それは、どこかでありえたかもしれない話。
       ちょっとした違いで、こうなっていた並行世界。

 紫雲統夜。
 中学を卒業する直前、彼は死んだとばかり思っていた父に呼び出された。
 そうして連れられた世界は全くの別物だった。
 まるで中世ヨーロッパのような社会に、軍でも最近ようやく配備されているという戦闘ロボット。
 そして――

「よろしくお願いいたします。紫雲統夜、ラ=セルダ・シューン」

それこそ御伽噺みたいな、お姫様。

             FATE/Moon Knights

「王女妃殿下」
 報告のために自らの主の前に傅く。
 ここ三年近く繰り返してきたおかげで既に体に染み付いた騎士の振る舞いだ。
「アル=ヴァンからの報告によりますと、彼女たちは無事のようです」
「そうですか、あの方の献身も無駄ではなかったのですね」
「はい……」
 数ヶ月前、統夜は父を失った。
 今しがた話に出てきた少女たちを助けるために。
 彼女たちは、地球人もフューリーのようにサイトロンが扱えるのか調査するために地球から攫われて来ていたのだが、その扱いに胸を痛めたシャナ=ミア・エテルナ・フューリアや統夜の懇願、何より統夜の父エ=セルダ・シューン自身の良心の呵責により、フューリーの母艦ガウ・ラ=フューリアより脱出させられていた。
 そしてその際、彼女たちの囮となるべく大戦の英雄と呼ばれたエ=セルダはその身を散らしていた。
「さらに、何者かは知りませんがヴォルレントを動かせるパイロットも居たようで、戦闘になったらしいです」
「! それで、彼女たちは?」
「地球軍の増援が出てきたため撃破には至っていないようです。それと……」
 ひとつ息を呑み、シャナ=ミアの耳元に口を近づける。これはおおっぴらに出来ることではないのだ。
「ラースエイレムの、ステイシスが確認できなかったようです」
「……そう、ですか」
 少女たちの無事を聞いたときの安堵の表情とは違って、気まずそうな表情を浮かべるシャナ=ミア。
「……ラ=セルダ、私にはまだ判断がつきかねます。……本当にあれを世に出してよかったのでしょうか……」
「王女妃殿下には申し訳ありませんが、自分は既にフューリーではなくあの星の者です。良かったのかと問われれば、はいとしか申せません」
 フューリーの騎士機以上に組み込まれる時空間兵器、ラースエイレムは標的を任意に選んで時の流れを止めることのできる代物であり、これを使われては現在の地球の科学力では滅びを待つだけであったが、エ=セルダ・シューンはかの少女たちが逃げる際にラースエイレムの機能を抑制するラースエイレム・キャンセラーとも呼べる代物を機体に組み込んでいた。
「そして、仮にあれを否定するなら、それは父の為したことを否定することも同義。自分にはそんなことはできません」
「……すみません、失言だったようですね」
「いえ……こちらも言葉が過ぎました。申し訳ありません……」
 すっと、そのまま退出しようとする。
「統夜」
「なんだ?」
 口調から、ラ=セルダ・シューンではなく紫雲統夜が呼ばれていることを感じ取り、返事を返す。地球名で呼ぶのは私人としての応対の始まりであることを決めていた。
「最近、あまり一緒にいられませんね」
「すまない。近々、俺も実戦に出るらしい。フー=ルー・ムールーの訓練も厳しくて……」
「そう……。死なないでください。アル=ヴァン従兄様もいますが、彼は騎士としての規律を重んじて、グ=ランドンに殉ずるやも知れません。そうなっては頼れるのは統夜一人です」
「わかった」
 シャナ=ミアの部屋から一礼をして退出する。
「妬けるねぇ」
「ジュア=ム……」
 横合いからかかった声に振り向くと、ジュア=ム・ダルービがニヤニヤとこちらを見ていた。
「死なないでください、か。大戦の英雄の息子様は違うよなぁ。女の撃墜もお手の物ってか?……いや、違うな。裏切り者の息子だから、王女様を貫いて流血ざたかぁ!」
 あははははと、笑い声をあげるジュア=ムに統夜は極力感情を抑えて答える。
「……それぐらいにしておけ。俺はともかく、殿下に対しての不敬罪でアル=ヴァン殿に知られれば降格では済まされんぞ」
「なぁにいい子ぶってんだよ……ああ?半端モン。未だにサイトロンもまともに扱えねえ癖して、アル=ヴァン様を殿呼ばわりで同格気分か?ああ?」
 こいつとは搭乗訓練を開始してから会い始めたのだが、どうもとことん反りが合わない。向こうは向こうで半分地球人の統夜を嫌いらしいが、統夜としても地球人を人と思わぬジュア=ムを心底嫌悪していた。
「アル=ヴァン殿については、同じ師の元、弟弟子として気兼ねはしなくても良いという事で了承は得ている」
 いっそのこと、普段は呼び捨てにしていることもぶちまけてやろうかとも思ったが、よけいややこしい事になるのは火を見るより明らかだったのでひとまず伏せておく。
「ハッ!アル=ヴァン様もなぁ、なにが悲しくてこんな奴を庇ったんだか。どーせ、親子共々裏切るのは目に見えてるのによぉ」
「……俺の忠誠は常に主と共に在る」
「そりゃあそうだぜ。なにしろ、お前のご主人は同時にお前のペットなんだからなぁ!お前の意思は主人の意思さ」
「……ジュア=ム、殿下に対してこれ以上の暴言は看過出来んぞ」
 目の釣りあがり始めた統夜にジュア=ムは楽しそうに言葉を続ける。
「はぁ?何言ってんの?俺はぁ、ただ単にどっかの半端野郎に手篭めにされている殿下もお気の毒だ……」
「ジュア=ム」
 ジュア=ムの言葉は最後まで続かなかった。後ろから、彼の敬愛する師の手が肩に置かれたためだ。
「あ、アル=ヴァン様……」
 紙のように白くなっていくのは滑稽を通り越して哀れですら在る。
「後日、実験体の少女たちが持ち出した機体についての調査のため再度仕掛ける。その準備を怠るな」
「は、はひっ……」
 もはや歯の根も合わぬ状態でジュア=ムは廊下を駆けていった。
「アル=ヴァン……」
「すまんな。あいつには後でよく言って聞かせておく」
「いや、助かったよ」
 そこで、アル=ヴァンはじっと統夜を見た。
「? 何だ?」
「あ、いや……何でもない」
「……では、俺はこれから演習があるので」
「ああ……」

◇ ◇ ◇

 ガウ・ラ=フューリアの中は十分に戦闘行為も行えるほどの広さがある。伊達に後々二隻以上の戦艦に乗り込まれる大きさはしていない。余談だが。
 さて、その有り余る広さでもって機動兵器の演習場も艦内に作られている。
「流石はエ=セルダ様の嫡男ね。素晴らしい戦闘技術だわ」
 皮肉や嫌味ではなく、純粋に感動してフー=ルーはうっとり恍惚とした表情で統夜に告げた。
「フー=ルー様の教えが良いからです」
「あら、おだてても何もでないわ。それにむしろ、サイトロンを扱いきれていない分を自らの腕で補っている貴方のほうがずっと凄いのではないかしら」
 フー=ルーの元で切磋琢磨する従士達の内、統夜は最も優れた成績を出していた。正史では被検体の少女たちの助けを受けたとは言ってもヴォルレントで持ってアル=ヴァンの乗るラフトクランズに対抗しうるのだから当然と言えば当然か。
「しかも、徐々にサイトロンのリンケージ率は上がってきているのでしょう?楽しみだわ。あなたがフューリーの騎士となるそのときが。是非ともお手合わせしてみたいものだわ!」
 美人だが、つくづく変な人だと統夜は思う。
 実際、フューリーの中でも結構変わり者扱いされてはいる。何しろ、ラースエイレムによる戦いを美しくないと評するのだから。
 演習場、ブリーフィングルームを後にして統夜が自室へ向かっていると、アル=ヴァンから呼び出しが入った。
 応じてすぐに格納区画へと行く。
「ジュア=ムが命令を無視して例の機体の所属する部隊と交戦を開始してしまったらしい」
「!……例の機体と言うと、ラースエイレムを無効化するとかいう」
「そうだ。……一兵たりとも無駄にできん状況ゆえ偵察を命じたのだが……」
 ごくり、とつばを飲む。
 ……大丈夫だ。前回、アル=ヴァンも出ていながら劣勢に撤退を余儀なくされた部隊だという。これぐらいはなんでもない。
「ひとまず、ジュア=ムを連れ帰る。それを手伝ってほしい」
「了解した。でもアル=ヴァン、俺が行けばジュア=ムはますます意固地にならないか?」
「その辺は私が抑える。それに、あれを説得するのに時間がかかるかもしれない。生半可な者では敵を押さえられんし、数を連れて行けばそれだけ大事になる。ならば君を連れて行くのが最も効果的だ」
「わかった」
「それと、君の機体は使えるのか?」
 不意に、まるで刃物でも押し付けられた感じがした。
「俺の?」
 不安を押し隠し、何もわからない、という顔をする。
「そう。エ=セルダ殿から君に託された機体だ」
「……言ってる意味が良くわからないけど……とりあえず父さんが俺に残したのは騎士としての在り方だだよ、アル=ヴァン・ランクス」
 しばしじっと視線を絡めあう。
「……そうか、そうだったな」

◇ ◇ ◇

 準騎士である統夜もヴォルレントを与えられていたが、サイトロンを扱いきれていないため、長距離跳躍はアル=ヴァンに連れられて行う。
 そうして移動した先では、ジュア=ム達が追い詰められていた。
「そこまでだ。ジュア=ム、私の指示を無視するとはどういうつもりだ。退け」
「アル=ヴァン様!?しかしッ!!」
「いずれ必ず、あれは抹消する。今は退くのだ。それとも、この上まだ私の命令に背くつもりか。準騎士ジュア=ム」
「アル=ヴァン様……」
 ジュア=ムは退いた。すかさず統夜はガードに入り、その他フューリーの残存機を背に立ちふさがる。
「来たな、アル=ヴァンっ!!あたしはずっと待っていた。お前をこの手で撃てるときを!」
 正面の蒼いヴォルレントから凄まじいまでの殺気が吹き付けられてくる。……いや、殺気の中に何か、別の感情が、ある……?
「カルヴィナ……」
「その名前で呼ぶなといったッ!あたしはあの頃のあたしじゃない。お前の、敵だ!お前がそうしたんだ!」
「……そうだな。その通りだ」
「さあこいつを破壊しに来い。あたしを殺しに来い、アル=ヴァン!ここでお前が死ぬか……この機体と共にあたしが死ぬか。結果はどちらかだけだ!」
「どちらでもない。私は今、君たちと戦うつもりはない」
「ふざけるなァッ!!」
 一括と共に切りかかってきたヴォルレントの剣を受け流しつつ、通信回線から響き続ける言葉に耳を傾ける……何なんだ?この二人。
「クーランジュ、私と君はここではない場所で戦う。私にはそれが見えた。ならばここで私も君も死ねない。戦う意味はない」
「なんだと!?」
 未来がみえた、つまり
「サイトロンが……?」
 黒髪の実験体の少女が呟くのが拾えた。
「そうだ。サイトロンが運ぶ未来の断片も絶対ではない。だが私は、君がその場所に至るまで戦うつもりは無い。そのときまで、君が無事であることを願う。ラ=セルダ、引くぞ」
「了解」
 鍔迫り合いを押し切って、後方に跳躍した。
「待て、アル=ヴァン!」
 追いすがる蒼のヴォルレントを振り切って残存兵力で跳躍した。

