トップベビーの意地

1

 それはちょうどベルセルクのトップレスラー豊田美咲が負傷し、ジャッカル東条が凱旋帰国の途にあった時であった。
 
「おめでとう、南美」
「えぇ、ありがとうございますわマネージャー」
 
 アメリカ西海岸の夜景を見下ろす高層ホテルの最上階ラウンジ。
 170オーバーの高身長に紫色の艶やかな縦ロングヘアの美女。シャングリラではジャッカル東条に次ぐ日本人2位の実力者である鈴香南美は日本からわざわざ訪ねてきた客人をもてなしていた。
 
「衛星中継で見てたよ、日本に居た時よりもずっと強くなってきたじゃないか」
「あらあら、わざわざそんなお世辞を言いに日本から来たのかしら」
「あぁ、俺にとって南美は数々のレスラーの中でも特別思い入れの深い存在だからな。お前が前回の全米大会で勝ったことはうれしいよ」
「あら、それはとても嬉しいわね」
 
 そう言って喜色を浮かべた南美はワイングラスにそのセクシーな唇をつけ、傾けていた。
 
 
「それで……、なぜ真理子お姉さまの凱旋帰国というこのタイミングでベルセルクのマネージャーさんがこのアメリカにいるのかしら?」
「あぁ、それはだな……」

 話はジャッカル登場の来日の少し前に遡る。
 エクスカベータ咲夜との試合中に負傷した美咲ではあったが、ベルセルクの事務所、そして隣接するトレーニングジムには顔を出していた。
 
「……ですから、今後のベルセルクの方針としてもう少し育成を強化すべきだと思うのです」
 そう美咲はマネージャーへと詰め寄っていた。
 団体の代表こそ猪場が務めていたが、具体的な団体の運営方針などについてはこのマネージャーが取り仕切っていた。
「確かに、私たちの団体は業界でもトップクラスといっていい団体です。実力主義……実戦主義、それ自体を否定はしません。ただ、あまりに私たちの団体は育成を軽視し過ぎています!」
 
「美咲……、言いたいことはわかるが……」
「レスラーを使い捨てにする団体。育成軽視で未熟な新人に場数を踏ませると言ってリングに上らせ、ただただ連敗を積み重ねさせる……そう言ったことを続けていては新人が減ってしまう。それを危惧しているんです……!」
「それはお前の弟子……いや……美咲……お前だって、そうやって場数を踏むことで……」
「わたしやさくらの様なやり方はダメだって言っているんです!」
 
「美咲……、お前さくらに随分目をかけるようになったな……」
「何が言いたいのですか……、とにかくこの団体の悪習、旧態依然としたやり方は変えるべきだと思うのです……」
 そう言い終えて、美咲はマネージャーの前から去っていった。
(やれやれ……あのアイドル崩れが……)
 怪我をした脚を引きずる美咲の後ろ姿をそう思いながらマネージャーは眺めていた。
 
「相変わらずね。美咲は」
「あぁ、あのルックスであの実力だからな……最近は随分と言うことが大きくなった。東条が“卒業”してアメリカに渡り、そのあとそれを追ってお前がアメリカに行って、早苗が怪我で引退。そして、朱里が地元に戻って新団体設立と美咲にとって今のベルセルクに少なくとも敵はいないからな」
「なるほど、それは面白くないわね」
 
「面白くないか……」
 その言葉を聞いてマネージャーはニヤリとした笑みを浮かべた。
「どうしたのかしら?マネージャー」
「あぁ、実はだな……」
 そう切り出して、マネージャーはアメリカまで来た真の目的を話し始めた。
 
「なるほど、面白いわね」
「あぁ、そうだろ南美」
「では、さっそく準備いたしますわ」
 そういう南美の顔はサディステックさを浮かべた笑みに代わっていた。

2

 ジャッカル東条がアメリカに戻ってからしばらくしてベルセルクのリングにアメリカから入れ替わるように現れたのはイーヴル雅というヒールレスラーであった。
 その名前としゃべり口からどうやら日系のレスラーではあるらしかったが、経歴は全くの謎で、ただジャッカル東條を倒すために各国のリングを渡り歩いている。そして今回縁あってそのジャッカルの古巣であるこのベルセルクに挑戦しに来たという触れ込みだけが説明された。
 とはいえガタイこそ屈強で全身筋肉の鎧のような姿とはいえ、全くの無名。これまでもそうやって触れ込みだけは大それた挑戦者はいただけに小手調べとばかりに若手・中堅が相手することになったのだが、1戦目・2戦目と雅の圧勝で幕を閉じた。

