最終更新: kosyoubaru 2022年07月22日(金) 20:53:34履歴
日歴1992年7月
マウサネシア連邦共和国にて
「太陽教流刑地のオントンジャワ環礁がどんな場所か知ってる?」
薄い黄色の髪を持ったマウサナ人は、マウサナ人式のスーツ(上半身は半袖のワイシャツとネクタイ、下半身はベルト付きのプリーツミニスカートである。もはやマウサナ人おなじみの格好。)を身にまとい、長い机の前の座布団の上で、マウサナ人座り(女の子座り)をしていた。
「はい課長。火山島を中心とする環礁です。土地が痩せていて農業には適さず、真水の他にめぼしい資源は見られないという……」
長い机が置いてある畳の場所は1段高くなっており、その手前に広がる板間に直立不動の体勢を取っているマウサナ人がいる。
彼女は、マウサナ人式のスーツを身にまとった、水色の髪を持つマウサナ人で、黄色のマウサナ人、『課長』の部下のようだ。
「その情報はあくまでも建前。土地が痩せているとは言っても実はラピタ王国の領土では平均的な値。要するに肥えた土地が無いというだけなの。」
課長は、気を紛らわすかのように畳の上で足を少し動かしたりしながら、少し冷笑的に微笑んでいた。
「なるほど……しかし何故」
「国民感情の制御だよ。貴女も分かるでしょう。民衆ってもんは敵を無惨な目に合わせるのが大好きなんだ。」
二人はしっかりと目を合わせ、今度は失望感から、より冷笑的に微笑んだ。
「ええ、痩せた土地に放り込んだと書いたのはそう言うことでしょうね。しかし、それが何か……」
聞かれた課長の表情は、冷笑から苦痛、といったようなものに変化した。彼女も特務機関の上層部とはいえ、マウサナ人であるからまだ善意を捨てきれていない。
「2000人の人口が1000人になった。」
「ええ…」
それを聞いた部下の方も苦痛の表情となった。課長のほうは、特務機関として冷酷な機械になりきれない自分のことを悔しく思っていたが、それと同時に自分のアイデンティティを忘れたくないという気持ちもあった。
「知りたくない事実。でも何故だと思う?」
しかし、悲しい事に囚われずに次の議題に移れるというのが、一般のマウサナ人と彼らの違うものだ。
「やはり、飢饉でしょうか」
「その通り。ラピタ島ですら飢饉が発生する。流刑地を助けている余裕なんて、彼らにはないんだよ。」
「そんな……」
部屋の空気は重苦しい。このような同情など他国の特務機関では有り得ないことだろう。部下は課長の横に置いてある軍刀のセットを見た。課長は、いざとなれば自ら戦い、潔く散るためにいつも軍刀と、そして自決用の小刀を傍に置いているのだ。
「心苦しいことだね。でも我々には出来ることがある。」
「大方、察しはつきました。」
課長と部下の間には希望があった。つまり、過去はもう仕方ないとして、今の我々なら彼らを苦しみから救う力があるということだ。
「さすが。君は仲間とともに宣教師に扮してオントンジャワ環礁に向かい、現地の協力者と接触せよ。任務は『太陽教の同胞の救済』」
「謹んでお受けします」
部下は深く頭を下げた。課長のほうは、顔をあげるように合図した。
「ちなみにラピタ王国側の資料では人口は500人程度、ということになってるけど、我が国が独自に調べると、どうやら1000人程度は居るみたいなのよ。多分、調査が適当。」
「ええ……」
「ともかく、我々の目の前で太陽教の同胞が死ぬことなどあってはならないよ。支援物資に関しては極秘の工作潜水艦を定期的に派遣するから心配しないで。」
「感謝します。」
見た目では冷静だったが、部下は1人でも多くの同胞を救おうと奮い立っており、一刻を争うような気分であった。
「そう急ぐと元も子もなくなるよ。まあ、分かってるとは思うけど『ついでに』我々の拠点を確立してね。期待しているよ。」
