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1-4

初公開:2023/01/28


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眉間に皺を寄せたテペロ君は先程までとは一変し、勝ち気な表情で眼下の路地を見下ろすと、まるで馳走にありつく前の猛獣のように、一度だけ舌なめずりをして喜色をあらわにした。

「見ろ、眼下の小道にも敵兵が接近しつつあるッ、市街地の戦いは見晴らしのいい観察地点を選んだ方の有利になる。いい場所を選んだな、社長」
「テペロ君ッ!体調は大丈夫なんスか」
「こんな良い狩り場を目の前にして降伏するなんて、もったいない」

こちらの声を無視し、どかりと屋根の上に腰を据えた。
そして、いつの間に持ってきていたのか、半身程の高さはある巨大なリュックを自身の傍に引き寄せると、徐(おもむ)ろに中に手をやりまさぐり始めた。暫くして、その手が止まったかと思うと、次の瞬間、ドキリとするほど黒光りした細長い物体を取り出した。
年季の入った、黒々とした機関銃だった。

「社長、あなたは丘の上からの狙撃に気をつけた方がいい。いまはほぼ追い風なので狙われやすい、さっき貼った魔法の防御壁をもう一度展開するんだ」

テペロ君の言った通り、数秒後に狙撃弾が飛んできたので、咄嗟に防壁<スーパーカップバリア>で防いでしまったが、事前に話を聞いていなかったら、こちらの水晶は撃ち抜かれていただろう。体調が万全ではないというのに敵の動きを読む力に優れているのは強者の証だ。
いや、感心している場合ではない、彼を止めなければいけないのに。

「へぇ、一発で回転する水晶を狙い撃つとは、丘の上にはとんでもなく腕の良いスナイパーがいるに違いない」

背後の丘には一切目を向けず、まるでキャンプのテントを組み立てるように手際よく部品を繋ぎ合わせ銃座を作ると、そこに長細い機関銃を収めたのだった。

「なにをするつもりですか、テペロ君。
丘の上には百戦錬磨の¢軍、市街地はビギナー軍、791軍に包囲されている。ここは今から激戦になる。
私もみんなも君を守りきれない、だから、私たちは降伏し君の身の安全を確保することに努めます」
「信じられないな」
「どうしてデスか」
思わず聞き返せば、テペロ君は振り返ることなく、
「だって、社長は“こいつ”に嘘をついていた、そうだろう?」
と、人差し指で自分のこめかみを何度か叩きながら、そう答えた。

私にはその意味が分からず、ただ閉口するしかなかった。

「それに安心してくれ、自分の身は自分で守れる。幸いに二度目の狙撃はすぐには来ない、準備の時間に充てさせてもらおう」

いまの自身に満ち溢れた横顔は、先程まで顔を青くしていた時とはまるで別人だ。敵が尻尾を出すのを待ち遠しそうに丹念に弾を込める姿は、猟師よりももっと欲にまみれた、例えるならば空腹の獣だろう。
結局のところ、テペロ君の読み通り、屋根の上で身を曝け出している我々に対し、不思議と二度目の狙撃は無かった。風向きが変わりスナイパーの準備も仕切り直しになったのかもしれない、それすらも読んでいるのだとしたら相当の戦闘経験を積んでいることになる。だが、先程まで発砲音にすら怯えていたような若者が、こうも簡単に気持ちを振り切れるものだろうか。
これでは、まるで。

「奴(やっこ)さんが来たなッ!」

耳に届いた歓喜の声に考えを中断し、目を向ければ、構えていた銃口の先にある狭い路地から、小隊規模のビギナー軍兵が次々に駆け出してきた。息も絶え絶えの我軍の教会拠点を一気に制圧するつもりなのだろう。

「フルファイアッ!」

狙撃地点まで誘導できたことを確認すると、テペロ君は躊躇なく引き金を引いた。
まるで害虫を駆除するように、平然とした顔で街路に侵入した敵軍の英雄たちを次々に銃撃し始めた。