 そして、3戦目の相手となったのはジャッカル東條、そしてブルーパンサーと熱戦を繰り広げたことで一気に若手では姉弟子である鈴元千夏に次ぐ実力者に躍り出た萩原さくらであった……。

「はぁ……っ……はぁ……っ……」
 試合が始まってもう十数分が経ち、満身創痍でリングに立ちすくすさくら。
「なんだ、この程度か……!」
 体格差以上に両者の実力には開きがあった。
 さくらの打撃技をその鎧の様な筋肉ではじき返すと、自慢のパワーによる暴虐に圧倒され徐々に一方的なペースとなりつつあった。
 会場内に響き渡る重い打撃音とさくらの悲鳴……。
 そのたびに会場内がどよめき、静まり返った。

「きゃあっ!」
 さくらの打撃技や飛び技を全く寄せ付けないイーヴルは、剛腕のラリアットでマットの上にさくらを叩きつけると、後頭部をマットに叩きつけられたショックで意識の飛んださくらの両脚を捕まえ抱え上げバスターで再度マットへと叩きつける。
 ぐったりとしたまま意識のないさくらをイーヴルの文字通りの必殺技ともいえる胴締めスリーパーできつく締め上げ始めた。

「おい! もう落ちてるぞ!放せ!」
「うるせぇよ……」
「っ!?」
 血相を変えて制止しようとするレフリーを、目を血走らせたイーヴルが胸元を肘打ちで倒してしまったのを見て、萌そして千夏、美咲が堪らずにリングへと乱入すると、さすがにイーヴルと言えどレスラー3人相手にはかなわずようやくさくらから引き剥がされた。
「はぁ……はぁ……っ、こいつ……!」
「さくら先輩っ……!」
 千夏と美咲がイーヴルを押さえている間に、ぐったりと倒れ込んだままのさくらに駆け寄ったのは萌だった。

「さくら先輩!しっかりして、目を開けてください!」
 マットに横たわったままぐったりと動かないさくらにそう涙目で呼びかけるさくら。
 それを見て、異変に気付いた美咲も2人の元へと寄ると、何かに気づいたのか平静を装っていた顔に焦りが浮かんだ。

「大変……。さくら、息をしていないわ」
「えっ……、そんな……?」
 途端に頭が真っ白になり呆然と、思わず目元に涙すら浮かべだした萌をさくらの元からよけさせると美咲は心臓マッサージと人工呼吸を始めた。
 その様子を固唾を飲んで観客たちが見守っている。

「……かはっ!……げほっ……ごほっ……!」
「さくら……!」
「さくら先輩……!」

 懸命な救命措置の甲斐あってか、何とか息を吹き返したさくらを見て、美咲たちの顔にひとまずの安堵感が浮かんだ。 
 
「……萌、さくらをお願い」
「美咲さん……!?」
 美咲はようやく息を吹き返したさくらを萌を委ねると、マイクを取った。

「ここまでやるなんて……! どういう事かしら?イーヴル雅」
「ふんっ、アイドル崩れの雑魚にお前たちよりなんかよりもずっとプロレスの厳しさを教えてやっただけだよ!」
 そう悪びれずに答える雅に対し、美咲は冷静さを崩してはいないが、明らかに怒気を含んでいるのが目に取れた。
「プロレス……? あなたのそれが? ただ相手を潰すまで痛めつけているだけじゃない!」
「だったらなんだったんだ!へっぽこアイドルレスラーの師匠さんよぉ!」
「あなただけは許せない……! いや、許しておくわけには行かないわね。 この豊田美咲、いやベルセルクの名にかけても……!」
「ほぉ……!」

