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6-11:逆転への奇策編

初公開:2021/06/05


霊歌『時間がないと言っていたな。
安心しな、ご主人の記憶は召喚時点でおれにも共有されている。どうやらとんだ危機みたいだな』

霊歌はそこで首を上げることに疲れたのか、自らの身長の数倍の高さはあるだろう机の上にひょいと跳んだ。
彼の眼には、主人にも逆らわんとする挑戦的な色と若干の同情の色が見えた。どうやら口は悪いが、ある程度理解のある使い魔のようだ。

霊歌『それでどうするんだ?
おれを召喚したぐらいじゃあ、ご主人のお師匠の悪だくみは止められないぜ?』

someone『…追加の“契約”をしたい』

彼は長く垂れ下がった両の耳をピンと張り、驚きを表現してみせた。

霊歌『その若さでか。大丈夫か?十分な魔力がなければ契約に耐えられず死んじまうぞ。
ちなみに、どんな条件を付けたいんだ?』

someoneは、予てより考えていた条件を霊歌に告げた。
すると彼は今度こそ目を丸くし、直後に口を開け大声で笑った。

霊歌『ハハハッ!そりゃあとんでもない契約だ。
そんな大それた事を考えるのはご主人くらいだぜッ!』

【使い魔】と術者は互いの同意の上で、召喚後に追加で契約を交わすことができる。
ただ、その契約には代償も伴う。契約内容の規模に因り、【使い魔】の本来の機能が一部失われるのだ。
理由は不明だが、魔力を注入している【使い魔】の器が決まっているため、新たに注ぎ入れた魔力から溢れてしまったものは捨てなければいけないのだろう。someoneはそう理解している。

霊歌『普通なら無理だと笑い飛ばしたいところだが…ご主人にはどうやら途方も無い魔力があるらしい。契約はできる』

someone『本当?』

そこで霊歌は笑いを引っ込め、先ほどと同じく他者を値踏みするように目を細めた。

霊歌『教えてくれ。“そんな契約”を結んでも、とても今の状況を打開できるとは思えないが、何か策はあるのかい?』

彼の言うとおりだ。たとえ希望の契約を結べたとして、公国に戻り791と対決しても事態を打開できるだけのものではない。
そもそも、向こうには“必消”の儀術がある。戦おうとした瞬間に消し炭にされるのが関の山だろう。

だが――

someone『…1%でも望みがあるなら最後まで足掻く。そう、決めたんだ』

彼が真剣な口調で語った時、霊歌は主人の瞳の色をしげしげと眺めていた。
自分と同じヘーゼル色の眼だ。くすんだ色の中に、微かな光が灯っている。

分の悪い賭けだが乗ってみるのも悪くないかもしれない。
そう思わせるだけの雰囲気がsomeoneには備わっていたし、そう思うだけの器量が彼にも備わっていた。
しばらくすると彼は、ニカリと笑みを零した。

霊歌『あんた、生粋のギャンブラーだな』

再び床の上に舞い降りると、霊歌も真剣な顔つきでsomeoneを見上げた。

霊歌『知っているとは思うが、追加の契約は代償として何かを奪われちまう。そういう“決まり”だ。
恐らくだが、結構な能力を奪われる。

全ておれの予想だが、契約の代償として、まずおれの記憶を奪われる可能性は高い。
魔術にとって“記憶”は大事なエッセンスだ。いの一番に代償として狙われる』

someone『分かった。契約が終わったら改めて僕が今の状況を説明する』

霊歌『あー、それとだ。恐らくおれの性格も幾つか代償をもとに変わる可能性がある。
より具体的に言えば、多分生意気になる』

someone『これ以上!?』

途端に霊歌は口をへの字に曲げた。

霊歌『いまこうして話を聞いてやってるのに、おれが生意気とはどういうこったッ。

いいかッ!ご主人は物静かそうだから予め言っておく。
記憶を失い生意気になったおれは恐らくご主人の手に負えず、あんたの言葉もまともに聞かなくなるだろう。
それでもやるのか?』

