架空の世界で創作活動及びロールプレイを楽しむ場所です。

ジャーン!ジャーン!ジャーン!

シンバルの音が鳴り響いて、私は強引に夢の中から現実へと引き戻された。

「大王様、おはようございます」

「まだ寝たい……」

布団を被って最後の抵抗を試みるが……

「なりません大王様、本日は第一興業ロニサール銀行の担当者との面会があり、午後からは……」

第一興業ロニサール銀行って確か3つの銀行が合併したメガバンクだっけ……
なまえながいからわけよう……むにゃむにゃ……

ジャーン!ジャーン!

「わーうるさい!」ガバッ

「おはようございます」

「はいはいわかったわよ起きるわ」

自分を起こした人物に目をやると、その人物は気まずそうに目を逸らした。

「……その」

「?」

「今日は黄色ですか」

「あっ……」

どうも私は昨晩、下着姿でそのまま布団に入ってしまったらしい。
幸運にも薄い布のような掛け布団によって下半身を見られるのは回避された。

このマウサナ人は物心着いた時から私の身の回りの世話をしてくれているケオ・アリーという者だ。
2歳年上で、幼少の頃に何回か裸は見られているのだが、今見られると、やはりとてつもなく恥ずかしい。

「……見たわね」

「いえ、見せてきたのは大王様にございます」

「昔だったら不敬罪よ、早くあっち行きなさい」

彼女が去ると、私は布団から這い出して、立ち上がって服を着たのだった。


私は一般にスーリヤジュラル8世と呼ばれる、マウサナ太陽教社会主義国家連盟の加盟国であるマウサネシア連盟共和国の、その構成国であるクシャール王国の大王だ。
本名は「セレユトー(聡明なマウサナ人の意)」といい、王家の者なので苗字はない。


今私たちが住んでいるのは2棟の現代的なビルディングで、私の家と礼拝の施設、そして王家の資産を管理したりする事務所などからなる。

この2棟のビルが、私が自由に扱える全てだ。かつてこの巨大な国の全てを自由に扱えた大王の直系の子孫が扱えるのは2棟のビルのみなのだ。

昔からの伝統的な王宮や各地の離宮、カーリスト様式の近代的な王宮は今も王家の持ち物であるが、これらは観光地や地域の公園として解放しているため、住むことは出来ないのだ。


特にジャヤカラタにある近代的な方の王宮(新王宮と呼ばれている)は白亜の壮麗な建物であり、イオニア諸国では最大級の規模を誇る洋風建築で、革命前の時代は実際にそこに住んでいたのだが、今は有名な観光地になっている。

一応、ド田舎の小規模な離宮が1つだけ自由に扱えるのだが、最近は行っていない。

私は11歳、マウサナ人は早熟なので人間で言うところの21歳だ。今は大王の仕事を最低限はこなしつつ、高校に通っている。
早熟なマウサナ人に年々複雑になる教育が追いつかず、マウサナ人は高校1年で10歳を迎えて成人してしまうのだ。

「今日の予定は?」

「えーと、まず朝9時から第一興業ロニサール銀行の担当者と面会、その後は高校に向かい三限の途中から四限のみ受けて昼食を食べたら高校を出てジャヤカラタの迎賓館に赴き、夕方から交流会を行います。」

久々のハードスケジュールに聞いてて嫌になる。

「うわー、今日は忙しいわね。」

「これも大王の仕事ですよ」

「分かってるわよ。とりあえず朝食にするわ」

「もう出来ております」

「さすがね」



「スーリヤジュラル殿下、ご機嫌麗しゅうございます。今日も一段と美しくございます。私めは第一興業ロニサール銀行から参りましたマレット・ケーユワエイユットでございます」

「いえ、わざわざありがとうね」

「はっ、私のようなふつつかなマウサナ人ですが、よろしくお願い致します」

第一興業ロニサール銀行というのはマウサナ第二位のメガバンクで、10年ほど前にマウサナ第一銀行、マウサネシア興業銀行、ロサニール銀行の大手3社が合併して産まれた企業だ。