「豊田美咲、イーヴル雅に対し宣戦を布告するわ……っ! あなたに真のプロレスというものを教えてあげる……」
「真のプロレス……ねぇ……、それこそ同じくアイドル崩れのお前にそっくりそのまま返してやるぜ、怖気付いて逃げるなよ……!」
 そう言い残すと、イーヴルはふてぶてしい様子でリングを降りていく。
 入れ違いに入ってきた救急隊の担架にさくらは乗せられると、会場から運びだされるさくら。
 その傍らに寄り添ったのは萌や千夏、そして美咲であった……。


「一部始終、会場でも見たけど大変なことになったわね……。美咲」
 イーヴルとの因縁の一線を数日後に控え、美咲は同期でもあり今はプロレス記者として活躍している藤下早苗との単独インタービューに臨んでいた。

「それで、さくらの方はどうなの?」
「えぇ……」

 その言葉に美咲の表情が曇った。
 あの試合から数時間後ようやく病院のベッドの上で意識を回復したさくら。
 身体的なダメージは癒えたものの、あの試合でイーヴルによって絞め殺されかけたという恐怖はさくらにとってトラウマとなり。あの試合以来リングにすら上がれない状態の事実上の無期限休養状態となっていた。

「ようやくスパーリングには出れるようになって私や千夏、萌たちでリングに戻れるように頑張ってはいるのだけど……」

「く……くるし……たすけ……美咲さん、放し……」
 連日のように続くトラウマ克服のためのスパーリング。
 リングの上でさくらの肢体をがっちりと拘束し胴締めスリーパーで締め上げる美咲。
「だめよ、さくら……これはあなたにとって克服しなければならない試練……耐えるのよ……」
「でも……」
 そう言って、美咲の身体をぺちぺちと叩きタップをアピールするさくら。
「ギブアップなんて…‥ないわよ……さぁ、ここからどうやって抜け出すか考えるのよ……」
「い、いやぁ……」

「あぁ……ぁ……」
 更に美咲がスリーパーを強めた瞬間、意識が遠のき、全身が弛緩していくさくら。
 リングの上には失禁で出来た水たまりがじわじわと広がっていった。
「美咲さん、さくらが……」
「……」
 セコンドの千夏の言葉で美咲はようやくさくらを解いた時には、さくらは失神していていた。
「千夏、タオルと雑巾を持ってきて……」
 そう言って、ぐったりとしたままのさくらを見下ろす。
(さくらにここまでの恐怖感を植え付けるなんて……イーヴル雅、あなただけは許しておけないわ……)

「さくら自身の闘志は折れていないようだからこうやって特訓を続けているんだけど逆エビ固めの時以上に 今回のは深刻ね……、私だけではなく関節技の事だから朱里にも声かけて何とか復帰できるようにはしていきたいんだけど……」
「そう……なかなか大変ね」

「香苗、あなたのようなレスラーをまた見たくはないの」
 あの時、美咲の脳裏によぎったのは同期であった早苗が引退することになった試合中の怪我の事だった。

「だから、イーヴルに挑戦状を叩きつけたって訳ね」
「えぇ、だから負けられないの。このベルセルクを荒らすような者にスーパーヘビーとして見過ごせないわ……」

3

 試合当日。

 会場は大入りで立ち席が出るほどの盛況だった。
 この数週間の間にも、イーヴルの暴虐ぶりは世間に轟き渡っており、皆の関心は日本を代表するトップヘビーの一人である豊田美咲とそのイーヴル雅の取りの一番に集まっていた。

「美咲さん、そろそろ時間です」
「えぇ、わかったわ……」
 そう言うとぴしゃりと頬を叩くと、ガウン代わりのドレスの様なコスチュームを胸元が大きく開いたピンク色のリンコスの上から羽織るとリングへと向かった。

