マウサネシアへの留学��
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kosyoubaru 2022年08月02日(火) 22:26:38履歴
マウサネシア連邦共和国
私の名前はヒロ。突然だが私はラピタ王国の生まれで、今はマウサネシアに居る。とは言ってもまだ入国審査の手前なのだが。
恐縮なことにも、私は『ラピタで最も優秀な若い男の一人』と言われており、実際そこまで賢いとは私自身到底思えないのだが、しかし全力を出して望んだテストの結果──首席だった、それが全てを語っていた。
当然ながらテストの点が全てではないいし、おそらく総合力で私に並ぶ若者は何人か居るだろう。それにリリィ殿下には遠く及ばないのだが、そんなことを言っても仕方がない。
昨年から始まった留学制度で、ラピタ王国の若き優秀な者をくじ引きで各国に留学させるのだが、私が引き当てたくじはマウサネシアへの留学であった。
王国にて多角的な視点の提供のために、イデオロギーも文化も生活水準も異なる複数の国々、マウサネシア以外にもチューイーやスカセバリアル等が留学先である。
本来、前例に倣うならば基本的に影響力のある単一の国を参考にするものなのだが、リリィ王女の進言によって複数の国になったのだ。
『マウサネシアへようこそ、まっすぐ進んで入国審査へ進んでください』
私はアナウンスに従って入国審査のカウンターに並んだ。周りを見渡すと、銃剣付きライフルを持ったマウサナ人兵士が、要所要所に配置されて警戒にあたっていた。
。oO(なんか怪しい奴が居たら捕らえるのだろうか……目立たないようにしよう……)
ヒロの番になった。
「名前と顔写真を確認しました。出身地はラピタ王国とありますが、留学生ですか？」
「はい、留学のために来ました」
「なるほど、優秀な人みたいですし、ぜひ色々学んでください、ではどうぞ」
「恐縮です」
「Selēn maeusāna!!」
マウサナ人の職員は敬礼して、セーレン・マーウサーナと言った。これは『マウサナに栄光あれ！』という意味である。
「Selēn maeusāna!!」
ヒロは敬礼してそう言った後、軽くお辞儀をして礼儀を示すと、カウンターを通過して前に進んだ。ついにマウサネシアに入国したのである。
『……に乗船する予定の方は急いでください……』
この国を訪れて、最初に感じたことは沢山あるが、まず1番驚いたのは人の多さで、ここは街の中心部から離れた場所だが、どこを見ても沢山居て、タアロアの比じゃないほど多い。
実はジャヤカラタ近郊にも大規模な旅客港はあるのだが、ラピタからの直行便は、飛行機への乗り換えの利便性を図るために、このレイン・シアネン国際空港に隣接した旅客港から発着するのだ。
「えーと鉄道の駅は……」
周りを見回すと、どうやらそれらしきピクトグラムがあった。ピクトグラムとは便利なもので、言語が分からなくても伝わるのだ。
もっとも、ヒロはマウサネシア語を学んでいるから一応読めるのだが、まだまだこれからという感じなのだ。
『もうすぐジャヤカラタ方面への電車が来ます……』
ここの駅は立派なもので、天井はガラス張りになっており、駅のホーム自体はおそらく地下にあるのだが、ホームには光が差し込んでいた。
。oO(マウサネシアとはすごい国だな……ラピタ国民に苦労を強いて建設したという噂のあの王宮ですら、遠く及ばない規模だ……)
実を言うとヒロは、マウサネシアは単にラピタを大きくしただけのような、『つまらない国家』だという先入観があった。しかし実際にはものすごく近代的で巨大な施設が無数にある、とても面白い国だったのだ。
ホームにステンレス製の金属光沢を纏った電車が止まり、ホームドアと共にガラガラという音を立てて電車のドアも開く。
ファー…ウゥゥウウウウウ……
楽器のようなよく分からない音を鳴らしながら電車は発車し、景色が動き始めた。
この電車は時速130kmで走るらしい。なるほどこれは初めて体験する速さだ、とヒロは車窓に釘付けであった。
空港は都市の中心部とはそれなりに離れているらしく、空港を出て地上に上がった直後は、まだ水田地帯で、防風林に囲まれた集落に高床式住宅が視界を流れていた。
しかしながら車窓一面に広がる水田ですら、ヒロの祖国ラピタでは見られないものであり、これすらも興味深いものであった。
。oO(この平地の圧倒的な多さ……これこそがマウサネシアの国力の秘訣だろうか？だから人が多いのだろうか？)
