ファースト・コンタクト
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kosyoubaru 2022年06月03日(金) 17:08:04履歴
マウサネシア連邦共和国
かつて、マウサネシアとカーリストの間にはバサビア教の勢力が強力であった。
海峡はまだ陸続きであったため船での通行も困難なのだ。
そのため、カーリスト人との接触は大航海時代に喜望峰ルートが確立するまで待たなくてはならない。
そして16世紀初頭、ついに最初の船団が香辛料と植民地と奴隷を求めてマウサネシアにたどり着いたのである。
「それで、王妹殿下が来るのはいつだっけ？」
「今日か明日、とのことだ。もうヒムーコ村の所まで来てる頃だろうさ。」
「まあ明日の朝だろうねぇ」
こんな田舎の村にも、王妹殿下が来てくれるのかと思うと、わたしは嬉しくなった。
ここはダーノキツ村という人口数百人の半農半漁の村で、わたしはここで生まれ育った。
今は、王妹殿下が各地を行幸してるらしく、そろそろこのダーノキツ村にも来るそうだ。
「王妹殿下ってどんな人なのかなぁ」
「王妹殿下は、大王に匹敵するくらい立派な方らしいよ」
「一目見てみたいなぁ」
「どうだろう。人集りが出来そうだし、身長ひくいと見れないかもねぇ」
「もうすぐ成人だもん！そんな低くないし！」
そう不満げに言った彼女の名前はナフマーという。
彼女は来月で8歳になる。早熟なマウサナ人では8歳は人間の16歳に相当し身体的に成熟するため、立派な大人として扱っても良いのだ。
当時、マウサナ人の子供は成人するまで、下着も付けずに袋状の貫頭衣をダボッと着ており、これは足首のあたりまで服がある。
さらに未成年の者は、夜は必ず親と寝なくてはならず、日没までには必ず家に帰らなくてはならないなど、制約も多い。
そして8歳の誕生日に成人の儀が行われる。成人の儀は朝から行われ、以下のようなことが行われる。
�‖斥朸気了�院で祈祷を行う。
�⊃栖韻�聖別された器具を女○器に突っ込んで処○膜を取り去る。
�２箸北瓩蝓�後ろで結んでいた髪を解いて大人の髪型(マウサナ人特有のショートヘア)にする。
��ふんどし(ゴタと呼ばれる。ショーツが普及するのはせいぜい数十年前の話)を着用する。
�ぅ法璽魯ぅ愁奪�ス(ラナーテと呼ばれる、伝統的なもの)を着用する。
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�Ε廛蝓璽弔離潺縫好�ート(エテロと呼ばれる伝統的なもの。膝上20〜25cmで、帯紐によって固定する)を着用する。
��再び太陽教の神殿で祈祷する。
�Р箸某得未鮟犬瓠⊇蕕瓩銅鬚魄�む。朝まで飲み明かす。
なお、成人後のマウサナ人は、ラナーテとオロメとエテロを毎日ほぼ必ず着用する。
つまり当時のマウサナ人は、成人して初めて、そのような露出の多い、可愛らしい格好をすることが許されるのだ。
だから、未成年の子供は物心ついた時から、この成人の儀式を心待ちにしており、彼女も例外ではなかった。
「来月の成人の儀式、楽しみだなー」
「ほらほら、大人になるんだから、ちゃんと仕事しな！」
「はーい」
午前中は田植えの仕事をする。竹の笠を被って、家族総出で行う。田植えはそれだけ重要なものであるため、この時期は日中ずっと田植えをする必要があるのだ。
田植えをしているうちに日はどんどん高くなり、そろそろ昼食をとろうという話になった。
昼食は大変簡素であり、少し甘いタイプのヤムイモをバナナの葉で包んで蒸しただけのものだ。
農繁期の昼食なんて毎回こんな簡素な料理であり、そろそろ飽きてくるが、我慢しなくてはならない。
そろそろ昼食を食べ終えるかと思ったころ、漁師の者が慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。
どうしたんだろう。そんなに慌てて。
「フレリじゃないか、漁はどうしたの？何かあった？」
「見たことない形状のとても大きな船を見たんだ……」
「ええ？」
「もしかしたら、王妹殿下の護衛を乗せてるんじゃないの？」
「いや、明らかにターカ(マウサネシアの伝統船)と形状が違った……」
「じゃあ、ちょっと見に行って来る！」
「あ、ちょっと！」
興味が出てきて実際に見たくなったから、わたしは残りの芋を口に放り込んでしまうと、駆けだした。
わたしたちは沿岸の林(波風から集落を守っている)を抜けて砂浜に出た。
「なんだあれ……」
「しかも、4隻居ない？」
視線の先、海の上には巨大な木造船が4隻も浮かんでいた。
喫水が高く、沢山の帆を付けたそれは、アーマ(アウトリガー。マウサネシアの伝統船には必ずある)がついていなかった。
そして、村の人々も続々と集まって来る。
目の良い者が船を覗くと、そこには肌が白く体毛の色は地味だが、それを補うように鮮やかな色の服を着た大柄な人間たちが、金属の棒や槍を持って動き回っていた。
あんな白い肌の人間なんて初めて見た。こんな田舎の村になんの用だろうか。
やがて、そいつらが小舟に乗ってこちらに向かってきた。
「どうする？」
「あいつら、武器持ってるみたいだけど……」
「────！───！」
その白い肌の男たちは、聞いたこともない言語で何やら叫びながら、白い砂浜に上陸する。
わたしたちが戸惑っていると、ある者が白い男たちの前に踊り出た。
「テルーヤ！(こんにちは！)」
「────！！」
しゃき
そういう金属の音がした。白い男の1人が、銀色に光る刃物を取り出している。
「！！早く逃げて！！」
ぐさっ。
彼女は本能的に危ないと悟ったが、もう遅かった。刃物はこちら側に貫通している。
「あ……が………」
どさっ。
「え……ちょっと……」
「そんな、まさか……」
とうしよう、どうしよう。わたしは混乱して何も考えられなくなっていた。
目の前で倒れた若者から血がどんどん出てきて、白い砂浜を赤く染めていく。
どうしよう、どうしよう。助けられないのかな、見てるだけじゃだめかもしれない。
確かに白い男たちは怖い。だけど今は、目の前で命が失われようとしていることのほうが、怖かった。
「がはっ…みん……な…逃げ……て……がぁ…」
「───！(笑)───！（笑）」
「あいつら、笑ってるよ……」
そう。白い男たちはまるでこの状況を楽しんでいるかのように、笑っている。
わたしは、今度は腹の底から湧き上がってくる怒りを感じたが、その一方でまだこれを現実として受け取れず、狼狽えていた。
