カシュッ。
 缶ビールを開ける音。この音を心地よく感じられなくなったのは、いつからだったか。
 昔は乾杯の音頭よりも、小気味よい調べと聞こえていたものなのに。
 今では、酷く乾いた、空しい音として聞こえるばかり。
 それは、粗悪な合成ビールだからだとか、気圧や二酸化炭素濃度が地球上と異なるためとか、
 はたまた合成でありながら、地球で買う数倍の値が書かれた値札のせいでもあるのだろうけど。
「……っぷは」
 デスクに足を投げ出し、ぐいと缶を呷った。口の中に広がる苦み。喉を滑り落ちるざらついた感触。
 何より、あたしの体の中。アイビス=ダグラスの体内から、往時の充実感が失われてしまったことが、折角のビールの味を、台無しにしてしまっているのだろう。
 缶を片手に、上体を椅子に預ける。不作法な主人にぎしっと軋みを訴えつつも、場合によっては寝台の代用にも使っているシートは、あたしの体重を受け止めてくれた。
……壊れるほど重たいつもりもないけれど。
「久々に買ったのにな……」
 部屋の中に一人なのをいいことに、嘆息を口に出した。
 相棒のツグミには、聞かせられない弱音。彼女はあたしの夢を叶えるためについてきてくれたというのに、こんな弱気な姿を見せるのは残酷すぎる。
 と、突然あたしの視界が真っ暗になった。
「だーれだ?」
 両目を覆う、柔らかい手。後頭部に感じる、柔らかい膨らみ。頭上から聞こえる、柔らかい声。
「ツグミ?」
 答える必要もないことだけど、律儀に答える。
 この年になってこんな事をするほど子供っぽい娘を、あたしはツグミ以外に知らない。
 そもそも、この船にはあたしとツグミ以外の人間はいない。
「正解。ずるいわよ、一人で飲むなんて」
 ひょいとあたしの手からビールを奪い、左手を首に回すツグミ。
「あ、あたしのビール」
「私のでもあるでしょう? 共同資産なんだから」
 あたしの抗議を封殺するように、ぎゅっと自分の胸に押しつけるツグミ。
 ぐっと押しつけられた胸の双丘が、あたしのよりひとまわり大きいことを改めて実感する。私自身、決して小さい方ではないと思うのだけど。
 どぎまぎするあたしの頭上で、ごくり、ごくりと喉が鳴る。
 あーあーあーと未練がましい声を上げるあたしを後目に、ツグミはぷっと炭酸混じりの息を吐いて、空になった缶をデスクに置いた。かつんと、乾いた音が響く。
「ねえ、そろそろ離し」
「……疲れてる? アイビス」
 ビールを飲み干しても、あたしの頭を掻き抱いたままで。呟くような優しい声音のツグミに、あたしは抗議の言葉を途中で飲み込んでしまった。
 そうだ、さっきの呟きを聞かれなかったはずがない。
 ツグミにだけは、あんな弱音を見せたくなかったのに。
 元々、ツグミとはあたしがDCで恒星間航行を目指して頑張っていた頃に、SEとして配属されて以来の仲だ。
 あの頃に、仕事上がりに一緒に飲むビールは美味しかった。
 それは、あたしの中に情熱と、充足感があったからだろうか。
 毎日新しい発見と発展があって、ツグミはよくあたしをサポートしてくれた。
 なのに、あのたった一度の事故で。
 たった一度の事故なのに、あたしは全ての情熱を失ってしまった。
 DCからも、恒星間航行からも、何もかもから逃げ出してしまった。
 そんなあたしを、ただ一人追いかけてきた……DCを飛び出してまで追いかけてきてくれたのが、ツグミだった。
 彼女がいなかったら、あたしは今の運び屋稼業にすら就かず、自堕落な日々を送っていたのではないか。
 彼女にも、夢があったはずなのに。本当なら、こんな辺境でモグリの運び屋なんてするような娘じゃないのに。それを振り捨ててまであたしに付き合っている。
 感謝すると同時に、申し訳ない気持ちが溢れて尽きることがない。
 ……どうして、そこまでして着いてきてくれるの?
 疑問を心の中で弄びつつ、間近のツグミの目を見つめる。
 眼鏡の奥で、澄み切ったエメラルドグリーンの瞳が私の疑問を映し出している。
 と、急に視界が、ツグミのくせのある亜麻色の髪に覆い隠された。
”え?”
 疑問符が思考を埋め尽くす。何が起きたのかわからない。
 疑問の声を上げようとするけど、それが唇から零れることはなかった。
 なぜなら、あたしの唇は。
 ツグミの唇によって、封じられていたから。


