『租借地』への訪問��
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kosyoubaru 2022年08月10日(水) 22:09:51履歴
マウサネシア連邦共和国
ラピタ王国
リリィ王女と付き人のクリスは、『租借地』の個人的な視察を行うことにした。
聖歴1992年10月
ラピタ王国首都タアロア
ソ連崩壊の件で、王の意向に反して独断専行を行ったことが問題とされたリリィ王女は、役職を罷免され暇を持て余していた。
「さすがに我々だけで行くのは無謀かと思います」
「そうかしら？」
リリィ王女は目を細めて、半分わざとらしく聞いた。本当は分かっているのだ。リリィ王女はクリスとのやり取りを、少しでも多くしたいと無意識的に考えていた。
これも恋ゆえの行動なのだろうが、本人はそれにまだ気づいていないのか、はたまた隠しているのか。
「タアロアより都会の地域に行ったことあるんですか？」
「ないわね」
リリィは本やテレビから都会の情報は得ていたが、実際に都会を訪れたことはなく、頭ではある程度理解していても、実際にどうなっているかは分からない。
「じゃあ無謀です」
「……確かにクリスの言う通りだわ。大都市にもっと詳しい人が居ると良いのだけど」
というわけで、助っ人を呼ぶことにした。
〜マウサネシア大使館にて〜
マウサネシア大使館を突然訪問したリリィは、アイスを食べながら応接室の畳に座り、マウサネシア大使と面会していた。
「それで、理由は理解しましたが、どうして我々なんですか？」
「他国の大使館と比べて人が圧倒的に多いからよ。なら1人くらいは暇な人いるでしょ？それだけ。」
「……半分はアイス目当てでは？」
相変わらず失礼なことを言う付き人のクリスを軽く睨んで牽制すると、リリィは少し恥かしいような感じで言った。
「今日は普段より気温が高いのよ。アイスがないとやってられないわ」
「そんな理由でアイス食べてたら太りますよ」
「……気を付けるわよ」
クリスはリリィが太るのは嫌なようで、度々リリィ王女に忠告している。リリィ王女は甘いものが大好きで、自制が効かないのだ。
「えーと、それでどんな人物をご希望ですか？」
「出来れば都会に詳しい者が良いのです」
「あーそれと、船の手配とかできるかしら？」
「うーん、ちょっと確認してきます。そこにお茶のサーバーがありますからご自由にどうぞ。」
マウサネシア大使は、鮮やかな黄緑色の髪と尻尾と、相変わらず短いスカートをふわりと翻して、扉の向こうへ消えた。
リリィとクリスは、一切甘みのない麦茶を飲んだ。
さて、大使の指示で緊急の会議を開く何人かのマウサナ人たちは、人選を行っていた。
「連中の意見は信用できないからなぁ」
「私もそう思う。」
連中というのは特務機関のことである。特務機関のメンバーには人の心がないので、彼らの言うことはあまり信じられない。
「本来はここでスパイを送り込むんだろうけど、どうする？」
「やめておこう」
「私はそれは間違ってるかなと思うな」
「しかし、例のソ連崩壊時には、リリィ王女が裏工作を行い、ソ連大使を脅迫したという噂が……」
「スパイ行為でそれに対策できるとは思えない」
「たとえあれが本当だとしても、回避できるはず」
彼女がそう確信する理由、それは愛の力を信じているからである。ソ連大使は相手への愛がなかった、しかし相手に敬意と愛をもって接することで、あの事件は回避出来たはずだ。
「なるほど、相手への敬意と愛ですか」
「ここは敬意を持って、普通のマウサナ人を付けよう」
性善説に従って行動してしまうことは、マウサナ人の悪い癖であるが、それが必ずしも悪いわけではないという。
「愛は信仰にも勝るものだからなぁ、頼んだよアレノ・リルさん」
「お待たせしましたー」
しばらくして、大使が1人のオレンジ色のマウサナ人を連れて戻ってきた。
「この人は都会育ちですし、ちょうど暇らしいので」
「アレノ・リルです。よろしくです」
「よろしくお願いするわ」
「それと、船はどうかしら？」
「ちょうど、定期便が明日の夕方に出航します。そこの空き室を手配しようかと。」
「個室があるんですね」
「さすがに王女様を、一般客と一緒に畳の上で雑魚寝させる訳にはいきませんし」
「私は別にそれでもいいわ」
「駄目です！」
「あら」
クリスはリリィ王女のような人物が雑魚寝というのは許せないのか、明確に個室に泊まることを薦めたので、個室を取ることにした。
「いくつかは。まあだいたい空いてますよ。」
マウサナ人と付き人と王女が同じ部屋で寝るわけにはいかないので、前者2名と、リリィ王女で別々の個室が用意されることになった。
「じゃあ、早速準備するわよ」
こうして、リリィ王女は『租借地』に行けることになったのである。
翌日の夕方
「荷物多くないですか？」
「そうかしら？逆にあなたが少ないのよ」
「そりゃ結局、リリィ様の荷物を運ぶのは私の仕事ですから」
