窓のない部屋だった。無個性で、最低限の調度だけがそろえられた場所。
 そこに、一人の女が椅子に座っていた。瞳を閉じたまま、まっすぐな姿勢で。端正な姿勢は鍛練による
ものと見え、一種独特の威厳があった。無個性な部屋に無機質な雰囲気の女。整った顔に施されたエスニッ
クなタトゥーが、僅かにアクセントを加えていた。
 ドアチャイムの電子音が響いた。女は動かない。ためらったような間の後、もう一度チャイムが響いた。
うすい笑みが彼女の口元に浮かんだ。

「フ……虚礼でしょうに。どうぞお入りください」

 ドアを開けて入ってきたのは、高校生くらいの少年だった。彼女に向ける表情は固い。

「おや、あなたでしたか、紫雲統夜。意外でしたわね」

 女は少年に笑みを向ける。が、心からの歓待という雰囲気ではない。

「……久しぶりですね。フー=ルー・ムールー。お元気そうで」
「地球人の余計なお節介で、ね。あの時、全て終らせるはずでしたのに」

 女の名は、フー=ルー・ムールー。半年ほど前まで、地球圏を揺るがせた一連の戦役を、陰で操ってい
たフューリー一族の一人。少年の名は、紫雲統夜。偶然と運命の織りなす縁から、フューリーであった父
から力と使命を授けられ、人類全体を破滅に陥れかけた戦役を戦い抜いた。椅子に座って向きあう二人は、
かつての敵であり、半分同族でもあった。

 紫雲統夜は、決して弁が立つ方ではない。だが、仲間と一緒に経めぐってきた戦いは、彼の中に「芯」
を作っていた。人が傷つく世の中よりは傷つかない世の中を。たとえ全てを救えなくても、より多くを救
う努力を。それは信念と呼ぶには漠然としたものではあったが、それだけに言葉以前に肌身に染みた想い
でもあった。とつとつと彼女に語りかける。己の存在を明かして人類と共存の道を選んだフューリーたち
のため、もう一度働いてはくれないか。やるべき事は山ほどある。フューリーの王女シャナ=ミアと、騎
士長を任ぜられているアル=ヴァンには、一人でも多くの助力が欲しい、と。だがしかし……彼女の答えは

「……それはこの世でやるべき事が残っている者に求めるべき事。あの時、騎士の血を燃やし尽くした私
には、もう無意味な話です」
「……」

 統夜を訪ね、彼女の説得を頼んだ者から、既に聞いてはいた彼女の結論だった。フューリー一族の騎士
である彼女にとって真の望みは、己を掛けるに足る相手と最高の死闘を戦う事。統夜と彼の仲間たちと、
かつて最後の決戦を戦った彼女は、全てを出し尽くし、そして敗れた。その時最期を迎えられれば、彼女
にとっては最高の人生の幕引きだったろう。が、その願いとは裏腹に、救助されて一命をとりとめた。生
き延びてしまった以上、騎士長から死を命ぜられる以外の理由で自害は許されない。それが彼らフューリ
ー騎士の掟だった。

「……人の好意とは、時として疎ましくあるものですね。今の私はただの死人のでき損ない。あなたに慈
悲があるのなら、アル=ヴァン・ランクスに、私に死を許すようにおっしゃってくれません? そうすれ
ば全てがきれいに片づくのに」
「……シャナ=ミアが命じても、聞いてはくれないのですか?」
「フフ……例え女王さまでも、死人に命じる事はできませんわ」

 軽く目を伏せ、よどみなく拒絶を語るフー=ルー。存在そのものが仮面か鎧に覆われているかのようだっ
た。かすかに吐息を漏らす統夜。どうやら……その手段しか残されていないようだった。

 統夜は椅子を立ち、フー=ルーの肩に手を伸ばした。視線を合わせないまま、その手を振り払う彼女。
瞬間、彼女の体が半回転した。背後から一度抱き留め、そして彼女をベッドの上に放り上げる統夜。その
時にはもう、後ろ手に皮手錠がはめられていた。

