ラピタ王国飛行場建設計画！
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otonjji256 2022年06月15日(水) 19:36:18履歴
「ん…んんーっ」
聖暦1992年7月初旬。ラピタ王国宮廷書記官長リリィ・ティナ・ポマレ王女は、書記官府の仮眠室で幾度目かの朝を迎えた。既に日は完全に上り、辺りは朝の光と顔を出しつつある蒸し暑さに包まれている。
「おはようございます、王女様」
「…おはよう、クリス。朝ごはんはできてる？」
「はい、出来ていますよ」
ゆるい寝巻き姿でベッドから降りると、彼女は自身の補佐役兼護衛のクリス・オウムアムアを側へ呼び、簡単な朝食を運ばせた。メニューはタロイモのポイに外国風の目玉焼き、そして王国産のマンゴーをカットしたもので、ここのところほぼ毎日続いているメニューだった。
「いただきます…」
眠たげな瞳を擦りつつ朝食に手をつけ、もさもさと食べ始めると、クリスが傍で書類を改めつつ話しかけてくる。
「本日のお仕事は…」
「何だったかしら…ああ、そう。『飛行場』と言うのを作るからその用地選定について行くのだったかしらね」
「はい、それから今日のお仕事が終わったら三日間の休暇がございます」
「お休み？わたしは申請していないけど」
「王様直々のご命令です。偶には宮殿に戻って休め、とのこと」
「勅命なら仕方ないわね」
そうこうしているうちに食事が終わると、リリィは立ち上がって隣室へ行き、寝巻きから仕事着に着替える。刺繍の入った白い伝統的な襟付きチュニック、王家の証である深紅のマント。左の腰には複雑な装飾がされた儀礼刀を提げて、マントを王家の紋章が刻まれた金ボタンを使って右肩で留める。
あとは手水で顔を洗い、白い長髪を軽く整えれば、普段の通りだ。書記官長にして長老院議員、最高神官の一人にして外交の総責任者たるリリィ王女殿下がそこに立っている。
「で、その視察とやらはいつから始まるのだったかしら」
「いつ、いつ…ああ、時間のことですか」
「そうよ」
「ええと…朝の8時30分に、タアロア港で技術者団を出迎え、9時30分に乗合馬車で候補地へ向かう…」
「今の時間は…」
リリィがクリスの報告に合わせて時計を開く。そこには…
「9時15分」
「…遅い！！」
誰かが呟いた。通訳を介さない純然たる母国語の声であったが、周りの人間達は通訳無しでその意図を完璧に諒解した。
ソビエト、マウサネシア、ベルカ、スカセバリアル…場所も違えば文化も人種も異なるこの奇妙な連れ合いは、何しろ南方のじめりとした気候の中で延々と待ちぼうけを喰らっているのだ。
「国王陛下に次いで貴きお方がお見えになる」、と言うからわざわざ宿舎を出て正装し、こうして待っていると言うのに、その貴いお方というのはよほど時間にルーズであるらしく、午前9時を回っても姿を見せる気配が無い。
「一体いつになったらその方は現れるのか」
酷く不機嫌そうに、レヴァン・セイドベコフは吐き捨てた。このソビエト出身の痩身の男は、かつてはその才能だけで地方党委員会委員にまで上り詰めた生粋のテクノクラートであり、社会主義労働英雄、労働赤旗勲章など、国家から受けた勲章や栄誉は一ダースに余る。
まさしくソビエト最高峰の建築技術者である彼をここまで待たせたのは、たった一人祖国の最高指導者閣下だけだ。南の果ての辺鄙な小国の国王代理ごときが、と心の中でぐつぐつと不満が煮えたぎっている。
「仕方ありません、これがこの王国の風習らしいですから」
処置無し、と言った様子で首を振る若い男は、スカセバリアル条約機構から派遣された技術者団のリーダー、ギイ・パルムラン氏である。29歳の若さで出身国の新議会議事堂設計コンペティション最優秀賞を得た彼は、セイドベコフと同じ様に、とある命令を受けてこの国に派遣されてきた。
「風習？一体何だね。わざわざ自国の発展に尽くす人間を、この暑い折に放置するのがこの王国の礼儀とでも？」
「違いますよセイドベコフ先生。うちの学会によれば、元来この国には時計というものは無く、人々は日の出、正午、日の入りといった漠然とした時間感覚しか持ち合わせていないのです」
「何？」
「彼らの習慣では、日の出と共に起き出して働き、正午頃に幾らか休み、また日の入りまで働く。電気のような灯りは無いので、夜になれば真っ暗。一部の夜なべを除いてそうなれば寝てしまう。この位なのですよ」
「まさか！それは野蛮…いや違う、それは古い民衆の習慣で、文明化された貴族達はまさか違うだろう？」
「いいえ。残念ながら、この国に存在する時計は懐中時計まで含めて10個に足りません。ですから、王国議会まで含めてこの国の国民は9割9分…言うなれば『ラピタ時間』に従って生きているわけですよ」
「な、んという国だ…！」
半ば絶望的な表情で埋めくセイドベコフとは対照的に、パルムランは苦笑いをして水筒の中身を飲む。未だ若々しい彼に比べて、初老の域に達したセイドベコフは些か体力的に辛いところなのだろう。
「まあまあセイドベコフさん。間も無く先方もお出でになるでしょう。ねぇ、ファン先生？」
「…感心はできないが」
セイドベコフを宥めたのは巌のような黒人の男であるンヮツネ・厶ルジバ氏、他方彼の言葉に対して冷然と返したのはファン・ホー博士。前者はマウサネシア連邦共和国航空省に務める上級技巧官、後者はベルカ連邦から派遣された航空管制の専門家である。
「それにしたって遅すぎますよ！約束の時間からもう40分も過ぎています！」
「レセット君の言う通りだ。だが、我々はあくまでもここで仕事を受注させていただく立場だぞ！そうピリピリしてはならない！」
がっはっは、という豪放なムルジバの笑い声に対し、マウサネシア建設省交通建設管理局航空部所属の技術者、ハルネー・レセットは可憐な頬を膨らませて不満の意を表する。
彼女（正確な表現ではないが）は、新婚の報告を実家にした後、甘い夢もそこそこに未知の国へと赴任を強いられたのだ。礼を尽くして迎えてくれるならともかくとして、この様な待ちぼうけを喰らうのでは、気分の良いはずは無い。
「…時間にルーズであることは、我が国では最悪の悪徳とされる…。…ラピタ人は幸せだ」
地の底から響くような声でファン博士は独り言を呟く。この暑さの中でも髪の毛をしっかりとオールバックに整えたこの男は、「歩く連邦憲法」とあだ名されるほどの謹厳実直、遵法精神の具現という人間であり、自他共に認める「仕事人間」であった。
そんな彼にとって今の状況は、怒りを通り越して呆れ、いやそれさえも急行の如く過ぎ去ってもはや諦念の域である。いっそ日暮れまで相手が来ない方が清々しい。そうとさえ思っていた。
かくして、それぞれの面々が異なる面持ち、異なる心情でとある一人の人物を待っていると…
「『遅れて申し訳ありません！』」