クリスは元来、そこまで盲従的なタイプではないので、やはり嫌なものは嫌なのであるが、もう10年以上前からそうなのである。
「それにしても大きな船ね。乗るのは初めてよ」
「とりあえずあのマウサナ人と合流しなくては…」
合流地点に行くと、既にマウサナ人が待っていた。マウサナ人としては珍しくスマホを持っている。
「良い夕方(マウサネシアの挨拶)」
「良い夕方」
「スマホなんですね」
「まあ最近はスマホも少しづつ普及してきましたよ」
「確か、マウサネシアって来年度からスマホ支給するって言ってましたね」
「まあ私はその前に買っちゃったんで少し損したような気分だけど、後悔はしてません」
「なるほど、損しても後悔しない、ってのは良いですね。」
リリィは、世間場なをするクリスを横目に、この私服で来たマウサナ人の服装を興味深く眺めていた。
▲イメージ。実際はもっと薄着だが、こんな感じで肩が出るタイプの服を着ている。
肩が大胆に露出しているだけではなく、もはや危険ギリギリなレベルに達した短さのスカート(リリィが履いている膝丈のスカートの半分ほどの長さしかない)と、太ももより上が露出する長い靴下など、国によっては歩いているだけで淫乱の罪で処刑されそうであり、リリィは大変驚いている。
(よくこんな服装ができるわね。マウサナ人には恥じらいとかないのかしら)
(そんなこと言うもんじゃありませんよ。文化の違いですから。)
(それもそうね)
リリィとクリスはラピタ語でコソコソ話したが、これは直ぐにやめた。
「失礼しました。じゃあ行きましょう」
リリィ一行は船に乗ると、個室を案内してもらった。
「ところで、何故私とアレノさんは同室なのですか？」
注：マウサナ人の名前は、先に名前で後から苗字なのだが、原則として呼ぶ時は名前の方を呼ぶ
「付き人だからかと…」
「クリス？くれぐれも変なことはしないでちょうだいね？」
リリィ王女は軽く冗談を言ったつもりだったのだが……
「私をなんだと思ってるんですか！マウサナ人に手を出したりなんてしませんよ！」
「あらあらムキになっちゃってどうしたのかしら」
意外にも珍しくクリスの逆鱗に触れてしまったようであり、リリィ王女は平静を装うも内心は、竹馬の友か、それ以上の者が見せた珍しい怒りにたじろいでいた。
「……いいえ別に。私をそんなにおちょくらないでください。」
「わかったわよ、……さすがに悪かったわね」
「すいません、つい熱くなってしまいました…」
リリィ王女は何だか申し訳なくなり、それはクリスも同じだった。
｡oO(私がお仕えするのはリリィ様だけと、遠い昔に既にそう心に誓ったのです)
クリスが怒ったのは、そういう理由なのだ。
「ご安心を！私は決してクリス殿に手を出したりしないと誓います！もしそんなことをしたら切り捨てても構いません！」
「ちょ、いいからいいから！」
「恥ずかしいからやめてちょうだい」
マウサナ人は状況を察して大声で宣言したので振り返る者も現れ、2人は恥ずかしい思いをすることになった。
とにかく、そのようなハプニングはあったものの、3人は無事に荷物を置いて身軽になることができた。
「ククク……奴らを殺せばラピタ王国はわが財閥の所有物……財閥再興の犠牲になってもらおう……」
しかしながら、そんな3人の命を狙うものが虎視眈々と様子を伺っていることを、この時はまだ知る由もなかった。
「美味しそうな料理ねぇ」
「ええ、まったくです」
リリィ王女の表情は、目の前に並べられた料理を前に、飢えた獣か、あるいはお子様ランチに喜ぶ子供のような、どちらとも取れる表情をしていた。
「あの、なんか手紙のようなものが傍に落ちてたんですが……」
「えーと…ちょっと何よこの手紙」
リリィ王女はその手紙を少し見た瞬間、信じられないといったような表情をした。
「これはまさか……」
「殺害予告ですね……」
「ネ・ソミ？誰か知ってるかしら」
「聞いたことない響きの名前です。マウサナ人にこんな名前居ませんよ多分」
周囲を警戒しても、刃物や銃を隠し持っていそうな人物は見当たらない。リリィ王女の優れた観察力は銃を持っている人物を見分けられるのだが、今回は居ないのだ。
「いたずらかしらねぇ」
アレノは料理を眺めた。すると、ある違和感に気付いた。
「リリィ殿下、このスープ色が変です」
「え、そうなの？」
「はい。」ペロッ
アレノはその料理を少し舐めてみる。
「こ……これは！」
「まさか、毒？」
「これは青酸カリです！危なかったですね！」
「えちょ、舐めちゃって大丈夫なんですか？」
「マウサナ人だからこれくらいは平気です。安心してください。」
するとクリスは、リリィ王女の前に突然跪いて、こう言った。
「リリィ様、不覚でした、まさか毒を盛られるとは……このクリストファー、付き人失格です」
「いや、これは流石に防ぎようが無かったわよ、貴方は悪くないわ…」
とにかく、夕食はそれ以降、何事もなく無事に終えることができた。
「クソっ！あのマウサナ人め！」
一方、暗殺に失敗したネ・ソミは心の中で激怒した。