someoneは膝を折り、小さな使い魔に目線を近づけた。

その時の彼の眼の色を、霊歌は記憶を失うその瞬間まで生涯忘れることはないだろう。
諦めにも見えた褪せた瞳の奥には、決して侵されることのない情熱の炎が芽生えていた。近くで見ると歴然だ。

someone『…僕には、もうこの手しか残されていない。君が最後の希望なんだ、霊歌』

記憶を共有している分、その辛さはわかる。
彼は育ての親に裏切られ、さらには“第二の故郷”にも裏切られた。全て彼の甘さが原因だと言えばその通りかもしれない。
そもそも、791は彼に対しただ本性を示しただけでそれは彼女なりの信頼の現れとも言える。
滝本は明確に彼に嘘をついたが、いきなり素性を明かした彼に警戒し本心を隠していたのは、何も一概に彼を陥れるために罠を張り巡らせたわけでもないだろう。


見通しが甘い。この一言に尽きる。
霊歌は主人の弱みをここ数分のやり取りで熟知するにまで至っていた。

彼の理想を追い求めようとする視点は、対極的に現実を視るこの眼には些(いささ)か濁って映る。そのような正反対の性格に仕向けたのは、他ならぬ術者の彼だ。
たとえ、こちらを召喚したとして、この負の連鎖から抜け出す方程式の解を導けるとはとても思えない。



だが、霊歌は彼のことを決して嫌いにはなれなかった。


霊歌は片方の前足を、目の前にいる、小さいながら強い心を持つ主人に差し出した。

霊歌『言っただろう?分の悪い賭けはキライじゃない。おれもひと肌脱ごうじゃないか』

someoneはその言葉に無言で頷き、差し出された彼の手を、ひたと握り返したのだった。





【カキシード公国 宮廷 魔術師の間 1ヶ月前】

791『やあ。ここで会うのは本当に久しぶりだねッ!元気にしてた、someone?』

三年ぶりに足を踏み入れた部屋の様子は、特段何も変わっていなかった。
彼女の周りの観葉植物が多少背を伸ばし、こちらを見下ろすようになったぐらいだろうか。植物も飼い主に似るのだな、とこの場面においてsomeoneは場違いな感想をもった。

既に中央の執務椅子には791が深く腰掛け、その背後にはNo.11(いれぶん)が直立不動で彼の到着を待っていた。

“宮廷魔術師”として久々に相対する彼女も、特段何も変わっていなかった。
トレードマークの紫紺(しこん)色のローブは今日もシワひとつ無く、ワンカールした黒髪も艶が出ており上部の硝子を通じて降り注ぐ陽を反射し煌めいている。
ただ、少し小さくなったかもしれない。もしくはsomeone自身が大きくなったのかもしれないが。

791『この三年。実に楽しそうにしていたね。
君があそこまで【会議所】に馴染めているとは、正直私も驚いたし嬉しいよ』

彼女はパチンと指を鳴らすと、someone用の椅子を用意した。

791『さて。三年の成果を聞かせてもらおうかな?』

someoneはすぐに返答をせずに、ポケットの中にあるパイプを一度撫でた。
親友から勇気を分けてもらおうと思ったのだ。

someoneは用意された椅子から一歩離れながら、一度だけ深く息を吐き、改めて前に座る師と向かい合った。

someone『…その前に、お見せするものがあります』

目を閉じ心の中で術を唱える。椅子の横にいつの間にか魔法陣が描かれ、青白く光った。
一度使い魔を召喚してしまえば契約を解除するまで、術者は好きなタイミングで簡易的に使い魔を呼び出すことができる。
心の中で詠唱を終えると、次の瞬間、魔法陣の中心には霊歌がちょこんと座っていた。