「赤コーナー。われらがチャンピオン豊田美咲!!」
 湧き上がる歓声にこたえるように、手を振る美咲。


 180僖ーバーの雅と、162僂糧咲。

 見下ろすような雅の目線と対峙してみると、雅のがっちりとした体格もあって圧倒的なほどにも感じられた。

「美咲さん……」
 思わず、不安そうな表情を浮かべるセコンドに座るさくらに対し、美咲はふふっと大丈夫とばかりに視線を送った。

「ふぅん……随分と侮ってくれているようじゃねぇか。お前もズタズタに壊してやるよ……っ!」
「舐めないことね、この豊田美咲を……!」

「まぁ、いい……。さっさと壊してやるぜ!」

「行くわよ……!」
ゴングが鳴るや、さっそく飛び出したのは美咲だった。

「はっ……! たあぁぁ!」

 美咲は軽いステップから飛び上がると雅の胸元へドロップキックを叩き込む。だが、これぐらい何ともないとばかりに雅は余裕の笑みを浮かべた。
「なんだ、この程度かっ!」
「それはどうかしらね」
 そう言うとさっと立ち上がった美咲はさらに駆け出すとロープで勢いをつけヒップアタックを雅めがけて見舞う。
「はぁ……っ!」

「美咲、序盤から飛ばしていく! 自慢の機動力でイーヴルを翻弄していこうというのかー!」
 思わず速攻に思わず膝を屈した雅に美咲から背後から組み付くとコブラツイストを仕掛けた。

「んんっ……!」
「こんなコブラツイストくらい……、おらよっ!」
「うぷ……っ!」
 コブラツイストが緩み、思わずその場に倒れ込む美咲。
 イーヴルは背後の美咲の鳩尾めがけて肘打ちを見舞ったのであった。

「はぁ……はぁ……」

「くっ……!」

 くの字に折れ曲がる美咲の肢体。そして、背後に尻もちをつくように美咲は崩れ落ちる。
 頭部が揺さぶられるような衝撃を受け、その場に倒れこむ美咲へ更に雅は腹部を踏みつけた。
「うぐ……ッ……!」 

「うあぁ……っ!」
 そのままぐりぐりと美咲の腹筋を踏みつけていく雅。

「ふんっ、ベルセルクのトップオブヘビーも口だけか!もうギブしちまうか?」
「ノ、ノォー……! このくらい……!」
「なら、どこまで耐えられるか確かめてやるよ……!」

「イーヴル、倒れたままの豊田を抱え上げた! 何をする気だ!」

 イーブルの肩にかけられ、ぐたっともたれたままの美咲の上半身。そして……。
「お前はあの弟子とは違って頑丈そうだから、気に入ったぜ。 壊しがいがあるってもんだ」
 そう言って得意げに片肩に乗せたまま、獲物である美咲の尻を軽くひとなでしてみせるとそのままコーナーへと向かった。

「イーヴル、コーナーによじ登る! まだ豊田は起き上がれない……! これは……!」
「おらよっ!」

 コーナーの上に上り、雄叫びのような声をあげるやイーヴルは美咲をコーナーの上からマットの上へと思いっきり投げ落とした。
 「……あぁっ……!」
 激しい音と共にマットの上に背中から叩きつけられ美咲の肢体がびくっと跳ね、そして転がった。

「はぁ……っ……はぁ……!」
「これで終わりじゃねぇぞ、まだまだ行くぜ!」
 そう言うと、イーヴルは腕を美咲の腹筋へと伸ばし……。

「ア……ッ……!アァ……ッ……!」
 強烈なストマックホールドで美咲の腹筋が痛めつけられ、えづき混じりの悲鳴が轟く。

「ウゥ……ッ……!はぁ……!はぁ……!」

「おっと今度は雅、豊田を高々と抱えあげた!これはまさか……!」

「あぁっ……!」
「雅の渾身のアルゼンチンバックブリーカーだ!この猛攻、どこまで続くのかー!」

 リングの中央で見せつけるように極め上げられる美咲の肢体。そのまま悠然の雅は抱え上げたまま、追い討ちとばかりに叩き落とした。

「高々と抱え上げられてからのドライバー、豊田頭からリングに突き刺さる……!」
「はぁ……はぁ……」

 リング上に仰向けに横たわる美咲。その端正な顔にイーヴルの踵がグリグリと突き立てられた。

「あああっ!」
「これは容赦無い攻めが続く、美咲どうなってしまうのかー!」

 ようやく、踵がどかされると美咲の額には血が滲んでいた。

「おっと、豊田流血!!」

 その様子に思わず、観客は騒然となった。

「はぁっ……はぁ……」
 リングに仰向けに横たわり、荒々しく胸を上下させる美咲。
 そして、さらに雅は美咲の両脚を掴み引きずり始めるとコーナーへ振り回し、美咲の頭をコーナーに打ち付けた。

