メリオルエッセは、一体どうやって生命活動を維持していたのか、ラキと過ごし始めてから、時折首を傾げてジョッシュは考える。
 人造人間とはいえ、基本的な身体構造は、人間と極端な差はない、とクリフには教えられている。
 しかし、ラキはそれこそ一から教えてあげないと人間的な生活も行えないほど、赤子のようにまっさらな状態だった。
 いや、赤子そのものか。
 まず、最初に驚いたのは、二人でブルースウェアを追いかけて移動していた時のことだ。
 仮眠をとろうと目を瞑ったジョッシュを、不安そうにラキは見つめていた。何のことかと聞けば、彼女は、眠るということを理解していなかった。どういうことかと聞いてみたが、あの奇妙なクリスタルがどうにかしていたのだろう、と把握しているだけで、詳しいことはわからなかった。最も、二三日もすると、自然に、身体が眠ることを要求し、自然に眠るようになったが。
 次に驚かされたのは、食事の時。やはりクリスタルがどうにかしていたらしく、咀嚼し、嚥下し、取り込むという、人間なら本能的に理解しているはずのその活動を、全く理解していなかった。数ヶ月もしっかり教えたら、不得手ながらできるようになってきたが。
 とにかく、「ラキは何を理解していないのか?」ということを考えながらジョッシュはラキと接せねばならなかったわけで、元々、人の面倒を見るのに馴れているジョッシュであったから、苦痛には思わなかったが、苦労はした。
 まぁ、大概苦労で済んだからよかった。