彼の姿に気づいた791は途端に満面の笑みを浮かべ、対して背後にいるNo.11は絶句したように驚愕の顔をはりつけていた。

someone『これが僕の【使い魔】、霊歌です。
口は悪くまだ僕の命令をなかなか聞きませんが…先生のお役に立てるとは思います』

霊歌『はんッ。ここが噂の策謀入り乱れる総本家か。思っていたより綺麗だな』

791は我を忘れ立ち上がり、両の拳を天井に突き上げた。

791『素晴らしいッ!その歳で自律型の使い魔を召喚し使役するなんてッ!
someone、君はどこまで優秀なんだッ。
若い頃の私を遥かに凌ぐ資質が、君にはあるよッ!!』

背後ではNo.11が無表情ながら、下唇を噛み必死に悔しさに堪えている様子が見えた。

彼女を哀れに思う暇はない。
今は“悟られないように”しなければいけない。

someone『オレオ王国の侵攻にあたり、この霊歌を先に彼の国に向かわせ、内部扇動の任を与えてほしいのです。
リスクを少しでも抑えられるし、いいかと思います』

791『うんうん。ぜひそうしよう。霊歌さんには今すぐオレオ王国に向かってもらおう。なにか必要なものはある?』

霊歌『あんたが主人のお師匠様かい?
そうだなあ…反乱分子をまとめあげるための資金と、大量のチョコをくれないか?途中で小腹が減るんでな』

791『すぐに手配するよ』

791は二つ返事で頷いた。今ならば多少無茶なお願いをしても手を叩きおもしろがりそうな興奮ぶりだ。
それだけ、使い魔の召喚が彼女にとって想像を超える出来事だったのだろう。

霊歌も頷き返した。
そして、一度だけこちらの顔をチラリと一瞥すると、すぐに踵を返し走り去っていった。


791『道を覚えているということは、君の記憶も継承できているということかな?』

someone『いえ。そこは不完全で…実のところ、僕の考えや真意はほとんど伝わっていないんです』

791はそんな彼を慰めるように、パンと小気味よく手を叩いた。

791『まあまだ初めての召喚だから仕方ないよ。これから精度を高めていけばいい。
いやあ、報告の前にいいものを見せてもらったなあ』

うんうんと何度も頷いていた彼女だが、熱も収まってきたのか、暫くすると身体を地面につけるほどその身を深く椅子の中に沈めた。

そして、“さて”、と途端に彼女は下卑た笑みを浮かべた。

791『では、そろそろ話してもらおうか。【会議所】の動向を。
君が隠れて滝本さんと何度も会っていたことは知っている。情報を掴んでいるんだろう?』

someone『はい』

彼女はますます下卑た笑みを浮かべた。

791『よろしい。では【会議所】は何を隠しているのか今すぐに話してくれるね?』

someone『いいえ、それはできません』


空気が、凍った。
部屋にいる誰もが彼の言い放った言葉を想定しておらず、動きを止めた。

someoneは空気の察知を一番に感じ取った。
当たり前だ。これも全て予定通りなのだからまだ心の余裕がある。

791は再度、口を開いた。
微笑みの口元を崩さず、だがクリクリとした両目はしっかりと彼を射抜いたまま。

791『ん?ごめん、何て言ったのかな?もう一度言ってくれる?』

someone『貴方にはお話できない、と申し上げました』

No.11『someoneッ!?貴方、自分の言ったことがわかって――』

思わず叫びかかった弟子を、目の前の“魔術師”は片手で制した。
先程までの余裕の表情は消え、今は相手を見下ろす“施政者”の眼を向けている。

791『どういうことだろう?この私に、君は、どうしてしゃべれないの?』

someone『喋れない理由ができましたが、真の理由は、貴方に話したくないからです』




ゾッ。



常人であれば恐れから立っていられないだろう気を、someoneは一心に受けた。
まるで火口から吹き出た焔風を眼前に受けたように、彼女の圧の前に両目を開いたままでいるのは困難だ。
それ程までに目の前の彼女から発せられている殺意は、深く極悪に満ちている。