「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイ！！！」
「─────？（笑）」
あるマウサナ人が、突然叫んだ。そうだ。わかった。私もそうすればいいんだ。教えられた通りに。
「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイ！！！」
「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイ！！！」
「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイ！！！」
「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイ！！！」
みんなで一緒に、全力でひぃひぃと甲高く叫ぶ。
これは、敵を動揺させると同時に、甲高い叫び声は離れた所に居る味方にも伝わり、危険を知らせることができるのだ。
(ちなみに『きゃー』の叫び声は別の用途で使うため、『ひぃ』になったものと思われる)
『襲撃されたら使え』と教えられてきたけど、まさか使うことになるとは思わなかった。
「───！？───！？」
白い男たちは、耳を手で抑えたり、頭を抱えたりして動揺しているようだ。チャンスだ。
「逃げろおおおお！」
「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイ！！！」
「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイ！！！」
逃げるチャンスを逃さないように、相変わらずひぃひぃ叫びながら、まるで草食獣の群れのように散り散りになって逃げる。
わーわーきゃーきゃー
ズドーン！ズドーン！
「何！？」
「雷か！？」
今度は一体何なのだろうか。さっきからまるで悪夢のような内容だ。むしろこれが悪夢なら、どれほど良かっただろうか。
雷が落ちるような音とほぼ同時に、右斜め前を走っていたマウサナ人が、突然血を出して倒れたのだ。
わたしは狼狽えたが、今止まったらダメだと本能が告げ、そのまま後ろを振り返ることもせず、ひたすら走る。
「何人か倒れた！敵の攻撃かもしれない！」
「でも弓矢の類ではない」
「連中は妖術を使うのか！？」
『敵の妖術』だと、同胞たちは口々にそう言った。そんな得体の知れない攻撃を使うなど卑怯だなとも思う。
「気をつけろ！妖術は矢と同じで遠くから攻撃できる！」
「ジグザグに走るんだ！！」
わたしはその通りジグザグに走ったが、幸運にも妖術に当たることはなかった。
敵は村の辺りで止まったようで、しばらく走ると、あの妖術による攻撃も止んだ。
それより少し前、ヤードナ大王(クァールジュラル4世)の妹であるウテラ王妹は、5000人の兵士を連れていた。
当時の正規兵は、鉄の戦斧、鉄の槍、弩(クロスボウ)、弓矢、鉄の盾、鉄製の笠、チェーンメイルにより武装していた。
なお、農民兵の装備は貧弱であり、鉄製の武器の他には、刺し子の布鎧と竹笠という有様であった。
「しかし殿下、何故そんなに急ぐんですか！」
「ただでさえ、殿下の行軍は平均より少し早いですのに……」
私の部下が口々に我儘を言う。なんだか申し訳ない。
「すまない。だが今朝から、妙に嫌な気がしてならない。だから本能的に、急ぎ足をしているのだ。」
「そんなこと言われても……」
「私は昔から、嫌な気がした時は本当に、悪いことが起こってしまうのだ。」
私こと、ウテラ王妹は幼少の頃から、王家の面々の中で並外れて勘が鋭く、虫の知らせを受けやすいのだ。
「でも、本当に急ぐんですか？もしかしたら、急いだら悪いことが起こるとかいう可能性があるのではないです？」
「うーん。まぁ勘だね。そこは。」
まあ私の勘はよく当たるので、と自分に言い聞かせないと一兵卒への申し訳なさで押しつぶされてしまう。もし外れてたら王妹に免じて許しを乞うか……
ちなみに、
行幸には2つの目的がある。一つは民との親睦を深めること。そしてもう1つは反乱の芽を見つけて摘み取ることだ。私が軍勢を引き連れているのは、そういった理由だ。
「ん？だれか道に出てきましたね。」
「お、おい！危ないぞ！」
「す、すい…ません！しか…し、非常事態…が！」
私はその慌てた様子のマウサナ人を見ると、不吉な予感は的中したということを察した。安心感と不安感が同時に来る。
「どうやら、殿下の勘は当たったかもしれませんね」
「できれば、外れて欲しかったよ。」
私は、まだ息切れをしているマウサナ人の農民に近付くと、とりあえず声をかけることにした。
「非常事態だと？落ち着いて、私に話してくれないか？」
「はい、村に……海賊が来て、何人か……殺されました！村は多分……掠奪されてて……」
まったく、海賊とはどうしようもない連中だ。最近は取り締まりでもう滅んだと思ったのだが、まだ残っていたとは。
だが、それも終わりだ。私が直々に成敗して、民に平穏をもたらすからだ。
「では、直ちに村へ向い、海賊を成敗しよう。」
「あの！」
ウテラ王妹は振り返って部下に命じようとしたが、制止される。
「その、敵は…妖術を使います！」
妙なことを言われた。海賊の襲撃に混乱して幻覚でも見てしまったのだろうか。だが表情は真実っぽいし、マウサナ人は正直者だから、とりあえず聞いてあげようと思う。
「妖術？それはどんなものだったか、分かるか？」
「雷のような…音がして、鉄の棒から…火が出ると、離れた…所を走っていた…仲間が、矢に打たれたように、倒れました」
海賊が妖術を使う、というのもなかなか信じられないが、私が思うに何らかの仕掛けによって轟音を鳴らし、それと同時に矢を射るというものなのだろう。
「つまり、敵は遠距離から轟音と共にこちらを攻撃できる、という訳だな。ルトロ、お前はどう思う？」
ルトロという人物はウテラ王妹の側近であるが、マウサナ人としては珍しくとても無口な人物であり、常に真顔である。
情に厚いマウサナ人としては珍しく、合理的で冷徹なので他の者からは『冷徹なルトロ』と呼ばれている。
しかし、ウテラ王妹は彼女のことをたいそう気に入っているらしく、行幸の時も同行している。
理由としては、彼女は頭が切れるらしくて、こういった重要な場面では何かと意見を求められるのだ。
「ふむ。その妖術とらは、連射してきましたか？」
相変わらず、真顔でマウサナ人の農民に問うルトロ。