◇ ◇ ◇

「あの機体のパイロット、アル=ヴァンの事を?」
 ガウ・ラ=フューリアに帰還後、ジュア=ムに自室謹慎を命じたあとのアル=ヴァンに統夜は訊ねた。
「そうか……君は指導を直接エ=セルダ殿から受けていて、面識は無いか」
 少し言い辛そうにアル=ヴァン。
「アシュアリー・クロイツェル社については君も知っているな」
「リュンピーやドナ・リュンピー、従士達の機体開発を行ったペーパーカンパニーだよな」
 確か、父も書類上そこの勤務だった筈だ。
「……確かにフューリーの作り出した建前の会社だったが、社員には多くの地球人も加わっていた。そんな中、元連邦軍人のカルヴィナ・クーランジュという女性がいて、ジュア=ム達のような、君を除く戦後生まれの教官をやっていた」
「それが……」
「そうだ。我々の証拠を残さないためアシュアリー・クロイツェル社を破壊した際に関係者は全て真の死に呑まれたはずだったが……彼女は生きていた」
 そこでふと、先程感じたカルヴィナから発せられる違和感を思い出した。
「アル=ヴァン、そのカルヴィナ・クーランジュとは親しかったのか?」
「……なぜそう思う?」
「あの女性からは殺気以外に他の感情も感じられたし、彼女の話をするときにはアル=ヴァンが嬉しそうな、同時に悲しそうな顔をするからだよ」
 つまり、その……
「アル=ヴァンは父さんと母さんのように、フューリーと地球人の壁を越えたんじゃないか?」
 じっと、再び視線が絡み合う。
「……私も君と君の父上のことについて余計な詮索はしない……その代わり君も他言無用にしてくれ」
 ハッと、出撃時の会話が思い出された。……知りすぎることは己の身をも滅ぼしうるらしい。

◇ ◇ ◇

 シャナ=ミアの部屋に行くと侍従に既に就寝中であることを告げられたので、統夜は仕方なく翌日の朝に出直した。
「昨日、就寝後にいらしたそうですね。起こしてくだされば応じましたのに」
「いえ、そのような恐れ多いことは……それよりも、お話したいことがあります」
 再び近づいて密談を開始する。
「アル=ヴァンはグランティードのことを薄々感づいているようです」
「! 大丈夫なのですか?」
「傍観に徹してくれているようです。それに、事が上手く運べばアル=ヴァンをこちら側に引き込むこともできるかもしれません」
 パッとシャナ=ミアの顔が輝く。
「本当ですか」
「はい。ラースエイレム・キャンセラーを積んだヴォルレントのパイロット、アシュアリー・クロイツェル社にアル=ヴァンが潜伏中懇意にしていた者の様です」
 ム、と一瞬シャナ=ミアの顔が暗くなったように見えたのは気のせいか。ひとまず、気にせずに報告を続ける。
「……ただ、同時にその者が自身を裏切ったアル=ヴァンに激しい殺意を向けていて、現在の状況ではいささか難しいかも知れません」
「そうですか……」
 残念なのか、そうではないのか、いささか曖昧なシャナ=ミアの反応であった。

◇ ◇ ◇

 あれから数週間、困った事態となった。
 先ごろの戦闘によって、アル=ヴァンが地球人に過度の情報を与えたことによって失脚してしまったのだ。
 しかも、アル=ヴァンの部隊の後釜隊長に収まることとなるのはあのジュア=ムだ。
 このままではいけないと思いつつも、気ばかりが焦ってろくな考えが浮かばない。
 場は御前会議。グ=ランドン・ゴーツを初めとした騎士たちと各文官達で構成されているが実質はグ=ランドンの独壇場と言っても良かった。
 文官達は所詮子供の戦後生まれとシャナ=ミアを侮っているし、武闘派のグ=ランドンの力は強大だ。
 ……子供?そう……彼らは皆、自分を侮っているのなら……
「それでは、これにて本会議は終了ということで……」
「待ってください!」
 慌てて制止したが、いささか声が大きすぎたか……いや、しかしこれくらいの注目が集る方が、都合がいい。
「その……準騎士であるジュア=ムが騎士になるのですよね?」
「はい。アル=ヴァンめは己の立場を弁えていなかったようですからな」
 ……ともかく、今はそういうことを話しているのではないと怒りを抑える。
「それでは、同じく準騎士のラ=セルダを……」
「殿下、えこひいきはよろしくありませんぞ。いかにお気に入りといっても、ジュア=ムは相当の技能と功績で持って騎士へと昇格するのですからな」
 グ=ランドンが掣肘する。これも、予測済みだ。
「いえ、その……彼を私の手元に起きたいのです」
 ざわざわと場が騒ぐ。やれ、やはり子供だの、この時勢に色恋沙汰とはだの……。聞こえないと思って好き勝手言ってくれる。まぁ、そう思わせておくに越したことは無い。
「こ、これからは戦いも激しくなるのでしょう?今後、私が陣頭に立つこともありうるでしょう。そうしたとき、私の剣が必要だと思うのです」
できるだけ子供っぽく、さも、少女の我が儘のように……。
 あざ笑うかのような周囲に対して、グ=ランドンは一人黙考している。……気づかれたのか?
「よろしいのではないですかな?」
 一人の文官が告げた。
「そうですな。お年の近い者のほうが殿下も心を許せるでしょう」
 次々と賛同していく者たちの中で、未だしばらく黙っていたグ=ランドンだがやがてこう告げた。
「では、そのように取り計らいましょう。殿下と『騎士』ラ=セルダ・シューンの御乗機についてはまた後ほど……」
「いえ、それには及びません」
 そこで、シャナ=ミアはこの会議場でこれまでで一番の笑顔を見せてやった。

◇ ◇ ◇

 フー=ルーから話を聞かされたときは何の冗談かと思った。
「どういうことです?」
「ですから、王女妃殿下直々の御下命によって貴方は聖騎士団員の任を解かれ、新設される近衛騎士の位を賜ります」
 残念そうにフー=ルーは言うが統夜としてはそれどころではない。一体何がどうしたのか。
「ともかく、ひとまずは殿下にお目通りいただきなさい。聞きたいことは直接尋ねればよろしいでしょう」
「は、はい……」
 ブリーフィングルームを後にし、一路シャナ=ミアの部屋へ。
「来ましたね、ラ=セルダ・シューン」
「ど、どういうことなのです?」
 挨拶もそこそこに本題に入る。自分はよほど慌てているらしい。
「アル=ヴァンがいなくなってしまった今、貴方をあのまま騎士団に置いていてはいつ謀殺されるかわかりません。特に、ジュア=ムが騎士の位についてしまった以上貴方の安全を確保するためにはこうするほかは無かったのです」
「ジュア=ムが?」
 目を見開く。自分の身分のことなど、どうでも良くなった。
「馬鹿な……あのものが騎士の器かどうかも解らないというのか……」
「おそらく、承知の上でしょう。グ=ランドンとすれば自らの意思のままに動く者を付ければ其れで良かったのです。貴方を引き抜くことに同意したのもエ=セルダの色を一掃しようとした矢先の出来事だったからでしょう」
「く……」
 ギリ、と歯軋りする。
「それから、私の権限でグランティードの存在を公的に認めさせました。これ以降、グランティードは皇家の機体として認識され、私の乗機となり、貴方は機体搭乗の際の専属従者となります」
「な、それは……」
「たしか、グランティードは副座でしたね」
「は、はい。あの少女たちの誰かと共に乗るのが最初の予定でしたから」
「その役目は、私が行います」
 断固として、譲る気の無さそうなシャナ=ミアだった。