「今日のところは、これで勘弁してやろう……」
こうして暗殺は未遂に終わったのである。
その夜
「それではリリィ様、また明日……」
「ええ。お互い気を付けるわよ」
リリィが部屋に入ったのを確認すると、二人は隣の部屋に入る。部屋は隣合っているので万が一のことがあれば、すぐ駆け付けられるだろう。
「まあ、特にすることもないですし、さっさと寝ちゃいましょう……」
「早く寝ないとリリィ様に怪しまれすものね」
「私はシャワーを浴びてきます」
マウサナ人はシャワーを浴びに行ったので、クリスは読書に耽っていた。
「この世の地獄と呼ばれるラーダニャルメはそういう訳だったのか……」
クリスはマウサネシアの海外領土であるマウサネシア領ラーダニャルメに関する本を読んでいた。
この本に書かれているラーダニャルメは、ラピタの行く末にも通じるのかもしれない。
リリィが言う通り、友人ではあるが家族ではない。だが友人というよりも、選べないという点では兄弟なのかもしれない。
「兄弟は選べないからなぁ」
「どうされました？」
マウサナ人が出てきたので、慌てて本をしまう。流石にこれをマウサナ人に見られる訳にはいかない。
「あ、上がったんですね、それでは私も」
「ネ・ソミ……本名なのかしら。それとも偽名なのかしら」
リリィは腕を組みながら布団の上に胡座をかき、ネ・ソミという人物について考えを巡らせていた。名前は3文字しかなく、とても短いので偽名にも見える。
「マウサナ人だとしても、クシャール系でも4文字はあるはず。それに、『ネ』なんて名前のマウサナ人がいるわけないわ。」
マウサナ人ではないとなると、一体どこの国の人間なのだろうか。各国の名前を思い出す。
「明らかに白人の名前ではないわね……」
その時、リリィの思考はあることを思い出した。
「そうだわ。あれはゴトロス人の名前だわ。」
さて、正確に何日を要するのかは不明だが、少なくとも翌朝以降のこと。
ついに船は租借地にたどり着いたのだが、そこでリリィとクリスは驚くべき光景を目にする。
「これは………」
「もしかしてあれが……」
目に映ったのは高さ200mに達するガラス張りのオフィスビルであった。
「なんという高さ……」
2人は目を丸くして上を見上げ、あまりの衝撃により少しふらついた。
「世界が変わったわ…」
2人とも世界が変わったように感じた。なぜから、見たことがある最も高い建物は3階建ての王宮くらいなのだから。
「写真と実際に見るのでは全然違いますね……想像の何倍も高い……」
「とりあえず、最初の視察先に向かいましょう」
最初の視察先は『レファル地区』である。レファル地区は他の地区とはかなり異色を放っている。何故なら高い建物がひとつも無いのだ。
もっともそれは先進国から見た基準であり、3階建てしか見たことの無いラピタ島民から見れば印象は変わってくる。
「すごいわ！王宮の建物を上に引き伸ばしたみたい！」
「伝統を守るという雰囲気を感じますね。でも、なんかおかしくないですか？」
「たしかに、おかしいかもしれないわね。共産主義は伝統を軽視して物質主義と実用性を徹底する、と聞いたのだけど」
「この装飾も実用主義的には無駄ですからね」
リリィは一瞬考えると、何か閃いたようで、少し得意気に語り出した。まるで子供が自慢話をするかのように。
「もしかしたら、彼らは王族の暮らしに憧れてるんじゃないかしら。」
「どういうことです？」
クリスも慣れたものである。
「レファルは元々王がいたのを、自らの手で社会主義を勝ち取った。それが出来たのは国民は王族の暮らしに憧れてたからよ。だから、国民に王宮風の家を与えて幸福度を高めようとしたのよ。」
「なるほど……」
「そう考えると、ラピタ王国の未来の家は意外とこんな感じかもしれないわね」
「変な冗談はやめてください……」
その後、現地のレファル人の案内人と合流し、集合住宅の中を案内してもらう。
「これは社会主義リアリズムに基づくソビエト的生活において……(以下略)」
「なるほど、つまりそれは(中略)というわけで……」
リリィが案内人に気になる点を色々質問している。リリィの鋭い着眼点は案内人を思わずうならせた。
「ここが部屋です」
共同アパートは一人9�屬魎霆爐箸靴童帖洪佑良�屋が割り振られるが、部屋には幾つかのコンセントと窓を除いた他は何もない。
キッチンやトイレ、洗濯機の他に存在すれば浴室や電話等は共同スペースとされている。
「どうです？これこそ人民にとって、真の理想の生活なのです」
「素晴らしいわね。私の国でも、共同生活をしているから。」
しかしこれに関してはリリィは実態を知らない。共同生活と聞くとラピタ人は、和気あいあいと隔たりなく暮らす複数の家族が脳裏に浮かぶ。
しかし実際のレファルで広がっているのは、限られたリソースを取り合う殺伐とした、食う食われるの関係である。
しかしレファルは国外にこの事実を漏らすことはなく、ラピタ人の思うような理想の共同生活を宣伝しているため、隣国でもないリリィがこれを知ってるわけがないのだ。
