公営新聞「国民の声」抜粋記事��
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otonjji256 2022年05月04日(水) 13:51:03履歴
技術発展の裏で 戦争の恐怖
本日、王国政府はスカセバリアル条約機構より「飛行艇」なる新しい道具を正式に購入した。これについては二面で詳しい解説記事を掲載したが、それについて宮廷書記官長リリィ王女殿下は、「技術発展による戦争の恐怖」が存在すると警鐘を鳴らされた。
「我が国における戦争とは、長きに渡って戦士同士が実際に戦うものでありました。しかし、それはあくまで鎖国を続けて来た我が国だけのことで、外界では戦争の姿は全く様変わりしていたのです」
リリィ殿下は、既に外国では飛行艇の様な、空を自由自在に飛ぶ技術はおろか、島一つを丸ごと消し去るという魔術でも不可能な技術が実用化されており、それによって戦争は数万人という膨大な犠牲者を生む悲惨なものになっている、と本紙記者に語られた。
「王国の軍隊とは、長きに渡り王様の下、各地のモクやアフプアアのアリイに課せられた軍役義務ーいわゆる封建制により成り立って来ました。そして、これらの軍隊の武装は主に鉄の剣や火縄銃といった、扱い易く、また一人一殺の様なごく小さなものが殆どだったのです。偉大なるポマレ1世は、そうした戦士達を率いてこの島を統一なさったのです」
しかし、もはや世界のどこにもその様な戦争は存在しないという。
「ポマレ2世の時代に我が国の軍隊は大砲というものを知りました。歴史書に曰く、ポマレ2世は、1,000人の銃隊と、40門の大砲、20門の旋回砲を用いて、各地の島々を瞬く間に蹂躙したとあります。この大砲という兵器は、いわば一対一の戦争ではなく、一対多数、言い換えますと一人で多人数を一気に殺傷するもので、長きに渡る戦士達の集団による戦いを続けて来た我が国にとってはまさしく革命的なものと言えました。そして、この『一対多数』の戦い方こそ、この国よりも遥か先んじて、諸外国が会得した現代の戦争のやり方なのです」
偉大なるポマレ1世大王、我が国では今なお不世出の英雄、偉大なる軍人とされている建国の国王陛下の戦い方は、未だ全ての戦士達の規範となっている。しかし、それらは既に250年間の年月をへて過去の物となり、今や外の世界では戦士達の誇りや規範に代わり、ポマレ2世の様な冷酷かつ苛烈な戦い方こそが一般的なあり方になっている。リリィ殿下は、そうした恐怖が我が国にも忍び寄りつつあるのではと危機感を顕にされた。
「そうしたものの一つの象徴が、スカセバリアル条約機構から購入された『飛行艇』なのです。あの巨大な『空の鯨』は、外の世界にはまさしくあらゆる意味合いで革命的なものでした。どんな険阻な山脈も、どんな広い海でも飛び越えて兵士や武器を輸送でき、はたまた空から敵の陣形を観察し、果ては爆弾を一方的に投下できるのです。…これらが用いられる様になった結果、戦争の場所はこの地上から、遥か天界まで場所を広げる様になり、この机のような面の戦いから、机の上の空間までを含めた立体的な戦いになったのです」
リリィ殿下は、ご自身の執務机を使い、分かりやすく戦争の変化を解説して下さった。
「投石や弓、或いは大砲。これらの兵科は確かに上から戦士達を攻撃できますが、その位置は絶えず地上、即ち面にありました。しかし、空飛ぶ鯨の位置は常に空にあり、下へ降りてくるということがありません。従って、面の戦いに参加する戦士達は、これに対し無抵抗で叩きのめされるか、もしくは自分自身も空に向けて反撃する術を身につけるしかなかったのです」
この空を常在の地とする兵器は、それ自体が一対多数を実現することができる。何故ならば、地上から空へは手が届かないが、空から地上へ降りるのは全く容易い、空から大きな石を投下するだけでも下で戦う戦士達を一方的に潰すことができる。その様に殿下は仰った。
「そして、外の世界の人々は、この空飛ぶ恐ろしい武器に、今度は大砲の弾にも勝る威力の武器を付けることで、更に戦争を悲惨なものとしました。空からの一方的な攻撃と、地上に展開する戦士達による総攻撃の組み合わせによって、敵を完膚無きまでに潰す。地上という面だけにしか対応出来ない軍隊は、こうして淘汰されて行き、最終的にはこの空と地上の両者に対応し得る力を持った軍隊だけが生き残ったのです」
信じ難いことだが、生き残った軍隊は自らも空に羽ばたくだけでなく、地上から空を飛ぶ敵を穿つ為の手段をも発明したのだ、とリリィ殿下は嘆息された。この際限無き殺傷の為の技術の進化により、幾千万の命が失われたのか想像もつかない、と。
