ゴッドイーターでエロパロスレの保存庫の避難所です

その日も彼は、いつも通り無事に帰投して、ちょっと年下の私から、これまたいつも通りにお説教されるはずだった。
彼の戦い方を直接見たことは殆ど無いけれど、無茶な傷を毎回付けて帰って来るのだから、さぞ大立ち回りを繰り広げているに違いない。

真に一流の技術者なら、付いた傷を見ただけで、その神機使いの戦う様を想像出来る。父がよく私に言い聞かせていたことだ。
残念ながら、まだ私はその域には達してはいない。父が生きていたら、神機への愛が足らん、とか言われるんだろうか。
とはいえ、変な表現かもしれないけれど、良い傷とそうでない傷くらいは判断出来るようになった、と自負している。
単なる不注意で付いた傷や、武器の特性や敵との相性を無視した結果付いた傷。こういうのは良くない傷だ。
そういう戦い方をする人の神機は、まるで文句があるかのように、なかなか調整がうまくいかない。
それとは反対に、仲間を庇って付いた傷や、効果的な攻撃をし続けた結果の刃の綻びみたいなものは良い傷といえる。
見た目がどんなにボロボロであっても、そういう戦い方をする人の神機というのは扱いやすい。神機としても、多分本望なのだろう。

彼の神機は、いつも本人と同じようにボロボロになって帰って来ていたけれど、殆ど良い傷しか付いていなかったと思う。
彼のお気に入りは、大男を思わせるような、鋸状の刃を持った大剣と、それと対照的な、女性的なフォルムを持つ短剣。
そして今回の任務に持って行ったのは、アラガミの顔を象った長剣。私と彼で作った神機。その記念すべき初舞台、のはずだった。

「部隊長の反応がロストしただと?!同行者は!?」

ツバキさんの声。

「ソーマさん、ブレンダンさん、カノンさん、既に帰投は完了していますが、いずれも重傷です!」

ヒバリの、声。

「何があったんだ!」
「討伐対象以外のアラガミが大量に出現したらしいが……事前調査隊は何やってたんだ!」

いろんなひとの、こえ。

「?!リッカ!しっかりしろ!!」

ゲンさんの叫び声を最後に、私の意識は真っ黒に塗りつぶされた。

『ごめんリッカ、また刃綻んじゃった』

またなの?一体何度目の補修かな。キミは神機の使い方がすごく丁寧だから、まだ作業しやすいのが救いだけど。

『おぉ、褒められた。ちょっと前まで「ガードしてる?」とか言われたのに』

……装甲の方が割と綺麗なのは相変わらずじゃない。進歩がないよ。

『いやぁ剣で受けたりしないといけない場面が多くてさ』

……うん、まずはそこから直そっか。

『リッカー』

お帰り。で、お気に入りの短剣が、今日はどうなったのかな?

『ちょっと折れた』

ちょっと?!「ちょっと」とかいう問題じゃないよそれ!?

『集中切らして固いとこに思い切り突き立てちゃって』

……

『……あはは』

……嘘はいけないよ。

『やっぱりバレますよねー』

キミの神機、調整大変だから、物好きな私が一手に引き受けてるんだよ?変な傷の付き方してたら、何かあったんだろうな、って思うよ。

『おお、俺専門の職人さん、って感じでいいねそれ』

はいはい。ま、大方誰かを庇った、ってとこ?でないと、刃先が欠けるならまだしも折れるとは思えない。特にキミならね。

『大体合ってる』

誰かを守った行動自体は賞賛したいけど……危険な目に遭うんだからほどほどにね。言うだけ無駄だろうけど。

『心配?』

そりゃあね。

『神機が?』

……い、いやその……

『おー俺のこと心配してくれるのかーやったーリッカ最高に優しいー』

ちゃっ、茶化さないでよもう!修理してあげないよ?!

『まぁまぁ頼むよ。ほらほら、素材もちゃんと揃えたしさ』

……無駄に周到だなぁ相変わらず。ていうかこれだけ素材揃ってたら強化出来ちゃうけど。

『いい機会だしその方向で。あ、あとこれ』

……冷やしカレードリンク……!!
い、いくら私がこれを「ちょっとだけ」好きで、おまけになぜか最近入手しづらくなってるとはいえ、餌付けじゃあるまいし

『いらない?』

欲しいですすいませんでした

『おはよ』

おはよう。今日は休みじゃないっけ?

『いやぁリッカに会いにね』

寝癖つけたまんま言われても説得力無いかな。

『あらそりゃ失敗。いや一応用事はあるんだけどさ』

んー、この後ちょっと仕事が……

『配給でなぜか冷やしカレードリンクを大量に入手したんだけど』

話を聞こうか。

『さすがリッカ!』

はっ!?

『欲しいでしょ』

いやまぁ、もらえるなら欲しいけど。

『けど?』

こう……私ってそういう、カレードリンクキャラ?みたくキミから見られてるのかなー、とか思わないわけじゃないし……
いや私もさ?普通の食べ物だってちゃんと好きだし食べるし、料理っぽいことも……あ!?ううん何でもないよ?!今の無し!

『……』

(ああもう、絶対変だと思われちゃったなこれ)

『……よし!なら夕食に御招待だ』

え?

『カレードリンク以外にも配給品余っててさー』

え、ちょ、え?

『特務関係の報酬でこのご時世には珍しく生鮮食材とかも割とあるんだよ。でも俺料理出来ないし』

あ、えと、うえ?

『ということで何か作ってくれないか?今日はもともとそれを頼みに来たんだ。カレードリンクはその報酬ってことで』

い、いやでも。

『コウタやアリサとかも呼ぶし、簡単な手伝いはするよ』

な、なんだ。そういうことね……あぁでも、料理とか実際久しぶりだなぁ。大丈夫かな。

『リッカなら大丈夫さ。神機使いのことをよく理解してるんだから』

味の好みとかはさすがにカバーしてないって……

『ははは、とにかく頼んだ。他の人にも声かけてくるから、また後でね』

はぁ、本当に退屈させない人だなぁ。ふふ、まぁたまにはこういうのも悪くないかも。
何を作ろうか……あ、食材のストックくらい教えておいてくれればいいのに。それにしても。


別に、2人きりでも、よかったのにな


/
あぁそうだ。その後彼の部屋に初めて入って、二人で下ごしらえ何かをしている内に、自然と顔を寄せ合っていて。
その日から、私は彼の、彼は私の、いわゆる恋人というやつになったのだった。もう懐かしい部類の記憶、そんな夢。

起きぬけでぼーっとしている頭が、白い天井を認識する。ここがラボラトリ区画の一角、病室だとすぐに理解した。
本来整備士にはそこまで縁のある場所では無いのだけれど、私に限ってはよくここを訪れていた。
彼のお見舞いだ。結構な頻度で無茶をして帰ってくるので、私自身すっかりこの空間に慣れてしまった。

