聖徳太子:
生前の主君。
有能ではあったがとにかく人使いが荒く、その治世の長きに渡り、アサシンに文武を問わず様々な仕事を押し付けた。
中でも、腕によりをかけて建立した寺に剣山刀樹を生やされた時は泣きそうになったし、
父である用明天皇の快癒祈願と仏教布教のためにと派遣された東国で篤い病を得て、治療のために必要だからと半身不随の身で1/1スケール聖徳太子像を背負わされて温泉まで向かった時の苦しみは片時も忘れたことがない。
しかし、このような面倒な主君、自分がいなくてはとても立ち行かなくなってしまうだろうと考え、生涯に渡って仕え続けてきた。
小野妹子:
アサシンと同じく、人使いの荒い主君に苦労していただろう生前の同僚。
酒でも飲み交わしながら主君の愚痴でも語り合おうと思ってたら、すっかり変わり果てててびっくり。
生前の原型全く留めてないけれど、一体何があったのよ……。
主君のこともお兄ちゃん扱いしてつきまといかねないから、絶対引き合わせないようにしようと決心するアサシンであった。
大生部多:
生前の敵。
邪教を振りまき聖徳の御世を脅かす彼を、かつてのアサシンはたしかに討ち果たしたはずであった。
殺し損ねの失態が、実際に不老不死まで得て千年以上の永きに渡って大手を振って闊歩している状況は、アサシンにとってすこぶる気分が悪い。
積極的に悪事を行っているならば責任を持って今度こそ確実に殺そうとするが、その様子が見られないでならば命を取ろうとまでは思わない。
トンチキニンジャに成り果てているアサシンをまっとうな忍者として
認定してくれる数少ない人物だと思われる。
キム・ユシン:
秦氏の出自については実に諸説紛々としているが、百済や新羅といった朝鮮半島から渡航してきたという説が複数ある。
キム・ユシンとほぼ同時代を生きたアサシンもまた、彼と同様に朝鮮忍者と呼べる存在なのかもしれない。
アサシンは特に国籍へのこだわりを持たないため、仮に出自となる国が同じだったとしてもキム・ユシンとはあまり気が合わないものと思われる。
■■■■?:
日ユ同祖論によればアサシンはユダヤ人にして景教徒であったため、かの大いなる主についても知り得ており、信者であった可能性もある。
さらに、信憑性はすこぶる低いが、聖徳太子が厩の前で出生したなどの伝説はアサシンら秦氏がイエス・キリストのエピソードを盛り込んだものだという説もある。
また、金春禅竹が唱えた、時に慈悲深く時に猛々しく荒ぶる不増不減にして常住不滅の唯一神であり、その真の名を伏せられたる翁とは、あるいはこの名状し得ぬ無限の創り主と同一のものであったのかもしれない。
泥新宿のアサシン(4):
アサシンが求める忍者らしさを誰よりも持っている忍者。
もし、遭遇した場合、アサシンは彼を先生と呼び、すぐさま弟子入りしようとすることだろう。
服部半蔵【正成】:
遠い子孫。
遥か未来にても、秦の血統が滅びることなく続いていることを嬉しく思っている。
何度問いただしても忍者であることを否定されるが、己の正体を伏せることもまた、できる忍者の嗜みなのだろうとアサシンは解釈している。
蘆屋道満:
子孫らしい。
彼女の本名は秦道満であり、アサシンの子孫であるとする説がある。
もし、実際に出会った場合、幼い孫娘を前にした老爺のごとく思いきり可愛がる。
八百比丘尼:
子孫?
彼女が芦屋道満の娘であるならば、道満と同様にアサシンの子孫であるかもしれない。
道満は否定するけれど、この五月蝿さは間違いなくあやつの娘だわー……。
仮に、彼女が英霊召喚を行った場合、触媒などがなくとも血筋による縁召喚でこのアサシンが召喚される可能性がある。
雲隠キリカ:
教えてくれ! 一体いつの時代までの忍者なら「ござる」を使っても馬鹿扱いされないのだ!?