なぜないのか疑問だった

銅星神は銀河鉄道の夢を見るか?



シェアトが冒険者と出会ったのは、まだ冒険者が駆け出しのひよっ子だった頃だ。

初心者、ましては上級者にすらシェアトの扱いは難しいぞと周りに言われるも、「なんかレアだし強そう!」という実に初心者らしい理由から彼はシェアトを可愛がり、水属性やマシンタイプを優先的に育て上げ.....結果として彼女はリーダーではないものの、サブとして大きな活躍をしていた。

冒険者は優しかった。
周りからは残念男、ヘタレ系とからかわれていたが.....彼はいつだって自分は二の次、周りを第一に気にかけ、戦いの中では身を呈して仲間を守り―――いつだって、シェアトの一番は冒険者で、冒険者の一番は仲間達だった。
大好きだった。
銅星神と言われるシェアトは自分が半機械の存在である事にコンプレックスを持ち、人の心などあるはずが無いと悲しみにくれ.....彼と会った時の自分は本当に、冷たくて嫌な奴だったと思う。
それでも冒険者は必死にシェアトに話しかけ、彼女の好きな宇宙と星座について勉強し、時に真剣に向き合い、彼女の目を見て話し―――そんな彼にシェアトは少しずつ心を許し、その時初めて機械の少女は”笑顔”という動作を覚えた。

冒険者からは沢山のものを教わった。
苦労も勝利の喜びも、二人で見上げる星の美しさも、誰かと話す楽しさも、彼への恋心と小さな嫉妬心も.....
本当に、シェアトは毎日が幸せでしょうがなかった。


.......それも、もうおしまいだ。



☆★☆



「マスター、今日は水瓶座のサダルアクビアが綺麗よ、ぴかぴか光ってる」
「本当かい?シェアトは目が良いからね、僕もその視力が欲しいよ......ところで、それってどういう意味だっけ?」
「秘められた幸せ」

あぁ、と納得し、満足げに微笑む老人。
ここはとある病棟の、ひときわ窓の大きな病室。星を見るのが好きな冒険者
のため、院長が特別に用意してくれたのだ。
星空の柄のシーツとベッド、枯れ木のような手足、薄れた白髪、しわだらけの顔.....しかしその目は憂いを帯び、昔を懐かしむかのように優しげに細められている。

人間とモンスターの寿命はかけ離れている。
ましてや、老いる事の無い機械のシェアトとただの人間の冒険者なら、その差はあまりに違いすぎた。
共に歩んだ長い年月が過ぎ、冒険者は次第に歳を取り、冒険業を引退。
別れを涙する他の仲間達はそれぞれ別の道を歩み、彼の周りの友人も次々先立ち...
ついに冒険者の体にも限界が訪れ、今日が最後の山場と、院長に静かに告げられた。

「君とまた星を見たかったな、悲しいよ」
「......わ、たしも....悲しい。また、あの丘で一緒に...望遠鏡を持って、星を見たかった」

ぽつぽつと呟く冒険者と、暗い顔で俯くシェアト。
現在時刻は午後十一時半過ぎ。
もう少しで、今日が終わってしまう。

「.....そんな悲しい顔をしないでくれ。酷い事を言うけど、僕は最後には君の笑顔を見ながら眠りたいんだ」
「.......っ本当に酷い人。そんなの、無理に決まって......!」

思わず泣き出しそうになり、咄嗟に唇を噛み締める。
綺麗な彼女の水色の瞳は潤み、小さく鼻を啜る音がする。
体を起こす力も無い冒険者は、視界の端に必死でシェアトの姿を映し、やがて静かにとある話を語り始めた。

「シェアト、『銀河鉄道』を覚えているかい?」
「...知ってる。銀河を走る夜行列車でしょう?有名な作家がそれを題材にした話を書いて、有名になったのよね」
「そう、死んだ友人と星空を駆ける列車に乗り、思い出を語りながら様々な生き方をした人々に出会う―――僕はこの幻想的な話が大好きでね、いつか必ずそれに乗るのが、子供の頃からの夢だった」

その話なら何度も聞いた。幼い頃から童話や不思議な物語が大好きだった冒険者は星空を駆ける夜行列車に憧れており、いつか二人で乗ろうと、何度も空を見るたび約束をした。

.....もう、叶わない夢だ。

「僕が空に行くときは、やっぱり銀河鉄道に乗って行くのかな?カメラ...は無理だな、スケッチブックを持っていこう。ああ、出来るなら生きてる間に、君と二人で旅を.....」
「............いい」

