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初公開:2023/02/18

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対峙した俺たちの周りには、先程まで俺に覆いかぶさっていた奴らを含め、¢の呼んだ英雄たちがギャラリーのように取り囲み、墓標の周りはさながら闘技場のような様相を呈していた。
¢は先程と変わらず、気怠げに墓標に背を預けている。彼の周りをのんびりと周る水晶が、術者の今の精神状態をそのまま表しているように見えた。
俺は身体のホコリを払い、取り戻したハンドガンをホルスターに戻した。

「武器まで返してくれるとは、相当な自信だな」
「これは暇つぶしだから、それに、社長が保護した“君たち”に、少し興味が湧いた」
「そうやって余裕綽々の奴が後で泣く光景を、何度も見てきた」

そこで墓標から背を離し、ゆっくりとこちらに向き直った。

「先程はああ言ったが、億が一でも、ぼくが負けることはない」
「大した自信だ、その鼻、今からへし折ってやるからよぉぉッ!」

勢いよく駆け出す。彼との間合いを急速に詰め、半身の構えから左拳で突くと、たまらず¢はその場で沈み込んだ。
常人ならまずこの突きを避けられず気を失うので、¢の反応の良さは折り紙付きだ。

それならば、深く沈んだ顔を目掛け、すかさず右フックで仕掛けると、逃げ場の無くなった¢は、ようやく腕を顔の横に突き出し、防御の姿勢を構えた。
しめたとばかりに、中段蹴りでがら空きになった彼の脇腹に蹴り出すと、確かな感触とともに彼の体が僅かにくの字に曲がった。
その瞬間を逃さず取り出した銃で発砲するも、それは見切られていたのか魔法の防壁の前に銃弾は粉々になった。

「『防壁<スーパーカップバリア>』」

後から律儀に呪文をつぶやく¢に、思わず吹き出してしまった。

「ここの住人は戦闘でも律儀に詠唱しなくちゃいけないクセでもあるのかい、えぇ?」
「その通り、大戦では定められた魔法は詠唱しなければいけないという暗黙のルールがあるんよ」
「なぁ、その魔法、ずるくないかぁ?」
「安心しろ、この魔法は疲れるんだ、もう魔力は尽きたから何も使えない。それにしても、いい蹴りだ」

言い終わるや否や、¢の姿は消え、次の瞬間には頭上から踵落としが降ってきた。

既のところで避ければ、すぐさま追撃の手刀が迫り、それを払い除け、逆にこちらから攻めに転じる。互いの一進一退の攻防は、まるで武術の演舞のように絶え間なく交代し、切れ目なく続いた。
周囲の兵士たちはまるで闘技場の観客のように声も出さず俺たちの闘いを見ていた。闘いと気迫の鋭さに気圧され声も出せない、というのが正しかったのかもしれない。

¢は身体を葦(あし)のように傾け、一見すると闘いからは程遠い構えだ。だが、体感の強さ、靭(しな)やかさと瞬発力は、これまで出会った人間の中でも群を抜いていた。

体術には絶対の自信を持っていたが、ここまで敵に攻撃が通らないことは今まで無かった。
瞳に映る人物は絶対的な壁といえる存在であり、同時に今後も俺自身が存在し続けるためには、超えなければいけない存在であることを直感で理解した。

そんな難敵を前にしても俺は焦るわけでも憎むわけでもなく、
「いいねぇ!楽しいねぇ!最高の気分だぁッ!!」
ただ心の底から嗤(わら)った。闘いを目一杯楽しんでいた。

「そういえば、君の名前をまだ聞いていなかった」

¢が一瞬、構えを解いたことが分かった。普段だったら敵の声には耳を貸さないが、ここまで至福のひとときを提供してくれる相手には最大限の礼節を尽くそうと思い、俺も構えを解いた。

「俺の名前はテペロだ」
「テペロ、体術に秀でているな。無駄のないその動き、徒手空拳(としゅくうけん)か、どこで習った」
「生きていくためには何でも吸収するさ、そういうあなたは自己流か、しかし殺気が感じられないな」
「大戦は生命を奪う戦いはしない、水晶の魂<インクリメント>を破壊すれば敗北を認める、この闘いも同様だ」

