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kosyoubaru 2022年06月20日(月) 11:14:19履歴
マウサネシア連邦共和国
ラピタ王国
さて、リリィは休暇を取っていたが、その間にある情報を耳にした。
それは『工事中だったマウサナ人向けの集合住宅が完成した』という情報だ。
「うぅーん」
「おや、起きましたか」
「あなたは昼寝の時も先に起きるのね」
「これまでもこれからも、そうですよ」
「……それより」
リリィはテーブルに敷いてあった首都の地図の前に移動した。
「どうやら集合住宅が完成したらしいわ」
「早いですね、この前見た時はまだ土台を作っていましたし」
「それで、休暇中休みすぎて逆に疲れたから、少し見に行かないかしら?」
「賛成です」
ラピタに建てられた集合住宅は、3階建ての低層タイプが3棟であった。元々は5階建ての計画だったが、王家への不敬にあたるという指摘により、計画を変更した経緯がある。
その団地には2DKの部屋が12戸、1DKの部屋が24戸、1Rの部屋が72戸存在しており、このうち2DKと1DKはこの島に定住している者、1Rは一時的にこの島に来ている者の家だ。
マウサネシアが所得した団地の用地にはまだ半分ほど空きスペースがあり、現在は店舗スペースとして転用されているそうだ。
「すごい、本当に出来てるわ」
「どうやら、既に入居者も居るようですね」
「しかし、5階建てにならなかったのは残念ね」
リリィは上を見上げ、建物の上端を見た。天井が低い分、王宮よりも高さは低かった。
「仕方ありませんよ、まだ外国人を悪く思ってる連中は沢山居ますから。」
実際のところ、王室への不敬というよりは、むしろラピタの反外国人勢力に対して気を使った、というほうが大きい。
リリィは、プレハブの店舗が並んでいるスペースに向かうことにした。
「ここに並んでる品物は、どれも珍しい物だわ!」
「王女様!そんなにはしゃがないでください!」
マウサネシア文字で『米』と書かれた店にはマウサナ人が集まってきていた。その隣の店では、マウサナ製の玩具などが並んでいる。
「今どきの玩具は光って音楽も鳴るのね」
「私たちの知らないところで、マウサネシアという国も進化しているんですねぇ」
リリィはその隣にあった、銃の形状を模倣した透明な色つきプラスチックの玩具を手に取った。
「これは水鉄砲かしら、懐かしいわね」
「昔は、よく水鉄砲で遊びましたね。尤も、私が一方的に濡れて終わりでしたが。」
「あら、白い御子を少し濡らしただけでも、下手したら不敬よ?」
「流石にジョウロまで兵器転用されるとは思いませんでしたよ」
彼らの少年・少女時代のそういった記憶は、意外にもマウサネシア製の子供用玩具によって満たされていたのだ。
とは言っても、彼らはもはや子供ではない。長居すると迷惑になるので玩具店を足早に抜けた。
「なんかお菓子でも買って帰ろうかしら」
「まあ、ちょうどマウサネシアのお金持ってますからね」
すると、見覚えのあるマウサナ人がリリィの目に留まった。
「ケルチットさん?」
「あ、リリィ殿下にクリスさん。こんな所で一体何を?」
「休暇中暇だったから、息抜きのために少し見に来たのよ」
「本当は内装も見たかったのですが、流石に中に入るわけにもいかないのです」
「なら、私の部屋にでも来ませんか?実は私、ここに住んでるんですよ」
「おお!なら是非、お言葉に甘えようかしら」
「王女様、そんなホイホイと着いて行って良いんですか?」
「そのために護衛役のあなたがいるんじゃない?」
さて、ケルチットはこの島に定住しているため、1DKの部屋が割り当てられているそうだ。
このタイプは階段室型と呼ばれ、階段1階分につき2部屋が向かい合って存在している。
「この部屋です」
「最上階ね」
「このボタンは何かしら?」
「これは呼び鈴ですよ」
扉は木製の枠に木製の格子と虫除けの目の細かいネットがはめ込まれており、風が通るようになっている。横にスライドして開けるのだ。
「鍵はついてないんですね、外国の家には鍵があると聞いたのですが」
「うちの国ではそんな文化はないんです」
マウサネシアの家屋にはちゃんとした鍵がついていない。それは窃盗や暴行をする者がほとんど居ないし、そもそも盗む物が無いからだ。
家の中に入ると、玄関には靴を脱ぐためのスペースがあり、奥は一段高くなっており、ここにも緑色の蚊を防止するネットが張られていた。
玄関には靴や小物を入れておく棚があり、サンダルやスニーカーがいくつか入っていた。
「…虫に対する防衛が2重なのはもはや執念を感じるわね」
「だって家の中に虫が入ってくるとうるさいですし。」
マウサナ人は虫が苦手というわけではなく、むしろ虫を触ることにはあまり躊躇しないタイプだが、生活空間に飛ぶ虫が入ってくることを嫌う。
「あ、履物はここで脱いでくださいね」
虫除けネットをくぐると細い廊下とキッチンがある。キッチンは簡素なもので、棚付き作業台、流し、ガスコンロ、冷蔵庫、電子レンジ、炊飯器(インディカ米に合わせた仕様であるため、読者が想像する物とは少し違う)があるだけだ。