「恐縮です。」
部下が急いでいるということは見透かされていた。そういう所が君の欠点なのだ、と言うように部下を諭しつつ、期待している。
マウサナ人は善意が強いが、特務機関となるとそれも少し変わってくる。つまり、善意にプラスして、ちゃっかり自分たちの利益になることも行う。
「SĒUKの誓いは?」
「はい。命尽きるまで誇り高く、国家と人民のために自分をかえりみずに尽くします。肉体の死など恐れません。」
課長は頷いて、机の上にあった革製の筒を手渡した。この中には即死毒の塗られた小刀が入っており、いざと言う時はこれで切腹するのだ。
「頼んだよ、タル・ムウ君」
タル・ムウと呼ばれたその部下は筒を受け取ると深く頭を下げ、身をひらりと可憐に翻して部屋から出ていった。
ラピタ王国
「まったく、元気な新人を演じるのにも、流石に疲れたよ」
ベンチの上に寝っ転がりながら、リーダーのタル・ムウは、やれやれといった調子で文句を言った。
「本当はタルさんが上司ですもんね。」
「でも、君のリーダー役もさまになってたよ。」
「恐縮です」
つい先程、リリィ王女の居るタアロアから出航し、皆はようやく緊張から解放されたのだ。
「まったく、リリィ王女とかいう奴はとてつもなく恐ろしい奴ですよ。」
そういった彼女は、リリィ王女への恐れというよりも、個人の采配次第で人を処刑できる、ラピタ王国の理不尽さに対して不満に思いながら言った。
このユクーソム・ラスナリワットは、リリィ王女の前では『母親』を演じていたが、実際には1番の新人であり、最も若く情熱のあるタイプなのだ。
「あの白い魔女という通り名は伊達じゃありませんよ……こっちが探りを入れても身軽に躱されますし、逆にこっちがギリギリのところまで探られましたからね…」
レト・ラナは単純にリリィ王女を恐れていた。あの白い魔女の内心は強固な装甲に覆われていて突破出来ず、何を考えているのか分からないのだ。
レト・ラナは上司として演じていたが、立場を除けば適任である。なぜなら彼女は堅実なタイプであり、タル・ムウの助手として、作戦に慎重さを追加し、より任務の成功確率を上げるからだ。
「私も、演技がバレてないか心配だよ。奴の目は、我々の内面まで見透かしてくる。」
さて、リーダーにも関わらず、元気な新人役を演じたムウだったが、それは実はリーダーに適任の役回りであった。
あのようなタイプの演技では考えることは少なくて済むため、策略にリソースを割くことができるし、興味津々な新人を演じることで相手の情報を引き出せるのだ。
「実際バレてたんですかね?」
「いや、バレてないはず。奴は他者の振る舞いからその人がどんな人物が察する能力に長けているけど、逆にそれに気を取られてしまうの」
「とゆうと?」
「奴はエスパーではない。いくら頭が良くても1日じゃ我々の化けの皮は剥がせないのさ。」
実際のところ、王女は振る舞いから、人物の本質を考察していたが、表面上の振る舞いからの推測に過ぎず、それに囚われていたのだ。
「つまり、我々はあくまでも宣教師として判断されてたわけですね」
実際のところ三人は正式な宣教師ではないのだが、太陽教の教えに関する訓練は受けているので問題はない。
「しっかし、あの白い魔女の性格はよく分かりませんね。あの恐ろしさの割には周りを振り回す子供っぽさを感じます」
「王女の伴侶になる殿方は、それはそれは大変な苦労を強いられそうだね」
一同は顔を見合わせて、王女とそれに振り回される付き人のことを思い出し、苦笑した。
「でもなんであの二人はまだ結婚しないのでしょうか」
「人間というものは、その辺は我々ほど単純ではないんですよ、きっと」
「むしろ、我々の価値観のほうがおかしいのかもしれないね」