けたたましく暴力的な銃声音が響き渡り、眼下の兵士たちはその場でバタバタと倒れ、残りの英雄たちも何事かを叫びながら路地裏に逃げ込んでいった。
力尽きた英雄たちは石畳の上で、次々に煙のように姿を消し、一帯はまるで祭りの後のような静寂さに立ち戻った。ただ、屋根を伝い落下する薬莢の乾いた音と、鼻をつく硝煙の臭いだけが、奇妙な興奮と情緒を与えていた。

「ぁははははははッ!駄目だねぇ!駄目だねぇ!!こんな狭い路地に密集しちゃぁ!!」

屋根の上では、青年だけが独りけたたましく笑い、路地裏から反撃を伺う兵士たちに有無を言わさず追撃の引き金を引き続けた。銃声音とそれに負けないほど大きな笑い声が、誰もいない住居の壁という壁を反射し、やまびこのように反響して返ってきていた。
その異常な姿を見て、私は先程から覚えていた違和感をようやく言葉に変換できた。

「君は、誰だ?」
すると、そこで初めて振り返り、
「俺も紛れもなくテペロだが、あなたの言うテペロではない。
戦場の匂いを嗅ぎ取ると、臆病なあいつの代わりに俺が“出てきて”しまうのさ。でも、俺と“あいつ”の目的は同じ、ここが俺たちの目指していた目的地だったんだ、これほど愉快なことがあるか?」
と言い、ニヤリと笑った。

「つまり、二重人格ということデスか」
「俺たちは“合法的に死者の出ない戦いを続けている村”を探していた。過去に聞いた噂を頼りにずっと旅を続けていたというわけだ、まさか、本当にあるとは思わなかったが。
結果、当初聞いていた街の名前とは違ったが、この村にたどり着けたというわけだ」

サッと取り出した墨色のサブマシンガンにマガジンを装填するその所作は、熟練の猟師が獲物の革を剥ぐように、洗練され無駄のない動きだ。
巨大なリュックの中から次々と出てくる黒光りのする銃器を見て、戦場でも肌見放さず、大事に背負い続けていた理由が、ようやく理解できた。

「貴方はいいとして、本当にテペロ君は本意なんスか」

わざと区別するようにそう呼び分けたが、意味深な笑顔を浮かべる顔は、昼間に出会った、底が知れない青年の姿そのものだった。

「俺たちは二人で一つなんだ。あいつは俺のために動くし、俺もあいつの願いを叶えるために全力を尽くす。安心しな、戦闘が終われば元に戻るさ」

膝立ちのまま、腰に吊り下げているホルスターに一通りの武器を装着すると、丘の方をジッと見つめた。

「なぁ、丘の上へ行く方法はさっき通った道が一番近いか?」

初めての彼からの質問だった。

「ええ、頂上で全ての道は合流しますが、ここからだと先程の道しかないデス」
「そうか」

テペロ君が再び路地の方へ顔を向けたのと同時に、生温い閃風が頬をじんわりと撫でた。
この風圧は、大規模な魔法が放たれる前の予兆だ。

「テペロ君、逃げましょう、恐らくビギナー軍が怒って総攻撃を仕掛けてくるス」
「機銃掃射で位置もバレてたし、そうだろうと思ったよ。
社長、肩をかりるぜ、じゃあ無事だったら、またなッ」

市街地の中心から放たれた、無数の斉射<マルチブルランチャー>の光弾が蛇のようにうねりながらこちらに向かってくるのを見て、テペロ君は私の載る機動アーマーの腕の部分に脚をかけると、軽やかに空に跳んだ。

私は、ただその光景を呆然と眺めていることしかできなかった。
月の光を一新に浴び、靭(しな)やかに身体を伸ばし空へ駆けた彼の影法師は、まるで精巧な切り絵のようで、酷く幻想的で脳裏に焼き付いた。