「おいしいですね」
缶詰に詰められた、温かみのない工業生産された食事を食べる。たしかに味は美味しいのだが。
「やっぱり手料理の方が、私は好きね」
「いえいえ、女性を家事から解放するためです。」
「なるほど、たしかに私も料理するのは正直めんどくさいわ」
「そんなこと言ってると嫁に行き遅れますよ」
クリスの冗談にリリィは流石にムッとしたようであり不満そうに反論した。
「あいにく、王族はそんなに暇じゃないのよ」
こうして一行は案内人と別れてレファル地区を後にし、続いてはマウサネシア地区に向かうこととした。
「境界線跨ぐだけで全然違うのね……」
マウサネシアの地区とレファルの地区は隣同士である。レファルの地区では、道路は石畳で建物は古典主義的で、カーリスト的なものである。
しかしマウサネシアの地区では、道路はアスファルト、建物は合理性を追求したモダニズム建築で、荒々しいコンクリートを前面に押し出したものから、ほぼ全面をガラス張りにした建物まで多種多様なのだ。
「社会主義国とは言っても一纏めには出来ないんですね……」
「当たり前よ。そもそもあの2カ国は最初から社会主義の思想が根本的に違ったんだわ。」
「え、そうだったんですか」
「マウサネシアの方は反カーリスト思想も含まれているの」
「クリス。私たちは近代化を寂しいと感じるでしょう？それが反カーリスト思想よ」
「なるほど、だからマウサネシアはカーリスト的な建築が見当たらないんですね」
2人はマウサナ人と再び合流して、周辺を案内してもらう
「ここは繁華街です。様々な店があります。」
「なるほど」
「ここはオフィス街です」
「綺麗ね」
「そしてここが住宅地区です」
「これはなんとも……」
住宅地区には同じ外見をしたモダニズム的な10階建ての集合住宅がいくつも並んでいた。
「その、みんな同じタイプの家に住んでるのかしら？」
「当たり前ですよ。同じ都市に住んでるんですし、我々は平等でないと。」
「なるほど」
「じゃあ部屋を視察しましょう」
1番近くにあった建物の中央の入口を入ると、3基のエレベーターと案内板が設置されていた。
その案内板には、どの部屋に行くためにはエレベーターの何階でおりてどう向かえば良いか、というのが矢印で書かれていたが、それは複雑だ。
「なんかこれ複雑ね」
「スキップフロア式ですから。」
「スキップフロア……」
「ええと、普通はエレベーターは各階に止まるものなんですが、マウサネシアの高層集合住宅では、エレベーターと廊下を3階にひとつだけ置いて、他の階には廊下から分岐する階段を登るか降りるかしてアクセスする仕組みです。」
「どうしてそんなめんどくさい構造にしたのですか？」
「両側に大きい窓やベランダを付けれるからです」
この概念、普通のラピタ人なら「？？？」となるだろう、なぜなら壁自体不要だと考えているから。しかしマウサナ人には壁が必要であるため、廊下側には大きな窓を作れないのだ。
「なるほど、確かにそれは風通しが良さそうね」
「はい、扇風機だけで何とかしなきゃいけませんからね……」
3人はエレベーターに乗ると、3階まで行き、廊下を歩いた。
「こうやって横にある階段を登ると、上の階の部屋に行けるわけです」
「やっと理解出来ました」
「それでは中に入りましょう」
入口の戸は横にスライドするタイプで、網戸になっており風が通るようになっていた。
「あれ、このドアは鍵がついてないのね」
「それが普通ですよ。マウサナ人から盗むものなんてないですし……あ、でも私は留守中に下着盗まれたことは何回があります」
「ええ……」
「それどうしたんですか？」
「いや、別に下着は必需品で無料だからまた貰えば良いし損失はゼロだから気にしませんよ」
「なるほど」
(そうゆう問題なの？)と思うリリィだったがマウサナ人の社会ではよくあることで、別に気にすることでもないのだろう。
中に入ると、やっぱり畳の部屋があった。設備はラピタにだったマウサナ人住宅と全く同じのようだ。
一通り見終わると、次はスカセバリアルの地区を視察することとなった。
「建ってる建物はスカセバリアルでもあんまり変わらないのね」
「ええ、レファルが特殊だったようです」
結局のところスカセバリアルの視察においてはマウサネシアと大きく変わりは無く、細部が異なるだけのようだった。
「近代国家って結局何なのかしら」
「私には分かりません」
「奇遇ね、私にも分からないわ」
「あのリリィ様が分からないことがあるんですねぇ」
「私は超人じゃないから分からないことだってあるわよ」
こうして租借地各地の視察そのものは平和裏に終了した。
しかしながら行きの移動中で暗殺未遂があったことはしっかり報告されてしまったため、リリィとクリスはしばらく軟禁状態となるのであった……
(おわり)
ラピタ王国
リリィ王女と付き人のクリスは、『租借地』の個人的な視察を行うことにした。
聖歴1992年10月
ラピタ王国首都タアロア