「な……くっ!」

 騎士である己に、格闘技でかなうはずのない少年が見せた、信じられない技。驚愕と屈辱に冷静さを失
いかけた彼女だが、一瞬の後、何が起こっているかを理解した。

「お父上の記憶に頼るつもり? 無意味な事だと何度断ればわかるのかしら?」

 嘲笑のこもった声。しかしなぜか、先ほどまで氷のように滑らかだった彼女の声に、わずかな震えが混
じっている。

「……父さんの記憶をたどるうちに、あなたの思い出を見つけたよ……」

 統夜の言葉に、彼女の頬がみるみる紅潮した。

「俺には……この方法しか思いつかない……すまない」

 短く謝罪の言葉を述べた後、統夜はもうためらわなかった。手早く彼女の衣服をはぎとる。唇を噛みし
めフー=ルーは抵抗するのだが、それを受け流すように、彼は彼女の体を拘束していく。
 フューリーの血族は、サイトロンという特殊な素粒子の影響を受けて、近しい肉親の記憶と技術を身に
つける事ができる。統夜の、少年にはあり得ない手並みは、彼の父親から引き継いだもの。そしてそれは、
フー=ルーにもわかっている事だった。
 彼女の口に小さめのギャグ(猿ぐつわ)を噛ませ、手は後ろ手に、両ひざを一本のポールに固定する。
男の欲望を、もはや何も拒めない姿勢。
 フー=ルーは、もう目を固く閉じて一切身動きしなかった。それが彼女の拒絶の姿勢だった。何をされ
ても一切反応などするものか。だがしかし、統夜が彼女を抱え上げ、冷たい感触の何かに座らせ、上体を
固定した時、思わず目を開き、何が起こっているかを確かめた。
 彼女は便座の上に座らされていた。そして統夜は無表情にてきぱきと、点滴のような器具を準備してい
る……

「ううーっ! うぉううぅ!おおぅぅっ!」

 ギャグの奥から搾り出される悲鳴。何が行われるか察知した彼女は、いきなり暴れだした。しかし背後
のパイプに縛りつけられた拘束は、人力でどうなるものではない。

「おおぅっ! ほおやっ! ひひょぉもおぉっ!!」

 言葉にならない罵りを受け流し、統夜はイルリガートル浣腸器の先端を、フー=ルー・ムールーの肛門
に挿入した。

「ほおぉぉぅっ! ……うぅぅっ……」

 彼女の全身に鳥肌が立つ。体の芯にしみ込んでくる冷たい感触に、もう罵り声を上げる事もできない。
全ての薬液を彼女の腸管に流し込み、統夜はトイレの扉にもたれかかり、待った。
 鈍く、ゴロゴロと腹の鳴る音。背けた頬が紅潮し、額にじっとりと汗が浮く。必死に抵抗する彼女だが、
結局は時間の問題でしかない。次第に荒くなる、フー=ルーの吐息。……そして耐えがたい圧力が、彼女
の抵抗を押し流した。

「うぅっ……ふぅぅぅっ……おぅ……おおぉぉ……おほぉぉぉっ!!」

 破裂音と共にあたりを強烈な臭気が満たす。そして便器を叩く小便の音。
 フー=ルーは身をよじり、きつく目を閉じて屈辱に震えた。それを尻目に、統夜は淡々と後始末をする。

「ほぅっ!」

 肛門をくすぐる温水シャワーに、思わず声を漏らす彼女。苦痛の後の解放感と、温水の感触に、思わず
意識が薄れかけた……

 仕上げに二度目の浣腸を施し、丁寧に洗い清めた後、統夜はフー=ルーを再度ベッドの上に運んだ。鍛
えられ均整の取れた体が、ベッドの上に張り付けの形に固定された。
 彼女の体のわななきが止まらない。30分前の彼女からは想像もできない姿。彼女にはわかっているの
だ。かつて『彼』と交わした行為から、これから何が始まるのかが。そしてその記憶は、己の心の鎧をま
とい続ける事が可能なのか、彼女自身にも危ぶまれた。

