おうじょのあい

 なんと、ローラ姫は処女だった!
 考えてみれば姫は王宮育ちである。処女であることはしごく当然のことなのだが、
ローラ姫の半ば強引ともいえるアプローチで閨を共にする事になった青年には、そ
れがすこし意外に思えたのだ。
 しかし、そんな青年もローラ姫が破瓜の痛みにほほを濡らしながらも健気にほほ
えんで、
「ああ、ローラは幸せ者です。洞窟で初めて勇者さまのお顔を見たときから、私が
添いとげるのはこの人しかいないと決めておりました。今、その願いがかなってこ
れほど嬉しいことはありません」
 彼にそう告げた時には、さすがに胸にグッと来たものだった。
 先にまちうけている地獄――青年にとっては、である。姫の見解はすこしばかり
違っていたであろうが――を知っていれば、とてもそんな暢気に構えていることは
できなかったであろう……。
 破瓜の痛みを乗りこえたローラ姫は底なしだった。
 いつ終わるとも知れぬ戦いに、さしもの破竜の青年も疲れ果ててしまった。
「あの、ローラ様。大変申し上げにくいのですが、ぼくは少し疲れました。できれ
ば少し休ませて頂きたいのですが……」
「まあ、私ったら。戦いでお疲れの勇者様をいたわりもせず、ご無理をさせてしま
って。申し訳ありません」
「いえ、そんな、わかって頂ければ……」
「じゃあ、今度は私が上になりますわ、勇者様は横になってお休みになっていてく
ださい」
「へ!? い、いや、あの……そういう事では……ぼくが言いたいのはそろそろ寝
……!」
 ずぶり。
「ああっ、勇者さまぁ〜」
「うわあぁぁぁ」
 万事この調子である。
 まるで乾ききった砂漠のようだ。十五回目の放出を終えて、やつれきった青年は
思った。
 恵みの雨をどれだけ降らそうとも、その水を即座に飲みこんでしまい、未来永劫
土地が潤うことはありえない。そんな恐ろしいまでの貪欲さを、青年はローラ姫の
中に見たのである。
 ――結局。
 その日、青年を救ったのは、彼が温泉の近くでひろった不思議な笛だった。ロー
ラ姫の要望で、とても人には言えない笛の使い方をしているときに、青年は偶然そ
の秘められた魔力を呼びおこしてしまった。
 寝室に笛の音が鳴り響いたとたん、先ほどまで疲れというものを知らないのでは
ないかと疑いたくなるほどの体力を見せつけていたローラ姫が、ぱたんとベッドの
中に倒れて眠ってしまったのだ。

 青年は不思議に思いながらも安堵の溜息を漏らした。ようやくこの甘美きわまる
拷問から解放されたからだ。
 正直、ドラゴンよりよほど強敵だった。
「ゆうべはお楽しみでしたね」
 翌朝、でっぷりと肥えた宿の親父に昨夜のことを冷やかされた時、姫は、まあ、
と恥ずかしげに頬を染めたが、青年はなかば本気で宿の親父に殺意をおぼえたほど
だ。
 村を出てすぐにキメラの翼を使った。疲れてはいたが、姫をつれてゆっくり旅を
する気にはなれなかった。むしろ、姫を連れていると数日中に衰弱死はまぬがれえ
ないのではないか?
 姫を引き渡して、すぐに旅を再開しよう!
 姫を両腕に抱えたまま、青年の心は一人旅を始めた。
 いま思えば、貧弱な装備で苦戦続きだった冒険初期さえも、とても楽しかった気
がする。素晴らしき哉、自由!
 もう竜王とかどうでもいいから、とにかくどっか遠くの街で暮らすなんてのもア
リではないだろうか? 噂に聴く城塞都市メルキド辺りで店を手に入れて、街を巡
って手に入れたものを売る商売なんて儲かるに違いない。
「おお、勇者よ!」
 彼の甘い妄想は、王様の一声で打ち切られた。
 いつの間にか、そこは王の間だった。
「よくぞ姫を助け出してくれた。こころから礼を言うぞ。さあ、ローラ私の隣へ」
「待ってください。ローラは勇者様に贈り物をしとうございます。勇者さまを愛す
る私の心、どうか受けとってくださいませ。ああ、たとえ離れていてもローラはい
つも貴方と共にあります。では勇者さま……これを」
「へ……?」
 王女が差し出したのは、三角形の鉄板と鎖の束で構成された妙な物体だった。そ
れを近習の衛兵がうやうやしく手にとり、熟練した動きで青年の腰に装着してゆく。
(これは何だろう?)
 青年は微妙な予感/嫌な予感に襲われながらも、おとなしくされるがままになっ
ていた。
「ほほう、かわいい王女に愛されて幸せ者よのう。羨ましいぞ、婿ど……あーいや、
ゲフン、ゲフン」
 わざとらしく咳払いをするラルス16世。
(……婿? 今、婿っておっしゃった? この人)
「まあ、お父さまったら。まだほんのちょっぴり気が早いですわ」
 言いながらローラ姫は含羞むように頬を染める。それは、約束された幸福な未来
を思い描く娘たちが浮かべる類の表情ではないだろうか……。
(え、ちょ、ちょっと待って! 婿ってぼくの事? それって、もう確定事項なの?
 じゃあ、いま着けてもらってるこれって一体……!?)
 いまや嫌な予感のボルテージは最高潮に達していた。たまらずに青年は訊ねる。
「あ、あのう。ぼくが今着けていただいているこれは一体なんなのでしょう?」
 王様と王女は不思議なモノでも見るかのように青年を見ると、お互いに顔を見合
わせ、ニタリと笑った――ように見えた。
 背筋に悪寒が走る。
 王女は、青年の方を振りむいて優しくほほえんだ。
「勇者さま、それは祝福された愛の貞操帯ですわ」
(て、貞、操、帯……)
 ガシャン。
 その時、腰の辺りで施錠の音が鳴り響き、青年の耳の奥でデロデロという例のフ
ァンファーレがこだました。

 *

「捨てられない、外せない。はあ……」
 溜息まじりに旅を続ける青年の股間から、今日もローラ姫の声が聞こえる。
「勇者さまをローラはおしたいもうしております。私のいるお城は北に0、東に…
…」
 もう逃げられない……。
 囚われた王女を助け出した代わりに、彼は自分が囚われた事を悟った。

(了)
2008年12月27日(土) 19:43:18 Modified by test66test




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