「そ、その……一度攻撃した後は、またしばらく攻撃がやみます」
「なるほど。つまり、弩と同じで、引く動作を必要としない分、発動には少し時間がかかる、ということですね。」
ルトロはウテラ王妹のほうを向いて、こう言った。
「待ち伏せをしましょう。」
ざわざわ……
「ちょ、ちょっと待って！？村を見捨てるというの！？」
「村の人々を見殺しにするわけには！」
当然ながらこの冷酷な決断は、特にマウサナ人兵士にとっては不満であり、非難轟々だ。
「我々が駆け付けても、村の人々は逃げるか殺されるかしていて、後の祭りでしょう。」
「でもそれは……」
「我々が村に直行しても犠牲が増えるだけです。それにマウサナ人なら隙を見て逃げられるでしょう。」
「……やはり突撃は悪手か？」
ウテラ王妹ですら、情に厚いマウサナ人には、やはりルトロの案は冷酷すぎて完全には受け入れられないようだ。
「我々が突撃すれば、敵は準備の時間が与えられ、一斉に妖術を発動できる。そうなればこちらは大損害です。」
「それに、強力な妖術を使える海賊どもが、あんな田舎の村一つで満足するわけがありません。」
ルトロはこの辺りの地図を広げると、海賊が占領している村を指さし、続いて街道をなぞって、首都の側にある中都市を指さした。
そしてもう片方の手で、中都市とは反対方向にある要塞を指した。
「海賊はここと、ここを目指すでしょう。半数ほど間違いなくこの街道を通って。ならば待ち伏せして半数を撃滅した後、要塞を救援し残り半数を撃滅するべきです。」
「敵を挟み込んで奇襲すれば、敵は混乱するだろうが…」
「それに、遠距離武器は待ち伏せからの奇襲にに弱いのです。たとえ妖術でも、照準を定めて発動の準備をする必要がありますから。」
「わかった。しかし、やはり精神的にはくるものがあるな……」
「犬死ではありません、勝利のための尊い犠牲です。今回の敵は見知らぬ種族ですから、我々も冷酷に戦わないといけないんですよ。」
「相手がマウサナ人だったならば、かなり楽なのだがな」
「そもそも、上陸していきなり殺戮行為を始める連中が、我々マウサナ人と同じ思考回路のはずがありませんよ。」
「……よし。それでは、作戦を開始しよう！千人将を集めよ！」
当時のクシャール帝国軍においては、まず五人隊、十人隊、百人隊、千人隊、万人隊がその基本的な構成であった。
5000人の場合は、五千人将の権限を持つウテラ王妹(王の近親であるため。なお大王は全軍の統帥権を有する)の下、5人の千人将が現場の指揮を担う。
こうして、コンキスタドール1200名と、クシャール帝国正規兵5000の戦いが幕を開けたのである。
それから数時間後、5人のマウサナ人は街道の横の茂みの奥で待機していた。
彼らは五人隊である。五人隊は原則として軍隊における最小の構成単位であり、運命共同体でもある。
マウサナ人の兵士の鎧はチェーンメイルであるが、全身を防御しているわけではなく、スカートの裾よりも少し上あたりまでだ。
そのため正規兵であっても、当時の兵士は結局、民間人と同じように太腿は露出している。
ここで話の視点となるクルアスは数ヶ月前に成人したばかりのマウサナ人で、戦いにも初めて参加する。
「本当に敵なんて来るのかなぁ」
「待ち伏せも飽きてきたね」
「みんな、そろそろ覚悟した方がいいよ」
「え？敵は見えないけど……」
「風の音に混じって、足音が聞こえてこない？」
そう言って伍長は耳(頭の上にある猫耳)に手をあてた。同じようにすると、確かに足音が聞こえてくる。しかも大勢。
「初めての戦い……」
この節で視点となる一兵卒のサーチェは、戦いで活躍して出世することを夢見て、日々鍛錬に励んできた。
そしてついに訪れた初めての戦いに、心を踊らせつつも、やはり不安感は感じていた。
「戦いというものはいつ何が起こってもおかしくから、みんな、命を大切にしよう。」
この5人のうちでは、伍長だけが実戦を経験している。他は新兵なのだ。
そのため、伍長の発言は何かと説得力があり、緊張感を与えるとともに、五人隊を鼓舞する。
「まさか、この遠征で得体の知れない敵と戦うはめになっちゃうとは思わなかったなぁ」
「得体の知れないとは言っても、中身は神ではなくただの人間だし、勝機はあるよ。」
そのうち、敵の先頭集団が見えてくる。報告にあった通り、細い牛のような獣(馬)に乗り、鉄の鎧に妖術の筒(火縄銃)を持った白い人間の男たちである。
「あれと戦うの？」
「そうみたい。なんか細い牛のような変な獣に乗ってるけど……」
「なんで肌が白いんだろう」
「さぁ」
現れた敵の姿は、とても奇妙なものであった。ちなみに当時のマウサナ人の肌は日焼けしていて、小麦色かそれよりも濃かった。
「そろそろ抜刀する？」
「今すると反射光で敵にバレちゃうし、まだ待とう。」
開戦の瞬間を今か今かと待ち望む兵士たち。しかしその時はさほど待たずに訪れることとなる。
ドドドドドド……
「あ、ついに来た！開戦の知らせが！」
ポオォォォォン！！🐘(象の鳴き声)
何やら大きなものが動くような地響きと、金管楽器のような大きな鳴き声。戦象である。
「無人の戦象2頭の突撃が敵を蹂躙している！」
白い海賊たちや、彼らが乗る細い牛のような獣は戦象を初めて見たようで、敵は混乱のまま倒れていく。
銃弾が次々と戦象を傷付ける。象の皮膚は刃を通さないほど硬いが、銃弾に対しては無力である。
しかし傷付いた無人戦象はなかなか止まらず、むしろさらに暴れて被害を拡大する。
敵の縦陣の先頭を戦象が荒らしている頃、ついに両翼から帝国軍の攻撃が開始された！
「矢を放て！」
連弩という、一度に複数の矢を撃つことができるクロスボウによる飽和攻撃が開始された。
突然の奇襲に混乱する敵をさらなる悲劇が襲う。
「突撃！！！」
ドジャーン！ドジャーン！
銅鑼が戦場に鳴り響き、歩兵の突撃が始まったのである。
この瞬間を待ち望んでいた兵士たちは、この合図があると直ぐに走り出した。
「───！！───！！」
狼狽えて銃を構えることすらままならない敵兵。
「うわぁぁぁぁぁあ」
「やぁぁぁぁぁぁあ」
「きゃぁぁぁぁぁあ」
「きぇぇぇぇぇぇえ」
それぞれ喊声(突撃の時の叫び声)をあげるマウサナ人兵士。声は完全に女性なので奇妙だ。
ワーワーキャーキャーチャキンチャキン(戦場の音)
両者が激突し、まるで男性アイドルのライブ会場の歓声のような、甲高い喊声が響いている。
「うぉぉぉぉぉぉ！！」
クルアスも突撃し、敵兵の1人と接敵。マウサナ刀と敵兵の武器との打ち合いが始まる。
チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！
ザシュッ！
敵兵「ぐわぁぁぁぁ！」
「よし、1人倒した！」
ついに、人生で初めて自らの手で敵兵を討ち取ることが出来たことで、クルアスはある種の達成感を感じた。
彼女はこの日のために日々鍛錬に勤しんできた。元々平均的なマウサナ人よりも強いため、打ち合いでも勝てるのだ。
敵兵2「うぉぉぉぉぉぉら！」ﾌﾞｫﾝ
「危ない！間一髪だった……」
しかし敵はクルアスに余韻に浸る時間を与えない。直ぐに別の兵士が、味方を討ち取った仇であるマウサナ人を倒そうと斬りかかってくるのだ。
チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！
ザシュッ！
敵兵2「ぐわぁぁぁぁ！」
「これで、2人目だ！」
敵兵3「ひ、ひいいいいい！───！──！」
「次はお前だ！」
敵兵3「────！」
しかし敵兵は腰が抜けて尻もちをついてしまい、武器も手放してしまった。
侵略者の中には本国から無理やり連れてこられた士気の低い人物も多く居るからだ。
「ねえクルアス、この敵兵様子がおかしくない？」
敵兵3「(デニエスタの言語で命乞いをしている)」
クルアスは、這いつくばりながら、首を上に向けてこちらを見る敵兵の前にしゃがむと、聞いた。
「命だけは助けてやろう」
「ええ、そいつどうするの？」
「こんな奴と戦っても体力の無駄だよ。誰か、こいつを縛って連れて行ってくれる？」
数時間後、帝国軍はこの戦いに勝利したが、これはまだ半分であり、攻城戦は今も続いている。
そしてクルアスは4人を討ち取り、2人を捕虜にするという快挙を成し遂げた。
デセ城はこの地域の軍事拠点となる最大の城であり、平時の今でも1000人の兵士によって守られている。
デセ城の西側は断崖絶壁となっておりその下は海である。そのような天然の要塞と強固な城壁により、デセ城は難攻不落の城だという。
城の城壁は日干しレンガ製で高さは8mに達しており、その上には通路があり上から弓矢で攻撃することができる。
マウサネシアの戦争に庶民は無関係であり、都市の住民丸ごと虐殺するなどという事案は起こったことがないという。
マウサナには、征服者と被征服者を区別せず、被征服者でも有能なら統治機構に取り込むという文化がある。
マウサナ人は土地を奪う際に、『住民を皆殺しにすれば、その土地の価値がなくなる。それよりも敗者を同化し国力を増強するべき』という発想を持っているのだ。
そのため、マウサネシアの都市には城壁がなく、為政者は庶民の居住区から少し離れた場所に城を築いていたのである。
「敵は攻城塔どころか、大型投石機(トレビュシェット)すら持ってないとは」
「そんな装備じゃあ、この城は絶対落とせないよ」
「もっとも、攻城塔があっても少なくとも3000人は居なきゃ落とせないけどね」
攻撃三倍の法則というものがある。攻城戦において、強さが同等の場合は攻略に3倍の兵力が必要というものだ。
城の守備隊は1000人、それに対して包囲する侵略者は1200人である。この数ならなんら問題なく撃退できるはずだ。
しかし、そんな城兵たちによる希望的観測は、早々にして打ち破られることとなった。
最初にして最強の敵は、自然の要塞だったはずの海からやってきたのだ。
「な、何だこの音は！？落雷か！？」
「ウヴェン千人将！あれを見てください！」
「な、どういう事だ！？」
ウヴェンは、帝国軍においては珍しい人間の千人将であったが、種族の壁を乗り越えて部下には慕われている。
再び雷のような轟音がしたかと思えば、海側の城壁の上の部分が崩れているではないか！
「そんな馬鹿な！一体何の攻城兵器だ！」
「私は目が良いんだけど、どうやらあの船に得体の知れない攻城兵器があるね」
「それはどんな形状か、分かるか？」
「えーっと、筒状の巨大な金属のようですが……」
「その兵器が何なのかは分からんが、これは大変な戦いになるぞ…」
船からの砲撃は続き、城壁は大きなダメージを受けた。そしてついに侵略者の部隊が侵入を開始した！
「侵入されそうな地点の内側にはバリケードを作れ！」
城壁は所々崩れていたが、その内側の兵士は未だ健在である。兵士はバリケードを作って頑強に抵抗する。
「敵の方が装備が優れてます！」
「近付かないと妖術による攻撃を受けてしまいます！」
「あの妖術のせいでバリケードが役に立ってないだと！？ではバリケードは不要！踏み倒して突撃した方が損害は減る！」
こうして第一波、第二波を退けた帝国軍だったが攻撃は激しさを増し、弩隊もその数を減らしたかと思ったころ。
「援軍だ！味方の援軍が来たぞ！」
ついに王妹が率いる援軍4000が駆け付けたのである。
「くそっ！くそっ！」
村にたどり着いたクルアスは、ラテライトの壁を殴っていた。
逃げ遅れた数十人の村人のうち全員が、長い航海で女に飢えた侵略者たちによって辱めを受けたという。
さらに、幼い子供は邪魔だと言うことで、悲惨なことに全員が殺されてしまった。
結果、村には数人の死者が出てしまったのであり、軍隊はこれを救うことが出来なかったのだ。
「クルアス、もう仕方ないことなんだ……」
「……ああ、いくら悔やんでも、もうどうすることもできない…」
「これが、戦争というものなんだね……」
被害を受けた村人は軍医によって診察を受けたが、幸いにも辱めによる肉体的な後遺症は、心配しなくても大丈夫らしい。
マウサナ人と人間の間にはどう頑張っても子孫を残すことは出来ないし、マウサナ人は身体が強いのだ。
「それより、敵側は半数以上の兵を失って降伏したらしいけど……」
「情けないことに、捕虜が400人も居る。さて処分はどうなる事やら」
「まず、言葉が通じないんじゃどうにもならないね」
攻城戦の最中に背後をつく形となったため、勝敗はその時点で決していた。敵は総崩れとなったのである。
「犠牲は出てしまったね」
「仕方ありません。しかし我々は多くの命を救ったとも考えられます。」
「ほう」
「もし我々が負けていればこんなものでは済まなかったでしょうね」
ウテラ王妹は失われた命に対して敬意を示すと、軍を撤収させることに決めた。
結果として2つの戦いで大勝し、侵略者を激隊したことで、多くの命が救われた。
この戦いでは西洋船や火縄銃、大砲を鹵獲した。
この鹵獲した火縄銃を、捕虜達の知見も動員しつつ国内の職人が解析したことで、マウサナでは火縄銃の国内生産が始まったのである。
