多人数で神話を創る試み『ゆらぎの神話』の、徹底した用語解説を主眼に置いて作成します。蒐集に於いて一番えげつないサイトです。

物語り

記述

メクセトと魔女 5章(1)

――5
 かくしてメクセトという男についての伝承は終わりを告げる。
 全ての伝承には終わりがあり、歴史にも区切りという名の終わりがある。
 だが、伝承と歴史の違いは、そこに語られてこそいないものの、時代と時代を繋ぐ事実という名の物語が確実に存在するということである。
 その事実を、歴史はいつの日にか語られることを待つかのように紡ぎ続ける。
 伝承を作り上げるのは、いつの世も人。
 だから、これも、歴史に紡がれた一つの語られざる物語である。
 
 
 『星見の塔』という名に相応しく、そのドーム状の天上部分の真上には、満天の星空が広がっていた。
 その星空にたゆたっているような錯覚に身を任せながら、「それで、ムランカはどうしている?」とヘリステラは傍らに立つダーシェンカに聞いた。
「【虚空の間?】に幽閉中です。元に戻るにはしばらく時間がかかるとの見通しです」
「しばらく……か?」
 「はい」とダーシェンカはヘリステラの言葉に答えて言う。
「一週間なのか、一月なのか、それとも一年か……何にせよ、いかにその場にいるだけで魔力を急激に消耗する部屋とは言え、あれだけの魔力を無にするには時間がかかります」
「いくら我々が『キュトスの魔女』とは言え、大丈夫なのか?」
 「多少の後遺症は残るかもしれません」と落ち着いた口調でダーシェンカは言う。
「しかし、あの子が召喚しようとしたものを考えますと……」
「世界を具現化している『力』の一部か」ヘリステラは溜息を吐く。「具現化できるということは破壊できるということ。大事に至らなくてなによりだったよ」
 もしそうなっていればこの星空も、その星空を見る彼女達自身も今頃は既に掻き消されていたことだろう。
 世界は根源の無たる白に還っていたはずなのだ。
「しかし皮肉だな。あれはメクセトがこの星見の塔に攻めて来た時の奥の手だったのだが、よもや自分の妹に使う羽目になろうとはな……」
「えぇ、皮肉な結果です」
 そうして二人は、しばらく星空を見上げ続けた。
「やはり、我々『守護の九姉』の一人が行くべきだったのかね」
 暫くの沈黙の後に、不意にヘリステラが口を開いた。
「そうすれば、勝てない相手と分かれば少なくとも引くという考え方ができたはずだ。しかし、『キュトスの姉妹』として見出されたばかりの彼女にはそれができなかった。いや、そうすることは自分にとって取り返しのつかない何かを失うことだと彼女は勘違いしたのだろうね。『キュトスの姉妹』とは言え、我々は所詮魔女にしか過ぎない。だが、ムランカにとってはそれ以上の意味があったのだろうね」
 そう言ってヘリステラは、ムランカに初めて会った日のことを思い出す。
 土風吹きすさぶ貧しい辺境開拓地、そこで荒野を耕す農奴達。その中の一人、とりわけまだ幼い少女の前に近づくと、手を差し伸べながら彼女は言ったのだ。
「やぁ、我が愛しい妹よ。私は君を迎えに来た」
 その時の彼女が何を思ったのかは知らない。だが、確かなことは、少女は他の農奴達とは違い、目の前に現れた『キュトスの姉妹』に恐れおののくことなく、笑顔すらその顔に浮かべてその手を掴んだのだった。
 それが二人の出会いだった。
「そのムランカについてなのですが……」ヘリステラは表情を曇らせながら、重々しい口調で躊躇いがちに言った。「お姉さま、我々はムランカの『削除』を要請します」

メクセトと魔女 5章(2)