TUGUMI・SIGHT>

 アイビス=ダグラスに出会って、私、ツグミ=タカクラの人生は一変しました。
 最初は、気が強そうなひとだ、としか思わななかったのですけれど。
 だけど、彼女の夢にかける情熱を目にして、私は虜にされてしまいました。
 昔から、私は才媛と言われていました。確かにソフトウェアの技術には自信があったけど、しかし自分で何かを目指そうという意志が、どうしても私には欠如していました。
 そんな私にとって、技術は荒削りだけど、夢に向かって邁進するアイビスの姿は、とても眩しく輝いて見えました。
 だから、私は彼女を支えて、彼女がDCを抜けると言ったときも、彼女に付き従ったのです。
 だけど、最近のアイビスには、正直なところ失望していました。
 夢を原動力にした人間は、夢を失ったら抜け殻同然だとまざまざと見せつけられました。
 許せませんでした。
 私は、そんなあなたを見るために一緒に来た訳じゃない。
 だから、私は決めました。
 私が、アイビス=ダグラスを支配する。

 突然のことに、身を捩って逃れようとするアイビスでしたけれど。
 私ががっちりと首を抱えて、唇を奪い続けているうちに、身体から力が抜けていきました。
 アイビスの抵抗が無くなったのを見計らって、私は唇を離しました。
「っはぁ……」
 唇と唇を繋いだ唾液の糸が切れて、アイビスが喘ぐような息を漏らしました。
 私はアイビスの頭を抱える腕を解き、息を一つ吐き出しました。
 ……不思議なくらいに熱い。その熱さに、私は自分が何をしようとしているのかを、改めて思い出しました。
 私は、とても破廉恥なことをしようとしている。そう自覚すると、頬がかっと熱くなると同時に、身体の芯に、何かの炎が灯されたような熱さが宿った様な気がしました。

 ごくり。唾を飲み込み、アイビスが座る椅子を回転させました。
 私の目の前に、ぐったりと椅子に身を預けるアイビスの全身が映ります。
 炎のような髪、整った唇。引き締まった腕。鮮やかなボディライン。アイビスの身体は、女の私から見ても、間違いなく魅力的です。少なくとも、そばかすの散った、野暮ったい眼鏡の私なんかよりも、ずっと。
 沸き上がった嫉妬心に任せて、アイビスの腰のラインに手を這わせてみました。
「……あぃっ!?」
 冷たかったのでしょうか。力無く椅子に沈んでいたアイビスの体躯が、びくびくっと震えています。
 アイビスのスポーツウーマン然とした引き締まった身体は、肌も吸い付くようにきめ細やかで、そっと撫でただけで全身に震えが来るようです。
 何より、一つ撫でるたびに、アイビスが上げる小さな喘ぎ声! それが、私の中の灯火を徐々に大きくしていくのが判ります。
「あ……ふ、あ……はぁ」
 私は夢中になってアイビスの露出した肩口や腰、腿に手を這わせ、ぷるぷると震えるアイビスの身体と声を楽しみました。沸き上がる情念に突き動かされ、アイビスが可愛らしい声を漏らす度に、唇に、首筋に、頬に額に、キスの雨を降らせます。
「あ……あっ、あ、……く、くすぐったいよぉ、ツグミ……」
 譫言のように私の名前を呼ぶアイビスに唇へのキスで応えつつ、私は沸き上がった新たな疑問を弄んでいました。
 ……肌に触れただけでこれなら、乳房やあそこに触れたらどうなるのだろう?
 そんな知的好奇心に突き動かされ……いえ、白状します、そんな劣情に任せて、私はアイビスの乳房を覆う布を解きにかかりました。


