しんしんしんしん…宙を舞う白い雪が降り、アスファルトを白く覆う。

空を見上げれば、分厚い雪雲が空を隠し、灰色の絵の具を空一面に広げたように、暗い空が広がり、そこから真っ白な雪の粉が、ふわり、ふわりと舞い落ちてきていた。

「……寒い……」

放っておけばどんどんと肩や頭に積もる雪を払い落とし、白い息と共にぽそっと呟いた。



腕時計の示す時間と、離れた場所に見えるデジタルの大時計が表示する時間を照らし合わせながら、リン・マオは小さくため息をつく。待ち合わせの時間は過ぎ、現在、40分の待ちぼうけであった。

「…遅い……」

ここに来てから何回目かのその呟きを漏らし、リンはベンチに座りながら、組んでいた足を組み替えた。待たされることは珍しいことではない。というか、毎回待たされているような気がする…。それも、五分や十分の遅刻ではない。それも毎度のことだった。

「……来なければ良かった…」

呟いてから、ならば今から帰れば良いのに、と自分に心の中で言ってみる。

頭の中ではその意見に激しく賛成しているのだが、どういうわけか、ベンチに落ち着けた自分の尻は持ち上がらなかった。それも毎度のことだ。

(イルムのやつ…来たら殴る……いや、来なくても殴るが…)

そんなことを思いながら、頭の中に待ち人の顔が浮かび上がる。笑っている男…いい加減で、言い訳がうまくて、浮気性で…良いところなんか一つもない。なんで私はあんな奴を待っているんだ…こんな寒い場所で待たされて…まったく、良い迷惑だ!

そんなことを考えて目を閉じる。そう思うなら待たなければ良いのに、という意見が頭の片隅で上がるが、それは無視しておく。そんな意見を聞いていれば、今ここで雪に埋もれつつ待ちぼうけを食らっている、今の自分の面子が無いからだ。

「……ハァ……」

考えることもなんだか馬鹿らしい。そう思って、浅く嘆息する。毎回毎回、同じことを考えているのだから、そう思うのも当然かもしれない。

時計は約束の時間から50分が過ぎたことを告げていた。

いい加減寒い、せめて暖を取れる場所に移ろう。そう思って目を開いた、その瞬間、開いたはずの視界が何故かもう一度ブラックアウトした。

と、同時に、ひんやりとした手の感触が目の周りに伝わってくる。つまり、背後から目隠しをされたということだった。

「………遅すぎる…」

リンは突然の事にも慌てなかった。リンには、目隠しをした手の持ち主が誰か、その手が自分の顔を覆った瞬間に理解できていたからだ。こんなことをするのは、自分の生涯でたった一人しか知らない。

「走ってきたんだがな…悪いな、ちょっと遅れた」

軽いフランクな口調に、どこか落ち着きを乗せた独特の声が背後から聞こえてくる。聞きなれた、男の声だった。

「ちょっとだと?お前の基準では54分はちょっとで済むのか?」

なるべく口調を刺々しくしすることに努めながら、目を覆っている比較的大きな手を払い、再び開けた視界を背後に移す。

「そんなに経ってたか?きっと俺の腕時計が壊れてたんだな」

背後には、まったく悪びれた様子の無い笑みを浮かべた男がいた。男は、払われた手を無遠慮に、リンを背後から抱くように回す。

「イルム……同じ言い訳を…何回目だ?使うのは…」

さらに不機嫌な声色で、横目でジロッと背後の男を睨んでやる。特に気をつけなくとも、口調は刺々しくなってくれた。

「何度聞いても良い言い訳だろ?」

おどけた様に切り返してくる相手に、もはや怒りではなく呆れたため息がこみ上げてくる。

「……帰る……」

「お、今日はリンに部屋に行っても良いのか?」

「……どう解釈すればそういう答えになる…」

リンの不機嫌さや、自分の遅刻など歯牙にもかけず、相変わらず後ろから抱きしめてくる男に、深い深いため息が漏れる。
自分でもわかっているのだ、この男を本気で振り払うには、自分も本気にならなければならないことは。そして、自分にその気が無いことも…認めたくは無いが、わかっていた。
とりあえず後ろから回された腕を解き、リンはスッとベンチから立ち上がった。
腕を解かれたことに、特に腹を立てた様子も、気を悪くした様子も無く、背後の男、イルムは、薄い微笑のままリンを見ている。

「……今日は一つ決めていたことがる」

そうリンが言うと、イルムは「ん?」と、軽く問い返す。くるっと振り向き、イルムと向き合うと、リンはまっすぐに、自分より頭一つほど背の高い相手を見遣った。

「…お前が来たら殴るつもりだった」

そう、至極真面目な口調で告げる。いや、リンに不真面目な口調で言えと言うほうが無理であろう。とにかく、すべてにおいて、普通の男なら焦る出すほど、真面目な雰囲気のまま告げたのだった。