なお数年後には、正式な使節がマウサナに来て、商館を設置している。
かつて、マウサネシアとカーリストの間にはバサビア教の勢力が強力であった。
海峡はまだ陸続きであったため船での通行も困難なのだ。
そのため、カーリスト人との接触は大航海時代に喜望峰ルートが確立するまで待たなくてはならない。
そして16世紀初頭、ついに最初の船団が香辛料と植民地と奴隷を求めてマウサネシアにたどり着いたのである。
「それで、王妹殿下が来るのはいつだっけ？」
「今日か明日、とのことだ。もうヒムーコ村の所まで来てる頃だろうさ。」
「まあ明日の朝だろうねぇ」
こんな田舎の村にも、王妹殿下が来てくれるのかと思うと、わたしは嬉しくなった。
ここはダーノキツ村という人口数百人の半農半漁の村で、わたしはここで生まれ育った。
今は、王妹殿下が各地を行幸してるらしく、そろそろこのダーノキツ村にも来るそうだ。
「王妹殿下ってどんな人なのかなぁ」
「王妹殿下は、大王に匹敵するくらい立派な方らしいよ」
「一目見てみたいなぁ」
「どうだろう。人集りが出来そうだし、身長ひくいと見れないかもねぇ」
「もうすぐ成人だもん！そんな低くないし！」
そう不満げに言った彼女の名前はナフマーという。
彼女は来月で8歳になる。早熟なマウサナ人では8歳は人間の16歳に相当し身体的に成熟するため、立派な大人として扱っても良いのだ。
当時、マウサナ人の子供は成人するまで、下着も付けずに袋状の貫頭衣をダボッと着ており、これは足首のあたりまで服がある。
さらに未成年の者は、夜は必ず親と寝なくてはならず、日没までには必ず家に帰らなくてはならないなど、制約も多い。
そして8歳の誕生日に成人の儀が行われる。成人の儀は朝から行われ、以下のようなことが行われる。
�‖斥朸気了�院で祈祷を行う。
�⊃栖韻�聖別された器具を女○器に突っ込んで処○膜を取り去る。
�２箸北瓩蝓�後ろで結んでいた髪を解いて大人の髪型(マウサナ人特有のショートヘア)にする。
��ふんどし(ゴタと呼ばれる。ショーツが普及するのはせいぜい数十年前の話)を着用する。
�ぅ法璽魯ぅ愁奪�ス(ラナーテと呼ばれる、伝統的なもの)を着用する。
�ゾ綯紊箸靴涜膺佑汎韻犬發�(オロメ。浴衣の上半身のような形状をしている)を着用する。
�Ε廛蝓璽弔離潺縫好�ート(エテロと呼ばれる伝統的なもの。膝上20〜25cmで、帯紐によって固定する)を着用する。
��再び太陽教の神殿で祈祷する。
�Р箸某得未鮟犬瓠⊇蕕瓩銅鬚魄�む。朝まで飲み明かす。
なお、成人後のマウサナ人は、ラナーテとオロメとエテロを毎日ほぼ必ず着用する。
つまり当時のマウサナ人は、成人して初めて、そのような露出の多い、可愛らしい格好をすることが許されるのだ。
だから、未成年の子供は物心ついた時から、この成人の儀式を心待ちにしており、彼女も例外ではなかった。
「来月の成人の儀式、楽しみだなー」
「ほらほら、大人になるんだから、ちゃんと仕事しな！」
「はーい」
午前中は田植えの仕事をする。竹の笠を被って、家族総出で行う。田植えはそれだけ重要なものであるため、この時期は日中ずっと田植えをする必要があるのだ。
田植えをしているうちに日はどんどん高くなり、そろそろ昼食をとろうという話になった。
昼食は大変簡素であり、少し甘いタイプのヤムイモをバナナの葉で包んで蒸しただけのものだ。
農繁期の昼食なんて毎回こんな簡素な料理であり、そろそろ飽きてくるが、我慢しなくてはならない。
そろそろ昼食を食べ終えるかと思ったころ、漁師の者が慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。
どうしたんだろう。そんなに慌てて。
「フレリじゃないか、漁はどうしたの？何かあった？」
「見たことない形状のとても大きな船を見たんだ……」
「ええ？」
「もしかしたら、王妹殿下の護衛を乗せてるんじゃないの？」
「いや、明らかにターカ(マウサネシアの伝統船)と形状が違った……」
「じゃあ、ちょっと見に行って来る！」
「あ、ちょっと！」
興味が出てきて実際に見たくなったから、わたしは残りの芋を口に放り込んでしまうと、駆けだした。
わたしたちは沿岸の林(波風から集落を守っている)を抜けて砂浜に出た。
「なんだあれ……」
「しかも、4隻居ない？」
視線の先、海の上には巨大な木造船が4隻も浮かんでいた。
喫水が高く、沢山の帆を付けたそれは、アーマ(アウトリガー。マウサネシアの伝統船には必ずある)がついていなかった。
そして、村の人々も続々と集まって来る。
目の良い者が船を覗くと、そこには肌が白く体毛の色は地味だが、それを補うように鮮やかな色の服を着た大柄な人間たちが、金属の棒や槍を持って動き回っていた。
あんな白い肌の人間なんて初めて見た。こんな田舎の村になんの用だろうか。
やがて、そいつらが小舟に乗ってこちらに向かってきた。
「どうする？」
「あいつら、武器持ってるみたいだけど……」
「────！───！」
その白い肌の男たちは、聞いたこともない言語で何やら叫びながら、白い砂浜に上陸する。
わたしたちが戸惑っていると、ある者が白い男たちの前に踊り出た。
「テルーヤ！(こんにちは！)」
「────！！」
しゃき
そういう金属の音がした。白い男の1人が、銀色に光る刃物を取り出している。
「！！早く逃げて！！」
ぐさっ。
彼女は本能的に危ないと悟ったが、もう遅かった。刃物はこちら側に貫通している。
「あ……が………」
どさっ。
「え……ちょっと……」
「そんな、まさか……」
とうしよう、どうしよう。わたしは混乱して何も考えられなくなっていた。
目の前で倒れた若者から血がどんどん出てきて、白い砂浜を赤く染めていく。
どうしよう、どうしよう。助けられないのかな、見てるだけじゃだめかもしれない。
確かに白い男たちは怖い。だけど今は、目の前で命が失われようとしていることのほうが、怖かった。
「がはっ…みん……な…逃げ……て……がぁ…」
「───！(笑)───！（笑）」
「あいつら、笑ってるよ……」
そう。白い男たちはまるでこの状況を楽しんでいるかのように、笑っている。
わたしは、今度は腹の底から湧き上がってくる怒りを感じたが、その一方でまだこれを現実として受け取れず、狼狽えていた。
「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイ！！！」
「─────？（笑）」
