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1-5

初公開:2023/02/10


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市街地を抜け、丘の上まで続く坂道まで再び戻ってくると、途端に混沌とした戦場の空気あら、規律ある張り詰めたものへと一変した。こちらの姿が¢(せんと)の隊に捕捉されているのだと即座に感じた。

俺は敢えて悠然と歩くように心がけた。
背の低い叢(くさむら)が続き、身を隠すための木々は殆どなく、頂上からは格好の的だが、どの隊にも所属していない無害の人間だと視認されたほうが、この後起こす一波乱のためには都合が良いのだ。

道中、額から大量の汗が滴り落ちる度に、全盛期の時と比べ程遠い自身の体調に、自縄自縛の思いに駆られた。
常に日頃から“あいつ”に身体を鍛えるよう言っていたが、その度に「わかった、いつかするよ」と返答したきり、俺が平時では表に出てこられないことを逆手に取り、平和な集落ばかり訪れては惰眠を貪っていたのを間近で見てきたのだった。そしていざ実戦になれば、実際に戦うのは俺なのだ、実に忌々しい。

数十分をかけて頂上付近まで到達した頃には汗だくになっていた。
叢に身を潜めていた敵兵にようやく声をかけられたので、待ってましたといわんばかりに両手を上げて投降した。

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傾斜の緩くなった頂上部には途中の丘道には無かった緑がぱらぱらと広がっていた。
崖付近に生える木々の傍に数人の狙撃用の兵士たちが身を伏せて配置されていることから、こちらの行動は思った以上に監視されていたようだ。

先導する兵士に続いて、中心付近から伸びる古ぼけた石段を数段程上ると、正真正銘、丘の頂上にたどり着いた。
頂上は小ぶりなグラウンドのように開けており、中央には数人の男たちが立っていた。その輪の中心に、目当ての人物は立っていた。
十字架の形にくくりつけられた木製の墓標に背を預ける兵士の周りを、一対の水晶が悠然と回っており、彼が¢(せんと)という村民なのだと確信した。
¢の横にいる黒衣を纏った男は、俺を一瞥した後に、横にいた先導した兵士に顔を向けた。

「武器はこれで全部か?」
「はい、間違いありません。サバイバルナイフ二本にセラフィムアーチ社のMT40 二丁です、こいつは少し年代物ですが、扱いはいい銃ですよ」

付き添った兵士とは短期間の中で銃器の話で互いに意気投合した甲斐もあってか、武器の説明に少し熱がこもっている。
焦げ茶のローブを纏い、顔まですっぽりとフードで覆った¢は、こちらを一目もせず、ただ眼下の戦闘の様子を気怠げに眺めているようだった。

黒衣の男は続いて、両手を頭の後ろに回している俺に改めて目を向けた。とても歓迎を受けるような視線ではない、どちらかというと自宅に変質者が迷い込んだ時のそれだ。

「村民ではないゲストが、どういった目的でここに侵入した?」
「元々、森で迷っていたところを社長に助けてもらったんだ。そこから、夜にお祭りがあると言うから、たまたま参加させてもらっていたのさ。こんな大規模な戦闘だとは知らなかった、此処に来たのは、はぐれた社長から『何かあったら¢さんを頼れ』と言われていたからさ」

根も葉もない嘘に対し、引率した兵士が、
「社長と一緒に居たことは確認済みです」
と報告した。¢以外の全員の肩口から青白い蒸気が立ち込めていることを見るに、彼らも¢の英雄結集<コールバック>で呼び出された英雄たちになるのだろう。

ナンバー2格の黒衣の男はなおも猜疑心たっぷりの目で、
「その割には随分と戦闘に覚えがある様子だな?」
と訊いたので、
「こんなご時世だ、自分の身ぐらい自分で守れないと生き残れない、だろう?」
と返せば、一度だけ唸り顔をしかめた。

そこで初めて、¢はゆらりと身体をこちらに向けた。

「社長はもう戦線から離脱している。ここで戦っても無意味だ、終戦までぼくたちの部隊に同行してもらう」

フードの中から発した低い声には多分な警戒感を含んでいたが、スラリとした体躯に似合う若さを滲ませていた。

「それは分かったが、一つお願いがある。“俺たち”は、この頂上から星空を見たい、できればあなたのいる場所まで行かせてもらえないか、一番の特等席から一度見たいんだ」
「それはできないんよ。大戦はまだ終わっていない、終戦してからにするか、その場で見てくれ」
「人がいるところで見ても気が散るんだ、終戦まで待ってたら夜が明けちまうし、俺は戦闘中しか居られない。それに、俺は社長軍に同行こそしたが、所属した訳ではないから、大戦の中に組み込まれているわけじゃぁない」

途端に場を張り詰めた空気が支配した。
敵意が一斉に自分へ向くこの瞬間が、いつもたまらなく好きだ。

「重ねてだが君の要求には応じられない、来たところ悪いが大人しくしていてくれ」

¢の言葉の直後、遠くで轟音が鳴り響いた。下界の市街地での戦いも佳境を迎えているようだ。

「ここから動きを見ていただろう?俺は、配慮も遠慮もしないぞ」
「意見は変わらない、もしここで見たいのなら力づくでどかせ」
「それは実力でこの場から、あなたたちを追いやってもいいって意味か?」