「痛くしないでくれよ?お前のパンチは腰に来るんでな」

しかしイルムは、何でもないジョークを返すように、そう応えた。

こんな反応だろう、と、リンは大方の予測は付いていた。いや、わかっていたと言うほうが正しいだろう。こういうときのイルムの反応など、リンにとっては当然のように分かりきったことなのだ。
ぐっと拳を固め、軽く腰溜めに構えるリン。そんなリンの様子を、今だ薄い微笑のまま見遣るイルム。傍から見れば、まさにこれから修羅場であろうと考えられるような、そんな構図なのだが、しかし…二人にとっては違っていた。

「……ハァ……」

嘆息一つ、そして拳を下ろす。

「もういい……馬鹿らしくなった…」

そう嘆息するリンを、わかっていた、と言わんばかりの笑顔でイルムが見下ろす。そんなイルムの表情に多少の腹立たしさを感じるが、まぁそれもいつものことだった。

「付き合ってやるから、さっさと行くぞ…」

そうそっけなく告げて踵を返す。
そして歩き出そうとしたリンを、今度はイルムが呼び止めた。

「ああ、ちょい待ち」

「……?」

怪訝そうな表情で振り返り、イルムを見返すリン。そんなリンに歩み寄りながら、イルムはにっこりと笑いかけた。

「いやな、実は俺もここに来るときに考えてたことがあるんだよ」

そのイルムの言葉の意味が見えず、リンは小首をかしげて眉を寄せる。
いつの間にかイルムは、リンとの距離を間近まで詰めていた。

「何だ?」

傍にあるイルムの顔を見上げながらリンが尋ねる。そんなリンをにっこり笑ったまま見下ろし、イルムは言った…。

「今日、ここに来て、リンが怒ってりゃ…リンにキスする…ってな」

そう告げたが早いか、リンはその体をぐいっと抱き寄せられ、イルムと唇を重ねていた。

「っん……!?」

驚きのあまり間の抜けた呻きを漏らし、一瞬身を強張らせる。唐突に唇を奪われた驚きに、頭が一瞬停止した。そして、一拍遅れで、今の状況を理解した。
もぎ放して突き飛ばそうか、そう考えたもうその時には、イルムの唇と顔は、リンから離れていて、そのタイミングも巧く外された。気が付けば、全部イルムの思い通りになっていて、その腕の中で抱かれている自分しかいなかった。

「…お前……は……」

怒るにもその機会を掴めなかった、何とも形容しがたい表情のまま、イルムを睨む。しかし、その眼光にも慣れたものと、イルムは笑ってその視線を受け流した。

「ん?ディープなやつが良かったか?」

「ば、馬鹿を言うな!」

頬を朱に染めて叫び返す。
気が付けばからかわれ、イルムの思い通りに操られている。
本当に…悔しくなるぐらい、女の扱いが巧い男だ……。
そう思った次の瞬間、イルムはリンの体からスッと離れた。

「さ、行こうぜ。予約した時間に遅れちまう」

そう言いながら軽い笑いと共に歩き出しているイルムを、リンはしばし呆然と見つめ、ハッと我に返る。

「…遅れるのはお前の遅刻のせいだ!」

そうイルムの背中に叫びながら、リンは小走りでイルムの後を追った。
こういうときだけは、まったく行動が読めない。リンはそう胸中で呟き、歩きながら無造作に差し出されたイルムの手を掴んでいた……。






「んっ……ふ…ぅん…っ」

熱い吐息と共に漏れる、ぴちゃっ、ぴちゃという舌が絡まるたびに響く淫猥な音が耳を掠める度に、体が火照る様な気がする。顔は既に真っ赤になり、耳の先までかぁっと燃えているような熱を感じる。
イルムの舌はリンの口内に入り込んでからというもの、巧みとしか言い様がない動きで、リンの頭をとろけさせていた。



30分ほど前に、イルムとリンは予約してあったレストランを出た。時間は何とか間に合い、食事をすることができた。
イルムに任せたレストランで出された食事は、まぁまぁだった。
特に有名な店と言うわけではなく、こじんまりとした感じの良い小綺麗な店舗に、いかにも歴史がありそうな内装、そして品の良い雰囲気を感じさせた調度類など、おおよそ、リンの趣味に合っていると言っても過言ではなかった。

「お前が好きそうな店を選んだんだよ」

そう言ってイルムは歯を見せて笑っていたが、実際はどうなのか、リンには想像できなかった。
イルムはそういう部分はしたたかで、苦労や失敗はおくびも見せない。リン自身、イルムと付き合い出してからというもの、イルムのそういった部分は見たことが無かった。