「わたしが危惧しているのは、この飛行艇が正しく地域ごとの争いに用いられる様になり、更に悲惨な戦いがこの王国で繰り広げられるのではないか、ということです。昔の様に、逃げ出せば良いとか、武器を捨てて降伏すれば許される、だとか、※『カナヴィ・ママラホエ』に従って老人や女、子供達が死の恐怖に怯えずに済む様にすることが不可能になる。飛行艇とはそうした可能性を孕んでいるのです。その気になれば、遥か天空から火を投下して村を焼くことも、逃げ散る敵を鏖殺することも出来るのですから…かといって、それに対抗する為、地上からの反撃手段を取り入れれば、際限無き殺し合いの為の進化が促進されるだけです。この救い難い矛盾を解決する手段は、一つしかないでしょう」
その手段とは？本紙記者に対し、リリィ殿下はこう言い切られた。
「この優れた技術を、決して人殺しのために用いぬことです。そして、先の時代へ進むことが、必ずしも絶対的に良いことでないということを、全ての人に知らしめなくてはなりません。それこそが、王国の平和と、安楽な暮らしを守る唯一の手段であるとわたしは信じます」
外界の想像を絶する技術、果たしてそれを導入することは本当に王国の利益になるのか。我々は古の智慧ある人々の様に、問い直さなくてはなるまい。
※「カナヴィ・ママラホエ」…意味は「他者への思いやり」、「経験によって学ぶ」、「自身を大切にすること」と言ったもので、王国ではポマレ1世が定めた非戦闘員の保護を命じる勅令を指す。
その内容は現在の戦時国際法にも通じる先見的なもので、今なおこの国の戦いでは一つの規範として厳重に守られている。リリィ王女が引いた「老人や女、子供達が死の恐怖に怯えない様に」とは、その中の条文「E hele ka ‘elemakule, ka luahine, a me ke kama A moe i ke ala ‘A‘ohe mea nāna e ho‘opilikia.Hewa nā - Make.（見守ろう。年寄り達が、女達が、子供達が、死や隷従や、危害への恐怖を感じることなく、道ばたに腰をおろして、静かな休息が取れるように）」に由来している。
（聖暦1992年7月 「国民の声」朝刊より引用。翻訳と注釈は、ラピタ王国駐在参事官ポリーナ・スタシェフスカ）
本日、王国政府はスカセバリアル条約機構より「飛行艇」なる新しい道具を正式に購入した。これについては二面で詳しい解説記事を掲載したが、それについて宮廷書記官長リリィ王女殿下は、「技術発展による戦争の恐怖」が存在すると警鐘を鳴らされた。
「我が国における戦争とは、長きに渡って戦士同士が実際に戦うものでありました。しかし、それはあくまで鎖国を続けて来た我が国だけのことで、外界では戦争の姿は全く様変わりしていたのです」
リリィ殿下は、既に外国では飛行艇の様な、空を自由自在に飛ぶ技術はおろか、島一つを丸ごと消し去るという魔術でも不可能な技術が実用化されており、それによって戦争は数万人という膨大な犠牲者を生む悲惨なものになっている、と本紙記者に語られた。
「王国の軍隊とは、長きに渡り王様の下、各地のモクやアフプアアのアリイに課せられた軍役義務ーいわゆる封建制により成り立って来ました。そして、これらの軍隊の武装は主に鉄の剣や火縄銃といった、扱い易く、また一人一殺の様なごく小さなものが殆どだったのです。偉大なるポマレ1世は、そうした戦士達を率いてこの島を統一なさったのです」
しかし、もはや世界のどこにもその様な戦争は存在しないという。
「ポマレ2世の時代に我が国の軍隊は大砲というものを知りました。歴史書に曰く、ポマレ2世は、1,000人の銃隊と、40門の大砲、20門の旋回砲を用いて、各地の島々を瞬く間に蹂躙したとあります。この大砲という兵器は、いわば一対一の戦争ではなく、一対多数、言い換えますと一人で多人数を一気に殺傷するもので、長きに渡る戦士達の集団による戦いを続けて来た我が国にとってはまさしく革命的なものと言えました。そして、この『一対多数』の戦い方こそ、この国よりも遥か先んじて、諸外国が会得した現代の戦争のやり方なのです」
偉大なるポマレ1世大王、我が国では今なお不世出の英雄、偉大なる軍人とされている建国の国王陛下の戦い方は、未だ全ての戦士達の規範となっている。しかし、それらは既に250年間の年月をへて過去の物となり、今や外の世界では戦士達の誇りや規範に代わり、ポマレ2世の様な冷酷かつ苛烈な戦い方こそが一般的なあり方になっている。リリィ殿下は、そうした恐怖が我が国にも忍び寄りつつあるのではと危機感を顕にされた。