こうして3人の船旅は再び正規のルートへと戻った。計画より予定は遅延してしまったが、問題はないだろう。
「あれがオントンジャワ島ですか?」
「あの島の形状、間違いない。まさにあそこだ。」
オントンジャワ本島は広さ61㎢程の島であり、周囲をサンゴ礁に囲まれており、いくつかの小さな属島を有し、全体の陸地面積は73㎢ほどである。
島で最も高い部分は高さ800mほどで、2つの火山とその間の平野部からなる。
最後の記録が行われたのは数年前で、その時点での人口は1000人程度だが正確な数は分からない。
最盛期には2000人を超えていたというが、飢饉や駅秒など様々な要因で人口が半減しており、10年ほど前の飢饉では島の人口は900人台まで減ったという。
人口の6割超は本島中央平野に居住し、4つの集落に分かれて、芋や野菜を作りながら暮らしている。土壌は火山灰性であり水はけが良く、稲作よりも畑作に適する酸性土壌である。
現在、平野部には森林が至る所に残るが、最盛期には平野部のほぼ全域が耕作されていたという。
残りの2割超は島の南東側の斜面が緩やかな部分に2つの集落を築いており、ここでも芋を作るが、むしろ漁労が生業であり、平野部で芋と交換する。
残りの1割は、島の他の場所に点在して暮らしており、ほとんど漁労が生業である。
この島における最大の集落は『サエ』で、この島の人口の2割に達し、人口は240人ほど。最盛期には500人近くの人口があったというが、現在では衰退している。
この島の上に降った雨は速やかに地中に浸透するため、地面には川や湖沼などの水源がほとんどないが、しかし地中には大量の水があり、この島ではこれを井戸で汲み上げて使う。
畑作にとって良い土とは、通気性、排水性、保水性、保肥性であり、pHは弱酸性から中性であり、病原が少なく重金属を含まない土壌のことである。
この島の土壌の大部分は火山灰土からなり、火山灰土壌はリン酸の吸着力が高いため、肥沃とは言えない。そしてこのような土壌においては、根菜の栽培に適している。
この島の飢饉の原因は連作障害と旱魃のダブルパンチである。芋類を同じ場所で栽培し続けたために線虫病が発生したのだ。
これを回避するために、今回の支援においては『陸稲』を導入するとともに、マウサネシアで開発された芋の品種を無償で提供し、肥料の施用と病害の防除、薬剤の散布に関する指導を行うというもの。
さらに、疫病を防ぐために病院を開設し、本国から簡易的な医療機器や抗生物質を運んできて、さらにワクチンの摂取も行うという。
「ここがオントンジャワ島ですか……」
さて、一同は上陸したが、早速もう人集りが出来ていた。そして驚くべきことが起こった。
「導師様だ……」
人々は、3人がマウサナ人だと分かると、なんと涙を流したのである。3人はまさかの事態に反応に困った。
「どうして泣いているのですか?」
「我々は先祖代々、導師様の再びの来訪を心待ちにしてきたのです……!」
「なるほど……ご苦労さまでした……」
3人は深くお辞儀をした。実の所、あの修道服のようなものはリリィ王女の気を散らせるための作戦であり、実際に着るものではない。スーツ姿でもマウサナ人と分かれば充分なのだ。
「我々としては天にも登るほどの感激で……」
「恐縮です」
「早く島の他の者達にもこのことを知らせたく思います……」
「では、サエまで案内してくれますか?」
早速歩こうとしたムウだったが、部下に肩を叩かれた。何かあるようだ。
「その前に、この旗を立てましょう」
「ああ」
部下は太陽教の旗を手渡し、ムウは小高い丘の上にこの旗を立てた。三角の旗は風になびいた。
「それじゃあ行きましょう」
「こちらです」
マウサネシア連邦共和国にて
「太陽教流刑地のオントンジャワ環礁がどんな場所か知ってる?」
