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1

「はぁんっ!」
 背後からの玩具の乱暴な突き入れに、思わず高い嬌声が漏れた。
 その声と共に出された吐息の匂いが、自分の鼻をくすぐる。
 喉にこびりついた精液の匂い。どれだけの量を口の中に出されたのかは、覚えていない。
 続けて、アナルにもバイブが差し込まれる。
 先ほどまで三人連続で中に射精されていたため、バイブは潤滑剤がなくともすんなりと中へ入っていった。
 視線を上げる。目の前には男が二人。股間は興奮しきって斜めに反り返っていた。
 それぞれを両手で握りゆっくりとしごいていたが、すぐに我慢できなくなり、片方を口の中に咥えこんだ。
「んふぅっ!?」
 不意に、差し込まれたバイブが中で踊りだした。
 リモコンでスイッチが入れられたのだろう。振動で、それぞれの穴の端から精液が垂れ落ちてくる。
 快感に負けず、懸命に奉仕を続けようとする。しかし何時間にも渡って快楽を与え続けられ感度が極限まで高まっている体は、それを許してくれなかった。
 だが、当の奉仕されている本人たちにとってはそれがまたたまらないようで、ぎこちない舌と手の動きを、ニヤニヤとした笑みを浮かべながら黙って見守っている。
 後ろから、誰かが何かを呟く声が聞こえた。
 何を言ったかはわからない。が、何を言いたかったのかはすぐに理解できた。
「ひぃぃぃっ!!」
 前後の玩具がいきなり勢いよく引き抜かれた。肉壁をえぐる感触に、わずかな絶頂を覚える。
 間を置かず、四つん這いになっている尻の穴を別の男が突き入れる。
 そしてその体がわずかに持ち上げられたかと思うと、いつの間にか自分の下に潜り込んでいたもう一人が、空いている膣に自らを勢いよく突き込んだ。
 同時に、先ほどまで舌を這わせていた物が、喉の奥深くまで差し込まれる。
 穴という穴を全て塞がれる感触に、朦朧としていた意識が一瞬はっきりと戻った。
 やがてしばらくすると、体の痙攣が止まらなくなりだした。
 知っている。こうなると自分の体は、意識を失うまで永遠にエクスタシーを感じ続ける。
 性器を突いて精を注がれなくとも、背中に指を這わされただけで何度でも達することができる。
 その状態でこんな風に何人もの男にかわるがわる犯される快感が、どれほどのものか。
 それから先を考える理性と思考能力は、最早残されてはいなかった。
 むせ返るような牡の匂い。
 胸から子宮から溢れるとてつもない開放感。
 濁流のように自分を飲み込む快楽に身を委ねながら、女は――

 自室のベッドの上で、声を殺して小さく果てた。
 窓も扉も厳重に閉じられた、誰もいない真っ暗な天井。
 行為を終えた後の部屋の主の荒い息だけが、静かに響いていた。
 先ほどまで自分の中をかき回していた指を抜き、目の前に持ってくる。
 中指から垂れてきた愛液が、糸を引いて頬を濡らした。
 心の傷やトラウマが厄介なのは、『忘れたくても忘れられない』ことではなく、『思い出したくないのに思い出してしまう』ことだ。
 ゼオラ・シュバイツァーは、いつか何処かで誰かが言っていたそんな言葉を、猛烈な自己嫌悪と共に深く噛み締めていた。

 薬物投与などの処置を施されることがなくなったために蘇ってきた、封じられた過去の記憶。
 輪姦。乱交。同性愛。娼婦や踊り子、犬の真似事。
 およそ考えつく限りの破廉恥な行為が、スクールでは夜毎行われていた。
 実験の一環としてされていたものか、研究員の慰安目的でされていたものかはわからない。
 誰が自分の相手をして、他に誰が同じように玩具にされていたかという部分についても、曖昧な記憶しかない。
 ただ、自分はそれを嫌がるどころか、むしろ悦んで行ってさえいたということだけは、はっきりと覚えている。

 記憶操作で洗脳されていたからだ。そうでなければ、そんな狂った行為で快楽を覚えることなどあり得ない。
 フラッシュバックに悩まされ自分を慰める度、ゼオラは何度となく自分にそう言い聞かせてきた。
 だがそれは、その狂った行為を思い出して発情しているという現在の事実が、かえって自分を苦しめるだけだった。
 アラドやラトゥーニに打ち明けてみようかとも考えた。
 しかし二人も自分と同じように苦しんでいるかもしれないと思うと、どうしても言い出すことができない。
 そうでなくとも、これほどの深刻な話を他人に話すことなど。
 そうして毎晩一人で耐え忍んできたのだが、それももう限界に達しつつあった。
「あっ……」
 ゼオラは再び膣の中に指を挿し入れた。
 もはや、自分の手で一度や二度鎮めた程度では、体の疼きは収まらなくなってきていた。
 この火照りと自己嫌悪を忘れるために、もう一度辱められている自分の記憶を呼び覚まし、一時の快楽に溺れる。
 それを何度となく繰り返し、睡魔に襲われるようになった頃に必ず芽生えてくる感情は――

 死にたくなるほどの憂鬱だった。
 話をひと通り聞き終えたラーダ・バイラバンは、しばらくの間手元のメモ帳と、テーブルを挟んで正面に座るゼオラの顔を交互に眺めていた。
 白い紙の上に書かれた官能小説顔負けの淫語の数々と、俯いたままの思い詰めたその表情が、どれだけの決意で心中を告白したかを物語っている。
 カウンセラーも楽じゃない。ラーダは心の中でそう呟いた。
 だが、溜め息ひとつ漏らすわけにはいかなかった。ゼオラはそれだけ真剣なのだ。
「――話を簡単にまとめると、スクールでされていた行為の記憶が夜な夜な蘇ってきて、精神的にも肉体的にもどうにもならない。こういうことでいいわね?」
 ゼオラは小さく頷いた。
「そしてそれを無くすかやり過ごすかしてどうにか出来るようになりたいけど、そのためにどうするべきか、どうしたらいいのかが全くわからない」
 頷く。
 ラーダは再び、メモとゼオラを交互に見やった。
 カウンセリングというのは、話をきちんと聞いて考えていることがまとまりさえすれば、あとは患者が自然と解決手段を見出すことが多いものだが、今回の場合はとてもそうはいかなかった。
 ゼオラは、自分が何に苦しんでいるのかをきちんと理解できており、また自分なりに出来ることは全て行った上で、こうして相談に来ているのだ。
 求めているのは、一人では見出せなかった確実な解決手段。どうにも出来ないという答えを返すことは許されない。
「ゼオラ」
 呼びかけられ、わずかに顔を上げるゼオラ。
「あなたはこの悩みを、出来る限り早く解決したい?それとも、時間をかけてゆっくり解決していきたい?」
「……出来る限り、早い方が……」
「でもそうすると、あなたの心と体に大きな負担をかけることになるわ。それでもいい?」
 ゼオラは頷く。
「本当にいいのね?」
 念を押すラーダの言葉に、ゼオラはもう一度頷いた。
「わかったわ。できる限りのことはやってみましょう……」

 ゼオラがカウンセリングルームではなくラーダの自室に呼び出されたのは、その明後日の夜のことだった。

2

 ノックして開いた扉の向こうからまず目に飛び込んできたのは、一昨日相談に乗ってもらった当の相手の姿ではなかった。
「エクセレン少尉?」
 椅子に座ってコーヒーを飲んでいたエクセレン・ブロウニングは、笑顔でゼオラに会釈した。
「とりあえず、中に入りなさい」
 部屋の奥にいたラーダに促され、おずおずと室内に入る。
「あの、これは……」
「エクセレンについては、これから説明するわ。とりあえず座ってちょうだい」
 テーブルにつく。ゼオラの正面にはラーダ。エクセレンはゼオラから見てラーダの右隣にいる。
「最初に断っておくけど、今日これからの話は絶対に他言無用よ。いい?」
 真剣な口調のラーダに、ゼオラとエクセレンは同時に頷いた。
「ゼオラ。これからあなたへの治療は、私ではなくエクセレンに行ってもらいます。私は、
 経過の報告を受けてアドバイスはするけど、直接には何もしません」
「…どうしてですか?」
「心身のフォローと、秘密の厳守が確実に出来ること。そして、女性ならより望ましい。その条件に一番合うのが」
「ラーダさんじゃなくて私だったから、ってわけ」
 エクセレンが横から口を挟んだ。
「ゼオラちゃんの昔の話は、昨日全部聞かせてもらったわ」
 どくん、とゼオラの心臓が鳴った。誰にも言えない秘密を知られたことに対する、強い高揚感。
 だが一瞬遅れて、強い罪悪感がその胸を苛んだ。二人とも真剣にこの『病気』に向き合おうとしてくれているのに、一体何を邪な期待を抱いているのだろう。
 自分で自分が許せなかった。
「……ゼオラちゃん?」
「えっ」
「私の話、ちゃんと聞いてた?」
 一人で落ち込んでいる間に、エクセレンは話を進めていたらしい。
 どう返したらいいかわからず、ゼオラは
「よ…よろしくお願いします」
 と、思わず反射的に頭を下げてしまった。
 エクセレンはにっこり笑って掌をその頭に置き、
「それじゃ、私は部屋に戻ってるわね。30分したらいらっしゃい」
 そう言い残してひとり部屋を出ていった。
 ゼオラは、状況を把握できずただポカンとしていた。
 ラーダは、閉じられた扉を少し悲しげな目で見ていた。
 30分後。言われた通りに部屋を訪れたゼオラを出迎えたのは、バスローブ姿のエクセレンだった。
「よく来たわね。さ、おいでおいで」
 肩に回され背中を押す手からは、ほのかに石鹸の匂いがする。
「…ん?」
 不意にゼオラの頭を抱き寄せ、髪に鼻をうずめるエクセレン。
 その大胆な行動にゼオラは、ただ頬を紅くして戸惑うだけだった。
「ゼオラちゃん、もしかしてまだシャワー浴びてない?」
 頷く。
「あらら。考えることが多くて、それどころじゃなかったのかしらね」
 苦笑いしながら、エクセレンはベッドの上に腰掛ける。
 その余裕に溢れた立居振舞いと均整の取れたプロポーションに、思わず生唾を飲み込む。
「ま、いいわ。とりあえず、お座りなさいな」
 ゼオラはテーブルの前の椅子を引いて、その上に腰掛けた。
「一応最後に確認しておくけど……本当にいいのね?」
 それが先ほどラーダの部屋で聞き損ねた話を指していることは、すぐに察することができた。
 しかし、ここまで来て今更よく聞いていませんでしたとも言えない。
 まあ、具体的に何のことかはわからないが、きっとそう悪いようにすることもないだろう。
 そう考えたゼオラは、
「よろしく、お願いします…」
 先ほどと同じように、ぺこりと頭を下げた。
 エクセレンはそれを見て微笑を浮かべ、
「それじゃ、こっちにいらっしゃい」
 足を組んで自分の方に手招きした。
 立ち上がって移動し、横に並んで腰掛けるゼオラ。
「んー…」
 困ったようを頬を掻くエクセレン。
「きちんと言わなかった私も悪いけど、でもちゃんと立場はわきまえなきゃね、ゼオラちゃん?」
 微笑みを崩さずに向けられるその言葉の意味がわからず、ゼオラはただ黙ってエクセレンの顔を見つめ返していた。
 その瞬間。
 ぱんっ、と渇いた音がして、ゼオラの体は床に倒れこんでいた。
 何が起こったのかわからず視線を上げると、エクセレンの顔から笑みが消えていた。
 遅れてやってきた頬の痛みに、自分が今何をされたのかをようやく理解する。
「ひぐうっ!」
 エクセレンは倒れたゼオラの手の甲を、ヒールの先で思い切り踏みつけた。
 続けざまに髪の毛を掴み、無理矢理顎を上げさせる。
「足元にひざまずいてきちんと忠誠を誓いなさいと、そこまで言わせる気かしら?」
 吐き捨てるように冷たい言葉をぶつけるエクセレンの眼は、刃物のように鋭い光を帯びていた。
 ぞくり、と子宮に電気が走る。
 エクセレンは掴んだ頭を床に投げ捨てると、その横に投げ出すように足を置いた。
 蘇るスクール時代の記憶。そう、こんな時は、
「申し訳…ありませんでした……」
 ゼオラは向き直って深々と土下座した後、四つん這いのままエクセレンの靴に舌を這わせた。
 ハイヒールの革の匂いと床のわずかな埃の匂いが、劣情を一段と掻き立てる。
「次はないわよ。わかったわね」
 ビクンと体が震える。
 容赦を加える意思など欠片もない声色に、泣き出すこともできないほどの恐怖感と同時に、強烈な被虐の悦びが背中を駆け抜ける。
 エクセレンは立ち上がると、その身にまとっていたバスローブを脱ぎ捨てた。
 バスローブの下は、黒一色で統一された革のボンテージに包まれていた。
 白い素肌とのコントラストが映える。
「お尻をこっちに向けなさい」
 革手袋をはめながら、視線だけを下ろして命令を下すエクセレン。
 ゼオラはゆっくりと180度向きを変え、命じられてもいないのに高々と尻を掲げてみせた。
 上から見下ろす唇の端がわずかに吊り上がる。
「んぐぅぅぅっ!!」
 めくり上げたタイトスカートの股間に、蹴りこむようにヒールが押し当てられた。
 そのまま踵に体重を預け、下着の上から乱暴に局部をえぐる。
「あ、がっ、うぁっ、うぁぁっ……あああぁぁっ!!」
 切っ先の鋭い痛みに耐えかねるように大きな悲鳴を上げたかと思うと、ゼオラはそのまま体を強張らせ、へたりこむように床に顔を伏せた。
 あまりに早く激しいそのエクスタシーを目の当たりにしたエクセレンが、一体どれだけ愉しそうな笑顔を浮かべていたか。
 考えを巡らし確認する余裕など、既にゼオラには残されていなかった。