「もっと楽にしていいのよ。それで、今日はなんの要件かしら?」

「はっ。早速本題に入らせて頂きますと、エドラチア北部にて行われる予定のリゾート開発についてです」

「詳しく聞かせて?」

「はっ。マウサナ諸国ではインバウンド需要が年々高まっており外国人観光客は増える一方です。そこで、カーリスト諸国に比較的近いエドラチア北部にてリゾート開発を行うことで現地産業を振興するプロジェクトが始動したのであります。」

「なるほど」

「リゾート開発では、あの世界的大企業のヴィシィ・グループが主体となるようです。既にJCBC(ジャヤカラタ中央銀行、銀行業界最大手)も融資するようでして、うちとしても参加したい所存であります」

「そう、あのヴィシニョヴィエツキ家が………」

ヴィシニョヴィエツキ家。カーリスト諸国最大級の貴族だ。
その当主のリュリスという人物を私はよく知っている、なぜなら私と境遇が似ているから色々と調べたのだ。
私と同じように若くして両親を亡くし、片方は大貴族、片方は大王という重責を背負わされた高校生。
彼女と会ったことはないが、マウサナ人の私が親近感を感じてしまうのは必然だった。

「どうされました?」

「いいえ、あそこの当主って公爵だけど、大王である私の何倍も資産あるのよね……」

そこが最大の違いだった。
ヴィシニョヴィエツキ家の総資産は総計158億FRD、それに対してクシャール大王家の総資産は総計69億FRDであるため倍以上の差があるのだ。
いくら民衆に支持されている大王といえども、この国は太陽教社会主義を掲げた労働者の国なのだ。本来は処刑されそうな所を「お情けで」生かしてもらっている。
帝国の時代が終わってもしばらくの間、大王家はなおも広大な領地と相応の資産を有していたが、革命の際に大部分は取られてしまい、今では見る影もない。

しかしこの国ではそれすらも異常なのだ。異質な存在なのだ。
なぜなら普通のマウサナ人は自分の土地すら持てず、国から衣食住などのサービスを提供してもらって、それに頼りつつ恩返しのために汗水流して働いているから。
それは社長でも同様で、この国では大企業の社長でも平社員とは他国ほど大きな収入の格差がない(大きくても数倍程度に収まる)。

つまり、そのような環境で69億FRDというのは例外中の例外なのだ。

「ええと……」

「あ、気にしないで大丈夫。続けて?」

「はっ。ハートの銀行として人民の皆様を大切にするモットーの当社としては、リゾート開発によって数千人の雇用が創出され、人民がより豊かになるというのはまことに素晴らしいことです」

「良い考えね、でもなぜ私たちにその話を……?」

「そこで、大王様に投資に参加して頂きたいのです、もちろん、少額でも構いませんので……」

「本当の所はどうなの?恐れずに言ってみて?」

「ええと……その、旧ロサニール銀行はクシャール大王家が創設した銀行ですので、えー、『旧L』の方々を動かすには大王様のお墨付きが必要でして……」

「わかったわ、つまり派閥を動かさないと投資には動けないのね」

「その、まことにその通りでございます」

第一興業ロニサール銀行の元となった3つの会社は、合併後も『旧L』のような3つの派閥に社内が分かれており、これらはお互いをライバル視しており激しい社内競争が起こっているのだ。
そして、わざわざ大王の私を訪ねてくるというのは、3つの派閥のうち融資に積極的なのは1つのみで他の2つは懐疑的ということが容易に想像できる。
ここで私のお墨付きが得られれば、2対1となり一気に投資側に傾くのだろう。
それがこの会社の利点であり、融資には慎重になるため損出も少ない傾向だが、重大な弱点でもあり、最近は大規模なシステム障害をやらかしてYANPLACEでも大炎上していた。

そうゆう訳でこの件、かなり心配なのだ。JCBCの話も信憑性が不明であるため、危ない橋かもしれない。

「続けてちょうだい」

「では、これから詳細の説明をさせていただきます……」

それからは専門用語が乱発される聞くに絶えない投資の話ばかりだった。こんな高校生に投資の話など分かるわけがない。
最初は真面目に聞こうとしたが、そのうち別のことを考えながら聞いているフリをするようにした。

