今は疲労状態のはずなのに。
私が感じた限りではディアウス・ピターの気配なんてしませんでした。とっさにガードくらいならできると思いますが、
その前から感知できるなんて人間業じゃないです。ディアウス・ピターの方を見ずに奇襲に対応してましたし。
リーダーみたいに強くなりたいとは思いますが、こういう場面を見てしまうとどうも苦笑いしか出てきません。
神機をしっかりと握って、引き金を引く。
「うん。知ってた」
こうなることは知ってた。
案の定あの黒猫を討伐した後、シユウ種いろいろが数体やってきた。その後も大繁盛でした本当にありがとうございました。
経過時間はだいたい三分。ジーナさんを待たせているから時間を取られるわけにはいかない。
「疲れました… 知ってた、ってことはリーダーずっとこんな感じだったんですか？」
「だいたいそんな感じ」
「…本当にお疲れ様です」
アラガミが周囲にいないことを確認して、神機との接続を一時的に解除する。フィールドで解除するのは言うまでもなく
危険だが、もしかするともしかするのかもしれない。現状では確認の仕様がないから、帰ったら博士に訊いてみよう。
「さて、帰ろう」
信号弾の見えた位置に向かって歩きはじめる。走ると疲れるから走りたくはない。
「リーダーの単独任務っていつもこんな感じなんですか？」
「そうだよ」
「怖くないんですか？」
「ジャイアントコーンについてどう思う？」
アリサはぽかんとしている。
「え、すごく食べにくいと思います、けど、それが何か？」
「アラガミもそんな感じ」
「アラガミの脅威におびえる人類とはいったい」
「時代は流れていくんだ」
「最先端すぎると狂って見えるんですよ」
「くぁｗせｄｒｆｔｇｙふじこｌｐ；ふじこふじこあばばば」
「それは、どうしようもない窮地に陥った時も同じですか？」
いくらリーダーでも生物なら危機に対して恐怖くらいは覚えるものではないんでしょうか…？
まずそういった意識の問題から差を詰めていかないと、リーダーには何億年かかっても追いつけない気がします。
上手く言葉にはできませんが、リーダーの戦い方は自棄なわけでもなく、でもそれでいて深く踏み込んだギリギリの戦い方で、
技術で語れるレベルが霞んで見えるレベルにある戦い方だと思うんです。もちろん技術鍛錬もあるんでしょうけど。
「…んー、なんと言ったらいいのか……」
「本部の方で盛んに戦術理論の研究がされててさ、いろんなデータが採られてるんだ。
で、そのデータ見ても言える事なんだけど、やっぱり人間死ぬときはあっさりと死ぬ。どんな達人だとしても」
「極東支部に至ってはすごい人ほど早死にするとか言ってますしね…」
「それは「すごい人」にかかる負担が大きいだけだと思うんだけどな」
「経験者の言うことはさすが違いますね」
思わずつられて苦笑が漏れる。
でも。
リーダーがどのくらい大変な思いをしているのか私には量ることはできません。
でも、私はいつか、いやできる限り早く、その孤独を理解するなり、寄り添うなりして、すこしでも支えになりたいのです。
私が、かつてそうしてもらったように。
リーダーは知らないかもしれませんが、仲間にそっと寄り添ってもらうのって、とっても気持ちいいんですよ。
少し間をおいて、リーダーが話し出す。
「…だとすれば、死なないように注意していようがなかろうが、死を遠ざけようとしようがしまいが、死ぬときは死ぬ。
そしてもちろんいつ死ぬのかなんて人間には分かるわけがない。そういうことは神様にでも決めてもらえばいいんだ。
あと神様って絶対ツンデレだと思う。だから死を考えることは放棄して自分はとりあえず生きることだけ考えてればいい。
もちろん死を運に任せるっていうのは、博打とか捨て身とか自棄とは違う」
「…死ぬ運命には抗えないから、怖がっても何にもならないってことですか？」
途中なにか残念なセリフが入りましたが、確かにそんな気もしなくはないのであんまり気にしないことにします。
「…少し違うな。諦めることとも違うんだ。死ぬタイミングはわからないから、どんな絶望的な状況下でも
その時が死ぬ時ではないのなら、足掻き続けてれば生き延びられるはずだ。むしろ極端に諦めの悪くなることだな」
うーん…
「…難しいですね」
「ああ、悪い。言葉が拙かったな。難しく考えることはないと思う。怖がるも何も、死ぬときは死ぬ、ってことと、
自分が全力で生きて、たいした後悔がなければ、死ぬときであっても何の問題もなく笑っていられると思うんだ」
「悔いがなるべく無いように？」
「それが至上」
後悔の少ないように…
「夢半ばで死んだりしたら、そんなに悔いが少なくても最期は後悔しませんか？」
「いや、オレは死んだことないから知らないが、そういうときは仕方ないね(笑)で済ませるしかないんじゃないか。
オレはそんなもんだと思うが」
「仕方のないことはしかたない、と」
とても、素敵な言葉のように感じられます。甘ったれるわけではない、前向きな妥協。ちょっとずるいようにも思えなくはありませんが…
「そうなんだ。結局自分のやれることをやるしかないんだ」
リーダーがニヤリとする。どうせ碌なこと考えてはいないんでしょうけど。
「昔誰かさんが似たようなことを言っていたっけな。自分なりの仕事をしろって」
あるフレーズが思い浮かぶ。
ー旧型は旧型なりの仕事を(以下略ー
「そ、そのことはもう忘れてください！！」
思わず顔が赤くなるのが自分でもわかる。おのれ過去のアリサめ…