3

 それから一週間が過ぎた。

「ペットショップでいいのがあったから買ってきたんだけど、どうかな?」
 ボンテージ姿のエクセレンは、そう言いながら全裸でひざまずくゼオラの首に青い首輪を巻いた。
「わお♪似合う似合う」
 屈託なく喜ぶその顔に、正座している胸が思わず高鳴った。
 フックの部分に、青と銀のツートンカラーのリードがつけられる。瞬間的に、そのリードで引き倒されて踏みにじられるイメージが脳裏に浮かんだ。
「なにを期待してるのかしらん?」
 ゼオラの肩が大きく震えた。絶妙のタイミングで、内心を代弁するかのような一言。
 一週間にも及ぶ毎夜の調教で、何度となく見られたシーンだった。
 どんなに考えていること思っていることを隠そうとしてもその場で全て見透かされて、時に言い当てられ、時に実行され、時に放置され、気の済むまで掌の上で転がされる。
 逆らえない。逆らっても無駄。従うしかない。むしろ、従わされたい。
 もはや身も心も、全てエクセレンに隷属させられてしまっていた。
 エクセレンの右手が、ゼオラの後頭部を優しく撫でた。
 それは、いつもの儀式を行うという合図。
 ゼオラは三つ指をつくと、
「ほ、本日も…どうぞ、私の躾を……よろしく…お願い致します……」
 そのまま床に額が接するまで深々と頭を下げた。
 だが、いつもならそこで頭を撫でるなり何なりするはずのエクセレンは、口を全く開かなかった。
 猛烈な不安に襲われる。自分は何か、まずいことでもしてしまったのか。
「何か、言ったかしら?」
 少し間を置いてそう言ったエクセレンの声には、明らかに冷たい色が混じっていた。
 間違いない。挨拶が気に入らず、機嫌を損ねている。
「どうぞ……この恥知らずな奴隷を……お好きなようにお使いください……」
 ありったけの勇気を振り絞って、自らを更に卑下し懇願してみせる。
 しかしエクセレンが返した返事は、
「はぐうっ!」
 空を引き裂く鞭の音と、それに一瞬遅れて背中を襲う鋭い痛みだった。
 リードを強く引っ張られ、足元に這い蹲らされた。そのままピンヒールで、まるでねじこまれるように頭を強く踏みにじられる。
「首輪をしてリードで繋がれてる犬が、人間様の言葉を口にしたように聞こえたんだけど、あなた何か言った?それとも、私の気のせい?」
「も、申し訳ございませんっ!」
 反射的に出た謝罪の言葉。だが今回に限ってそれは、主の逆鱗に触れる行為でしかない。
「ひぃぃぃっ!!」
 立て続けに三発、背中に鞭が落とされる。綺麗なミミズ腫れが浮かび上がった。
「何か、言ったかしら?」
 先ほどと同じ言葉を、同じ口調で繰り返すエクセレン。
「わん……」
 ゼオラは瞳に涙を滲ませながら、弱々しい鳴き声をあげた。
 寝そべった顔が、爪先で軽く蹴飛ばされる。
「自分が犬という自覚があるんなら、ちゃんと四つん這いになりなさい」
 反射的に身を起こして両手を床につこうとすると、また鞭が飛んだ。
「命令されたら、返事は?」
「……わん」
『――ラ。ゼオラ。ゼオラっ』
え?なに?どうしたのアラド?
『どうしたのって、それは俺の台詞だぞ。さっきからボーッとして』
そ、そうなんだ……ゴメン。
『大丈夫か?お前ここ最近、ずっと様子がおかしいぞ?』
……………。
『ゼオラ?』
ねえ、アラド。
『ん?』
あなた、スクールにいた時のこと思い出すこと……
『え……?』
――ごめん、やっぱり何でもない。
『何だよそれ……おい、ゼオラ?何処行くんだよゼオラ!』


 エクセレンのディルドーに失神したゼオラが目を覚ましたのは、四発目の平手が勢いよく頬に振り下ろされた時だった。
「誰がおねんねしてもいいって言ったかしらん?」
 ゼオラの上に乗ったまま、いつものようなおどけた口調でそう言うエクセレンの目は、明らかに笑ってはいなかった。
 恐怖心がぞっと背中を駆け抜ける。
「も、申し訳――ひぐぅあっ!!」
 詫びの言葉を発したその瞬間、乳房が爪を立てるように強く握りつぶされる。
「何か言った?」
「わ、わん……」
 体の芯がまた熱くなるのを感じた。まだまだ夜を終わらせるつもりはないのだ。
 そして再び動き始めたエクセレンの腰に、ゼオラの声は更に激しさを増していった。

4

「……ゼオラ曹長?」
 ノックと共に部屋に入ったキョウスケ・ナンブは、一瞬戸惑ったような表情を見せた。
 自分の彼女の部屋にいたのがその彼女ではなく、自分にとってそれほど交遊のない部下だったのだから、それも無理はない。
 ゼオラは座っていた椅子から立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。
「エクセレンは?」
「用を足すと仰って、つい今しがた出て行かれました」
「曹長はどうしてここに?」
「少尉に、砲撃戦についてのご指導をお願いしてまして」
 最近頻繁にエクセレンの部屋を訪れていることについて聞かれた時は、必ずこう答えるように
していた。実際、調教の前に指導をされることもあったから、決して嘘はついていない。
「中尉は、どうしてこちらに?」
「貸してほしいと頼まれていた本を持ってきた」
 そう言って手にした本をテーブルの上に置く。表紙に書かれたタイトルから見るに、旧世紀の有名な武道家の伝記のようだった。
「変わった本をお読みになるんですね」
「最近、武道の達人というものに興味があってな。人間離れした武勇伝が多くて面白い」
 ゼオラの脳裏に、テスラ研の顧問とその一番弟子の顔が浮かんだ。思わず吹き出してしまう。
「リシュウ顧問とゼンガー少佐のことでも考えたか?」
「わかりますか?」
「俺がこの手の話を調べだしたのも、あの二人がきっかけだからな」
「へええ……」
 他人にあまり関心がないように見えるキョウスケが、意外と好奇心旺盛だったことに、ゼオラは少なからず驚いていた。
「意外だったか?俺がこんな風に人に影響されることが」
 心臓がドキッと縮んだ。
「え、あ、いや、その……」
 まるでエクセレンのように考えていることを的確に言い当ててしまったキョウスケに、言葉が詰まる。
「立ち話も何だ。座るとしよう」
 そう言ってキョウスケは椅子に腰掛けた。
 遅れてゼオラも、テーブルを挟んで正面に座る。その頬は、わずかではあるが紅潮していた。
 それから二人は、様々なことを話し込んだ。仕事の話、同僚の話、趣味や休日の過ごし方から、互いのパートナーに関することまで。
 話を振ればわかりやすく真摯に返してくれるし、話のテンポも決して悪くない。提供される話題も豊富で、喋っていて全く飽きない。
 戦闘の時に見せるあの大胆さや無骨さと、それに相反するようなきめ細かい思慮深さ。
 初めて見るその意外な一面に、上司や同僚としてではなく一人の男性として魅力的だと、ゼオラは心からそう思った。
「俺も、話し相手が前にいれば普通に話す。普段はその必要がないから黙ってるだけだ」
 わずかに苦笑しながら、キョウスケはそう答えた。
 ふと時計に目をやる。二人が一つの部屋に入ってから、知らないうちにもう三十分が過ぎていた。
「お時間は大丈夫なんですか?」
「ん?ああ、心配ない。これからする事もないしな」
「それにしても遅いですね、少尉」
「もう30分になるな」
「そうですねえ」
 キョウスケは不意に、ゼオラの顔を覗き込んだ。
「……中尉?」
 何も言わず、正面からじっと目を見つめるキョウスケ。
 ゼオラはなぜか、視線をそらすことができなかった。
 3秒。5秒。10秒。
 意図を掴みかねて戸惑うゼオラ。だが同時に、体と心が妙に高揚してくるのも感じていた。
 『ある意味で』とはいえ好意を抱いている相手にじっと見つめられるのだ。悪い気がしないはずはない。
 気づかれないように、小さく生唾を飲み込む。そしてその瞬間、脳裏のイメージに――
「何を思い浮かべた?」
 その言葉に、ビクッと大きくゼオラの全身が震えた。
「な、何のことですか、一体……」
 目を逸らし、精一杯とぼけようとしてみせる。全身から汗が吹き出していた。
 キョウスケは立ち上がってドアの前に立ち、そのまま片手で錠を施した。
 がちゃりという金属音。心拍数がより一層跳ね上がる。
「俺に押し倒されて犯されることを想像したな」
 向き直ってテーブルの前に立ったキョウスケは、下卑た話し方でも問い詰めるような口調でもなく、先ほどまでと変わらない淡々とした調子で、聞き返すではなく断言してみせた。
 もう何も言い返せなかった。曖昧だったイメージが一気に具体性を帯び、股間に蜜を溢れさせる。
「きゃあっ!?」
 突然座ったままの襟首が掴みあげられたかと思うと、そのままベッドの上に勢いよく放り投げられた。
 キョウスケはゆっくりとベッドに歩み寄る。その顔からは表情が消えていた。
 本気だ。本気で自分のことを犯す気だ。そう思った瞬間、ゼオラの体から力が抜けた。
 それを見たキョウスケが、上から一気に覆いかぶさる。
「やっ、やめてっ!やめてくださいっ!」
 そう声をあげながら、弱々しく突き飛ばそうとする。
 本気で拒むなどできるはずがない。ただ、一応抵抗はしたというアリバイ作り。
 ちゃんと拒否したはずなのに、意思を無視して無理矢理犯される。心ではなく、体がそれを望んでいた。
「うぐっ…」
 キョウスケの手がゼオラの喉にかけられた。そのまま首を、布団の上に強く押し付ける。
 空いた手がスカートの中の下着を剥ぎ取り、自らのズボンのジッパーを下ろす。
「……いくぞ」
 目の前が、真っ白になった。
 それからのことはよく覚えていない。
 仰向けだったはずの体がいつの間にうつ伏せになったのか。下着だけでなくスカートや上着まで、いつの間に剥ぎ取られてしまったのか。
 ただはっきりと覚えているのは、少なくとも二度胎内に射精されたということと、その度に痺れるようなエクスタシーを感じていたということぐらいだ。
 体が動かない。目だけを動かして横を見る。
 キョウスケは、テーブルに座って何事もなかったかのように持ってきた本を読んでいた。
 もしかしてあれは夢だったのか?ふとそんな思いが頭をかすめたが、膣からあふれ出してきた白濁の感触がそれを完全に否定した。
 うっとりしていた。エクセレンの調教に不満があるわけではないが、やはり女である。
 男性に弄ばれる感覚というのは、やはり実際に男性に犯されなければ味わえない。
 これでエクセレンが帰ってくれば、今度はエクセレンに――そこまで考えて、背中にぞくりと冷気が走る。
「あ……あ……」
 ゼオラの顔が一瞬のうちに青ざめていった。
 キョウスケがエクセレンの恋人であること、そして自分がエクセレンの奴隷であることを、事ここに至って初めて思い出した。
 もしこの場にエクセレンが帰ってきたら。キョウスケがどういうことになるかはわからないが、自分がどんな目に遭わされるかは容易に想像できる。
 恋人を寝取った泥棒猫となじられ、激しい折檻を加えられる。あのエクセレンが、まさかその程度で済ますはずがない。
 恐怖で体がガクガクと震えだした。帰ってこないでほしい。せめてあと三十分、体が満足に動くようになるまで。
 だがその時、部屋の錠が外から開けられる音がした。
 ひっ、と息を飲む。この部屋の鍵を持っているのは、当然のことながらこの部屋の主以外にいない。
「ただいま〜。ゼオラちゃん、いい子にしてたかしらん?」
 呑気で無邪気ないつも声が、室内に入ってきた。