「炊飯器なんて初めて見たわ」
「これですか?まあ簡単にご飯が炊けるんですが、手作業よりは味は劣りますね」
「この流しは金属ですか」
「ステンレスです」
「あの水に浸かっても錆びないっていうやつね。」
廊下から左のドアに入ると浴室がある。浴室には真四角の狭い風呂がある。
「これもステンレスなのね。ところでこの風呂はどうやって沸かすのかしら?」
「それは、この風呂の横にある機械をつかいます。ダイヤルで温度を設定するだけで、簡単に風呂に入れます」
「やっぱり進んでますねぇ」
キッチンのある廊下を過ぎると、板間がある。広さは9平方メートルで、低いテーブルと座布団、棚とテレビが置かれている。
その奥は襖で仕切られている畳の部屋であり、ここにも低いテーブルが置かれていた。
「これが畳?」
「そうです、こうやって寝たりできますよ」
「なんかこれ寝落ちしそうだわ」
3人は横になってみたが、意外にも寝れそうだったので、すぐに起き上がった。
「じゃあなんか飲み物出しますから、テレビでも見てて待っててください」
2人は座布団に座ってテレビを見る。マウサネシアからケーブルを引いてきてラピタのアンテナから放送しているため、放送はマウサネシア語で行われている。
『我々は資本主義から労働者を解放する!』こんな内容の子供向け社会主義アニメや、よく分からないドラマ、スポーツ中継とチャンネルを切り替え、最終的にはマウサナ人たちで色とりどりの国会中継を見ることにした。
国会中継では、新しい政策の是非について、質問攻めにする野党議員とそれに答える与党議員、という光景が終始行われていた。
「活発な議会ね」
「ええ」
ラピタ王国の議会だとこうもいかない。昼頃からダラダラと議論をして、結局議員の約半分が採決までに帰宅するという事態が起こるレベルなのだ。
「でも、それが私たちの国の良いところよね。」
「忙しくしたって、こんな島では意味ありませんからね。」
「お待たせです〜」
ケルチットが持ってきたのは緑色の茶。これはマウサネシアの緑茶である。
「飲むのは久しぶりね。」
「あれ、これ少し甘いですね」
「ああ、ついいつもの癖で砂糖を少し入れてしまいました」
「なるほど」
マウサナ人は苦いものは苦手な傾向にあるので、緑茶にも砂糖を若干入れる習慣があるのだ。
「それと、お菓子もどうぞ」
緑色やピンク色、オレンジ色など、色とりどりの丸い、タピオカ粉、米粉、ココナッツミルクを使用したもちもちした食感のお菓子だ。
「これおいしいわね」
「私もこれ好きなんです」
お菓子を食べ終わったころ、ちょうど外では日が沈もうとしていた。せっかくなのでベランダに出てみる。
「すごい!タアロアの街が一望できるわ!」
「3階建てでも、この国では十分高いですね」
「ここ、眺め良いですよね。」
「ええ、良い家だと思うわ。」
口ではそう言ったリリィ王女であったが、それでも彼女にとって、最も住みやすい家はラピタの伝統家屋であるということに変わりはなかった。
たしかに、この家には扇風機もあるし、蛇口を捻れば水が出て来て、ダイヤルを回せばコンロに火がつき、電気もあって夜でも明るい。
だが、結局それだけなのだ。
鉄筋の入った分厚いコンクリートの壁。窓の配置からも少しでも通気性を確保しようと努力したのが見てとれる。
しかしながらそんな生活は嫌だった。まるで牢獄に自ら閉じこもっているかのようなものだからだ。
自然と一体になって、神々の恵みを全身に受けながら、みんなで気楽に暮らす。これこそラピタが守らなくてはならないライフスタイルだ。
だが、そこまで高尚な考えをしているのはリリィくらいだった。結局、民衆は楽な方に流れていくことを彼女は知っている。
そしてそれを恐れていた。タアロアが、現代諸国と何ら変わりない住宅で埋め尽くされる、その日を。
リリィ王女が恐れているのは画一化だった。もう海の外では、どの国も程度の差こそあれど大体同じような生活になりつつある。
新しく便利な伝統に対して古い伝統は弱い。隣国のマウサネシアは億の人口があったにも関わらず、現在まで残っている伝統は少ないという。
しかしラピタの民衆から見れば、現状の伝統を維持するのは本当に幸せなのだろうか。今、本人たちは幸せだと言うだろうが、それは便利な生活が存在することを知らないからだ。
しかしここ数年で、外国人が進出してきて注目を集めるようになると、民衆が外国の便利な生活を知るようになる。
街頭テレビというものもそれを後押しするだろう。民衆は外国のドラマやアニメを見て、自国の貧しさと外国の豊かさに気付く。
ラピタの民にとっては知らない方が幸せだった。しかし彼らは知ってしまった、もう若者の中には古い伝統を捨てて外国人のように生きたいと考える者も居るらしい。
すでに、これが自分のエゴに過ぎないということは理解していた。しかしその上でも、その意思は変えないつもりだ。
それは何故か。
ラピタ王国の古き伝統にとっては、リリィこそが最後の砦だからだ。
ラピタ王国民50万人の行く末は、22歳の若き白髪の女性の小さな背に託された。
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