農業というのは地味な存在であり、特に先進国では尚更だが、農業というのは縁の下の力持ち的存在であり、田畑の量と質はある程度は国力に直結すると考えられる。
ヒロは、「田畑と人口が多い国こそ強い国力を持った大国になる」と考えており、そしてそれはラピタにも繋がる話だと考えていた。
要するに戦いというのは数こそが正義であり、これによってマウサネシアはマンパワーによってこの地域の事実上の支配者となったのではないだろうか。
そのヒロの思考を裏付けるかのように、田畑の中に5階建ての集合住宅が混在するようになり、通過する駅の密度も少し上がったようだ。
体感としては30分ほどだっただろうか、実際はそれよりも1.5倍か2倍ほどの時間はかかったのだろうが、もう既に電車は団地地帯を抜けて摩天楼の合間を縫っていた。
マウサネシアの摩天楼は、保守的なデザインのものが多いらしい。ヒロは建築の専門ではないからよく分からないが、確かに四角くて太めに感じるビルが圧倒的に多いような気もする。
(この画像はイメージです)
電車は減速して、ホームに突入した。ジャヤカラタ中央駅だ。奥にもいくつもホームがあるのが分かり、おそらく10は超えるだろう。
(この画像はイメージです)
特長としては、ガラス張りの天井が高い位置にあり、開放感がある駅だということだ。ホームには柱もなく、床は木のような素材で温かみを感じるが、それでいてものすごく現代的な駅であった。
ホーム上には木が植えられており、フルスクリーン式ホームドアの電光掲示板には映像広告と案内が表示されていた。
(この画像はイメージです)
「これは……感激だ……」
ヒロはあまりの感動についに口に出したが、それは駅の都会的な喧騒にかき消された。
階段を下りて、現代的なコンコースを通り抜けて、目的地に行くための乗り換え路線を目指す。
事前に教えられた通りに曲がったり登ったり降りたりしながらまるで迷路のような構内を歩くと……
「あれ、ここさっきと同じ場所だ……」
迷ってしまった。どうしようか……
。oO(仕方ない、向こうのインフォメーションセンターで聞いてみるしかないな……)
カウンターではマウサナ式スーツを着たマウサナ人が携帯をいじっていた。
「失礼します」
「ん？何？」
。oO(睨まれた？いや、違うな、気の所為か……)
「実は迷ってしまって……」
するとマウサナ人は可憐な笑顔を見せると、言った。
「あぁ〜、この駅、マウサナじゃ1番複雑だから迷う人結構多いんですよね〜。それで、どこに行きたいですか？」
「このサルール線、というのに乗りたいんですが……」
「ああそれなら、あそこの角を左に曲がって突き当たりを右、そして1番手前の、オレンジっぽいラインの付いた階段を上がるんですよ」
「すごいですね、この複雑な駅の構造を覚えてるんですか？」
「まあもう何年も働いてるし。流石に細かいとこまでは覚えてないけど、大体は分かりますよ。」
「なるほど」
「ところであなたはどこから来たんですか？」
「実は、ラピタ王国から……」
「おお！ラピタ人の方は初めて見ました。なんか意外と普通ですね、あっごめんなさい、つい…」
「まあそう思うのも無理もないでしょう。」
「わはは。じゃあ、どうか良いマウサナ滞在を〜」
インフォメーションの人の案内通りに進むと、確かに目当てのサルール線のホームにたどり着くことが出来た。
サルール線のホームは地下にあるらしく、これまでの開放的な駅とは違って、天井もさほど高くない、むしろ閉鎖的な印象を受ける駅であった。
そこから電車に乗って10分くらい、目的の駅で降りたが、ここも閉鎖的ではあったが内装は新しいようだ。
「おお、これは……」
(この画像はイメージです)
地上に出ると、既に日は沈みそうで、街並みはキラキラと輝いていた。大通りには大量の広告が並べられ、夜になると色とりどりに発光し、夜でも昼のように明るい。
「さて、目的地のホテルは……」
ヒロは喧騒にかき消され、聞かれることの無い独り言を言った。実は本日は到着は夕方であったため、本格的に動き始めるのは明日からなのだ。
しかし、思わぬ障害が彼を止めた。そしてその障害は彼自身の身体から発せられたシグナルだった。
「どうやら腹が減ってきたようだ……」
光輝く看板。これがレファルのような純粋な社会主義国ならば、『極めて資本主義的で反吐が出る』と形容するであろう。
