公営新聞「国民の声」抜粋記事��
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otonjji256 2022年05月06日(金) 11:42:15履歴
王女殿下の講義 異教信仰の歴史について
先日、王国議会民衆院は、長きにわたって続いてきた厳格な異教信仰の制限を止め、宗教に関わる自由の第一歩となる法案を可決するに至った。
これについて、目下国論は二分され、伝統を守り抜こうとする人々と、開国による新しい時代をもたらそうとする人々の厳しい対立が表面化しようとしている。
本紙はそうした対立の背景を解き明かし、今後いかなる手を我が国が取るべきかを考えるべく、まずは我が国における異教信仰の歴史について紐解くこととした。本紙記者は、既に十数度を数えるであろう宮廷書記官府へ向かい、この国一の知識人と名高いリリィ王女殿下にお話を伺った。
「わたしはあくまで一王族であって、決して賢者であるとか、智徳を持つ導き手であるとか、そのようなわけではありませんよ」
王女殿下はその様にご謙遜されたが、今回も記者の求めに応じて、王国における異教の歴史、特に以前の三面で解説したソティル教周辺の物事について比重を置き、丁寧に説明して下さった。
「ソティル教に関する詳しい説明は今更するまでもないでしょうから、省かせて頂きます。まずはこの異教がいつ頃この国に入ってきたのかを振り返りましょう」
殿下によれば、ソティル教とこの国とが最初の接触を果たしたのは、恐らくはポマレ1世大王よりも前の時代ではないかという。
「世界全体の歴史を俯瞰してみると、この国の武器である火縄銃というものが、実は遥か北の地で発祥したとあります。この地はソティル教の発祥の地でもあり、教えを信奉する国々によって火縄銃が増産され、二つ共に世界に広まったのです」
火縄銃がこのラピタ島に伝わる過程で、ソティル教と何かしらの繋がりがあったとしても、おかしくはないと殿下は語る。
「実際、各地に残る口承を紐解くと、ソティル教の象徴と思しき装身具を携えた人の話であるとか、少し方向は変わりますが、マウサネシアの太陽教に似た信仰の存在を示唆するものもあります。従って、大王陛下の統一以前から、この国の民は異教に触れていたと考えても突飛なものとはならないでしょう」
しかし、そうした教えの大部分はごく少数にしか広まらず、時が経つに連れて旧来の信仰の中に埋もれてしまい、それらを伝える歌や詩文も旧来の価値観に合わせて解釈されてしまったことで、本来の意味が絶えてしまったのだ、と殿下は指摘される。
殿下によれば、目に見える形で異教が多大な影響を与えたといえるのは、ポマレ2世か、またはポマレ4世の時代が最初であるという。
「ポマレ2世は、ラピタ王国の領土を築くにあたり、大量の銃と大砲という新兵器を用いましたが、この出どころが異教徒ではないかと考えられます」
大砲も、発明は違えど技術の発展はソティル教の地域で成されており、我が国で用いられた形式のものが開発されたのも、その地域であるとされている。
これについて殿下は、ソティル教国から派遣された貿易商人を介して、ポマレ2世が大量の兵器を得たのではないかと考察されている。
「まあ、ポマレ2世の業績については、何か明確な証拠があるわけではないので、あまり長く話すわけにもいきません。それよりも、ポマレ4世の方が、異教信仰の歴史においては非常に重要な存在です」
殿下はポマレ4世について、次の様にまとめられた。
「4世は、言うなれば『全ての原因となった人物』と言っていいでしょう。即ち、以前の厳格な異教統制であるとか、今回の緩和措置であるとか、そうしたこの国における宗教の諸問題は万事彼に端を発していると言って差し支えありません。…いえ、決して悪い評価をしているわけではないのです。寧ろこの王様がいてこそ、今の王国があるのですから」
4世の時代は、異教が本格的に王国に入り込むと同時に、「宗教」という概念が生まれた最初の時代である、と殿下は語られる。