「この件に関しては、持ち帰って前向きに検討するわ」

「感謝します」

こうして本日最初の仕事は終了した。


「次は高校ね」

「こちら制服です。お着替えください。」

私は制服に着替えた。通っているはいたって普通の高校であるため、制服も特にこれといった特徴もない典型的なマウサナ人の制服だ。

この国には私立高校という概念はなく、全ての高校は公立である。それは「教育の平等のため」であり、つまり大王であっても普通の公立高校に通わなくてはならない。

平等を何よりも重んじ、階級の固定化を悪とするこの国において、収入によって教育が変わるなどあってはならないことなのだろう。

「おはよう」

「「おはようございます」」

クラスに入っても帰ってくるのは敬語のみ。
なぜなら大王である私をみんな恐れて、そしてあまりにも格差がありすぎて距離を置かれるからだ。

理想だったはずの高校生活なんて大王にとっては幻想に過ぎなかった。
私のことはみんな大王として見ている。大王じゃない私は必要ないんだろう。
誰も等身大の自分を評価してくれない。大王としてではなく、セレユトーとして評価してほしい人生だったなぁ……

昼になると私の周りに生徒たちが集まってくる。好奇心旺盛な彼らは王族に関する質問ばかりする。
私はマウサナ人とは思われていない、なにか別の王族という新しい生き物だと思われているような気がしてならないし、実際そうなのだろう。
みんな愛想良く笑って可愛らしい笑顔を向けてくるが、それは等身大ではない、へりくだった儀礼的な笑顔だ。
かつて大王は神格化され庶民には顔を見ることも叶わなかった。今では面と向かって話せるが、やっぱり隔たりはとても大きいと日々痛感する。

「よっセレちゃん、今日も元気?」
「ういっす〜」

しかし何事にも例外はある、それがこの2人のマウサナ人だ。

1人はリャル・ラノで「体力バカ」と呼ばれる体育会系のマウサナ人、もう1人はニュス・トルで「不思議な子」と呼ばれる根っからのヲタクのマウサナ人だ。

「ははは、今日も質問攻めにせれちゃって疲れたよ」

「セレちゃん疲れたの?疲れたなら、トレーニングすればすぐ疲れ取れるんじゃない?」

「そりゃラノちゃんだけでしょ。疲れたらASMRを聞いて癒されるべきだよ」

「うーん、これはトルちゃんに一票かな」

「そういえば件のASMR、どうだった?」

「うーん私には過激すぎるような気がして、どうも……」

「ASMRって何だっけ」

とまあ、このようなくだらない内容を毎日のように話しているのだが、不思議と楽しい。
この2人とは高校に入ってから知り合い、お互いの家を何度も訪問したり(もちろん健全)、一緒に出かけたりする仲だ。
彼女らが居なかったら、私は何かと理由をつけて高校に行くのを拒否しただろう。

その後は用事があるので、本来の5、6限は早退して私1人先に下校し、次の目的地に向かうこととなった。

---

黒いリムジンに乗って高速道路経由でジャヤカラタの迎賓館へと向かう。

私が鉄道を使わないのには理由がある。それは父親である先王が鉄道の事故に巻き込まれて亡くなったからだ。
母親は私が物心つく前に病死しており、父親は私にとっての唯一の親であった。

2年前、先王が国鉄線で移動している最中、不慮の事故により電車が脱線して海に落ち、百人以上の死者が出る大惨事となり、父はそれに巻き込まれたのだ。
大王が鉄道事故で亡くなるという前代未聞の事態は「国鉄の恥」と呼ばれ強烈な批判に晒された。
この事故によって国鉄の中で何かが変わったのだろう、あれ以降大きな事故は起こらなくなった。
しかし私は未だに鉄道、特に国鉄には乗りたくないと思っており、克服には数年を要するだろう。

「大王様、到着いたしました」

「ご苦労さま」

迎賓館は120年ほど前に建てられたかつての離宮であり、洋風宮殿としては新王宮に次ぐ規模を誇る木造の建物だ。
本日は夕方からここで、マウサナ各地の王族が集まってくる交流会が開かれることになっている。