◇ ◇ ◇

 その日は、シャナ=ミアを後部座席に乗せての完熟飛行が行われていた。
 もちろん、あれからも乗る、乗らない、の論争もあったのだが、危険だの何だのという統夜の主張は
「近衛騎士である貴方が守ってくださるでしょう」
というシャナ=ミアの言葉で効果を示さなかった。
「これが、宇宙、あれが今の地球なのですね……」
 軍団の門から出て、シャナ=ミアは惑星の青さを目に入れた。戦化粧が施され、彼女の凛々しさを引き立てていた。新しいパイロットスーツもぴったりと体に張り付くタイプだが、いやらしさは微塵も感じさせず、気高さが前面に出る。
「ご気分は悪くありませんか?」
「はい。大丈夫です」
「少しずつ慣らしていって戦闘速度にまで上げますが、今日はひとまず無重力に慣れてください」
 周辺には護衛のリュンピー達がついている。
 無理な機動はせず、慣性で軽く流すのみにとどめる。
「統夜」
「あの……通信回線を閉じているとはいっても、周りには他の者もいるのですが……」
「この機体に乗っている限り、私と統夜はパートナーでしょう?それなら対等であるはずです」
 別にパートナーという取り決めがあるわけでもないのだが……まぁ、今はほんとに二人きりの空間なのだし。
「シャナ=ミアがそういうのなら、わかったよ」
「はい」
 楽しそうに、頷いた。
 と、すぐさま二人とも視線を巡らせる。頭の中で、何かが呼んだ。
「敵か!」
 異星人の使う虫型の機動兵器だ。
「ラ=セルダ様、帰還してください。こいつらは我々で抑えます」
「わかった、こちらは門の向こう側まで後退する」
 グランティードを下げていく。
「手助けしなくていいのですか?」
「ああ。虫たちぐらいなら、ラースエイレム無しの従士たちでも遅れはとらない」
 既に何度か統夜も交戦を経験している。大した強さではなかった筈だ。
「…………」
 しかし、何だろう?この不安感は?虫たちを彼等だけで倒すことに何ら問題は無いはずだ。その間に、自分達はガウ・ラ=フューリアに帰還する……。
「?……まさか……」
 たらり、と汗が流れる。
「どうしました?」
 シャナ=ミアの問いに答えるより早く、統夜は機体を急降下させた。
 一瞬送れてビームが空間を貫いていく。
「きゃぁっ!」
「嵌められた!」
 すぐさま相手を確認する。地球の人型機動兵器の量産型部隊のようだ。あれの試作機と系列機がカルヴィナ・クーランジュのいる部隊にも居たはずだ。
「グ=ランドン・ゴーツ!地球の偵察部隊が通るのを予想していたな!」
「え?」
「そうでなきゃ、あの時従士全員が異星人の機体の相手に回った理由の説明がつかない!」
「ま、まさか……いくらグ=ランドンでも……」
 オルゴンブラスターで牽制をかけつつ距離を置く。
「虫型機と地球の人型、従士達の不自然な動き、三つの偶然って言うのは出来すぎだ!」
 現在の地球圏は外宇宙からの脅威にさらされながらも地球人同士で抗争を続けている。地上から地球人を失くすため、フューリーが裏で手を回し、火に油を注いでいると聞くが、その関連で地球のトップとパイプが繋がっているとすれば……?
 反戦派の殿下が、未熟な騎士のために痛ましくもお隠れになられた……。
 ギリ、と奥歯をかみ締める。出来すぎたものだ。
 オルゴン・クラウドで攻撃を受け凌ぐがそれも限界に近い。
「すまない、シャナ=ミア。初搭乗からいきなりだが、最大戦速まであげる!」
「は、はい!」
 不用意に接近してきた敵機に問答無用で爪を突き立て、貫く。
 そのまま、放り投げて別の機にぶつかったところをオルゴンスレイブで纏めて破砕した。
 ビームの刃で切りかかってきたのをオルゴンランサーで受け止めて、押し返そうとするが、それより早く他の機に後背から射かけられ、被弾する。
「ぐうぅ……」
 オルゴン・クラウドを後方に集中展開し、マント型を形成して改めてランサーを押し切る。
 体勢を立て直す暇を与えず、ランサーを突き立て、刃のみを残してその場で破砕させた。
「く……ようやく三機……」
 ラースエイレム・キャンセラーの積まれたグランティードにラースエイレムそのものは存在しない。……自分一人で切り抜けられるか?
「こ、後方のスラスター、推力80%まで低下しています」
「!あ、ああ。わかった」
 初めての重力加速にも関わらず、必死に自身の領分をこなすシャナ=ミアに統夜は一つ深呼吸する。
 ……自分はどうかしていた。守るものがあるのならば己の身が朽ちるまで剣を取る。それこそ、騎士の本分!
「出力、上げて!」
「オルゴン・クラウド、出力70%」
「オルゴンブラスター!」
 包囲する敵機の動きを乱し、オルゴン・クラウドで短距離跳躍を行い、目前にジャンプアウトしてランサーをぶっ刺す。たこ殴りに遭う前に再跳躍して距離を置く。
 フォーメーションを組んで射掛けてくるのをオルゴン・クラウドで受け流しつつ、一気に距離をつめて抜き手で屠る。
 しかし、こうちまちま削っていては一方的な消耗戦だ。敵は応援を呼んだだろうし……。
「なにか……なにか手は無いのか?」
 その余計な思考が、敵を呼ぶ。
「オルゴン・クラウド、出力維持できません!」
「くっそぉおおおお!やれって言うならやってやるさ!」
 フィールドへの出力を全面カットし、機動と武器に全振りする。
「オルゴンスレイブ!」
 自身の移動と発射軸の変移で掃射していく。二機は屠ったが、こちらにも二発ビームの直撃がある。
「うく……テンペスト・ランサー!」
 先程の技でもう一機屠るが、カウンターでコクピット付近にきれいな一発をもらう。
「ぐ……だ、大丈夫かシャナ=ミア」
「は、はい……」
 元々おとなしいシャナ=ミアだがすっかり気圧されてしまっている。無理も無い。周りは敵だらけだ。
「……統夜」
「何だ?」
 顔は向けず、声だけで応じる。顔を見ている余裕など無い。
「言っておきたいことがあるんです……」
「よしてくれ」
 きっぱりと応えて、そこだけは振り返って顔を見る。
「こんな所で死ぬつもりは無いんだ。後で聞くよ」
 圧倒的に不利な状況に、自信と尊厳に満ちた笑顔。
「!……は、はい」
 ……ふぅ、いけない。当の本人を信じることが出来ずに、こんな気持ちを抱くのは、失礼というものだ。
 オルゴンスレイブで敵の砲撃を吹き飛ばす。
「まぁ、厳しいのは確かだけどね」
「信じています……貴方のことを」
「うん……」
 改めて、操作系を?み直した。
 と、二人の脳裏に閃光が閃く。
「!ラ、ラースエイレム・キャンセラーが反応してる……?」
 直後、停止した地球軍の機体が次々と破壊されていく。
「王女殿下、御無事ですか」
 黒いラフトクランズが覗き込むようにしてきていた。
「フー=ルー……助かりました……」
「フー=ルー様、どうしてここに……」
「あら、騎士ラ=セルダ・シューン。救援に遅れてしまったとはいえ、その言い方はいささか品が無いのではありませんこと?」
「す、すみません……」
 少しだけ不機嫌そうなフー=ルーに頭を下げる。
「まぁ、かまいません。しかし、護衛の従士たちは何をやっていたのだか……」
 モニターの中のフー=ルーを見つつ、ああ。と統夜は納得した。
 グ=ランドンが謀ったとしか思えない今回の事態に、フー=ルーが救援に訪れたのを不思議に思ったが、彼女の性質を考えれば何も不思議なことは無い。
 彼女はあくまで、自身の主が追われているのに気づいて助けに出たのに過ぎないのだろう。

◇ ◇ ◇

 結局、この事件は護衛についた従士数名の謹慎処分で片がついた。
 不用意に後退したため敵の火砲に殿下をさらした件について、統夜にまで追及の手が伸びかけたが、統夜自身はあくまでシャナ=ミア預かりの地位であるため、彼女の裁決により何のお咎めもなしとなった。
「しかし……本当に今回の件はグ=ランドンが仕組んだ事だったのでしょうか?」
 その日の艦内時間の夜。自室に招き入れられた統夜はシャナ=ミアと話していた。
「確かに、確たる証拠が有るわけではありませんが、状況を見る限りそう考えなければ説明がつきません。特に地球軍の戦力展開を考えると、偵察というよりは攻撃目標を索敵していたと考えられます」
 発見から、支援部隊の到着までが早すぎるのである。待ってましたとばかりに……。
「……ともかく、この件についてはくれぐれも他言無用です。この推測が事実であったとしてもそうでなかったとしても、あなたの身柄を拘束する材料としては十分です」
「はい……」
 無論、そんな事は百も承知だ。
「ところで……統夜」
「何だ?」
 何か言いづらそうに言いよどむシャナ=ミア。じっと辛抱強く待っていると、意を決したように、しかし、それでも顔を近づけて小声で尋ねた。
「統夜は……夜伽の経験は……ありますか?」
「…………」
 夜伽といえば、アレである。男女の夜の営みである。
「い、いや……な、無いよ……」
 突然何を言い出すのかと言いたげに統夜は顔を引きつらせる。
「あの……では、今夜は……私と一緒に居ていただけますか」
 …………
 OK。状況を整理しよう。
 先程彼女はエッチの経験があるのかと尋ねて、今度は今夜一緒に居てくれ、と言った。つまりこれは、お誘いなわけだ。その……事の。
「…………」
 恭しく一歩引きつつ統夜は頭を下げた。
「その……『殿下』」
 殊更にその部分を強調する。
「かような御年齢で、しかも定まった伴侶も居らずにそのような……」
「『統夜』やはり、私ではその気にならないのですか?フー=ルーのような大人の女性がよろしいのでしょうか……」
 こちらも押す。
「い、いえ。御身はとても魅力的……ってそうじゃない……このようなことを話すこと事態恐れ多いことで……」
「私は『統夜』と話しているのですが?」
「……はい」
 観念して頷く。
「それで、今夜は一緒に居てくださいますか?」
「け、けど……その……こういうのは間違っても勢いでやるもんじゃなく、本当に好き合ってる者同士がやるもんで……」
「解りました……統夜は私のことが嫌いなんですね……」
 もの凄く残念そうに顔を伏せるシャナ=ミア。
「い、いや、そんな事は無い!」
 大声で否定してみて、少女のように統夜は頬を染めた。
「それなら、問題ありませんね?」
 くるりと笑顔に転じ、統夜の腕を掴んで、シャナ=ミアはにっこりと微笑んだ。