ソ連崩壊の件で、王の意向に反して独断専行を行ったことが問題とされたリリィ王女は、役職を罷免され暇を持て余していた。
「さすがに我々だけで行くのは無謀かと思います」
「そうかしら？」
リリィ王女は目を細めて、半分わざとらしく聞いた。本当は分かっているのだ。リリィ王女はクリスとのやり取りを、少しでも多くしたいと無意識的に考えていた。
これも恋ゆえの行動なのだろうが、本人はそれにまだ気づいていないのか、はたまた隠しているのか。
「タアロアより都会の地域に行ったことあるんですか？」
「ないわね」
リリィは本やテレビから都会の情報は得ていたが、実際に都会を訪れたことはなく、頭ではある程度理解していても、実際にどうなっているかは分からない。
「じゃあ無謀です」
「……確かにクリスの言う通りだわ。大都市にもっと詳しい人が居ると良いのだけど」
というわけで、助っ人を呼ぶことにした。
〜マウサネシア大使館にて〜
マウサネシア大使館を突然訪問したリリィは、アイスを食べながら応接室の畳に座り、マウサネシア大使と面会していた。
「それで、理由は理解しましたが、どうして我々なんですか？」
「他国の大使館と比べて人が圧倒的に多いからよ。なら1人くらいは暇な人いるでしょ？それだけ。」
「……半分はアイス目当てでは？」
相変わらず失礼なことを言う付き人のクリスを軽く睨んで牽制すると、リリィは少し恥かしいような感じで言った。
「今日は普段より気温が高いのよ。アイスがないとやってられないわ」
「そんな理由でアイス食べてたら太りますよ」
「……気を付けるわよ」
クリスはリリィが太るのは嫌なようで、度々リリィ王女に忠告している。リリィ王女は甘いものが大好きで、自制が効かないのだ。
「えーと、それでどんな人物をご希望ですか？」
「出来れば都会に詳しい者が良いのです」
「あーそれと、船の手配とかできるかしら？」
「うーん、ちょっと確認してきます。そこにお茶のサーバーがありますからご自由にどうぞ。」
マウサネシア大使は、鮮やかな黄緑色の髪と尻尾と、相変わらず短いスカートをふわりと翻して、扉の向こうへ消えた。
リリィとクリスは、一切甘みのない麦茶を飲んだ。
注意：クローン云々は没設定になったので忘れてください、マウサネシア大使は情に厚い普通のマウサナ人です
さて、大使の指示で緊急の会議を開く何人かのマウサナ人たちは、人選を行っていた。
「連中の意見は信用できないからなぁ」
「私もそう思う。」
連中というのは特務機関のことである。特務機関のメンバーには人の心がないので、彼らの言うことはあまり信じられない。
「本来はここでスパイを送り込むんだろうけど、どうする？」
「やめておこう」
「私はそれは間違ってるかなと思うな」
「しかし、例のソ連崩壊時には、リリィ王女が裏工作を行い、ソ連大使を脅迫したという噂が……」
「スパイ行為でそれに対策できるとは思えない」
「たとえあれが本当だとしても、回避できるはず」
彼女がそう確信する理由、それは愛の力を信じているからである。ソ連大使は相手への愛がなかった、しかし相手に敬意と愛をもって接することで、あの事件は回避出来たはずだ。
「なるほど、相手への敬意と愛ですか」
「ここは敬意を持って、普通のマウサナ人を付けよう」
性善説に従って行動してしまうことは、マウサナ人の悪い癖であるが、それが必ずしも悪いわけではないという。
「愛は信仰にも勝るものだからなぁ、頼んだよアレノ・リルさん」
「お待たせしましたー」
しばらくして、大使が1人のオレンジ色のマウサナ人を連れて戻ってきた。
「この人は都会育ちですし、ちょうど暇らしいので」
「アレノ・リルです。よろしくです」
「よろしくお願いするわ」
読者やリリィは特務機関のスパイを疑っているかもしれないが、実際にはこのマウサナ人は、たまたま暇だっただけの、少し優秀な、ただのマウサナ人である。
「それと、船はどうかしら？」
「ちょうど、定期便が明日の夕方に出航します。そこの空き室を手配しようかと。」
「個室があるんですね」
「さすがに王女様を、一般客と一緒に畳の上で雑魚寝させる訳にはいきませんし」
「私は別にそれでもいいわ」
「駄目です！」
「あら」
クリスはリリィ王女のような人物が雑魚寝というのは許せないのか、明確に個室に泊まることを薦めたので、個室を取ることにした。
「いくつかは。まあだいたい空いてますよ。」
マウサナ人と付き人と王女が同じ部屋で寝るわけにはいかないので、前者2名と、リリィ王女で別々の個室が用意されることになった。
「じゃあ、早速準備するわよ」
こうして、リリィ王女は『租借地』に行けることになったのである。
翌日の夕方
「荷物多くないですか？」
「そうかしら？逆にあなたが少ないのよ」
「そりゃ結局、リリィ様の荷物を運ぶのは私の仕事ですから」
クリスは元来、そこまで盲従的なタイプではないので、やはり嫌なものは嫌なのであるが、もう10年以上前からそうなのである。