 エクセレンが何故、二時間近くも席を外していたか。
 そしてキョウスケが何故、エクセレンが席を外して間もなくというタイミングで部屋を訪れたのか。
 ゼオラがその理由に気づいたのは、キョウスケの見ている前でエクセレンに局部を乱暴にいじられ、注がれた精液を残らず指で掻き出された時だった。

5

 P.M.6:00
 今日も一日の仕事が終わった。部屋に戻ってからシャワーを浴びて着替え、食堂に向かう。
 食堂ではエクセレン少尉が、ブリット少尉、クスハ少尉と一緒に夕食を摂っていた。
 キョウスケ中尉は残業らしい。
 エクセレン少尉から、時間が空いてるなら今夜も指導をするから後で来るように言われる。
 ブリット少尉がそれについて質問して、エクセレン少尉の冗談混じりの返事を真に受け激しく動揺していた。
 でも、もしそれが冗談じゃないと知ったら……少尉は一体どんな顔をするのだろう。

 P.M.7:00
 エクセレン少尉の部屋を訪ねる。机の上には既にテキストとノートが開かれていた。
 まずは昼のシミュレータ訓練の反省会。少尉によると、射撃の際に距離をとりすぎだという。
 ファルケンはヴァイスと違い、射程よりも機動性が売りの機体なのだから、それを生かすようもう少し距離を詰めて激しく動き回った方がいい、ということらしい。
 それから、少尉の士官学校時代の教科書を使って砲撃戦術に関する勉強。
 基礎的な内容ばかりで、わざわざ習わなくても既に知っていることが多いが、持っている知識を改めて確認するだけでもだいぶ違う。
 途中、クスハ少尉がケーキを差し入れてくれた。終わったらコーヒーを淹れよう。

 P.M.8:30
 今日の勉強はこれで終了。終わると少尉は必ず「よく頑張ったわね〜♪」と頭を撫でてくれる。
 大したことをしているわけではないけど、そんな風に褒められると何だか妙に嬉しい。
 コーヒーを沸かしてケーキを食べながら、とりとめもない雑談に花を咲かせる。
 不意に「ほっぺにクリームがついてるわよ?」と言われる。
 さっきカイ少佐の話で吹き出してしまった時に散ったのだろうか。
 ティッシュで拭おうとした途端、少尉に頬を舐められた。
 舌の先で、ゆっくりと、なぞるように。ゾクゾクしてしまった。
 でも、それだけで終わりだった。
 多分まだ時間が早いからだろう。もう少しすれば、きっと……

 P.M.9:00
 ケーキはとっくに食べ終わった。コーヒーカップも空になった。
 雑談はまだ続いている。

 P.M.9:10
 雑談はまだ続いている。

 P.M.9:20
 雑談はまだ続いている。

 P.M.9:30
 雑談はまだ続いている。
 いつまで続くのだろう。

 P.M.9:40
 雑談はまだ続いている。
 どうして止めてくれないのだろう。

 P.M.9:50
 雑談はまだ続いているらしい。
 話の内容が頭に入らない。自分が何と答えているのかもよくわからない。
 体が熱い。死にそうだ。

 P.M.10:00
 コンコンとドアが二回ノックされ、キョウスケ中尉が部屋に入ってきた。ようやく残業が終わったらしい。
 いつもの青い首輪が、ようやく引き出しから取り出された。
 ああ、そうか。少尉は、中尉が来るのをずっと待っていたんだ。
 二人は一体何をするつもりなのだろう。私はこれから何をされるのだろう。
 私はもう、顔を正面に上げていることができなかった。

 P.M.10:10
 私は今。
 服を着たまま。
 首輪をつけられ。
 後ろ手に縛られ。
 脚をきつく固められ。
 口を塞がれ。
 床に転がされている。
 その私の目の前で。
 キョウスケ中尉とエクセレン少尉が。
 セックスを始めた。

 P.M.10:30
 中尉の射精を、少尉は口の中に受け止め、全て飲み干した。
 粘りつく感触と痺れるような苦味が、舌の上にリアルによみがえる。

 P.M.10:40
 少尉は中尉の上に乗って、激しいあえぎ声をあげている。
 上下や前後に激しく往復したり、円を描いて腰を押し当てるようにしたり。
 私が調教で二人から教えこまれた、そのままの動き。
 どんな時にどこに当たってどう感じるのか、嫌というほど知っている。
 つらい。せつない。

 P.M.11:00
 二度目の射精。少尉の中から白いのが溢れてくるのが見える。
 中尉はゆっくりと引き抜いて、少尉に咥えさせた。
 少尉は、まるで尿道の中まで綺麗にするように丁寧にしゃぶっている。
 しゃぶりながら横目で私を見る少尉の顔は、まるで私を嘲笑っているように見えた。
 行為が終わって二人が上着を着ると、ようやく私の拘束が外された。
 「お疲れさま。さ、帰っていいわよん」
 えっ…?
 「明日も早いでしょ?早く寝て体力養わないと、持たないわよん?」
 そう言うと少尉は、有無を言わさず私を部屋の外に放り出した。
 私はしばらく呆然と、閉じられた扉の前に立ち尽くしていた。

 P.M.11:10
 ふらふらとした足取りで、ようやく部屋にたどり着く。
 ベッドに倒れこんでも眠れない。放置されていたせいで、体が疼きっぱなしだ。
 自然に股間に手が伸びていた。

 P.M.11:15
 クリでイッた。まだ足りない。

 P.M.11:19
 中でイッた。まだ足りない。

 P.M.11:22
 お尻も一緒にイッた。まだ足りない。

 P.M.11:25
 イキそうになったのを止めた。波が収まってからまたいじり始めた。

 P.M.11:26
 いきそうになったのを止めた。なみがおさまってからまたいじり始めた。

 P.M.11:27
 いきそうになったのをとめた。なみがおさまってからまたいじりはじめた。

 P.M.11:28
 もうだめだ。うごかさなくてもいきそうになる。がまんできない。

 P.M.11:29
 いく

 P.M.11:30
 あ

6

「ん…?」
 夜食の袋を抱えて部屋に戻る途中のアラド・バランガは、廊下の向こうに見覚えのある人影を見つけた。
 シルバーブロンドの髪と、誰よりも大きな胸元。間違いない、ゼオラだ。
「おーい…」
 と大きく声をかけようとして、思わず思いとどまった。
 何だか様子がおかしい。遠くからでもはっきりわかるぐらい顔が真っ赤になっているし、歩き方も何だかフラフラしている。
 体調がおかしいのか?
 そう心配に思って近寄ろうとした、その時だった。

 元々そう広い宿舎でもないので、部屋間の距離はそう長くない。
 一番端の部屋同士でも、走ればものの十数秒、歩いても一分とかからずに往復できる。
 普通なら。
 ゼオラが自分の部屋を出てから、もう五分が経過していた。
 目的地であるエクセレンの部屋までの道のりは、ようやく八割に到達したところだ。
 壁にもたれかかって、床にへたりこむ。
 最初は、ゆっくりでも何とか普通に歩くことができた。だが時間が経つにつれて足元が覚束なくなり、今ではまともに立ち上がることすら難しくなっていた。
 でも、早く部屋に行かなくてはならない。エクセレンとキョウスケが待っている。
 どうか誰にも見つかりませんように。
 ゼオラは心の中で、それだけを呟き続けていた。
 顔を耳まで真っ赤にしながら、どうにか膝を起こし、壁に手をついて歩を進める。
 そしてふと、廊下の向こうに振り返った、その時だった。

 二人の目が合った。
「あ……」
「ぜ……」
 互いの動きが一瞬止まる。
 だがゼオラは何の会釈もせず、そのまま逃げるように角を曲がって視界から消えていった。
 アラドはゼオラに呼びかけることも、黙って近づくことも出来なかった。
「ゼ…オラ…?」
 ゼオラがいなくなった後も、アラドはしばらくその場に立ち尽くしていた。
 火照ったその顔と潤んだ瞳が、妙に心に引っかかっていた。

「くひぃぃぃっ!!」
 前戯もなく前後に同時に挿入される感覚に、ゼオラは甲高い嬌声をあげた。
 キョウスケは下から膣に。エクセレンは上からディルドーで肛門に。
「入れたままここまで来させた甲斐があったな」
「ホントにねえ。ほぐさずにすぐサンドイッチが楽しめるなんて、なんて贅沢♪」
 そう言うと二人は、ゆっくりとその腰を動かし始めた。
 二本の棒が、薄い壁を隔てて静かに擦れ合わさる。
「うくうぅ……あっ、うっ……んんっ!」
 ゼオラは不意にキョウスケに抱きついた。そのまま唇を重ね、熱心に舌を絡める。
「わお♪キスなんて奉仕しろって命令された言われなきゃしないのに、ずいぶん積極的じゃない?」
 エクセレンの冷やかしにも耳を貸さず、唇だけでなく首筋や頬まで、
すがりつくように愛撫し続けるゼオラ。
「……………」
 キョウスケは黙って、自分の胸に覆いかぶさっている乳首を強くつねりあげた。
 全身が大きくビクンと震え、唇の動きが止まる。だが少し経って落ち着くと、再び抱きついて舌を這わせ始めた。
 命令など、してもいないのに。
 ゼオラの肩越しに、エクセレンと目を合わせる。
 エクセレンは一瞬困ったような表情を浮かべた後、小さくうなずいた。
「ふぎっ!?」
 後頭部の髪の毛を掴み、勢いよく持ち上げるエクセレン。
「ゼオラ。あなた、奉仕しろって私かキョウスケに命令された?」
 聞き慣れた冷たい声色に、ゼオラの顔にみるみる怯えの色が浮かぶ。
「も、申し訳ありま……ふあぁぁっ!!」
 間髪入れず、キョウスケが下から腰を振り始めた。
 激しい突き上げに、喘ぎ以外の声が口から出てこなくなる。
 それに合わせるように、今度はエクセレンが、空いた手でその首を強く締め上げた。
「んぐぅぅぅっ!!」
 首輪をしているため、力をこめてもそう大事に至ることはない。
 だがゼオラにとっては力の多寡など問題ではなかった。
 恐怖と快楽で身も心もねじ切られそうな状況で、更に首を締められ命の危険にまで晒される。
 余計な理性は一度に吹き飛び、ゼオラは――
 考えるのをやめた。