◇ ◇ ◇

 シャナ=ミアの寝室で、統夜は固まっていた。
 ちょっと待っていて下さい、と言ってもう五分か……。
 よもやこんな時が来るとは思ってもみなかった。
 初めて会ったとき、父から幼馴染だったと教えられたが、自身の記憶は操作されていたし、シャナ=ミアにしてもそれ程覚えていたわけでもなく、私人として接するときだってあくまで同年代の者としてだった。
「お待たせしました」
 と、薄手の夜着を身に着けたシャナ=ミアが入ってきた。
「!?」
 思わず目を逸らす。その……薄過ぎて下着が透けている。
「統夜、こっちを見てください」
「う、あ、ああ……」
 いつの間にやらすぐそこまで近づいていたシャナ=ミアの体が密着する。自らの腕の中で自分を見上げるシャナ=ミアの顔に、体の感触に、眩暈がするほどの幸福感を覚える。
 そっと彼女に押され、背後のベッドに腰を落とす。彼女自身も統夜にもたれかかる。
「私も経験はありませんが……殿方の相手をする手段は心得ているつもりです」
ネグリジェのような薄手のドレスを脱ぎつつ、そのまま統夜の体を倒していく。
 シャナ=ミアの手がチャックを下ろし、中から統夜の一物を出す。
「うぁ……」
 よもやシャナ=ミアの手で己自身を捕まれるとは思ってもみなかったため、脳内で電撃がスパークする。
 彼女も一瞬それを目にした事に怯むが、すぐに自身の口で統夜を捉えた。
「し、シャナ=ミア……」
 想像の外であったシャナ=ミアによるフェラチオに鼓動が早まっていく……。
 じゅぷ、じゅぷと淫靡な音が辺りを支配する。
 統夜を咥えたまま上目遣いでこちらを見るシャナ=ミア。ちゅぷっと口を離しつつ手の動きは止めない。
「統夜、気持ちいいですか?」
「あ、ああ」
 にっこり微笑み、再び咥える様は淫靡に過ぎた。
「……シャナ=ミア」
「ふぁい?」
 声が喉を伝わって振動を与え、新たな刺激になる。
「っ……腰を、こっちに向けてくれるか?」
「え……?」
 今の格好で統夜のほうに腰を向けると言うことは、秘所まで阻むものは一枚の下着だけと言うことになる。
「は、はい……」
 羞恥心に頬を染めながらも言われた通りに統夜の一物を基点に体を半回転させ、下半身を統夜のほうに向けた。
 統夜はシャナ=ミアに自分の顔を跨ぐようにさせる。女性の陰部が目の前にあることに興奮を覚えつつ、布越しにその秘所に口を付けて、舐め始める。
「ふあっ!?」
 予期せぬ攻撃に体を仰け反らせ、口から離してしまう。
「と、統夜!な、何を……」
「いや、俺ばっか気持ちよくされるのも不公平だし……それとも、気持ちよくないか?」
 シャナ=ミアの口が離れたおかげで幾分余裕を取り戻した統夜が困惑顔で尋ねる。
「そ、それは……で、でも、統夜は経験が無いと……」
「どうすればいいかぐらいは知ってるさ」
 一応、中学時代までは普通の日系少年だったのだから、そういった代物に目を通すことはけっこうあった。
「ただ、実際にやったこと無いから、気持ちいいのかがわからなくて」
「……それならそうって言ってくれれば……」
 少し悔しそうなシャナ=ミアの呟き。
「……で、気持ちいい?」
 最初の反応と言い澱んだのとで大方の見当はついていたが、あえて尋ねる。
 シャナ=ミアのほうは羞恥心から顔を真っ赤に染めてしまっていたが
「気持ち、いいです……」
 と、辛うじて聞き取れるくらいの声量で答えた。それに気をよくし、再び統夜の方も責めを再開する。
「ひゃんっ」
 可愛らしい声を上げるシャナ=ミアに狂おしいまでの愛しさを覚えた。
 地球に居た頃、名前が夜を統べる者だから女の子は紫雲に気をつけろよ、などとからかわれていたが、あのからかっていた連中の言っていたことはあながち間違いではなかったのかもしれない、なんて下らない事を考える。
 まあ仮に、名前によって力が与えられるのならば、意中の少女を悦ばせることの出来るこの名前はなかなかに捨てたものではない。
「シャナ=ミアが気持ちよくなってくれてると俺も嬉しいけどさ、俺のほうにはもうしてくれないのかい?」
 ひとしきり、秘所を堪能した後で意地悪くそんな事を言ってみると、ごめんなさいと一言告げて、シャナ=ミアの奉仕が再開された。
「――っ」
 間を置いての刺激に思わず声を上げそうになるが、我慢。
 せっかくイニシアティヴを獲得できているのだから、もうしばらく維持しよう。
 先程まで舐めていて、濡れそぼったシャナ=ミアの秘所を下着をずらして露出させた。初めて見る濡れそぼった女陰の美しさに純粋な感動を思えた後、小指を入れてみる。
「んふぅーっ」
「うぐ……」
 歯は立てないでくれたようだが、シャナ=ミアの口に強烈に圧迫された。快感というより痛みに近い。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、こっちも予告無しでごめん……」
 危ない……危うく男性としての生命が終わりを告げるところだったかもしれない。
 結構責めるのが楽しくなってきていたが、文字通り急所を握られている状況での攻勢は相応の危険が伴うらしい、と夜を統べる者は結論付ける。
 そこで入れっぱなしだった小指を、動くよ、と一言告げて一泊置いた後、抽送を開始する。
「んんぅぅぅ……」
 先程のような目には遭わなかったものの、シャナ=ミアの動きがぎこちなくなったのを感じた。
 と、今まで触れなかった部位がある事に今更ながら気づいた。
「シャナ=ミア……こう言うのはどうだ?」
 フリーになっている左手で、ちょんっと陰核をつつく。
「ぷふぁあ!」
 一応、声をかけておいたのが幸いしたのか、彼女自身が意識していたからか、噛まれる事は無く、そのかわりあられもない声を響かせた。
「やっ……!それ、駄目です!」
 にんまりと意地の悪い笑みを浮かべ、統夜はシャナ=ミアへ刺激を与え続ける。
 強くして傷つけぬように、しかし確実に快感を与える。
「はぁ……ん……」
 もう奉仕どころではなくなってしまったシャナ=ミアが恨めしそうに統夜のほうを向くが、統夜にはねだっているようにしか見えていなかった。
「シャナ=ミアはさ、自分でこういうことしたりするの?」
「ふぇ?」
「だからさ、自分でこうやって」
 中の指をくにくにと動かし、陰核を指で弾く。
「ああああああっ!」
「自分で、弄ったりするの?」
 恐らく自分は凶悪な顔をしているんだろうなー、とは思うが、いまさら止める気は無い。
「そ、それは……」
 恥ずかしげに目を逸らすシャナ=ミア。
「多分、してるんだろうね。こんな風に俺を気持ちよくさせようっていやらしい事をしてくれるシャナ=ミアだ。きっとしてるんだろうね」
 いかん……恥ずかしげに非難の目を向けるシャナ=ミアが……可愛、過、ぎ、る。
 秘所から指を離し、シャナ=ミアの体を仰向けに、頭をこちらにして倒す。
「あっ……」
「そういえば、戦闘中言いたいことがあるって言ってたよね」
「え?」
「ほら、俺がここで死ぬ気は無いから後でって言ったやつさ」
 自分の勘に従えば、これはここで突っ込むべき話題だ。
「あれ、何言おうとしてたんだ?」
「…………」
 言おうか言うまいか思い悩んでいるらしく見えるシャナ=ミア。
「今は言えない?」
「それは……」
「じゃ、俺も言いたいことがあるから、俺から言うよ」
 ぎゅっと、後ろからシャナ=ミアを抱きしめる。
「俺、君のことが好きだ」
 ずっと、心に抱いていた想い。ここ数分の黒い自分は一度捨て去り、紫雲統夜として語りかける。
「君の返事が聞きたい、シャナ=ミア」
 しばし、沈黙が支配する。
「ず、ずるいです。私から言おうって、思ってたのに……」
 目が潤んで、少し半泣きだ。
「そうだったのか、よかった」
「な、何がよかったんです!」
「これで違ってたら俺、ただの自意識過剰じゃないか」
 まぁこんな状況、半裸で抱き合ってて違っていたら、彼女の倫理観に大いに問題ありである。
「……こういう意地悪な統夜は嫌いです」
「意地悪って?」
「い、いやらしい事を聞いてきたり、いたずらしたり……」
「ごめん。男ってのは好きな子には意地悪したくなるものみたいだからさ」
 まるで他人事のようにそう言うと、そっと耳たぶをあまがみする。
「んっ……」
 くいくいと引っ張ってみる。耳の裏側を舐めてみる。
「あふっ……」
 潤んだ瞳で非難の意を伝えようとするが、そんな顔で睨まれても統夜には劣情を加速させるものでしかない。
 後ろから手を伸ばして下着をくぐって二つの乳房に手を這わせ、先程触れた臀部とはまた違った軟らかさに感銘を受けた。
「は……ん……あ、あんまり大きくありませんよね……」
「そうかい?」
 自分としてはシャナ=ミアの胸であるなら大きさなど大した意味を成さないのだが、そう言った事を気にしているのもまた、好ましい。
「ふ……フー=ルー達と比べると……」
「歳が離れてるんだし、当然だろ?それに、揉んでたら大きくなるって言うしさ」
 もにゅもにゅとその感触を楽しみながら言う。
「それじゃあ……んっ……統夜が大きくしてくださいね?」
 うぐ……
 今のはもろに入った……そんな純真そのものって顔していやらしい事言わないでくれ。
「あ、ああ……」
 何か言いたいことは胸中でぐるぐる渦巻いていたが、結局言葉にはならず、あいまいに頷けるだけだった。その分、手のほうに意識を集中させ、双球の頂点をつまむ。
「んっ……やぅ……だめ……です」
 軽く引っ張りながら、親指と人差し指の腹で優しく押しつぶす。
「ふぁぁぁぁ……ん……?」
 統夜の与えてくれる快感の海に漂っていたシャナ=ミアだが、太腿に何かの感触を感じ、それを掴む。
「うぁ……」
 とたんに統夜の動きが鈍り、シャナ=ミアの手の中で統夜自身が震えていた。
「あ……」
 先程まで口に含んでいたそれを今更ながらに思い出し、統夜の手を解くと、体の向きを変えて向き合う形で寝転んだままの統夜の上に跨った。
「すみません。私ばっかり気持ちよくさせられちゃって……」
「い、いや……でも、初めてなんだろ?」
「でも……統夜と一つになりたいですから……」
 赤くなりながらそんな事を言ったシャナ=ミアに、統夜は上体を起こして口付けを交わした。
 舌を交わらせることも無く、ただ唇を触れ合わせるだけの、いやらしさの欠片も無いただ長いキス。
「……あんまり、無理しないでくれよ。シャナが苦しくったってこっちはちっとも嬉しくないんだ」
 唇を離しながらそう言って、髪をなでた。
「はい……」
 一つ頷いて、腰を動かす。
「いきます……」
「うん」
 ゆっくりと、シャナ=ミアの中に統夜が飲み込まれていく。
「っ……あ……」
 苦痛に顔を歪ませながらも懸命に腰を落とすシャナ=ミアを統夜はじっと見ていた。彼女がそういった痛みを伴いながらも必死に自分を愛そうとしていることを、ちゃんと目に焼き付けようとしていた。
「っはぁ……っはぁ……」
苦しげに喘ぎながらも、ゆっくりと統夜は飲み込まれていき、やがて何かに突き当たった。
ともすれば突き破ってしまいそうなささやかな抵抗。
「と、統夜……」
 不安げに伸ばされる手をつかむ。
「シャナ……」
 名前を呼ばれて安心したのか、小さく微笑むと意を決したように腰を落とした。
「〜〜〜〜ぁぁぁ……」
 慣れぬ痛みに目をぎゅっと瞑り、弱弱しく声にならぬ悲鳴を上げた。
 前屈状態になった体を、抱えるようにして軽く抱き締める。
 じっとしばらく時が過ぎ、ようやくシャナ=ミアの方から話しかけた。
「あの……もう、大分楽になりましたから……」
「ん……」
 頷き、反対側にシャナ=ミアを倒す。
「う……あ……」
「じゃあ、動くよ」
「はい……」
 恐怖と期待がない交ぜになった表情でこちらを見上げるシャナ=ミア。統夜はゆっくりと抽送を開始した。
「あっく……う……」
 無論、楽になったと言っても初体験でそうそう痛みが無くなる筈もない。
 まるでそれが贖罪であるかのように口付けをする統夜。
「んっ……あ……統夜ぁ……」
 今度は先程とは逆に舌をシャナ=ミアの中に進入させ、その中を蹂躙していく。
「はふ……」
 まるで蕩ける様な目をするシャナ=ミアの舌を唇で甘がみしながらゆっくりと自身を引き抜く。口の中を弄りながら、それを五順ほどしたとき
「あ……あああ……ああ!?」
 いきなりビクンッと体を跳ね上がらせながら一際甲高い声を上げる。唾液の糸でかかる橋を見ながら口を離し、統夜がにんまりと笑う。
「……もしかして……感じてるの?」
「…………」
 ばつが悪そうに視線をずらす彼女の耳元で統夜は囁く。
「初めての時、女の子は大抵痛いだけだって聞くけど……シャナは違うのかな?」
「い、意地悪な統夜は嫌いだって言いましたっ」
「でも、気持ちいいんでしょ?」
 よく、わからないのもまたシャナ=ミアにとっての事実でもあった。
 自分の中に統夜が入り込んでいるという、ただそれだけで満たされたように感じて、内から統夜をこすり付けられる事によってどうしようもないほどの歓喜の念が起こされるのだ。
「んんんん――――あ!?」
 いきなり再び奥まで突きこまれて、背筋をゾクゾクと走り抜ける快感。
 破瓜の傷に擦り付けられるのも何か背徳的な悦びを覚える。
「統夜ぁっ、そ、それ!ダメですぅ!」
 先程よりも幾分か早くなった統夜の動きに翻弄されるシャナ=ミア。
「でもさっ……そんなシャナも……大好きだよっ」
「は……う……あっ……も……もっと……もっと、ゆっくりぃ!」
「ごめんっ!そんな……余裕……ないっ!」
 なんだかんだ言っても統夜とて初めての体験なのだ。余裕など有るほうがおかしかった。
 統夜は好きな女の子の中を蹂躙している事実に脳が焼ききれる感覚を覚え、シャナ=ミアはずっと恋焦がれてた少年の熱を胎内に感じて、熱病にかかったかのように意識が朦朧としていった。
 もはや容赦のない腰の動きとなったとき、統夜がうめいた。
「シャナ……俺……もうっ!」
「統夜……統夜っ……統夜ぁぁぁっ!」
 シャナ=ミアの中に統夜が想いの丈を迸らせた後、両者とも力尽きてベッドの上に倒れこんだ。
「はぁ……はぁっ……シャナ……」
「統夜……ふふふ……気づいていますか?私のことを、シャナと呼んでいますよ」
「え?あ……ゴメン、シャナ=ミア」
 額に手を当て決まりが悪いのか視線をはずす。
「いいえ、かまいません。むしろ、今後も二人っきりのときはそう呼んでくれると嬉しいです」
 にっこりと微笑んでくるくると統夜のくせっ毛をいじる。彼の体は重たいが、その圧迫感も今は心地いい。
「愛称と言うのですよね、とういう呼び方は」
「ああ……シャナ」
 微笑み返し、そこで自分が彼女にもたれていたのを認識する。無意識に体重を逃がしていたからまだ良かったものの重かったのではなかろうか。
「ご、ごめん……重かったよな」
 あわてて体をどかすと、これまで繋がっていた部分が外れて中から破瓜の血が混じった精液があふれてきた。
「あ……」
 中から引き抜かれたのとかかっていた体重が無くなったので少し寂しさを感じていたシャナ=ミアは自分の中からあふれ出るその液体を見て、ちらりと統夜に目をやった。
「う……まずかった、かな……」
「いいえ。統夜がちゃんと責任を取ってくださるのなら、何も問題はありません。ええ」
 いたずらっぽい顔をしてそう告げると、自分の横に移った統夜の顔に近づき、口づけをした。
 ――愛しています、統夜。