¢の言葉が、俺の熱い心に一滴の冷水を垂らしたかのようにじわりと急速に広がり、知らずのうちに、俺の口から嘲りの嘲笑いが漏れていた。

こいつは、やはり駄目だ。
死闘はギャンブルと一緒だ、自らの一番の大事な生命を賭してこそ、初めて同じ闘いの場で相まみえる。
互いの生命を賭けて生き死にを運と実力に任せるその瞬間が、たまらなく好きだ。
そのベットを拒むというのならば、幾ら強者とは言っても所詮は腰抜け、俺の敵ではない。

「甘い、甘ちゃんだなぁ。人はギリギリの状況に追い込まれてこそ真価を発揮する、どんな手を使っても勝ちに行く、そうだろぅ?」

ナイフ使いにとって、間合いの距離と詰め方は至上命題だ。
対面の相手との中途半端な間合いは、銃や魔法といった遠距離攻撃の驚異に晒される。しかし、近づいてさえしまえば、魔法や銃を構えるよりも速くナイフで敵を制すことができる。
かつて俺たちに体術を指導した教官は「至近距離なら銃や魔法よりナイフが速い」と繰り返し説いていたものだ。当時仲間内では机上の空論だと馬鹿にしていたが、その訓え(おしえ)は時間が経ち、すっかりとこの身体に染み付いていた。

俺は極自然な流れで半身のまま、すり足で間合いを一気に詰め、腰からナイフを抜いた。
呼吸の仕方や体捌きを一切変えず、違和感なく相手に接近する暗殺術で、幾度となく練習し身につけたものだ。さすがの¢も驚いたように一瞬身を震わせ、首元への初撃を反射的に避けようと身体を反らしたが、彼の頬から一筋の鮮血が飛んだ。

驚く暇すら与えず、さらに首と腕を掴み、すぐさま押し倒した。
組み敷いた状態で、掴んでいる利き腕を強く頭上に引けば、いかに頑強な相手でもその首元が顕になり、一刺しで勝負が決まる。
得意の間合いの中に入ってしまえば、俺は無敵だ。

地に頭を付けた¢の顔が露わになった。
月夜に照らされ煌めく金髪と、青白い頬に走る一筋の赤い傷との対比が、端正で無表情な顔立ちと相まって、無機質な美しさと病的なまでの凄艶(せいえん)さを濃く映し出していた。
その場は、不思議なほどに静まり返っていた。
周りの兵士たちは、自分たちのリーダーがこれから処刑されるだろう危機的状況を、ただ固唾を呑んで見つめていた。

¢はこちらに目を合わせたまま、微かに唇を動かしたが、風に吹き消され声は聞こえなかった。
眼前の敵は今にも動きを止めるオルゴール人形のような儚さで、礼節として迫る最期に僅かな時間を与えることにしたのだった。唇の形から、後半部は「…ソーラレイ」とだけ聞き取ったが、何を発していたかはわからない。何か祈りの言葉だろうか。

「もういいか?じゃあなぁ、楽しかったぜッ」

心のなかで¢への別れを告げ、露わな首元へナイフを振り下ろそうとした、その瞬間。

ぬるりとした生温い風が顔に吹き付け、途端に全身に悪寒が走った。

この感触には覚えがあった。と同時に、振り下ろす手を止め、瞬間的にその場から後ずさったのは、偏(ひとえ)に過去の経験則からの反射的行動にすぎない。
だが、次の瞬間、自由になっていた¢の左手の指先からは同じ太さ程の眩い光芒(こうぼう)が発射され、先程まで俺の居た位置を太く貫いていた。

「よく避けたな」

直前に、義務としての“詠唱”を終えていた¢は立ち上がり、称賛するように両手を叩いた。

「今際の言葉だと思い待っていてやったが、まさか呪文の詠唱だったとはな。それに、あなた、さっき魔力はもう尽きたと言ってたはずだが?」
「どんな手を使っても勝ちに行く、だろ?テペロ」

さらりと嘯(うそぶ)く¢に、目の前の敵が戦士の皮を被った道化師のように見えてきた。
おもしろい、闘いはやはりこうでなくてはいけない。

「さて、終わりだ、テペロ、まあまあ楽しめたんよ」

袖口から銃を取り出すと、片手で俺に銃口を合わせた。黒々とした見た目にその重厚さは、ハンドガンの中で最強の威力を誇る50口径のハーケンダーツだ、なかなかの骨董品であることに間違いない。