「それにしても大きな船ね。乗るのは初めてよ」
「とりあえずあのマウサナ人と合流しなくては…」
合流地点に行くと、既にマウサナ人が待っていた。マウサナ人としては珍しくスマホを持っている。
「良い夕方(マウサネシアの挨拶)」
「良い夕方」
「スマホなんですね」
「まあ最近はスマホも少しづつ普及してきましたよ」
「確か、マウサネシアって来年度からスマホ支給するって言ってましたね」
「まあ私はその前に買っちゃったんで少し損したような気分だけど、後悔はしてません」
「なるほど、損しても後悔しない、ってのは良いですね。」
リリィは、世間場なをするクリスを横目に、この私服で来たマウサナ人の服装を興味深く眺めていた。
▲イメージ。実際はもっと薄着だが、こんな感じで肩が出るタイプの服を着ている。
肩が大胆に露出しているだけではなく、もはや危険ギリギリなレベルに達した短さのスカート(リリィが履いている膝丈のスカートの半分ほどの長さしかない)と、太ももより上が露出する長い靴下など、国によっては歩いているだけで淫乱の罪で処刑されそうであり、リリィは大変驚いている。
(よくこんな服装ができるわね。マウサナ人には恥じらいとかないのかしら)
(そんなこと言うもんじゃありませんよ。文化の違いですから。)
(それもそうね)
リリィとクリスはラピタ語でコソコソ話したが、これは直ぐにやめた。
「失礼しました。じゃあ行きましょう」
リリィ一行は船に乗ると、個室を案内してもらった。
「ところで、何故私とアレノさんは同室なのですか？」
注：マウサナ人の名前は、先に名前で後から苗字なのだが、原則として呼ぶ時は名前の方を呼ぶ
「付き人だからかと…」
「クリス？くれぐれも変なことはしないでちょうだいね？」
リリィ王女は軽く冗談を言ったつもりだったのだが……
「私をなんだと思ってるんですか！マウサナ人に手を出したりなんてしませんよ！」
「あらあらムキになっちゃってどうしたのかしら」
意外にも珍しくクリスの逆鱗に触れてしまったようであり、リリィ王女は平静を装うも内心は、竹馬の友か、それ以上の者が見せた珍しい怒りにたじろいでいた。
「……いいえ別に。私をそんなにおちょくらないでください。」
「わかったわよ、……さすがに悪かったわね」
「すいません、つい熱くなってしまいました…」
リリィ王女は何だか申し訳なくなり、それはクリスも同じだった。
｡oO(私がお仕えするのはリリィ様だけと、遠い昔に既にそう心に誓ったのです)
クリスが怒ったのは、そういう理由なのだ。
「ご安心を！私は決してクリス殿に手を出したりしないと誓います！もしそんなことをしたら切り捨てても構いません！」
「ちょ、いいからいいから！」
「恥ずかしいからやめてちょうだい」
マウサナ人は状況を察して大声で宣言したので振り返る者も現れ、2人は恥ずかしい思いをすることになった。
とにかく、そのようなハプニングはあったものの、3人は無事に荷物を置いて身軽になることができた。
「ククク……奴らを殺せばラピタ王国はわが財閥の所有物……財閥再興の犠牲になってもらおう……」
しかしながら、そんな3人の命を狙うものが虎視眈々と様子を伺っていることを、この時はまだ知る由もなかった。
「美味しそうな料理ねぇ」
「ええ、まったくです」
リリィ王女の表情は、目の前に並べられた料理を前に、飢えた獣か、あるいはお子様ランチに喜ぶ子供のような、どちらとも取れる表情をしていた。
「あの、なんか手紙のようなものが傍に落ちてたんですが……」
「えーと…ちょっと何よこの手紙」
リリィ王女はその手紙を少し見た瞬間、信じられないといったような表情をした。
リリィラピタ王女とクリストファー、そしてお付のマウサナ人に対して、死刑を実行する───ネ・ソミ
「これはまさか……」
「殺害予告ですね……」
「ネ・ソミ？誰か知ってるかしら」
「聞いたことない響きの名前です。マウサナ人にこんな名前居ませんよ多分」
周囲を警戒しても、刃物や銃を隠し持っていそうな人物は見当たらない。リリィ王女の優れた観察力は銃を持っている人物を見分けられるのだが、今回は居ないのだ。
「いたずらかしらねぇ」
アレノは料理を眺めた。すると、ある違和感に気付いた。
「リリィ殿下、このスープ色が変です」
「え、そうなの？」
「はい。」ペロッ
アレノはその料理を少し舐めてみる。
「こ……これは！」
「まさか、毒？」
「これは青酸カリです！危なかったですね！」
「えちょ、舐めちゃって大丈夫なんですか？」
「マウサナ人だからこれくらいは平気です。安心してください。」
するとクリスは、リリィ王女の前に突然跪いて、こう言った。
「リリィ様、不覚でした、まさか毒を盛られるとは……このクリストファー、付き人失格です」
「いや、これは流石に防ぎようが無かったわよ、貴方は悪くないわ…」
とにかく、夕食はそれ以降、何事もなく無事に終えることができた。
「クソっ！あのマウサナ人め！」
一方、暗殺に失敗したネ・ソミは心の中で激怒した。