 時計は午前〇時を指していた。
 消灯時間はとっくに過ぎており、出歩く人間は一人もいない。
 ゼオラはその無人の暗い廊下を、ひとりゆっくりと歩いて自室に戻っていた。
 何時間も休みなく責められて、体中が痛かった。何十回も達した粘膜は擦り切れてヒリヒリするし、背中や胸、腹といった服に隠れる部分には、二人分の爪痕や歯型がたくさん残っている。
 だが、ゼオラの心は重かった。
 普段の何倍も激しく責め立てられ、今まで味わったことがないほどの快楽を感じ、そしてその確かな証を体に刻まれても、心は満たされなかった。
 エクセレンの部屋で、何も考えずに体を求めているうちはよかった。だが事が終わって落ち着くと、どうしてもさっきのアラドの顔が脳裏に浮かんでくる。
 自分のパートナーがあの時どういう状態で、何をしに何処へ向かっているかも知らず、ただ純粋に心配の眼差しを向けていた、あのアラドの表情。
 胸が痛かった。体で感じた快感が生半可なものでなかったことが、余計に痛みを増させていた。
 一体、これからどんな顔でアラドに接したらいいのだろう。
 そんなことを考えながら、角を曲がる。
 あと三部屋分進んで、自室に――
「あっ」
 そのとき、不意に前方から、聞き覚えのある声が聞こえた。
 目をこらして、暗闇をよく見てみる。
 そこにいたのは、何故かこんな時間に、向こうからこちらに向かって歩いてきていたアラドだった。

7

 アラドは、その手に菓子パンをいくつか抱えていた。大方、誰かの部屋で夜食がわりに貰ってきて、これから自室に戻って食べようというつもりだったのだろう。
 目を伏せ、小走りに横を駆け抜けようとするゼオラ。
「ゼオラ?」
 だがアラドの呼び止める声に、体がその場から動かなくなる。
「こんな時間にどうした?体の具合がおかしいのか?」
「う、ううん、何でもないの。ちょっとトイレに行ってきただけ」
「本当に?」
「……うん」
 自分のついた嘘が、自分の胸に刺さる。まともにアラドの顔を見ることができなかった。
 二人の沈黙が走る。
「じゃあ、私もう寝るか…」
「ゼオラ」
 話を打ち切り、その場から逃げようとしたゼオラの言葉を、アラドは強引に遮った。
「本当に大丈夫なのか?」
「な、何よ、それ」
「お前、最近ずっと変だぞ。一人でぼーっとしてたり、かと思えば妙に暗かったり明るかったり」
「……………」
「さっきだって、真っ赤な顔して足元ふらつかせてただろ。お前、何か隠してることあるんじゃないか?」
「っ……!」
「なあ。俺じゃ頼りにならないかもしれないけど、でも、悩みがあるなら相談に乗ってやるから…」
「……うるさい」
「……えっ?」
「あなたに関係ないでしょ!私のことなんかほっといてよ!」
「ぜ、ゼオラ…?」
「パートナーだからって私のことに首突っ込もうとしないで!迷惑なのよ!」
 ゼオラはアラドを突き飛ばして自分の部屋に走り込み、そのまま勢いよく扉を閉じた。
 アラドは、床に落ちたパンを拾うこともできず、ただ呆然とゼオラのいなくなった廊下を眺めていた。
 ゼオラは、枕に顔を押し付けて、一晩中泣き続けた。

 キョウスケは、廊下の向こうでその一部始終を見届けた後、溜息をついて自室に戻っていった。

 それから、アラドとゼオラの関係は目に見えてぎくしゃくし始めた。
 どうにか接点を持とうと事あるごとに話しかけるアラドに対し、ゼオラは口を利かず目を合わせようともしない。
 この三日間、二人は事務的な会話すら交わしていなかった。
「一体何だってんだよ、ちくしょう……」
 自室のベッドの上で、頭を抱えながら呟くアラド。
 ごろりと寝返りを打つ。せっかく買ってきた夜食も、食べる気になれなかった。
 ゼオラの頑なな態度の原因が何なのか、皆目見当がつかなかった。それを探ろうにも、当の本人があの調子ではどうすることもできない。
 ならば――
 もう一度、一から状況を整理してみる。
 事の始まりは三日前の夜だ。夜食を貰った帰りに偶然出くわしたゼオラに声をかけた翌日から
 明らかに態度がおかしくなった。
 が、思い返してみると、その前からどうも様子が変だった。
 人の話を聞かず上の空だったり、思い出し笑いが目立ったり、かと思えば憂鬱に落ち込んでいたり、そんな考え事を振り切るかのように仕事に没頭してみせたり。
「……そういえば」
 ふと脳裏に、一ヶ月ほど前のゼオラの言葉が蘇る。
『あなた、スクールにいた時のこと思い出すこと――ごめん、やっぱり何でもない』
 あの時はさして気にも留めなかったが、よくよく考えてみたら、あれはゼオラなりのSOSじゃなかったのか。
 スクールのことを思い出してつらい。だからパートナーである自分に助けを求めてきた。
 でもそれなら、どうして途中で言い淀んで止めてしまったのか。それほどまでに言いづらいことだったのか。
 それほどまでに、言いづらいこと――
「っ……!」
 アラドの心臓がドクンと震えた。
 『スクールの言えない記憶』というキーワード。
 犯して、犯されて、犯して、犯されて、毎夜のように快楽を貪らされていた記憶が、脳裏に強烈に蘇る。
「(やばいっ…静まれ、静まれっ…!)」
 横になったままうずくまり、歯を食いしばって無心に耐える。
 股間は怒張しきり、触れてもいないのに先走りの汁が溢れていた。

 耐え忍ぶこと一時間。ようやくフラッシュバックは収まった。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ……」
 肩の力を抜いて、ベッドの上に仰向けになる。呼吸は完全に乱れ、全身の毛穴から汗が吹き出していた。
 股間はまだ怒張したままだが、精神状態が落ち着きさえすれば、時間がかかってもやがて収まる。
 こんな風に夜毎フラッシュバックに悩まされるようになって、どれだけの月日が経ったのだろう。
 スクールから精神操作を受けなくなってから、少しずつではあるが過去の記憶が思い出されてくるようになった。
 最初は、これで自分の生い立ちとかもわかるようになるかもしれないと気楽に考えていたが、少しずつ時を経るにつれフラッシュバックが頻繁に起こるようになり、もはや楽観的に構える余裕はなくなっていた。
「くそっ……」
 目を閉じて舌打ちをする。未だにスクールの呪縛から逃れられない自分が悔しかった。
 耐えるしかない。耐え続けていればきっと、この苦しみはいつかなくなる。
 だから今はせめて――

 コン、コン。
 その時、不意に部屋のドアがノックされた。
 びっくりして跳ね起きる。しかし股間の状況がこれでは、ドアを開いて相手を確認することはおろか、ベッドから降りることもままならない。
 どうしようと焦って何も出来ないでいるうちに、再度ドアがノックされた。
「ど、どなたッスか!?」
 うわずった声で、外の訪問者に呼びかける。
「俺だ。キョウスケだ」
「め、珍しいっスね、中尉が訪ねて来られるなんて。何か御用っスか?」
「……………」
「……中尉?」
「時間が空いてるなら、少し顔を貸せ。ゼオラ曹長のことで話がある」

8

「あ、あの」
 キョウスケと連れ立って廊下を歩くアラドは、前を行くキョウスケを呼び止めた。
 足を止めて、ゆっくりと振り向くキョウスケ。
「ぜ…ゼオラの話って、一体何スか?あいつに何かあったんスか?」
 しかしキョウスケは答えなかった。考え込むようにゆっくりと視線を外し、再び正面を向いて歩を進める。
 先ほどからずっとこの調子だった。話があるからついて来いと言ったきり、それ以上口を開こうとしない。
 キョウスケが遊びやからかい半分で意味のないことをする人間でないことはよく知っているが、だからこそ、意図や目的を全く見せようとしないその態度の真意が気になって仕方なかった。
 そうこうしているうちに、ある部屋の前で足が止まる。
「(ここは……)」
 戸に掛けられたネームプレートには『ゼオラ・シュバイツァー』と名前が入っていた。
 ゼオラの自室前。三日前の夜、わけもわからずに突き飛ばされたあの場所。
「ひとつだけ、言っておく」
 ずっと黙りっぱなしだったキョウスケが、ようやく口を開いた。
「これから、何があろうと絶対に口を開くな。わかったな」
 その口調には、有無を言わさぬ強い語気が含まれていた。
 アラドは思わず真剣な顔になり、そしてゆっくりと頷く。
 そしてキョウスケは、目の前の扉を四度ノックした。

 何も見えなかった。そして、何も聞こえなかった。
 確かに感じるのは、挿し込まれた二本のバイブの感触だけ。
「あふぅ……」
 弱々しく調整された振動に、切なげな吐息が漏れる。
 アイマスクで視界を封じられ、ヘッドホンで耳を塞がれたまま、ベッドに仰向けにくくりつけられているゼオラ。
 その全裸のゼオラが悶えている横で、エクセレンが椅子に腰掛けてベッドを見下ろしている。
『今日はちょっと、趣向を変えてみようと思ってね』
『趣向、ですか?』
『キョウスケは用があって、来るのがちょっと遅くなるの。だからその間に準備しておいて、来たらあなたは―――って言って出迎える。どうかしら?』
『ど、どう、と言われましても……』
『はいはい。顔を真っ赤にしておきながらそんな風に言い淀んでも仕方ないわよん?』
『う……』
『ま、当然のことながら、ただそう言えばいいっていうものでもなく……ちゃんとした言い方出迎え方というものをしてもらわないと、ね?』
 そう言って裸にされて拘束されたのは、どのくらい前のことだっただろう?
 視覚も聴覚も閉じられ、ただただ機械的な緩い快感を与え続けられていたゼオラには、既に時間の感覚はなくなっていた。
「ひぃんっ!」
 エクセレンが手元のリモコンを操作すると、バイブの振動が急に強くなった。
 喘ぎ声をあげながら、身を強くよじらせるゼオラ。
 そしてものの一分としないうちに、
「いっ、イクっ、イクっ、イキますぅぅっ!」
 何度となく体で教えられた通り、自分が達することを声にして知らせながら、体を強張らせゼオラは果てた。
 リモコンによって、再び振動が弱められる。
 こんな風にイカされるのも、もう何度目だろう?
 これからもっと長い時間放置させられるなら、この全身が痺れるような快感が永遠に続く。
 キョウスケが来たら来たで、間違いなく二人がかりで徹底的に虐め倒される。
 どの道待っているのは、快楽しかない。
 思考を奪われ、快楽に全身を溺れさせられるあの感覚。
 何も考えず、ただただ快楽を享受し続けるだけで良いあの感覚。
「あはぁっ…♪」
 その口から、歪んだ悦びの喘ぎが漏れた。
 エクセレンはその様子を眺めながら、物憂げに溜息をひとつついた。
 その時だった。
 コンコン、コンコン。
 不意に、ドアがリズミカルに四回ノックされた。
 あらかじめ決めておいた、二人連れでの訪問の合図。
 エクセレンは立ち上がってゼオラを一瞥してから、扉の前に立って錠前を外した。
 そして外からノブが回され、キョウスケが部屋に入り、続けてアラドも室内に――