薄い黄色の髪を持ったマウサナ人は、マウサナ人式のスーツ(上半身は半袖のワイシャツとネクタイ、下半身はベルト付きのプリーツミニスカートである。もはやマウサナ人おなじみの格好。)を身にまとい、長い机の前の座布団の上で、マウサナ人座り(女の子座り)をしていた。
「はい課長。火山島を中心とする環礁です。土地が痩せていて農業には適さず、真水の他にめぼしい資源は見られないという……」
長い机が置いてある畳の場所は1段高くなっており、その手前に広がる板間に直立不動の体勢を取っているマウサナ人がいる。
彼女は、マウサナ人式のスーツを身にまとった、水色の髪を持つマウサナ人で、黄色のマウサナ人、『課長』の部下のようだ。
「その情報はあくまでも建前。土地が痩せているとは言っても実はラピタ王国の領土では平均的な値。要するに肥えた土地が無いというだけなの。」
課長は、気を紛らわすかのように畳の上で足を少し動かしたりしながら、少し冷笑的に微笑んでいた。
「なるほど……しかし何故」
「国民感情の制御だよ。貴女も分かるでしょう。民衆ってもんは敵を無惨な目に合わせるのが大好きなんだ。」
二人はしっかりと目を合わせ、今度は失望感から、より冷笑的に微笑んだ。
「ええ、痩せた土地に放り込んだと書いたのはそう言うことでしょうね。しかし、それが何か……」
聞かれた課長の表情は、冷笑から苦痛、といったようなものに変化した。彼女も特務機関の上層部とはいえ、マウサナ人であるからまだ善意を捨てきれていない。
「2000人の人口が1000人になった。」
「ええ…」
それを聞いた部下の方も苦痛の表情となった。課長のほうは、特務機関として冷酷な機械になりきれない自分のことを悔しく思っていたが、それと同時に自分のアイデンティティを忘れたくないという気持ちもあった。
「知りたくない事実。でも何故だと思う?」
しかし、悲しい事に囚われずに次の議題に移れるというのが、一般のマウサナ人と彼らの違うものだ。
「やはり、飢饉でしょうか」
「その通り。ラピタ島ですら飢饉が発生する。流刑地を助けている余裕なんて、彼らにはないんだよ。」
「そんな……」
部屋の空気は重苦しい。このような同情など他国の特務機関では有り得ないことだろう。部下は課長の横に置いてある軍刀のセットを見た。課長は、いざとなれば自ら戦い、潔く散るためにいつも軍刀と、そして自決用の小刀を傍に置いているのだ。
「心苦しいことだね。でも我々には出来ることがある。」
「大方、察しはつきました。」
課長と部下の間には希望があった。つまり、過去はもう仕方ないとして、今の我々なら彼らを苦しみから救う力があるということだ。
「さすが。君は仲間とともに宣教師に扮してオントンジャワ環礁に向かい、現地の協力者と接触せよ。任務は『太陽教の同胞の救済』」
「謹んでお受けします」
部下は深く頭を下げた。課長のほうは、顔をあげるように合図した。
「ちなみにラピタ王国側の資料では人口は500人程度、ということになってるけど、我が国が独自に調べると、どうやら1000人程度は居るみたいなのよ。多分、調査が適当。」
「ええ……」
「ともかく、我々の目の前で太陽教の同胞が死ぬことなどあってはならないよ。支援物資に関しては極秘の工作潜水艦を定期的に派遣するから心配しないで。」
「感謝します。」
見た目では冷静だったが、部下は1人でも多くの同胞を救おうと奮い立っており、一刻を争うような気分であった。
「そう急ぐと元も子もなくなるよ。まあ、分かってるとは思うけど『ついでに』我々の拠点を確立してね。期待しているよ。」
「恐縮です。」
部下が急いでいるということは見透かされていた。そういう所が君の欠点なのだ、と言うように部下を諭しつつ、期待している。