そう、その彼だ。一気に頭がクリアになる。私は必死に倒れる前の記憶を探った。

反応がロストした。
同行者は生還したが重傷。
想定外のアラガミの大量発生。

確か、そんな内容が飛び交っていたっけ。

冷静に考えよう。反応がロスト、という時点で、既に事態は見えたようなものだけれども。
リンドウさんが色々と奇跡的だっただけで、ロスト時の生存確率は1割を切る。それはデータから得られた、現実的な見立てである。
同行者に関しても、部隊長クラスのソーマに、防衛実績を着実に積み重ねてきたブレンダンさんとカノンさん。
いずれも単独でヴァジュラ種討伐が可能な実力者達だ。

彼らが揃って重傷を負うとすれば、接触禁忌クラスのアラガミが発生したと見て間違いない。
ヴィーナスという新種が最近確認されていたし、今後凶悪なアラガミが大量に出現する予兆かもしれない。

となると、私の仕事は一つだ。神機使いを全力でサポートすること。
どのくらい気を失っていたかは分からないけれど、早く現場に戻らなくてはいけない。

ふらつく足で、ドアの前まで歩いていく。当然ながら、件の3人もベッドに寝かされていることに気付く。
処置は終わっているようだが、シーツから垣間見える包帯や、大仰な医療機器の数々が、彼らの負傷の程度を物語っていた。

ドアを開ける直前、廊下からの話し声が聞こえたので一瞬動きを止めた。
面会謝絶にでもなっているのか、入って来るような気配は無い。
私の名前が聞こえた気がしたので、何となく、聞き耳をたててしまう。

「3人とももう命に危険は無いらしいです」
「良かった……」

どうやらアリサさんとサクヤさんらしい。
病室で今寝ている3人はひとまず大丈夫なようだ。後ろを振り返って、自然と安堵の溜め息が出た。

「あとは、リッカさんですけど……」
「……私も、リンドウの時に同じような思いをした。あの子の辛さは、少しは分かってあげられるつもりだけど」
「……恋人、ですもんね」
「リッカちゃんのためにも、必ず生きててもらわないとね」
「そうです。反応がロストしても、まだ●んだとは……」
「ダメよ?簡単に●ぬとか言っちゃあ」
「あ、す、すいません……」
「……あの子は、私たちの隊長は、生きてる。絶対に。見つけてみせる」
「はい。早く見つけて、リッカさんを安心させてあげましょう!」

2人の気配が廊下から去った後、私はドアの前に立ち尽くしていた。

(あの人が、どれだけボロボロになっても、笑って帰って来た、あの人が?)

「……●………………ぬ……?」

その言葉が口から出た次の瞬間、私は自分の口を抑えていた。吐き気さえ覚える。
あくまでも、それは言葉だ。事実ではない。でも、口に出した途端、何だかものすごく現実味を帯びている気がした。

起きた直後に状況を整理して、冷静になったつもりだったけれど、実は全くそんなことは無かった。
確かに生存確率についても考えたが、その先の部分を私は考えようとしなかった。
厳然たる事実として突きつけられかもしれない、彼の●について、考えたくなかったのだ。

2人の会話で、私はそれに意識を向けざるを得なくなった。その瞬間に芽生えたのは、強い恐怖と喪失感。
それ以外は具体的に物事を考えられず、床にへたり込んだ私は、ただただ体を震わせるだけだった。

随分長い間、そのまま茫然自失としていた私は、我に返るととりあえずベッドに戻った。
さすがに余裕がない。とにかく早く意識を放り出したかった。ひとまずこの待遇に甘えさせてもらうことに決める。
とはいえ、私はアナグラのほぼ全ての神機の整備に関わりがある。私1人のせいで迷惑をかける訳にはいかないのだ。
それに私の働き如何によって、彼の捜索は大きく影響を受けるだろう。今は休むけれど、起きたら自分の仕事を全うしなければならない。
大丈夫。彼は帰ってくる。こっちも頑張らなきゃ。そう強く自分に言い聞かせながら、私の意識は深い闇の中に埋もれていった。

私が倒れて、その後現場に復帰してから1週間。過去に類を見ない程接触禁忌種が大量発生している中、彼の捜索は難航していた。
まだ何の手がかりも見つかっていない。アナグラの中でも、明らかに焦りが広がり始めている。
神機使い達の疲労も濃い。通常任務でさえ、相手が相手なだけにこれまでとは段違いの危険性を孕んでいるのだ。仕方ないことだろう。
整備班の仕事量も恐ろしく増えていた。倒れる人間もちらほら出てきている。そんな状況で、私は黙々と作業を続けていた。
彼が早く帰って来ますように。それだけを願いつつ、工房に独り居残ってひたすら神機を調整し続ける。そんな時のこと。

「おーい」
「……」
「聞こえてるかー?」
「……」
「……駄目だこりゃ」
「……あ、リンドウさん。お疲れ様です」
「『あ』ってお前……」
「任務が終わった後にこっちに来るなんて珍しいですね」
「……まぁ、オッサンになると残業も必要なんだよ」
「残業?」
「……つーか、この神機の量はなんだ?まさか明日までにこれ全部整備するつもりか?」
「いえ、もう終わらせました。これから念の為に再確認です」
「……マジか」
「『マジか』って、これが私の仕事ですよ。ボケちゃいました?」
「……」

リンドウさんは押し黙ると何だか険しい顔付きで神機の数々と私を見比べている。一体この人は何をするつもりなんだろうか。

「……あいつがロストしてからもう1週間だな」
「……そう、ですね」

ビクリ、と私の手が止まる。とてもぎこちない反応。

「1週間、まだ何も見つかっちゃいねぇ」
「……」
「それでも――」
「……ッ!それでも、私は……私は!あの人が必ず帰って来るって信じてます!!
あの人も、リンドウさんみたいに、絶対アナグラに……私の、私たちの所に戻ってきます!!」
「わーったわーった。その熱意と愛は褒めてやるが、そうカッカすんな。もう夜中だぞ?」
「す、すいません……取り乱しました」

つい語気が強まってしまった。しかしリンドウさんの言い方も問題がある。私にそんなことを言うのが残業とでもいうのだろうか。

「……リッカ」
「はい」
「休め」
「は……え?」
「命令だ。休め」
「何を言ってるんですか?!」
「聞こえなかったか?もう一度言うぞ。これは命令だ。今すぐ休め、リッカ」

既に整備班自体人員が不足している今、私が休んだら、各神機のパフォーマンスに悪影響が出るに決まっている。
彼の捜索だけでなく、他の任務だって苛烈さを増しているこの状況で何を言い出すんだろう?そもそも誰からの命令だというのか。

「……納得出来ない、ってか。言っておくが、これは正真正銘正式な命令だ。現支部長直々のな。
ま、あの人も形式ばったのは好きじゃないから、勅令とかは出さずに俺に任せたんだけどよ」
「榊博士が!?一体どうして……」

確かに現アナグラの長である榊博士からの命令なら、私だって従わざるをえないだろう。しかし、あの人も根っからの技術者だ。
私が休む場合、各神機使いの任務遂行にどれだけ影響が出るかなんて、簡単に予測出来るだろう。それなのに。