「ｲｲﾊﾅｼﾀﾞﾅｰ(棒」
「もう…」
「だから焦って背伸びする必要もないってわけだな」
ふと、さっきの戦闘が思う浮かぶ。
「…え？」
「あとな、死ぬのが怖くないわけはもう一つある」
「あの妥協案の他に、ですか？」
「………」
「リーダー？」
「……………」
「もしもし？」
「…アリサ」
はい？
リーダーの目が血走っているような…
「マシュマロあるか？ ありますよね？ 持ってないわけがあろうか、いや、ない(反語)」
知ってた。どうあがいてもこの人相手では碌な展開にならないことくらい知ってました。
「そんなことだろうと思ってました。どうぞ」
念のため持ってきておいてよかったです。
「やった、さすがアリサ！ ソビエト社会主義共和国連邦万歳!!」
「いつのはなしですかそれ…」
「いやー不覚にもストックきれてて困ってたんだよ。ありがとう」
さっきの中毒者の顔はどこへやら…
「いえいえ」
でも、こういう展開もそこまで…
「アリサも食べる？」
「私はいいです」
中毒になったりしたら大変ですから。
「ん。で、何の話だったっけ」
「死ぬのが怖くない訳ですよ」
「ああ、それだ。例えばオレが死んだとしてもさ、アリサとかの記憶の中にオレが残ってるだろう」
「いや、リーダーが死んだ経験はないので分かりませんけど」
絶対に覚えてますけどね。
というかその前に死んでほしくないです。
「ベタな話だし理由はよくわからないんだが、それってとても嬉しいことだと思うんだ」
「死亡フラグみたいなこといわないでください。それはコウタの役目です」
「話の流れ作ったのはアリサだろうに」
「それはそうですけど…」
「大丈夫だ。このオレが負けるわけがないだろう」
「わかってて立ててますよね!?」
リーダーはこういうの大好きだからたちが悪いです。
「リーダーが死んだらいろんな人が困る、とだけ言っておきます」
主に私が。
「死にゆく人間に残される人の心配をする義務はない」
「な」
「心配をしたいならすればいいと思うが、死ぬ時は死ぬんだ。残される人には困ってもらうしかない(ﾆﾔﾆﾔ」
「むぅ…」
確かにこの世界はいつもそんか感じですが…
「まあそんなことは誰かが死んだ時に考えればいいだろう」
「そういうものなんでしょうか」
「そういうものでなくとも、こうしないと面倒だろう」
「割り切った方が楽なのと、割り切れるかどうかは別の問題なのでは？」
「それも誰かが死んだ時に考えることだ。そういうときどういう風に考えるかだけ決めておけばいい」
きっとリーダーにはリーダーの基準のようなものがあって、それに即してものを判断してるのかもしれません。
あとは勘で決めてそうです。
「…やっぱりリーダーの頭はおかしいです」
「…そんなに褒められても、照れる」
「褒めてませんからね」
「ポジティブに生きて行こう」
あと大事なのは前向きな姿勢なのかもしれません。
やっぱり頭は変ですが、私より遥かに多くのことを知っていて、考えてることは確かだと思います。
「あ、ジーナさんいました！」
廃墟の影からフェンリルのヘリがのぞいている。走り出す。
「え、走るの…」
リーダーはぐったりした顔をしてますが、とりあえず放置です。リーダーなのに威厳の欠片もないとはどうなんでしょう…
「ジーナさん！」
「おかえりなさい。迷子は見つかったようね」
「おかげさまで見つけられました」
「あなたも迷子さんに似てきたわね」
「そ、そんなことないです」
やっぱりちょっと嬉しくもあり、残念でもあり… 目標に近づいたって言われたのにこの感情は何なんでしょう。
「そうかしら？」
遅れてリーダーが到着です。
「ジーナさん、どうもありがとうございます」
「お安いご用よ。立ち話もなんだからとりあえず戻りましょう」
ようやく、リーダーを乗せたヘリが贖罪の街を飛び立つ。
長い長い戦闘が終わってようやくやってきましたアナグラのロビー。やっぱり帰る場所があるっていいことだな。
「よぉ、遅かったな！」
「英雄様の凱旋だな」
「お疲れ様ね」
「生きてたか…」
元も含め第一部隊のメンバーのお出迎え。生きててよかったって思ってしまったのはさすがに陳腐すぎるか。
「ああ、ただいま」
「第一部隊長はロストして戻ってくる伝統が今うまれたな」
愉快そうにリンドウさんが笑う。
「縁起でもないこと言わないで頂戴」
「まあロストしても生還できるくらいの力が第一部隊長の基準ってことだね」
「その前提はどう考えてもおかしいです」
ほっとする空気の中の流れが少しだけ変わる。エレベーターから教官が降臨する。そうなりますよねーやっぱり。
「ガウス、お前はいつも… まあそれは言わなくてもわかるだろう。気をつけろ。さっさとメディカルチェックを受けて来い」
珍しく叱責なしだったが、今はとりあえず寝たい。メディカルチェックでもなんでもいいから寝たい。
「あー悪いけど眠いからメディカルチェック受けてくる」
「ああ、ゆっくり休んでろよな！」
「行ってらっしゃい」
「こうしていつも通りの日常、殺伐とした無慈悲な、それでいて(彼にとっては)割と平和な日々が戻ってきたのでした」
「…と、思うじゃん？笑」
つづく。
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(5/3 一部日本語がおかしかったので修正)
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