「今日のところは、これで勘弁してやろう……」
こうして暗殺は未遂に終わったのである。
その夜
「それではリリィ様、また明日……」
「ええ。お互い気を付けるわよ」
リリィが部屋に入ったのを確認すると、二人は隣の部屋に入る。部屋は隣合っているので万が一のことがあれば、すぐ駆け付けられるだろう。
「まあ、特にすることもないですし、さっさと寝ちゃいましょう……」
「早く寝ないとリリィ様に怪しまれすものね」
「私はシャワーを浴びてきます」
マウサナ人はシャワーを浴びに行ったので、クリスは読書に耽っていた。
「この世の地獄と呼ばれるラーダニャルメはそういう訳だったのか……」
クリスはマウサネシアの海外領土であるマウサネシア領ラーダニャルメに関する本を読んでいた。
この本に書かれているラーダニャルメは、ラピタの行く末にも通じるのかもしれない。
リリィが言う通り、友人ではあるが家族ではない。だが友人というよりも、選べないという点では兄弟なのかもしれない。
「兄弟は選べないからなぁ」
「どうされました？」
マウサナ人が出てきたので、慌てて本をしまう。流石にこれをマウサナ人に見られる訳にはいかない。
「あ、上がったんですね、それでは私も」
「ネ・ソミ……本名なのかしら。それとも偽名なのかしら」
リリィは腕を組みながら布団の上に胡座をかき、ネ・ソミという人物について考えを巡らせていた。名前は3文字しかなく、とても短いので偽名にも見える。
「マウサナ人だとしても、クシャール系でも4文字はあるはず。それに、『ネ』なんて名前のマウサナ人がいるわけないわ。」
マウサナ人ではないとなると、一体どこの国の人間なのだろうか。各国の名前を思い出す。
「明らかに白人の名前ではないわね……」
その時、リリィの思考はあることを思い出した。
「そうだわ。あれはゴトロス人の名前だわ。」
さて、正確に何日を要するのかは不明だが、少なくとも翌朝以降のこと。
ついに船は租借地にたどり着いたのだが、そこでリリィとクリスは驚くべき光景を目にする。
「これは………」
「もしかしてあれが……」
目に映ったのは高さ200mに達するガラス張りのオフィスビルであった。
「なんという高さ……」
2人は目を丸くして上を見上げ、あまりの衝撃により少しふらついた。
「世界が変わったわ…」
2人とも世界が変わったように感じた。なぜから、見たことがある最も高い建物は3階建ての王宮くらいなのだから。
「写真と実際に見るのでは全然違いますね……想像の何倍も高い……」
「とりあえず、最初の視察先に向かいましょう」
最初の視察先は『レファル地区』である。レファル地区は他の地区とはかなり異色を放っている。何故なら高い建物がひとつも無いのだ。
もっともそれは先進国から見た基準であり、3階建てしか見たことの無いラピタ島民から見れば印象は変わってくる。
「すごいわ！王宮の建物を上に引き伸ばしたみたい！」
「伝統を守るという雰囲気を感じますね。でも、なんかおかしくないですか？」
「たしかに、おかしいかもしれないわね。共産主義は伝統を軽視して物質主義と実用性を徹底する、と聞いたのだけど」
「この装飾も実用主義的には無駄ですからね」
リリィは一瞬考えると、何か閃いたようで、少し得意気に語り出した。まるで子供が自慢話をするかのように。
「もしかしたら、彼らは王族の暮らしに憧れてるんじゃないかしら。」
「どういうことです？」
クリスも慣れたものである。
「レファルは元々王がいたのを、自らの手で社会主義を勝ち取った。それが出来たのは国民は王族の暮らしに憧れてたからよ。だから、国民に王宮風の家を与えて幸福度を高めようとしたのよ。」
「なるほど……」
「そう考えると、ラピタ王国の未来の家は意外とこんな感じかもしれないわね」
「変な冗談はやめてください……」
その後、現地のレファル人の案内人と合流し、集合住宅の中を案内してもらう。
「これは社会主義リアリズムに基づくソビエト的生活において……(以下略)」
「なるほど、つまりそれは(中略)というわけで……」
リリィが案内人に気になる点を色々質問している。リリィの鋭い着眼点は案内人を思わずうならせた。
「ここが部屋です」
共同アパートは一人9�屬魎霆爐箸靴童帖洪佑良�屋が割り振られるが、部屋には幾つかのコンセントと窓を除いた他は何もない。
キッチンやトイレ、洗濯機の他に存在すれば浴室や電話等は共同スペースとされている。
「どうです？これこそ人民にとって、真の理想の生活なのです」
「素晴らしいわね。私の国でも、共同生活をしているから。」
しかしこれに関してはリリィは実態を知らない。共同生活と聞くとラピタ人は、和気あいあいと隔たりなく暮らす複数の家族が脳裏に浮かぶ。
しかし実際のレファルで広がっているのは、限られたリソースを取り合う殺伐とした、食う食われるの関係である。
しかしレファルは国外にこの事実を漏らすことはなく、ラピタ人の思うような理想の共同生活を宣伝しているため、隣国でもないリリィがこれを知ってるわけがないのだ。