◇◇◇

「統夜」
 あの運命の日、父は依然として父のままだった。
「一緒に出るの、父さん」
「ああ。ラースエイレム・キャンセラーの中核があちらに移っていると気づかれてはいけない」
「けど、機体を調べられたら結局は……」
「だから、最後まで抵抗するつもりだ」
 最後まで……
「!……父さん……」
 相変わらず泰然とした父だが、そこはかとなく感じられるものがあった。
「いいか統夜。アル=ヴァンか、フー=ルーか、あるいはグ=ランドンが出てくるかは解らんがその者を憎んではならない。今後、刃を交えることがあっても決して憎悪で剣を取るな。憎しみの剣は諸刃の剣。己を傷つけずにはおかん」
「…………」
 そうして、父は帰ってこなかった。

◇ ◇ ◇

 目が覚めて、目前には抱きしめている意中の少女がいた。
 彼女を起こさぬように、自身の記憶へと思いを馳せる。
 ならば父よ、今の自分はただ彼女への愛と、忠誠のみで剣を取ろう。

◇ ◇ ◇

 数日の後、地球圏の大半の戦乱も集結し、もはやグ=ランドンも共倒れを狙って機を待つ状況ではなくなってしまっていた。ラースエイレム・キャンセラーを有するカルヴィナ=クーランジュの乗るあの蒼のラフトクランズを総攻撃すると言う話も出てきていた。
「ラ=セルダ」
 そんな中、今まで瞑想していたシャナ=ミアが統夜を呼ぶ。
「何でしょう、シャナ=ミア様」
「もうじき、カルヴィナ・クーランジュさんたちが月に来ます」
「あの部隊が?通じたのですか」
 シャナ=ミアが日々瞑想していたのはサイトロンを通じて、カルヴィナに呼びかけるためであった。それが、ようやく通じたらしい。
「はい。そこで、あなたにはアル=ヴァン従兄様を呼んでもらいたいのです」
「し、しかし……クーランジュ殿はアル=ヴァンを憎んでいたのでは?」
「大丈夫です。従兄様の真の思いを、受け取ったあの人ならば悪いことにはならないはずですし、アル=ヴァン従兄様の存在はあの人をより力づけうるものとなるはずです」
「わかりました。ではすぐに……」
 以前より、アル=ヴァンが謹慎している場所は判っていた。ただ、下手な接近は敵にいらぬ猜疑心を与えることになるので避けていたのだ。
「アル=ヴァン」
 事前にこちらのシンパから入手していたコードで電子キーを開錠し、座敷牢に入った。
「ラ=セルダ……なぜここに」
 侵入者にすぐさま気づく。
「アル=ヴァン、地球圏の戦乱も大半が収束した。残り火も沈静化に向かうだ
ろう……総代騎士は未だあのラフトクランズを、カルヴィナ・クーランジュを倒す気でいる」
 カルヴィナの名が出たとたんに統夜から目を外す。
「……私にどうしろと言うのだ」
「っ……手を貸してもらいたい」
 床を見つめる力無い瞳に苛立ちを覚えながら言う。
「悪いが私は騎士だ。たとえ今、暇を出された身であろうと忠節を曲げる訳にはいかん」
「!……その忠節のために、愛した者すら捨てると言うのか、あんたは!」
 応えぬ背中。
ギリ、と奥歯が鳴って統夜の目つきが険しくなる。
「そんなに忠義が大切だと言うのなら、そもそも自分が誰のための剣なのかをあんたは考えたほうがいい!今はそれすらも見えていないだろうからな!」
 それだけ言い放つとくるりと部屋を出ようとする。
「……ではラ=セルダ。君は誰がための剣なのだ?」
 統夜が足を止め、顔だけアル=ヴァンに向け、平然と告げた。
「決まっている。俺は殿下……いや、シャナ=ミア・エテルナ・フューリアというただ一人の少女のために剣を振るう」
 そして、今度こそアル=ヴァンの部屋から統夜は退出した。