あるマウサナ人が、突然叫んだ。そうだ。わかった。私もそうすればいいんだ。教えられた通りに。
「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイ！！！」
「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイ！！！」
「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイ！！！」
「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイ！！！」
みんなで一緒に、全力でひぃひぃと甲高く叫ぶ。
これは、敵を動揺させると同時に、甲高い叫び声は離れた所に居る味方にも伝わり、危険を知らせることができるのだ。
(ちなみに『きゃー』の叫び声は別の用途で使うため、『ひぃ』になったものと思われる)
『襲撃されたら使え』と教えられてきたけど、まさか使うことになるとは思わなかった。
「───！？───！？」
白い男たちは、耳を手で抑えたり、頭を抱えたりして動揺しているようだ。チャンスだ。
「逃げろおおおお！」
「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイ！！！」
「ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃイイ！！！」
逃げるチャンスを逃さないように、相変わらずひぃひぃ叫びながら、まるで草食獣の群れのように散り散りになって逃げる。
わーわーきゃーきゃー
ズドーン！ズドーン！
「何！？」
「雷か！？」
今度は一体何なのだろうか。さっきからまるで悪夢のような内容だ。むしろこれが悪夢なら、どれほど良かっただろうか。
雷が落ちるような音とほぼ同時に、右斜め前を走っていたマウサナ人が、突然血を出して倒れたのだ。
わたしは狼狽えたが、今止まったらダメだと本能が告げ、そのまま後ろを振り返ることもせず、ひたすら走る。
「何人か倒れた！敵の攻撃かもしれない！」
「でも弓矢の類ではない」
「連中は妖術を使うのか！？」
『敵の妖術』だと、同胞たちは口々にそう言った。そんな得体の知れない攻撃を使うなど卑怯だなとも思う。
「気をつけろ！妖術は矢と同じで遠くから攻撃できる！」
「ジグザグに走るんだ！！」
わたしはその通りジグザグに走ったが、幸運にも妖術に当たることはなかった。
敵は村の辺りで止まったようで、しばらく走ると、あの妖術による攻撃も止んだ。
それより少し前、ヤードナ大王(クァールジュラル4世)の妹であるウテラ王妹は、5000人の兵士を連れていた。
当時の正規兵は、鉄の戦斧、鉄の槍、弩(クロスボウ)、弓矢、鉄の盾、鉄製の笠、チェーンメイルにより武装していた。
なお、農民兵の装備は貧弱であり、鉄製の武器の他には、刺し子の布鎧と竹笠という有様であった。
「しかし殿下、何故そんなに急ぐんですか！」
「ただでさえ、殿下の行軍は平均より少し早いですのに……」
私の部下が口々に我儘を言う。なんだか申し訳ない。
「すまない。だが今朝から、妙に嫌な気がしてならない。だから本能的に、急ぎ足をしているのだ。」
「そんなこと言われても……」
「私は昔から、嫌な気がした時は本当に、悪いことが起こってしまうのだ。」
私こと、ウテラ王妹は幼少の頃から、王家の面々の中で並外れて勘が鋭く、虫の知らせを受けやすいのだ。
「でも、本当に急ぐんですか？もしかしたら、急いだら悪いことが起こるとかいう可能性があるのではないです？」
「うーん。まぁ勘だね。そこは。」
まあ私の勘はよく当たるので、と自分に言い聞かせないと一兵卒への申し訳なさで押しつぶされてしまう。もし外れてたら王妹に免じて許しを乞うか……
ちなみに、
行幸には2つの目的がある。一つは民との親睦を深めること。そしてもう1つは反乱の芽を見つけて摘み取ることだ。私が軍勢を引き連れているのは、そういった理由だ。
「ん？だれか道に出てきましたね。」
「お、おい！危ないぞ！」
「す、すい…ません！しか…し、非常事態…が！」
私はその慌てた様子のマウサナ人を見ると、不吉な予感は的中したということを察した。安心感と不安感が同時に来る。
「どうやら、殿下の勘は当たったかもしれませんね」
「できれば、外れて欲しかったよ。」
私は、まだ息切れをしているマウサナ人の農民に近付くと、とりあえず声をかけることにした。
「非常事態だと？落ち着いて、私に話してくれないか？」
「はい、村に……海賊が来て、何人か……殺されました！村は多分……掠奪されてて……」
まったく、海賊とはどうしようもない連中だ。最近は取り締まりでもう滅んだと思ったのだが、まだ残っていたとは。
だが、それも終わりだ。私が直々に成敗して、民に平穏をもたらすからだ。
「では、直ちに村へ向い、海賊を成敗しよう。」
「あの！」
ウテラ王妹は振り返って部下に命じようとしたが、制止される。
「その、敵は…妖術を使います！」
妙なことを言われた。海賊の襲撃に混乱して幻覚でも見てしまったのだろうか。だが表情は真実っぽいし、マウサナ人は正直者だから、とりあえず聞いてあげようと思う。
「妖術？それはどんなものだったか、分かるか？」
「雷のような…音がして、鉄の棒から…火が出ると、離れた…所を走っていた…仲間が、矢に打たれたように、倒れました」
海賊が妖術を使う、というのもなかなか信じられないが、私が思うに何らかの仕掛けによって轟音を鳴らし、それと同時に矢を射るというものなのだろう。
「つまり、敵は遠距離から轟音と共にこちらを攻撃できる、という訳だな。ルトロ、お前はどう思う？」
ルトロという人物はウテラ王妹の側近であるが、マウサナ人としては珍しくとても無口な人物であり、常に真顔である。
情に厚いマウサナ人としては珍しく、合理的で冷徹なので他の者からは『冷徹なルトロ』と呼ばれている。
しかし、ウテラ王妹は彼女のことをたいそう気に入っているらしく、行幸の時も同行している。
理由としては、彼女は頭が切れるらしくて、こういった重要な場面では何かと意見を求められるのだ。
「ふむ。その妖術とらは、連射してきましたか？」
相変わらず、真顔でマウサナ人の農民に問うルトロ。
「そ、その……一度攻撃した後は、またしばらく攻撃がやみます」
「なるほど。つまり、弩と同じで、引く動作を必要としない分、発動には少し時間がかかる、ということですね。」
ルトロはウテラ王妹のほうを向いて、こう言った。