「はぁ……、はぁ……!」


「おら、休んでんじゃねぇよ……」
 そして、コーナーの下に蹲ったみさきの髪をぐいっと鷲掴みにして無理やりに起こすと、雅は自慢のラリアットを美咲の上半身へと見舞った。

「くっ……!」
 くの字に折れ曲がる美咲の肢体。そして、背後に尻もちをつくように美咲は崩れ落ちる。
 そして、再び雅は腹部を踏みつけた。
「うぐ……ッ……!」

「うあぁ……っ!」
 そのままぐりぐりと美咲の腹筋を踏みつけていく雅。
「ふんっ、ベルセルクのトップオブヘビーも口だけか!もうギブしちまうか?」
「ノ、ノォー……! ぅ……!」

 そう言って、首を横に振った美咲に対してさらにがっしりと足を置いていこうとする雅。
 だが、美咲も雅の足首のあたりをぐっと掴む。

「はぁあああああ!」
 そのまま、体格差、身長差もものともせず横へと引きずり倒した。

「この……っ!」
「まだまだ、これからよ!」
 立ち上がった美咲はそのままヒップドロップで雅の腹へと飛び込むと、雅の太い太腿を捕まえると締め上げる。
 ぐいぐいとキツイ角度へ極めていく美咲。
 だが、その時だった。

「甘いんだよっ!」
「あんっ!」
 もはや鈍器に等しい雅のエルボーが美咲の後頭部へと叩き込まれた。
 一瞬、気を失いそうになった美咲を体をあっさりと払い除けるとうつ伏せになった美咲の後ろ髪を鷲掴みにし……。

「美咲さんっ!」
 髪を鷲掴みにされたまま、コーナーまで引きずられると頭からたたきつけられたのを見てセコンドのさくら、そして観客からも悲鳴が上がる。
 そして、更にもう一回美咲をコーナーに叩きつける。

 2度目のコーナーへの激突。
 再び激しい衝突音と共に美咲の身体はコーナーの下にどさっと崩れ落ちた。
「うぅ……っ……!」


 ゆっくりと歩みよってくるイーヴルの足元で頭を思わず押さえ、痛みに顔を歪める美咲を無理やりに抱き起こすと、今度は得意のベアバッグで美咲を締め上げ出した。

実況「今度はベアバッグ! 流石の豊田も雅の豪腕に締め上げられ、これは厳しいかぁ!」

「あっ……んッ…!」
「オラオラ、どうした?」
 苦痛に顔を歪めもがく美咲をちょうど見下ろすイーヴルは強く抱き締めながら左右に振り出した。

「んっ……!こ、このくらい……っ……!」
 苦しげに脚をじたばたと動かす美咲に対し、イーヴルは更に強く締め付けていった。

「あっ……!」
「このまま圧し潰してやるよっ!」

「ァ……ッ……!」
 口元から苦しげな悲鳴が漏れた。

「お……っ……、うぅ……っ……」
「これで終わりか?」
「ノ、ノォ……」
 そう言って首を横に振る美咲をイーヴルはふんっと放り捨てると、リングにどさっと転がる美咲を無理やりに引っ立てた。
「はぁ……はぁ……」
「なら、今度は……」
 そう言って、そのまま美咲をロープへと連れだすと、ぐいっとセコンドのさくらの目の前へ見せつけるように引きずりまわす。そして、グイッとロープの隙間に美咲を突っ込んで見せた。

「はぁ……はぁ……っ!」
 荒々しい吐息を漏らす美咲はロープから上半身を突き出された姿を晒し、まるでギロチン台に立たされたような姿であった。
「美咲さん……」

「お前の弟子にもよく見てもらいな、お前が逝くところをよぉ!」
 その無情の宣告と同時に美咲を場外に……いや、振り落とさずそのまま首に腕をガッチリと組ませると美咲を吊り上げようとする。