「それまでの時代、この国に宗教という概念はありませんでした。神々の教えは絶対的、唯一の『真実』であり、疑うということ、はたまたより深めるということは考えの外にあったのです。しかし、ソティル教、太陽教、バサビア教などが4世の時代に流入すると、古き神々の教えの絶対性は揺らぎ、初めて『相対的な見方』、言い換えますと『同じだけの説得力を持つ真実』、が現れたのです」
この時代に初めて、古き神々の教えは数ある「宗教の一つ」として再定義され、その結果現在の宗教に関する問題が現れた。殿下はこれについて、現在の文化を深める契機となる良い側面があったとする一方、国内の深刻な対立の喚起と、鎖国への流れを作った悪き側面も無視し得ないと仰った。
「古い神々の信仰は、新しい敵が現れたことでより深化され、体系化されていきました。しかし、ソティル教などの教えは遥か昔からそうしたことを行ってきたのです。…説得力と魅力において優る外国の異教は、瞬く間に王国各地へ広がり、深刻な対立を引き起こしました。それは古い教えと新しい教えの戦いであると同時に、新しい教えの中でも対立が存在したのです。その一例として、この国のソティル教内部での、国王（アリイ・ヌイ）に関わる位置付けが挙げられるでしょう」
殿下は、当時ソティル教の共同体の中に、国王の地位を巡る典礼上の対立があり、それらがのちの異教禁圧策を呼び込む一つの引き金になったのではないか、と記者に語られた。
「当時の文献によると、ソティル教の共同体の中では、国王を神々の列に加えるか否かで激しい対立があったそうです。ある集団は、国王をクーやロノ、タアロア、カーネと言った古い神々の加護を受けた神聖な存在として典礼を捧げ、ある集団は国王は人間であり、至高の神の下で生きる子羊の一つの立場に過ぎないとして、典礼を拒否しました（ソティル教の詳しい教義については、本日バックナンバーを参照のこと）。この複雑な争いは、外部の別の教えも巻き込んで激しさを増していき、国論は二分どころか三分四分と刻まれました。幾つかの島では武力を伴う衝突が起き、死者も出たと言います」
こうした衝突は段々と激しさを増し、遂には内戦の危機まで進行していった。が、その危機は唐突な災害によって消滅したのだという。
「この対立に終止符を打ったのが、所謂『外国病』の爆発的流行でした」
殿下は、当時の古い歴史書を取り出され、病の惨禍を神罰と捉えた多くの信徒が、異教を棄てて旧来の信仰に立ち戻ったことを記者に示された。
「全国民の半分以上の命が失われたとされるこの破滅的疫病の流行は、外国という存在そのものの印象に致命的影響を与えました。そして、異教はその中でも最も悪きものとして、激しい指弾の対象となったのです」
当時の神事と刑罰の記録を調べると、疫病鎮静を願って行われた軍神クーに捧げる祭の回数と、異教信仰の罪で罰せられた人間の数はほぼ正比例する。これは、生贄を伴う祭事において、異教徒が多数生贄とされてしまった悪き事実を示している、と殿下は悲痛な表情で仰った。
「思想的背景を見れば、厳格な一神教思想のバサビア教を除けば、大凡の異教は王国古来の信仰と決して矛盾はしません。にも関わらず、彼らは異なる名前の教えと異なる言語を用いて祭祀を行ったことで、疫病の責任を押し付けられてしまったのです」
これにより、少なくとも五百人の異教徒が生贄とされ、生き残った者の多くは広いラピタ島の奥地へ逃げ、高地の民の目も逃れて村を営むか、島ぐるみで改宗した土地で庇護を受けて暮らすかのどちらかを強いられた。
疫病に対する恐れはその後王国に根深く残り、鎖国の重要な動機の一つとなった。そして、それは即ち長い間異教信仰と同一のものであり、異教信仰の抑圧によって疫病から逃れられると信じられていたという。
「4世廃位の後、ポマレ5世の名によって発布された、ーまさに今問題となっている、『信教勅令』は、そうした思想を如実に表していると言えるでしょう。『正統なる神々とその守護を受けたる神聖なアリイの名の下に、アウプニの人々に命を下す…』という書き出しですから」