非の打ち所がないデニエスタ語で、鈴の転がる様な女性の声がした。
「…あなたは！」
「『ラピタ王国宮廷書記官長兼、臨時外交局長並びにムルロア首長たるリリウオカラニ・ティナ・ポマレ！只今飛行場合同建設委員会の担当者として、参上いたしました！』」
額に汗を浮かべつつ、白髪の彼女は快活な笑みを浮かべてそう言った。
「ムルロア王女リリウオカラニ殿下…では、貴女があの高名なリリィ王女でいらっしゃいますか」
「ご存知とは、光栄です」
パルムランが感嘆の声と共にリリィに握手を求め手を差し出す。他方彼女も気さくにこれを受け、パルムランの母国語で挨拶を返した。
「聡明なるムルロア王女殿下におかれましては、誠にご機嫌麗しゅう…」
「いえいえ！その様にかしこまらなくても構いません。リリィ、と気さくに呼んで下さい。首長とはいえ、形式上の称号というだけで、実際に土地を治めているのではありませんから」
次いで彼女はセイドベコフ、ファン、ムルジバ、レセットの順で握手をしていったが、驚くべきことにほぼ完璧な、「一人一人の母国語」で言葉を交わして行った。その言葉遣いは、細かい発音の訛りや文法のミスはあれど、聞き苦しい点は殆ど無く外交官としては申し分無い。
寧ろ彼らは、自身のラピタ語能力や第二第三外国語の能力を振り返って多少ばつの悪い感情を抱いた。何しろ、散々自らを待たせた相手が、無能でないどころか、若々しく見事な能力を備えた俊英の王女だったのだから。
「失礼ですが、王女殿下はお幾つでいらっしゃいますか」
「今年22になります。この国ではもう年増女の部類でしょうが」
「ははぁ…」
パルムランは二つの意味を持ったため息をついた。若さに似合わぬ有能さへの感嘆と、年に似合わぬ天真爛漫さへの驚きである。
「皆様、今日は遅れて本当に申し訳ありませんでした。お暑い中大変だったでしょう。それでは早速、馬車で候補地へ向かいましょう！」
リリィは恭しく頭を下げ、建設委員達を乗合馬車へ誘導した。馬車へ乗り込む時、セイドベコフは心中忌々しいと思いながらも、こうして会ってみれば意外に好感の持てる王女様だ、と思ったが、程なくしてそれに気が付き、憮然とした驚きと共に席に座り込んだのだった。
さて、委員会は王女よりもさらに5分遅刻してきた通訳のケルチットと言う名前のマウサナ人通訳を加え、覆付きの四輪馬車に乗って王宮へ向かい始めた。馬車の中に乗っているのは、それぞれ四ヶ国の技術者団の代表者と通訳合わせて六人に、リリィとその付き人クリスを入れた計八人だ。無論飛行場建設委員の技術者達はまだまだ多く居るが、彼らの大半は予めピックアップした候補地にキャンプを設営している為出払っている。慣れぬ環境で体調を崩していないか、心配の種であった。
馬車は外国人居住区から南へ向けて緩やかに道路を進む。片やの方角を見れば、小さく古びてはいるが壮麗で趣深い王宮の建物、もう片方を見れば植物の葉を乾燥させた屋根の下に、壁も無く柱を四隅に立てただけの簡素な住居が見える。その差はとても同じ国の建物とは思えない。
「…可哀想な人々…」
「しっ！ダメです、レセットさん！」
レセットの口から自然にこぼれた言葉を、ケルチットが制止する。地理的な要因に加え、開国の経緯からマウサネシアの人々は、この中でも一際ラピタ王国の国民に対して強い感情を抱いている。…同情と憐憫の感情である。
この後進国というより未接触部族に近い王国に対して、委員会のメンバーは大小の差こそあれ同情心を抱いていたが、特にマウサナ人は住環境が比較的近しいこともあり特に同情心が大きい。
何しろ祖国の新聞でタアロアの写真が報じられた時、その見出しは、
「衝撃！『雨宿り小屋』並ぶ首都！」
だったのだから…。
とにかく、そうした感情を持つマウサナ人、その中でも実際にその暮らしを目の当たりにしているレセットは、抑えねばと思っても口に出さずにはいられなかった。なんと可哀想な国民であろうか、と。
「（けっ、好き放題言ってくれちゃって）」
「（抑えろ、クリス）」
尤もそうした感覚はこの二人には筒抜けである。元より言葉がわかるリリィと、彼女と共に学んだクリス。後者であっても基礎的なマウサネシア語位は理解できるのだ。
そして、そうした憐憫の感情に接する度にクリスの心は不快感に襲われる。
「（この国がこうなのは、貧しいからではなく『必要が無い』からだ。外国流の豊かさも、洗練さもこの国には要らぬ。この国にはこの国の豊かさと洗練があるのだ）」
彼が内心に抱く郷土への愛着と誇りは、恐らくはリリィに勝るとも劣らぬほどであろう。いや、柔軟性を欠く分彼女よりも強いと言えるかもしれない。
「（解らぬ者には言わせておけ）」
そうした心持ちを明敏に察している彼女は、目で親友に呼びかけた。マウサネシアだけではない、ソビエト、チューイー、スカセバリアル…生馬の目を抜く様な外交の矢面に立ってきた彼女は、とっくのとうにそうした思いを封印する精神上の術を心得ている。国際政治の荒波は彼女から幼さや純粋さを奪うと共に、強かさと多少の狡猾さの種を蒔いた。
…各々の思いを載せつつ、馬車は都を出る。「雨宿り小屋」建ち並ぶ大路を越えて、馬車は大門を潜り、遙かなる原野へと歩き出した。
まず馬車は都を出ると、外国の時間にして約30分ほどのろのろと歩き、とある街道沿いのキャンプに辿り着いた。
「ここは？」
「ここが候補地�，任后Ｅ圓罰稿擦膨�近く、平野が辺りに広がる良い場所ですよ。但し…」
リリィがいい終わる前に、セイドベコフとパルムランが客車から飛び降りる。すると、パシャリという音と共に泥水がはね、彼らは顔を顰めた。
「…但し、異様に水捌けが悪いんですね。ここ」
「地形の影響だろうか…」
「土が悪いのかも」
「その辺りキャンプの人に説明してもらいましょうか」
リリィと技術者達がキャンプで話をしているのを尻目に、クリスは場を離れて湿り気を帯びた土を踏み、手近な丘の上に登った。辺りには灰色の雲が垂れ込めていて、遥か先には同じ色の波打つ海原が望める。さらに向こう側には、マタバイ湾を囲む半島の影が霧の中にぼんやりと浮かび、三角帆の木造船がそこを目指して消えていく。
「都の方角は…」
彼が方角を変えると、北の方に都の土塁と城壁、その中に満ちる家々が視界に入る。なるほど、確かにここは都に程近く拠点としては適した場所のようだった。
「ふーむ…」
「書記官長補佐殿！どうかなさいましたか」
溌剌とした声に振り向くと、そこには質素な金属の鎧を身につけ、山刀と拳銃で武装した若い兵士が立っていた。火縄銃ではなく自動拳銃を持っているということは、恐らく王室親衛隊の所属だろう。
「君は？」
「私はチャールズ・ナーヴァヒー隊長であります。飛行場建設委員会の技術者の方々を護衛せよと、司令官閣下よりご命令を受けました」
「ナーヴァヒー…ああ、タアロア知事のナーヴァヒー殿のご子息か。君は」