◇ ◇ ◇

統夜とシャナ=ミアは総代騎士グ=ランドン・ゴーツの乗機ズィー=ガディンが敗北して浮き足立っていた隙を突き、カルヴィナ・クーランジュのいる地球人の部隊と合流を果たした。
 そして、地球人の部隊と共にガウ・ラ=フューリアに舞い戻った統夜たちは、ガウ・ラ機動の鍵となる二体のラフトクランズに相対した。
「まぁ、何て事。あなた達が……死神からのプレゼントかしら」
「てめえら、どう言うことだ!何でてめえらがこんな所まで来やがる!?」
 フー=ルーがうっとりと言の葉を告げ、ジュア=ムが目を吊り上げて絶叫する。
「フー=ルー・ムールー、ジュア=ム・ダルービ!剣を納めなさい!」
 眼前に躍り出たグランティードに流石の二人も目を見開く。
「王女妃殿下!?」
「シャナ=ミア様……ま、まさか貴女様が!?な、何という事を為されます!」
「グ=ランドンの計画は、既に潰えました。おわかりでしょう?もう戦うのは止めて下さい!」
 彼女の言葉も、彼らには遠い。
「お気は確かであられますか、シャナ=ミア様!こやつらは、我が同胞を……あまつさえ、アル=ヴァン様を!」
「何を……!」
 言い返そうとするカルヴィナを統夜はグランティードの腕で制する。
「それも、為さしめたのは私たちでしょう?憎しみの連鎖が何をもたらすか、一番知っているのは、私達フューリーのはずなのに!」
「いいえ!いいえ聞けませぬ、こやつらだけは!」
「王女妃殿下……残念ながら、ここで退くことは出来ません。お許しを」
「フー=ルー、貴女まで!」
「総代騎士の命令は絶対ですの。ですが、ご好意には応えさせていただきますわ。敵と戦って死ねるなんて、素晴らしい賜り物を下さいました……ふふ、もう諦めてましたのに」
 心底、心底嬉しそうな笑みを浮かべる。
「フー=ルー……」
「他の方々もお聞きなさい」
通信をオープンにし、外部出力も入れてフー=ルーが告げる。
「フューリーの船、ガウ・ラ=フューリアは、既に起動の準備に入っています。後は最後の鍵を発動させるだけ。その鍵とは……私とジュア=ム」
「フー=ルー様!何のつもりです!?」
「私たちの乗る、このラフトクランズ……私の機が舳先の鍵、ジュア=ムの機が艪の鍵。この二つとも破壊すれば、ガウ・ラの起動は止まるわ。ただし、もう時間が無くてよ。そうね、残り10分ってところかしら」
「どうしてそんなことまで、私達に教えるんですか!?」
「騎士として、散り際に華が欲しくなったと言うことかしら?今まで任務のためだけに、父祖の武名を省みない事をやってきたんだもの。最後くらい、自分の事を考えてもいいでしょ」
「フー=ルー、あなた……」
 やるせない表情を浮かべながらシャナ=ミア。
「フー=ルー様!血迷われたのですか、これは裏切りです!」
「ジュア=ム、あなたも楽しみなさいな!本気の敵と切り結ぶことが騎士の本懐、そうじゃなくて!?」
 目を見開き、最大の歓喜を全身で表現しながらオルゴンソードのライフルモードを起動するフー=ルー。
「どうして……どうしてなんだ!奴らと戦うと、誰も彼もおかしくなっちまう!一体何なんだよ、あいつらは!」
 もはや悲鳴の域でわめきたてるジュア=ム。
「さあ、行きますわよ!フューリア聖騎士団一番隊長、フー=ルー・ムールー、推して参る!いざ、勝負っ!」
 その銃口がぴしりとグランティードに向く。
「……見事な覚悟だと思います。それなら、全力を持って!」
「くっそおおおお!ラ=セルダぁ!てめえが!てめえがいるから、何もかもがあああっ!」
 その爪がグランティードを捉えるより先に蒼のラフトクランズが押さえる。
「各機!この二機はあたしとラ=セルダで押さえるわ。他の連中の相手をお願い」
「カルヴィナさん!」
「いい加減出来の悪い教え子の始末は自分の手でつけなきゃならないもの。メルア、Fモードで飛ばすわよ!」
「了解です!」
「こんな形であんたと決着が付くなんてね!ジュア=ム!」
「くっそぉおお、カルヴィナぁ!邪魔するんならてめえも!てめえも殺すっ!死ね死ね死ね死ねぇっ!」
 オルゴン・クラウドの碧のフィールドを纏ったまま高速戦闘に移った二機から正面へと視線を移す。
「あはははは、天国も地獄も興味が無いわ!死ぬ瞬間こそ最も華やかに!見せて頂戴、最強の騎士と謡われたエ=セルダ様の因子を!」
「よもやあなたの願いどおりになるとは……エ=セルダ・シューンが子、ラ=セルダ・シューン、御相手仕る!」
 距離を取らせては負ける。フー=ルーの本領は射撃戦にあるのだ。
 ラフトクランズの両肩より放たれるオルゴンキャノンを回避し、跳躍して一気に距離をつめてランサーを突き出す。
 寸でのところでフー=ルーも跳躍し、当たらない。
「オルゴンスレイブ!」
 迸るオルゴンライフルの閃光に頭部からの閃光を重ね合わせるが、直後に後ろからも熱源がぶち当たった。
「うわぁぁぁ!?」
「きゃぁぁぁ!」
 背部メインスラスターが大破する。
 発射直後にグランティードの後方に跳躍し、射掛けたのだ。
「どうしたの?こんなものではないでしょう!」
「く……このっ!」
 機体を反転させるが、なお上回るフー=ルーの速度。オルゴン・クラウドの跳躍も利用し目視でも追うのがいっぱいいっぱいだ。
(だめだ……目で追ってたんじゃ……!サイトロンを汲み取れ。敵の動きを先読みしろ!)
「統夜っ!」
 シャナ=ミアの声と共に統夜の中に思惟が打ち込まれる。
 それに従いグランティードの頭部を廻らせ、一閃。一瞬早く現れたラフトクランズはもうそこから移動している。
「流石!さすがよ!もうこちらの動きを読んでくるだなんて!さぁ、もっとあなたの力を見せてちょうだい!」
 距離を詰め、今度はこちらがランサーで突くが、メインスラスター大破のため十分な速力が付かず、ソードで切り払われた上カウンターでクローを胸部に受ける。
「うぐ……ぁぁぁあああっ!」
 逆に突き刺さったクローをグランティードの左腕で握り、そのままシールドと左腕の肘から先を潰してしまう。
「素晴らしい力だわ!流石は王家の乗機!いえ、エ=セルダ様の遺産!」
「し、知っていたのですか?」
「ええ!それをエ=セルダ様の嫡子が操り、今や最強の騎士の名を継ごうとしている!そのような相手とやりあえるとは!」
 再び距離がとられる。
「ほらほらほらほらぁ!」
 出力を絞った代わりに雨のように降り注ぐオルゴンライフル。
「オルゴン・クラウド全開!」
「このまま突っ込むぞ!」
 跳躍して、目前に現れる。
 突きつけるランサーが瞬時に変形したソードに切り払われ、跳躍して逃げられるより先に、既に用意していた左腕が突きぬけた。
「あ……?」
「フィンガァァァバスタァァァ!」
 叫ぶと共に動力部を引きちぎりながら左腕を引き抜いて、頭を突き出す。
「オルゴンブラスタァァァ!」
 頭部より発せられたエネルギーに押され、両腕を失った灰色のラフトクランズは床に落着した。
「ふ、ふふふふ……どうやらこれで終わりみたい。我が騎士の血、一滴残らず燃やすことが出来ました。もう、動けそうにない……感謝するわ……」
「フー=ルー、脱出なさい!今ならまだ間に合います!」
「あら?ふふ、ご冗談を。せっかく最高の散り方ができそうですのに」
「フー=ルー……」
 統夜はシャナ=ミアの方を向き、涙を浮かべている彼女に対して首を振った。
 ……あれは彼女なりの、けじめなのだろう。先程言ったとおり、父祖の武名を辱めたことに対しての。
「楽しかったわ、ラ=セルダ。エ=セルダ殿に伝えてあげる。あ、あなたの息子は……最強の、騎士に……」
「フー=ルー様……」
「あははははは、さらば、全ての愛すべき敵よ!」
 爆光。
 目を伏せ、黙祷する統夜。
「統夜っ!」
 シャナ=ミアの声とアラームで戦場に引き戻され、紅のラフトクランズのクローにフィンガーバスターをとっさに鬩ぎ合わせる。
「ラ=セルダァァァ!」
「ジュア=ムっ」
 力任せに押し切って、床に落着し跳ねるラフトクランズ。
「あんたの相手は私だ!ジュア=ム!」
 上空から蒼のラフトクランズが爪を突き立ててくるが、寸でのところでかわして、グランティードに再び肉薄する。
「貴様さえ、貴様さえいなけりゃあああ!」
「何がっ!」
 ランサーでオルゴンクローFモードを払いのける。
「シャナ=ミア様に、お前みたいな半端野郎がくっつかなけりゃあ!」
「ジュア=ム……お前!」
「ラ=セルダァァァ!」
「ぱ、パワー負けするっ!?」
 再度突き付けられたクローを受けた左腕が圧壊しようとしていた。
「オルゴンスレイヴッ!」
 左手の指がクローに持っていかれたがラフトクランズを引き離せた。
「おおおうあああ!」
 理性を感じさせぬ雄叫びを上げるジュア=ム。再度突撃してこようとするがそれよりも先に蒼のラフトクランズが迫っていた。
「メルア!」
「はい!カルヴィナさん!」
 ジュア=ムの深紅のラフトクランズと同じ爪を展開し、上空から一気に襲撃して逆に放り上げた。オルゴンクリスタルに閉じ込めたジュア=ム機を蒼のラフトクランズがそれごと引き裂いていき、やがて地面に叩き付けられ、完全に機能を停止した。
「や、やられた……のか……?し、死ぬのか、俺が?嘘だろう、おい!」
「覚悟を決めなさい、ジュア=ム!貴様はさんざん死を弄んだ、逃げられやしないわ!」
 カルヴィナの声が響く。
「い……いやだ、いやだあああっ!こ、こんなの認めねぇえええぇえ!」
「ジュア=ム……」
そのあまりにも無残な最期に、統夜の口も彼の名を紡いだ。
「こ、怖いよ……俺には、まだ……う、うわぁあああああぁあっ!」
 爆散した機体の破片をチョッパーアーマーで防ぎつつしばらくジュア=ム機の有った場所に統夜はしばらく目を落としていた。