マウサナ人は善意が強いが、特務機関となるとそれも少し変わってくる。つまり、善意にプラスして、ちゃっかり自分たちの利益になることも行う。
「SĒUKの誓いは?」
「はい。命尽きるまで誇り高く、国家と人民のために自分をかえりみずに尽くします。肉体の死など恐れません。」
課長は頷いて、机の上にあった革製の筒を手渡した。この中には即死毒の塗られた小刀が入っており、いざと言う時はこれで切腹するのだ。
「頼んだよ、タル・ムウ君」
タル・ムウと呼ばれたその部下は筒を受け取ると深く頭を下げ、身をひらりと可憐に翻して部屋から出ていった。
ラピタ王国
「まったく、元気な新人を演じるのにも、流石に疲れたよ」
ベンチの上に寝っ転がりながら、リーダーのタル・ムウは、やれやれといった調子で文句を言った。
「本当はタルさんが上司ですもんね。」
「でも、君のリーダー役もさまになってたよ。」
「恐縮です」
つい先程、リリィ王女の居るタアロアから出航し、皆はようやく緊張から解放されたのだ。
「まったく、リリィ王女とかいう奴はとてつもなく恐ろしい奴ですよ。」
そういった彼女は、リリィ王女への恐れというよりも、個人の采配次第で人を処刑できる、ラピタ王国の理不尽さに対して不満に思いながら言った。
このユクーソム・ラスナリワットは、リリィ王女の前では『母親』を演じていたが、実際には1番の新人であり、最も若く情熱のあるタイプなのだ。
「あの白い魔女という通り名は伊達じゃありませんよ……こっちが探りを入れても身軽に躱されますし、逆にこっちがギリギリのところまで探られましたからね…」
レト・ラナは単純にリリィ王女を恐れていた。あの白い魔女の内心は強固な装甲に覆われていて突破出来ず、何を考えているのか分からないのだ。
レト・ラナは上司として演じていたが、立場を除けば適任である。なぜなら彼女は堅実なタイプであり、タル・ムウの助手として、作戦に慎重さを追加し、より任務の成功確率を上げるからだ。
「私も、演技がバレてないか心配だよ。奴の目は、我々の内面まで見透かしてくる。」
さて、リーダーにも関わらず、元気な新人役を演じたムウだったが、それは実はリーダーに適任の役回りであった。
あのようなタイプの演技では考えることは少なくて済むため、策略にリソースを割くことができるし、興味津々な新人を演じることで相手の情報を引き出せるのだ。
「実際バレてたんですかね?」
「いや、バレてないはず。奴は他者の振る舞いからその人がどんな人物が察する能力に長けているけど、逆にそれに気を取られてしまうの」
「とゆうと?」
「奴はエスパーではない。いくら頭が良くても1日じゃ我々の化けの皮は剥がせないのさ。」
実際のところ、王女は振る舞いから、人物の本質を考察していたが、表面上の振る舞いからの推測に過ぎず、それに囚われていたのだ。
「つまり、我々はあくまでも宣教師として判断されてたわけですね」
実際のところ三人は正式な宣教師ではないのだが、太陽教の教えに関する訓練は受けているので問題はない。
「しっかし、あの白い魔女の性格はよく分かりませんね。あの恐ろしさの割には周りを振り回す子供っぽさを感じます」
「王女の伴侶になる殿方は、それはそれは大変な苦労を強いられそうだね」
一同は顔を見合わせて、王女とそれに振り回される付き人のことを思い出し、苦笑した。
「でもなんであの二人はまだ結婚しないのでしょうか」
「人間というものは、その辺は我々ほど単純ではないんですよ、きっと」
「むしろ、我々の価値観のほうがおかしいのかもしれないね」
こうして3人の船旅は再び正規のルートへと戻った。計画より予定は遅延してしまったが、問題はないだろう。
「あれがオントンジャワ島ですか?」
「あの島の形状、間違いない。まさにあそこだ。」