「はい！父の縁故により、親衛隊総司令のジョナ・クヒオ・ポマレ王子殿下に見出され、この様な栄職を相勤めさせていただくこととなりました！」
ジョナ王子か。何事も古風を好む二番目の王弟を思い浮かべ、クリスは少々苦笑いした。今時鎧を身につけた軍隊などどこの国にいるだろうか。
「ありがとう。それで、どんな作業をしているんだい？」
「目下のところは、キャンプの測量士達の指示のもと、奴隷共を使って整地や設計の為の情報収集をやらせています！」
「奴隷、奴隷…そうか。分かった」
「何か？」
「いいや、なんでもない。それよりも、奴隷達にはきちんと食事や休養をやっているか？」
「はい！当代の王様は慈悲深くあらせられます故、奴隷共は最も良い暮らしを謳歌しております！」
「良い暮らし、か」
奴隷階級。世界においてほとんど消滅したとされる人々。しかし、この国においては未だに残っている。世襲的身分として、或いは刑罰として。
「（何とまあ皮肉な。己で身を立てねばならぬ庶民と、衣食は保証される奴隷と。今の世はどちらが生き易いものか）」
絶えず廃止の圧力に晒されているこの階級が王国から消える日は果たして来るのか。そんな取り止めもないことをクリスは思った。
それから少しして、クリスがキャンプの方に戻ってくると、タイミングが偶然合ったのか、リリィと技術者達が連れ立って天幕から出て来た。
「いかがでしたか」
「ダメダメ。ここは水捌けが悪すぎるわ。飛行機が滑って爆発する」
「あら」
「だから、これから第二候補地まで行くわよ」
「分かりました」
そう言ってリリィは技術者達ともどもまた馬車に乗り込み、出発の号令を下した。今度は前と後ろを護衛役として同伴する王室親衛隊の兵士達が固め、先導と警戒を兼ねる。
「ふぅ…」
「何かありましたか？」
「いんや、ちぃとばかしめんどぉなこといわれてもうてな、こりゃ参ったもんじゃ思うとるところや」
「ヘッタクソな方言ですね」
「じゃからしゃあぼけ。自分、わしの言うことわからんゆうて付き合い長い意味がなかろうがい。察せやボケ」
口が悪くチグハグな方言で話しかけられた彼は、漸く彼女の言わんとすることを察した。標準語で喋って内容を悟られたくない、だから訛りのきつい言葉遣いで内容をぼかせということだ。
「ほうですか、そりゃまたえろうすんませんでした。ほいで、なんぞ面倒なお話ですか？」
「ほうじゃ。…あんの、この建設地、下の輩使うとるやろ」
「キャゥヴァぬこつですかえ」
「んだ。ありゃ向こうの言葉ぬやくしゃ、どれ、いうてえろう憎まれとん。こん国ゃおくれとるちいうんは勝手ぞ、じゃけんど、けだもぬん国とでもおもわれっち、コキにもやくたたんで」
「ほうですけ。せやたら、よるんばはなししましょかね」
「そうせいそうせい」
と、二人で短時間のうちに途轍もなく聞き苦しく、明らかにチグハグな方言の振りで今後の方策をまとめると、リリィは一度クリスから離れ、技術者達の方に目を向けた。
「何か、お話中でしたかな」
「いいえ、セイドベコフさん。今しがた片付いたところです。ところで、その…履き物が…」
「あ、ああ…確かにこれは残念ですが。仕事ですので」
「必要があれば、スカセバリアルの高級品を贈呈しますよ。もちろん工業ではなく、職人お手製の」
「まず、こうしたフィールドワークにスーツ姿でいらっしゃるのが少々そぐいませんな！」
「…真面目なのは美徳でしょうが、折りに合わせることも…大切でしょうな…」
ははは、というごく軽い笑い声が響く。だが、その中でもリリィは、老練な鷲の如き表情を崩すことは無かった。
結果から言ってしまえば、第二候補地も空振りであった。というのは、この場所は水捌けも都へのアクセスも良く、安定して滑走路をとれる良い土地ではあったのだが、決まりかけの土壇場でリリィがとんでもないことに気がつき、ご破算となってしまったのである。
「…まさかまさか、『入会地』だったとは」
「というか、この世界にまだそんなものが残っていたとは驚きですよ」
「いいえ！共有の思想は多分に私たちの理想と絡みますから、いいのではないですか！」
「レセット君の情熱が羨ましいな」
実は第二候補地の街道を行ったすぐそこには、高地の民と低地の民が共同で使用する昔からの水場が有り、同時にそこは二つの勢力による交易の拠点にもなっていた。
山岳地に住む人々は相変わらず外国に対する警戒心が非常に強い上、工事によって入会地が使用できなくなれば暴発しかねない。その点を鑑みると、如何に良い土地と言っても建設は諦めるしかなかった。
「いやあ、にしたところで。2,000メートルにも満たない滑走路の飛行場作るのに、まさかこんなにも苦労を払うとは思いませんでした」
「こら、レセット君。口を慎みたまえ」
「あっ、すみません…」
元々この国に飛行場を作る意思は殆ど無かった。リリィは飛行場建設について、是が非かで紛糾した議会をうっすらと思い浮かべた。
本格的な大規模空港を建設すべきだと強硬に主張する摂政と、神聖な国土に傷をつける気かと断固反対する親衛隊司令官。或いは、王宮を遥か天空から見下すような不敬な乗り物を国に入れること自体あってはならない、と言い出す者もいた。
民衆院から回付されてきた建設案について、彼女は当初財政的不安から反対票を投じた。1000メートルに満たない小さなものならともかくとして、さして利益を産むとも思えないのに大規模な空港を整備するのは、外貨や金貨の備蓄に不安のあるこの国では無謀であると考えたからだ。
尤も、その辺りの大部分をODA、そして自己負担分もチューイーと共同の石油産業によって分割ながら賄う目処が立つと柔軟にー悪く言えば無節操にー賛成票を投じたわけだが。
「（我ながらどうも、手段と目的の逆転が起きてる気がしてならないけどね）」
飛行場が出来次第引き渡されることになっている、スカセバリアル製の飛行艇。ある意味それを使うためだけに作っているのかも知れない、と彼女は思っていた。
「すみませんね、御料地とはいえ王様のお許しが無ければそう簡単に好き放題にはできないんですよ」
「いえいえ、こちらこそ同僚が失礼なことを申しました。貴国の国王陛下には、私共の活動へのご理解と卓越したご協力を賜りまして、いつも感謝しております」
様々な面で揉めに揉めた飛行場の建設計画が始動したのは、実のところ極めて単純な話で、議会において審議にかけられていたこの提案書をリリィが父親への個人的な相談として持ちかけたところ、
「よいではないか」
と一言貰ったからに過ぎない。後に摂政であるジョアシャン王子が議会の代表として正式に内奏を行った際にも、全く変わらぬ調子で、
「摂政の良き様に」
とあくまで個人的にだが裁可を与えた。これによって忽ち議会の反対派は沈黙し、規模を多少小規模に修正しつつも、飛行場建設計画は全会一致で議会を通過したのである。