だから、私自身に向かってくる光弾に対しなんの備えもしていなかったのは偏(ひとえ)に彼のせいと言えるだろう。

今度会ったら文句の一つでも言っておこう。

━†━━†━━†━

背後で火薬庫が爆発した時のような、とてつもない轟音が鳴り響いた。

飛び移った別の屋根の上から振り返れば、先程まで社長と共にいた教会は敵の集中砲火を浴びて爆発炎上していた。社長の安否は分からないが、今は気にしている暇はない。
丘に移動する途中での敵の遠距離射撃は脅威だ、先に対処しておく必要がある。

屋根から屋根に飛び移り移動していると、眼下で見知った顔を見かけた。
紅白の巫女装束の鈴鶴(すずる)さんは、残った英雄たちを再編成し社長の救出に向かおうとしている様子だった。
戦場では目立ちすぎる出で立ちは、土煙で多少くすんでいるものの未だ艶やかさを保っている、やはり彼女も相当の手馴れのようだ。
情報収集も兼ねて、路地に降り、にこやかに話しかけることにした。

「よぉ、あなたは無事だったか、ところで、敵はこの先かい?」
「貴方、誰?」

不躾(ぶしつけ)な返答に、つい数分前にも似たような質問を受けたことを思い出した。

「失敬な、さっきも会っただろう?」
「よく似た顔の子にはね、でも“貴方”ではないわ」

冷徹に鈴鶴さんはこちらを一瞥した。

「社長は何処へいったの?」
「さあな、途中ではぐれたよ」

途端に業物の刀剣を俺の首先まで振り下ろし、先程よりも眼光をはるかに鋭くした。

「私はね、失礼な男と、嘘が嫌いなの」
「そうか、俺はどっちも好きだけどな、本音を話さなくていいから。
ところで、俺にかまけて奴さんを気にしなくていいのかい?」
「鈴鶴隊長ッ!敵の筍魂(たけのこたましい)隊が来ますッ!」

叫び声をかき消すほどの爆音とともに、視界の先にある側壁が崩れ、敵の英雄たちがシロアリのように強引に侵入してきた。
全員が男性で体躯のいい兵士たちだ。彼らの肩からも青白い気が立ち込めていることを見るに、鈴鶴さんと同じ英雄結集<コールバック>で召喚された英雄なのだろう。

「動ける者は先に戻り社長を援護、副官が部隊の指揮を取りなさい、残った者たちは私とともに全力で食い止めるわよッ」

鈴鶴さんは刀剣を構え直し、戸惑う周りの英雄たちに矢継ぎ早に指示を出した。

「心踊るねぇ、それじゃぁ、先に失礼するよ。耳を抑えてなッ、ファイアッ!」

俺は背中に背負っていたサブマシンガンを構え、躊躇なく射撃を開始した。
体躯の良い兵士は狭い路地では良い的だ、直線上に突っ立っている敵の兵士がバタバタと倒れていった。銃ほど気楽なものはない、機構部品の手入れさえ怠られなければ、年季の入った年代物でも問題なく動くのだ。

「ぁはははははッ!やはり銃はいいなぁ、敵は近接武器主体か、どうやら銃との相性は悪いらしいッ!」
すると横から鈴鶴さんが、
「遠距離攻撃は大体魔法で事足りるという考えなのよ、ここは。ただ、びっくりしているんじゃないかしら、貴方みたいにレギュレーションの違いを把握せず、本気で挑むおバカさんたちじゃないから」
と、呆れた様子で教えてくれた。

確かに現代では、銃弾を消費し手入れを必要とする銃器よりも、再生可能な魔法力を消費する魔法攻撃のほうが有用性とコストパフォーマンス面で遥かに優れている。理屈はよく分かるが、幼少期から大事にしている相棒をすぐに手放せと言われてもなかなか出来ない相談だ。
効率さを重視しすぎて愉しさを失っては、生きている意味がない。