しかし実態は、その中に多少はプロパガンダが混ざっている。極めて社会主義国的な手法だが、これは悪いこととも言えない。何故なら資本主義側も一概には善とは言えないし、社会主義側も一概には悪とは言えないからだ。どちらも一長一短。
『2+2＝82』『一人はみんなのために、みんなは1人のために』『質素倹約しつつ楽しんで生きよう』『人民の結束と愛と平和こそが国を豊かにする』『情熱を持って働こう』『善人であれ』
このようなプロパガンダが時折目に入ってくる。このようにマウサネシアは中途半端な国だ。だが、そこが興味深いし、私が惚れた国だ。
広告の3分の1程は、おそらくいかがわしいお店の広告だろう。中で何が行われているのかは詳しくは分からないが、この国の水商売が如何に巨大な産業なのかがよく分かる。
そして残りの半分以上の広告は雑多な内容で、商品の宣伝、居酒屋の看板、ネットカフェの看板、その他諸々の看板だ。
「ユエの店……」
目に止まった看板は、『ユエ』というマウサネシアの伝統的な麺料理の店の看板だった。 早速入ってみる。
「へいらっしゃい！」
「注文は何にしますか？」
「えーっと……」
入るなりいきなり、大柄な黒人男性の店員に聞かれたので驚いた。
「オススメはやっぱりこのスタンダードなユエですよ。ああ急かすわけじゃねえんだ、安心してください」
その男性は愛想良く笑ったので、こちらも安心した。
「いえ、大丈夫です。初めてなんで、じゃあそれを、あと自分、このカードにある通り外国人なんですけど、大丈夫ですか？」
マウサネシアでは外国人観光客は飲食店などでも代金を払わなくてはならないが、このカードは政府に招かれた外国人を示しているため無料で食べることができるのだ。
「ああ、そのカードを持ってきてるなら平気ですよ。パクチーは平気ですかい？」
「パクチー？ええと……」
「ああ、パクチーが嫌いな人もたまに居るから、この店では事前に聞いてるんですよ。どうします？」
「じゃあ、少なめで」
「了解です！」
テーブルに案内されたので、無料サービスのお水を少し飲んで待つことにした。
。oO(そうか、マウサネシアの飲食店では水は基本タダなんだったな……全くこんな綺麗な水が無料とは、すごい国だな。それにあの黒人の店員……)
黒人の店員は楽しそうに働いていた。目はちゃんと生きていたのであれは洗脳とは思えない。自らの意思なのだ。
。oO(聞いていたが、まさか本当に人種や種族の壁が無いとはな……カーリスト諸国ではまだ壁が残っているのに、ここはすごい国だ……)
「はいお待ちどおさま！」
「お、ありがとう」
思考中に突然来たので少し驚いてしまったが、まあ良いだろう。目の前のユエは美味しそうだ。
。oO(しかし、やっぱり奇妙な匂いだ……これがパクチーか……)
試しに少し食べてみたが、悪い予想の通り、やはりパクチーとやらは慣れない味で、正直苦手かもしれない。恥ずかしいが少なめにして良かった。全部先に流し込んでしまおう。
パクチーを優先的に流し込むと、麺の味を堪能する。おそらく鳥の出汁だろうが、これが麺と合っていてとても美味しい。
スープと、米から作られた麺と、野菜とエビ。これらは絶妙なバランスで互いが互いを引き立てている。まさにマウサネシアの国家の有りようを体現したかのようだ。
「うまいな……」
思わず声に出るほどだ。私はラピタ王国では決して体験出来なかった美味しさに、気が付くと食べ終わって満腹していた。
「それじゃ、またの利用を待ってますよ！」
「ご馳走様でした〜」
私は非常に満足して店を出た。早速目的地のホテルへの歩みを再開しよう。しかしその矢先のことだった。
「───！───！！」
聞きなれない外国語の怒鳴り声、しかしこの言語を私は知っているし、理解出来る。デニエスタ語だ。
見ると、何かにイラついている白人男性の若者と、それに対応しようとしている屋台のマウサナ人店員が居た。
「わはは、ヤー、オーケーラー？、シッチベルヒーゲン、シッチベルヒーゲン、ラー？」
こんな状況なのにマウサナ人店員の方はへらへら笑いながら適当なことを言っている。おそらくデニエスタ語は殆ど分からないのだろう。
「Warum verstehst du nicht, wovon ich rede!」
『すいません、どうされましたか？』
私はデニエスタ語の知識を総動員して彼に話しかけた。
『こいつ俺が何言ってるのか理解しないし、態度も悪いんだよ！』
『ここはマウサネシアですよ。デニエスタ語で注文したいなら、空港でどうぞ。』