 「『削除』とは穏やかじゃないね」ヘリステラはダーシェンカの言葉に眉を顰めて言った。「まがりなりにも大切な妹だぞ」
「削除が適わないのでしたら、肉体と意識を消去することを要請します」
「……理由を聞こうじゃないか」
 ヘリステラは傍らにある彼女専用の椅子に腰を下ろしながら聞いた。
「彼女は危険だからです。今やただの『キュトスの姉妹』ではありません。世界をいつでも滅ぼせる力を手にしたのです。今回は事なきを得ました。しかし次回同じこと、いえ別の方法で似たような事態があった場合にそれを阻止できるとは限りません」
 確かに彼女の言うとおりで、メクセトよりムランカが引き出した魔法は他にも世界を滅ぼせる力をもつものがあるかもしれないのだ。彼女達には、この3年間、ムランカがメクセトから何を教わったのかについて知る術はなかったのだから。
「君の言うことは分かる。しかしだね……」
「お姉さま、何を躊躇うことがあるのです。もともとムランカ……いえ、今はそう呼ばれているキュトスの欠片にはもともと意思などは存在しないのですよ」
 ダーシェンカは言った。
 彼女の言うとおり、ムランカは元々肉体や意思を持った『キュトスの姉妹』ではない。
「彼女は精神体です。今までは人間以外の生物に潜り込んで、その本能の赴くままに生物の記憶をその精神内に取り込んでいました。しかし、今から10と余年前に人間、ムランカという少女に潜り込み、何の気まぐれを起こしたのか、その意識を自らの主意識としたのです。おかげで我々は存在は知ってこそいましたが接触したことの無い妹と接触して姉妹に取り入れることに成功しました。意識なんて彼女にとって後付の要素にしか過ぎないんです」
 不意に、冷たい夜風が吹いて二人の頬を撫でた。
 ヘリステラは椅子に腰掛けたまま、暫くダーシェンカの顔を見ていたが、やがて「君の言いたいことは分かった」といつものように冷静な口調で口を開いた。
「だが、彼女は『削除』しない。その肉体も意識も『削除』しない」
「どうして……」
 驚き、絶句するダーシェンカに、ヘリステラは「使えない『力』は脅威ではないからだ」と答えた。
「おそらく彼女は二度とあの『力』を使うまい。彼女の中の記憶が、あの男の記憶がそれをさせまい。あれは『女』になってしまったのだから」
 「皮肉なことだ……」とヘリステラは呟き、腰を下ろしていた椅子から立ち上がって再びその視線を星空に戻した。
 彼女の考えが正しければ、メクセトという神を滅ぼそうとした男が……永遠に叛徒として、絶対の『悪』として語り継がれる男が、永遠に、少なくとも彼女達が一に戻るか、消え去るかするまでこの世界を守り続けるのだ。
 ……人間という種が幾億の世代を経て一人産まれるか産まれないかの存在か
 それはどれだけの奇跡なのだろう、と彼女はふと思いをめぐらせる。
 彼女達の頭上で、輝く悠久に輝く星々は地の営みなど大したことではないとばかりに彼女達を照らしていた。

メクセトと魔女 5章(3)

 何もかもが溶けてしまいそうな漆黒の闇の中で、石畳の上に彼女は横たわっていた。
 この部屋で意識を取り戻して長い、長い時間が経っていた。
 特に拘束されていたというわけではないが、虚脱感のあまりに彼女は身動きひとつできないままだった。
「もう、全ては過去のことなのね」
 力なく彼女は呟く。
 これが夢であれば、と思う。
 目を覚ませばメクセトが隣にいて、いつものように寝顔を覗き込んでいて、それに対していつもの強がりを良いながらその腕の温もりを感じることがでいればどれだけ幸せなことだろう?
 だが、もう彼はいない。
 彼女の記憶に、まるで夏の日差しのように鮮烈な思い出を残して去ってしまったのだ。
 目を閉じて耳を澄ませば、今でも彼女の心の中にはあの高笑いが響いている。
「……世界は貴方に手の平を返したのに……」
 彼の最期の言葉が、彼女の記憶の中で蘇る。
 ……最高だ、お前ら!……余はお前らを愛しているぞ!
 あの言葉はきっと本心からの言葉だったのだろう。
 彼はこの世の全てを、例えそれが綺麗なものでも、そうでないものでも、全てを受け入れてそう言ったのだ。
 彼女が破壊しようとしたものですら受け入れたのだ。
 分かった上で全てを愛したのだ。
「ずるいわ……貴方」
 彼女は、じっと両手を見つめた。
 メクセトはもういないのに、その手を握ったその感触だけはその手に残っていた。
「世界を滅ぼせても……滅ぼすことができないじゃない」
 彼女の両の頬を涙が伝って石畳に落ちた。
「あなたが、世界で一番嫌い……」
 自分の体を抱きしめながら、嗚咽混じりの声で彼女は言う。
「でも……世界で一番貴方のことが……」
 全てを無くしたメクセトには、その次の言葉を聞くことはもうできない。
タグ

関連リンク

其の他のリンク

アマゾンアソシエイト

管理人連絡先

amogaataあっとまーくyahoo.co.jp

紹介サイト


メンバーのみ編集できます

メンバー募集!