なぜないのか疑問だった

紅き緑


「はぁ……?」

夜の公園。
いつもはヴァティーがいるマスターの隣には、ヴァティーとは違う女性が座っていた。
黒い髪をポニーテールにまとめ、緑のドレスを身にまとった女性。
その女性は、一本の注射器を手渡した。

「家に帰る前に、これを使って下さい。恐らく帰ればあの女神は…………はずです」
「なんで、アンタにそんなことが分かるんだ?」

薄い闇の中、二人の声が木霊する。

「私は、私達はそういう存在なのです。覚醒はまだまだ未知数。ここで覚醒した神の契約者に…………貰うのはこちらとしてもメリットは無いと判断しました」
「……分かったよ……」

そう言ってマスターは立ち上がった。

ぐちゃ。

自分の腹を切って、そこから出てくる血。

ぐちゃ。

何度も、とめどなく出てくるそれが。

ぐちゃ。

とても綺麗で、奇麗で。

ぐちゃ。

何度も、何度も。

ぐちゃ。

塞がった腹を、抉る。

ぐちゃ。

「あは」

ぐちゃ。

「あははは」

ぐちゃ。

「あははははははは」

自然とこみ上げる笑いも、その姿と相まって不気味な妖艶さを醸し出す。

パールヴァティーは、狂っていた。

「ヴァティー……ッ!?」

部屋へと入った瞬間、マスターの視界に広がるもの。

赤、紅、朱、緋……──

「お前っ!何やってんだ!」

叫び、マスターはベッドの上のヴァティーに向かって歩き始めた。
ヴァティーの手に握られた、緑色の、赤く濡れた、ナイフ。
あれで、自身の事を自傷していたのか。

「もう、やめろ!」
「あはぁ……」

割り込みようにヴァティーから放たれたのは、恍惚の吐息だった。

「ますたぁがいけないんですよぉ……?えへ、あへ、これ、これ、きもちいい、きれい、たのしい……ますたぁがしてくれないから……わたしぃ、じぶんでやってたんですよぅ」
「っ……」

確かに、最近はあまりしていなかった。
だが、それだけで、ここまで……。

「あ、は?ますたぁ……、いっしょに、きもち、よく、なりましょー?あひ、ふ、ふふふ」

危険だと、マスターの心が警鐘を鳴らした。
しかし、マスターが動くよりも、ヴァティーのほうが早い。

「がっ…………?」

次の瞬間には、マスターの腹には、ナイフが突き刺さっていた。

「っ……え…?」

未だ、状況が掴めない。
自分にナイフが突き刺さっている。
誰の?
そんなの、決まっている……。

「ヴァ、ティー?な、にを」

ぐちゃ。

「あっ、がっ!?」

もう一本、差し込まれる。

溢れ出る、血。

「え、あ、ぐっ」
「あふ、あへ、あひゃひゃ」

ヴァティーの笑い声が耳に刺さる。

「ヴァティー、おまえ、どう、して……」
「あぁ……あぁ……」

返事は無かった、その代わり。

「あぁ!」

ヴァティーの神鎗が、マスターを深々と貫いた。

◆◆◆
ぐさ、ぐさ。

混ざり合う私とマスターの血。
ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ言って、私を楽しませてくれる。
裸のマスターと、裸の私。
繋いでいるのはマスターの性器ではなく、私の槍。
隙間なくくっついて、マスターの身体を抱きしめる。

「ずっと、ずぅっと、私だけの……マスター……」

マスターの血の熱を感じて、眠りにつく。
ああ……

なんて、温かいんだろう。

「ってぇ……」

ぐちゃっと、自分の腹から槍を抜きながら、マスターは目覚めた。
同時にヴァティーからもそれを抜く。

「危ねぇな……、あの人からもらった麻酔が無かったら死んでたぜ、精神的に」



「家に帰る前に、これを使って下さい。恐らく帰ればあの女神は狂っているはずです」

そう言って渡されたもの、その中身には魔法麻酔、という一瞬で麻酔が全身を回る強力な麻酔だった。
あの人が何故ヴァティーが狂うことを知っていたのか。疑問に思わない訳ではないが。




「まぁ、いいか」
そう言ってマスターは、後始末を始める。

マスターが生きている理由。それはヴァティーとの契約によって、彼女の回復力までもが受け継がれたからである。
そうでなくても、麻酔がなければ死んでいたが……。

「後で、おしおきだな」

ヴァティーの体を濡れたタオルで拭きながら、今日のことを考える。

殺されかけた事だし、キツイものをくれてやらねば。

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