「どうして……どうして休めだなんて……」
「……お前、最近鏡見たか?」
「え?」

鏡なんて最近まで全く見なかった。彼が来てから――正確には、彼と色々関わるようになってからだけれど――、
たまに自分の姿を鏡に映すようになったのだ。煤けたほっぺや、貧相な自分のスタイルを見ては溜め息をついたりしていたっけ。
そういえば、彼がいなくなってからは、彼と出会う前のように全く鏡を見なくなっていた。

「最近は小娘のくせしてイイ表情しやがると思ってたが、ここ1週間はまぁひどいわな」
「なっ!」
「目は死んだ魚で、顔色は冗談かと思うくらい悪い。誰とも関わろうとしないで、朝から晩まで引きこもってやがる」
「……そうする必要があるからこそです」
「本当にそうか?お前さんは相当な無理をしてる。俺らはもちろん、遊びに来てるガキんちょ達まで、みんなそう思ってるさ」
「そうかもしれないですけど……そもそも、無理なんて言ってる状況じゃないでしょう?!私が仕事をしなかったら……」
「仕事、ね。確かにお前さん達の仕事は重要だよ。俺らの神機が毎度好調に動くのは、間違いなくその賜物なんだからな。
特にここ1週間、怖えアラガミどもが馬鹿みたいに湧いてやがるこの最悪の状況で、任務も片手間にあいつの捜索をしつつ、
それでも何とか全員生きて戻ってこれてるんだ。今までにないくらい神機が完璧に仕上げられてる、ってみんな感謝してる。
榊博士も驚いてたよ。ポテンシャルについてのデータがどうこう、ってな。まぁ俺にはよく分からん話だったが」
「だったら!!」
「話は最後まで聞け。いくら神機の調子が良かろうと、お前がぶっ壊れちまったらそれこそ何の意味もねぇんだ。
整備の要になってるお前が倒れでもしたら、今以上にあいつの捜索は立ち行かなくなるに決まってる」
「それは、そうかもしれませんけど……でも、ぶっ壊れるなんて、そんな……」
「……あいつが心配で、必死に何かせずにはいられないってのは分かる。人間ってのはそんなもんさ。悪いことじゃない。
でもな、無茶してる奴は止めなきゃならん。そいつが若いならなおさらな。それが俺らオッサンやオバハンの仕事なんだよ」



「そのオバハンって、私もカウントされるのかしら?」

「おぉ?」
「……サクヤ……さん」
「こんばんはリッカちゃん。いつもお仕事お疲れ様。でも実際、最近無理し過ぎよ?可愛い顔が台無し」
「……お前いつからいたんだ」
「鏡見たか、ってあたりだったかしら?それにしても女の子に対する言い方としては最低だわ。後でお説教ね」
「へぇへぇ」
「言葉の選び方が雑過ぎよ。後の残業は任せてもらうから」
「参ったね。我が家はカカア天下か」
「はいはい。リッカちゃんと女だけの話をするから、オッサンは早く下がってね」
「……了解」

リンドウさんはそういうと、潔く引き下がって帰って行った。
こっちを振り返ったりはしなかったけど、手を振っていた。うまくやれよ、とサクヤさんに伝えるように。

「さて、オッサンはいなくなったけど……リッカちゃん?」
「……はい」
「あの子のどんな所が好きかな?」
「え?ええと……」

優しい所。子供っぽい所。気さくな所。一緒に神機を調整した時の真剣な表情。生傷だらけだけど安心出来る腕。エトセトラ、えとせとら。

「……ベタ惚れねぇ」
「う……改めて考えたら、そうかもしれません……」
「あの子も幸せ者ね」
「……そうでしょうか」
「そうよ」
「……そうです、かね」

実際挙げてみたら、私は私の知る限りの彼の姿の全てを好きになっていたらしい。
本当にベタ惚れじゃないか。今更顔が熱いし、心臓が早く動いているのがはっきり分かる。

「うん。あなたがあの子をどのくらい好きなのか、どんなに大切に思っているか、よく分かったわ……ここからは、私の話ね」

「私もあなたと同じような状況に陥った時がある。知ってるわよね?」
「……リンドウさんの時……」
「……そう、あの時の私は、あなたよりもうんとひどかったかもしれない。任務に支障を来すくらい、精神的にまいっちゃってた。
その点あなたは、自分の仕事を全うすることで、あの子が早く帰ってくるように頑張ってる。それは本当にすごいと思う」

気付くとサクヤさんも、いつの間にか自分の神機を持っていた。

「私はリンドウに依存してた。だからあの人がいなくなって、壊れかけちゃったの。私の神機は、それをどう思ってたのかしらね?」
「サクヤさんの、神機……」

サクヤさんは自分の神機を優しく撫でている。まるで赤ちゃんを扱うように。

「……リンドウが帰って来て、神機にも意志が宿るんだ、って聞いて。
それから私も自分の神機の……声、っていうのかしらね?そういうのを理解するように努力してる」
「声……」
「実際に聞こえるわけ無いんだけどね……でも、そうするようになってから、ふとした瞬間に感じるの。
『あぁ、今この子はこんな気分なんだな』って。あなたも仕事柄、そういうのに気を向けたりするんじゃない?」
「あ……」

確かに、神機を扱う時に私が気を付けていることの一つだ。神機の声を聞く。
もちろんそれは比喩であって、実際に聞いたことは無いけれど。それでも私は、神機に意志があるものとして整備に携わってきた。
この1週間、彼のことで頭がいっぱいで、そういう基本的な部分を忘れていたかもしれない。

「……ここ最近、私は何度もこの子の意志を感じ取った気がする。『悲しい』『助けて』……ううん、『助けてあげて』、かしら」
「!」
「リンドウの言っていた通り、今のあなたはとても危うくて、何か些細なことで壊れてしまいそうに見えるわ。
私たちはもちろんだけれど、あなたが整備してきた神機からも、多分心配されてるんじゃないかしら?」

さっきまで機械的に調整していた神機の数々を見渡す。今の私の不安定さや悲しい気持ちが、この子達に伝播してしまっている。

物言わぬ神機達は、悲壮な雰囲気をもって、私に訴えかけていた。

「わ、わたし……」
「……大丈夫。あの子がいなければ、今のアナグラは無い。アナグラの全ての人が、あの子のことを大切に思っている」

サクヤさんから強く抱きしめられる。まるでお母さんのような、優しい香りがした。

「私達だって、あの子が帰ってくるように必死で頑張ってる。そこは分かっていて欲しい。だから、1人で背負い込まないで?」
「うぁ……」
「それにあの子がいざ帰って来た時、あなたが倒れてたりしたら駄目でしょ?大好きな人なら、笑って迎えてあげなきゃ」


『大丈夫大丈夫――』


不意に、ある日の彼の姿が目に浮かんだ。それに耐えられなくて、私はサクヤさんの胸に顔を押し付けて、しばらくの間思いっきり泣いた。

「……ずびばぜん……」
「あはは、いいのよこれくらい。リッカちゃんくらいの年ならまだ甘えていいんだから。普段からあなたは少し背伸びし過ぎな感があるし」
「……なんか、リンドウさんみたいな言い方ですね」
「あ、確かに。嫌だわもう。オッサンじゃあるまいしねぇ」