「ふっ! ほぉぉ〜〜っ!」

 ベッドに体を固定された彼女の肌を、統夜の指が柔らかく掃いていく。感覚の端から始まり、中心部に
向ってしみ込むような愛撫。こらえようもなく、彼女の喉から嬌声が上がった。彼女の感じやすい部分の
全てを熟知した、統夜の愛撫だった。
 背筋を柔らかく撫で上げられ、悲鳴を上げて弓なりに反るフー=ルー。突きだされた形のいい乳首を、
統夜の唇が待ち受け、捕らえる。完全に彼女の反応を先読みした愛撫の流れ。彼女の全身がピンク色に染
まり、吹きだした汗がランプシェードの明かりにぬめり、反射する。
 全て彼女の記憶のままだった。焦らし、満たし、溢れさせ、女の側からすがりつくしかなくなる巧緻を
極めた愛撫。全身を這う指先で、熱く肌を焼く唇と舌先で、彼女は何度も絶頂に押し上げられた。

「おぉ〜〜っ! ほおぉぉ〜〜〜っ!!」

 ギャグの奥から響く、くぐもった極まり声。何度目かの絶頂のあと、統夜はフー=ルーの拘束を外した。
しかしもう、彼女に抗う力はない。全身が指先まで悦楽に痺れ、まるで力が入らない。汗みずくの体。よ
だれと涙に濡れた顔。精悍な女騎士の相貌は見る影もなかった。
 そんな彼女を抱え、うつ伏せ、膝を立てて尻を掲げさせる。発情した犬のポーズ。しかしそんな屈辱的
な姿勢にも、彼女は低くうめいただけだった。
 高く上げた尻に顔を寄せる統夜。そして濡れそぼった秘裂の上、セピア色に震えるアヌスを、舌でぞろ
りと舐め上げた。

「はあおぉ〜〜っ!」

 シーツを掴み締め、絶叫するフー=ルー・ムールー。しかし姿勢は崩さない。むしろ双臀を統夜の顔に
押し付けるようにくねらせる。

「あぁぁ〜〜〜っ! はあぁぉぉ〜〜〜! い……いぃぃ〜〜〜っ! お尻……おしりがあぁ〜〜〜っ!」

 統夜の舌の動き一つ一つに、蕩け切った嬌声で答える彼女。腸内洗浄をされた時から、この愛撫を受け
る事はわかっていた。そしてその行いに、恐れと裏腹な期待をしている自分にも気づいていた。抵抗など
考える事もできない。統夜の熱い舌に、軽く当てられる意地悪な前歯に、不浄の器官で甘えかかる。

「はぁぁぁ〜〜〜っ……い……く……いぐぅぅっ! はあぉぉぉ〜〜〜っ!」

 排泄器官であられもなく絶頂を極めるフー=ルー。息も絶え絶えな彼女を、さらに統夜は背後から自分
のひざ上に抱き上げた。

「あ……ああ……だめ……です……もぅ……ゆるひて……くださいぃ……」

 ろれつの回らない舌で許しを請うフー=ルー。頭の中が真っ白で、何も考えられない。かつて『彼』に
ささやいた同じ言葉を口にしていた。……しかし、その願いが聞き届けられた事は一度もない。彼女自身
わかっている事。

 フューリーたちの母艦で同胞が眠りについている間、騎士団が勝手に子を成す事は許されなかった。そ
れ故に、そして又、彼らの文化においては決して禁忌の行為ではなかったから、彼女の肛門は既に開発さ
れ切っていたのだ。『彼』の手により、悦楽を貪る性器として。

 膝裏に手をかけ、彼女の体を持ち上げる。そして統夜は、彼の剛直の上に、ゆっくりと降ろして行った
……

「あ、ヒィッ! かっ! あ、おほぉぉぉ〜〜っ!!」

 彼女のアヌスは、何の抵抗もなく彼のペニスを根元まで受け入れた。天を仰ぎ悦楽の吠え声を上げる
フー=ルー。『彼』の手で何度も味合わされた、魂も消えるようなアナルセックスの魔味。何も見えない。
何も考えられない。そして彼女の腰がひとりでに動き出す。回し、こねあげ、己の内側をこそぎ立てる。
快楽を求める本能だけに突き動かされた、貪り貪られる動き。統夜も思わずうめき声を上げる。そして彼
は脚を支えていた両手をはずし、彼女の形の良い胸乳を鷲掴みにした。