だが、受け止めなければいけない。
たとえ、ここで焼け死んだとしても悔いの残る人生だけは示しがつかない。

彼は彼自身の矜持を盾に、魔術師の怒りを一心に受けながらも耐え忍んでいた。

791『someone。それが君の答えかい?
小さい時から目をかけ育ててあげた恩を忘れ、【会議所】に付くという阿呆の考えが君の出した結論かい?』

someone『僕は滝本さんたちに付くつもりもありません。彼らも間違っている。
ですが、強いて言えば策謀のない純粋な【会議所】に付く。そう決めました』

口を開くこと自体が無理だと思っていたが、心の内を一度言葉にしてしまえば、あとはすらすらと口からついて出た。





数分。数十分。
いつまで立っていたか覚えてない。

ただ、先に音を上げたのは791の方だった。
彼女はふう、と一息吐くと殺意の気を解除した。そして視線を外すと、だいぶ蒸発してしまっていたメロンソーダの残りをストローで啜った。

791『someone。君は次期【魔術師】になる者として、決定的にロジックが破綻している。

でも、君は同時に賢い。
私が君を屠れないと確信して、この話をしたね?自分を優秀な一番弟子だと見せるために、敢えて使い魔をこの場に出して自分の生命の価値を増した。
少し見ない間に随分と成長したね。その小賢しさに免じて消すことだけはやめてあげるよ。

でも相応の罰は受けてもらおうかな?』

目の前の弟子から興味を失ったように791は顔を背けると、同時に片手を振り上げた。
気を失ったように呆然としていたNo.11は彼女の合図に気がつくと弾かれたバネのように背筋をピンと伸ばした。
そして、先程までの失態を取り戻さんとばかりにツカツカとsomeoneの前まで来ると、彼を魔法の縄できつく縛り上げたのだった。

彼は、抵抗しなかった。
ただ、無表情で無言を守った。


ここで、魔法使いsomeoneの命運は完全に尽きたのだった。



━━━━
━━






【カキシード公国 宮廷 地下室 現代】

鼻先に届いた冷気で、someoneは目を開けた。
誰かが来た合図だ。

一定のリズムを刻みながら、段々と足音が近づいてくる。
足音はやがて檻の前まで来ると、最後に檻の前でドンと一音鳴らし止まったようだった。

顔を向けずとも誰かはわかるものの、彼女から発せられている無言の圧には応じないといけない。
少しでも罪滅ぼしになればと内心で感じているが、この考えが彼女を苛つかせる要因であることはsomeone自身も気づいている。
彼はぜんまい仕掛けの人形のようにぎこちなく首だけを檻の外に向けると、檻越しにローブの裾から伸びた、すらりとした足のヒールの根本と目が合った。


その頭上、ベージュ色のフードの中から、No.11(いれぶん)の鋭い目は道端の汚物を見るように彼を見下ろしていた。

No.11「貴方は本当に愚かなことをしたわ、someone」

someone「…」

何も反応を示さない彼を前に、苛立ち気に彼女は舌打ちした。

No.11「滝本に【制約】の呪文をかけられているということを先に話せばッ。
ここまでのことにはならなかったのよ」

someone「…それは違う。それでも僕はあの人に喋らなかったよ。同じことさ」

返答がくるとは思っていなかったのか、ローブの中で彼女の息を呑んだ音が耳に届いた。
それだけでもしてやったりという気分で、やっとのことで顔を起こしたsomeoneはぼろぼろになったローブの中でぎこちなく微笑んだ。

No.11「791様に楯突くなんてどういうつもりなのッ?」

someone「…」

フードを脱ぎ、顕(あらわ)になった緑髪を掻きながら、彼女の吐く荒い息は白くたちまち霧散した。
普段の地上での“氷の指圧師”を知る者なら、今の彼女の荒れ具合にたちまち驚くことだろう。