 ――これは、なんだ。
 ゼオラの部屋に入ったアラドは、心の中でそう呟いた。 
 キョウスケに。何も言わずに連れてこられた。ゼオラの部屋の中に。何故かエクセレンがいて。
 そのベッドの上には。ゼオラが。ゼオラが。ゼオラが。
 縛られて。玩具で弄ばれて。悦んで。
 ――これは、なんだ。
 これはいったい、なんなんだ。
 まるで。まるで――

 エクセレンはゼオラの枕元に歩み寄り、紅潮して喘いでいるゼオラの肩を、ポンポンと二回叩いた。
「あ…あぁ……」
 ゼオラの体が小さくぶるりと震えた。そしてゆっくりと、
「お…お帰り…なさいませ……御主人様ぁ……♪」
 今まで聞いたことがないほど甘えた声で、先ほど教えられた言葉をその通りに口にして見せた。

 アラドは、呆然としていた。ただただ、呆然とするしかできなかった。

9

 それから何があったのか何を言われたのか、全く記憶にない。
 気がついたら、自分の腹の下にゼオラがいた。
 目と耳を塞がれ、拘束されて動けないゼオラを犯していた。
「ふあっ!あっ、あっ、ああぁっ!!」
 腰を突き入れる度に尻に挿し込まれたままのバイブが擦れ、悩ましげな声があがる。
 ゼオラは今、自分を抱いているのがアラドだと知らない。アラドではない別の誰かに抱かれていると思っていて、それによって激しく感じている。
 アラドの頭の中は混乱していた。
 フラッシュバックの高ぶりが収まらないうちにここに連れてこられたと思ったら、まるで悪夢の続きを見させられているような、ゼオラのあられもない姿があった。
 一体これは何なのか。エクセレンとキョウスケがこれにいったいどんな関わりがあるというのか。
 そのまま考えがまとまりきらないうちに流されて、今こうしてゼオラを抱いている。抱かされている。
「ひあぁぁっ!?」
 エクセレンの手元のリモコンが、ゼオラのバイブの出力をあげた。
「ほらほら、もっとしっかり声あげないと、『御主人様』は喜んでくださらないわよん?」
 横で薄ら笑いを浮かべながら、わざと御主人様の部分を強調して呼びかけてみせるエクセレン。
 当然のことながら耳を塞がれているゼオラにその声は届かないが、当の『御主人様』の方にはしっかりと聞こえている。
 胸がずしりと重くなった。その重みから逃避するかのように、思考が一層鈍ってゆく。もう、腰を振るのを止めることは出来なかった。
 自分は、かつてこんな風にゼオラを犯したことがあるかもしれない。
 誰かの見ている前で、身動きの取れないゼオラを、好き勝手に乱暴したことがあるのかもしれない。
 そんな思いがアラドの脳裏をよぎった、その瞬間だった。
 再度襲い来るフラッシュバック。似たようなシーンが、頭の中で走馬灯のように再生される。
 その中に出てくる女の姿は、全てゼオラに換わっていた。顔も、体も、声も、感触も、残らず全て。
「あっ、いっ、いきっ、イキますぅっ!!」
 絶え間ない刺激に耐えかねたゼオラが、再びエクスタシーに達した。
 そして強く収縮する膣の動きに促されるように、アラドもゼオラの中に射精する。
 その量と勢いに精液は逆流し、結合部の端から溢れて垂れてきていた。
「……ゼオ…ラ……」
 虚ろな瞳で、うわごとのようにゼオラの名を呼ぶアラド。
「あ……ありがとう…ございますぅ……♪」
 ゼオラはただ、自分の体を使って射精されたことを無邪気に喜んでいた。

 エクセレンの手が、自分のアイマスクとヘッドホンにかけられたことも知らずに。

 そして、

 時間が凍った。

「ア……ラ………ド……?」
 突然開けた視界の中にいたのは、紛れもなくアラドだった。
 キョウスケもエクセレンも、椅子に腰掛けてこちらを見ている。着衣にはいささかの乱れもない。
 室内には他に誰もいない。
 つまり、さっきから自分を抱いていたのは――
「いやあああああっ!!」
 ゼオラのつんざくような悲鳴に、アラドの体がビクンと大きく震える。
 そして再び、萎えることなく挿入されたままの腰が律動を始める。
「だっ、ダメぇっ!抜いてっ!抜いてぇぇぇっ!!」
 だがその声は届かない。アラドはゼオラの名を呟きながらゼンマイ人形のように腰を振り続け、キョウスケとエクセレンは表情も変えずにただ二人の様子を眺めている。
「ひぎぃっ!?」
 リモコンのゲージを一気に最大まで持って行く。バイブの振動する音が、離れていてもしっかり聞こえてくる。
「とっ、とめっ、止めてっ!止めてぇっ!!」
 大きく首を振って拒絶の意思を示すゼオラ。
 エクセレンはスイッチが全開になったままのリモコンを、ゼオラに見えるよう枕元に放り投げた。
 止める気も止めさせる気もないという、明確な返事。
 そしてその間も、アラドは一向に動きを緩めようとしない。
「やっ、やだっ!やだやだっ!!イキたくないぃぃぃっ!!」
 だが既にギアがハイトップまで入っている体に、心のコントロールが入る余地などなかった。
「ふぐぅぅぅぅぅっ!!」
 歯を食いしばり、持てる力を注ぎ込めるだけ注ぎこんで、それでも達することを止めることはできなかった。
 ゼオラの心身を諦めが支配し、全身から残らず力が抜ける。
 もうこれ以上、抗うことはおろか声を出す気力さえも残っていなかった。
 アラドの腰が突きこまれる度に肺から息を押し出されながら、ゼオラは顔を横に背けて目を閉じた。
 瞼の裏からは、大粒の涙がとめどなく溢れていた。

 どれだけの時間が経っただろうか。
 肉体が限界を超えるまで吐き出しきったアラドは、ようやく動きを止め、つながったままゼオラの上に折り重なるように体を預けた。
 ゼオラの尻に入ったままのバイブも、既に電池が切れ、振動を止めている。
「あ…ああ……」
 アラドの眼に光が戻った。そして同時に、自分がしたことについての後悔の念が湧き起こる。
 ゼオラは何も言わなかった。真っ赤に腫らした目からは、もう涙は流れていない。ただ、呆けたように壁だけを見続けている。
 抜かなきゃ――
 中から引き抜いて、せめて体を綺麗に拭いて、ゼオラを休ませてあげなきゃ――
 アラドが気だるい体を精一杯動かし、腰を引いて離れようとしたその時だった。
「んうっ!?」
 その動きを遮るように、キョウスケが背後からアラドの尻を踏みつけた。
「もしかして、これで終わりにするつもりなのかしら?」
 正面から間近に二人の顔を見下ろすエクセレン。その表情は、実に愉快そうな笑顔だった。
「ここからが本番なのに。ね、ダーリン?」
 エクセレンがそう呼びかけるが早いか、キョウスケは足蹴にしていた尻を屈んで両手で掴んだ。
 そして左右に大きく開くと、
「んぐぅぁぁっ!?」
 自らの剛直をアラドの菊座に当て、そのまま一気に奥深くまでねじこんた。
 ゼオラの中で萎えていた物が、前立腺を刺激されて一息に立ち上がる。そして背後のピストンに合わせて、わずかではあるが前後に出入りの動きを見せ始めた。
 エクセレンはゼオラの顎を掴んで、正面を向けさせる。
「ほらほら、よく御覧なさいな」
 キョウスケに嬲り者にされ、愉悦まじりの苦悶の色を浮かべるアラドの顔が間近に迫る。
 正視できずに目を背けると、すかさず平手打ちが飛び、強引に前を向かせられた。
 涙が枯れるほど泣いたはずの瞳が、再び潤む。