そうした政治的内幕を重々承知している建設委員会の外国人達は、この古き王国において如何に国王が未だ権力を持っているかを改めて知った。憲法によって多少の制限が掛けられているとはいえ、忖度や遠慮の連鎖によってその意思は実質無修正のまま国政に反映される。
この絶大な権力を保持しているのは、今のところ優れた理解と温厚な性格の紳士であるが、これが仮に野心と猛り狂わんばかりの情熱に満ちた者が手にしたらどうなるか。彼らにとって一番の関心ごとは、国王が手を出さないか、さもなくば利益の如何を明敏に判断してくれるかどうかであった。
閑話休題。その様な事情を最も聡く理解しているこの黒人技術者は、豪放磊落を装いつつも同僚の発言に気を配り、絶えず技術者達の振る舞いが国王や王族の勘に障らないように心を砕いてきた。
ーある意味、この飛行場建設の最大の功労者は、彼であったかもしれない。
と、この様な仕儀で彼らはあちこちを長閑な馬車で巡る羽目になった。
第三候補地、第四候補地…この様にただ茫漠たる平野をぐるぐると馬車は巡り続け、最後の候補地に辿り着いた時には、既に辺りは明り一つない真っ暗な闇に包まれていた。
同日、午後11時30分頃。候補地本部天幕。
「たった今見回り終わりました」
「お帰りなさい」
「まだ起きてたんですか！？」
しとしとと雨が降る夜から流れてきたクリスは、未だランプの灯りを頼りに机で仕事を続けるリリィを見出した。普段ならばもうとっくに眠っているはずの時間にも関わらず、精力的に彼女は政務を処理し、外交に関する様々な煩雑な問題を決裁し続けていたのだ。
「見ての通りよ。問題は飛行場の話だけじゃない。石油採掘施設建設、他の国の大使館建設の用地確保…まあ、他にもまだまだあるのよ」
辟易した様子で彼女はため息を吐き、髪をかき上げる。その時彼女の腕に小さな傷があるのをクリスは見逃さなかった。
「リリィ様、その腕の傷は？」
「あぁ、これ？あなたが離れてる間に襲われたの。尤も、あんまり腕のいい輩ではなかったけどね」
「誰にですか！？」
カッとなって詰め寄る彼に対し、彼女はどうどうと抑えながらごく簡単に事情を説明する。よく分からない開国反対派の人間が技術者達に殴りかかったこと、剰え自分にも牙を剥こうとしたからついのしてしまったこと。しかし、それを聞いた彼は却って顔を赤くし、分からず屋というだけでなく、神聖な王族に対しても危害を加えようとする「逆賊」に激昂してやまなかった。
「奴ら、頭がおかしいのか！今のこの国の状況を全く理解してないんだ！」
「うーん、彼ら単独の犯行とも思えないのだけどね」
「黒幕がいるんですか！？」
「落ち着きなさいってば。はっきり言えば、こんなこと予想の範疇でしょ？王族の中にだって、露骨にわたしや1番目の叔父様に敵意を向ける人がいる。2番目の叔父様、1番目のお兄様、他にも沢山。むしろ刃物や銃を手にして殺しに来なかっただけマシな部類よ」
リリィは相変わらず超然とした様子で笑っているが、クリスにしてみれば笑い事でもなんでもない。護衛が唐突に強化されたことには納得がいったが、今度はどうして今まで秘密にしていたのかと別種の怒りが湧いてくる。
「………」
「…まあ、悪かったわ。何しろ今まで、技術者様達の相手をしていて疲れていたの。クリスだって、広い候補地の見回りをしていてヘトヘトだったでしょう？」
「それとこれとは…話が違います」
「それにね、あなたも知ってる様にわたしはっ…！ゲホ、コホ、カハッ…」
「リリィ様！」
唐突に咳を繰り返し、彼女はハンカチを口に当てて腰を曲げる。そして、一通り治ったところでまた立ち上がるが、真っ白だったハンカチには明らかに赤い点がポツポツとついていた。
「大丈夫ですか！？どこかお身体が…！」
「大事無い。少し働き過ぎただけよ…。そうね、この仕事が片付いたら、お休みを頂いてお医者様に診てもらって…その後は…静かな場所でゆっくり療養しましょうか」
「…是非とも、そうなさって下さい。差し出たことかも知れませんが、私からも王様にお願い申し上げます」
その様なやり取りの後、リリィは2、3の雑事を片づけ、既に整えてあったベッドに横になろうとする。すると、
「何かしら？外が少し騒がしい様だけど」
「見てきましょうか」
「わたしも行くわ」
二人して外に出ると、雨は既に上がっていて、そこには寝たはずの技術者達と付き添いの兵士達が立っていた。
「あや、王女殿下。起こしてしまいましたか？」
「パルムランさん。何事ですか」
「いやいや、実はですね…」
恥ずかしげに笑いながら、彼は上を指差す。すると、そこには遥かな天の川を中心にした、満天の星空が広がっていた。
「こんな星空、我々の故郷では中々見ることができません。街全体が明るく、そして空気も汚れていますから」
「…目を悪くした私でも、二等星や三等星を見通せる。死ぬるまでに…この様な星空にお目にかかれるとは」
「凄いな…！あれが南十字星というものか」
「わぁ…！」
それぞれがそれぞれの憧れを胸に、星空に見惚れている。その様子は、今まで外国人はあらゆる面でこの国よりも勝っているのではないか、そんな漠然としたコンプレックスを抱いていたクリスの心を大きく動かした。
「そうか、そういうことだったのですね」
「？」
「…恥ずかしながら、今まで私は、この国は世界に比べてあらゆる所で劣っているのだと。…どこかでそう思っていました。でも」
「それは間違いだった。そう言いたいんでしょ？」
「ええ」
不敵に笑うリリィと視線を交わすと、彼はどこか可笑そうに笑う。そう言えば、彼女はそうだった。そんな人間だった。こちらがあれこれと悩んでいる間にも、天真爛漫な笑顔と大胆不敵な好奇心を引っ提げて、どこまでも遠くまで飛んで行ってしまう。
「…あの四つの星は、それぞれが王国本土の4つの島を象徴する星であると同時に、私たちを導く祖先の魂。かつて万里の海を渡った人々が、標として見出した智慧の光。それが見えるこの場所は、もしかしたら…」
「王女殿下？」
「ああ、いえ。そうですね…この場所、この場所が飛行場建設には向いてるかも知れない、そう漠然とですが思っただけです」
「ふむ…なるほど。確かにこの場所は水捌けも良く、街道にも程近い。また周囲は開けているから、事故に対する対処も容易…」
「風向きも良好です！」
「詳しく測量するまでは分かりませんが、非常に良い候補であると思われます」
寝ようとしていたはずなのに、いつの間にか彼女が中心になって仕事の話が始まっている。少し前に過労を嗜めたはずのクリスは呆れた様に首を振って、星空に視線を戻す。
様変わりするであろうこの国の未来を、あの星々はいかに見るだろうか。その先は、誰も知らないことである。
1992年7月。飛行場建設委員会は、ラピタ王国最初の飛行場建設候補地を確定して正式に報告。その3日後、国王署名による建設の許可が下された。