「この距離なら、あんたの銃より俺のナイフのほうが速い、いいのか?」
「それはどうかな、『加速<アグロフォートレス>』」

詠唱とともに、目の前の¢が途端に姿を消した。
俺は瞬時に自らの魔力を鎧のように纏(まと)い防御態勢を作った。
一発程度しか耐えられない脆弱な鎧だが、ハーケンダーツはその重量ゆえ発砲時の反動が大きく、二射目の照準合わせにどんな手慣れでもコンマ秒は多めにかかる。
反撃に転じる時間として、俺にはその時間さえあれば十分だった。

耳に届いた風切り音とともに瞬時に振り返れば、背後に移動した¢が銃を構え立っていた。
引き金が引かれるとともに、鈍い銃声音が一度響き、次の瞬間、銃弾は俺の胸の手前で魔力の鎧ともども粉々に砕け散った。

銃声音が一発分しか響いていないことに気づけば、思わず笑みがこぼれた、勝負はあったのだ。
猶予あるコンマ秒の時の中で、俺の両脚の筋肉は限界まで収縮し、次の瞬間には目の前の獲物に飛びかかるための準備が完了していた。

そして砲弾のように相手へ弾丸発射しようとした、次の瞬間。

ドン、と押されたような反動。

本来動くべき身体がピクリとも動かなくなり、静止した。

異常事態に下を向けば、先程撃たれた同じ位置に、“二発目”の弾丸が俺の胸を貫いていた。

「馬鹿なッ」

俺の発した声は思っていたよりもか細く、その場で崩れ落ちた。

全身が痺れ、指先一つ動かすことすらままならない状況の中で、¢がツカツカとこちらに近づいてきたことだけ分かった。
捕食される間際の息も絶え絶えな小動物側の気持ちが今なら理解できる、接近する死という存在が、たまらなく恐いのだ。
生物の生命のサイクルの中に自分もその一員として組み込まれていることを、初めて深く理解した。

「君の敗因は補助としての魔法を考慮していなかったことと、最後のぼくの詠唱を聞き逃した点だ。連射<ポイフルバースト>の魔法を発射直後の銃弾にかければ、銃声は一発でも弾は複製できる」

顔を上げることもできない俺は、囁くような¢の声を聞きながら、酷い眠気に襲われていた。

「頼む、仰向けに、して、くれないか、夜空を見せて、せめて逝きたい、んだ」
「睡眠弾だから死ぬことはない、ただ君は油断ならない、しばらく寝ていてくれ」

声も出せず、瞼が下がり、急速に意識が遠のいていく。

不思議と悔しさや怒りの感情は沸いてこない、ただ今は胸の中が空っぽになったような、寂寞(せきばく)した喪失感が占めている。
この気持ちを言葉として表すとするならば、そう、後悔だ。

戦いに破れたこと、そして何より“あいつ”に夜空を見せてあげられなかったこと。
俺はいま、後悔している、その気持ちを強く噛み締めつつ、意識を手放した。

━†━━†━━†━

目が覚めると一面には澄み切った青空が広がり、視界の端から漏れ出ている陽の光が雲ひとつない空を、さらに薄く輝かせていました。

気がつけば、すっかりと夜は明け、僕は丘の上にあお向けで寝ていたのでした。
微かに漂う硝煙の匂いで半身を起こしてみれば、すぐ横には、昨日と同じ構図で墓標に身を預けた¢さんが、全身に朝陽を浴びながら立っていました。

「あの、お騒がせしました」

恐る恐る話しかけると、フード越しに目が合いました。

「起きたか、一応、初めましてだな、君の名前は?」
「すみません、ぼくもテペロなんです」

僕が申し訳無さそうに答えると、¢さんは、
「そうか」
とだけ答え、それきり黙ってしまいました。

気まずい空気の中で僕も立ち上がろうとすると、胸を締め付けられた時のような鋭利な痛みが走り、思わず「うっ」と呻いてしまいました。

「すまない、手加減はしたつもりだったんよ」
「いえいえ、元はと言えば¢さんに向かっていったのは“僕たち”ですから」
「そうか」

またも沈黙が続きましたが、¢さんの気遣いに、胸の痛みが少し和らいだ気がしました。
夜が明け、遠くの市街地での戦闘音は一切聞こえてきません、周りにも武装した英雄たちの姿は全くありませんでした。