「あぉぉ〜〜っ! い、いぃ〜〜っ! もっと……もっとぉぉ〜〜〜っ!!」

 統夜の手が、激しくフー=ルーの胸乳を揉みしだく。勃起し切った乳首を捕らえ、痛いほどにこねあげ
る。熟知した彼女の弱点を全て責めあげ、絶頂に導くための、暴力的なまでの愛撫。
 鳴き、吠え、涙とよだれを振りまいてのたうつフー=ルー。そして彼女は抗いようもなく、目もくらむ
ような絶頂に押し上げられた。

「いぐ……い……いぐぅぅぅ〜〜〜っ!! ああぁぁぁぁ〜〜〜っ! エ=セルダぁぁっ!!」

 最後の強烈な締めつけに、統夜も吠え声を上げて屈した。全身をしならせて、彼女の中にたぎりを打ち
放つ。二度、三度。己の中に熱く満たされる感触に、彼女は落ちながら温かく受け止められた。彼女の口
から、絶え絶えの息と共に、か細く声が漏れる。

「あ……ああ……あいして、ます……。愛しています……エ=セルダさまぁ……」

 ……脱力しきった彼女の体を、膝の上に、横向きに抱き直す統夜。と、彼女は手を伸ばして抱きつき、
統夜の胸に顔を埋めた。

「……う……うあ……あぁぁ……。あぁぁぁぁ……」

 低く、弱々しい嗚咽が、次第に慟哭に変わる。フー=ルー・ムールーが泣いていた。無言で彼女の肩に
手を回す統夜。

「……あ……ああぁ……なぜ……どうしてっ……! あなたを、愛していた……。私が一番、あなたを愛
していたのに……。どうしてぇぇっ……!!」

 肩に回した指が、肌に食い込む。なじるように胸を打つ、か細い拳。統夜は黙ってそれに耐えた。嗚咽
と共に吐きだされる彼女の言葉は、かつて統夜の父、エ=セルダ・シューンにぶつけられなかった、彼女
の想い。それを統夜は……エ=セルダもまた……察していたから。

 それは不器用な恋だった。先輩騎士、そして一族がくぐり抜けてきた大戦で武勲を果たした英雄エ=
セルダ・シューンに、憧れから始まった想い。
 騎士の家系に生まれ、戦う事だけを教え込まれてきた彼女は、上手に装うことも、媚態を見せる術も知
らない。同胞が目覚める前の、長い待機の無聊を慰めるための戯れ。そんな同意さえも彼と交わしたのだ。
彼の負担になりたくない、それだけのために。……不器用な女だった。
 だがしかしエ=セルダは、新たな移住先に選んだ星に生まれた、フューリーにそっくりな「人間」を愛
してしまった。その中の一人の娘と、子を設けさえしたのだ。戯れの関係を終わりにしたいと持ちかけた
彼に、フー=ルーは微笑んでうなずいて見せた。……本当に、不器用な女だった……
 そして彼女は心を鎧で覆った。過剰なまでの滅私と騎士道の追及。己の望みは強敵と死闘を戦う事。ま
るで、生き急ぎ、死に急いでいるかのように。
 彼女の突然の変貌に、自分の行いが彼女を傷つけてしまった事を悟ったエ=セルダだったが……もう
言葉をかけてどうなるものでもなかった。

 いつかフー=ルー・ムールーは泣きやんでいた。

「……卑怯です、統夜……」

 統夜の胸に頬をうずめたまま、彼女はつぶやく。

「……ごめん……。俺には、この方法しか思いつかなかった。あなたが、心にかけてしまった錠を、開く
ためには……」

 統夜は思う。人の心に踏み込むには、それなりの資格が要る。そんな言葉を誰かが言っていた。資格が
あろうがなかろうが、拒絶する心に踏み入る事は、結局は暴力でしかないのか。

「……フー=ルー」

 語りかけようとした統夜の唇を、彼女の指がそっと封じた。

「……今は……もう少し、このままでいさせて下さい……」
「……」

 父の記憶によって彼女の心を暴いた以上、彼女が自分に父の影を重ねるのを拒めない。手を置くと、意
外に彼女の肩はか細かった。どこかでかすかに響き続ける換気ダクトの音を聞きながら、統夜は彼女の髪
を撫で続けた……