聖暦1992年7月初旬。ラピタ王国宮廷書記官長リリィ・ティナ・ポマレ王女は、書記官府の仮眠室で幾度目かの朝を迎えた。既に日は完全に上り、辺りは朝の光と顔を出しつつある蒸し暑さに包まれている。
「おはようございます、王女様」
「…おはよう、クリス。朝ごはんはできてる？」
「はい、出来ていますよ」
ゆるい寝巻き姿でベッドから降りると、彼女は自身の補佐役兼護衛のクリス・オウムアムアを側へ呼び、簡単な朝食を運ばせた。メニューはタロイモのポイに外国風の目玉焼き、そして王国産のマンゴーをカットしたもので、ここのところほぼ毎日続いているメニューだった。
「いただきます…」
眠たげな瞳を擦りつつ朝食に手をつけ、もさもさと食べ始めると、クリスが傍で書類を改めつつ話しかけてくる。
「本日のお仕事は…」
「何だったかしら…ああ、そう。『飛行場』と言うのを作るからその用地選定について行くのだったかしらね」
「はい、それから今日のお仕事が終わったら三日間の休暇がございます」
「お休み？わたしは申請していないけど」
「王様直々のご命令です。偶には宮殿に戻って休め、とのこと」
「勅命なら仕方ないわね」
そうこうしているうちに食事が終わると、リリィは立ち上がって隣室へ行き、寝巻きから仕事着に着替える。刺繍の入った白い伝統的な襟付きチュニック、王家の証である深紅のマント。左の腰には複雑な装飾がされた儀礼刀を提げて、マントを王家の紋章が刻まれた金ボタンを使って右肩で留める。
あとは手水で顔を洗い、白い長髪を軽く整えれば、普段の通りだ。書記官長にして長老院議員、最高神官の一人にして外交の総責任者たるリリィ王女殿下がそこに立っている。
「で、その視察とやらはいつから始まるのだったかしら」
「いつ、いつ…ああ、時間のことですか」
「そうよ」
「ええと…朝の8時30分に、タアロア港で技術者団を出迎え、9時30分に乗合馬車で候補地へ向かう…」
「今の時間は…」
リリィがクリスの報告に合わせて時計を開く。そこには…
「9時15分」
「…遅い！！」
誰かが呟いた。通訳を介さない純然たる母国語の声であったが、周りの人間達は通訳無しでその意図を完璧に諒解した。
ソビエト、マウサネシア、ベルカ、スカセバリアル…場所も違えば文化も人種も異なるこの奇妙な連れ合いは、何しろ南方のじめりとした気候の中で延々と待ちぼうけを喰らっているのだ。
「国王陛下に次いで貴きお方がお見えになる」、と言うからわざわざ宿舎を出て正装し、こうして待っていると言うのに、その貴いお方というのはよほど時間にルーズであるらしく、午前9時を回っても姿を見せる気配が無い。
「一体いつになったらその方は現れるのか」
酷く不機嫌そうに、レヴァン・セイドベコフは吐き捨てた。このソビエト出身の痩身の男は、かつてはその才能だけで地方党委員会委員にまで上り詰めた生粋のテクノクラートであり、社会主義労働英雄、労働赤旗勲章など、国家から受けた勲章や栄誉は一ダースに余る。
まさしくソビエト最高峰の建築技術者である彼をここまで待たせたのは、たった一人祖国の最高指導者閣下だけだ。南の果ての辺鄙な小国の国王代理ごときが、と心の中でぐつぐつと不満が煮えたぎっている。
「仕方ありません、これがこの王国の風習らしいですから」
処置無し、と言った様子で首を振る若い男は、スカセバリアル条約機構から派遣された技術者団のリーダー、ギイ・パルムラン氏である。29歳の若さで出身国の新議会議事堂設計コンペティション最優秀賞を得た彼は、セイドベコフと同じ様に、とある命令を受けてこの国に派遣されてきた。
「風習？一体何だね。わざわざ自国の発展に尽くす人間を、この暑い折に放置するのがこの王国の礼儀とでも？」
「違いますよセイドベコフ先生。うちの学会によれば、元来この国には時計というものは無く、人々は日の出、正午、日の入りといった漠然とした時間感覚しか持ち合わせていないのです」
「何？」
「彼らの習慣では、日の出と共に起き出して働き、正午頃に幾らか休み、また日の入りまで働く。電気のような灯りは無いので、夜になれば真っ暗。一部の夜なべを除いてそうなれば寝てしまう。この位なのですよ」
「まさか！それは野蛮…いや違う、それは古い民衆の習慣で、文明化された貴族達はまさか違うだろう？」
「いいえ。残念ながら、この国に存在する時計は懐中時計まで含めて10個に足りません。ですから、王国議会まで含めてこの国の国民は9割9分…言うなれば『ラピタ時間』に従って生きているわけですよ」
「な、んという国だ…！」
半ば絶望的な表情で埋めくセイドベコフとは対照的に、パルムランは苦笑いをして水筒の中身を飲む。未だ若々しい彼に比べて、初老の域に達したセイドベコフは些か体力的に辛いところなのだろう。
「まあまあセイドベコフさん。間も無く先方もお出でになるでしょう。ねぇ、ファン先生？」
「…感心はできないが」
セイドベコフを宥めたのは巌のような黒人の男であるンヮツネ・厶ルジバ氏、他方彼の言葉に対して冷然と返したのはファン・ホー博士。前者はマウサネシア連邦共和国航空省に務める上級技巧官、後者はベルカ連邦から派遣された航空管制の専門家である。
「それにしたって遅すぎますよ！約束の時間からもう40分も過ぎています！」
「レセット君の言う通りだ。だが、我々はあくまでもここで仕事を受注させていただく立場だぞ！そうピリピリしてはならない！」
がっはっは、という豪放なムルジバの笑い声に対し、マウサネシア建設省交通建設管理局航空部所属の技術者、ハルネー・レセットは可憐な頬を膨らませて不満の意を表する。
彼女（正確な表現ではないが）は、新婚の報告を実家にした後、甘い夢もそこそこに未知の国へと赴任を強いられたのだ。礼を尽くして迎えてくれるならともかくとして、この様な待ちぼうけを喰らうのでは、気分の良いはずは無い。
「…時間にルーズであることは、我が国では最悪の悪徳とされる…。…ラピタ人は幸せだ」
地の底から響くような声でファン博士は独り言を呟く。この暑さの中でも髪の毛をしっかりとオールバックに整えたこの男は、「歩く連邦憲法」とあだ名されるほどの謹厳実直、遵法精神の具現という人間であり、自他共に認める「仕事人間」であった。
そんな彼にとって今の状況は、怒りを通り越して呆れ、いやそれさえも急行の如く過ぎ去ってもはや諦念の域である。いっそ日暮れまで相手が来ない方が清々しい。そうとさえ思っていた。
かくして、それぞれの面々が異なる面持ち、異なる心情でとある一人の人物を待っていると…
「『遅れて申し訳ありません！』」
非の打ち所がないデニエスタ語で、鈴の転がる様な女性の声がした。
「…あなたは！」