「あら大王様、ごきげんよう」

「これこれは、パロア小王家のヤショージュラル8世殿、ごきげんよう」

建物に入ろうとすると、ちょうど小王家筆頭であるパロア家当主のヤショージュラル8世というマウサナ人と遭遇した。
パロアは小王国という格が低い区分ながら王国に匹敵する領土と人口を有しており、王家と同格として扱われる例外的な存在で、そのためかヤショージュラル8世からも相応の風格を感じる。

「制服姿もよくお似合いですわね」

「制服なのに、何故私と分かったのでしょうか」

「それはもう、1回も会えば大王様のお顔は十分に覚えられますわよ」

「いえいえ、顔はありふれてるんですがねぇ」

「大王様には風格がありますから。それと、最近はいかが?」

「私は元気です、貴女のお子さんの方はどうですか?」

「ええ、おかげさまで無事に育っております」

「それは良かったですね」

「それで先程シャラ王家のラーマ5世がいらしたところですわ」

「では、我々も中に入りましょうか」

会場に入る前に、更衣室で高校の制服から、夜会における最上位の礼装である黒い燕尾服に着替える。
先程まで履いていた膝丈のプリーツスカートは、マウサナ人の基準だと長い部類に入るが、社交界では破廉恥とされ不適切なのだ。

「ドレスじゃなくて良かったわ。あれ着るのだけで1時間以上かかるから、正直二度と着たくないし。」

伝統的な大王の服装ですら着るのに30分もかからないのに、洋風ドレスというものは大変面倒であり、逆に男装であれば非常に楽である。

ドレスでない理由は、マウサナ人は外見は女性であるが、社交界では慣例的に男性として扱われることが多いからだ。
マウサナ人の燕尾服は普通のそれとほとんど変わりはないが、ズボンに尻尾を出すための穴があり、付け根を隠すためにジャケットの後ろ側が長くなっている。

「ラーマ五世殿、ごきげんよう」

ラーマ5世は車椅子に乗った年老いたマウサナ人であり、その年齢は72歳、マウサナ人の平均寿命が57歳と考えると、とてつもなく高齢で、人間に例えるなら100歳を超えている。

「おや、これはジャヤージュラル陛下、いやはや、一段と若い雰囲気を感じますなぁ」

「いえ、それはお父様です」

「これは失礼いたしました、はて、そのお子さんと言うと、この前赤ん坊だったと思いますが……」

「父上、あれからもう10年経ったのですよ」

ラーマ5世は長生きしすぎて認知症になってしまっているので、知識が10年前で止まっているのだ。

「失礼しました大王様、お父上がどうもすいません」

「いえいえ、誰だって歳は取りますよ」



「えーと、交流会のタイムテーブルは……」

「開会宣言、4曲分のダンス、宴会、その後は流れ解散ですね」

交流会のタイムテーブルを確認しようとすると、アリーがすぐさま補足してくれた。

「なんでダンスなんてあるのかしら」

「それに関しては大王様が以前仰っていたじゃないですか。交流会で定期的に踊るから必然的にみんな練習してくる、と」

交流会というのはカーリスト諸国から見れば実に奇妙で、宴会が主眼に置かれている。
それにもかかわらず中途半端に4曲分のダンスが存在するのは、カーリスト諸国にバカにされないようにするためだと言われている。

「200年近く前にマウサナの社交ダンスを馬鹿にしたと聞くけど、あの地域の世襲階級は何も変わってないのね」

「むしろ我々が変わりすぎましたよ、すっかり現代化してしまった。」

200年近くも前の帝国時代末期、当時のマウサナは近代化の一環で社交ダンスを導入したのだが、その時カーリスト諸国の上流階級は「猫が猿真似をしている」と嘲笑ったという。
マウサナ人にとって大変不名誉な風刺画(猫と猿の中間のような獣人が洋服を着て踊っている)も描かれ、これは歴史の教科書にも載っている。
今でも、最近ベルンで開催されたデビュタントでは、亜人はもちろん有色人種は未だに招待すらされていない。