IVIS・SIGHT>

 正直に言うと、そのときのあたしはツグミの指先から伝わる感覚に溺れていた。
 体温があたしより若干低いツグミの手。それが肌の上を這い回る度に、あたしの全身に悪寒とも、快楽ともわからない震えが走り抜ける。
”マズい、ツグミってば、上手……”
 心のどこかが警鐘を鳴らすけど、身体の方が付いてこない。ツグミの指先が、そしてキスがあまりにも気持ちが良くて。下腹のあたりが、「流されてしまえ」と命じている。
 あたしがようやくまっとうに意識を取り戻したとき、ツグミはあたしのブラジャーに手をかけたところだった。
「ちょ、ちょっとツグミ、何を……」
 心のどこかで今更だという声を黙殺して、あたしはブラジャーに延びていたツグミの手首を握った。
 ”何で邪魔するの?” 言葉はなくても、潤んだ目がそう語りかけている。
 上気した頬と、浅く短い呼吸に震える唇と、いつのまにかぴったりと重ねられた身体が、エロティックな情熱となってあたしの意識を押し流そうとする。
 ”気持ちよくなりたいんでしょう?” 言葉はなしに、そう語りかけるツグミの目。
 あたしは、どうなんだろう。気持ちよくなりたいのだろうか。いや、それ以前に、ツグミのために何かしてやりたいと思っていたのはあたし自身ではなかったか。
 ツグミの望みが、あたしとこうすることであったのなら……。
 あたしの手から、力が抜けた。
 ツグミは”お利口さん”とでも言わんばかりの笑みを浮かべて、あたしと唇を重ねた後、今度こそ本当にブラジャーをずり下ろす。
 ぽろんとまろび出たあたしの乳房を、ツグミは感激するような目でまじまじと見つめた。そして片方を自分の掌で包み込み、いま一方の、恥ずかしながらぴんと立った先端を口の中に含む。
「あっはぁ!」
 胸を中心に、全身を駆けめぐる電撃。思わず甲高い悲鳴を上げてしまった瞬間。
 あたしは、もうツグミの手を離れることができない自分を悟った。

TUGUMI・SIGHT>

 アイビスの形の良い胸の膨らみ。その形を、そっと手のひらで歪ませてみる。
 身体の内で興る火を示すように、肌の上に浮かぶ汗。それが私の手とアイビスの肌をぴったりと吸い付かせます。
「ン……あぁ」
 痛くないように……優しく感じられるように、恐る恐るという感じで乳房を包む手のひらを蠢かせてみると、アイビスは驚くほど敏感に、甘い吐息を漏らします。
 ”この娘、初めてじゃないのかな” そんな疑念がちらりと浮かび上がりますが、黙殺します。今は関係ありません。なぜなら、今アイビスは私のものなのですから。
 ”この胸も、肌も、唇も、全部私のもの”
 左の手のひらに包んだ乳房を柔らかくマッサージしながら、私はもう一度片方の乳房の頭に唇を寄せ、舌先で転がしてみました。
「あ……あっ、はぁっ、はっ……ん」
 私の舌が、指が蠢く度に、普段は精悍さを帯びた声を発するアイビスの喉が、まるで少女の様なか細い、甘い声を発します。私だけ、私だけが知っている、アイビスの姿。胸の奥が激しく震え、頭の奥がかぁっと熱くなる。
「……あぃ、痛ッ!」
 アイビスの悲鳴が、吹っ飛びかけた私の意識を呼び戻しました。
 紅潮した目尻に涙を浮かべ、恨めしそうに私を見る目。慌てて乳頭から口を離すと、私の唾液でてらてらと光る乳頭に、赤く波線の様な跡が残っていました。夢中になりすぎて、思わず歯を立ててしまったようです。
「あ……ごめんね」
「酷いよ、ツグミ」
 アイビスの抗議に、私は行動で答えました。もう一度乳頭を口で含み、優しく丹念に舌で愛撫する。
 頭上から聞こえてくるアイビスの吐息が、再び甘い喘ぎに移り変わった所で、私は胸を虐める役を舌から指先に交代しました。