「そうしたものの一つの象徴が、スカセバリアル条約機構から購入された『飛行艇』なのです。あの巨大な『空の鯨』は、外の世界にはまさしくあらゆる意味合いで革命的なものでした。どんな険阻な山脈も、どんな広い海でも飛び越えて兵士や武器を輸送でき、はたまた空から敵の陣形を観察し、果ては爆弾を一方的に投下できるのです。…これらが用いられる様になった結果、戦争の場所はこの地上から、遥か天界まで場所を広げる様になり、この机のような面の戦いから、机の上の空間までを含めた立体的な戦いになったのです」
リリィ殿下は、ご自身の執務机を使い、分かりやすく戦争の変化を解説して下さった。
「投石や弓、或いは大砲。これらの兵科は確かに上から戦士達を攻撃できますが、その位置は絶えず地上、即ち面にありました。しかし、空飛ぶ鯨の位置は常に空にあり、下へ降りてくるということがありません。従って、面の戦いに参加する戦士達は、これに対し無抵抗で叩きのめされるか、もしくは自分自身も空に向けて反撃する術を身につけるしかなかったのです」
この空を常在の地とする兵器は、それ自体が一対多数を実現することができる。何故ならば、地上から空へは手が届かないが、空から地上へ降りるのは全く容易い、空から大きな石を投下するだけでも下で戦う戦士達を一方的に潰すことができる。その様に殿下は仰った。
「そして、外の世界の人々は、この空飛ぶ恐ろしい武器に、今度は大砲の弾にも勝る威力の武器を付けることで、更に戦争を悲惨なものとしました。空からの一方的な攻撃と、地上に展開する戦士達による総攻撃の組み合わせによって、敵を完膚無きまでに潰す。地上という面だけにしか対応出来ない軍隊は、こうして淘汰されて行き、最終的にはこの空と地上の両者に対応し得る力を持った軍隊だけが生き残ったのです」
信じ難いことだが、生き残った軍隊は自らも空に羽ばたくだけでなく、地上から空を飛ぶ敵を穿つ為の手段をも発明したのだ、とリリィ殿下は嘆息された。この際限無き殺傷の為の技術の進化により、幾千万の命が失われたのか想像もつかない、と。
「わたしが危惧しているのは、この飛行艇が正しく地域ごとの争いに用いられる様になり、更に悲惨な戦いがこの王国で繰り広げられるのではないか、ということです。昔の様に、逃げ出せば良いとか、武器を捨てて降伏すれば許される、だとか、※『カナヴィ・ママラホエ』に従って老人や女、子供達が死の恐怖に怯えずに済む様にすることが不可能になる。飛行艇とはそうした可能性を孕んでいるのです。その気になれば、遥か天空から火を投下して村を焼くことも、逃げ散る敵を鏖殺することも出来るのですから…かといって、それに対抗する為、地上からの反撃手段を取り入れれば、際限無き殺し合いの為の進化が促進されるだけです。この救い難い矛盾を解決する手段は、一つしかないでしょう」
その手段とは？本紙記者に対し、リリィ殿下はこう言い切られた。
「この優れた技術を、決して人殺しのために用いぬことです。そして、先の時代へ進むことが、必ずしも絶対的に良いことでないということを、全ての人に知らしめなくてはなりません。それこそが、王国の平和と、安楽な暮らしを守る唯一の手段であるとわたしは信じます」
外界の想像を絶する技術、果たしてそれを導入することは本当に王国の利益になるのか。我々は古の智慧ある人々の様に、問い直さなくてはなるまい。
※「カナヴィ・ママラホエ」…意味は「他者への思いやり」、「経験によって学ぶ」、「自身を大切にすること」と言ったもので、王国ではポマレ1世が定めた非戦闘員の保護を命じる勅令を指す。
その内容は現在の戦時国際法にも通じる先見的なもので、今なおこの国の戦いでは一つの規範として厳重に守られている。リリィ王女が引いた「老人や女、子供達が死の恐怖に怯えない様に」とは、その中の条文「E hele ka ‘elemakule, ka luahine, a me ke kama A moe i ke ala ‘A‘ohe mea nāna e ho‘opilikia.Hewa nā - Make.（見守ろう。年寄り達が、女達が、子供達が、死や隷従や、危害への恐怖を感じることなく、道ばたに腰をおろして、静かな休息が取れるように）」に由来している。
（聖暦1992年7月 「国民の声」朝刊より引用。翻訳と注釈は、ラピタ王国駐在参事官ポリーナ・スタシェフスカ）
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