「待ち伏せをしましょう。」
ざわざわ……
「ちょ、ちょっと待って！？村を見捨てるというの！？」
「村の人々を見殺しにするわけには！」
当然ながらこの冷酷な決断は、特にマウサナ人兵士にとっては不満であり、非難轟々だ。
「我々が駆け付けても、村の人々は逃げるか殺されるかしていて、後の祭りでしょう。」
「でもそれは……」
「我々が村に直行しても犠牲が増えるだけです。それにマウサナ人なら隙を見て逃げられるでしょう。」
「……やはり突撃は悪手か？」
ウテラ王妹ですら、情に厚いマウサナ人には、やはりルトロの案は冷酷すぎて完全には受け入れられないようだ。
「我々が突撃すれば、敵は準備の時間が与えられ、一斉に妖術を発動できる。そうなればこちらは大損害です。」
「それに、強力な妖術を使える海賊どもが、あんな田舎の村一つで満足するわけがありません。」
ルトロはこの辺りの地図を広げると、海賊が占領している村を指さし、続いて街道をなぞって、首都の側にある中都市を指さした。
そしてもう片方の手で、中都市とは反対方向にある要塞を指した。
「海賊はここと、ここを目指すでしょう。半数ほど間違いなくこの街道を通って。ならば待ち伏せして半数を撃滅した後、要塞を救援し残り半数を撃滅するべきです。」
「敵を挟み込んで奇襲すれば、敵は混乱するだろうが…」
「それに、遠距離武器は待ち伏せからの奇襲にに弱いのです。たとえ妖術でも、照準を定めて発動の準備をする必要がありますから。」
「わかった。しかし、やはり精神的にはくるものがあるな……」
「犬死ではありません、勝利のための尊い犠牲です。今回の敵は見知らぬ種族ですから、我々も冷酷に戦わないといけないんですよ。」
「相手がマウサナ人だったならば、かなり楽なのだがな」
「そもそも、上陸していきなり殺戮行為を始める連中が、我々マウサナ人と同じ思考回路のはずがありませんよ。」
「……よし。それでは、作戦を開始しよう！千人将を集めよ！」
当時のクシャール帝国軍においては、まず五人隊、十人隊、百人隊、千人隊、万人隊がその基本的な構成であった。
5000人の場合は、五千人将の権限を持つウテラ王妹(王の近親であるため。なお大王は全軍の統帥権を有する)の下、5人の千人将が現場の指揮を担う。
こうして、コンキスタドール1200名と、クシャール帝国正規兵5000の戦いが幕を開けたのである。
それから数時間後、5人のマウサナ人は街道の横の茂みの奥で待機していた。
彼らは五人隊である。五人隊は原則として軍隊における最小の構成単位であり、運命共同体でもある。
マウサナ人の兵士の鎧はチェーンメイルであるが、全身を防御しているわけではなく、スカートの裾よりも少し上あたりまでだ。
そのため正規兵であっても、当時の兵士は結局、民間人と同じように太腿は露出している。
ここで話の視点となるクルアスは数ヶ月前に成人したばかりのマウサナ人で、戦いにも初めて参加する。
「本当に敵なんて来るのかなぁ」
「待ち伏せも飽きてきたね」
「みんな、そろそろ覚悟した方がいいよ」
「え？敵は見えないけど……」
「風の音に混じって、足音が聞こえてこない？」
そう言って伍長は耳(頭の上にある猫耳)に手をあてた。同じようにすると、確かに足音が聞こえてくる。しかも大勢。
「初めての戦い……」
この節で視点となる一兵卒のサーチェは、戦いで活躍して出世することを夢見て、日々鍛錬に励んできた。
そしてついに訪れた初めての戦いに、心を踊らせつつも、やはり不安感は感じていた。
「戦いというものはいつ何が起こってもおかしくから、みんな、命を大切にしよう。」
この5人のうちでは、伍長だけが実戦を経験している。他は新兵なのだ。
そのため、伍長の発言は何かと説得力があり、緊張感を与えるとともに、五人隊を鼓舞する。
「まさか、この遠征で得体の知れない敵と戦うはめになっちゃうとは思わなかったなぁ」
「得体の知れないとは言っても、中身は神ではなくただの人間だし、勝機はあるよ。」
そのうち、敵の先頭集団が見えてくる。報告にあった通り、細い牛のような獣(馬)に乗り、鉄の鎧に妖術の筒(火縄銃)を持った白い人間の男たちである。
「あれと戦うの？」
「そうみたい。なんか細い牛のような変な獣に乗ってるけど……」
「なんで肌が白いんだろう」
「さぁ」
現れた敵の姿は、とても奇妙なものであった。ちなみに当時のマウサナ人の肌は日焼けしていて、小麦色かそれよりも濃かった。
「そろそろ抜刀する？」
「今すると反射光で敵にバレちゃうし、まだ待とう。」
開戦の瞬間を今か今かと待ち望む兵士たち。しかしその時はさほど待たずに訪れることとなる。
ドドドドドド……
「あ、ついに来た！開戦の知らせが！」
ポオォォォォン！！🐘(象の鳴き声)
何やら大きなものが動くような地響きと、金管楽器のような大きな鳴き声。戦象である。
「無人の戦象2頭の突撃が敵を蹂躙している！」
白い海賊たちや、彼らが乗る細い牛のような獣は戦象を初めて見たようで、敵は混乱のまま倒れていく。
銃弾が次々と戦象を傷付ける。象の皮膚は刃を通さないほど硬いが、銃弾に対しては無力である。
しかし傷付いた無人戦象はなかなか止まらず、むしろさらに暴れて被害を拡大する。
敵の縦陣の先頭を戦象が荒らしている頃、ついに両翼から帝国軍の攻撃が開始された！
「矢を放て！」
連弩という、一度に複数の矢を撃つことができるクロスボウによる飽和攻撃が開始された。
突然の奇襲に混乱する敵をさらなる悲劇が襲う。
「突撃！！！」
ドジャーン！ドジャーン！
銅鑼が戦場に鳴り響き、歩兵の突撃が始まったのである。
この瞬間を待ち望んでいた兵士たちは、この合図があると直ぐに走り出した。
「───！！───！！」
狼狽えて銃を構えることすらままならない敵兵。
「うわぁぁぁぁぁあ」
「やぁぁぁぁぁぁあ」
「きゃぁぁぁぁぁあ」
「きぇぇぇぇぇぇえ」
それぞれ喊声(突撃の時の叫び声)をあげるマウサナ人兵士。声は完全に女性なので奇妙だ。
ワーワーキャーキャーチャキンチャキン(戦場の音)
両者が激突し、まるで男性アイドルのライブ会場の歓声のような、甲高い喊声が響いている。
「うぉぉぉぉぉぉ！！」
クルアスも突撃し、敵兵の1人と接敵。マウサナ刀と敵兵の武器との打ち合いが始まる。
チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！
ザシュッ！
敵兵「ぐわぁぁぁぁ！」
「よし、1人倒した！」
