架空の世界で創作活動及びロールプレイを楽しむ場所です。

  時折、夢を見ることがある。
 温かくて、明るくて、幸せな、あの日々の夢を見る。
 私は緑の草生い茂る丘の上で、どこまでも流れる川と、雄大な森を眺めていた。息を切らせながらステパンが追いかけてきて、更にその後ろから、お父様とお母様が歩いてついてくる。
「ねぇ、あそこ、お城が見えるわ!」
「あの城はな、リュリス。ご先祖様が五百年前に建てたお城だ。あそこには、父さんが大好きな画家の絵がたくさんあるんだ」
「あの森には鹿がたくさん住んでいてね…よく、鹿撃ちに連れて行ってくださったわ」
「ステンカ、私も鹿を撃ってみたいわ!」
「お嬢様にはまだ危のうございます。馬を乗りこなしてからですね」
「もう!子供扱いをして…」
 私がぷうっと頬を膨らませると、ステパンが笑って、ついでお父様とお母様も笑う。
 流れる雲と青空が見下ろしていた、二度と戻らない幸福な日々の一コマ。それを今でも、私は思い出す。

 「リュリス、リュリス。起きなよ」
「ん…あれ、ここは?」
「もうすぐ着くところだよ。だから、起きて」
「ん…」
 揺れる馬車の中で、私は目を覚ました。すぐ正面の席には、黒いスーツで正装したステパンが座っていて、心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
 その胸には真っ白な百合の花束が抱えられていて、甘い花の香りを漂わせている。
「どのくらい眠っていたかしら」
「ぐっすりだよ、屋敷を出てからずーっとね」
「まあ、夜行で帰ってきたのが昨日のことだし、仕方ないわ…」
 言い訳を述べた後、私は一度大きなあくびをして意識を揺り戻した。窓から見える久しぶりの故郷の景色は、どこまでも続く緑の草原と丘だった。
 しばらくして馬車が目的地に着き、静かにその車輪を停めると、私はステパンに手を惹かれて車を降りた。夏にはそぐわないひんやりとした風が頬に吹き付け、どこかから運んできた草の切れ端を服に纏わせる。
「ステンカ」
「ん?」
「随分と長くカルドニアにいたから、懐かしいわ」
「そうだね」
 私とステパンは、二人きりで草の中に引かれた石畳の道を歩き、幾つもの石碑が立ち並ぶ中を抜けていった。そして、一番端に建てられた、最も新しい二つの碑の前で立ち止まると、彼が花束をその前においた。
「第二十九代ヴィシニョヴィエフ公夫妻、ここに眠る…」
 質素な石碑には、ごく簡潔な碑文と、私の父と母の名前が刻まれている。誰も訪れることのない、風吹き渡る静謐なこの場所が、私の両親の永遠の住処になった。
「お父様、お母様。リュリスが帰りました」
「……」
 私は土がつくのも構わずに膝をつき、語りかけた。
「無事カレッジにも復帰できました。友達だって沢山できたんです。この前はみんなで、夏休み前最後にと遊びに行きました…」
 言葉を紡ぐ度に、幾つもの思い出が浮かんでは消えていって、一つ一つに長い長い回想が続く。あの思い出を語ればあの記憶を引き出して、あの人を語れば別の人を話して。
 お父様、お母様聞いて、私こんなに頑張ったんだ、私、こんなに沢山友達もできて、学校にも行って、だから…。
「…だからもう、心配要りません…」
 目の前に立つ二人を抱きしめると、ひんやりとした墨色の石の感触が伝わってくる。温かな記憶の前に跪いて、私は叫んだ。

 「今日のお夕飯は何がいい?」
「…鹿肉が食べたい」
「…わかった」
 帰り道。馬車の窓から見える夕焼けは、空を茜色に染め、なだらかな稜線の向こうに姿を隠そうとしている。
 薄く伸びた影は徐々に光差す丘を浸食し、闇の中に溶かし去っていった。
「ねぇ、ステンカ」
「ん?」
「…私、上手くやれたかしら」
「大丈夫だよ、リュリス」
「そう…なら、きっとそうよね」
 あの日からもう間も無く三年が経つ。真っ暗な夜を彷徨っていた私は、ようやく新しい明日の朝焼けを見ることができたのかもしれない。
 遠い太陽を眺めながら、私はもう一度目を閉じた。

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