『チッ。サービス悪いんだよ、お前らの国はよ』
そう言ってデニエスタ語を話す若者は去っていった。まったく、外国で変なことすると祖国に傷を付ける結果になることすら理解できない奴がいるとは。
「あ、あの」
「どうしました？」
「いや、ありがとうございます、困ってたところを助けてもらって……」
「いえいえ、そっちは大丈夫ですか？」
「ええ。私は大学生なのに、初めてのことに動揺してしまい、恥ずかしい所を見せてしまいました……」
「恥ずかしくありませんよ、ここはマウサネシアですから。」
「私はソスマー・ミンリンワットです。せめて、あなたの名前は覚えます。」
「ヒロです。では、私はこれにて。」
マウサナ人店員と軽くお辞儀を交わして別れを告げると、私は考えながらホテルへの歩みを進めた。
。oO(あのマウサナ人、中等課程までは満了しているはずだ。なのにデニエスタ語は全然出来ないのか。この国の教育は少し不安だな……)
私が不安になるのも無理もない。ラピタ王国を遥かに教育水準で上回るはずのマウサネシアの国民の多くが、国際共通語たるデニエスタ語を全く話せないというのは、この国の教育に何らかの問題がある。
しかし、ある言葉を思い出した。
「母国語で満足に勉強出来るということは、とても幸せなことよ」
リリィ殿下の言葉だ。
。oO(そうか、やっとわかったぞ、その言葉の意味が！)
つまり、マウサネシアでは外国語が全く出来なくても、母国語だけで満足に勉強できる国、ということなのだ。
そうだ、それこそがマウサネシアの強さの秘訣の新たな一つであろう。また、マウサネシアの強さを見つけた。
ラピタ王国はそうでは無い。実際、マウサネシアに派遣された私の存在がそれを証明している。
そして私に出来ることは、ラピタ王国を強くすること。これから様々な事を学んで、少しでも祖国に貢献しよう。私は再び心に誓った。
ホテルの建物は、これまた実に在り来りな外見だった。格子状のコンクリートと、その間にはめ込まれたガラス。高さは100mは超えているだろう。
ロビーに入ったが、そこは洋風の豪華さなどは無かった。代わりに、マウサナ風の装飾が申し訳程度にあるくらいで、見た目よりも効率が重視されていた。
もし外国人が見たら、「品が無い」と馬鹿にするかもしれないが、ここにマウサネシアの性格が出ていると私は考える。
つまり大事なのは見た目ではない、中身なのだ。マウサナ人は皆同じような見た目であるが、そこには強い個性があるのと同じである。
色の付いた人種だろうと差別されない、種族でさえも差別の理由にはならないというのは、マウサネシアのこういった思想が間違いなく関係している。
ラピタ王国が今後発展していくためには、このマウサネシアのような『多様性を受け入れる価値観』こそが重要であると、ヒロは学んだのである。
「ご予約のヒロさんですね。待ってました。ではこの鍵をどうぞ」
チェックインを済ませてエレベーターに乗り、自分の予約した個室に向かう。
受け取った鍵は、鍵の他にもホテルの名前が書かれたプラスチック製の四角い棒がついていた(要するに、旅館とかで受け取る鍵みたいなもの)
「マウサネシアのホテルに泊まるのは初めてだが、本で見たホテルとは全然違うな……」
部屋の入口には靴を脱ぐスペースがあり、それより奥は板間と畳の部屋からなり、襖によって部屋が仕切られている。つまり旅館のような内装なのだ。
「もっと、ベッドとか置いてあるものかと思ったが、まあこれはこれで良いか……」
ヒロは入浴することにした。ラピタでは温泉があったが、ここでは温泉が各部屋にある、まあ機械で沸かした湯なのだろうが。
「ここでは1人で風呂に入るのか……新鮮だな」
というのもラピタでは混浴が当たり前であり、個人用の風呂など王族にしか出来ないような贅沢なのである。
所詮は1晩借りた部屋の小さな風呂だが、それでもヒロは贅沢をしているような感覚がした。
「だが、これが毎日続くというのも、孤独かもしれないな……」
そう考えるとヒロは多少の不安感に襲われた。しかし、それよりもまだ大部分を知らないマウサネシアという国への好奇心の方が上回った。
「今日はもう寝よう」
ヒロは風呂を出て服を着ると、もう寝ることにした。何故なら風呂の中で思索にふけっていると、眠くなってきたからである。
「えーと、この分厚い布を敷いてその上に寝るのか……」
こうしてヒロの多忙な一日は終わった。マウサネシアに訪問してから最初の日が終わったのである。