「そろそろ開催時刻ね、私も準備するわ」

そういって私は登壇した。既に数十人の参加者が集まっているようだ。
そして客席からはテレビ局の面々や新聞記者、そして一般招待客(政府の閣僚や大企業の社長など)から待望の眼差しを向けられている。

「……諸君、まずは集まってくれたことに感謝します。これより、交流会を開会することをここに宣言します!」

こうして半年に1回の交流会が始まった。

「それではまず1曲目のワルツは、ご招待客と主催の一組だけで踊っていただきます」

昔から舞踏会というものでは主催者と最も格の高い招待客だけで最初の1曲を踊ることになっているのだ。

「1曲目はマウサナ近代音楽の父と呼ばれるカーナ・厶ンの傑作のひとつ、『ラバナーニ』です!」

カーナ・厶ンは150年ほど前、近代音楽とマウサナの伝統音楽を融合させ、それまでカーリスト諸国の真似事に過ぎなかったマウサナ近代音楽を、新たな段階に昇華させたことで知られている。
いわゆる国民楽派というジャンルでは帝政カリオニアのチャイコフスキーに並ぶと言われる偉大な人物である。

「まずは、クシャール王国のスーリヤジュラル8世大王殿下と、シャラ王国の皇太子殿下で踊って頂きます!」

「謹んでお受けします」

シャラ王国の皇太子は中年のマウサナ人であり既婚者である。
舞踏会では既婚も未婚も関係な く踊るのであり、未婚の大王と踊ったから結婚するとか、そういった制度は存在しない。

「よろしくお願い致します、陛下」
「こちらこそ」

そしてマウサナ最高峰と言われ世界にも通用するとされる、ジャヤカラタ管弦楽団による演奏が開始され、それに合わせて踊りも始まる。

最初は初歩的なステップから始まる。曲が進むとだんだん複雑になり、佳境に入ると高度なテクニックが要求される。

「流石は大王様だ」
「どちらも見劣りしないぞ……」

普通のマウサナ人はこんなもの踊れないが、私は幼い頃から練習し、大王の名に恥じないくらいの技量はあると自負しているが、何十年も踊ってきたベテランに上手く合わせられているのか、正直自信がない。

曲が終了しダンスも終わると、わあっ、と会場全体から拍手が上がった。

「大王陛下、大変見事なステップでございました。」
「それはそれは、ベテランのあなたに褒められるとは光栄です」
「前回よりも一段と見事になられましたね」
「ありがとうございます、練習の成果がありました」

「御二方、実に見事なダンスでございました!続いてはリシュ・ユンチャイワットのラーマーヤナ交響曲第三楽章より、『ヘトレノ』でございます!」

「大王陛下、次は私と!」
「是非とも私と踊って頂きたく思います!」
「いいえ、私と!」

たちまち目の前に人集りが出来て、何人もの王族たちが、自分こそが大王の相手をしよう、と必死に声をかけてくる。
さて誰と踊ったものかとあれこれ考えていると、人集りの中に、自分と同じくらいの若い者が居るのがふと目に入った。

「大王陛下、ここは私と」

「あなたはたしか……チェンパ王国の第三王女だったわね」

「さ、左様でございます。私の名前は、リカンソーアと申します。」

チェンパ王国の第三王女は大王より1つか2つ歳下のマウサナ人であり、こうやって相手をねだってくる者の中では最も年齢が近い。

「じゃあ、年齢近いしあなたにするわ」

「つ、謹んでお受けします…」

しかしその割にはリカンソーアの表情はどこか不安げで、誘ってきたのは向こうなのに「まさか自分が相手になるとは思わなかった」とでも言いたげにしている。

「緊張しているようだけど、大丈夫?」

「…その、私舞踏会は初めてで……」

「初めてなの?勇気あるのね」

「あ、す、すいませ……」

「謝ることないわ、その勇気は素晴らしいと思うの、もう少し楽に踊りましょう?」

初めての舞踏会にも関わらず大王に相手を持ちかけるとはものすごい勇気であり、私には足りないものだ。

リシュ・ユンチャイワットはマウサナ近代音楽ではカーナ・厶ンに次いで有名な作曲家で、ラーマーヤナ交響曲は代表作である。
その中に含まれる『ヘトレノ』という曲はワルツの形式であり、このような舞踏会では昔からよく使われてきた曲だ。