そうした異教にとっての冬の時代が13年間続いたが、ポマレ6世の即位に伴って、大きな変化がもたらされた。
音楽や芸術といった文化を愛した6世は、異教の信徒達が守ってきた外来のそれに大きな関心を示し、今までの生命さえ奪う抑圧策を転換させ、彼らの信仰が現代まで保存される契機を作ったのだ、と殿下は強調される。
「6世に関する有名な逸話に、『讃美歌、レリーフ、宗教画』というのがあります。これはそれぞれ、6世がソティル教、太陽教、バサビア教の優れた技術に触れ、それに感銘を受けた結果、彼らの存続を許した、という美談（人によっては不信心の話ですが）として伝えられていますが、わたしはこの話は非常に信憑性の高いものと考えています。何故なら、6世の絵画や音楽作品、はたまた彫刻には治世全体を通じて、その多くに宗教芸術の顕著な影響が見られるからです。特にこの音楽は…失礼、いずれにしても、6世の芸術的な感性が、彼の頃に施行された異教徒流刑の制度に大きな影響を与えたのは間違い無いでしょう（異教徒流刑の制度については本紙バックナンバーを参照のこと）。…その後6世は、いくつかの無人島を割り当てて、開拓も兼ねてそこに異教徒を閉じ込める形で存続を認めました。そして、7世の憲政時代という僅かな春を挟み、彼らは閉鎖的な共同体で150年の年月を過ごすこととなったのです」
異教徒達の存在が許容された島は、それぞれラピタ島の西に位置する「オントンジャワ島（太陽教の島）」、ライアテア島の北に位置する「タンガタ・マヌ島（ソティル教の島）」、そして国土の南端に近い「マケマケ島（バサビア教の島）」の3つで、後に「トゥ・ヌイ島（タンガタ・マヌ島の隣の島）」がソティル教に、「カ・レレ島（マナルウイ島の属島）」がユダヤ教の流刑地として追加された。これらの島々には合わせて1,000人程の異教徒が共同体を形成し、新たな流刑者の到着と、課せられた賦役の納入の他は外との関わりを殆ど持つこと無く、独自の信仰を守り続けてきた。
彼らの遺した細密な祭祀の記録は、歴史的に重要な史料であるのみならず、後の開国時においては外国人との最初のコミュニケーションに必要な貴重な知見となったと王女殿下は指摘される。
「お恥ずかしい話ですが、わたしがあの開国の折に外国人に話しかけた言葉は、最初はソティル教の典礼言語で、その次が偉く古風なマウサネシア語でした。それらは図書館にある昔の史料から齧ったもので、とても使えたものではありませんでしたが、アレのおかげで平和的な接触が持てたかと思うと、ホッとしています」
最後に殿下は、次の様にお話をまとめられた。
「まあ、随分と長くなってしまいましたが、一応ざっとこの国における異教信仰の歴史について、ソティル教を軸に見てきました。異教はこの国において迫害の対象となった一方、文化的には少なからぬ影響を良くも悪くもわたし達に与え、その役割は歴史上無視することはできません。また、今ではわたし達のすぐ側にも異教の影響がありますし、それ無くしては、今後世界に於いてこの国が何かしらの立場を占めるということは無いでしょう。…わたしは何かしらの意見を表明できる立場にはいませんが、『無条件な受け入れ』も、『徹底的な排斥』もしない、調和と共同の精神によって国を立てるべきだとぼんやりとですが思っています。それに、わたしの大切な友人も、ソティル教の名前を受け継いでいますからね。ねえ、クリス？」
宗教に関する問題は根深く、その解決には長い時間がかかるだろう。しかし、彼らの思想や守るべきものを理解することで、共存の道は必ず開ける。王女殿下のお話は、その可能性を全ての国民に気づかせるものとなるだろう。
次回は、各国の宗教的文化について特集する予定である。
外国人向け注釈
クー、ロノ、タアロア、カーネ…ラピタ王国で古来より信仰される「四柱の最高神」。海と魔法、冥界の神タアロア（タンガ・ロアとも）を最高位とし、クーは戦と国家鎮護を、ロノは平和と農耕を、カーネは生命を司るとされる。また、ラピタにおけるソティル教では、タアロアが最高神と同一視され、その下で三柱が世界の法則を司るとされていた