 無防備に寝入ってしまったフー=ルーに毛布をかけ、統夜は部屋を出た。と、入口に二人の男が待って
いた。フランツ・ツェッペリンとアラン・イゴール。統夜をこの施設に導いた二人である。

「……のぞいてたんですか?」

 統夜の声が思わず固くなる。

「まさか。待っていただけさ。結果を早く知りたくてね」

 軽く肩をすくめるフランツ。
 統夜に機動兵器と己の人格を移植したAIディスクを残し、生死不明だった彼だが、突然アランと共に
統夜の元を訪ね、フー=ルー・ムールーの説得を頼み込んだのだった。フューリー側と人類側が友好的に
交渉を行なうにしても、現状ではフューリー側に人材が少なすぎる、と。

「……フー=ルーは、協力してくれると思います」

 はっきりと言葉にしたわけではないが、彼女は最後には受け入れてくれたと思う。統夜は自分の印象を
素直に口にした。

「フゥ……そうか。それは何より。これで懸案の一つが減った」

 自分の肩を軽くもんで、そしてフランツはくるりとその場に背を向けた。

「では元気でな、統夜くん。彼女たちによろしく伝えてくれ」
「もう行くんですか?」

 現れる時も急だったが、去るときも慌ただしい。

「裏方には山ほど仕事があるんだよ……」

 肩越しにシニカルな笑みを残し、彼は立ち去った。

「私も行こう。帰り道はわかるね?」
「え、ええまあ」
「こちらから頼っておいて、軽んじているようで申し訳ない。が、忙しいのは事実でね」

 アランもまた立ち去った。統夜の胸を、かすかな後ろめたさがよぎった。自分だけが安穏とした時を過
ごしている事への。

 施設から出て空を仰ぐ統夜。陽射しはもう、午後遅くのものだろうか。

「あーっ! 統夜! 終ったの?」

 テニアの声だ。施設外の芝生からカティア、テニア、メルアが駆けてくる。
 かつてフューリーに実験体として拉致されて、エ=セルダの導きにより、統夜と共に戦った娘たち。今
は彼と離れられなくなり、一緒に暮らしながら同じ学校に通う身だった。

「……外で待ってたのか。入れてもらえばよかったのに」
「ん、それも考えたけどさ」
「私たち、こういう建物、苦手です。窓がなくって、何かこう……閉じ込められる感じで」

 実際そういう施設だった。それに彼女たちの前歴を思えば、当然の反応だろう。
 テニアがジト目で統夜の周りを回る。

「と〜おやぁ、なーんかツヤツヤしてなあぃ?」

 びくっ。思わず動揺する統夜。彼女たちには、アランに頼まれてフー=ルーの説得に行くとしか伝えて
いないのだが……

「な、何の事かなぁ? 別に取り立ててどうといった事は……いてててっ!」

 背後に回ったテニアが突然抱きつき、統夜のうなじに噛みついた。

「いやだなぁ統夜さん。私たちの間で隠し事はなしですよぉ」
「痛い、痛いってメルア」

 にこにこ顔が恐いテニアが、統夜のお腹あたりをつねりあげる。

「……事情は承知しているつもりです。アル=ヴァンさんなどは過労死しかねない状態ですから。しかし、
頭では理解しても腑に落ちないという、慣用句の意味が実感できる思いで……」
「いひゃい、カティア、いひゃい」

 カティアに顔を広げられる統夜。

「もーぉ、仕方ないけどさあ。私たちにもサービスしてくれたら、許したげる」
「……え? その、えっと、食事当番代わるとかか?」
「え、いやだ統夜さん、とぼけちゃって。女の子の口からそんな事は……(ぽっ)」
「まあ、やる事はやってもらいます、という事で」

 俺、結構疲れてんだけどなあと、心の中でグチる統夜。
 三人娘に連行されて、かしましく家路につく。統夜が、エ=セルダ・シューンの依り代から、紫雲統夜
に戻っていく一時だった。

―終―    akira

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