「あなた達ほどの魔法力は俺たちにはないんだ、それに、この銃弾は魔法弾だから当たっても致死傷にはならない。どうだ、安心したか?」
「そう、ならどうぞ、ご自由に」

今度こそ呆れたのか、鈴鶴さんは一歩後ろに下がった。
死屍累々となった眼前の路地で動きがあった。スーツ姿の一回り大きい大柄の男が、倒れた兵士たちを跨いで、のしのしと近づいてきた。ずっしりとした体躯で、左右の肩幅で路地の大半を占有している。

「お前が噂の“トリガーハッピー”野郎か」

男の言葉に、俺は間髪入れずに、次のマガジン分の弾を連射した。
戦場で生き残るコツは相手の甘言に聞き耳を立てないことだ、虫の羽音と同じだと思えばいい。

「多分、そうだな」

ただ、人としての矜持(きょうじ)を保ちたいのであれば最低限の礼節は弁えるべきだろう、俺は専ら撃ち終わった後に返答するようにしていた。
20発以上を撃ち込んだが、男は手に持った大鎚(おおづち)を振り、全ての弾を防いだようだった、大した腕前と余裕さだ。

「俺の名前は筍魂、お前の名前は?」

相手の呼びかけに対し、マガジンを交換するふりをしながら、ホルスターからハンドガンを取り出すと、素早く6発撃ち抜き、
「敵には名乗らないようにしているんだ」
とだけ答え、駆け出した。

案の定、次弾も全て防がれたが、利き足とは逆の脚に全て撃ち込んだことで、彼は武器を逆足の前に構えざるを得なくなった。
慣れない防御姿勢に少しの歪みが生じたのを見付けると、俺は敢えて逆の利き足に向かい飛び込んだ。

こちらの動きに即座に反応した筍魂が、巨大な大鎚を振り上げて反撃しようとすれば、身体と武器の大きさが仇となったのだろう、家の外壁に刃を引っかけ、一瞬、身動きが取れなくなった。

全ては歪な防御態勢から早く復帰しようという、小さな焦りが招いた、歴戦の英雄らしからぬ仕損じだった。
それをすべて予測して且つ確認した上で、ホルスターから引き抜いたコンバットナイフで、俺は脚の腱を正確に振り抜いた。

「ぬうッ!」
「戦った場所が悪かったな、路地の狭さとあなたの体格の相性が悪かった」

膝をつかせると、再装填した銃で間髪入れずに数発を撃ち込み、止め(とどめ)を刺した。
強敵には躊躇をしてはいけない、自分の行動一つ一つが相手の生命と自分の生命とで天秤にかかっていることを理解していないと、決して生き残れはしないのだ。

倒れ伏した筍魂の身体が、砂のようにサラサラと消えていく様を、周囲の兵士たちは暫く唖然とした様子で見つめていたが、こちらの機関銃の鈍いリロード音を聞くと、再び時が動きだしたように慌ただしく騒ぎ始めた。

「隊長がやられたッ!後方に支援要請だッ!」
「とにかく撃ち込んで奴の動きを止めるんだッ!こちらも斉射<マルチブルランチャー>を放てッ!」

敵が慌ただしく騒ぎ始めたので再度攻撃に移ろうとすると、近くでまたも爆音が鳴り、大きな地響きが起きた。

「大変ですッ!791軍が痺れを切らして、本隊に奇襲攻撃を仕掛けているようですッ!」

と、敵の伝令の慌てふためいた声が漏れ聞こえた。この数秒のうちに三、四度は同じ爆音が鳴っていたので、敵もこちらに構っている暇は無くなっただろう。
これで本来の目的は果たしたと感じ、落とした武器を拾いながら、鈴鶴さんのいる場所まで小走りに戻った。

「そういうわけで、後は任せた」
「貴方は何処に行くの?」
訝しげに訊いてくるので、
「俺は、戦いは好きだが、軍としての勝敗には興味が無い。今は、丘の上に登って満点の星空を見せてやりたくてね、“こいつ”の希望でさ」
と言い、指でトントンとこめかみを叩いた。

鈴鶴さんは、
「自分勝手なのか過保護なのか、よくわからない人ね」
とだけ言い、一つ溜息を吐いた。


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