おどけたサクヤさんがおかしくて、自然と私の頬は緩んでいた。
何だか久しぶりに笑えた気がして、リンドウさんとサクヤさんに心から感謝した。

「……まだ納得が行かないこともあるだろうけど、みんなリッカちゃんを心配してるってことは必ず覚えておいてね?」
「はい、肝に銘じます。色々ありがとうございました。リンドウさんも言ってましたけど、私が倒れたりしたらそれこそ大迷惑ですから。
とりあえず、今日はもう休もうと思います。……いや……ごめんなさい。それでも、明日も仕事はやっちゃうと思います」
「……リッカちゃん」
「いえ、もう今までみたいな無理はしません。神機の声を聞きながら、本来の私の仕事をしようと思います。約束しますよ」

私はじっとサクヤさんの目を見据えた。生半可な気持ちじゃないことを伝えたかったから。

「…………そっか。うん。それなら、私も何も言わない。リンドウや支部長にも、私から伝えてあげる。でも、どうして?」
「本来なら、休んだ方がいいんでしょうけど……」
「けど?」
「彼は今生きてる、って私は信じてます。だったら彼は今も戦っていると思うんですよ。生きて、帰ってくるために。
彼は生きることから逃げたりしない。彼が戦っているなら、やっぱり私も同じように戦っていたいんです。自分の場所で……なんて」
「!!……そうね……そうだよね……うん……ふふふ」

何だかサクヤさんの反応が妙だ。ちょっとくさいかと思わなくもなかったけれど、そんなに変なことを言っただろうか。


「いや、あなた達って本当にお似合いなんだな、ってね?」

『大丈夫大丈夫!!この剣が守ってくれるさ。後は、そうだなぁ―ー』

『リッカが――』



彼の夢を見た。それはつい先日の記憶のリピートのはずなのだけれど、やけに昔のことのような気がした。
彼の不在が、私の心に大きな穴を穿っているからだろうか。とりあえずほっぺが冷たいのは気のせいじゃなかった。

そういえば、ここ1週間は全く自分のベッドに戻っていなかったんだなぁ、と起きてから改めてびっくりする。
工房の一角で軽く寝たことはあったかもしれないけれど、私はほぼ不眠不休で神機の調整ばかりしていた。
昨日サクヤさん達から諭されなかったら、今だって工房で幽鬼の様に仕事をしていたんだろう。無理してない、なんてよく言えたものだ。

まだ夜は明け切っていない。普段よりもかなり早く起きてしまったようだ。
体の方にはまだ疲れが残っているだろうし、もう1度寝たらいつ起きられるか分かったものじゃない。

私は昨日、サクヤさんに仕事はすると言った。それが、今も生きて戦っているであろう彼に対して、私が出来る最大限の応え方。
自己満足に過ぎないかもしれないけれど、何もしないでただ彼の帰りを待つなんて、私には無理なんだ。

うん、と一度体を伸ばしてから、私はベッドを抜け出した。

早朝の工房は何だか神秘的だ。音もなく澄んだ広い空間に、整然と並ぶ神機というのはなかなか映える。
昨日だってこの時間には作業していただろうに、昼も夜も関係無くここにいたものだから、そんな風に感じることは無かった。

既に十分な調整を終えている神機達を見渡す。
考えてみれば、病的なまでの確認の繰り返しを私は行っていたわけで、それに神機達は付き合わされていたということになる。
神機達が、仮に私達人間と似た思考をしているのであれば、朝から晩までいじくりまわされて、良い思いをしているわけがない。

「おはよう、みんな……昨日までは、ごめんなさい。今日からは今まで通り、みんなの声、ちゃんと聞いて仕事するから」

神機達からの反応があるわけは無い。それでも私には何となく分かる。
よろしく頼んだよ、とか、やれやれやっと戻ったか、とか、多分そんなことを思っているに違いない。
不思議と不平不満は言われていない気がした。だって、神機達からは何だか優しい眼差しのようなものを感じるのだ。
彼らがまだまだ未熟な私を応援しつつ、見守ってくれているものと受けとっておこう。

「みんな、ありがとう。これからもよろしく。あの人を早く見つけるために、私も頑張るから、みんなもお願いね」

神機のみんなに私の想いは届けた。後は宣言通り、彼らと対話するような、いつも通りの仕事をしていくだけだ。
そうすれば神機は必ず応えてくれる。そして彼は必ず見つかるのだ。私はそう信じたい。

ふと、工房の一角に目がいった。そこはこの1週間、意識的に無視していた場所だ。自然とそちらに足が向かっていた。

狙撃用の砲身の横には迫撃砲や刀身の設計図。巨大な盾に立てかけられたいくつもの短剣。そう、ここは彼専用の装備置き場だ。
彼は他の神機使いと違って、装備を任務に合わせて最適化していた。新型ならではの拡張性や対応力を最大限に活かす人だった。
というか彼は、色々な装備を組み合わせることが好きなのだ。そして私と彼の関係は、この場所で育まれた。
休日でも神機をいじりに来る彼のために、空いているスペースにデスクを置いてから、思い出と一緒にどんどん物が増えていった。
今では割と本格的な作業も出来るように工具一式が常備されているし、軽くお茶をしたりお菓子をつまんだりも出来る。
本来こういうことは誉められたことじゃあないが、きっちり彼が実績を積み重ねてきたので容認されているのだ。
最近は他の知り合いもよくここを訪れる。一番の常連が榊博士だから、最早アナグラ公認と言っていいのかもしれない。

その雑多なスペースの中心、最初のデスクに、彼が最もよく使っていた剣が2つ置いてある。
豪快で男性的な大剣と、繊細で女性的な短剣。綺麗に対になるような組み合わせだ。
彼が新人だった頃から使い続けているから、私自身数え切れないくらい強化や補修をしてきた、馴染み深い子達である。

私と彼が、いつも一緒にいた場所。今朝の夢、ほんの1週間ちょっと前の記憶。それもここが舞台だった。

『おーす』

おーす

『話があるって?』

うん、例の新しい刀身パーツなんだけどね?

『なんだ、好き好き愛してるぅ、とかそういうじゃないのかー』

……スパナかバールかくらいは選ばせてあげるよ?

『はっはっはごめんなさい振りかぶらないでリッカマジこわい』

全く……ていうか今更だし……

『お?』

?!あ!なな何でもない何でもない!

『あはは』

と、とにかく新しい刀身パーツ、ようやく完成したの。細かい調整にもう2、3日必要だけど。

『ついにか!俺とリッカの愛の結晶!!』

そ、そういう表現は……ああもう。とにかく、はいこれ。

『これは……アナグラを襲撃した奴の顔?』

うん……本当、あの時はありがとう。レン君、だっけ?まぁ最終的にはリンドウさんの神機のおかげなのかもしれないけどさ。

『……あの時あいつが他の人に見えてないってこと分かってたらなぁ……抱きついてきたリッカにあんなことやこんなことを……』

ちょっと?!

『ははは……でも今思うと、本当に無茶したよなぁ、俺』

そう、そこなんだ。

『え?』

これ見てると、どうかな?