曲とともにステップが始まると、リカンソーアの心配はどうやら杞憂であることが分かった。

「とても上手よ。よく練習してきたわね。」

「こ、光栄です…」

「ほらほら、そんなに緊張しないで」

曲が佳境に入ると例のごとく複雑になる。流石に辛うじて着いてくる、というレベルであったが、最初の舞踏会にしては上出来で、当時の私より上手だ。

「初めてにしてはかなり上出来よ。私が初めて舞踏会に出た時より確実に上手だわ。」

「あ、ありがとうございます…!」

「リカンソーアね。あなたのこと覚えとくわ。…顔赤いけど大丈夫?」

「は、はい……」

曲が終わって軽く言葉を交わすと、私は次の相手を探した。結局3曲目はアーオ王家の者、4曲目はサンラーン王家の者と踊った。
これによって、シャラ、チェンパ、アーオ、サンラーンという、王家の中でも特に格の高い『本島4大家』とそれぞれ1人づつ踊ったことになる。
本当はアリーとも踊りたかったのだが、庶民はダンスに参加できないという規則が残念でならない。



古来よりマウサナ文化圏における社交とはすなわち「同じ皿から食べる(マウサナの慣用表現で、同じ釜の飯を食うと同じ意味)」ことである。
ダンスを踊るよりも、一緒に食べることで友好関係を築くことが出来ると、マウサナ人は考えているのだ。

現在においてもマウサナ社交界では、舞踏会はあくまで形式的なものであり、この交流会でも実際は晩餐会がメインである。

「私のダンス、大丈夫だった?」
「当然です大王陛下、可憐な花のような素晴らしいダンスでございました」

晩餐会には庶民の招待客も参加できるため、ケオ・アリーと再び合流することが出来た。

「豪華ね」
「ええ、まるでリゾートホテルのレストランで食べるような贅沢な晩餐になりそうですね」

マウサナ文化圏の宴会における食事の形式は所謂ビュッフェで、長い机の真ん中に様々な料理が盛り付けられた大皿がズラっと並んでおり、そこから各々が取り皿に取り分けて食べるのである。

「またフライドポテト?」
「私はフライドポテト好きなのであります」
「炭水化物ばかり食べるようじゃ、まだまだね……」
「うめぇw」

アリーはこうゆう晩餐会では必ずフライドポテトを食べている。彼女の取り皿には他にもスパゲッティやピザ、チャーハン、ローストチキンなどが入っているようだ。

「まずはサラダね。ニスカリマではベジタブルファーストと言うらしいけど……ちょっと届かないわね」

大王はまずサラダを食べようとするがサラダの大皿が少し離れた場所にあり手が届かない。

「あの、サラダ取ってくれるかしら?」
「これはこれは大王陛下、仰せのままに致します」

隣に座っていたシャラ王家関係者のマウサナ人に頼んで、取り皿にサラダを盛り付けてもらう。これがマウサナ式宴会の醍醐味であり、お互いに協力することに繋がるのだが……


「そういえば大王陛下は未婚であらせられましたな、どうです、お恐れながら提案しますが、今晩気に入ったマウサナ人をお持ち帰りするというのは……」

「あはは……検討しておくわ……」

私の場合は、こうやって面倒な話をふってくるマウサナ人が多いので、正直このタイプの晩餐会にはうんざりしてるのだ……

「これはマウサナ式のサラダね、美味しいわ」

サラダを食べ終わるといよいよメインに入る。多種多様過ぎて列挙に暇がない数々のマウサナ料理や、グラタン、パエリア、ピザ、アイントプフ、餃子にシウマイ(ベルカ)、キーマカレーにナン(アスタラネス)、ライ麦パン(アリー曰く健康になれるらしい)、鰻の蒲焼きにラーメン(旭島)など様々な世界の料理を「一口ずつ」盛り付けて食べる、というのを続ける。
飲み物も豪華であり、私にとってはメロンソーダにアイスクリームを入れてクリームソーダを作るのが晩餐会の醍醐味だ。
そしてデザートには果物、バームクーヘンやワンジョンホ、マドレーヌ、カステラを「一切れずつ」食べ、ようやく満腹になった。