「(……で、これも苦労なんだろうか?)」
 便座の上で、ラキが、ほっ、と一息吐くと股間から、ちょろちょろと音を立てて、半透明な、黄色の液体が垂れた。
「ん……」
 一通り排尿し終えると、もう一度、ため息を吐いた。
「(『なぁ、ラキがトイレの仕方を把握してないんだ。誰か教えてもらえるか?』……なんて言えるか)」
「で、トイレットペーパーで股間をよく拭きとって掃除するんだな?」
「あ、ああ、そう、するんだよ……」
「そうか」
 カラカラとトイレットペーパーを取り、自分の露わになった性器にあてがい、拭きとっていく。
 最初に比べれば、よっぽど学習した方だ。顔を真っ赤にして、何事かジョッシュに訴えるような仕草をして、太腿をすり合わせているのを見た瞬間、ジョッシュは半ばパニック状態になった。
 咄嗟の機転、自室に連れ込み、しかし矢張り少し混乱していたのか、バスルームに連れ込み、タイルの上で放尿させることになった。
 相当我慢していたのか、尿はタイルを叩くように溢れ、薄いアンモニア臭をバスルームの中に満たした。
 すぐに熱いシャワーで洗い流し、タオルでよく性器を拭きとってやったが、顔を歪めて腹部を抱えているのを見た時は、まっすぐトイレに連れ込み、で、そのままトイレの使い方を教えることとなった。さすがに、ジョッシュとラキのくそみそテクニックまではいきません。
  とまぁ、さすがに元遊撃隊長、飲み込みは早い。だが、それでもたまに、こうやって付き合ってやる必要もあった。
「……全部でた」
「大丈夫か?」
「ああ……わざわざ見てもらって、すまないな」
「……そ、そうだな……気にしなくてもいいよ……いや、少しは気にしてほしくもあるけど……」
「そうか。では、そろそろ寝るか」
 ショーツとズボンを上げ、ラキは立ち上がった。
 洗面所で石鹸でよく手を洗って、コップで冷たい水を一口飲むと、お互い寝巻きに着替えて、別々のベッドに潜る。
「じゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
 いつもの風景だ。いつもこうやって二人で寝て、また朝を迎える。変わらぬいつもの夜だ。
 五分もすると、ラキの、スースーという静かな寝息と、安穏とした感情が伝わってくる。
 それを確認し安心すると、ジョッシュも目を瞑る。
 そうやって、また朝を迎える。
 その日も、同じように朝を迎えると、ジョッシュはそう思っていた。
 ところが、夜半過ぎ、どことなく、困惑したような、悲しんでいるような、そんな感情が伝わってきた。
「……ラキ?」
 起き上がり、ラキの毛布に手をかける。その手は、微かに震えていた。毛布を握る力は強かった。
「どうしたんだい? 気分が悪いのか?」
「い、いや、私は……」
 その声も、震えていた。と、どこかで嗅いだことがある匂いが、微かに漂ってきた。
 それで、ジョッシュは大体察した。
「……俺は怒らないから、だからベッドから出てくれよ。な?」
 数十秒、ラキはじっとベッドの中で固まっていたが、やがて、ゆっくりとベッドの中から出た。
 目を伏せて、パジャマの裾を下にひき降ろして、ズボンを隠そうとしているが、ズボンの股間の部分には、黄色い染みが、丸く浮き上がっていた。
「ふぅ……すぐにシーツと、身体洗わなきゃな。バスルームに行こう」
 汚れたシーツとパジャマを洗濯機に放り込み、シャワーの温度を確認する。
「冷たい水を飲んだのがいけなかったかな……次は気をつけて……」
「……すまない、ジョシュア」
「え?」
「……ダメだな、私は。上手くやろうとしているのだが、どうにも上手くいかない……」
「仕方ないさ、今まで習わなかったんだ。これから学べばいいんじゃないか……」
 しかし、顔を伏せてラキは呟く。
「こんな汚い私につき合わせて……お前に悪い……んぐっ!?」
「汚いことなんか、あるか」
 抱き寄せて、唇を奪う。いきなりの行動に、ラキはただただ、貪られるままにしかできなかった。
 やがて、少しずつジョッシュの舌はラキの身体を下って行き、首筋を舐め、あまり豊かではない乳房の乳首を甘噛みし、臍をつつき、やがて、女性器まで辿り着いた。
「ん……ジョ、ジョシュア、だ、だから……汚い……」
 まだ洗い流されていない、尿に濡れたラキの女性器を、貪るように舐め取る。
「汚いはずがあるか、ラキの身体なんだから……」
 力が抜け、崩れ落ちるように、その場に腰を下ろす。それでも、執拗にジョッシュの攻撃は続く。
「き、汚くないのか? 私は汚くないか?」
「ああ、綺麗だ。世界で一番」
「わ、私が……」
 恍惚とした表情になり、甘い吐息を漏らす。だが、女性器に与えられる快楽に、引き戻される。
「ひぁっ……くぁっ……あ……だ、だめ……また……またでちゃう……」
「何が? 何がでちゃうんだ?」
「しょ、小便……ひぅっ! お、おしっこ、おしっこ、また、またでちゃう……あぅぅ!?」
 さすがに、三回目となると、あまり残っていないと思った。だが、膀胱には存外に量が残っており、アンモニア臭はほとんどしなかったものの、それでも、放物線を描いて噴出するだけの量はあった。
「ジョ、ジョシュアに……わたしの……おしっこ……かけちゃった……ひぁ……」
 ジョロジョロと音を立てながら小便をもらし、そのままラキは、甘いまどろみの中に落ちていった。

「……ん」
 ちゃぷちゃぷと、身体を揺する水音に、ラキは目を覚ました。
 身体を、熱い湯と、ジョッシュの腕が優しく包み込んでいる。
「……あ……気がついたかい……?」
「……ああ」
「そうか……すっかり綺麗になったし、そろそろでようか」
 そう言って上がろうとするジョッシュの身体を、ラキはぎゅっと掴む。
「待て。……もう少しだけ。このまま……」
「……ああ、いいよ」
 耳朶を優しく舌先で舐られる心地よさに身を任せ、ラキは目を閉じる。
 と、何か思い出したように、ジョッシュに尋ねる。
「……ジョシュア。風呂から上がったら、またベッドに戻らないとならないな」
「そうだな」
「その……私のベッドは……」
「……ああ、そうだな。今日は、俺がソファーで寝るから」
「ダメだ……添い寝はダメか? ジョシュア」
 悪戯っぽく言うラキに、微笑んでジョシュアは返す。
「わかったよ……次は気をつけるんだぞ」
「……頑張る」
 学ぶことは、難しい。何度学んでも、また同じ間違いを犯してしまうこともある。
 ただ、これだけは間違わないぞ、とラキは確信している。つまり、こうやってジョシュアと愛し合うこと。

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