「『ラピタ王国宮廷書記官長兼、臨時外交局長並びにムルロア首長たるリリウオカラニ・ティナ・ポマレ！只今飛行場合同建設委員会の担当者として、参上いたしました！』」
額に汗を浮かべつつ、白髪の彼女は快活な笑みを浮かべてそう言った。
「ムルロア王女リリウオカラニ殿下…では、貴女があの高名なリリィ王女でいらっしゃいますか」
「ご存知とは、光栄です」
パルムランが感嘆の声と共にリリィに握手を求め手を差し出す。他方彼女も気さくにこれを受け、パルムランの母国語で挨拶を返した。
「聡明なるムルロア王女殿下におかれましては、誠にご機嫌麗しゅう…」
「いえいえ！その様にかしこまらなくても構いません。リリィ、と気さくに呼んで下さい。首長とはいえ、形式上の称号というだけで、実際に土地を治めているのではありませんから」
次いで彼女はセイドベコフ、ファン、ムルジバ、レセットの順で握手をしていったが、驚くべきことにほぼ完璧な、「一人一人の母国語」で言葉を交わして行った。その言葉遣いは、細かい発音の訛りや文法のミスはあれど、聞き苦しい点は殆ど無く外交官としては申し分無い。
寧ろ彼らは、自身のラピタ語能力や第二第三外国語の能力を振り返って多少ばつの悪い感情を抱いた。何しろ、散々自らを待たせた相手が、無能でないどころか、若々しく見事な能力を備えた俊英の王女だったのだから。
「失礼ですが、王女殿下はお幾つでいらっしゃいますか」
「今年22になります。この国ではもう年増女の部類でしょうが」
「ははぁ…」
パルムランは二つの意味を持ったため息をついた。若さに似合わぬ有能さへの感嘆と、年に似合わぬ天真爛漫さへの驚きである。
「皆様、今日は遅れて本当に申し訳ありませんでした。お暑い中大変だったでしょう。それでは早速、馬車で候補地へ向かいましょう！」
リリィは恭しく頭を下げ、建設委員達を乗合馬車へ誘導した。馬車へ乗り込む時、セイドベコフは心中忌々しいと思いながらも、こうして会ってみれば意外に好感の持てる王女様だ、と思ったが、程なくしてそれに気が付き、憮然とした驚きと共に席に座り込んだのだった。
さて、委員会は王女よりもさらに5分遅刻してきた通訳のケルチットと言う名前のマウサナ人通訳を加え、覆付きの四輪馬車に乗って王宮へ向かい始めた。馬車の中に乗っているのは、それぞれ四ヶ国の技術者団の代表者と通訳合わせて六人に、リリィとその付き人クリスを入れた計八人だ。無論飛行場建設委員の技術者達はまだまだ多く居るが、彼らの大半は予めピックアップした候補地にキャンプを設営している為出払っている。慣れぬ環境で体調を崩していないか、心配の種であった。
馬車は外国人居住区から南へ向けて緩やかに道路を進む。片やの方角を見れば、小さく古びてはいるが壮麗で趣深い王宮の建物、もう片方を見れば植物の葉を乾燥させた屋根の下に、壁も無く柱を四隅に立てただけの簡素な住居が見える。その差はとても同じ国の建物とは思えない。
「…可哀想な人々…」
「しっ！ダメです、レセットさん！」
レセットの口から自然にこぼれた言葉を、ケルチットが制止する。地理的な要因に加え、開国の経緯からマウサネシアの人々は、この中でも一際ラピタ王国の国民に対して強い感情を抱いている。…同情と憐憫の感情である。
この後進国というより未接触部族に近い王国に対して、委員会のメンバーは大小の差こそあれ同情心を抱いていたが、特にマウサナ人は住環境が比較的近しいこともあり特に同情心が大きい。
何しろ祖国の新聞でタアロアの写真が報じられた時、その見出しは、
「衝撃！『雨宿り小屋』並ぶ首都！」
だったのだから…。
とにかく、そうした感情を持つマウサナ人、その中でも実際にその暮らしを目の当たりにしているレセットは、抑えねばと思っても口に出さずにはいられなかった。なんと可哀想な国民であろうか、と。
「（けっ、好き放題言ってくれちゃって）」
「（抑えろ、クリス）」
尤もそうした感覚はこの二人には筒抜けである。元より言葉がわかるリリィと、彼女と共に学んだクリス。後者であっても基礎的なマウサネシア語位は理解できるのだ。
そして、そうした憐憫の感情に接する度にクリスの心は不快感に襲われる。
「（この国がこうなのは、貧しいからではなく『必要が無い』からだ。外国流の豊かさも、洗練さもこの国には要らぬ。この国にはこの国の豊かさと洗練があるのだ）」
彼が内心に抱く郷土への愛着と誇りは、恐らくはリリィに勝るとも劣らぬほどであろう。いや、柔軟性を欠く分彼女よりも強いと言えるかもしれない。
「（解らぬ者には言わせておけ）」
そうした心持ちを明敏に察している彼女は、目で親友に呼びかけた。マウサネシアだけではない、ソビエト、チューイー、スカセバリアル…生馬の目を抜く様な外交の矢面に立ってきた彼女は、とっくのとうにそうした思いを封印する精神上の術を心得ている。国際政治の荒波は彼女から幼さや純粋さを奪うと共に、強かさと多少の狡猾さの種を蒔いた。
…各々の思いを載せつつ、馬車は都を出る。「雨宿り小屋」建ち並ぶ大路を越えて、馬車は大門を潜り、遙かなる原野へと歩き出した。
まず馬車は都を出ると、外国の時間にして約30分ほどのろのろと歩き、とある街道沿いのキャンプに辿り着いた。
「ここは？」
「ここが候補地�，任后Ｅ圓罰稿擦膨�近く、平野が辺りに広がる良い場所ですよ。但し…」
リリィがいい終わる前に、セイドベコフとパルムランが客車から飛び降りる。すると、パシャリという音と共に泥水がはね、彼らは顔を顰めた。
「…但し、異様に水捌けが悪いんですね。ここ」
「地形の影響だろうか…」
「土が悪いのかも」
「その辺りキャンプの人に説明してもらいましょうか」
リリィと技術者達がキャンプで話をしているのを尻目に、クリスは場を離れて湿り気を帯びた土を踏み、手近な丘の上に登った。辺りには灰色の雲が垂れ込めていて、遥か先には同じ色の波打つ海原が望める。さらに向こう側には、マタバイ湾を囲む半島の影が霧の中にぼんやりと浮かび、三角帆の木造船がそこを目指して消えていく。
「都の方角は…」
彼が方角を変えると、北の方に都の土塁と城壁、その中に満ちる家々が視界に入る。なるほど、確かにここは都に程近く拠点としては適した場所のようだった。
「ふーむ…」
「書記官長補佐殿！どうかなさいましたか」
溌剌とした声に振り向くと、そこには質素な金属の鎧を身につけ、山刀と拳銃で武装した若い兵士が立っていた。火縄銃ではなく自動拳銃を持っているということは、恐らく王室親衛隊の所属だろう。
「君は？」
「私はチャールズ・ナーヴァヒー隊長であります。飛行場建設委員会の技術者の方々を護衛せよと、司令官閣下よりご命令を受けました」
「ナーヴァヒー…ああ、タアロア知事のナーヴァヒー殿のご子息か。君は」
「はい！父の縁故により、親衛隊総司令のジョナ・クヒオ・ポマレ王子殿下に見出され、この様な栄職を相勤めさせていただくこととなりました！」