『どうかな……っていうと?』

思い出さない?あの時のこと。

『ああ……確かに。この凶悪さ倍増な面構え。同じようなアラガミと戦うよりもよっぽど思い出すわ』

でしょ。ちょっと自信あるんだよね、この造形。で、その剣で戦えば、色々と無茶をしないようにならないかな?

『……あー……』

普段から無茶しっぱなしなんだから、そろそろ戒めみたいなものが必要だと思うの。キミは今のアナグラから欠けちゃいけない人だし。

『欠けちゃいけないのはリッカもだろ』

え?……そう、かな。

『だって俺の神機をまともに扱えるの、リッカだけだし』

まぁ、現状はそうだね。でもそもそもキミは、私にしか神機を見せようとしないじゃない。

『まぁね。俺の神機はリッカ以外には扱って欲しくないんだ』

!……へ、へぇ。そっか。そうなんだ。えへへ。

『毎回どこか壊して帰ってくる俺なんて、まず整備担当に怒られるに決まってるでしょ?リッカ以外のお説教とか勘弁して欲しい』

……何それ。私のお説教が、お説教として機能してないみたいじゃない。

『いやいや、リッカはほら、最後は『しょうがないなぁ』とか言ってそれ以上文句は言わずに直してくれるだろ?』

まぁ実際諦め半分なのは否定しないけどね……

『俺が今生きてるのは、自分の戦い方を曲げなかったから。
それをやってこれたのは、俺の戦い方を尊重して、全力で神機を仕上げてくれるリッカがいたから。そう思うんだ』

な、何か……恥ずかしいな。キミ、そんなこと思ってたんだ。

『これでも常に感謝して接してるんだぞ?』

……なら、改めて無茶しないって誓ってよ。

『だが断る』

…………あはは。本当予想通りの返事だ。

『こればっかりはなぁ。誓ってあげたい気もするけど無理。すぐ破れる誓いとか無駄無駄』

その剣を使ってても?

『うーん。さすがに多少効果は出ると思うけど』

まぁそんなものだろうね。無茶しなくなるかも、っていうような感想を聞けただけ私は満足だよ。
……でも、実際無茶は控えてね?もうこれ何度言ったか分かんないけどさ。

『大丈夫大丈夫!!この剣が守ってくれるさ。後は、そうだなぁ。
……リッカが待っててくれるなら、俺はどんな無茶をしてもきっと戻ってこれる。うん!これに尽きるな』

?!そ、そんな言い方は卑怯だよ!

『出来ればいつでも笑って迎えて欲しいねぇ』

も、もう!!

あの人がいなくなる、ほんの2、3日前のことだった。それにしても思い返せば、これはもうバカップルも甚だしい。
ここがちょっと隔離気味とはいえ、他の技術者も作業している空間であんなやり取りをしていたなんて。
恋は盲目とでもいうのか。ああ恥ずかしい。顔が熱い。

事態は好転してはいないけれど、こういう気楽なことを考えられるのなら、私も結構持ち直してきたのだろう。
昨日までの状態でここに立っていたら、彼がいないことが悲しくて、寂しくて、冗談抜きで私は壊れてしまっていたかもしれない。

さて、1週間も放置していたから埃なんかが溜まっているはずだ。
神機の調整は終わっているから、とりあえず人が集まって来るまではここの掃除でもしていようか。


『……ああ、やっと来たのかえ?母上』
『……待っていた』


「え?」


不意に声が聞こえた。母上?待っていた?意味が分からないけれど、声がした方を向いた。ちょうどあの2つの剣のあたりだ。
驚いたことに、そこには小さな女の子と、大きな男が立っていた。
両方とも、人のカタチをしているけれど、纏う雰囲気は明らかに人外のものだった。
そもそも発光する体からして、自分達はニンゲンじゃない、と主張しているようなものだ。

『ご機嫌よう、母上』
『お久しぶり……と言うべきか』
「え?え?」

これは……ちょっと腑に落ちない部分もあるけれど、まさか。


「あなた達……神機……なの?」

『その通り』
『左様じゃ』

神機の意志の具現。アーティフィシャルCNSの奇跡的イレギュラー。まさか、私が出会えるなんて。

『我らからすれば既に出会っていた感覚なのだがな』
『まぁ顕現したのはこれが初めて故、母上はそう思うのじゃろ』
「?!心を、読んでいるの?」
『天晴れかな。真に聡明な御方よ』
『我らはニンゲンの言葉で言えば精神そのもの。直接そちらの頭の中に呼びかけることも出来る』

《このように》

「うわぁ?!」
『これこれ、それは母上に失礼ぞ』
「ほ、本当に、神機なんだ……あの人の」
『あの人……主は父親のようなものだ』
『つまり我々は御両人の子供、という感じよの』
「ええ!!?い、いやまぁ、確かにやることはやって……ゴニョゴニョ……」
『この場の神機の中でも、特に我々はあなた方と長く過ごして来たのだ。生まれてから今に至るまで大変世話になっている』
『なればこの身を成す刃を鍛えた貴女と、戦を通じて数々の輩を喰らってきた主を、父母と貴ばないはずがあるまいて?』
「な、成る程……」
『我らのような考え方をするものもいれば、あなた方を友のように捉えているものもいるがな』
「……確かにあの人、色んなタイプのパーツ持ってるし……うん、何となく分かる気がするよ。神機にも個性があるんだね」
『まぁ父上と母上の仲睦まじきことは、皆よくよく解しておるがのう』
「……うぅ……ですよね……目の前でいつもイチャついてたらそりゃあね……」

神機に意志があると考えていたくせに、今まで1度もそういうことに思い至らなかったとは。昨日から私は何回顔を熱くしてるんだろうか。

『……やり過ぎたかの』
『そのようだ』
「……何かダメな母でごめんなさい……」
『ほほほ、自らを貶めなさるな。我らだけでなく、この場の神機全てが、母上に尊敬と感謝の心を持っている』
『どの神機も、今の我らのように顕現したなら、まずはあなたに日頃の感謝をしたがっているのだ。胸を張って欲しい』

辺りを見回す。さっき感じた暖かい眼差しは、確かなものだったといえるのだろう。
すると、昨日までの反動か、一気に神機達の気持ちが私の中に流れ込んで来る。


ありがとう。いつもありがとう。無理をしないで。手を貸そう。出来ることはあるか。任せてくれ。


(ああ、私ってこんなに、みんなから想われていたんだ)


しばらくの間、私は無数の神機達の声に身を委ねていた。胸が一杯になるようで、気付くと涙が溢れていた。

『落ち着いただろうか?』
「……うん、もう大丈夫。私、幸せものだね」
『ならば父上はもっと幸せものじゃ』
「そうだね。あの人は幸せものだ。私だけじゃなく、アナグラの全ての人から……そして、こんなにいい子達に助けてもらってるんだから」
『我らで蚩尤の爪を防ぐのはどうにかして欲しいがな』
『全くじゃ。まぁ期待はせぬが。あの下賤な猿どもの体当たりでさえ、切っ先で強引に受け流そうとする御方なのだから』