目の前で感情を顕にする彼女は、なんだか昔の姿を見ているようで。
壁に背中を預けながら、someoneは思わず少し懐かしい気持ちになった。

No.11「なんとか言いなさいッ!」

someone「…戦況は――」

突然の言葉に、彼女は不快気に眉を潜めた。

someone「――今の戦況を教えてくれないか、No.11」

彼女は再度舌打ちをしたが、すぐに“いつもの”無表情に戻った。
突然沸いてきた仕事を捌くことが使命だとばかりに、まるで目の前の憎らしい同僚から逃げるように、その切り替えは俊敏だった。

No.11「戦いが始まって、もう数刻経つ。
791様の使い魔越しの様子だと、戦況は意外にも拮抗している。

魔戦部隊に手落ちがあったわけではない。当初の想定よりも、王国軍が粘り強く地の利を生かして戦っているわ。
貴方のお友達の斑虎が、うまくやっているようね」

someone「そうか、それはよかった…」

静かに微笑むsomeoneに、彼女は露骨に端正な顔を歪めた。

No.11「貴方が先生のお気に入りでなければ、今すぐにでも私の手で消しているところだわッ。
貴方は国に背いたんじゃない、“恩師”に背いたのよッ!
何よりも大事にしなければいけない方を傷つけたッ!わかって――」

someone「No.11――」

彼女の言葉を遮るように、someoneは小さく、しかし力強い声で呼びかけた。
そこで、初めて彼女と目が合った。

綺麗なマリンブルーの瞳。
昔から変わらない、澄んだ色だ。羨ましいとさえ思う不変の意思を瞳に宿している。
その鋼の心を時おり眩しいと思う。

someone「――ごめん」

そこで、はたと彼女の動きが静止した。

No.11「…その言葉は私にじゃなくて、あの方に言うことね」

ポツリと呟いた彼女の言葉は、不思議とsomeoneの胸に響いた。

彼女は視線を切りフードを被り直し踵を返すと、一定の間隔でヒール音を鳴らしながら去っていった。


部屋は再びシンと静まり返った。

someoneはおでこに片手を当て、深く息を吐いた。
壁に当てている頭の背後がひんやりして心地よい。冷えきった室内なのに心なしか体温が高いと思うのは、体調が悪いのか回想で思いのほか脳を動かしたからか。どちらかはわからない。





―― おい。聞こえてるかッ!聞こえてるかよ、ご主人ッ!

静寂を切り裂いたのは、騒がしい使い魔の声だった。
正確に言えば、使い魔との交信機能でsomeoneの脳内だけに響いているため、辺りは変わらず静寂のままだったが。

someone「…ああ。聞こえているよ」

“頭痛の種だから声は抑えてほしい”と言うのを既のところで我慢し、押し殺した声でsomeoneは返した。
何処かにいるだろう霊歌は、彼の返答に食い気味にまくし立てた。

―― 大変だッ!いま、陸戦兵器<サッカロイド>が王都に着いて、街をめちゃくちゃにしててッ!

someone「ッ!間に合っていないじゃないかッ!」

霊歌と以前話していた“計画”では、オレオ王国の王都を攻撃する前に陸戦兵器<サッカロイド>を封じる手筈になっていた。

―― それはしかたねえんだッ!Tejasのやつがしくったんだよッ!あいたッ!

どうやら、横にいた彼に小突かれたらしい。

―― ッて、本題はそれじゃないッ!ここまでほぼ予定通りだが、計画に狂いが一つだけある。

someone「…なに?」

―― 王都にお前の大事な“親友”が迷い込んじまっている。


someoneはそこで大きく目を見開いた。

彼が巻き込まれる可能性について、ある程度予期はしていた。
だが、タイミングが悪すぎる。前線で戦う彼が、なぜ単身で王都にいる。

―― いま二人で後をつけているが、このままじゃあ陸戦兵器<サッカロイド>の攻撃に巻き込まれる。
どうする?おれたちだけじゃあ限界がある。

彼は強いから、きっと生き残れる。そう心のどこかで祈っていた。

だが、現実はそう甘くない。
幾ら斑虎が歴戦の兵士だとしても、陸戦兵器<サッカロイド>と初見で戦える兵士は存在しない。
赤子と猛獣を戦わせるようなものだ。それまでに規格外の彼らとは勝負にならない。