ジョナ王子か。何事も古風を好む二番目の王弟を思い浮かべ、クリスは少々苦笑いした。今時鎧を身につけた軍隊などどこの国にいるだろうか。
「ありがとう。それで、どんな作業をしているんだい？」
「目下のところは、キャンプの測量士達の指示のもと、奴隷共を使って整地や設計の為の情報収集をやらせています！」
「奴隷、奴隷…そうか。分かった」
「何か？」
「いいや、なんでもない。それよりも、奴隷達にはきちんと食事や休養をやっているか？」
「はい！当代の王様は慈悲深くあらせられます故、奴隷共は最も良い暮らしを謳歌しております！」
「良い暮らし、か」
奴隷階級。世界においてほとんど消滅したとされる人々。しかし、この国においては未だに残っている。世襲的身分として、或いは刑罰として。
「（何とまあ皮肉な。己で身を立てねばならぬ庶民と、衣食は保証される奴隷と。今の世はどちらが生き易いものか）」
絶えず廃止の圧力に晒されているこの階級が王国から消える日は果たして来るのか。そんな取り止めもないことをクリスは思った。
それから少しして、クリスがキャンプの方に戻ってくると、タイミングが偶然合ったのか、リリィと技術者達が連れ立って天幕から出て来た。
「いかがでしたか」
「ダメダメ。ここは水捌けが悪すぎるわ。飛行機が滑って爆発する」
「あら」
「だから、これから第二候補地まで行くわよ」
「分かりました」
そう言ってリリィは技術者達ともどもまた馬車に乗り込み、出発の号令を下した。今度は前と後ろを護衛役として同伴する王室親衛隊の兵士達が固め、先導と警戒を兼ねる。
「ふぅ…」
「何かありましたか？」
「いんや、ちぃとばかしめんどぉなこといわれてもうてな、こりゃ参ったもんじゃ思うとるところや」
「ヘッタクソな方言ですね」
「じゃからしゃあぼけ。自分、わしの言うことわからんゆうて付き合い長い意味がなかろうがい。察せやボケ」
口が悪くチグハグな方言で話しかけられた彼は、漸く彼女の言わんとすることを察した。標準語で喋って内容を悟られたくない、だから訛りのきつい言葉遣いで内容をぼかせということだ。
「ほうですか、そりゃまたえろうすんませんでした。ほいで、なんぞ面倒なお話ですか？」
「ほうじゃ。…あんの、この建設地、下の輩使うとるやろ」
「キャゥヴァぬこつですかえ」
「んだ。ありゃ向こうの言葉ぬやくしゃ、どれ、いうてえろう憎まれとん。こん国ゃおくれとるちいうんは勝手ぞ、じゃけんど、けだもぬん国とでもおもわれっち、コキにもやくたたんで」
「ほうですけ。せやたら、よるんばはなししましょかね」
「そうせいそうせい」
と、二人で短時間のうちに途轍もなく聞き苦しく、明らかにチグハグな方言の振りで今後の方策をまとめると、リリィは一度クリスから離れ、技術者達の方に目を向けた。
「何か、お話中でしたかな」
「いいえ、セイドベコフさん。今しがた片付いたところです。ところで、その…履き物が…」
「あ、ああ…確かにこれは残念ですが。仕事ですので」
「必要があれば、スカセバリアルの高級品を贈呈しますよ。もちろん工業ではなく、職人お手製の」
「まず、こうしたフィールドワークにスーツ姿でいらっしゃるのが少々そぐいませんな！」
「…真面目なのは美徳でしょうが、折りに合わせることも…大切でしょうな…」
ははは、というごく軽い笑い声が響く。だが、その中でもリリィは、老練な鷲の如き表情を崩すことは無かった。
結果から言ってしまえば、第二候補地も空振りであった。というのは、この場所は水捌けも都へのアクセスも良く、安定して滑走路をとれる良い土地ではあったのだが、決まりかけの土壇場でリリィがとんでもないことに気がつき、ご破算となってしまったのである。
「…まさかまさか、『入会地』だったとは」
「というか、この世界にまだそんなものが残っていたとは驚きですよ」
「いいえ！共有の思想は多分に私たちの理想と絡みますから、いいのではないですか！」
「レセット君の情熱が羨ましいな」
実は第二候補地の街道を行ったすぐそこには、高地の民と低地の民が共同で使用する昔からの水場が有り、同時にそこは二つの勢力による交易の拠点にもなっていた。
山岳地に住む人々は相変わらず外国に対する警戒心が非常に強い上、工事によって入会地が使用できなくなれば暴発しかねない。その点を鑑みると、如何に良い土地と言っても建設は諦めるしかなかった。
「いやあ、にしたところで。2,000メートルにも満たない滑走路の飛行場作るのに、まさかこんなにも苦労を払うとは思いませんでした」
「こら、レセット君。口を慎みたまえ」
「あっ、すみません…」
元々この国に飛行場を作る意思は殆ど無かった。リリィは飛行場建設について、是が非かで紛糾した議会をうっすらと思い浮かべた。
本格的な大規模空港を建設すべきだと強硬に主張する摂政と、神聖な国土に傷をつける気かと断固反対する親衛隊司令官。或いは、王宮を遥か天空から見下すような不敬な乗り物を国に入れること自体あってはならない、と言い出す者もいた。
民衆院から回付されてきた建設案について、彼女は当初財政的不安から反対票を投じた。1000メートルに満たない小さなものならともかくとして、さして利益を産むとも思えないのに大規模な空港を整備するのは、外貨や金貨の備蓄に不安のあるこの国では無謀であると考えたからだ。
尤も、その辺りの大部分をODA、そして自己負担分もチューイーと共同の石油産業によって分割ながら賄う目処が立つと柔軟にー悪く言えば無節操にー賛成票を投じたわけだが。
「（我ながらどうも、手段と目的の逆転が起きてる気がしてならないけどね）」
飛行場が出来次第引き渡されることになっている、スカセバリアル製の飛行艇。ある意味それを使うためだけに作っているのかも知れない、と彼女は思っていた。
「すみませんね、御料地とはいえ王様のお許しが無ければそう簡単に好き放題にはできないんですよ」
「いえいえ、こちらこそ同僚が失礼なことを申しました。貴国の国王陛下には、私共の活動へのご理解と卓越したご協力を賜りまして、いつも感謝しております」
様々な面で揉めに揉めた飛行場の建設計画が始動したのは、実のところ極めて単純な話で、議会において審議にかけられていたこの提案書をリリィが父親への個人的な相談として持ちかけたところ、
「よいではないか」
と一言貰ったからに過ぎない。後に摂政であるジョアシャン王子が議会の代表として正式に内奏を行った際にも、全く変わらぬ調子で、
「摂政の良き様に」
とあくまで個人的にだが裁可を与えた。これによって忽ち議会の反対派は沈黙し、規模を多少小規模に修正しつつも、飛行場建設計画は全会一致で議会を通過したのである。
そうした政治的内幕を重々承知している建設委員会の外国人達は、この古き王国において如何に国王が未だ権力を持っているかを改めて知った。憲法によって多少の制限が掛けられているとはいえ、忖度や遠慮の連鎖によってその意思は実質無修正のまま国政に反映される。