「リン…俺の部屋来るか?」

考え事をしていたリンは、その一言で我に返る。

「え?」

思わず問い返してしまったが、イルムの言ったことは覚えていた。

「良いワインがあるんだよ、これが。お前にも飲ませたくてな」

ニッと笑いながら、そう言ってリンの肩を抱くイルム。リンは肩を抱かれることに少々体を小さくするように肩を竦める。

「……本当にそれだけなのか?」

それだけの筈は無いのだが、恒例というか、決まり文句というか…とにかく、いつも通りの半眼と、無愛想な口調でイルムに尋ね返す。

「ん?他に何があるってんだ?」

薄く笑いながら、意地悪げに顔を覗き込むイルムに、リンは思わず閉口して顔を赤くした。

「そ、それは………」

「ん〜?なんだよ、言ってみな、リン」

明らかに面白がっている。いや、喜んでいる…?おそらくは両方だろう。
リンは頬が赤くなったことを自覚し、悟られまいと気丈に振舞った。

「フンッ……自分の煩悩だらけの頭に聞いてみろ…」

スタスタとイルムの腕から逃れて先に歩き出す。イルムは苦笑しながら、しつこく腕を回しては来ず、リンの後を歩き出した。
数分間、無言の時間が続く。先に沈黙に耐えられなくなったのは、やはりリンの方だった。

「……白か?」

突然リンが放った言葉に、イルムがきょとんとした顔で立ち止まる。
リンはイルムとほぼ同時に立ち止まり、ゆっくりと振り返ると、なるべく落ち着いて、何事も無いように振舞おうと心がけながら、口を開いた。

「そのワインは…白か?」

顔は、やはり赤くなっていただろう。頬がかぁっとしているのが、冷たい外気のせいでより顕著にわかるのだ。
イルムは、そんなリンの様子にしばらく目をぱちぱちとさせていたが、やがて薄く微笑むと、歩み寄りながら口を開いた。

「いいや、赤だよ……今のお前のほっぺたみたいなな」

「ば、馬鹿…!」

リンは、頬を本当に赤ワインのように染めながら、口をへの字に結んだ。



イルムの部屋についてからは、特に何事も無いように時間は進んだ。
性格がそうさせるのか、はたまた女への見栄なのか、イルムの部屋は洒落ているの一言に尽きた。何度か来たことはあるが、何時来ても部屋の中は片付いていて、家具や壁紙、照明にいたるまで、まったく隙が無かった。
これがもう少しみっともない、だらしの無い部屋であるなら、リンにも少しは余裕が持てるのだが、イルムはそういう面においては完璧な男だった。

「何してるんだ?座れよ」

キッチンからワインとグラスを持って戻ってきたイルムに言われて、リンはコートを脱いでハンガーにかけ、イルムの座っているソファーに腰掛ける。もちろん、少し距離を置くことは言うまでも無い。

「こいつは年代物でな、フランスの…」

そう語り出し、グラスにワインを注ぐイルム。大抵の女なら、うっとりと耳を傾け、そんなイルムに見とれてしまうだろう。
実際、リン自身も、例外という訳ではなかった。正直、感心するほど気が付くこの男は、自分を度々ドキドキさせる。ただ、生来の負けん気の強い性格と、昔からの男嫌いのせいで、普通の女性よりも素直にそんな気分に浸れないだけだった。
雄弁にワインについて語るイルムをぼーっと見つめる。確かに女好きで、見境が無い。しかしがっついているわけではなく、あくまでも紳士的で、そして高い教養をうかがわせる博識ぶりや、女をエスコートし、喜ばせる術に長けているところ。

そして、憎らしいぐらいに…完璧な男であること……。

何故、この男は自分を選んだのか……今でも分からなかった。
イルムは今でも、女性と見れば挨拶代わりに口説き、そのたびにリンを怒らせている。懲りない男なのか、その癖はまったく直らない。
だが、不思議と…リンのほうも、度々イルムの女癖の悪さには閉口してきたはずなのに、彼と本気で別れ話をしたことは無かった。何故か…その理由は…

「リン?どうした?」

気が付けば、イルムの顔がすぐ傍にあった。

「へ?い、いや、なんでもない」

思わず体を後ろに退き、そう答える。イルムは「そうか?」と苦笑しながら、覗き込んでいた顔を引き、姿勢を戻す。
心拍数の跳ね上がった心臓を落ち着けながら、リンはワイングラスを手に取った。