◇ ◇ ◇

 ガウ・ラの艪の鍵と舳先の鍵である二機のラフトクランズを下した統夜達は、なお抵抗を止めぬグ=ランドンを止めるため中枢部へと向かい、彼の機体ズィー=ガディンを中破にまで追い込んでいた。
「グ=ランドン、剣を収めなさい!今ならまだ……」
「……民が……同胞が、死んだ……」
 シャナ=ミアの言葉に答えるでもなく焦点の合っていない目で、そんな事を呟きだす。
「グ=ランドン……?」
「星団を出る時、既に半数……この銀河にたどり着いたのは、さらにその一握り……この地で眠りについたのは、このガウ・ラ=フューリア……ただの一隻のみであった!」
「ま、まさか……」
 一気に後方に跳躍し、何かのユニットと繋がるズィー=ガディン。
「私は、私は憎い!我が偉大なる星団、祖国の民を滅ぼした者が!既に奴らもまた、滅びの果てに去って行った……そう知った今でも、憎まずにはおれん!もはやこの宇宙におらぬからこそ、以前にも増してぇぇ!」
 ズィー=ガディンの四肢が分離して宙に浮き、先程までとは比較にならないエネルギーレベルとなる。
「いやああああ!」
 悲鳴を上げるシャナ=ミア。
「グ=ランドン・ゴーツ!我らが民の命を吸ってまで、何を為そうとするのですか!?」
「あ、あんたは……!」
 既に統夜も青ざめている。よもやここまで周りが見えなくなるか!
「そして……我等が手でこの地に蒔かれながら、またしても戦の穂を実らせて我等に刃向かう、地球人があっ!」
「止めて!その者を止めてください!」
「何!?何なの!?」
「ステイシス・ベッドの……同胞達の時をつなぎ止めるエナジーが、逆流して流れ込んでいる……グ=ランドンは母艦と同化して、艦の全エナジーを集めようとしています!」
「それって……!」
 先程話していた事象が現実となったことにカルヴィナも顔をしかめる。
「グ=ランドン、やめなさい!やめて!全ての未来が滅んでしまう!」
「たとえ未来を焼き尽くそうとも、地球人を滅ぼさずにおかぬ!奴らを宇宙に残しておいて、われらフューリーの世界など来ないぃぃぃっ!」
「やらせるものかよ、グ=ランドン・ゴーツ!」
 ランサーを展開し、距離を詰め一撃の下に宙に浮く右腕部を破壊する。
「これでっ!なにっ!?」
 オルゴンクリスタルが爆砕してズタズタになった右腕が修復していく。空気中から物質化されてきている。
「くくくく……効かん、効かんよ!もはやこのガウ・ラは、我がズィー=ガディンと一体となった!我が同胞の血の一滴、肉の一片が刃となり貴様等を切り裂くであろう!く、くくくく……くはーっはっはっはっはっはっは!」
「そんな……そんな……」
「サイトロン粒子が物質化されて……この技術……」
 何か、脳内に閃く気がしたが、気にかけている余裕が無い。
「滅びを甘受せよ、地球人共ぉ!ガウ・ラの胎内にて死ねぇ、そは安らぎなりぃぃぃ!」
「やらせないと言ったろう!?エ=セルダ・シューンが子、ラ=セルダ・シューンが!」
 再度、ランサーを構えたとき、
「その意気や良し!だが、それだけでは奴を倒せぬ!」
 聞き知った声が響いた。
「あ……あの声は……?ま、まさか!まさか、あなたなの!?」
「何!?き、貴様ぁあああ!」
 黒のラフトクランズが格納庫の方向からやってきた。
「遠き古の罪業をまたも繰り返すか、グ=ランドン!」
「アル=ヴァン従兄様!」
「……ア……アル=ヴァン……」
「この者を倒せ、カルヴィナ!奴のサイトロンの源を断つのだ!」
 言葉と共にオルゴンランサーでガウ・ラとズィー=ガディンの中継点となっているオルゴンエクストラクターに攻撃する。
「うおおおおっ!アァァルヴァァンッッ!貴様もまた我をぉぉぉっ!」
「源を……そうです!ズィー=ガディンがエナジーを取り込んでいる、ガウ・ラの方を破壊すれば……それしか手段はありません!」
「アル=ヴァン……アル=ヴァン、なぜ……」
 蒼のラフトクランズに寄り添うようにある黒のラフトクランズ。
「これは我らの罪だ、カルヴィナ。つぐなわせてくれ」
「アル=ヴァン……」
「私を許してくれなくてもいい。だが、君を死なせたくない。もう二度と……傷つけたくはない。すまない、カルヴィナ」
「いいえ……いいえ!言わないで、アル=ヴァン!だって、私は……私はもう、あなたを……」
 一区切り付いたのを見て取り、声をかける。
「アル=ヴァン」
「私は……私は常に民のために剣を振るってきた。だが……」
「あなたの忠義がフューリー達全てに向いているんなら、例え相手が総代騎士だろうと誇れる行動だ。あれは過去の妄執でしかなくなっている」
「ラ=セルダ……」
「みなさん!基点となっているオルゴンエクストラクターの破壊を!その間のグ=ランドンはグランティードが押さえます!」
 カルヴィナと、彼女たちと共にここまで戦ってきた人々にそう呼びかけ、グランティードはグ=ランドンの前に躍り出た。
「エ=セルダの小倅がぁぁあああ!」
 飛んでくる両腕をランサーで弾き、距離を詰める。
「オルゴン・クラウド出力正常」
「ああ。このまま距離でかく乱する!」
 至近に跳躍し、ランサーで頭部を薙ぐ。
 あらためてズィー=ガディンは大きい。通常のフューリー機と比べ大型のグランティードよりも大きいのだ。
「これなら……」
 視界の端でカルヴィナたちが残り三基のオルゴンエクストラクターを破壊している。準騎士機や従士機が妨害しようとしているがそれには至っていない。大丈夫、これなら保つ。
「呪いあれかし……我らフューリーと諸共にぃいいぃいぃ!」
 そこでグ=ランドンの呪詛と共に、サイトロン粒子から錬成された無数のラフトクランズの幻影が現れ、それらが一斉にグランティードを見た。
「あ……」
 無数の銃口に同時に狙われて、シャナが微かに挙げた悲鳴も、加速した粒子の空気を裂く音とそれがオルゴン・クラウドに干渉する音、そしてそれを抜けて装甲の表層を削っていく音にかき消される。
 ようやくエネルギーの奔流から解放されたと思うと今度は無数の爪が襲い掛かった。
「ぐ、このぉ!」
 ランサーを振り回し、必死に振り払おうとするが払っても払ってもなおもしつこく喰らいついてくる。
「ラ=セルダ、シャナ=ミア様ぁ!」
 慌ててアル=ヴァンがサポートに回ろうとするが準騎士機、従士機が行く手を阻む。
「気づかれよ、我が同胞よ!理に逆らってまで、我等は生き残るべきではない!」
 だがそんなアル=ヴァンの言葉も届かず、他の面々も援護に向かおうとするものは阻まれていた。
「あうっ……左腕部脱落!」
「ぬ……ぐっ……」
 片腕だけとなり、うつ伏せに倒れた状態となったグランティードをランサーを杖代わりにして立ち上がらせる。
「絶望せよぉぉぉぉぉぉおおおお!」
「と……統夜ぁ……」
 弱弱しく、サブパイロット席から呼びかけられても、ギリと奥歯を鳴らしただけで、返事をする精神的な余裕が無い。そして、なお健在の幻影のラフトクランズたち。
「……?」
 そこでふと、見慣れぬウィンドウが開いていることに気づいた。
「何だ……プログラム・ドラコデウス?」
「え……?」
 囁かれた言葉にシャナ=ミアが聞き返すが、答えを受けるより先に突如グランティードが浮き上がった。
「と、統夜?何を!」
「わ、わからない!俺じゃない!オートパイロット?くそっ!何だってこんな時に!」
 後方で凄まじい轟音が響いた。あれは……五頭の龍?
「登録……ユニット・バシレウス?何でグランティードは知ってる!」
 味方部隊も、準騎士たちもすり抜けて接近してくる五頭龍。
「合体シークエンス?」
「あれと合体するのですか?」
「そうみたいだ……でも、このままじゃ狙い撃ちにされる!シャナ!マニュアル合体のサポートを!」
「はい!」
 オートを切り、放たれたエネルギーの奔流をかわす。
「どけぇ!」
 オルゴンスレイブでバシレウスの進行方向の敵を蹴散らし同一軌道上に乗る。
「ドラコデウス、軸合わせ!」
「バシレウス、ドラコデウス形態……統夜!」
 ズィー=ガディンが、こちらに向いていた。
「死よ至れぇええぇぇえ!我と統べての者共の天蓋にぃいいぃいい!」
「間に合えっ!」
 バシレウスと、繋がる。
「オルゴン・クラウドぉっ!」
 そうしてグランティード・ドラコデウスは、耐え切って見せた。
「シャナ、状況は!」
「各部接続、異常なし。バシレウスのオルゴン・クラウドとの接続、良好!」
「ドラコデウスならやれるか!」
「ラ=セルダ、無事か!」
 ラフトクランズから呼ばれる。
「アル=ヴァン、俺もシャナも大丈夫だ!」
「そ、そうか……」
「オルゴンエクストラクターは?」
「じきに終わるわ。シューン、もう少し押さえていて頂戴」
「了解!」
 カルヴィナからの返事に、気を持ち直す統夜。
「?……新着メッセージ?」
「え?」
 シャナ=ミアのつぶやきと共に映像が現れた。
「聞こえているか、統夜」
「父さん!」
「エ=セルダ様?!」
 若干ノイズが走るものの、それに映っているのはエ=セルダ・シューンだった。
「このバシレウスはグランティードが危機に陥ったとき現れるようにセットしてあった。これを見ているということは助かったのだろうな」
 カルヴィナのラフトクランズで再生されると言うフランツ・ツェッペリンは簡易AIだったと聞くがこちらはただの映像のようだ。
「グランティード・ドラコデウスにはある程度の自己修復機能が備わっている
。あくまで試験的なレベルだが、有効活用しろ」
 そこでメッセージは終わった。
「自己修復……グ=ランドンと同じか。シャナ」
「はい。サイトロン物質変換効率値ノーマルドライブを維持。完全修復まで……あと三時間も?」
「左腕だ。現物があればもう少し修復は早められる。どこだ?」
 脱落した左腕を拾い上げ、右腕で支えつつ損失部分に宛がう。
「メインシャフトの修復を優先して!そうすれば右腕が空く」
「はい!」
 サイトロン粒子が凝縮していき、固着する。まだ動きはしないが繋がった。迂闊に接近してきた準騎士機に頭部を向ける。
「オルゴンっ!ドラコ・ブラスタァァァ!」
文字通り蹴散らす。
「外部装甲はいい。左腕、今度は操作系!」
「もうやってます」
「そ、そうか、ありがと」
 最後に残っていたオルゴンエクストラクターが火を上げる。
「これで!」
「おぉぉぉおおぉぉのぉぉおおおおぉれええぇぇぇえ!ちぃきゅうぅじんどもぉがぁぁあ!」
やけっぱちに再び放たれるエネルギーもこの距離では早々当たりはしない。
「アル=ヴァン!シューン!」
 蒼のラフトクランズが合流する。
「他の連中はあいつらが抑えてくれてる。その間に決着をつけるわよ!」
 一瞬だけ後方で従士、準騎士たちと競り合いを続ける仲間を見、カルヴィナが言った。
「うむ。カルヴィナ、ラ=セルダ、メインボディに攻撃を集中させるぞ!」
 二つのラフトクランズとグランティード・ドラコデウスが正面にズィー=ガディンを捉える。
「ああ!」
「わかったわ、テニア!」
「うん!オルゴン・クラウド、出力ミリタリーからマックスへ!オルゴンソード、ファイナルモード!」
「不忠の大罪、あえて犯す!このためだけに私は生きてきた!」
 ガウ・ラの天井に届かんばかりに伸びる二本の大剣。
「グランティード・ドラコデウスで……ヴォーダの闇に帰してやる!……シャナ!」
「はい!オルゴン・ドラコスレイヴ発射!」
 エネルギーの奔流がズィー=ガディンに直撃する。その流れを挟んで二機のラフトクランズが迫る。
「キャリバーン、展開!」
 グランティードのランサーにバシレウスのプラスパーツが組み合わさり、それが刀身を生み出す。
「バシレウス、龍神形態!」
 分離したバシレウスにグランティードが跨り、ズィー=ガディンに突撃する先で
「はぁぁぁあああ!」
「これで、決めてぇぇぇぇぇ!」
 二本の大剣が交わり、クロスしたままズィー=ガディンに切りかかっていた。
 オルゴン・ドラコスレイヴでしたたかに負ったダメージから体勢を立て直すより先に二つの切り傷を受けて完全に無防備となった。
「統夜、今です!」
「インフィニティ・キャリバァァアアア!」
 グランティードの振りかぶった切っ先は過たず、動力部を断った。
 宙に浮いていた四肢が落下していき、ノイズ交じりの通信機から声が聞こえた。
「これが……真の、死……私が、死ぬのか……ここで消えるのか、私が」
「そうだ、消えるんだ。永遠に……今度こそ終わるよ、辛い旅は」
「運命を受け入れよ、グ=ランドン総代騎士。千億の素粒子となって宇宙へ還れ……そこで同胞と相まみえるがいい」
「……闇が…………」
 上がる爆光。
ここに至ってようやく準騎士、従士たちも剣を収めた。大きく息を吐き出す。
「終わった……な」
「はい……」
「……待て、ラ=セルダ……シャナ=ミア様、艦のエネルギーが」
「え?……流出が……まだ続いています。コントロールが失われている……?」
 サァッと血の気が引く三人。
「動けるか、ラ=セルダ」
「ああ。止めなきゃ」
 いい加減肉体の方の消耗が激しいが言ってる場合ではない。
「シャナ=ミア様には地球人の方の艦で待っていただいて……」
「いえ、私も行きます」
「シャナ=ミア様!?」
「今回の情勢を招いてしまったのは私の不徳とするところです。その私が一人、安全な場所にいるわけにはまいりません。そのためのグランティード・ドラコデウス」
 毅然とした態度で言い放つ。
「し、しかし……」
「無駄だよ、アル=ヴァン。シャナの頑固さはどうしようもない」
「わ、私はただ、責任を考えているわけで、別にわがままでは……」
「わかってるよ。だから、アル=ヴァン、俺たちで決着をつけよう」
「……わかった。ラ=セルダ、シャナ=ミア様を頼む」
「ああ」
 奥へのハッチを開放する黒のラフトクランズ。
「アル=ヴァン?」
「すまないカルヴィナ。やるべきことが出来た」
「すぐに戻ります。カルヴィナは待っていて下さい」
「ちょっと、どこに!」
 カルヴィナの声を後目に二機は深部へと進む。
「帰ったら、後が恐いな、アル=ヴァン?」
「…………」
「アル=ヴァン?」
「すまなかった。エ=セルダ殿のこと、謝るどころか今まで君の前では口に出
すことすら出来ずにいた」
「……別に好きでやった訳じゃないんだろ。それに、アル=ヴァンでなくともフー=ルーかグ=ランドンがやっていただけだ。第一、命令を拒否してあの時点でグ=ランドンに左遷されていたら今こうして話せていたかも怪しい。アル=ヴァンの後ろ盾の無い俺なんて、消されても何も言えないからな」
 なおも黙りこくるアル=ヴァンに話し続ける。
「父さんは地球人を救おうって決めたときから、ああなるのは覚悟の上だったんだ。それに、最後の最後教え子のアル=ヴァンの成長振りを見れて嬉しかったと思う。……ううん。嬉しかったんだよ」
「ラ=セルダ……記憶が?」
「ああ……父さんの。だから、あんたは胸を張っていいんだ。俺が保障する」
 つぅ、と涙が零れ、アル=ヴァンの戦化粧を溶かした。
「……あの方は……」
「あれかっ!アル=ヴァン、感動を噛み締めるのは少し待ってくれ!」
「う、うむ、あれだ。ラ=セルダ、合わせるぞ。覚悟はいいか」
 ぬぐったせいで化粧が凄まじい事に成っているが突っ込むのは後にする。
「ああ!シャナ、オルゴン・クラウド最大放出!」
「はいっ!」
「行くぞ!母なる船、ガウ・ラ=フューリア!我が愛機を捧げる、今一度眠れ!」
 サイトロン粒子で黒のラフトクランズと接続されるガウ・ラの動力部。
「ターゲット視認、目標値入力、ロックオン完了です!」
「うおおおおっ!」
「今だラ=セルダ、撃てえっ!」
「オルゴンッ・ドラコスレェェェイヴ!いけええっ!」
「きゃああっ!」
「むうっ!」
「や……やったか!」
「うむ、見事だ……中枢部は破壊された、まもなくこの場所も吹き飛ぶだろう。行け、ラ=セルダ。巻き込まれる前に逃げろ」
「ああ。アル=ヴァンも早く」
 そこで彼はこう告げた。
「……私は行けない。シャナ=ミア様を頼む」
「な、何だって!?」
「アル=ヴァン従兄様!?」
「ステイシス・ベッドのある中枢部への影響を押さえるためです、シャナ=ミア様。やらねばなりません」
「アル=ヴァァァン!」
 追いついた蒼のラフトクランズが降り立つ。
「カルヴィナ!」
「ここは、何なの?どうしてあなたはここに?」
「カルヴィナ、ラ=セルダの言葉が聞こえなかったか。待っておけと!」
「サイトロンが呼んだのよ、ここに来なさいって」
 明確にカルヴィナは言い放った。
「アル=ヴァンは動力部の爆発を抑えるため、ここに残って、ラフトクランズに乗ってるつもりなんだよ!」
 苛立って叫ぶ統夜。
「な、なんですって!?そんな……そんな事したら、あなたが!」
「これはつぐないなのだ、カルヴィナ。騎士団の犯した罪、友への裏切り、愛すべき者へも剣を向け、そのあげく指揮官への不忠……剣を預かる者として、許されるものではない」
「いやよ!またあなたを失えって言うの!?また一人になれなんて、そんな残酷なこと、どうして言うのよ!?」
「カルヴィナ……君の言うとおり、残酷なことを言っているな。だが、君に死んで欲しくないんだ」
「どうして……どうしてわからないの!?私が今日まで生きてきたのは、あなたがいたからなのに。敵でも仇でも、殺したいほど憎んでも!あなたがいたから!」
 カルヴィナの言葉が鼻声になり、嗚咽が混ざり始める。
「カルヴィナ……」
「お従兄様、カルヴィナの想い、おわかりになりませんか!?」
「あなたに死なれたら……今度こそ私、生きていけない……!アル=ヴァン、どうしてそんな、ひどいこと言うのよ!お願い、一人になんかしないで!お願いよ!」
「頼む、カルヴィナ。つぐなわせてくれ。騎士団の犯した罪……多くの地球人を、そして同胞を殺戮した、この血塗れの体……剣を預かる者として、自らを罰さなければならない」
「アル=ヴァン……アル=ヴァン……!」
「すまない。だが、君が許してくれて、本当に嬉しかったよ。これで救われた……ありがとう」
「……だったら、私も一緒にいさせて」
「何だと!?」
「カルヴィナ!?」
「そっちに行くわ。テニア、ラフトクランズ、動かせるわね。あんたは行きなさい」
「ちょ、ちょっとカルヴィナ!?」
 赤毛の少女が狼狽した声を上げる。
「……それが、君の望みか……」
「ええ、そうよ。もう二度と離れない」
「い、いけません!お従兄様、フューリーの罪ならば、責はこの私にも!」
「それはなりません。貴女には同胞を導く義務がございます」
「お従兄様……そんな……そんな事……」
「シャナ……」
「何をしているラ=セルダ、早く」
 そこで、黙り気味だった統夜が切れた。
「ああもう!そんなに死にたいのかよ!アル=ヴァン!カルヴィナの機体にあんたが移るんだ!」
 先程からカルヴィナとの当事者同士に任せようと思ったが、見ていられない。
なんでこの大人たちは死ぬことから目を逸らさないのか!
「何!?」
「そうすれば、あんたの機体はここに残していける。みんなで脱出出来る!」
「ラ=セルダ……言ったはずだ、私は」
「生きてつぐなえよ、アル=ヴァン!あんたには守る人がいるんだろう、俺と同じだ!」
「ラ=セルダ……」
「だったら生きろ!守るべき人を残して簡単に死ぬのが、あんたの騎士道か!?父さんなら、きっとこう言うはずだよ……アル=ヴァン・ランクス、騎士道不覚悟!」
「…………」
「アル=ヴァン!」
「ふっ……名など捨てるか、いっそ、それも良し」
「お従兄様?」
「アル=ヴァン……?」
「カルヴィナ、君と生きてみよう。許してくれるか」
「え……わ、私と……生きる?」
「ラ=セルダ、君の叱責、肝に銘じよう。決して忘れぬ」
「あ、ああ。それは無事に脱出できてからにしよう、アル=ヴァン。さあ、早く!」
「承知した!」
「アル=ヴァン、それじゃあ!」
「お、お従兄様!逃げて下さるのですか!?」
「カルヴィナ……君を死なせないと、約束していたな。最後の約束も守れないような騎士では、死ぬ価値すらない」
 近づいた蒼のラフトクランズと黒のラフトクランズのコクピットが開かれ、一年以上を経てようやく両者は肉眼でお互いの顔を見た。
「アル=ヴァン……」
「生きてつぐなおう。百万の贖罪が待っているとしても……耐えてみせるよ」
「ええ……ええ!」
 ラフトクランズの掌を足場にカルヴィナ機に移る。
「愛している、カルヴィナ」
「アル……!」
「テニア……さん?とりあえずアル=ヴァンにハンカチ貸してやってくれ!」
 笑い出しそうになるのを、状況を考えろと自分を戒めつつ頭の中から戦化粧が崩れたアル=ヴァンの映像を消すことに腐心する。
 当の本人は言われて気づき、テニアに一つ例を述べて頬をぬぐい、泣き笑いになったカルヴィナに苦笑して見せた。
「出すぞ、シャナ!機関全開、全速離脱!」
「はい!」
「いくぞみんな!俺たちは生きて帰るんだ!」
 飛び立つグランティード・ドラコデウスと蒼のラフトクランズ。
 その背後で黒のラフトクランズに押さえきれなかったエネルギーが滾り始めていた。
「後方から高圧エネルギー、接近します!」
「パワーを上げて!限界まで!」
「これでもう、精一杯です!」
「もう少し、もう少しなんだ……くっそおおお!」
「カルヴィナ、そのまま上だっ!」
「ええ!」