この絶大な権力を保持しているのは、今のところ優れた理解と温厚な性格の紳士であるが、これが仮に野心と猛り狂わんばかりの情熱に満ちた者が手にしたらどうなるか。彼らにとって一番の関心ごとは、国王が手を出さないか、さもなくば利益の如何を明敏に判断してくれるかどうかであった。
閑話休題。その様な事情を最も聡く理解しているこの黒人技術者は、豪放磊落を装いつつも同僚の発言に気を配り、絶えず技術者達の振る舞いが国王や王族の勘に障らないように心を砕いてきた。
ーある意味、この飛行場建設の最大の功労者は、彼であったかもしれない。
と、この様な仕儀で彼らはあちこちを長閑な馬車で巡る羽目になった。
第三候補地、第四候補地…この様にただ茫漠たる平野をぐるぐると馬車は巡り続け、最後の候補地に辿り着いた時には、既に辺りは明り一つない真っ暗な闇に包まれていた。
同日、午後11時30分頃。候補地本部天幕。
「たった今見回り終わりました」
「お帰りなさい」
「まだ起きてたんですか！？」
しとしとと雨が降る夜から流れてきたクリスは、未だランプの灯りを頼りに机で仕事を続けるリリィを見出した。普段ならばもうとっくに眠っているはずの時間にも関わらず、精力的に彼女は政務を処理し、外交に関する様々な煩雑な問題を決裁し続けていたのだ。
「見ての通りよ。問題は飛行場の話だけじゃない。石油採掘施設建設、他の国の大使館建設の用地確保…まあ、他にもまだまだあるのよ」
辟易した様子で彼女はため息を吐き、髪をかき上げる。その時彼女の腕に小さな傷があるのをクリスは見逃さなかった。
「リリィ様、その腕の傷は？」
「あぁ、これ？あなたが離れてる間に襲われたの。尤も、あんまり腕のいい輩ではなかったけどね」
「誰にですか！？」
カッとなって詰め寄る彼に対し、彼女はどうどうと抑えながらごく簡単に事情を説明する。よく分からない開国反対派の人間が技術者達に殴りかかったこと、剰え自分にも牙を剥こうとしたからついのしてしまったこと。しかし、それを聞いた彼は却って顔を赤くし、分からず屋というだけでなく、神聖な王族に対しても危害を加えようとする「逆賊」に激昂してやまなかった。
「奴ら、頭がおかしいのか！今のこの国の状況を全く理解してないんだ！」
「うーん、彼ら単独の犯行とも思えないのだけどね」
「黒幕がいるんですか！？」
「落ち着きなさいってば。はっきり言えば、こんなこと予想の範疇でしょ？王族の中にだって、露骨にわたしや1番目の叔父様に敵意を向ける人がいる。2番目の叔父様、1番目のお兄様、他にも沢山。むしろ刃物や銃を手にして殺しに来なかっただけマシな部類よ」
リリィは相変わらず超然とした様子で笑っているが、クリスにしてみれば笑い事でもなんでもない。護衛が唐突に強化されたことには納得がいったが、今度はどうして今まで秘密にしていたのかと別種の怒りが湧いてくる。
「………」
「…まあ、悪かったわ。何しろ今まで、技術者様達の相手をしていて疲れていたの。クリスだって、広い候補地の見回りをしていてヘトヘトだったでしょう？」
「それとこれとは…話が違います」
「それにね、あなたも知ってる様にわたしはっ…！ゲホ、コホ、カハッ…」
「リリィ様！」
唐突に咳を繰り返し、彼女はハンカチを口に当てて腰を曲げる。そして、一通り治ったところでまた立ち上がるが、真っ白だったハンカチには明らかに赤い点がポツポツとついていた。
「大丈夫ですか！？どこかお身体が…！」
「大事無い。少し働き過ぎただけよ…。そうね、この仕事が片付いたら、お休みを頂いてお医者様に診てもらって…その後は…静かな場所でゆっくり療養しましょうか」
「…是非とも、そうなさって下さい。差し出たことかも知れませんが、私からも王様にお願い申し上げます」
その様なやり取りの後、リリィは2、3の雑事を片づけ、既に整えてあったベッドに横になろうとする。すると、
「何かしら？外が少し騒がしい様だけど」
「見てきましょうか」
「わたしも行くわ」
二人して外に出ると、雨は既に上がっていて、そこには寝たはずの技術者達と付き添いの兵士達が立っていた。
「あや、王女殿下。起こしてしまいましたか？」
「パルムランさん。何事ですか」
「いやいや、実はですね…」
恥ずかしげに笑いながら、彼は上を指差す。すると、そこには遥かな天の川を中心にした、満天の星空が広がっていた。
「こんな星空、我々の故郷では中々見ることができません。街全体が明るく、そして空気も汚れていますから」
「…目を悪くした私でも、二等星や三等星を見通せる。死ぬるまでに…この様な星空にお目にかかれるとは」
「凄いな…！あれが南十字星というものか」
「わぁ…！」
それぞれがそれぞれの憧れを胸に、星空に見惚れている。その様子は、今まで外国人はあらゆる面でこの国よりも勝っているのではないか、そんな漠然としたコンプレックスを抱いていたクリスの心を大きく動かした。
「そうか、そういうことだったのですね」
「？」
「…恥ずかしながら、今まで私は、この国は世界に比べてあらゆる所で劣っているのだと。…どこかでそう思っていました。でも」
「それは間違いだった。そう言いたいんでしょ？」
「ええ」
不敵に笑うリリィと視線を交わすと、彼はどこか可笑そうに笑う。そう言えば、彼女はそうだった。そんな人間だった。こちらがあれこれと悩んでいる間にも、天真爛漫な笑顔と大胆不敵な好奇心を引っ提げて、どこまでも遠くまで飛んで行ってしまう。
「…あの四つの星は、それぞれが王国本土の4つの島を象徴する星であると同時に、私たちを導く祖先の魂。かつて万里の海を渡った人々が、標として見出した智慧の光。それが見えるこの場所は、もしかしたら…」
「王女殿下？」
「ああ、いえ。そうですね…この場所、この場所が飛行場建設には向いてるかも知れない、そう漠然とですが思っただけです」
「ふむ…なるほど。確かにこの場所は水捌けも良く、街道にも程近い。また周囲は開けているから、事故に対する対処も容易…」
「風向きも良好です！」
「詳しく測量するまでは分かりませんが、非常に良い候補であると思われます」
寝ようとしていたはずなのに、いつの間にか彼女が中心になって仕事の話が始まっている。少し前に過労を嗜めたはずのクリスは呆れた様に首を振って、星空に視線を戻す。
様変わりするであろうこの国の未来を、あの星々はいかに見るだろうか。その先は、誰も知らないことである。
1992年7月。飛行場建設委員会は、ラピタ王国最初の飛行場建設候補地を確定して正式に報告。その3日後、国王署名による建設の許可が下された。
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