低い声で呟く。
次の瞬間、めったに大声を出さない彼女は声を張り上げ、涙声で叫んだ。

「行かなくていい!マスターが居なくなるくらいなら....死んじゃうなら、列車なんか来なくていい、ずっと私と地上に居ればいい!!」
「シェアト......」

ぽろぽろと大粒の涙をこぼすシェアト。
彼女が生まれて初めて涙を流したのは最愛の冒険者に告白された時だ。
頭が真っ白になり、顔は真っ赤、目からは抑えられない液体が溢れ.....焦る彼に宥められながら、涙は嬉しくても流すのだと、シェアトはその時身をもって知った。

「私、あなたと会えて良かった。
うまく言えないけど...毎日が嬉しくて、楽しくて、わくわくして、びっくりして、時々悲しくもなって.....でも全部、全部幸せだった。



.....だから、もっと私にたくさんの事を教えてよ。
いなくなるなら、私も一緒に列車に乗せてよぉっ.........」

洪水のように涙が溢れ出る。涙の出る時は知っていても、その止め方をシェアトは知らない。
嫌だ、マスターと別れたくない、マスターが死ぬなら、自分もこのままスクラップに......

「...シェアト、こっちに来てくれ」

不意に声を掛けられ、シェアトは涙を拭いながら冒険者に近づく。
弱々しく震える皮と骨しか無いような手をしっかりと握ると、彼は微笑み、彼女の目を見ながら最後の話を始める。

「いいかいシェアト、僕らは長い長い、嘘のようで本当の夢を見ているんだ」
「......な、なにそれ...」

意味がわからず焦るシェアトに小さく笑いかける冒険者。
少し困ったような、不器用なこの笑顔が彼女は昔から大好きだった。

「銀河鉄道なんてこの世には無い、なんて皆は言うけど...僕はそんな事無いと思う。
だって、僕は夢の中で、確かに君と列車に乗ったのだから」

びくりと肩を震わす彼女を視界に捉え、冒険者は”夢”の内容を一つ一つ噛み締めるように語っていく。

「僕と君は列車に乗って、この世界の沢山の場所を巡った。君は興奮した様子で窓に手を当てて、僕はそんな君を見ていて...これが現実なら良かったのにと、起きた瞬間ため息をついたよ」

初めて聞く話に驚きながら、無言で頷くシェアト。
いつのまにか、涙は止まっている。

別れの時は、もうすぐだ。

「僕が死んだら君は一人になってしまう、それが僕は悲しくてしょうがない。
シェアトはしっかり者だから大丈夫だろうけど...へたれな僕は、君がいないと少し心細いよ」
「もし生まれ変われるなら、次は水瓶座の星達の一つになりたいな。
そうしたら、君とずっと一緒にいられるから」
「君と出会えて本当に幸せだった。
僕の人生はなんて素敵なんだろう、最初から最後まで、大好きな人に見守られていたのだから」

最後の力を振りしぼり、シェアトに精一杯の幸せを伝える。
ありがとう、君と出会えて幸せだった、どうか君は笑っていて.....

パタパタと足音が鳴り、ドアを開けて医師と看護婦が入って来る。
その音すらシェアトは気づかない、医師達もそれを察し、静かに病室の端で見守っている。
徐々に弱々しくなる手をしっかり握りしめ、彼女は涙を拭うこともせず、泣きながら冒険者に届くよう、精一杯叫んだ。

「私も!マスターと会えて幸せだった!貴方がいたから私はこんなに人間らしくなれた、いっぱい笑って、いっぱい泣いて...」
「マスターの事は絶対忘れない。いつか私が、マスターを列車に乗せて...絶対、ぜったい迎えに行くから、二人で一緒に銀河を渡ろう!」
「ありがとう、大好きだよ、愛してる。ずっと、ずっと......」


「「また二人で、星を見に行こう」」

.....無機質な機械音が無慈悲にも鳴り、冒険者の手が力を無くし、だらりと崩れ落ちる。
医師が何かを呟き、看護婦が小さく嗚咽を漏らす...が、シェアトの耳にそれは伝わらなかった。

彼女は実に人間らしく、声を張り上げて泣いた。
泣いて泣いて、また泣いて........涙が枯れても、彼女は泣き声を上げ続けた。



☆★☆



シェアトは長い夢を見ていた。
大好きだった”元”冒険者と銀河を走る列車に乗り、世界を渡る素敵な夢。
窓の外から見える風景に見とれ、ガラスにへばりつくシェアトに彼は優しげに笑い、そっと彼女の耳元に口を寄せ、小さな声で呟いた。

「どうか、君がずっと幸せでありますように―――」





暗いタマゴの中、長らくシェアトは眠り続けた。
いつの日か新たなマスターが現れるまで、彼女は何年も何年も眠り続け......ようやく、その時はやってきた。
ふいに、パキパキと殻を破る音がする。
どうやら夢から覚める時が来たようだ、彼女は硬く瞑った瞼をゆっくりと開き、その水色の瞳に光を、新たなマスターの姿を映した。


「.....初めまして、私の名は―――」

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