「乾杯…」

それを見ていたイルムが、そう言いながら横から自分のグラスを差し出す。

「…………」

リンは何も言わずに、そのグラスに自分の持っていたグラスを当てた。キンッとガラスの触れ合う小気味の良い音が響き、中のワインが波立ち、揺れる。

それからしばらく、イルムとリンは他愛の無い談笑を交わした。お互いの仕事の話、友人から聞いたおかしな話題、見たい映画の話…
ワインの減り方も、時間の流れ方も、ゆっくりと流れていく。そんな時間だった。
だいぶ酒も進み、リンの頬が桜色に染まってきた。そんな頃合だった。

「リン…」

会話の切れ目に、イルムが不意に口を開く。

「ん?」

グラスに口をつけ、ゆっくりとワインを飲み下しながら、リンはイルムに視線だけを向ける。

「キスして良いか?」

「っ!!?」

イルムの不意打ちに思わずむせ返り、リンはワインを口から放してケホケホと咳き込んだ。

「バッ…!」

馬鹿なことを言うな、そう言おうとした、が…イルムの腕が、それよりも早くリンを抱きしめていた。
気が付けば、最初にあけた距離は、いつの間にか詰められていたらしい。酒が入っていたとはいえ、リンにまったく気付かせなかったイルムのさり気なさに思わず舌を巻いた。

「イ…ルム……」

何故だ…拒む力が無い……適度に鍛えられ、普段なら大抵の男にも負けない腕力を持っていたはずの腕は、カタカタと震え、グラスを落とさないようにするので精一杯だった。
イルムはゆっくりとリンの姿勢を自分と同じに直すと、リンの顎を、下からくっと指で押し上げる。上を向かされたリンは、視界に飛び込んできたイルムの眼差しに瞳が合った瞬間、体の芯から震えが来たような気がした。
寒気にも似た…熱い震えだった…。



イルムのキスは、まずは優しげなキスから始まり、だんだんと唇を貪る様に、熱が入り出す。唇を絡め、熱く漏れる吐息がお互いの顔に触れると、リンは目を閉じて頬を赤くし、イルムはそんなリンを見て目を細めて笑った。

「ふぁ…ぁん…ぅ…」

リンがそれまでは強張らせていた体の力を徐々に抜き出したのを敏感に察すると、満を持した、と言うように、その歯と歯の間を割り入り、イルムの舌はリンの口の中へと侵入を果たした。

「んぅ…ふぅ…っ……ふぅんっ…」

リンはイルムの舌を口内で感じると、顎が震えるのを自覚しながらも、イルムの舌を噛み切らないだろうかと、そればかりを心配しながら、体の奥から湧き上がる震えに耐えた。

「んっ……リン…可愛いな…」

口を離してのイルムの第一声。ありきたりでチープな台詞だ。だが、今のリンの顔を赤くするには十分な効果があった。
照れ隠しに顔を背けるリンにクスリと笑うと、イルムは一度ぎゅぅっとリンの体を抱きしめた。

「ぁ……」

抱きしめられたリンから小さな声が漏れる。けして柔なわけではない。だが、思いのほか細いその体を強く抱きしめると、細身の女にありがちな軋むような硬さは無く、抱く腕に沿って、しなる様な感触を腕に伝えてくる。
イルムがリンを抱擁するのは、この感触がたまらなく好きだったからだ。鍛えることで均整に整えられた抜群のプロポーションが生み出す、リンだけが持つ感触だった。

「イル…ム……」

その感触を楽しんでいたイルムに、リンが不意に声をかける。

「ん?どうした?」

ゆっくりと顔を上げる。リンは、本当に赤ワインのように顔を真っ赤にしながら、じっとイルムを見つめていた。
イルムと視線が合うと、リンはその視線を逸らす。そして、小さく呟いた。

「……ベッド…が…いい……」

掠れるほど小さく、短い言葉。聞き逃してしまいそうなほどわずかな声。だが、イルムはけして聞き逃さない。それはいつもの、気の強いリンが出す、OKの証だからだった。



ベッドに移り、イルムとリンは再び抱き合った。もう、リンに拒む様子は無く、イルムも、格好をつけたクールさは捨て、お互いに熱っぽい抱擁を続け、何度も唇を重ねていた。



「んぅ…っん…は……っん…」

舌をイルムの舌に嬲られ、唾液を何度も吸われ、また自分も飲み下す。酒気を帯びたリンの口内は甘ったるく、それでいて燃えているように熱かった。

「っん……ちゅ……ん…」

ゆっくりと絡めていた舌を開放し、唇を離す。絡み合っていた舌から、糸を引く唾液が、ぴんと張られた鋼線のように、薄明かりの寝室の照明に輝いていた。

「ふぁ……っ……」

唇が自由になったリンは、ゆっくりと乱れた呼吸を直そうと深く息をする。
が、しかし、イルムの指がそれを阻止した。
スッとイルムの人差し指の指先が、リンのうなじを滑る。