明日もまた忙しい一日が待っている。そして翌朝に彼はある問題を知ることになるのだった……
私の名前はヒロ。突然だが私はラピタ王国の生まれで、今はマウサネシアに居る。とは言ってもまだ入国審査の手前なのだが。
恐縮なことにも、私は『ラピタで最も優秀な若い男の一人』と言われており、実際そこまで賢いとは私自身到底思えないのだが、しかし全力を出して望んだテストの結果──首席だった、それが全てを語っていた。
当然ながらテストの点が全てではないいし、おそらく総合力で私に並ぶ若者は何人か居るだろう。それにリリィ殿下には遠く及ばないのだが、そんなことを言っても仕方がない。
昨年から始まった留学制度で、ラピタ王国の若き優秀な者をくじ引きで各国に留学させるのだが、私が引き当てたくじはマウサネシアへの留学であった。
王国にて多角的な視点の提供のために、イデオロギーも文化も生活水準も異なる複数の国々、マウサネシア以外にもチューイーやスカセバリアル等が留学先である。
本来、前例に倣うならば基本的に影響力のある単一の国を参考にするものなのだが、リリィ王女の進言によって複数の国になったのだ。
『マウサネシアへようこそ、まっすぐ進んで入国審査へ進んでください』
私はアナウンスに従って入国審査のカウンターに並んだ。周りを見渡すと、銃剣付きライフルを持ったマウサナ人兵士が、要所要所に配置されて警戒にあたっていた。
。oO(なんか怪しい奴が居たら捕らえるのだろうか……目立たないようにしよう……)
ヒロの番になった。
「名前と顔写真を確認しました。出身地はラピタ王国とありますが、留学生ですか？」
「はい、留学のために来ました」
「なるほど、優秀な人みたいですし、ぜひ色々学んでください、ではどうぞ」
「恐縮です」
「Selēn maeusāna!!」
マウサナ人の職員は敬礼して、セーレン・マーウサーナと言った。これは『マウサナに栄光あれ！』という意味である。
「Selēn maeusāna!!」
ヒロは敬礼してそう言った後、軽くお辞儀をして礼儀を示すと、カウンターを通過して前に進んだ。ついにマウサネシアに入国したのである。
『……に乗船する予定の方は急いでください……』
この国を訪れて、最初に感じたことは沢山あるが、まず1番驚いたのは人の多さで、ここは街の中心部から離れた場所だが、どこを見ても沢山居て、タアロアの比じゃないほど多い。
実はジャヤカラタ近郊にも大規模な旅客港はあるのだが、ラピタからの直行便は、飛行機への乗り換えの利便性を図るために、このレイン・シアネン国際空港に隣接した旅客港から発着するのだ。
「えーと鉄道の駅は……」
周りを見回すと、どうやらそれらしきピクトグラムがあった。ピクトグラムとは便利なもので、言語が分からなくても伝わるのだ。
もっとも、ヒロはマウサネシア語を学んでいるから一応読めるのだが、まだまだこれからという感じなのだ。
『もうすぐジャヤカラタ方面への電車が来ます……』
ここの駅は立派なもので、天井はガラス張りになっており、駅のホーム自体はおそらく地下にあるのだが、ホームには光が差し込んでいた。
。oO(マウサネシアとはすごい国だな……ラピタ国民に苦労を強いて建設したという噂のあの王宮ですら、遠く及ばない規模だ……)
実を言うとヒロは、マウサネシアは単にラピタを大きくしただけのような、『つまらない国家』だという先入観があった。しかし実際にはものすごく近代的で巨大な施設が無数にある、とても面白い国だったのだ。
ホームにステンレス製の金属光沢を纏った電車が止まり、ホームドアと共にガラガラという音を立てて電車のドアも開く。
ファー…ウゥゥウウウウウ……
楽器のようなよく分からない音を鳴らしながら電車は発車し、景色が動き始めた。
この電車は時速130kmで走るらしい。なるほどこれは初めて体験する速さだ、とヒロは車窓に釘付けであった。
空港は都市の中心部とはそれなりに離れているらしく、空港を出て地上に上がった直後は、まだ水田地帯で、防風林に囲まれた集落に高床式住宅が視界を流れていた。
しかしながら車窓一面に広がる水田ですら、ヒロの祖国ラピタでは見られないものであり、これすらも興味深いものであった。
。oO(この平地の圧倒的な多さ……これこそがマウサネシアの国力の秘訣だろうか？だから人が多いのだろうか？)
農業というのは地味な存在であり、特に先進国では尚更だが、農業というのは縁の下の力持ち的存在であり、田畑の量と質はある程度は国力に直結すると考えられる。