（王国公営新聞「国民の声」8月増刊号外より抜粋）
先日、王国議会民衆院は、長きにわたって続いてきた厳格な異教信仰の制限を止め、宗教に関わる自由の第一歩となる法案を可決するに至った。
これについて、目下国論は二分され、伝統を守り抜こうとする人々と、開国による新しい時代をもたらそうとする人々の厳しい対立が表面化しようとしている。
本紙はそうした対立の背景を解き明かし、今後いかなる手を我が国が取るべきかを考えるべく、まずは我が国における異教信仰の歴史について紐解くこととした。本紙記者は、既に十数度を数えるであろう宮廷書記官府へ向かい、この国一の知識人と名高いリリィ王女殿下にお話を伺った。
「わたしはあくまで一王族であって、決して賢者であるとか、智徳を持つ導き手であるとか、そのようなわけではありませんよ」
王女殿下はその様にご謙遜されたが、今回も記者の求めに応じて、王国における異教の歴史、特に以前の三面で解説したソティル教周辺の物事について比重を置き、丁寧に説明して下さった。
「ソティル教に関する詳しい説明は今更するまでもないでしょうから、省かせて頂きます。まずはこの異教がいつ頃この国に入ってきたのかを振り返りましょう」
殿下によれば、ソティル教とこの国とが最初の接触を果たしたのは、恐らくはポマレ1世大王よりも前の時代ではないかという。
「世界全体の歴史を俯瞰してみると、この国の武器である火縄銃というものが、実は遥か北の地で発祥したとあります。この地はソティル教の発祥の地でもあり、教えを信奉する国々によって火縄銃が増産され、二つ共に世界に広まったのです」
火縄銃がこのラピタ島に伝わる過程で、ソティル教と何かしらの繋がりがあったとしても、おかしくはないと殿下は語る。
「実際、各地に残る口承を紐解くと、ソティル教の象徴と思しき装身具を携えた人の話であるとか、少し方向は変わりますが、マウサネシアの太陽教に似た信仰の存在を示唆するものもあります。従って、大王陛下の統一以前から、この国の民は異教に触れていたと考えても突飛なものとはならないでしょう」
しかし、そうした教えの大部分はごく少数にしか広まらず、時が経つに連れて旧来の信仰の中に埋もれてしまい、それらを伝える歌や詩文も旧来の価値観に合わせて解釈されてしまったことで、本来の意味が絶えてしまったのだ、と殿下は指摘される。
殿下によれば、目に見える形で異教が多大な影響を与えたといえるのは、ポマレ2世か、またはポマレ4世の時代が最初であるという。
「ポマレ2世は、ラピタ王国の領土を築くにあたり、大量の銃と大砲という新兵器を用いましたが、この出どころが異教徒ではないかと考えられます」
大砲も、発明は違えど技術の発展はソティル教の地域で成されており、我が国で用いられた形式のものが開発されたのも、その地域であるとされている。
これについて殿下は、ソティル教国から派遣された貿易商人を介して、ポマレ2世が大量の兵器を得たのではないかと考察されている。
「まあ、ポマレ2世の業績については、何か明確な証拠があるわけではないので、あまり長く話すわけにもいきません。それよりも、ポマレ4世の方が、異教信仰の歴史においては非常に重要な存在です」
殿下はポマレ4世について、次の様にまとめられた。
「4世は、言うなれば『全ての原因となった人物』と言っていいでしょう。即ち、以前の厳格な異教統制であるとか、今回の緩和措置であるとか、そうしたこの国における宗教の諸問題は万事彼に端を発していると言って差し支えありません。…いえ、決して悪い評価をしているわけではないのです。寧ろこの王様がいてこそ、今の王国があるのですから」
4世の時代は、異教が本格的に王国に入り込むと同時に、「宗教」という概念が生まれた最初の時代である、と殿下は語られる。
「それまでの時代、この国に宗教という概念はありませんでした。神々の教えは絶対的、唯一の『真実』であり、疑うということ、はたまたより深めるということは考えの外にあったのです。しかし、ソティル教、太陽教、バサビア教などが4世の時代に流入すると、古き神々の教えの絶対性は揺らぎ、初めて『相対的な見方』、言い換えますと『同じだけの説得力を持つ真実』、が現れたのです」