「ひぁっ…ぅ…」

不意に走った指の感触が、反射的にリンの体を竦ませた。イルムが知っている、リンの数少ない弱点の一つ。そして、毎回最初に責める場所でもあった。

「リンのここは、マジで敏感すぎないか?」

口調に少し楽しむような色が混じるのを自覚しつつ、何度も指を滑らせながらイルムが囁く。

リンはそのたびに小さな喘ぎを上げながら、体を小刻みに跳ねさせていた。

「い…イルムが……何…度も……っぁ…する…から……ぁぁっ」

くすぐったさと、じくじくとした甘い疼きが交互に訪れ、リンの頭を翻弄する。
けして絶頂までは導けない…しかし、緩い刺激でもない…。ある意味、拷問のような快感だ。

「俺の所為か?リンが好きなだけだろ?」

イルムが指の動きを止めないまま言う。

「っぁぁ……んっ…ぅ…違…っ…」

リンは必死に否定しようと口を開く。しかし、イルムの指によって導き出される喘ぎに、まともな言葉が出てこない。

「否定できるか?こんなに可愛い声で鳴いてるのにさ…」

「っ………」

そう言われると口を噤むしかなくなる。
相変わらず、こういうときは主導権はイルムのものだ。いつまで経っても、セックスという営み自体に慣れることができないリンには、この時間の主導権を握るのは不可能だった。
イルムの指がリンのうなじから離れる。と、その次の瞬間、ねっとりと濡れた感触が、うなじの上を這った。

「っ!!ぁぁああっ」

思わず叫びに近い喘ぎを上げてしまう。理解不能の感覚に、一瞬、頭が真っ白になった。
ざらついた、ナメクジのような軟体動物が這うような感触。イルムの舌が、リンのうなじを舐め上げたのだった。
うなじを舐められ、体をびくつかせるリンに思わず顔をほころばし、イルムはリンを後ろから抱きすくめた。
背後から暖かなイルムの吐息が首筋を掠め、それだけでゾクゾクとした震えが沸き起こる。それに加えて、ゆっくりとした動きで、舌がうなじの上を這いまわる。気が遠くなりそうな感覚に、リンは足の先までびくつかせていた。
と、不意にイルムの指が動き、鎖骨の辺りからリンが着ていたセーターの生地を押さえ、すぅっと指が下に降りていく。意味はすぐに知れた。

「はぅんっ…!」

舌がうなじを舐め上げた次の瞬間、イルムの指はリンの胸の上をスッと撫で通っていた。

「っぅ…!」

指が通り抜けると、短く呻き、リンがビクンッと体を揺する。その理由はイルムにもすぐに分かった。下着を通し、セーター生地越しにも分かるほど、固くなり、熱くなった…その突起の所為だった。

「ほら、リン…もう勃ってる」

イルムは耳元でそう囁くと、今度はピンポイントでその上を指で撫でた。
「ぁっ…」

掠れた、甘い喘ぎが息と共に漏れる。こういうときのリンは心底可愛いと、イルムは胸中で笑みをこぼす。
実際、普段の張り詰めた糸のような、気の張ったリンと、今のような、恥ずかしさに顔を伏せ、口では拒みながらも本気で拒否できない、気弱なリン…このギャップは、イルムの心を燃え上がらせるには十分な効果があるだろう。

「っ…イルム……」

背後のイルムに顔だけ振り返り、リンが弱々しく名を呼ぶ。

「ん?どうした?」

イルムは口をわざと耳元に寄せ、喋る。その吐息にリンは耳の先まで赤くなり、「ぁっ」と喘ぎ、身を竦ませた。

「っ……もう…じらす…な…」

震える喉から搾り出すように声を出す。今のリンには精一杯なのだろうが、そんな言葉も、イルムのS性を煽るだけだった。

「焦らしてなんかないさ…リンが苦しそうだから、こうやって胸をさすってやってるだけだよ」

口調は変えず、その湧き上がる欲情を巧みに隠しながら、そっけないフリをして際どい愛撫を続けるイルムに、リンはたまらず声を荒らげた。

「っぁぁ!んぅ……もぅっ!頼む…っからぁっ!…っぁ…いる…むぅ!」

体面を捨てて声を上げるリンに、確かな満足感を感じたイルムは、うなじに軽いキスを見舞うと、前触れ無しにリンの胸をぐっと掴むように揉んだ。

「っぁ!」

ほとんど声にならない声を上げ、リンが仰け反る。胸を指すような衝撃に、乱暴に掴まれた鈍い痛みが、ずくんっずくんっとリンの体の奥を突く。鼓動が早まると、それに合わせて、呼吸が荒くなる。
イルムの手は、服の上から何度もリンの胸を揉んでいた。これまでの巧みな責め方とは違い、荒々しく、激しく…しかしそんな野性的な責め方が、かえってリンの興奮を呼んでいた。