「大戦は終わったんですか?」

そう疑問をぶつけると、何も答えず手招きだけしてきました。
傍まで近づくと¢さんはすっと墓標から離れ、特等席を譲ってくれました。

「わぁ、すごいッ」

墓標の前に立ち、見ていた景色がガラッと変わりました。
広い丘の頂上部には天然自然な木々が点在し、戦術的には身を隠すのに最適な場所なのですが、なかなか村の全貌を把握することができませんでした。
しかし、中心部の周囲より一段高い場所にある墓標の周りだけはすっぽりと木々が抜け落ちており、麓(ふもと)の街並み、黄金色に輝く草原と、その先に続く深緑の樹林までの風光明媚な村一帯の様子を見渡すことができました。
墓標から見る村の景色は壮観なものでした。

とはいえ、気を失う前まで戦っていた麓の市街地には今も家屋のあちこちからくすぶった白煙が狼煙のように何本も上がり、激戦の傷跡が色濃く残る痛ましさを見せています。
社長が匿ってくれていた教会はもはや跡形もなく、瓦礫の山に残るクリーム色の煉瓦の破片から僅かに痕跡を推察できる程度です。
戦いの終結したあとのこうした痛ましい光景には、自らも当事者だったとはいえ、いつも複雑な思いになります。

そんな沈痛な思いで偲んでいれば、ふと教会の瓦礫の一個がふわりと宙に浮かんだかと思うと、続いて周りの残骸もその場でとぐろを巻くようにぐるぐると浮かび上がりました。
そして、まるでパズルのピースを嵌めていくかのように渦状の瓦礫群から弾き出た瓦礫たちが組み重なっていき、ものの数分もしないうちに元の教会の姿に戻ってしまいました。

僕が驚いて目を点にしていると、¢さんが横から、
「あれは『諸行回帰<イニシャライズ>』の魔法で、この地だけで使える魔法だ、幾ら傷ついても建物や壊れた武器は大戦前の状態に戻すことができるので、村はいつまでも同じ形で保たれる。
ただ、あの作業は大戦で敗れた村民がやるべき一種の罰ゲーム、今も村には社長を始め、村民たちが必死に直している」
と説明してくれました。

「そんな便利な魔法があるんですねぇ。あれ、¢さんはやらなくていいんですか?」
「ぼくは勝ったからやらなくていいんよ」

手でVサインをつくり密かに喜びを表現する¢さんの茶目っ気に、思わず笑ってしまいました。
初対面では斜に構えた底冷い戦士という印象でしたが、今は少し寡黙な優しいお兄さんに感じます。
大戦が終わればノーサイド、村民の間にはわだかまりやいがみ合いもなく、次の大戦までのどかに暮らすのだろうと、先に会った社長の様子とあわせても、そう感じました。

気がつけば、街のあちこちで同じように残骸が渦状に浮かび上がりました。
朝陽を受け仄かに朱色の差した集落の中に、一つ、また一つ同胞が蘇り再生していく様を見るに、この村を探す切欠(きっかけ)になった遠い過去がふと瞼(まぶた)の裏に浮かびました。
目的地として“なぜこの村でなければいけなかったのか”という、自身の抱いていた長年の疑問への答えが目の前にあるように感じ、胸に熱いものがこみ上げてくるのとともに、僕はこのKコア・ビレッジという村の真髄を垣間見た気がしたのでした。

ここに来て、僕の決心はいよいよ固まったのでした。

「僕は、小さい頃から夜空が好きなんです。このバーボンの丘に行きたいと思ったのも、綺麗な夜空をより近くで見たいと思ったからですし、それで“彼”がここに連れてきてくれたんです」

¢さんは黙って僕の話を聞いていました。

「でも、いまこの景色を見て、考えが少し変わりました。
ここの住民は何かに囚われることもなく自由のどかに暮らし、たまに本気で闘い合い、終われば手を取り合い、そして元の日常に戻る、そんな日々が永く続いていく。
丘の上から広がるこの光景は、僕の求めていた理想です。
“僕たち”はこの村を目指して旅をしてきました。
お願いがあります、この村に住むことを、許してくれませんか?」
「この村は誰も拒まない、好きにするといいんよ」

¢さんは優しい声色でそう答えました。
市街地からは、再生した小さな教会の上で機動アーマーに載った社長が、こちらに手を振っていました。

旅を始めてから長い年月を経て、“僕たち”はようやく目的地に辿り着きました。

これから一体どのような日々を過ごすのか、楽しみでしかたありません。

Kコア・ビレッジに差す陽の光は、まさにこれから強くなろうとしていました。


Fin.

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