ヒロは、「田畑と人口が多い国こそ強い国力を持った大国になる」と考えており、そしてそれはラピタにも繋がる話だと考えていた。
要するに戦いというのは数こそが正義であり、これによってマウサネシアはマンパワーによってこの地域の事実上の支配者となったのではないだろうか。
そのヒロの思考を裏付けるかのように、田畑の中に5階建ての集合住宅が混在するようになり、通過する駅の密度も少し上がったようだ。
体感としては30分ほどだっただろうか、実際はそれよりも1.5倍か2倍ほどの時間はかかったのだろうが、もう既に電車は団地地帯を抜けて摩天楼の合間を縫っていた。
マウサネシアの摩天楼は、保守的なデザインのものが多いらしい。ヒロは建築の専門ではないからよく分からないが、確かに四角くて太めに感じるビルが圧倒的に多いような気もする。
(この画像はイメージです)
電車は減速して、ホームに突入した。ジャヤカラタ中央駅だ。奥にもいくつもホームがあるのが分かり、おそらく10は超えるだろう。
(この画像はイメージです)
特長としては、ガラス張りの天井が高い位置にあり、開放感がある駅だということだ。ホームには柱もなく、床は木のような素材で温かみを感じるが、それでいてものすごく現代的な駅であった。
ホーム上には木が植えられており、フルスクリーン式ホームドアの電光掲示板には映像広告と案内が表示されていた。
(この画像はイメージです)
「これは……感激だ……」
ヒロはあまりの感動についに口に出したが、それは駅の都会的な喧騒にかき消された。
階段を下りて、現代的なコンコースを通り抜けて、目的地に行くための乗り換え路線を目指す。
事前に教えられた通りに曲がったり登ったり降りたりしながらまるで迷路のような構内を歩くと……
「あれ、ここさっきと同じ場所だ……」
迷ってしまった。どうしようか……
。oO(仕方ない、向こうのインフォメーションセンターで聞いてみるしかないな……)
カウンターではマウサナ式スーツを着たマウサナ人が携帯をいじっていた。
「失礼します」
「ん？何？」
。oO(睨まれた？いや、違うな、気の所為か……)
「実は迷ってしまって……」
するとマウサナ人は可憐な笑顔を見せると、言った。
「あぁ〜、この駅、マウサナじゃ1番複雑だから迷う人結構多いんですよね〜。それで、どこに行きたいですか？」
「このサルール線、というのに乗りたいんですが……」
「ああそれなら、あそこの角を左に曲がって突き当たりを右、そして1番手前の、オレンジっぽいラインの付いた階段を上がるんですよ」
「すごいですね、この複雑な駅の構造を覚えてるんですか？」
「まあもう何年も働いてるし。流石に細かいとこまでは覚えてないけど、大体は分かりますよ。」
「なるほど」
「ところであなたはどこから来たんですか？」
「実は、ラピタ王国から……」
「おお！ラピタ人の方は初めて見ました。なんか意外と普通ですね、あっごめんなさい、つい…」
「まあそう思うのも無理もないでしょう。」
「わはは。じゃあ、どうか良いマウサナ滞在を〜」
インフォメーションの人の案内通りに進むと、確かに目当てのサルール線のホームにたどり着くことが出来た。
サルール線のホームは地下にあるらしく、これまでの開放的な駅とは違って、天井もさほど高くない、むしろ閉鎖的な印象を受ける駅であった。
そこから電車に乗って10分くらい、目的の駅で降りたが、ここも閉鎖的ではあったが内装は新しいようだ。
「おお、これは……」
(この画像はイメージです)
地上に出ると、既に日は沈みそうで、街並みはキラキラと輝いていた。大通りには大量の広告が並べられ、夜になると色とりどりに発光し、夜でも昼のように明るい。
「さて、目的地のホテルは……」
ヒロは喧騒にかき消され、聞かれることの無い独り言を言った。実は本日は到着は夕方であったため、本格的に動き始めるのは明日からなのだ。
しかし、思わぬ障害が彼を止めた。そしてその障害は彼自身の身体から発せられたシグナルだった。
「どうやら腹が減ってきたようだ……」
光輝く看板。これがレファルのような純粋な社会主義国ならば、『極めて資本主義的で反吐が出る』と形容するであろう。
しかし実態は、その中に多少はプロパガンダが混ざっている。極めて社会主義国的な手法だが、これは悪いこととも言えない。何故なら資本主義側も一概には善とは言えないし、社会主義側も一概には悪とは言えないからだ。どちらも一長一短。