「ぁっ…んっ…ふぁ…っ…ぃい……」

リンはイルムに全てを委ね、その痛みを伴う鈍い快楽に浸っていた。何も考えられないのに、脳の大動脈がトクトクと脈打つその感覚だけが妙にはっきりと感じられるのが不思議だった。

「脱がすぞ、リン」

微かに頭に届いたイルムの言葉に、閉じていた瞳を開く。次の瞬間、顔の前を自分のセーターがめくり上げられ、通り過ぎていく。程よく脱力していたため、リンはイルムによって万歳の格好をさせられ、すぐにセーターを脱がされた。
ほどほどに大きな胸を覆う、シンプルなデザインのブラも、慣れた手つきでイルムが外してしまった。
下着に押さえられ、上げられていた二つの乳房が、重力に従い少しだけ下がる。鍛えられた体のおかげで、リンの乳房は垂れ下がるようなことは無かった。
わき腹から腰の括れにかけて描かれる美しいラインも、その賜物である。

「やっぱ、リンは脱ぐと綺麗だな…」

イルムがそんなことを口走る。

「…服を着ていると…綺麗じゃないといいたいのか?」

幾分かいつもの調子を取り戻したリンが、そうイルムに返すと、イルムは軽く笑った。

「美しさが増すんだよ」

歯の浮くような台詞を平気で言う。しかし、そんな言葉に顔を朱に染めてうつむいてしまう自分がいることも、事実であった。

「…触るぞ?」

そう、イルムがリンに囁く。
さっきまで無遠慮に、荒々しく胸を責め立てていたくせに、脱がしてから断りを入れるとは…。
そんなイルムに対し、半分呆れ、半分苦笑し、リンはコクッと頷いて見せた。拒む理由は…もう無かった。
イルムの指がリンの肌に触れる。それだけでリンはピクッと敏感に反応した。桜の花びらのように上気したリンの肌は、見事なつやとハリを持って、イルムの指を滑らかに滑らせる。
イルムはその感触に酔いしれながら、もう一度リンの胸へと手を伸ばした。

「っぁ…ん…っ」

イルムの掌がリンの胸を包む。そしてゆっくりとハリのある乳房を揉みだすと、リンは甘く喘ぎを上げて胸をゆっくり上下させた。
イルムは人差し指を立てると、それでリンの胸の頂点、薄いピンク色の突起に指先で触れる。

「っぁぅ…!」

ピクンッ、とリンが震える。既に適度な固さになっているその突起を、イルムは指の腹で擦るように刺激し出す。

「っぁ!んっ…ぅぁっ!」

クリッ、クリッとイルムの指と、乳房の肌の間を転がるその突起は、リンに浅い陶酔感と、定期的に緩い電撃のような刺激を与える。その度に、リンは背筋をピンと伸ばして、足の先まで走る刺激に、体をひくつかせる。

「っぁ…はぁっんぅ……はっ…ぁ…っ」

甘い快楽が、リンの頭を溶かしていく…。ツンッと固くなった胸の先の突起をイルムがキュッと摘めば、大きく喘ぎながら、足を突っ張らせて悶えた。

「ぁ…ぅっん……ふぁ……ぅ」

しばらくの間、胸をじっくりと愛撫され、既にリンの瞳からは理性の光が見えなくなっていた。ただこの深い深い快楽に、ずっと浸っていたいと、それだけを思っている自分がいた。
受け入れてしまえば、あとは体は正直なものだった。リンは、まったく触れられていないそこに、熱く、潤んだものを感じ、ドキリとする。

(ぁ……濡らしてる…私……胸だけで…)

意識すれば気になってくるもので、胸への刺激もそっちのけで、頭は熱く火照り出したその部分に傾く。気にすれば気にするほど、そこは熱を持ち、じわっと熱い雫を染み出させていくのだった。
そんなリンの変化に、イルムが気が付かないはずは無かった。

「どうした?リン…胸で濡れてきたか?」

「っ!!」

なるべく直接的な表現を選び、放つイルムに、まんまとその考えに嵌り、ドキッと鼓動を早めるリン。

「…どうして欲しいんだ?」

薄く笑いながら、這うような口調でイルムがリンに問いかけた。

「…っ…それ…は……」

イルムが自分に対して何を求めているか、すぐに察したリンは顔を背ける。イルムは求めている。快楽に溺れて、心も体も、全部イルムに差し出す自分を…。イルムは、自分を堕とそうとしているのだ。

