アルス×マリベル ◆YFkdxoQG22

 世界は平和になった。
 千々に引き裂かれていた大地は在るべき姿を取り戻し、たったひとつ孤島だったグランエスター
ドはその新たな世界で結構名の知れた島になった。その魔王が課した封印を解いた、勇者たちの住
まう島として。
 とはいえその勇者たちの内ふたりが生まれ、彼らの幼馴染の王子がかつてちょくちょく遊びに来
ていた漁村フィッシュベルには、天地がひっくりかえるような変遷が起こったわけではない。
 あれから二年が過ぎた今でも、漁の時期が来れば盛り上がり船はいつものように沖へ出て、豊か
な海の恵みを受けて帰ってくる。時折他の大陸や島から船がやってくることはあるものの、基本的
には以前と変わらぬのどかな故郷。魔王の手から世界を守ったアルスとマリベルにとって、生まれ
育ったその場所はやはり今も昔も変わらず、其のような姿をしていた。

 むしろあの戦いを経て、一番変わったのはアルスだと、マリベルはそう考えている。
 ボケっとしてるようでちゃんと色々考えてる、でもやっぱり鈍くさい。マリベルにとってそんな
幼馴染だったアルスは、親友キーファとの別離や多くの仲間との出会い、命を賭けた闘いの中で急
速に成長したように思えた。
 男子三日会わざればというがその通りで、幼さの抜けた少年は、戦いを終えるころには既に「青
年」と呼ぶに相応しい一人の男になっていた。

 昨年から漁に同行することを父ボルカノに許されたのは「世界を救った英雄だから」ではなく、
アルスのそんな精神的な成長を読み取っての事なのだろう。あの屈強な漁師は、そういう男なのだ。

「……はぁ」

 小さなヘアバンドを指先で弄りながら、頬杖をつき窓の外を見るマリベルはため息をひとつ。
 視線の先の波止場に、昨日帰って来たばかりの漁船が穏やかに波に揺れていた。獲ってきた魚引
き上げはもう終わっており、ちょうど漁に使った網や船内の備品を運び出しているところだ。見知
った顔の男たちが荷物を抱えながら汗を垂らして動き回っている。
 余った食糧を樽に詰めて肩に乗せる、アルスの背中もそこにあった。ぎっしり中身が詰まった大
人でも持てない樽をふたつ、みっつひょいひょいと運んでいく。誰も驚かないのは去年見ていたか
らだ。それでもアルス独りに任せず、笑い合いながら皆で手分けしているのはこの村のいいところ。

 妙に嬉しい。

 魔物と戦いというのは単に腕力だけでなく、知略と勇敢が伴わなければ到底乗り越えられぬもの
であるが、彼の場合は他の仲間より、肉体的な強さが抜きん出ていた。魔王の放つ閃光のような火
炎を仁王立ちに受け止め、傷が癒える前に逆に会心の剣撃を叩き込んだ姿は今も印象に深い。
 その力がこうして、戦い以外の場で静かに役立っているのを見ると、やはりアルスにはこの穏や
かな時間が似合うなとなんだか微笑ましくなる。

 だが同時に、もっと派手にやりなさいよと、自分の事でもないのに変なプライドが騒ぎ立てる。

 思わず口走る。

「このマリベル様の…………ぅ」

 勝手に出た言葉を飲み込んで、視線を窓から外した。
 思い出した内容が内容だ。一か月も前のことなのだがその記憶は今まで見た何よりも鮮烈で、顔
面がぽかぽかと熱を帯びるのが自分でもよく分かる。
 胸に手を当てて、呼吸を深く。

 吸って、吐く。

 ――少しすると熱が引く。再び目をやると、アルスの姿はそこにはなかった。

 おそらく教会だろう。あそこに運ぶ魚が最後だと聞いている。視点を移し焦点をズラすと、わざ
わざ表に出てきた神父様が樽を受け取っていた。アルスも後から出てきたシスターもごろごろと転
がして、仲良く教会の中へ持って行く。

「……地味なやつ」

 そうだ。もっとハデにやればいいものを。何せ、なにせアルスは、

 このまりべるさまのふぁーすときすをもってったおとこなんだから。
2008年12月27日(土) 19:49:23 Modified by test66test




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