なぜないのか疑問だった

ゴッドフェス祈願SS


 自宅に帰った冒険者を待ち受けていたのは、一冊の薄い本だった。箪笥の中の着なくなった服の中に隠したはずの逸品が、何故か居間の机上に悠然と鎮座していた。
「お戻りですか、ご主人様」
 どこかそっけない事務的な口調で話しかけてきたのは代行者・メタトロン。一般的に白メタと呼ばれるモンスターだった。
「……お前の仕業か」
「その本のことでしたら、確かに私です」
 やはり冷静で取り付く島もない。
「……なんのつもりだ」
「その本はご主人様の所有物という認識でよろしいでしょうか」
 いやらしい本を前にしてなおこの冷静さ。軽く泣きたくなってくる。知らないと言えば処分される恐れがあるし、借り物と言えば本来の所有者は誰かという話になる。予め根回しが済んでいるならまだしも、予見さえしていない事態に備えられるわけもない。
「……だったら何だよ」
 開き直って精一杯虚勢を張って答える。動揺を誤魔化せたかは自分でも自信がない。
「そうですか。では使用使途は何でしょうか」
「……っ、それは…‥」
 無慈悲に放たれた言葉の二の矢に冒険者が言葉を失う。薄い本の用途なんて自慰か転売程度しか浮かばないし、一冊で転売目的と言い張るのも辛いものがある。
「特に使用されないのであれば、処分しても構わないでしょうか?」
「使っとるわ! オナるのに頻繁に使ってる! なんか文句あるのかよ!?」
 正直、破れかぶれに鳴って冒険者がとっさにさけぶ。
「どうか落ち着いて下さい、ご主人様。下手に大声を出されては外に聞こえないとも限りません」
「誰のせいだよ、誰の……」
 何処までも自分のペースを崩さず、しかし確実に淡々と心を抉るメタトロンに冒険者が項垂れる。
「自身の行動の原因を他者に訴求するのは感心しませ「もういいいから、さっさと要件を言ってくれ」
「言葉の最中に口を挟む「要件」
 最早問答さえ億劫だった。どうなろうと、もうどうでもいいと捨て鉢な気分だった。
「分かりました。では結論から。今後、自慰を行わない様お願いします」
「……」
 どうしてそうなったのか。呆気に取られた冒険者の口が空いた口が間抜けに開かれる。恥じらいのない言動を咎めるべきか、自慰の自由をうったえればいいのか、さっぱり分からない。
「……何で?」
 混乱の末、出てきたのはやはり間の抜けた言葉だった。
「産めよ殖やせよ地に満ちよ。子種を無駄にする様な行いは慎むべきかと」
「……はい?」
 メタトロンの発言は冒険者の理解の埒外にあった。
「……それだけか?」
「それだけです。……禁忌破りを努努軽んじてはいけません。オナンは故に、神にその命を絶たれたのですから」
 よく分からなかった冒険者だが、なんとなくオナンがオナニーの語源だったことは知っていたので元ネタは多分正しいのだろうと感じた。それとオナ禁に踏み切るかは別の話だが。
「……ああ、分かった」
 説得も面倒なのでこの場は了承し、内緒でオナればいい。そう考え、冒険者は表面的には要望を受け入れた。
「ご理解頂いて何よりです」
 意外にあっさりと納得し、冒険者は密かに安堵した。但し、次の言葉を聞くまではだが。
「もし仮に、どうしても性欲が抑えられないようであれば、お手数ですが私をお呼びください。及ばずながら、処理をお手伝い致します」
「おいおいおいおい、お前は良いのかよ!?」
「主に対し、出過ぎた行いとは承知しております。ならばせめて、欲望の捌け口くらいにはなるべきしょう」
 改めて眼前の彼女を見つめた冒険者が固唾を飲む。茶色のドレスに包み隠された肢体は出るところは出て、引っ込むところは引っ込む、俗な言い方をすれば「エロい体」だった。
 冒険者としてはメタトロンの心情を慮ったつもりだったが、彼女はとっくに覚悟を決めているようだ。ならば、それに答えてやるべきだろう。そう都合良く考えることにする。
「……じゃあ、今すぐにでもヤれるか?」
「……御所望とあれば」
 メタトロンがそう言って跪いた拍子に深い谷間が眼に入る。欲望のまま、そっと双丘へと手を伸ばした。

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