あくまで平静を装い言葉を返すと、後頭部に回している両手にじわりと汗が滲んだ。
次の返答次第で、この後の行動が決まるのだ。

「そう解釈して構わない」
「そうかぁッ!」

言質は取れた、売り言葉に買い言葉、待ちに待った戦闘だ。

勢いよく両手をうしろ髪の中に入れ、ボサボサ髪の中に隠していた小型の閃光弾に手を触れると、勢いよくピンを引き抜き、同時に投げ捨て、その場から駆けた。
コンマ秒区切りでの反応速度と二手、三手を見通す力の有無で、戦闘の勝敗は一瞬で決まる。
反応速度の早さには昔から自信があった。その場で片脚を振り上げ、靴の中に隠していたアーミーナイフも取り出し、すぐにフードを被り目を閉じた。

次の瞬間、背後での炸裂音とともに届いた高周波の波が両耳を束縛したが、被害の受けていない両眼を開くと、顔を抑え狼狽える兵士たちの中に紛れ、直線上に確かに¢の姿を捉えた。

「捉えたぜぇッ!」

普段よりも一回り小さいフォールディングナイフはその小ささゆえ、加減を気をつけないと獲物を前に空振りしてしまうこともある。“俺たち”は、常に狩りで小動物の生命を奪うことで、その感触を繰り返し身体に覚えこませてきた。

¢の懐に飛び込み、青白い首筋に向かい振り抜く。
計画は完璧なはずだった。社長は、英雄結集<コールバック>の術者が気を失えば、英雄たちも消滅すると言った。強者揃いの隊を一撃で無力化するためには最初から親玉を狙うしか術はないと確信していた。
“あいつ”に、丘の上から夜空を見せてあげたいというのは本心だった。だが同時に、久々の戦場で暴れ足りないという自身の心の渇きと疼きがあることも自覚していた。それを同時に満たせるのはこの方法しかないと踏んだのだ、その目論見は正しかった。

ただ、一つだけ誤算があった。

手元に鈍い感触が届き、獲物を仕留める段階で存在し得ない感触に戸惑いを覚えた次の瞬間、ナイフの動きが完全に止まった。未だ音波の渦の中にいる両耳に音こそ届きはしなかったが、明らかに金属同士が接触した時のような、行き場の無さが指先に響いた。

行く手を阻んでいたのは、¢のハンドガンだった。

ナイフのエッジ部を、コーティングされている銃体がしっかりと抑えている。身動きの取れない至近距離の中で、俺はようやくフードの中の¢と目が合った。
薄暗いフードの中から現れた端正な顔立ちの中に浮かぶ、二対の深い緋色に染まった瞳は、まるで蛇睨みのようにこちらを見下ろしたまま離さず、あまりの迫力に俺も一瞬身体を硬直させた。

彼は気怠げに唇を僅かに動かし何やらを囁いた。未だ聴力の回復しない中、唇の動きで読み解くと、彼の口は、
「どうした?力づくでどかすんだろう?」
と告げており、その瞬間、俺の怒りは一瞬で沸点を超えた。

「うるせぇ、これからやるんだよッ!」

そう告げたつもりだったが、相手にも自分にも届かないあやふやな怒鳴りは、空の中に霧散していった。ナイフを下ろし、半身分だけ僅かに間合いを離した。

「はぁッ!」

身を少し屈め、次の瞬間、¢の腹部へ向かい素早く刺突する。しかし、この攻撃さえも¢には織り込み済みだったようで、再びハンドガンでナイフの刃を受けると、武術のような力感のない払いでこちらの切っ先を反らした。
獲物を見失った俺の身体は僅かによろめき、次の瞬間には、閃光からいち早く回復した数人の兵士が飛びかかり、すかさず俺を羽交い締めにした。

「¢さん、無事かッ?!すぐに、こいつを始末しようッ!」
「ありがとう、名無しさん、ぼくは無事なんよ。それに、彼に手を出すのは少し待ってほしい」

黒衣の男が怒鳴りながら、逸り気味に銃口をこちらに向けると、¢が彼らを手で制し、先程と同じように緋色の目で俺の方をじっと見下ろした。

「君は、戦いたいのか?」
「はッ!俺から戦いを奪ったら何も残らない、生きている限り、俺は戦闘を欲し続けるんだよ。ここで殺されるくらいなら、戦闘の中で殺ってくれたほうがまだ成仏できるぜッ」

威勢よく告げると、驚くほどあっさりと¢は頷き、
「そうか、ならもう一度だけチャンスをやる、サシでやろう」
と告げた。驚いたのは、むしろ周りの兵士たちだった。

「¢さん、正気ですかッ!?こいつは奇襲を仕掛ける危険な戦闘狂です、大戦中に構うことはありませんッ!」
「791軍や、東部では参謀軍もまだ残っています、奴にかまけていたら包囲されます」

必死に止めようとする彼らの言葉に、
「スナイパーは引き続き配備して、何か動向があれば名無しさんやアルカリさんの判断に一任する。
元々、ぼくよりも頭が切れる優秀な兵士たちだ、相手に後れを取ることもない。万が一、彼がぼくに勝ちそうになっても、君たちは手を出すな、これは一対一の戦いだ」
と冷静に告げ、困惑気味の兵士たちの拘束を解いたのだった。


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