「言ってみろよ…言わなきゃ、このまま生殺しだぜ?…胸は良いけどイけなんだよなぁ?リンは…」

低く笑いながら、イルムは残酷な言葉を口にする。そんな言葉に、リンは軽い戦慄を覚え、同時に、背中をちりちりと焼かれるような、そんな感覚に囚われる。

「っ……じって……」

小さく小さく、リンの口から声が漏れる。

「ん?何だって?聞こえないぜ?」

しかし、イルムはあくまでも容赦するつもりは無いらしく、意地の悪い笑みを浮かべたまま、胸への刺激を続ける。
リンは胸への愛撫に、体をピクピクと揺らしながら、諦めたように目を閉じた。

「っぁ…ん……いじっ……て……欲しい…」

「どこを?」

イルムの愛撫と、言葉が…リンを追い詰め…

「っぅ……ぁ……私ッ…の……あそこ…を……」

「どこだって?」

さらに追い立てる…

「っ…!……わ、私の…私…の…アソコ!…お願いっ…欲しいの!イルムの指が!イルムのものが!欲しいの!」

最後のほうは叫びに近かった。声を荒らげ、顔を真っ赤にして叫んだリンに、イルムはニィッと笑い、その手をリンの下半身へと伸ばした。
既にじっとりと湿り気を帯びているショーツの上を、イルムの指が走る。

「っぁぁぁーっ!」

その瞬間、リンの口からあられもない喘ぎが上がる。ガクガクと腰が振れ、何度も跳ね上がる。

「そんなに欲しかったのか?リン」

耳元で囁きながら、何度もショーツの上を指が往復する。イルムの責めはいつも的確で、リンの弱点を突いていた。

囁かれ、責められ、体を思う様に操られながら、リンは何度も頷く。

「っぁぁぁ!んっ…ぁ…ほし…っかった…ぁぁっ!」

せき止めてていた水が、リンの心の中で欠損したダムから流れ出す。羞恥も、プライドもかなぐり捨て、ただ快感に喘ぐ。普段のリン・マオからは想像もできない、淫らな姿がそこにあった。
イルムはショーツの上からの責めを止め、リンのスカートとショーツを脱がしにかかる。
横の留め金だけで止まっている簡素なスカートと、ブラと同じくシンプルなショーツをすんなりと脱がすと、淫らで、官能的な香りがイルムの鼻をついた。

「もうベタベタだな…リン…はしたなくないか?」

低く笑いながら、イルムはリンのそこに直に触れる。蒸れたように生暖かい蒸気が上がっているのか、手を近づけただけでそこの温度を感じることができた。指がその周りの肉にゆっくり食い込むと、リンの喉から「ひゅぅっ」と息が漏れた。
これ以上焦らす必要は無いだろう。何よりも、イルム自身、もう限界に近い。早くこの愛しい女の体を、思う様に味わいたいと、深い欲求が下半身を熱くしていくのが、イルム自身分かった。
軽くリンの秘部の周りを指で撫でてやる。纏わりつくようなしっとりとした肌に、ヌメヌメと光る愛液の感触が心地良い。小刻みにカクカクと揺れるリンの腰に手を置き、イルムは中指を立て、秘裂当てがうと、ゆっくりとその指を進めた。

「はぅっ…ぁっぁぁああ!!」

リンが再び叫ぶような喘ぎを上げる。リンの秘所の中は、細かい粒々としたザラつきのある内壁が、ネットリとした感触の愛液と絡まり、何度もイルムの指をきゅぅっと締めては、呼吸をするようにふっと緩むことを繰り返していた。
イルムはすぐにでもこの淫裂に、自身を差込み、思う存分貪りたいという欲求を抱えたまま、指をゆっくりと動かした。

「ふぅぅぅんっ!」

じんじんと腹の底からわきあがる痺れに、苦しそうな呻きを上げ、形の良い眉を歪ませる。リンは腰が段々と浮き上がるのを感じながら、その甘く痺れる感覚に酔いしれる。
ぐぐっと腰を浮かすリンに、絶頂が近いのであろう事を悟ったイルムは、ようやくリンのそこから指を引き抜いた。

「ぁふっ…」

リンは指が抜けたことによって、糸が切れたかのように浮き上がっていた腰を落す。ヒクンッヒクンッと余韻が抜けきらず、激しい絶頂を求めて体が震える。

「…リン……」

口に溜まったつばを飲み込み、イルムはズボンのベルトを外した。ズボンと下着の下でぐんぐんと体積を増す、自分のモノを取り出すと、イルムは仰向けで悶えるリンに覆いかぶさるように、ベッドに手をついた。