ついに、人生で初めて自らの手で敵兵を討ち取ることが出来たことで、クルアスはある種の達成感を感じた。
彼女はこの日のために日々鍛錬に勤しんできた。元々平均的なマウサナ人よりも強いため、打ち合いでも勝てるのだ。
敵兵2「うぉぉぉぉぉぉら！」ﾌﾞｫﾝ
「危ない！間一髪だった……」
しかし敵はクルアスに余韻に浸る時間を与えない。直ぐに別の兵士が、味方を討ち取った仇であるマウサナ人を倒そうと斬りかかってくるのだ。
チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！チャキン！
ザシュッ！
敵兵2「ぐわぁぁぁぁ！」
「これで、2人目だ！」
敵兵3「ひ、ひいいいいい！───！──！」
「次はお前だ！」
敵兵3「────！」
しかし敵兵は腰が抜けて尻もちをついてしまい、武器も手放してしまった。
侵略者の中には本国から無理やり連れてこられた士気の低い人物も多く居るからだ。
「ねえクルアス、この敵兵様子がおかしくない？」
敵兵3「(デニエスタの言語で命乞いをしている)」
クルアスは、這いつくばりながら、首を上に向けてこちらを見る敵兵の前にしゃがむと、聞いた。
「命だけは助けてやろう」
「ええ、そいつどうするの？」
「こんな奴と戦っても体力の無駄だよ。誰か、こいつを縛って連れて行ってくれる？」
数時間後、帝国軍はこの戦いに勝利したが、これはまだ半分であり、攻城戦は今も続いている。
そしてクルアスは4人を討ち取り、2人を捕虜にするという快挙を成し遂げた。
デセ城はこの地域の軍事拠点となる最大の城であり、平時の今でも1000人の兵士によって守られている。
デセ城の西側は断崖絶壁となっておりその下は海である。そのような天然の要塞と強固な城壁により、デセ城は難攻不落の城だという。
城の城壁は日干しレンガ製で高さは8mに達しており、その上には通路があり上から弓矢で攻撃することができる。
マウサネシアの戦争に庶民は無関係であり、都市の住民丸ごと虐殺するなどという事案は起こったことがないという。
マウサナには、征服者と被征服者を区別せず、被征服者でも有能なら統治機構に取り込むという文化がある。
マウサナ人は土地を奪う際に、『住民を皆殺しにすれば、その土地の価値がなくなる。それよりも敗者を同化し国力を増強するべき』という発想を持っているのだ。
そのため、マウサネシアの都市には城壁がなく、為政者は庶民の居住区から少し離れた場所に城を築いていたのである。
「敵は攻城塔どころか、大型投石機(トレビュシェット)すら持ってないとは」
「そんな装備じゃあ、この城は絶対落とせないよ」
「もっとも、攻城塔があっても少なくとも3000人は居なきゃ落とせないけどね」
攻撃三倍の法則というものがある。攻城戦において、強さが同等の場合は攻略に3倍の兵力が必要というものだ。
城の守備隊は1000人、それに対して包囲する侵略者は1200人である。この数ならなんら問題なく撃退できるはずだ。
しかし、そんな城兵たちによる希望的観測は、早々にして打ち破られることとなった。
最初にして最強の敵は、自然の要塞だったはずの海からやってきたのだ。
「な、何だこの音は！？落雷か！？」
「ウヴェン千人将！あれを見てください！」
「な、どういう事だ！？」
ウヴェンは、帝国軍においては珍しい人間の千人将であったが、種族の壁を乗り越えて部下には慕われている。
再び雷のような轟音がしたかと思えば、海側の城壁の上の部分が崩れているではないか！
「そんな馬鹿な！一体何の攻城兵器だ！」
「私は目が良いんだけど、どうやらあの船に得体の知れない攻城兵器があるね」
「それはどんな形状か、分かるか？」
「えーっと、筒状の巨大な金属のようですが……」
「その兵器が何なのかは分からんが、これは大変な戦いになるぞ…」
船からの砲撃は続き、城壁は大きなダメージを受けた。そしてついに侵略者の部隊が侵入を開始した！
「侵入されそうな地点の内側にはバリケードを作れ！」
城壁は所々崩れていたが、その内側の兵士は未だ健在である。兵士はバリケードを作って頑強に抵抗する。
「敵の方が装備が優れてます！」
「近付かないと妖術による攻撃を受けてしまいます！」
「あの妖術のせいでバリケードが役に立ってないだと！？ではバリケードは不要！踏み倒して突撃した方が損害は減る！」
こうして第一波、第二波を退けた帝国軍だったが攻撃は激しさを増し、弩隊もその数を減らしたかと思ったころ。
「援軍だ！味方の援軍が来たぞ！」
ついに王妹が率いる援軍4000が駆け付けたのである。
「くそっ！くそっ！」
村にたどり着いたクルアスは、ラテライトの壁を殴っていた。
逃げ遅れた数十人の村人のうち全員が、長い航海で女に飢えた侵略者たちによって辱めを受けたという。
さらに、幼い子供は邪魔だと言うことで、悲惨なことに全員が殺されてしまった。
結果、村には数人の死者が出てしまったのであり、軍隊はこれを救うことが出来なかったのだ。
「クルアス、もう仕方ないことなんだ……」
「……ああ、いくら悔やんでも、もうどうすることもできない…」
「これが、戦争というものなんだね……」
被害を受けた村人は軍医によって診察を受けたが、幸いにも辱めによる肉体的な後遺症は、心配しなくても大丈夫らしい。
マウサナ人と人間の間にはどう頑張っても子孫を残すことは出来ないし、マウサナ人は身体が強いのだ。
「それより、敵側は半数以上の兵を失って降伏したらしいけど……」
「情けないことに、捕虜が400人も居る。さて処分はどうなる事やら」
「まず、言葉が通じないんじゃどうにもならないね」
攻城戦の最中に背後をつく形となったため、勝敗はその時点で決していた。敵は総崩れとなったのである。
「犠牲は出てしまったね」
「仕方ありません。しかし我々は多くの命を救ったとも考えられます。」
「ほう」
「もし我々が負けていればこんなものでは済まなかったでしょうね」
ウテラ王妹は失われた命に対して敬意を示すと、軍を撤収させることに決めた。
結果として2つの戦いで大勝し、侵略者を激隊したことで、多くの命が救われた。
この戦いでは西洋船や火縄銃、大砲を鹵獲した。
この鹵獲した火縄銃を、捕虜達の知見も動員しつつ国内の職人が解析したことで、マウサナでは火縄銃の国内生産が始まったのである。
なお数年後には、正式な使節がマウサナに来て、商館を設置している。
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