この時代に初めて、古き神々の教えは数ある「宗教の一つ」として再定義され、その結果現在の宗教に関する問題が現れた。殿下はこれについて、現在の文化を深める契機となる良い側面があったとする一方、国内の深刻な対立の喚起と、鎖国への流れを作った悪き側面も無視し得ないと仰った。
「古い神々の信仰は、新しい敵が現れたことでより深化され、体系化されていきました。しかし、ソティル教などの教えは遥か昔からそうしたことを行ってきたのです。…説得力と魅力において優る外国の異教は、瞬く間に王国各地へ広がり、深刻な対立を引き起こしました。それは古い教えと新しい教えの戦いであると同時に、新しい教えの中でも対立が存在したのです。その一例として、この国のソティル教内部での、国王（アリイ・ヌイ）に関わる位置付けが挙げられるでしょう」
殿下は、当時ソティル教の共同体の中に、国王の地位を巡る典礼上の対立があり、それらがのちの異教禁圧策を呼び込む一つの引き金になったのではないか、と記者に語られた。
「当時の文献によると、ソティル教の共同体の中では、国王を神々の列に加えるか否かで激しい対立があったそうです。ある集団は、国王をクーやロノ、タアロア、カーネと言った古い神々の加護を受けた神聖な存在として典礼を捧げ、ある集団は国王は人間であり、至高の神の下で生きる子羊の一つの立場に過ぎないとして、典礼を拒否しました（ソティル教の詳しい教義については、本日バックナンバーを参照のこと）。この複雑な争いは、外部の別の教えも巻き込んで激しさを増していき、国論は二分どころか三分四分と刻まれました。幾つかの島では武力を伴う衝突が起き、死者も出たと言います」
こうした衝突は段々と激しさを増し、遂には内戦の危機まで進行していった。が、その危機は唐突な災害によって消滅したのだという。
「この対立に終止符を打ったのが、所謂『外国病』の爆発的流行でした」
殿下は、当時の古い歴史書を取り出され、病の惨禍を神罰と捉えた多くの信徒が、異教を棄てて旧来の信仰に立ち戻ったことを記者に示された。
「全国民の半分以上の命が失われたとされるこの破滅的疫病の流行は、外国という存在そのものの印象に致命的影響を与えました。そして、異教はその中でも最も悪きものとして、激しい指弾の対象となったのです」
当時の神事と刑罰の記録を調べると、疫病鎮静を願って行われた軍神クーに捧げる祭の回数と、異教信仰の罪で罰せられた人間の数はほぼ正比例する。これは、生贄を伴う祭事において、異教徒が多数生贄とされてしまった悪き事実を示している、と殿下は悲痛な表情で仰った。
「思想的背景を見れば、厳格な一神教思想のバサビア教を除けば、大凡の異教は王国古来の信仰と決して矛盾はしません。にも関わらず、彼らは異なる名前の教えと異なる言語を用いて祭祀を行ったことで、疫病の責任を押し付けられてしまったのです」
これにより、少なくとも五百人の異教徒が生贄とされ、生き残った者の多くは広いラピタ島の奥地へ逃げ、高地の民の目も逃れて村を営むか、島ぐるみで改宗した土地で庇護を受けて暮らすかのどちらかを強いられた。
疫病に対する恐れはその後王国に根深く残り、鎖国の重要な動機の一つとなった。そして、それは即ち長い間異教信仰と同一のものであり、異教信仰の抑圧によって疫病から逃れられると信じられていたという。
「4世廃位の後、ポマレ5世の名によって発布された、ーまさに今問題となっている、『信教勅令』は、そうした思想を如実に表していると言えるでしょう。『正統なる神々とその守護を受けたる神聖なアリイの名の下に、アウプニの人々に命を下す…』という書き出しですから」
そうした異教にとっての冬の時代が13年間続いたが、ポマレ6世の即位に伴って、大きな変化がもたらされた。