 アラドが残りわずかな薄い精液を搾り出すまで、夜は終わらなかった。

10

ゼオラと揃いの青い首輪がアラドに与えられてから十日が過ぎた。
 つがいの鳥は今夜も、狼と堕天使に弄ばれている。

 仰向けになったアラドの腰を持ち上げ、その尻に顔を埋める。
 そのまま菊門に舌を這わせながら、右手で怒張をゆっくりとしごく。
「ぁ……はぅっ……」
 亀頭は既にカウパーで濡れており、軽く擦られるだけでもかなりの快感があった。
 舌を伸ばして直腸に差し入れる。腰が震え、怒張が一際大きくなった。
 ゼオラは舌を抜き、手の動きを止めた。そして落ち着いてから、勢いを弱めて再開する。
 ボンテージ姿のエクセレンは、座って脚を組みながら絡み合う二人の様子を眺めている。
 キョウスケはいつもの服装で立ったまま、壁に背を預けてストップウォッチに目をやっていた。
『一時間の間、アラドを感じさせ続けること。ただし射精させてはならない』
 その命令に従うことがどれほどつらいことか、アラドにもゼオラにも十分にわかっていた。
 しかし選択の余地などない。二人の中に既に「命令に逆らう」という道はなく、
「命令に従う」さもなくば「命令に従わされる」以外の選択肢は残されていないのだ。
 一体あとどれだけ、この手でアラドを嬲り続ければいいのだろう。
 疼きっぱなしの体温にぼんやりした頭でそんなことを思いながらゼオラは、アラドの股間を胸の谷間に挟んだ。
 両手で自らの乳房を軽く左右から圧迫し、上下に動かす。
 下から上目遣いにアラドの表情を伺う。長時間に渡って焦らされ続けたその顔は、紅潮して切羽詰った実にせつなげなものだった。
「あと三分だ」
 キョウスケが不意に残り時間を告げた。
 もう少しだ。もう少しで終わる。もう少しで目いっぱいアラドを感じさせてもらえる。
 ゼオラは体の芯が急激に熱くなるのを感じた。
 顎を下げ、胸に挟んだままのアラドの物を口の中に咥えこむ。
 射精させることのないよう、奥まで飲み込まず、唇と舌先だけで緩やかにねぶる。
「ぁ……ぁぁっ……!」
 アラドも同じように終わった後のことを期待しているのか、感じている様子を隠そうと我慢しなくなってきていた。
 そしてゼオラの乳房が、唇の端から垂れた自らの唾液で光を反射するようになった頃。
 ストップウォッチのアラームがけたたましく鳴り響いた。
 エクセレンはゆっくりと立ち上がって、折り重なって喘ぐゼオラとアラドの傍に歩み寄った。
 その顔には笑みが浮かんでいる。
「それじゃゼオラ。邪魔だからどいてくれないかな?これから私がアラド使うから」
「……えっ?」
 ゼオラは一瞬、エクセレンが一体何を言いたいのかが理解できなかった。
 言葉の真意を掴みかねて、ニコニコ笑っているその顔を見つめ返す。
 その瞬間、エクセレンの足の裏がゼオラの肩を強く蹴った。アラドの上から蹴りはがされ、壁際に立つキョウスケの足元まで転がされる。
 そしてわけがわからず戸惑った顔で元いた場所を見返すゼオラは、明らかに嘲りを含んだエクセレンの一瞥に、その意図をようやく理解した。
「(ダメぇっ!アラドから、アラドから離れてぇっ!!)」
 だがその心の叫びが口を突いて出ることはなかった。身も心も完全に飼い慣らされきったゼオラには、涙を浮かべ唇を噛んで事の成り行きを見守る以外、もはやどうすることもできなかった。
 そしてそれはアラドも同様だった。虐げられるゼオラを何とかしたいという思いはあったが、エクセレンが望んでいる以上、拒否はおろか抗議の声をあげることもままならない。
「それじゃ、いくわよん♪」
 ボンテージの股間のジッパーを開き、アラドの股の上に腰を下ろす。
 奥まで飲み込むと、エクセレンの体が小さく震えた。
 アラドは恍惚の呻き声をあげながら、天井を眺めている。
「うふふ…さんざん焦らされただけあって、もうパンパンね。いっぱい出してもいいわよん?もちろん」
 わざと言葉を区切り、ゼオラの方に首を向けてから、
「中に、ね」
 はっきり聞こえるようにそう言った。
「あんっ。せっかちねえ。そんな慌てて腰振らなくてもいいのよん?たっぷり可愛がってア・ゲ・ル♪」
 演技じみた口ぶりでアラドをたしなめるエクセレン。
 心がねじ切られそうだった。期待して疼ききった体に嫉妬の炎が渦巻いて、たまらず目を伏せる。
「んぐっ!?」
 だがその時キョウスケが、床に座り込んだままのゼオラの髪を強く掴んだ。
 そのまま顔を上げさせ、ベッドの上を向かせる。
「目を逸らすな」
 逃げ場など、もうどこにもなかった。
「んー…さすがに立て続けに四度出せば、打ち止めにもなるわねえ」
 そう呟くエクセレンの表情は、仕方ないと諦めながらも少しだけ残念そうだった。
 下にいるアラドは、おとがいを逸らして必死に酸素を求めている。
「でも、よく頑張ったわね。偉い偉い」
 優しく微笑みながら、革手袋をはめたままの手でアラドの頭を撫でると、疲れきった汗まみれの顔に、嬉しそうな安堵の表情が浮かんだ。
 エクセレンは自分の中から萎えたアラドを抜き、呼吸の荒いままの頬に一度キスをしてから、立ち上がってベッドを降りた。
 キョウスケの横に座り込んで一部始終を見ていたゼオラの前に立つ。
 ゼオラは、頬だけでなく全身を真っ赤に染めていた。身も心も興奮しきっていることが、股を触らなくともすぐに見て取れる。
「舐めて綺麗にしてくれないかしら?このままだと垂れてきちゃうしね」
 そう言って、ゼオラの顔の前に自分の性器を突き出すエクセレン。
 ゼオラの体は、考えるよりも早く動いていた。ひざまずいて両手でエクセレンの尻を掴み、自分の唇を股に思い切り押し付ける。
 そして舌で膣内を舐め回しながら、中に注がれた精液を口の中に含み、そのまま飲み下す。
 その恥も外聞もない飢えきった様子に、エクセレンはこの上ない征服感を覚えた。
「ねえ、ゼオラ」
 股間から顔を離させ、指で顎を掴んで問いかける。
「アラドと、したい?」
 首を縦に振る。
「私みたいに、アラドのザーメン思いっきり中に注がれたい?」
 首を大きく縦に振る。何度も。
「いいわよ?好きなだけしても」
 真っ赤になった体がぶるりと震えた。ようやく、ようやくアラドを感じられる。
「ただし、今すぐにね。間を置かず」
 えっ、という戸惑いの声が漏れる。
 アラドはエクセレンに目いっぱい搾り取られ、もう何も残ってない状態だ。
 そんなアラドに、休みも与えないで一体何をしろと。何が出来ると。
「あら。枯れた男でも立たせる方法、知らないわけじゃないでしょ?」
 ゼオラの背筋にゾクッと冷気が走る。
 確かに、知っている。どうすれば出し尽くした男でも再び立ち上がるようになるか、身をもって嫌というほど知っている。
 だが、自分にそれをしろと言うのか。
「そういえばダーリン、今日はまだ何もしてないのよねえ。ゼオラも一人じゃ大変って言ってるから、悪いけど今日も手伝ってあげてくれる?」
 ひっ、と息を呑むゼオラ。足元にすがりついて懇願の眼差しを送りながら、懸命にかぶりを振る。
「それじゃ、わかってるわね?今から」
 愉快そうにゼオラを見下ろすエクセレン。ゼオラは目を伏せて、小さくこくりと頷いた。
 四つん這いになってベッドに近づき、そして上に乗ってアラドの下半身に顔を寄せてゼオラは、
「くひぃぃっ?!」
 アラドの肛門に指を深々と差し入れ、そのまま先ほどのエクセレンと同じように腰の上に乗った。
 キョウスケとエクセレンは、酒の入ったグラスの淵を静かに重ね合わせた。
 そのまま中身を一気に飲み干し、互いに二杯目を注ぎ込む。
「ごめんねえ。結局何もできないまま放置しちゃって」
 そう言ってパジャマ姿のエクセレンは、テーブルの向かいに座るキョウスケに手を合わせて頭を下げた。
 ボンテージは既に脱ぎ捨てて、チェストに仕舞いこんである。
「構わん。こういうこともある」
 ベッドの方に目を向けると、その上ではゼオラとアラドが二人寄り添って、穏やかな表情で静かに寝息を立てていた。
 おかげで部屋の主であるはずのエクセレンは、こうしてテーブルに避難せざるを得ない状況である。
「おっと、忘れてた。これ外しておいてあげないとね」
 そう言ってエクセレンは二人の枕元に立ち、それぞれの首につけられた青い首輪を取り外した。
 どちらも裏地の革が汗でぐっしょりと湿っている。ハンディタオルで軽く拭いてから、テーブルの上に置いた。
「ね、キョウスケ」
「なんだ?」
「ありがとね。こんな面倒に付き合ってくれて」
「気にするな。これでも楽しんでやっている」
「あらら、楽しんでるの?ヤキモチ焼いちゃうわよん?」
「そういうお前も楽しんでいるだろう?それなりに」
「んふふ、まーね」
「これから、どうする?」
「寝顔見ると、もう二人とも落ち着いてきたみたいだしね。そろそろ終わりにする頃じゃないかしら?後はラーダさんに相談して、具体的にどうするか決めていきましょ」
「そういう意味じゃなくてな」
「うん?」
「俺は、お預けを食わされたまま眠る気はないぞ」
「……………」
「……………」
「そっちのベッドで寝かせてくれる?」
「宿泊料は体でな」
「いやん」

11

 話は、唐突に切り出された。
「へ?」
「え?」
 アラドとゼオラは、思わず同時に素っ頓狂な声をあげた。
 エクセレンの自室。テーブルを挟んで向かい側には、エクセレンとキョウスケ。
「映画のチケットが二枚余ってるから、明日二人で行っておいでって言ったの。だから今夜は、明日に備えてこれでオヤスミ。何かおかしなこと言った?」
「い、いえ、何も変なことはないですけど……」
 テーブルの上には、二枚のチケットが重ねて置かれている。今週公開されたばかりの人気の恋愛映画だ。
「ここのところずっと、空いた時間は四人でいたからね。たまにはお互い二人だけで過ごして、羽を伸ばしてくるのも悪くはないわよん?」
 確かにここ最近、プライベートの時間をアラドと二人だけで過ごした記憶はゼオラにはなかった。
 言われるまで考えもしなかったが、こうして意識するようになれば、二人きりになりたいという思いは強まる。
「でも、いいんですか?わざわざチケットまでいただいて」
「いいのいいの、どうせ貰い物だし。それにこの映画館には他にも色々施設があるから、たぶん一日中遊び倒せるわよ?バイキングレストランだってあるしね」
 ゆっくりと隣のアラドを見る。案の定、バイキングレストランという単語に反応して目を輝かせていた。
「決まりね。たっぷり遊んで、たっぷり食べていらっしゃいな」
 にっこりと笑うエクセレン。キョウスケはチケットを封筒にしまい、ゼオラに手渡した。
「あ、そうそう。かわりと言っては何だけど、ひとつだけ条件をつけてもいいかしら?」
「条件?」
「明日は、門限の三十分前まで宿舎には帰ってこないこと。わかった?」
「門限の三十分前まで?」
「そ」
「三十分前までに帰ってこいではなく、三十分前まで帰るな、ですか?」
「そそ。嫌?」
「嫌じゃないですけど……変な条件ですね」
 キョウスケは黙っている。エクセレンは意味ありげな笑みを浮かべている。
「まあまあ。別に何か変なことしてこいって言ってるんじゃないんだし、気にすることもないだろ。それより今日は早く寝ようぜ?いやあ、明日が楽しみ!」
 子供のようにはしゃぐアラドに、呆れたように溜息をつくゼオラ。
「それじゃあ、今夜はこれで失礼しますね。また明日」
「はいな。映画の感想は聞かせてね。おやすみ」
「おやすみなさい」

 部屋に戻ってからゼオラは、明日着て行く服を一時間かけて選んでから布団に入った。
 アラドは早めに布団に入ったものの、興奮のあまり眠れず三時間ほど寝返りを打ち続けていたが、やがて睡魔に負けて静かに眠りについた。

 A.M.7:00
 起床。アラームをかけていないのに、普段通りに目が覚めてしまった。
 時間があるから二度寝しようかと思ったけど、妙に興奮して眠れない。
 仕方ないので顔を洗ってシャワーを浴びてから、着替えて食堂に。

 A.M.8:00
 することがない。なので、もう一度服を選び直し。
 チェストの中をひっくり返して、持っている服をベッドの上に全部出す。
 手持ちをベッドの上に全部置けてしまうのが、少し悲しい。もっと色々欲しいけど、この胸のサイズに合うような可愛い服がなかなかないので、難しい。
 昨日選んだのは水色のワンピースと、それに合わせた水色の下着。
 下着はこのままでいいとしても、上はどうしよう。ワンピースは無難だけどやっぱりシンプルすぎるような気がするし、かと言ってあまり派手なものにするのも似合わないし……

 A.M.9:30
 気がついたら、待ち合わせまでもう残り30分になっていた。
 結局悩んでばっかりで結論は出なかった。仕方ないので、昨日決めた通りワンピースにすることに。
 服を全部片付けてから、鏡の前に座ってメイクを。といっても、下地だけ。
 普段必要がないから化粧自体あまりしないけど、でも、せめて口紅ぐらいは引けるようになった方がいいかな。またこんな日が来た時のために。

 A.M.10:00
 時間ぴったりにアラドが迎えに来た。普段待ち合わせに遅れることの多いアラドが。
 ウキウキしている様子を隠そうともしない。私と同じでアラドも楽しみなんだ思うと、妙に嬉しくなる。
 宿舎のロビーでエクセレン少尉に会った。これからキョウスケ中尉と車で遠出をするらしい。
 「よく眠れた?」と聞かれたので「はい」と答える。アラドが急かすので、チケットのお礼もそこそこに基地を出ることに。帰りに何かお土産でも買って帰ろう。

 A.M.10:30
 映画館に到着。今話題の作品だけあって、開演前から観客で賑わっていた。
 売店でパンフレットと飲み物、ポップコーンを買う。
 しかしアラドが、上映前に私の分も全て食べつくしてしまった。
 勝手に手をつけてごめんと笑いながら謝まられると、怒る気もなくなってしまう。
 そうこうしているうちに、幕が開いて映写機が回り始めた。
 新作映画の予告編が10分ほど続いた後で、本編が始まる。