今こそ決断の時だ。


―― おいおいおいッ!奴さんがあいつに気づきやがったぞッ!
いま、攻撃されたら跡形もなく消されちまうッ!今すぐ決めろ、ご主人ッ!!


someoneは目を閉じ、心臓部に手を当てた。
心音は一定のリズムで拍動を打っている。

正義の火は未だ消えていない。彼により“生まれ変わった”この心の火を、彼のために使う。
その覚悟を決めた。


いま、使うしかない。










師匠の791にも隠していた、someone自身の【儀術】を。


someone「汝、霊歌に問う。生々流転なす生命の源流に、我を導くと誓うか?」

―― …誓う。術者someoneの使い魔 霊歌は此処に、契約履行の審判を仰ごう。

途端に足元に黄金色の魔法陣が展開された。同時に何処から吹いてきたのか、someoneの周りを突風が巻き上げた。
はためく群青のローブを抑えようと地面に手を当てていると、異変を察知したのかNo.11が急いで戻ってきた。

No.11「いったいなにごとなのッ!?」

someoneは彼女の言葉には応じず、額に手を当て詠唱を続けた。

someone「生命の大樹よッ!太古に潜む傑物たちよッ!我との血の契約を今こそ果たさんッ!」

吹き上がる突風で近づけずに彼を見ていたNo.11が、驚愕のあまり顔を青ざめた。

彼の“企み”に気づいたのだ。

No.11「まさか、貴方ッ!」

詠唱の中で、一瞬、チラリと彼の瞳がこちらを向いた。
光を失ったはずのヘーゼルカラーの眼は、いま意志が宿ったかのようにと燦然(さんぜん)と光り輝いている。この輝きに、No.11は覚えがあった。


尊敬し崇拝する、愛すべき師と同じ眼を、いま彼はしているのだ。

彼は困ったように、ほんの少しだけ眉尻を下げた。

学生時代からの癖だ。こちらが強い口調で返すと、彼は決まってそうした。
偽善のように、浅はかな謝罪を、その眠そうな半目とともに示してくる。
こちらの神経を逆撫でしているとも知らず、彼は昔から繰り返しそうしてきた。


しかし、いま。
No.11の受ける彼の印象は真反対だった。
最後の戦いへ赴く騎士のように、全てを受け入れ全ての覚悟を決めた顔つきをしている。
目的のためなら死をも厭わない、正真正銘の儚さと決意を身に纏っている。


その上で、彼の眼が最後に語りかけてきた。

先程も聞いた、飽きるほどに、繰り返し何度も聞いてきた言葉を。



“ごめん”、と。


―― 契約はいま、魔の理の下で聞き届けられた。ご主人よ――

猛烈な風切り音で聴覚を封じられる中、霊歌の言葉が脳内にしっかりと響く。

生意気な彼は、危機の中にありながらとても穏やかな声色をしていた。
そしてポツリと一言だけ、鼓舞の言葉を投げかけた。



―― しっかりな。

















someone「儀術『エクスチェンジ』ッ!!!!」



途端に、someoneの身体が黄金色に輝き、直後にこれまでで一番激しい閃風が巻き起こった。


思わずNo.11は腕で顔を覆い、肝心の術式の行使の瞬間を見逃した。

しかし、次の瞬間には何が起こったのか、全てを理解していた。



檻の中には、先程まで彼が居た場所には、代わりにくすんだ色の小型犬がちょこんと座っていた。



霊歌「よお。久しぶりだなあ、ご主人のお友達さんよお」


檻の中にいる霊歌は、ニヤリと笑ったのだった。



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