驚きを通り越して笑ってしまうくらいに、目の前の神機の意志は、彼のことをよく理解しているようだ。
日々の戦いを通じて、ずっと前から心を通わせていたのだろう。

だったら、と都合のいい考えが頭をよぎる。いや、さすがにこれは高望みか。
第一、今この子達は彼の手の中にないのだ。過度に期待するのはよくない。

『おお!肝心なのはそれよ!』
『はしゃぎ過ぎて顕現した目的を忘れていたな。すまん』
「え?」
『父上の居場所じゃが』
「ああ、そっか……心を読んだんだね……うん。ごめんね。分かるはず無いのに期待しちゃって……」

『あなた方の子供を見くびらないで欲しい』
『分かるぞえ?』


「うん……そう……分かる……分かる?……わかる……わ、分かるの?!あの人の居場所!!どこ?!どこなの!?」


『まぁまぁ落ち着かれよ』
『大丈夫だ。主がそうそう倒れるわけがない』
「ホントに!?無事なんだね?!」
『さすがに疲弊しきっている様子だが、こちらに向かっているな。距離も近い』
『何とか五体満足のようじゃ。手厚く迎えてあげなされ』

「……良かっ……たぁ……」

一気に全身の力が抜けた。さっきとはまた違った涙がほっぺを伝う。

「……でも……」
「何故、とな。忘れてしまったかのう」
「今主が持っている剣は、我らの体を少し使っているではないか」
「……あ……!」
「我が分身……いや我が子と言うべきか。しかし子持ちの神機なぞ、珍奇なこと限りなしよ」
「我が子と心を通わせるなど造作もない」

それは、さっき思い出していた光景からまた少し遡る。


『……こいつらもまたガタガタになって来たなぁ』

キミのお気に入りだもん。そりゃあ消耗するでしょ。

『ということで素材をドン』

これまたよく集めたねぇ。相変わらず用意の良いことで。

『まぁいつも通りに鍛え直してね』

了解。

『……ああ、そうだ!新しい剣にさ、こいつらの刀身混ぜたり出来ないかな?』

あー、それはいいかも。素材でちょっと悩んでたんだよね。形状とかはもう考えまとまってるんだけど。

『いいねいいね。うん、楽しみだ』

本当に装備好きだねぇ。いっそ引退したら技術者になったら?センスあると思うよ。

『リッカ嬢のお墨付きとは光栄ですなぁ』

その分すっごい厳しく指導してあげるから。あ、とりあえずはこの素材で新しい刀身作ればいいの?

『……いや、その素材は新しいのとこいつら、半々って感じで使ってほしいかな』

……そうするとこの短剣と大剣、ちょっと溶かさないといけなくなるけど?

『それでいいよ。補強も一度本格的にやって欲しいし。
ま、そろそろこいつらにも子供を授けてあげよう、っていう粋な計らいなのさ』

あはは、何それ?新しい剣がこの剣達の子供?だったらあなたは……おじいちゃん?私は託児所の職員さんってとこかな?

『リッカはおばあちゃんに決まってるだろ』

え……それって……や、やだもうそんな……

『白髪だし』



さすがにスパナでぶん殴ってやったっけ、というところまで思い出して、生温かい視線に気づく。

『やはり仲睦まじきは素晴らしいことかな』
『違いない』
「……私って、あんなにノロケてたんだ……もういや……」

この子達は正にあの時私達のやり取りを見ていたのだ。さぞかし愉快だっただろう。
それに加えて今は、私の思い出した光景を覗いていたようだ。色んな意味で恥ずかしいことこの上ない。

『それはそうと』
『そろそろ迎えに行くべきだ』
「あ」

最もな意見だ。早く、一刻も早く彼に会いたい。彼の声を聞きたい。彼に触れたい。

工房の出入口まで走る。その途中で立ち止まった私は、あの子達に振り返る。微妙な距離感。近いようで、遠い。遠いようで、近い。
彼らは満足げな顔で、それでいてどこか儚くて。私は思わず呼びかけていた。

「また……また!会えるよね!!」
『何を仰るか。今までも毎日のように会うておったではないか』
『あなたが今まで通り我らに接するのであれば、我らはいつもあなたの傍にいる』
「……こういう形では?」
『仰せのままに……と言いたい所じゃが、ちと先になるかの』
『武器としての機能には影響しないが、このように顕界する行為は消耗するのだ』
「そっか……じゃあ、約束。今度はあの人も一緒に。いつか、必ず!絶対だよ!!いっぱいお話するんだからね!!」
『御意』
『楽しみにしておりまする』

その言葉を最後に私の視界は真っ白に覆われた。暖かい光。優しい風。それが去ると、いつもよりちょっとだけ神秘的な、早朝の工房。
現実離れした光景の余韻に一瞬だけ浸った私は、我に帰るとすぐ時間を確認した。驚いたことに、今朝工房に入ってから5分と経っていない。

さっきまでの出来事は夢だったのか?彼の帰りを願う余り、都合のいい展開を求めた私の心が見せた幻だったのだろうか?

そんなはずはない。だって今私は、たくさんの神機達の声をはっきりと感じとることが出来るのだから。
彼らは一斉に、私に優しく呼びかけてくる。


ーーいってらっしゃいーー


「……いってきます!!」


力強く彼らに応え、私は工房を飛び出した。

うーん、やはり早朝の空気は爽やかだね。研究漬けの私の脳にはもってこいの清涼剤だ。これで悩みの種が無ければ最高だったのだけど。
目下一番の問題は、ロストから1週間、未だ部隊長の手掛かりが掴めていないこと。これは私の感情的にも、立場的にも極めてよろしくない。
ここ半年程のアナグラは、間違いなく彼を中心に動いていた。私自身彼がいないことが非常に不安だ。
要を失うと、組織や集団なんてあっという間に瓦解するのだから。それを象徴しているのが、彼と親交のあったアナグラの人々に関する問題。
というか、彼と親交の無かった人物なんてアナグラにはいないので、これはアナグラの人員全体に及ぶ大問題なのだ。

全体の士気低下はいうまでもないが、それ以前に一人一人の不安が、日常の風景に滲み出ているかのようだ。顕著なのはやはりリッカ君だろう。
この1週間、工房以外で彼女を見かけた人がどれほどいただろうか。ぎこちない笑顔が張り付いた顔には、驚くほど血の気がなかった。
そんな状態でも最高の仕事を行うとは、いやはや極東支部の技術部門は当分安泰だなぁ、と思わず関心してしまうほどだよ。
しかし私も、1人の友人として、先達の技術者として、今にも潰れてしまいそうな彼女をこのままにしておくつもりはなかった。
任務終了後のリンドウ君を捕まえて、リッカ君に休むよう伝えて欲しいとお願いしたのだ。
まぁ、リンドウ君も私も、実際効果があるかは微妙だろう、と思っていたけれどね。でもこういう時は、我々年長者が動かなくちゃならない。
その後リッカ君は、リンドウ君やサクヤ君から色々と諭されたそうだ。それでも結局、仕事はするつもりらしいけれど。
まぁ、そんな所だろうと思ったさ。彼女は時折驚く程強い面を見せるからね。彼の影響も少なからずあるのだろう。いやぁ青春だなぁ。

とはいえ放っておくわけにもいかず、こうして私は早朝に繰り出したというわけだ。
こんなお人好しの私には支部長なんて肩書きは全く似合わないのだろうね。気楽な研究者だった頃が恋しいよ。