「満足だわ……」
「大王陛下が満足されて本当に良かったです」
「とても豪華な夕食をして今日はもう満足よ……」
「じゃあ帰りましょうか」

晩餐会は流れ解散となっており、大王の立場であれば気に入ったマウサナ人を「お持ち帰り」してHすることで、さらに大きな友好を得られるという慣習があるのだが、彼女はまだ純潔であるため今回はパスだ。



「疲れましたね……」
「ええ……」

帰宅した頃にはもう9時になっていた。マウサナ人の朝は早いので、風呂に入って寝なければならない。

「アリー」
「なんでしょうか大王様」

「……私、結婚したくないわ」
「大王様……」
「セレユトーと呼んで。今だけはそうしてほしいの」
「分かりましたセレユトー様……」

1年ほど前、どうやら私はアリーのことが好きになってしまったのだ。本当は彼女と結婚したいのに、それを世間は許さない。

「みんな私の事は大王陛下としてしか見てない。大王陛下じゃない私は要らないのよ。」
「いえ、そんなことは……」
「私、何もいらない。何億もいるマウサナ人の中で私たちだけが特権階級なのは嫌だわ。私も他のマウサナ人と一緒がいいの。普通のマウサナ人として産まれて普通に生きたかった、周りと違うなんて嫌なの。」
「でもセレユトー様は神聖で……」
「あなたまでそう言うの!?」

声を荒らげて、ぱしん、とアリーを叩いてしまった。私はすぐ我に返って、取り返しのつかないことをしてしまった、という気分になった。

「セレユトー様、申し訳ありませんでした……」
「あ……ええと、そんなつもりじゃなかったのに……」
「いえ、建前を言ってしまった私の責任です。」
「じゃあ……本音を話して、お願い。」

しばらく間が空いて、アリーは何か悩んでいるようだったが、すぐに何か決意したような表情になった。

「その……好きです、大王陛下ではなく、貴女そのものが好きなのです。でも………雇われた付き人で庶民の私が、そんな感情を抱くことは許されません……」

「………そうよね……」

私は思わず抱きついて、そして強く抱きしめた。

「セレユトー様……」
「私には……これしかできないの。」

そう言って私は、アリーの唇を強引に奪った。それは30秒にも満たない時間であったが、大切で忘がたい記憶となった。

それが終わると、彼女は私の顔をまっすぐ見て、こう言った。

「セレユトー様、どうか、私を側室としてください」

「でも……側室の制度なんてもう何十年も使われてないのよ……」

そう。制度としては大王は側室を取ることが出来るのだが、私の父である先代や、そのさらに先代も、側室を持ったことなどなかった。
つまり形骸化した制度であり、それを実際に行使するというのは、他の王族や庶民に何を言われるかわからない。

「いえ、貴女のお力なら可能です。私は信じていますから。そして、王族でなくとも側室にならなれます。」

「本当にそれでいいの?あなたは2番目になってしまう……」

「構いません、ずっと傍に居させてくれれば、私の本望です。むしろそうお願いしたいのです。」

はっきりとそう言われた。相手がその気なら、私も受け入れるしかない。

「わかったわよ……」

「感謝します、セレユトー様」

「じゃあ明日からは、一旦主従の関係に戻って結婚相手を本格的に探すわよ。あなたも協力してちょうだい」
「仰せのままに、大王陛下。」

私は再び、彼女の唇を奪い、今度は1分ほど続け、終わると何事もなかったかのように、2人はそれぞれ別の場所に向かった。

心配要素は多いが彼女とならやっていける、そんな気がして、私は口角を緩ませながら、寝る準備を始めた。
この日を境に何かが良い方向に変わるかもしれない、でも今日はもう、寝ることにしよう……
また明日。

(終)

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