オントンジャワ本島は広さ61㎢程の島であり、周囲をサンゴ礁に囲まれており、いくつかの小さな属島を有し、全体の陸地面積は73㎢ほどである。
島で最も高い部分は高さ800mほどで、2つの火山とその間の平野部からなる。
最後の記録が行われたのは数年前で、その時点での人口は1000人程度だが正確な数は分からない。
最盛期には2000人を超えていたというが、飢饉や駅秒など様々な要因で人口が半減しており、10年ほど前の飢饉では島の人口は900人台まで減ったという。
人口の6割超は本島中央平野に居住し、4つの集落に分かれて、芋や野菜を作りながら暮らしている。土壌は火山灰性であり水はけが良く、稲作よりも畑作に適する酸性土壌である。
現在、平野部には森林が至る所に残るが、最盛期には平野部のほぼ全域が耕作されていたという。
残りの2割超は島の南東側の斜面が緩やかな部分に2つの集落を築いており、ここでも芋を作るが、むしろ漁労が生業であり、平野部で芋と交換する。
残りの1割は、島の他の場所に点在して暮らしており、ほとんど漁労が生業である。
この島における最大の集落は『サエ』で、この島の人口の2割に達し、人口は240人ほど。最盛期には500人近くの人口があったというが、現在では衰退している。
- サエ:240
- ラダン:190
- コカイオ:160
- ヨロヌー:150
- ケユー:140
- トレノ:120
- その他:100
この島の上に降った雨は速やかに地中に浸透するため、地面には川や湖沼などの水源がほとんどないが、しかし地中には大量の水があり、この島ではこれを井戸で汲み上げて使う。
畑作にとって良い土とは、通気性、排水性、保水性、保肥性であり、pHは弱酸性から中性であり、病原が少なく重金属を含まない土壌のことである。
この島の土壌の大部分は火山灰土からなり、火山灰土壌はリン酸の吸着力が高いため、肥沃とは言えない。そしてこのような土壌においては、根菜の栽培に適している。
この島の飢饉の原因は連作障害と旱魃のダブルパンチである。芋類を同じ場所で栽培し続けたために線虫病が発生したのだ。
これを回避するために、今回の支援においては『陸稲』を導入するとともに、マウサネシアで開発された芋の品種を無償で提供し、肥料の施用と病害の防除、薬剤の散布に関する指導を行うというもの。
さらに、疫病を防ぐために病院を開設し、本国から簡易的な医療機器や抗生物質を運んできて、さらにワクチンの摂取も行うという。
「ここがオントンジャワ島ですか……」
さて、一同は上陸したが、早速もう人集りが出来ていた。そして驚くべきことが起こった。
「導師様だ……」
人々は、3人がマウサナ人だと分かると、なんと涙を流したのである。3人はまさかの事態に反応に困った。
「どうして泣いているのですか?」
「我々は先祖代々、導師様の再びの来訪を心待ちにしてきたのです……!」
「なるほど……ご苦労さまでした……」
3人は深くお辞儀をした。実の所、あの修道服のようなものはリリィ王女の気を散らせるための作戦であり、実際に着るものではない。スーツ姿でもマウサナ人と分かれば充分なのだ。
「我々としては天にも登るほどの感激で……」
「恐縮です」
「早く島の他の者達にもこのことを知らせたく思います……」
「では、サエまで案内してくれますか?」
早速歩こうとしたムウだったが、部下に肩を叩かれた。何かあるようだ。
「その前に、この旗を立てましょう」
「ああ」
部下は太陽教の旗を手渡し、ムウは小高い丘の上にこの旗を立てた。三角の旗は風になびいた。
「それじゃあ行きましょう」
「こちらです」
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