『2+2＝82』『一人はみんなのために、みんなは1人のために』『質素倹約しつつ楽しんで生きよう』『人民の結束と愛と平和こそが国を豊かにする』『情熱を持って働こう』『善人であれ』
このようなプロパガンダが時折目に入ってくる。このようにマウサネシアは中途半端な国だ。だが、そこが興味深いし、私が惚れた国だ。
広告の3分の1程は、おそらくいかがわしいお店の広告だろう。中で何が行われているのかは詳しくは分からないが、この国の水商売が如何に巨大な産業なのかがよく分かる。
そして残りの半分以上の広告は雑多な内容で、商品の宣伝、居酒屋の看板、ネットカフェの看板、その他諸々の看板だ。
「ユエの店……」
目に止まった看板は、『ユエ』というマウサネシアの伝統的な麺料理の店の看板だった。 早速入ってみる。
「へいらっしゃい！」
「注文は何にしますか？」
「えーっと……」
入るなりいきなり、大柄な黒人男性の店員に聞かれたので驚いた。
「オススメはやっぱりこのスタンダードなユエですよ。ああ急かすわけじゃねえんだ、安心してください」
その男性は愛想良く笑ったので、こちらも安心した。
「いえ、大丈夫です。初めてなんで、じゃあそれを、あと自分、このカードにある通り外国人なんですけど、大丈夫ですか？」
マウサネシアでは外国人観光客は飲食店などでも代金を払わなくてはならないが、このカードは政府に招かれた外国人を示しているため無料で食べることができるのだ。
「ああ、そのカードを持ってきてるなら平気ですよ。パクチーは平気ですかい？」
「パクチー？ええと……」
「ああ、パクチーが嫌いな人もたまに居るから、この店では事前に聞いてるんですよ。どうします？」
「じゃあ、少なめで」
「了解です！」
テーブルに案内されたので、無料サービスのお水を少し飲んで待つことにした。
。oO(そうか、マウサネシアの飲食店では水は基本タダなんだったな……全くこんな綺麗な水が無料とは、すごい国だな。それにあの黒人の店員……)
黒人の店員は楽しそうに働いていた。目はちゃんと生きていたのであれは洗脳とは思えない。自らの意思なのだ。
。oO(聞いていたが、まさか本当に人種や種族の壁が無いとはな……カーリスト諸国ではまだ壁が残っているのに、ここはすごい国だ……)
「はいお待ちどおさま！」
「お、ありがとう」
思考中に突然来たので少し驚いてしまったが、まあ良いだろう。目の前のユエは美味しそうだ。
。oO(しかし、やっぱり奇妙な匂いだ……これがパクチーか……)
試しに少し食べてみたが、悪い予想の通り、やはりパクチーとやらは慣れない味で、正直苦手かもしれない。恥ずかしいが少なめにして良かった。全部先に流し込んでしまおう。
パクチーを優先的に流し込むと、麺の味を堪能する。おそらく鳥の出汁だろうが、これが麺と合っていてとても美味しい。
スープと、米から作られた麺と、野菜とエビ。これらは絶妙なバランスで互いが互いを引き立てている。まさにマウサネシアの国家の有りようを体現したかのようだ。
「うまいな……」
思わず声に出るほどだ。私はラピタ王国では決して体験出来なかった美味しさに、気が付くと食べ終わって満腹していた。
「それじゃ、またの利用を待ってますよ！」
「ご馳走様でした〜」
私は非常に満足して店を出た。早速目的地のホテルへの歩みを再開しよう。しかしその矢先のことだった。
「───！───！！」
聞きなれない外国語の怒鳴り声、しかしこの言語を私は知っているし、理解出来る。デニエスタ語だ。
見ると、何かにイラついている白人男性の若者と、それに対応しようとしている屋台のマウサナ人店員が居た。
「わはは、ヤー、オーケーラー？、シッチベルヒーゲン、シッチベルヒーゲン、ラー？」
こんな状況なのにマウサナ人店員の方はへらへら笑いながら適当なことを言っている。おそらくデニエスタ語は殆ど分からないのだろう。
「Warum verstehst du nicht, wovon ich rede!」
『すいません、どうされましたか？』
私はデニエスタ語の知識を総動員して彼に話しかけた。
『こいつ俺が何言ってるのか理解しないし、態度も悪いんだよ！』
『ここはマウサネシアですよ。デニエスタ語で注文したいなら、空港でどうぞ。』
『チッ。サービス悪いんだよ、お前らの国はよ』
そう言ってデニエスタ語を話す若者は去っていった。まったく、外国で変なことすると祖国に傷を付ける結果になることすら理解できない奴がいるとは。