ツバキ君にまた押しつけてしまおうか割と本気で考え始めたあたりで、前から走って来るリッカ君が目に入った。すごい慌てようだ。


まるで、彼が見つかったとでも言わんばかりに。


「博士ッ!!」
「おはようリッカ君。その様子だとどうやら物事は良い方向に向かっているようだね。さて、何か私に言いたげだけれど?」
「お願いします!!彼が帰ってくるんです!!ゲートを開けて下さい!!!」
「……確証は?」
「えぇと……神機が……彼の神機が、教えてくれたんです!!信じて下さい!!」

神機が教えてくれた……リンドウ君の神機のアーティフィシャルCNSに形成された疑似人格の事例の類型だろうか。
大変興味深い。リッカ君は神機使いではない、という点を考えると……おっと、これは野暮というものだね。無粋なのはよくない。
とにかく後で詳しく話を聞かせてもらうとしよう。この様子だと工房での作業か何かの最中に出くわした可能性が高そうだし、
前々から考えていた、各技術部門の実働施設における観測装置の設置と充実、これかなり優先順位を上げる必要があるみたいだ。

という研究者としての思考を並列処理しながら、私は最寄りの端末から支部長権限を行使して、ゲートを緊急開放していた。

早朝だから緊急警報をオフにしようかとも思ったけれど、あえて最大音量になるよう設定をいじる。
リッカ君の様子を観察していた、研究者としての私の勘が、彼の帰還は確実だということを告げてくるのだ。
だったら、そういうおめでたいイベントは盛大に演出するべきだろう。
あぁ、こういうことが出来るならしばらくは支部長も悪く無いのかもしれないなぁ。
3つ目の思考を展開して、私は今後支部長権限をどう面白く運用していこうか、というシミュレーションを始める。

「……あれ、リッカ君?」

リッカ君の姿がない。ゲートに向かったのだろう。長い廊下のどこにも彼女は見当たらない。いやあ若さとはやはり偉大だ。
いつもは周りの大人に合わせて気を張っている彼女も、恋する乙女になると年齢相応に戻る、というわけだ。実に微笑ましいね。

「ん……あ!ま、まずい!!」

私はそこでようやく致命的なことに気付く。彼女は非戦闘員だ。今ゲートの外にアラガミがいたら、間違いなく命の危険がある。
リッカ君のさっきの様子では、危険を承知で外に飛び出してしまうだろう。若さとは時として冷静な判断を阻むのだ。
なんてことだ。珍しく早朝に活動しているから、頭の働きが鈍ったとでもいうのか。
やかましい緊急放送で人が集まってくるのは時間の問題だが、間に合わない可能性の方が圧倒的に高い。
至急端末から各神機使いの現在位置を特定、すぐさまゲートへ向かうように指示を……というところで、私は手を止めた。

「これは……」

画面に表示されたアナグラ全体見取り図、ゲートの部分のすぐ外側。そこに神機の反応があった。

くそったれと罵るソーマにブレンダンさんとカノンちゃんを任せて、ツクヨミの群れに突っ込んでからどれくらい経ったんだろう。
あんまり時間感覚に自信があるわけでもないし、色んなアラガミと昼も夜も関係なく戦っていたので、
3日しか経っていない気もすれば、2週間は経ってるんじゃないかと思ったりもする。
ちなみに通信とか生存確認に使われてる便利なビーコンやら何やらは、最初のカチコミでお亡くなりになっていた。
あの瞬間は胸を抉られなかっただけマシだと思ったけど、今更あれって高いんじゃないかとかそういうことばっかり考えてしまう。
今頃ロスト扱いでみんなに心配かけてるだろうし、スサノオみたいな他の禁忌種も発生してそうな気がする。
アナグラに戻ったら怒られたり、泣かれたり、仕事回されたり、射線上に入るなとか理不尽なこと言われたりするのかなぁ。しんどい。

しかしこういうふざけたことを考えられるのも生き残ったからこそだ。我ながら本当に運がよかった。

他の3人を逃がすために特攻をかけた後、まさかのアマテラスが降臨した時は本気でやばいと思ったけれど。
アマテラスを倒して満足したように見えたツクヨミ達がまた追ってきた時は今度こそお終いかと思ったけれど。
いつの間にか背後でアルダノーヴァが天輪掲げてた時はさすがにもう無理かと思ったけれど。

何度となく死を覚悟しても、その度にリッカの顔が頭に浮かんで来るのだ。いつもお帰りと言ってくれる、俺の大事なひと。
俺は彼女が待ってくれている限り生きて帰ると言った。そして彼女と一緒に作った最高の剣が手の中にある。
なら俺が負ける要素なんてどこにもないじゃないか。アラガミなんて厳めしい顔したこいつで叩き斬ってやるだけだ。

しかしこの剣は本当によく働いてくれたというほかない。初陣でこれだけ頑張れたとは、親剣達も誇りに思うことだろう。
とはいえさすがに無理が祟って、顔面部分の牙はボロボロ、刀身も少し歪んでしまって、インパルスエッジも使用不可。
そしてついさっき、アナグラの近くで俺をお出迎えしたオウガテイルの群れを倒しきった途端、見事にぽっきりと折れてしまった。
完全に分離してはおらず、皮一枚で保っているような感じ。顎が外れたオウガテイルってこんなものか、と思うと少し笑える。

とまぁ余裕をかまそうとしているが、既に指一本動かせない程消耗しているのだ。今ならどんなアラガミにだって喰われるに違いない。
幸いもうゲートに背中を預けて座っている。まぁその内誰かが来てくれるっしょ。肩に立て掛けた相棒も頷いている気がする。

いつの間にかゲート開放の緊急警報が聞こえていた。まだ人が集まる時間ではないはずだけれど、たまたま誰か来ていたのだろうか。
あれ、緊急ゲート開放?ああ、今からここ開くんだ。本当に運がいいな。でもそれ、かなり上の人じゃないと無理じゃないっけ?
ツバキさんか榊博士だろうか。ツバキさんは何だか怖いなぁ。さすがにこの場で怒ったりはしないかな。そう思いたいなぁ。
なんか背中から風が吹いてくる。なるほど、ちょうどゲートの開閉部分にもたれてたのか。
あー、どんどん開いてるっぽい。このままだと後ろに倒れこむなぁ。体勢を保つなんて今の体力じゃ無理だし。
だらしなく天を仰ぐような感じで倒れている俺を見つけた最初の人はどう思うんだろうか。多分俺は笑っちゃうけど。
アリサやアネットなら役得だなぁ。むふふ……って、いやいやしかし俺はリッカ一筋だから興奮なんてしないもんね!もんね!
男どもだったら揉みくちゃにされそうだなぁ。この疲れた体にむさい男どもの肉体言語か……それで息絶えるだろ絶対。
おおおおおいよいよ倒れるーあははは何かおかしいなぁげひゃひゃひゃつかこれ後頭部思いっきり激突すんじゃんどうすんだおれー