 P.M.0:30
 …………。
 「えーと……」
 …………。
 「じ、実は昨日の夜興奮しすぎて、あまり眠れなかったんだ……」
 …………。
 「そ、それにほら、俺ってああいう映画慣れてないからさ。だから見方がわからなかったっていうか……」
 …………。
 「ア、アクション映画とかアニメだったらわかりやすくて最後まで見れたと思うけど……」
 …………。
 「思うけど……」
 …………。
 「………」
 ……それで?
 「……ごめんなさい」
 仕方ないので、パーラーの特製パフェで手を打つことに。

 P.M.1:30
 少尉の言っていた通り、ここには本当に色んな施設があった。映画館やショッピングモールだけでなく、
大型日用雑貨店やゲームセンター、更にはプラネタリウムから水族館まで。
 とりあえずあてもなく歩いてみて、目についたものに片っ端から飛び込んでみることにする。

 P.M.6:00
 あちこち動き回っているうちに、いつの間にか日が暮れかけていた。
 アラドの両手に提げられた紙袋には、服やらお菓子やら、アトラクションのパンフレットやら景品のぬいぐるみやらがいっぱい詰まっている。
 ひと通り行きたい所にも行ったことだし、少し早い時間だけども、これから混んできそうなので、早めに夕食を摂ることに。
 バイキングレストランの前まで来ると、アラドのお腹が大きく鳴った。思わず吹き出してしまう。
 入って席に着く。アラドは私の皿も一緒に抱えて喜び勇んで飛び出して行き、数分後、山盛りの料理と共に戻ってきた。
 「一体どうやってこれだけ食べろっていうの」と言ったら「大丈夫、残ったら俺が全部食うから」。
 私よりも自分の食い気が最優先になってしまうあたり、やっぱりアラドだなって思う。
 ともかくお腹も空いてきたし、折角なので持ってきてもらったものを食べ始めることに。
「……ところで」
 自分の皿は全て食べ終え、ゼオラの皿の半分ほどに手をつけたあたりで、不意にアラドが口を開いた。
 先ほど口に入れたスパゲッティを飲み込んで、言葉を続ける。
「これからどうする?」
「これから?」
「時間、まだいっぱい残ってるだろ」
 左手首の時計に目をやる。針はまだ六時半を回ったばかりだ。
 これから長編映画を一本見たとしても、まだ時間が余る。
「少尉も変なこと言うわよねえ。三十分前まで帰ってくるななんて」
「で、実際の話どうする?これから何処に行く?」
「どうするって言っても、この辺りで行きたい所にはもう全部行ったしね……未成年だからお酒飲む所には行けないし、車もないから何処か遠くに行くこともできない。そうなったら、この近くで日が暮れてから時間を潰せるような場所なんて、それこそ」
 そこまで言って、ゼオラの言葉が止まった。
「それこそ?」
「あ、いや、その、う……」
「……あ」
 顔を赤くして言葉を濁す様子にアラドは、ゼオラが何を言おうとして止めたかを瞬時に理解した。
「ど…何処に行こうか?」
「何処にしよう…?」
 しかし、そう都合よく行ける場所行きたい場所が新たに思いつくはずもなく、二人の間に気まずい沈黙が走る。
 持たない間を誤魔化すように、料理を一気に掻きこむアラド。しかし食べ終わってしまうと、再び会話に詰まる。
「……な、なあ、ゼオラ」
 気恥ずかしさを精一杯こらえながら呼びかける。
「な、何?」
「その、なかなか思い浮かばないよな、これから行きたい場所」
「……うん」
「だから、その、もし嫌じゃなければ……」
「…………」
「一緒に行かないか?そ、その…ホテル……に……」
 バシッ。
 アラドがそう口にした途端、ゼオラの手がアラドの頭を思い切り叩いていた。
 そのままビシバシと、頭や肩を連続して叩き続ける。
「いてっ!いててっ!何するんだよいきなりっ!?やめろって!」
「バカ!バカ!ここ何処だと思ってんのよっ!」
「あっ…」
「人前でいきなりそんなこと口にするんじゃないのっ!バカっ!!」
 顔を真っ赤にして、周囲のことも気にせずゼオラは怒鳴る。
「いや、その……ごめん」
「まったく、もう……」
 口を尖らせてそっぽを向くゼオラ。
 だが、恐縮し肩を小さくしているアラドを横目で見ると、かえって申し訳ない気持ちでいっぱいになってきた。
「ね、ねえ、アラド」
「…ん?」
「そ、その、あの、ね?」
「?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「ど…どうしても行きたいって言うんなら……付き合ってあげても……いいけど……」

12

 ホテルの一室。
 長いシャワーを終えて体を拭いたゼオラは、備え付けのバスローブを身にまとい、落ち着かない様子でベッドの端に座るアラドの隣に腰掛けた。
「よく考えてみたら俺達って」
「うん?」
「こんな風に普通にするのって、初めてじゃないか?」
 ゼオラは思わず苦笑いしてしまった。つられてアラドも苦笑する。
 確かにそうだ。スクールの時も、エクセレン達に調教され始めてからも、いわゆるアブノーマルなプレイを強要されてばかりだった。
 でも今夜は、二人だけで静かに、好きなように楽しめる。咎める相手は誰もいない。
 アラドの手が、ゼオラの肩をゆっくり抱き寄せた。そのままベッドの上に倒れこみ、唇を重ねる。
「んっ……」
 舌を絡ませながら、バスローブの中に手を差し入れる。シャワールームから出てきたばかりの肌は熱かった。
 胸を揉みしだきながら、耳や頬、首筋に口づけを繰り返す。
「はうぅ……」
 帯をほどいてバスローブを脱がせると、ゼオラは恥ずかしさのあまり、目を閉じて顔を横に背けた。
「(えっ…?)」
 今まで見たことのない恥じらいの表情に、アラドの胸が一気に高鳴る。
 しかし同時に湧き上がる衝動は、今まで感じたことがない類のものだった。
 安心感すら感じさせるような鼓動が体を包み、心地よい痛みが胸を締め付ける。
 ゼオラの乳房に顔を埋めると、心臓の脈打つ音が頬に伝わってきた。
「ふあっ!?」
 乳首を甘噛みしながら、股の間に手を差し込む。まだ軽い愛撫しかしていないのに、ゼオラはもうシーツに垂れてくるほど濡らしていた。
 更に密着するよう体勢を変えると、アラドの股がゼオラの太腿に当たった。
 アラドも同じく、激しくいきり立っている。調教されている時と全く変わらないほどに。
「(あれ…?)」
 ゼオラもまた、自分の高ぶり方が違っていることに気づいた。
 体の芯が疼いて、駆け上がるように一気に登り詰めたくなるようないつもの感覚ではない。
 ぼうっとした熱が、全身にくまなく行き渡っている。まるで湯でも浴びているような心地よさに、ずっとこのままでいたいとすら思えていた。
 不意に二人の目があった。互いの瞳の中に、互いのぼんやりした表情が映る。
 そのまま無言で抱きしめあった。
「それじゃ……いくぞ」
 そう言ってアラドは、膣口にあてがった亀頭をゼオラの中へと挿し込んでいった。
「あ……はぁぁ……」
 少しずつ自分の中がアラドで埋まってゆく感触に、悦びの溜息が漏れる。
 『抱かれている』でも『犯されている』でもない。今自分はアラドと『繋がっている』。
 初めて体感する、穏やかだが確かな快感。体よりも、心が満たされていくように感じた。
「ね……アラド……」
「ん?」
「キス…して……」
 思わず口をついて出た自分の言葉に、自分で驚いていた。
 まさか、こんなにも素直に甘えることができるとは。
「はむ…ん…」
 アラドになら、全てを預けられる。全てを晒けだせる。熱いくちづけを交わしながら、満たされたゼオラの心から更に何かが溢れてくるように感じた。
「んふぅっ…!」
 唇を重ねたまま、アラドが腰を動かし始めた。
 アラドのことを離すまいと、強く肩を抱き寄せ、腰に脚を絡めるゼオラ。
 そして身も心も高ぶりきった二人が同時に達するまで、それほど時間はかからなかった。


「…………」
「…………」
「門限まで時間……まだいっぱい残ってるね」
「そうだな……」
「もう一回、する?」
「……このまま抱き合っていたい」
「ん……」
「…………」
「……アラド」
「ん…?」
「ありがとう」
「…………」
「…………」
「俺も……」
「…………」
「……ありがとう」
 このまま時間が止まればいい。互いの体を強く抱き締めながら、二人は心からそう思った。