「ぁ…ふ…ぁっ…イ……ルム…」

涙を浮かべ、紅潮した頬のリンと目が合う。イルムは、何も言わずにそんなリンに口付けた。リンも、分かっていたかのように目を閉じ、キスを受ける。時間すら忘れるような、甘い甘いキス。そして、キスを続けながら、イルムはゆっくりとリンの入り口に自身を押し付けた。
イルムの体温を感じ、ビクンッとリンの体が震える。
そして、キスの最中、イルムはゆっくりと腰を推し進めた。
ズブズブ、と甘い反発を感じながらの潜行。

「っぁ…ふぅっ……ぁ…ぁぁ…」

自分が押し広げられる感覚にリンが喘ぐ。
イルムの背中にゾクゾクとした電気が流れた。何度味わっても、喩えようの無い快感。暖かで、激しく、貪欲な…イルムを包み込んで逃さないリンのそこは、まるでイルムのモノと同化しようとしているかのように、熱く溶け、絡み付いていく。
きゅぅっと締め付ける内壁は、イルムの敏感な部分をクックッと刺激するように蠢くのである。
ゆっくりとした挿入は、イルムがリンの奥まで到達したことで終わった。イルムはそのままじっとしているだけでも官能の波に飲まれそうだったが、そういうわけにもいかない。イルムは一呼吸、深く息を吸うと、緩やかにピストンを開始した。

「っぁぅ!んっ!ぁっ!ぁっ!!」

イルムが、自分の奥の奥を叩く。突き上げて、抉り込む。肺から息が搾り出され、呼吸も満足にできない。

「っ!ぁぁぁあっ!んぅ!ぁっ!はぁっんぅ!」

まるで獣だ、とリンは胸中で思う。あられもない声で喘ぎながらイルムにしがみつき、自分も体を揺する。交尾する獣。本質的な部分はそれと変わらない。ただ、人間の場合はそこに『愛』と『快楽』が存在するだけだ。
気持ちよかった…イルムの温度が、自分の温度とシンクロする。温度だけではない。いつかは呼吸すらも…。一体感、それがこの快感の源であり、愛があればこそ、感じる感覚なのだと、リンは思えた。
ふと、イルムの顔を見上げれば、そこにはいつものクールな余裕は無く、汗を額に浮かべ、眉を寄せ、自分を求める男の顔がそこにあった。
自分と同じ…全てを投げ捨て、一つになることを求める。
リンは強くイルムの体を抱いた。それに呼応するように、イルムはリンを抱きしめる。とても心地の良いシンクロ。既に、呼吸すら、二人は一体だった。

「っぅ…ぁ……リンッ……ぅ…」

「っぁぁあっ!イルムっぅ…!っぁ!はぁっ!」

どちらからでもなく、唇が交わる。舌が絡み合う。イルムは腰を更に激しく突き上げながら、リンを求める。リンも、自ずと腰を動かし、同じ快感を求める。
高ぶっていくものも同じ。二人の荒い呼吸は、やがて打ち付けるような動きと相まって、ただがむしゃらなものへと変わっていく。

「っぅん!!」

刹那、イルムのモノに子宮口をピンポイントに突かれ、リンの中が収縮する。甘い締め付けが、更にイルムのモノに絡まった。

「っぁぁあ…リッ…ん!」

グリッと、イルムのモノが決定的な部分を擦る。それが合図だった。

「っぅ───!!…ぁぁあああ!!!」

「っぅ……!!!」



ビクンッビクンッ!



二人は同時に絶頂に達し、激しい震えを伴い、体を強張らせた。
そして、凍っていた生物が氷解するように、ゆっくりとした動きで崩れ落ちた……。



二人の息が落ち着くまで、イルムとリンは裸で抱き合いながら、お互いの体温を感じていた。
それはあまりにも心地の良い時間で、リンは気だるいまどろみすら覚えた。

「………?イルム?」

ふと気が付くと、頭の上で定期的な息づかいが聞こえる。顔を上げれば、イルムがリンを抱きしめたまま、寝息を立てていたのだ。

「……寝顔は可愛いんだがな…」

そう呟くと、リンは機嫌よさそうにクスクスと笑った。
本人には聞こえない呟きが、自分だけの秘密のような気がして、それが嬉しくて、可笑しかった。
暖かい、イルムの腕の中に収まりながら、自分も少し寝ようと、そう思った時、ふと、窓の外に目が行った。

「…まだ降っているのか……」

外の暗い夜の闇に浮くように、白い雪は止む気配を見せず、ふわふわと、宙を漂っている。
リンは、そんな雪をしばしの間食い入るように見つめた……。



しんしんしんしんと…真冬の雪空に響く、甘い恋人のラブ・ソング……



「…私もなかなかロマンチストだな…」

リンは苦笑交じりにそう呟くと、今度こそ本当に眠りについた。


〜END〜

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