音楽や芸術といった文化を愛した6世は、異教の信徒達が守ってきた外来のそれに大きな関心を示し、今までの生命さえ奪う抑圧策を転換させ、彼らの信仰が現代まで保存される契機を作ったのだ、と殿下は強調される。
「6世に関する有名な逸話に、『讃美歌、レリーフ、宗教画』というのがあります。これはそれぞれ、6世がソティル教、太陽教、バサビア教の優れた技術に触れ、それに感銘を受けた結果、彼らの存続を許した、という美談（人によっては不信心の話ですが）として伝えられていますが、わたしはこの話は非常に信憑性の高いものと考えています。何故なら、6世の絵画や音楽作品、はたまた彫刻には治世全体を通じて、その多くに宗教芸術の顕著な影響が見られるからです。特にこの音楽は…失礼、いずれにしても、6世の芸術的な感性が、彼の頃に施行された異教徒流刑の制度に大きな影響を与えたのは間違い無いでしょう（異教徒流刑の制度については本紙バックナンバーを参照のこと）。…その後6世は、いくつかの無人島を割り当てて、開拓も兼ねてそこに異教徒を閉じ込める形で存続を認めました。そして、7世の憲政時代という僅かな春を挟み、彼らは閉鎖的な共同体で150年の年月を過ごすこととなったのです」
異教徒達の存在が許容された島は、それぞれラピタ島の西に位置する「オントンジャワ島（太陽教の島）」、ライアテア島の北に位置する「タンガタ・マヌ島（ソティル教の島）」、そして国土の南端に近い「マケマケ島（バサビア教の島）」の3つで、後に「トゥ・ヌイ島（タンガタ・マヌ島の隣の島）」がソティル教に、「カ・レレ島（マナルウイ島の属島）」がユダヤ教の流刑地として追加された。これらの島々には合わせて1,000人程の異教徒が共同体を形成し、新たな流刑者の到着と、課せられた賦役の納入の他は外との関わりを殆ど持つこと無く、独自の信仰を守り続けてきた。
彼らの遺した細密な祭祀の記録は、歴史的に重要な史料であるのみならず、後の開国時においては外国人との最初のコミュニケーションに必要な貴重な知見となったと王女殿下は指摘される。
「お恥ずかしい話ですが、わたしがあの開国の折に外国人に話しかけた言葉は、最初はソティル教の典礼言語で、その次が偉く古風なマウサネシア語でした。それらは図書館にある昔の史料から齧ったもので、とても使えたものではありませんでしたが、アレのおかげで平和的な接触が持てたかと思うと、ホッとしています」
最後に殿下は、次の様にお話をまとめられた。
「まあ、随分と長くなってしまいましたが、一応ざっとこの国における異教信仰の歴史について、ソティル教を軸に見てきました。異教はこの国において迫害の対象となった一方、文化的には少なからぬ影響を良くも悪くもわたし達に与え、その役割は歴史上無視することはできません。また、今ではわたし達のすぐ側にも異教の影響がありますし、それ無くしては、今後世界に於いてこの国が何かしらの立場を占めるということは無いでしょう。…わたしは何かしらの意見を表明できる立場にはいませんが、『無条件な受け入れ』も、『徹底的な排斥』もしない、調和と共同の精神によって国を立てるべきだとぼんやりとですが思っています。それに、わたしの大切な友人も、ソティル教の名前を受け継いでいますからね。ねえ、クリス？」
宗教に関する問題は根深く、その解決には長い時間がかかるだろう。しかし、彼らの思想や守るべきものを理解することで、共存の道は必ず開ける。王女殿下のお話は、その可能性を全ての国民に気づかせるものとなるだろう。
次回は、各国の宗教的文化について特集する予定である。
外国人向け注釈
クー、ロノ、タアロア、カーネ…ラピタ王国で古来より信仰される「四柱の最高神」。海と魔法、冥界の神タアロア（タンガ・ロアとも）を最高位とし、クーは戦と国家鎮護を、ロノは平和と農耕を、カーネは生命を司るとされる。また、ラピタにおけるソティル教では、タアロアが最高神と同一視され、その下で三柱が世界の法則を司るとされていた
（王国公営新聞「国民の声」8月増刊号外より抜粋）
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