「ぁ……っ……!」

「美咲さんっ……!」
「美咲先輩!」

「ぐぇ……っ、うぐっ……」
 苦しげな表情でリング上から吊られ、更に揺さぶられる美咲。

「さすがにすましてもいられないようだな……豊田美咲!」
「このっ……離しなさい……っ……」
 美咲を見下ろしながら、狂気に満ちた笑みを浮かべるイーヴル。

「ふんっ!だったら……!」
 そう言って首締めを解くと、リング下に美咲を放り捨てると、コーナーロープを跨ぎ飛び上がり……。

「美咲さん、あぶな……!」
「……!?」
リング下に放り捨てられ、うつぶせに転がる美咲がさくらの声に振り返ろうとした瞬間。

「うぐ……っ……!」
 美咲の肢体にイーヴルの巨体が飛び乗ってきた。
たまらず、その下に美咲は敷き潰されてしまった。

「げほっ……げほっ……」

「これで終わりだよ……!」
 イーヴルがそう言うと蹲ったままの美咲に背中から組み付くとそのまま強引にひっくり返し、そして繰り出したのはあの胴締めスリーパーだった。

「美咲さん……」
「このまま弟子の前で絞め殺されてみるか……!」
「ふんっ、これくらい耐え……あぁ……っ……」
「この前よりもずっと強烈なの行くからな……!」
「あっ……あぁ……!」

 何とか身体を振りよじり抵抗する美咲。
 だが、絡みつくイーブルの四肢がどんどんときつく極まっていく。

「なんだ……! どうした? おい……!」
 そう言ってさらに締め上げを強めていこうとするイーヴル。
 徐々に時間が経過していき、イーヴルの太腿と腕で胴体そして首がぎっちりと締まりまるでへし折られそうなほどになり美咲の顔が徐々に生気を失っていきそうになる。

「美咲さん……」
 このままだと美咲さんが……、そう心配するさくらに美咲が目線を送ってきた。
(さくら……、見てなさい……!)
「う……ぅ……! たぁああああああ!」
 美咲は力を振り絞り、イーヴルの拘束を引きちぎるように横に転がる。


「おぉっと! ここでようやく豊田が抜け出したー!」
「チクショウ! 逃すか!」

 イーヴルの拘束をなんとか振りほどき抜け出し、リングに戻ろうとする美咲を追おうとするイーヴル。そこに美咲が反転し。

 「とぉっ!」
 イーヴルの顔面目掛けてのドロップキックを見舞う美咲。

「クソッ!」
「まだまだよ、もう一発……! やぁあああああ……!」
 うぅ……っと唸らせながら再びリングへと登ろうとした所に、ロープで充分に勢いをつけた美咲の2度目のドロップキックからの空中跳び膝蹴りが狂獣へと炸裂した。
「くっ……!」

「思い知るのはそっちの方って言ったわよね」
 そう言うと、美咲の反撃に沸き立つ観衆に応えてみせる。

「テメェ! ここで沈めてやらぁ!!」
 思わぬ美咲からの二回続けての反撃に対し、イーヴルはリングへと戻るや美咲目掛けて再びラリアットを見舞おうと突進してきた。

「そうやすやすと二回も食らってはあげないわよ……!」
「!?」

 そう言うと腰を落としイーヴルのラリアットをかわした美咲は背後を取ると。
「捕まえたわ……」
「っ……!?」

「オラァ!! 放しやが……」
「さぁ、行くわよ……!」
 そのままガッチリと背後でイーヴルの腕を腕を捕まえた美咲の顔に二ヤリと笑みがうかび、そして……

「美咲さん!」
「うりゃああああっ!」

「ここで一気に畳み掛けてきたー! 必殺のミサキスペシャル!!」
 思いっきり頭からリングに叩きつけられたイーヴル。
 それを見て、更に美咲はコーナーによじ登ると、倒れたままのイーヴルを見下ろした。

「追い討ちに美咲飛んだー!」
(体重差……体格差……でも、この高さと勢いなら……っ!)