IVYS・SIGHT>

「あっ……あ、はぅん……う……ん……」
 ツグミの指が、私の胸をこね回す。ツグミの唇が、私の首筋にキスをする。ツグミの舌が、私の耳の裏を這い回る。
 そんなツグミの行為全てに、あたしの身体は快楽で応える。一つ指が蠢けばびりりと。一つ舌が撫でればびりりと。電撃が背筋を駆け抜けてゆく。
 そしてあたしは喘いでしまう。こんなに甘えた声。身体の奥に籠もった炎が、あたしの喉を震わせている。
 ツグミの舌が、あたしの耳の穴に差し込まれた。至近距離でスパークした電撃が、脳髄を直撃する!
「ああぁっ!」
「アイビス……ここが弱いのね?」
「あっ……、あっあっあっ!」
 思わず高く迸った声に、ツグミがほくそ笑む。弱点を知られてしまった。これ幸いと、息を吹きかけ、舌でかき回し、あたしの快楽の泉を掘り起こしていく。そしてあたしの身体は律儀に嬌声を返してしまう。
 ……だけど、ツグミはまだ、あたしの一番の弱点を知らない。
 いや、敢えて触れようともしていないんだ。わかっていて、じらしているんだ。
 ツグミの吐息が、指が、舌が触れる度に、身体を走る快楽の波が最後に集まる場所。あたしの一番女である場所。
 湿るどころか、溢れてしまいそうなくらいに潤った、あの部分。今や足を動かしただけでもびりびりと感じる場所。
「ツ、ツグミぃ……」
 思わず、訴えるように名前を呼んでしまった。
「どうしたの?」
 意味ありげにあたしを見つめるツグミの目には、おねだりをする子供のような顔のあたしが映っている。
 悪戯っぽく笑い、耳の中にふぅ〜っと息を吹きかけるツグミ。また電撃が走り、あの部分がじゅく、と音を立てそうなくらいに火照りを増す。
 ツグミがわざと惚けているのはわかっていた。あたしに何を言わせたいのかも。
 それに屈するのは悔しい。だけど、そんなプライドを支えにするには、あたしのそこは熱すぎた。
 どうだっていいじゃないか。今更、あたしにどんなプライドがあるって言うんだ。
「ねぇ、あたしの……あたしの……」
「アイビスの……何?」
 なんて女! 判ってる癖に、どうしてもあたしに口にさせたいんだ。
 だけどもう、あたしのあそこの熱さは限界だった。このままじらされていたら、気が狂うんじゃないか。そう思うくらいにそこは熱く、下着が張り付いてしまうくらいに濡れそぼっていた。
「あそこも……あたしのあそこも弄って! これ以上じらさないでッ!!」
 気づいたときには、喉から最後の言葉が迸っていた。


TUGUMI・SIGHT
 「あそこ」という表現にはちょっと不満はありましたけど、私はアイビスにご褒美をあげることにしました。
 アイビスの乳房を弄んでいた指先を、そっと肌の上を滑らせながら、ゆっくりと下へと動かします。
 待ちきれない、そう言っているかのように、アイビスが太股を揺らします。
 アイビスの、形のよいお尻をぴったりと包むホットパンツ。その両脇に手をかけ、ゆっくりと引きずりおろします。肌が露わになるにつれ、濃厚になる汗の、そして女の香り。
「やだ……」
 真っ赤に染めた顔を両手で覆い隠すアイビス。
 あの部分から溢れ出した蜜で、てらてらと輝く赤毛。まるで少女のように鮮やかなピンク色の秘唇。ホットパンツを足から引き抜くと、そこには一糸纏わぬ女の部分が、明下にさらされていました。
 こういう体のラインを魅せる服は、ショーツを穿いてはいけない……以前私が言い聞かせた言葉を、アイビスは今でも律儀に守り続けていたのです。
「アイビス……偉いわ、私の言うことを守ってくれてたのね」
 感激しながらの私の言葉に、アイビスは顔を隠したまま、こくんと頷きます。
「なら、ご褒美をあげないとね」
「え……あっ、ひゃぅっ!?」
 一瞬戸惑いの声を漏らすアイビスですが、それはすぐさまに悲鳴へととってかわってしまいました。
 でも、それも無理もありません。
 こんなに愛液を溢れさせて。
 こんなに秘唇をひくつかせて。
 こんなにクリトリスを充血させて。
 そんな秘裂に舌を差し込まれて、普通でいられるはずもありません。
 ぴちゃ……くちゃ、くちゃ、くちゅ。
「あっ……は、はぅふ、ふぁ、あああっ、ああっ!」
 ああ、一見気が強そうに見えて、実は素直で可愛らしい。
 そんなアイビスだからこそ、私はここにいるのです。
 こんなアイビスだからこそ、私もまた、濡らしている。あそこの熱さ、確かめる必要もありません。
 この娘と、繋がりたい。イカせてあげたい。一緒にイキたい。
 私は、 こ ん な こ と も あ ろ う か と 用意しておいたものを、ポケットから取り出しました。

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