……あー……一番最初にリッカから『お帰り』って言ってもらいたいなぁ。


体が後ろに傾いていくのをどこか他人事のように感じる。頭が床にぶつかるまでのほんの一瞬、リッカのことが強く思い浮かぶ。
極度の疲労でお花畑みたいな状態の頭でも、やっぱり俺は彼女が一番大事なのであった。


榊博士にお礼も言わないまま、私は再び駆け出した。外のどこら辺にいるのかは分からないけれど、少なくともあの子たちは、
彼が今近くまで来ていると言っていた。それだけで十分だ。後は自分で探し出して見せる。

ふと、外に出てアラガミがいたらどうしよう、という考えが頭を過る。

愚問。あまりにも愚問だ。関係ない。それでも私は、大好きな彼を探すに決まっているんだから。
怖くないといえば嘘になるけれど、それよりももっと怖いのは、彼を失ってしまうことだ。
相当疲れている。あの子たちはそうも言っていた。当然だろう。任務時の常備レーションなんて精々2、3日で尽きる量だ。
1日でもアナグラに戻らず戦えば、神機にだって負担がかかって、簡単に機能に支障が出る。それでも彼は戦い続けたのだ。
そもそもフェンリルの庇護から外れて生活しようとすれば、半日と生きられないのが今の世界の現実である。
彼がそれを1週間やってのけたとしたら、もう一歩たりとも動けないくらい疲労していても、全くおかしくはない。
アナグラを目の前にして、もう何も出来ずひたすらに助けを待つ彼。そこにアラガミが現れたらどうなるか。考えたくもない。

複数のゲートが連なる多重構造のために薄暗くなっている通路を、いやな想像を振り切るように走り続ける。
微かに最も外側らしきゲートが見えてくると、既に子供1人が通れるくらいには開いているようだった。
この瞬間もじりじり開き続けているゲートから、外の光が差し込んでくる。強い逆光で前方が確認しづらい。
一刻も早く外の様子を確認したい私には、この上なく歯がゆい。次第に目が慣れていくじれったい感じが、一層気持ちを焦らせる。
光の一部が遮られていることに気付いたのはちょうどその時だった。アラガミかと思い反射的に顔が強張ってしまう。
肝心な時に現れた決定的な障害に、思わず唇を噛む。それでも足は止めない。いっそ体当たりでもしてやろう。止めてみやがれ。

だがあんなに小さいアラガミなんているのだろうか。見た感じ、子供くらいの高さしかないように思う。どうやら角付き?らしい。
蛇みたいな形状なんだろうか。だとすると、今こっちを向いているのは頭と尾のどっちだろう。目を凝らして確認する。
……顔が付いている。頭側、のようだ。でもそれは、とても見覚えのある顔をしていた。

「……フェンリルの、紋章?」

更に目が慣れてきて、開きかけのゲートの間にあるものがはっきりと見えてくる。
そのフェンリルの紋章は、お馴染の色のくたびれたジャケットの背中に縫製されていた。
よく解れるから、私がたまに直してあげているものだ。その証拠に、最初は見えなかったけれど、目の部分がちょっぴり歪んでいる。
その上に付いているのは、これまたよく見るいつもの髪。セットなんてされてない、でも私としてはそういう無造作さが好きな髪。
そして朝日を浴びて自己主張する私たちの剣。思い通りに造形出来た自信作だったのに、角と間違うなんて。ダメ母でごめんよ。
しかし随分派手に壊したみたいだ。顎が外れている。牙もボロボロだ。久しぶりに思いっきりお説教することを固く決意した。

アラガミかと思ったその影は、彼の後姿だったのである。

「……っ!!」

声が出ない。出すことができない。嬉しくて、私の心も、体も、その全てが喜んでいて、言うことを聞いてくれないのだ。
もつれそうになる足で必死に踏みとどまって、また強く蹴りだす。早く、早く彼のところへ行きたい。彼を感じたい。
後数メートルというところ、いよいよ彼に触れられるかというところに来て、彼の体がこっちに傾いていることに気付いた。
意識がないのかもしれない。もう一つ可能性は考えられるけれど、神機達の言葉に嘘がないのはこの身をもって実感している。
彼は生きているはずだ。気弱な考えには御退場願おう。となると。

「……え?」

このままだと強かに床に後頭部を強打してしまうじゃないか。ごちん、とバガラリーの世界みたいな効果音が聞こえるかもしれない。
その光景を想像した私は、少し笑える、とか不謹慎なことを考えたのとほぼ同時に、一際強く床を蹴った。




「……あー?」

まぁけっこう痛いかなと思っていたら、全然そんなことは無かった。反射的に目をつぶっちゃったのが何か恥ずかしいぞ畜生。
こんなにゲート内の床って優しい感触だったのか。いい匂いもするし。早朝の任務めんどくさいから今度からここに寝床を設置

「……お目覚め?」
「……」

これは何の冗談だろう?あれか、俺は実際に床に後頭部を強打して、それでぽっくり……いやいや、いくら疲れているとはいえ、
それはありえん。そんなにヤワな体じゃないのは知ってる。もしそうならリッカのスパナでとっくにお陀仏になってるはず。
そう。リッカの声がするんだ。優しい声がする。頭をぶつける直前に考えたようなことがほぼそのまま起こってるっていうなら、
これは夢なのか?もしかしてこの剣にもレンみたいに意志があって、空気読んで気絶してる俺に幸せな夢を見せてくれて

「……起きてるんでしょ」
「…………本当に、リッカ……なのか?」

おそるおそる目を開ける。ちょっとだけ朝日がまぶしいけど、間違いなくリッカの、俺の大事な人の顔がそこにあった。
ああ、そうか。そりゃあ優しい感触に決まっている。いい匂いなのも当然じゃないか。
いわゆる膝枕……とするには体勢的に少々無茶な気がするが、まぁその亜種みたいなもんだ。

「……俺、生きてるの?」

「……うん、私が死んでなければ、ね」

「リッカと一緒ならどっちでもいいかなぁ」

「ふふ……そんな殺し文句言ったって、お説教はもう決定だよ?」

「……あー……やっぱり……?ダメ?逃れられない?」

「当然」

「ですよねー」

「こんなに派手に壊したの初めてじゃない?」

「ハンニバルの時装甲やって以来?」

「あれの比じゃないよ……過去最凶だよこれは。全く、やっぱり無茶なところは治らないなぁ」





「……でも、帰ってこれたさ。こんな風に」

「……うん……そだね……」





ふと、頬に暖かい感触。リッカの目には、涙が溢れていた。

正直さっきからこの状況がよく呑み込めていない。多分これは現実なんだろうけれど、実感があまり持てないでいる。
リッカの顔を見たら、本当に心の底から安心してしまって、つい昨日までの激しい戦いが嘘のように思える。
果たして、昨日までが虚なのか、今が虚なのか。やっぱり俺はもうこの世にはいないんじゃないだろうか。
好きな女の子の温もりを感じているくせに、そんな錯覚を覚えるくらいだ。予想以上に心身が限界に来ているんだろう。



まぁ、それでも――





「お帰り、なさい」





涙でぐしゃぐしゃの顔で、必死に作ったリッカの笑顔が、俺の中のリッカのベストショットになることだけは確信していた。

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