「あ、あの」
「どうしました？」
「いや、ありがとうございます、困ってたところを助けてもらって……」
「いえいえ、そっちは大丈夫ですか？」
「ええ。私は大学生なのに、初めてのことに動揺してしまい、恥ずかしい所を見せてしまいました……」
「恥ずかしくありませんよ、ここはマウサネシアですから。」
「私はソスマー・ミンリンワットです。せめて、あなたの名前は覚えます。」
「ヒロです。では、私はこれにて。」
マウサナ人店員と軽くお辞儀を交わして別れを告げると、私は考えながらホテルへの歩みを進めた。
。oO(あのマウサナ人、中等課程までは満了しているはずだ。なのにデニエスタ語は全然出来ないのか。この国の教育は少し不安だな……)
私が不安になるのも無理もない。ラピタ王国を遥かに教育水準で上回るはずのマウサネシアの国民の多くが、国際共通語たるデニエスタ語を全く話せないというのは、この国の教育に何らかの問題がある。
しかし、ある言葉を思い出した。
「母国語で満足に勉強出来るということは、とても幸せなことよ」
リリィ殿下の言葉だ。
。oO(そうか、やっとわかったぞ、その言葉の意味が！)
つまり、マウサネシアでは外国語が全く出来なくても、母国語だけで満足に勉強できる国、ということなのだ。
そうだ、それこそがマウサネシアの強さの秘訣の新たな一つであろう。また、マウサネシアの強さを見つけた。
ラピタ王国はそうでは無い。実際、マウサネシアに派遣された私の存在がそれを証明している。
そして私に出来ることは、ラピタ王国を強くすること。これから様々な事を学んで、少しでも祖国に貢献しよう。私は再び心に誓った。
ホテルの建物は、これまた実に在り来りな外見だった。格子状のコンクリートと、その間にはめ込まれたガラス。高さは100mは超えているだろう。
ロビーに入ったが、そこは洋風の豪華さなどは無かった。代わりに、マウサナ風の装飾が申し訳程度にあるくらいで、見た目よりも効率が重視されていた。
もし外国人が見たら、「品が無い」と馬鹿にするかもしれないが、ここにマウサネシアの性格が出ていると私は考える。
つまり大事なのは見た目ではない、中身なのだ。マウサナ人は皆同じような見た目であるが、そこには強い個性があるのと同じである。
色の付いた人種だろうと差別されない、種族でさえも差別の理由にはならないというのは、マウサネシアのこういった思想が間違いなく関係している。
ラピタ王国が今後発展していくためには、このマウサネシアのような『多様性を受け入れる価値観』こそが重要であると、ヒロは学んだのである。
「ご予約のヒロさんですね。待ってました。ではこの鍵をどうぞ」
チェックインを済ませてエレベーターに乗り、自分の予約した個室に向かう。
受け取った鍵は、鍵の他にもホテルの名前が書かれたプラスチック製の四角い棒がついていた(要するに、旅館とかで受け取る鍵みたいなもの)
「マウサネシアのホテルに泊まるのは初めてだが、本で見たホテルとは全然違うな……」
部屋の入口には靴を脱ぐスペースがあり、それより奥は板間と畳の部屋からなり、襖によって部屋が仕切られている。つまり旅館のような内装なのだ。
「もっと、ベッドとか置いてあるものかと思ったが、まあこれはこれで良いか……」
ヒロは入浴することにした。ラピタでは温泉があったが、ここでは温泉が各部屋にある、まあ機械で沸かした湯なのだろうが。
「ここでは1人で風呂に入るのか……新鮮だな」
というのもラピタでは混浴が当たり前であり、個人用の風呂など王族にしか出来ないような贅沢なのである。
所詮は1晩借りた部屋の小さな風呂だが、それでもヒロは贅沢をしているような感覚がした。
「だが、これが毎日続くというのも、孤独かもしれないな……」
そう考えるとヒロは多少の不安感に襲われた。しかし、それよりもまだ大部分を知らないマウサネシアという国への好奇心の方が上回った。
「今日はもう寝よう」
ヒロは風呂を出て服を着ると、もう寝ることにした。何故なら風呂の中で思索にふけっていると、眠くなってきたからである。
「えーと、この分厚い布を敷いてその上に寝るのか……」
こうしてヒロの多忙な一日は終わった。マウサネシアに訪問してから最初の日が終わったのである。
明日もまた忙しい一日が待っている。そして翌朝に彼はある問題を知ることになるのだった……
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