イザ女主

守護天使見習いのナインは、師匠であるイザヤールと共に、
イザヤールの守護するウォルロ村へと来ていた。
師匠のイザヤールについて、困っている人間達を手助けするためだ。

ナインが人間界に来るのは今日で数回目。
少しは慣れてきたが、やはりまだまだ目新しい光景が多く
きょろきょろと当たりを見渡しながら、師匠の後をついていくナインだった。

「全く…、そんなにきょろきょろしていては、ぶつかってケガをしてしまうぞ。」

「あっ!すいません。」

イザヤールに注意を受け、しゅんとうなだれるナイン。
そんなナインの様子を見て、イザヤールは苦笑を浮かべた。

「いずれお前にはこの村の守護天使を任せる時が来るだろう。
だが、この様子ではまだまだ人間界のことを教えないといけないようだな。」

「は、はいっ!私、この村の皆さんに幸せをもたらせるようにがんばります!
イザヤール様、ご指導よろしくお願いします。」

イザヤールの厳しい言葉にも堪えた様子もなく、ナインは意気込んでみせる。
そして、イザヤールもまたその様子に満足げに頷く。

「その意気だ、ナイン。
…しかし、もう夜も更けてきた。今日のところは天使界へと戻るぞ。」

「はい!……ん?…あっ、ちょっと待っててください!」

勢いよく返事をしたかと思うと何かに気づいた様子のナイン。

「どうした?ナイン」

「すぐ戻ります〜!」

そういい残し、ナインは村はずれの一軒家へと飛んでいった。

「確か、この家からだったよね。」

中の様子をうかがうようにナインは一軒家の周りを飛んでいる。
先ほど、ナインの耳にかすかにだが女性の悲鳴のようなものが聞こえてきたのだ。

『んっ…、んっ……』

「……!やっぱり!」

確かに家の中から声が聞こえてくる。

「見ていてくださいお師匠様!
私1人でもちゃんと村の人間を助けることが出来るって証明して見せますから!!」

意気揚々と家の中へと入っていくナインだった。


「この部屋ね…。」

部屋は真っ暗な寝室。
ここから時折切ないような悲しそうな女性の声が聞こえるのだ。
天使の姿は人間には見えないとわかっているが、心持ち緊張しながら部屋に入る。

「……!!??」

寝室の入口で突っ立っているナインを見つけ、イザヤールはほっとした表情を浮かべる。

「ナイン、こんなところにいたのか。」

「あっ、イザヤール様。
あの、私…女の人の悲鳴が聞こえて…急いで向かったのですが…。」

聞きなれた声に、ナインは振り返り、現状をイザヤールへと報告する。

「ここか。一体何が………!!?」

イザヤールの目に飛び込んできたのは、若い夫婦の夜の営みの光景だった。

『あっ、あっ…。あなたっ…あなたっ…!私もう…ダメっ……!あんんっっ!!』

確かに女性が悲鳴に近い声を上げてはいるが、これはどう見てもお楽しみ中である。

「イザヤール様。この女の人はどうしてしまったんですか?
私はどうやったらこの人を助けることができるのでしょうか??」

お楽しみ中の夫婦と、イザヤールの顔を交互に見ながら、ナインは問いかけた。

天使界にも性別というものや男女の契りというものは存在しているが、
ナインはまだ何も教えられてないのだ。
知らないが故、ナインの表情にまずい場面を見てしまったという罪悪感は一切無く、
純粋にイザヤールへと問いかける。

当然教える立場にあるのは師匠であるイザヤールである。

「…やはり私が教えねばならないのか……。それが師匠の務め…いや、…しかしナインにはまだ…」

眉間にしわをよせ、イザヤールは暴走気味な独り言をつぶやいている。

「第一、どう教えろというのだ?……実地で…?いやいや、それはまずいだろう……しかし、実地か……」

ナインに手取り足取り男女の営みを教える…、
師匠としての重すぎる責任感からか、イザヤールはそんな場面をついシミュレートしてしまう。

「イザヤール様…?」

小首をかしげ、心配そうにナインがイザヤールの顔を覗き込む。

「何でもない!何でもないぞ、ナイン。」

ナインの声に妄想から現実へと引き戻され、
イザヤールはあわてて、いつもの厳しい表情を浮かべその場を取り繕う。

「と、ともかくだ!この人間は困っているわけではない!」

「えっ?…でも…」

「あまりそのようにしげしげと眺めるんじゃないっ!こっちが恥ずかしくなるだろう!ほら、天使界に帰るぞ!」

「わわっ」

尚も夫婦の様子を心配そうに見るナインを強引に抱えると、イザヤールは天使界へと戻っていった。

―明日は、人間界での訓練は休んで保健体育の授業にせねば…

そんなことを考える堅物師匠であった。
2010年02月05日(金) 23:25:30 Modified by khiromax




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