「畜生……、やらせ……!」

バァン!!

 イーヴルが自らへと飛び込んでくる美咲めがけて膝を立てるよりも早く、激しい衝撃音と共にイーヴルの巨体に美咲のしなやかな身体のボディプレスが覆い被さった。

「雅、間にあわない! 美咲のムーンサルトプレス決まったー!!」
 そのまま一気にすかさず美咲は雅をフォールする。

「さぁ、ここで美咲!! これで仕留められるかー……!」

「はぁ……!はあ……っ!(仕留められるか……じゃない。仕留めるのよ、でないと……)」
 こちらがやられる。やられるではない殺られるだ……。

「うぅ……っ!」
「ふぅ……!ふう……!」

 なおも抵抗して見せようとするイーヴルをがっちりと全体でホールドし、抑え込む美咲。
 そこにようやくレフリーが入りカウントが始まった。

1……2……

「お願い、美咲さん……」
 セコンドのさくらも祈るようにリングを見つめる。

3……ッ……!

 その声ともにゴングが鳴り、歓声が沸き上がるとようやく美咲は雅からふうと立ち上がると観客に向けて勝ち名乗りを上げた。

 勝者と敗者。
 あくまでリングの勝負として決めた美咲に対し、雅は……。

「まだ、終わってねぇよ!」

「美咲さん! 後ろ!」
「!?」

 美咲が振り返った瞬間。そこには折り畳みのパイプ椅子を振り上げ、美咲の後頭部めがけ振り下ろす雅の姿があった。
 そして、全くの不意打ちを食らった美咲の意識はそこで途絶えた。

「美咲さん……!美咲さん……!」

4


「どうだった、俺の演出は? なかなかだっただろ?」
「えぇ、ちょうどネットの生放送で見ていたところですわ」

「にしても、いかがだったかしら、私の用意した相手は?」
「あぁ、最高だったよ。南美が用意した地下紛いのインディー団体のレスラーをねじ込むのには少し手間がかかったが、頼んだ通りの役割をしてくれたよ」
「それは良かったですわ。では、私もそろそろ動かせて戴きますわ」

「あぁ、南美。今度会うときは日本でだな」

「えぇ、あのアイドル崩れとそのお仲間ではなく、日本の女子プロレス界のトップは名実共に私だという事を証明して見せますわ……」

数日後

「具合はどう?美咲」
「えぇ、おかげさまでなんとも無いわ。これくらいレスラーにはつきものよ」
「そう、良かったわ」
 試合直後、雅に襲われ一時的に気を失った美咲であったが幸いにも大事には至らなかった。
 ただ、試合でのダメージも含めて傷だらけになったこともあり、再び怪我人へと逆戻りしていた。

「それで、今日はこの前し損なった勝利者単独インタービューってところかしら」
「えぇ」

「そうね……、とりあえず言わせてもらうとすればイーヴルは随分とジャッカルを意識しているようだけど、力だけではこの弟子でもある私にすら勝てないってのは思い知ったんじゃ無いかしら。 それに、終わった後で背後から襲うなんてね……」

「なるほど……、にしても、あの行動本当に雅の行動だけなのかしら?」
「どういうことかしら?」
「試合結果にかかわらず、美咲を再度欠場させる……そんな意図がなんて……」

「まさか」
「まぁ、これはちょっと穿った見方だけどね……」

「ちょっと、気になることもあるし……」
「それもあるけど……美咲に知らせておきたいことがあってね」
「これは……南美!」

 そう言いながら、香苗が美咲にタブレットを手渡すと美咲は思わず驚きの声を上げた。

「えぇ、戻ってくるみたいね……」

 タブレットの画面には「さくら、本格的練習再開」といった記事もあったが、それ以上に大きな見出しで出ていたのは「GWL鈴香南美、古巣ベルセルクに宣戦布告!」という記事であった。
(南美……戻ってくるのね)

 絶対王者美咲の再度の欠場と、南美のベルセルク復帰。
 それはやがて団体を巻き込み、さらに大きなうねりとなっていくのであった。

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