「おいしいですね」
缶詰に詰められた、温かみのない工業生産された食事を食べる。たしかに味は美味しいのだが。
「やっぱり手料理の方が、私は好きね」
「いえいえ、女性を家事から解放するためです。」
「なるほど、たしかに私も料理するのは正直めんどくさいわ」
「そんなこと言ってると嫁に行き遅れますよ」
クリスの冗談にリリィは流石にムッとしたようであり不満そうに反論した。
「あいにく、王族はそんなに暇じゃないのよ」
こうして一行は案内人と別れてレファル地区を後にし、続いてはマウサネシア地区に向かうこととした。
「境界線跨ぐだけで全然違うのね……」
マウサネシアの地区とレファルの地区は隣同士である。レファルの地区では、道路は石畳で建物は古典主義的で、カーリスト的なものである。
しかしマウサネシアの地区では、道路はアスファルト、建物は合理性を追求したモダニズム建築で、荒々しいコンクリートを前面に押し出したものから、ほぼ全面をガラス張りにした建物まで多種多様なのだ。
「社会主義国とは言っても一纏めには出来ないんですね……」
「当たり前よ。そもそもあの2カ国は最初から社会主義の思想が根本的に違ったんだわ。」
「え、そうだったんですか」
「マウサネシアの方は反カーリスト思想も含まれているの」
「反カーリスト思想？」
「クリス。私たちは近代化を寂しいと感じるでしょう？それが反カーリスト思想よ」
「なるほど、だからマウサネシアはカーリスト的な建築が見当たらないんですね」
2人はマウサナ人と再び合流して、周辺を案内してもらう
「ここは繁華街です。様々な店があります。」
「なるほど」
「ここはオフィス街です」
「綺麗ね」
「そしてここが住宅地区です」
「これはなんとも……」
住宅地区には同じ外見をしたモダニズム的な10階建ての集合住宅がいくつも並んでいた。
「その、みんな同じタイプの家に住んでるのかしら？」
「当たり前ですよ。同じ都市に住んでるんですし、我々は平等でないと。」
「なるほど」
「じゃあ部屋を視察しましょう」
1番近くにあった建物の中央の入口を入ると、3基のエレベーターと案内板が設置されていた。
その案内板には、どの部屋に行くためにはエレベーターの何階でおりてどう向かえば良いか、というのが矢印で書かれていたが、それは複雑だ。
「なんかこれ複雑ね」
「スキップフロア式ですから。」
「スキップフロア……」
「ええと、普通はエレベーターは各階に止まるものなんですが、マウサネシアの高層集合住宅では、エレベーターと廊下を3階にひとつだけ置いて、他の階には廊下から分岐する階段を登るか降りるかしてアクセスする仕組みです。」
「どうしてそんなめんどくさい構造にしたのですか？」
「両側に大きい窓やベランダを付けれるからです」
この概念、普通のラピタ人なら「？？？」となるだろう、なぜなら壁自体不要だと考えているから。しかしマウサナ人には壁が必要であるため、廊下側には大きな窓を作れないのだ。
「なるほど、確かにそれは風通しが良さそうね」
「はい、扇風機だけで何とかしなきゃいけませんからね……」
3人はエレベーターに乗ると、3階まで行き、廊下を歩いた。
「こうやって横にある階段を登ると、上の階の部屋に行けるわけです」
「やっと理解出来ました」
「それでは中に入りましょう」
入口の戸は横にスライドするタイプで、網戸になっており風が通るようになっていた。
「あれ、このドアは鍵がついてないのね」
「それが普通ですよ。マウサナ人から盗むものなんてないですし……あ、でも私は留守中に下着盗まれたことは何回があります」
「ええ……」
「それどうしたんですか？」
「いや、別に下着は必需品で無料だからまた貰えば良いし損失はゼロだから気にしませんよ」
「なるほど」
(そうゆう問題なの？)と思うリリィだったがマウサナ人の社会ではよくあることで、別に気にすることでもないのだろう。
中に入ると、やっぱり畳の部屋があった。設備はラピタにだったマウサナ人住宅と全く同じのようだ。
一通り見終わると、次はスカセバリアルの地区を視察することとなった。
「建ってる建物はスカセバリアルでもあんまり変わらないのね」
「ええ、レファルが特殊だったようです」
結局のところスカセバリアルの視察においてはマウサネシアと大きく変わりは無く、細部が異なるだけのようだった。
「近代国家って結局何なのかしら」
「私には分かりません」
「奇遇ね、私にも分からないわ」
「あのリリィ様が分からないことがあるんですねぇ」
「私は超人じゃないから分からないことだってあるわよ」
こうして租借地各地の視察そのものは平和裏に終了した。
しかしながら行きの移動中で暗殺未遂があったことはしっかり報告されてしまったため、リリィとクリスはしばらく軟禁状態となるのであった……
(おわり)
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