 話は、唐突に切り出された。
「へ?」
「え?」
 アラドとゼオラは、思わず同時に素っ頓狂な声をあげた。
 ラーダのカウンセリングルーム。テーブルを挟んで向かい側にラーダがいて、その脇にエクセレンとキョウスケが並んで座っている。
 言われた通り門限の三十分前に手を繋ぎながら帰ってきた二人は、宿舎に入るなりエクセレンに呼び止められ、そのままこの部屋に連れてこられた。
 そして部屋に入って席につくなり、
「もうあなた達には、特別な治療を施す必要はありません。長い間、本当にお疲れさま」
 と、いきなり労いの言葉をかけられたのだから、何が何だかわからない。
「えっと、一体それは、どういう…?」
「二人とも、最近はフラッシュバックは起こってる?」
 一瞬考えこんだ後、二人は同時に首を振った。
「あっ」
 ゼオラが何かに気づいたように声をあげる。
「……もしかしてゼオラちゃん、自分が治療されてるのすっかり忘れてた?」
 苦笑しながら問いかけるエクセレンに、ゼオラは赤くなって俯く。
「でもそれは、治療されてることを忘れるほど治ってきたという証拠よ。心配いらないわ」
 ラーダがすかさずフォローを入れる。そしてそのまま、話を続けた。
「アラド、ゼオラ。あなた達にとって、どうしてフラッシュバックがあんなに苦しかったと思う?」
「どうしてって、そりゃあ……」
「自分の意思と無関係に体が昂ぶってしまうから、じゃないんですか?」
「半分はそれで当たってるわ。でも、もう半分、別に重要な原因があるの」
「もう半分?」
「フラッシュバックの内容を、誰にも言うことができなかったということ」
「…………」
 言われてみれば確かにそうだと、二人は思った。あんなことをしていたされていたなどと、たとえ親しい人間であっても、他人には絶対に明かせない。
「特にゼオラは、生真面目で溜め込みたがる性格だから、上手くやり過ごすことも出来なくて大変だったと思うわ。最初に相談に来たとき、本当に死にそうな顔をしてたしね」
「そう…でしたね……正直、いっそ死ねたらって、ずっと思ってました……」
「ゼオラ……」
「それを克服させるための手段はいくつかあったのだけど、緊急を要する状態だとあなた自身も半ば理解してたみたいだから、荒療治に踏み切ったの。でも私じゃ出来ないことが多いから」
「私に白羽の矢が立った、ってわけ」
 エクセレンが横から口を挟む。
「結論から言うと、私がしたのは対症療法ね。フラッシュバックで昂ぶった体を鎮めるには、フラッシュバックの内容と同じことを実際にするのが一番早い。だから、あなたの相談メモを基に、あんな風に虐め倒させてもらったわけ」
「途中からキョウスケ中尉が加わったのも、そのためだったんですね?」
「それもあるけど、一番の理由は、私に依存しすぎないようにさせるためかな」
「依存、ですか?」
「心を病んでる人って、自分を理解してくれると思った人に、身も心も全部預けちゃうことが多いの。それで上手くいってるうちはいいんだけど、何かがあって歯車が狂ったら、まず間違いなく、かえって病状が悪化しちゃうのね」
「つまり俺の役目は、それを防ぐための負荷の分散だったということだ」
「そういうこと。でもいくら負荷が分散できても、私達がしているのは所詮対症療法で、根本的な部分の治療にはならない。だから頃合を見計らって、アラド君にご登場願ったってわけ」
「具体的に言うと、夜の廊下でアラドを突き飛ばした頃だな」
「……見てらしたんですか?」
「自分じゃ気づいてなかったかもしれないけど、あの日のゼオラちゃん、凄く様子がおかしかったのよ?だから終わってからキョウスケに、様子を見に行ってもらってたの」
「そしてアラドと揉めている様子を見て、そろそろ本格的な段階に移行する頃だと思った、というわけだ」
「本格的な段階…?」
「さっきラーダさんが言ったでしょ?フラッシュバックに苦しむ原因の半分は、人に言えないことだって」
「はい」
「この場合の人というのは、ただの他人という意味じゃないの。本当に明かしたい、知ってもらいたい人のこと。そんな相手に自分をさらけだせないことが、何よりも苦しいのね」
「…………」
「私達がどれだけあなた達の悩みを知っても、所詮は他人だからね。支える力にも限りがあるわ。やっぱり本当に癒せるのは、ずっと同じ体験を積み重ねてきた、身も心も通じたパートナーしかいないのよ」
 そう言われて、先ほどのホテルでのひと時を思い出す。
「二人ともどうだった?今夜初めて、二人きりで結ばれた気分は」
 この時ゼオラとアラドは、三十分前まで帰ってくるなという言葉の意味を初めて理解した。
 エクセレンは最初から、夜に時間が余ったときの二人の行動を全て見越していたのだ。
「気持ちよかったのは確かでしょうけど、それよりも安心できて心地よかったでしょ?」
 同時にゆっくりと頷く。
「それはね。一緒に調教され続けることで、互いに互いの秘密を全部共有したからよ。ああすることでお互いを全部晒け出したら、もうこれ以上隠すことも隠す必要もなくなるでしょ?」 互いの顔とエクセレン、キョウスケの顔を交互に見合わせる二人。
「えっと……もの凄く簡単に言うと、今までのことは何から何まで計算ずくだったって、こういうことッスか?」
「Exactly. ご名答よん♪」
「私と中尉も少しはアドバイスしたけどね。ほとんどはエクセレンの立案よ」
 ゼオラもアラドも、思わず乾いた笑いがこみ上げてしまった。ここまで壮大な治療計画を立てて、しかもそれを実際に最後まで実行してしまったのだ。笑うしかない。
「でも、二人ともよく頑張ったわね。本当に偉いわ」
 そう言ってエクセレンは、優しく二人の頭を撫でた。続けてキョウスケも、同じように二人の頭に手を置く。普段あまり表情を変えないその顔は、わずかだが微笑んでいた。
「あ……ありがとう………ございます……」
 思わず涙ぐんで言葉に詰まるゼオラ。アラドもまた、上を向いて必死に涙をこらえていた。
「あなたたちのトラウマの記憶そのものが消えたわけじゃないから、これからもしばらくは経過観察を続けるわ。でも、治療はこれでおしまい。あとはなるべくストレスを溜め込まないよう、二人で上手くやることね」
「…はい」
「ありがとうございましたっ」
 アラドは三人に深々と頭を下げた。ゼオラも続いて頭を下げる。
「記念にこれをあげるわ。もう私達が持ってても仕方ないしね」
 エクセレンはハンドバッグを開いて、中から二本の首輪を取り出した。調教する時につけさせていた、揃いの青い首輪だった。
 それを受け取った二人は、懐かしい玩具でも見るように、愛おしそうに手でいじっていた。
「んでは、消灯の時間も近いことだし、そろそろ解散としますか。私もダーリンと、二人だけの夜を過ごしたいしね♪」
「はい」
「本当に、ありがとうございました」
 二人は立ち上がって、再度頭を下げた。そして三人が部屋を出て行くまで、ずっと頭を下げ続けた。帰りの廊下。
「あ」
「どうした?」
「忘れてたわ。ラトちゃんは早くにスクールから放り出されたおかげでそういうトラウマがないから
心配はいらないって伝えるの」
「明日でもいいだろう。大事なことだろうが、今すぐ伝えなければいけないことでもない」
「そうね。今夜は二人だけの世界に浸らせてあげましょ」
「そうだな」
「…………」
「…………」
「ね、ダーリン」
「何だ?」
「これから、どうなると思う?」
「―――――」
「あらん。それは、分の悪い賭け?」
「どちらかというと、希望的観測だな」
「優しいのねえ」
「そういうお前は?」
「―――――」
「そうならないに越したことはないがな」
「でも、そうなったらそうなったで楽しみでしょ?」
「…そうだな」
「ま、どうなるかは神のみぞ知るってやつね。のんびり見守りましょ。期待しながら…」


 それから――
 フラッシュバックに悩まされることのなくなったゼオラは、まるで足の裏の棘が抜けたかのように、急速に心身に精気が戻っていった。
 より距離が縮まったアラドとも、時折意地を張って喧嘩することはあるが、概ね親密な関係を築いている。
 休日前の夜はひとつの部屋に二人で過ごし、休日になれば一緒に色々な場所に遊びに出かける。
 そのおかげか、最近はビルガーとファルケンの連携まで冴えるようになってきた。
 周囲から冷やかし混じりにその秘訣を聞かれることが増えて、ゼオラはこの上ない幸せを噛み締めていた。
 噛み締めて、いた。

 ――そして、一ヶ月が過ぎた。
「んぐぅぅぅっ!!」
 ゼオラは、ボールギャグ越しに悲鳴をあげた。
 腰椎のあたりで拘束された両手首。高々と掲げられた四つん這いの尻。
 前にはエクセレンから貰った玩具が挿さり、後ろはアラドの怒張に貫かれている。
「く……っ!」
 アラドは一瞬ためらうような素振りを見せた後、その平手をゼオラの尻に叩き落した。
「んうっ!んうぅっ!!」
 青い首輪のつけられた首を必死に左右に振るゼオラ。その尻がぴしゃりと音を立て赤くなる度に、締め付けがより一層きつくなる。
 背後からシーツに伏せる肩に手をかけ、腰により体重を乗せてゆく。ゼオラの中の動きも相まって、延々と奥まで飲み込まれ続けるような感覚を覚えた。
 肩に爪を立てる。白い柔肌にしっかりと食い込むよう、しかし傷にはならないよう。
「ふーっ!ふーっ!ふーっ!ふぐうぅぅぅーっ!!」
 不意に、より大きな悲鳴とともに全身が強張ったかと思うと、そのまま力が抜けた。
 達したのだ。
「ふぶぅっ!?」
 だがアラドは、波が収まりきらないうちに再び腰を振り始めた。
 自分はまだ達していない。だからそれまで頑張ってほしいと言いたげに。
 肩から手を離し、爪痕に舌を這わせる。そんな些細な感触にも反応し、締め付けはより一層激しくなる。
 やがてゼオラは、自分の中でアラドが急激に膨らむのを感じた。
 射精しようとしているのだ。それに合わせて、再びゼオラにも波が襲い掛かってくる。
「んぐぅっ!んーっ!んーっ!んーーーーっ!!」
 そしてアラドの断続的な痙攣を感じながら、ゼオラは再びエクスタシーに呑まれた。

 それぞれの唇の端から垂れた涎は、シーツに大きな染みを作っていた。
 ベッドの上部と下部に、それぞれ。

明かりを消してカーテンを閉めた部屋。ひとつのベッド。
 新しく換えたシーツの上に、ゼオラとアラドは裸で寄り添って背中合わせ寝転がっていた。
 眠れない。しかし、二人とも一言も口を開かなかった。
 その顔には、どこか寂しさが浮かんでいた。

 二人でいることは幸せだ。一緒にいるだけで満たされる。まして肌を重ねる時など、これ以上に安心できる時間は他にないと胸を張って断言できる。
 だが、ある時から急に、何か満たされないものが膨らみ始めた。
 その満たされないものの正体に気づいたのは、セックスを終えた後に「物足りない」という言葉がはっきりと口をついて出た時のことだった。
 物足りない。精神的には満たされている。だが逆に言えば、精神的にしか満たされていない。
 肉体的には、全く足りていないのだ。
 何度となく体に叩き込まれた、奴隷として蹂躙される悦び。それに比べれば二人の睦み合いなど、蚊が刺した程度に過ぎないものだった。
 最初はそれでもよかった。しかし数を重ねて慣れてくると、否応なくそのことに気づかされる。
 やがて、過去に自分の体で受けてきた陵辱の数々が思い出されるようになった。
 直視したくない記憶が蘇るフラッシュバックではない。自らのその時の願望に応じて過去の記憶が引き出される、いわば妄想や投影に近いもの。
 それを互いに再現する。ゼオラはアラドに拘束された上で犯され、アラドはゼオラに尻の穴まで弄られ射精させ続けられる。
 だが、そこまでしてもなお足りなかった。
 ゼオラもアラドも、それなりに激しさや厳しさを持ってはいるが、根本的な性質は穏やかで優しい。
 エクセレンの突き放し斬り捨てるような冷徹さも、キョウスケの相手を性処理用の玩具としか見ていないかのような残酷さも、二人にはない。どうしても責めの手が甘くなる。
 一番欲しているものが、互いの内には欠片もないのだ。
 エクセレンとキョウスケの真似を繰り返して、二人はそれを嫌と言うほど思い知った。思い知らされた。

 寝返りを打つと、向かい合った互いの視線が重なった。どうやら同時に背後を向いたらしい。
 寂しそうな表情の中の、何かを決意したかのような眼差し。
 自分もそんな顔をしているんだろう。おそらくは、同じことを考えているはずだから。
 ゼオラはそう思いながら、静かに口を開いた。
「ね、アラド…」
「なに?」
「ひとつだけ…約束しよ」
「約束?」
「せめて寝る時だけは、二人だけで一緒に…ね」
 アラドは目を伏せた。そして毛布の中のゼオラの手を握り、
「約束する」
 力強く確かにそう言った。

「あら。二人揃ってなにか御用?」
 部屋の扉をノックしようとした二人に、横から不意に声が掛けられた。
 振り向くとそこには、シャワールームから帰ってきたばかりのエクセレンの姿があった。
「珍しいわねえ。もしかして、ラヴラヴなところをわざわざ見せ付けに――」
 と、いつものように挨拶がわりの冗談を言いかけて、エクセレンは言葉を止めた。
 二人の手に握られているもの。それは、かつて自分が買い与えた青色の首輪。
 もう使うことはないだろうとそれぞれに手渡した、飼い犬の証。
 ゼオラもアラドも、顔を赤くして俯いている。
 それを見たエクセレンの顔から一瞬表情が消える。そしてその後、にっこりとした笑顔が浮かんだ。
「それじゃ、ゼオラ」
 ゼオラちゃん、とは呼ばなかった。
「部屋に行ってキョウスケ呼んできてくれるかな。今ならいるはずだから」
「は、はい、わかりました…」
 しかしその返事に対して、エクセレンは何も言わずにゼオラを見つめている。その目は、笑っていない。
 やがて抱き寄せるように耳に唇を近づけると、
「飼い犬なら……返事の仕方は?」
 と、静かに囁いた。
 その瞬間、ゼオラの体に電流が走り、思わず腰が砕けそうになった。
「……わん」
 考えるより先に、鳴き声が口から出た。
 そしてそのまま、キョウスケの部屋に向かって歩を進め始める。
「さて、と」
 アラドの方を向いたエクセレンは、掌を前に差し出した。アラドは、手にした首輪をその上に置いた。

「それじゃ、お入りなさいな。首輪つけてあげるから」

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