◇ ◇ ◇

 ……カルヴィナの仲間たちのナビゲートもあって、どうにかエネルギーから逃げ切り、二隻の母艦までたどり着いた。
 そうしてハンガードックの中で、コクピットから出てきた二人が周囲の目も気にせず抱き締めあったときには自然と頬の筋肉が緩んでしまうのを感じた。
「ようやく、元の鞘か……」
「ええ……そうですね」
「?……シャナ。何かカルヴィナを見るとき様子がおかしいよな」
「え!?」
 あからさまに慌てるシャナ=ミア。
「わ、わかりますか?」
「……そりゃまあ」
 なにやら返答に窮した様子である。
「あ、あの……怒らないで下さいね?」
「……うん」
 何か、怒るようなことなのか。もしこれで『あんなお姉さまが欲しいなって』
とか頬を染めて言われたら俺はどうすればいいんだろう。
「じ、実はその……以前は統夜とアル=ヴァン従兄様、どちらがより好ましい男性かと……」
「…………」
 それはつまり、あれか。
「俺とアル=ヴァンで両天秤に掛けられてたって事?」
「はい……」
 申し訳なさそうに俯くシャナ=ミア。がっくりしゃがみ込む統夜。
「す、すみません……怒りますよね」
「怒りはしないけど……ショックだよ」
 しかし、まぁ。彼女からのアプローチでこの関係となったのだから……。
「でも、俺のほうを選んでくれたんだよな、シャナは」
「そうです!」
 立ち直り、立ち上がった統夜にきっぱりと告げる。
「光栄だよ。改めて、君に選んでもらえて」
 そうして、大半の者の興味がアル=ヴァンとカルヴィナに向いているのをいいことに、彼は再び愛する者との接吻を果たした。
Fin

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