『ゲド戦記』と自己実現 河合隼雄
＊『人間の深層にひそむもの（河合隼雄）』の中に所収。
＃１
今日は「『ゲド戦記』と自己実現」という題でお話をすることになりましたが、ゲドの物語は自己実現ということ、（これにもいろんな考え方がありますが、）私の勉強してきました、スイスの精神療法家のユングの考えております自己実現ということに非常にぴったりしているように思いました。それで取り上げてみたのです。
＃２
ゲド戦記の著者ル＝グウィンは、やはりユングのことにだいぶ親しんでいるようです。…第一巻の『影との戦い―ゲド戦記�機戮箸いΔ里亙源�どおり影の統合の問題が書いてある。第二巻『こわれた腕環―ゲド戦記�供廚蓮�男性性と女性性の統合の問題である。第三巻の『さいはての島へ―ゲド戦記�掘戮箸いΔ里蓮∪犬隼燹△�よび、自己、ユングは特別にこの自己という概念を大事にするのですが、その自己の問題を書いているように思います。これまたあてはめてみますと、第一巻が青年期、第二巻が中年で、第三巻が老年ということもできると思います。ル＝グウィン自身はこれは人間の成熟について書いたものであって、第二巻は女性の成熟、第三巻は死の問題を書いたといっております。そしておもしろいのは、第三巻がうまく書けなかったが、いちばん好きだというふうにいっております。皆さんは�機↓供↓靴汎匹泙譴討匹譴�好きでしたか。いるんな人に聞いてみましたが、一巻はやはり若い人たちが好きなようです。第二巻は女の子が好き。女の人でも若々しい方、あるいは勇ましい方は第一巻が好きなように思います。第三巻が好きな方はあんまりありませんでした。三巻を好きな方は年配の方に多いようです。ところで、先に示しましたように細かい部分まで、そうとうユングの言葉で説明できるように思うんですが、私はそういうあてはめごっこというのはどうもおもしろくないように思うんです。
＃３
ユングが好きになりますと、どんな本を読んでもユングの言葉でいえるような気がしてきます。たとえば主人公が男性でもう一人男性が出てきた、ア、これは影だっ。女性がでてきたらアニマだ、少年が出てきたら自己だといっていれば全部わかったような気がするのですが、ほんとは何もわかっていないんじゃないかと私は思うのです。たとえば、第一巻で、ヒスイは影だ何ていうとわかったような気がしますが、影ということは一体何かわからないんですから、とんと意味がないんじゃないか。ユングも実はそういうことを非常に嫌っておりまして、ユングの言っている影というのは何かと、弟子たちが集まってユングの前でいろいろ議論しておったら、ユングが業を煮やして、おまえらはわかっていない、影というのは無意識の全体だとどなったというんです。無意識の全体だったら何も影なんていう必要がないと思うんですけど、つまり、名前をつけた本人もどこかで業を煮やしたくなるような、簡単につかまえにくい、そういうものなんですから、これであてはめごっこをやったところで、別にユング的解釈でも何でもないだろうというふうに私は思います。
＃４
ところで、第一巻のほうの『影との戦い』で述べられていることは、影から逃れるのじゃなくて、影と正面から向かい合いなさい。そしてその影というのは自分が見落としてきたこと、自分が蔑んできたこと、自分が排除してきたこと、そういうものの全体だということです。誰もが影を持っています。とくにこのゲドというのはなかなか野心に燃えた少年として描かれていますから、こういう少年が大きい影をもっていたことはよくわかります。そしておもしろいのは一巻のはじめのほうを見ますと、オジオン（＊大魔法使い）のところにいってちょっと魔法ができて喜んでおりますと、ひとりの少女が出てきますね。そして、それだったら死人を呼び出したらどうだと誘惑されます。第一巻にはちょいちょい女性が出てきますね。その女性は、あるときにヒスイ（＊ゲドのライバル）が魔術をやって喜ばせるあの魔女とか、最後にまたゲドをとらえようとした魔女とか、ネガティブな系列の女性が出てきまして、最後に非常にポジティブな女性としてノコギリソウが出てきますね、それまではだいたい女性はネガティブな形で出てきます。自己実現のはじまりは、影の問題を扱うことが多いのですが、そのときに出てくる女性はだいたい影をかぶっています。なかなか明るい形ででてきません。そしてだいたいはわれわれの影を刺激する役割で出てくることが多いのです。こういう影を背負った女性像が現れてきて、それにゲドもおだてられまして非常に傲慢なことをいろいろとやります。そのときに、はじめのほうはオジオンが救ってくれました。次の場合にエルファーランという女性を呼び出しますが、自分の力を見せようとしてヒスイという、あれもいうならばゲドの傲慢な半面を表わしているといっていいでしょうが、それにおだてられてとうとう呼び出してしまう。そして、死者と生者の境をゲドが開けてしまったので、それを閉めるために大賢人ねマール様というのが死んでしまいますね。これもやはり第一級の魔術です。「何もしない」ことに匹敵する魔術で、それは身代わりとして死ぬということだと思います。私はこれは絶対に使いたくないと思っておりますが、しばしば使わされそうになります。第二巻では、テナーがだんだん自立していくときにいろんな人が死んでいますね。自己実現というのは大変なことです。たくさんの人が回りで死んでいきます。私は今まで生きておりますけれども、患者さんの夢の中では何度死んだかわかりません。何度も死にました。それはやはりどこかでそういう魔法が象徴的に働いていたんだろうと思います。
＃１
今日は「『ゲド戦記』と自己実現」という題でお話をすることになりましたが、ゲドの物語は自己実現ということ、（これにもいろんな考え方がありますが、）私の勉強してきました、スイスの精神療法家のユングの考えております自己実現ということに非常にぴったりしているように思いました。それで取り上げてみたのです。
＃２
ゲド戦記の著者ル＝グウィンは、やはりユングのことにだいぶ親しんでいるようです。…第一巻の『影との戦い―ゲド戦記�機戮箸いΔ里亙源�どおり影の統合の問題が書いてある。第二巻『こわれた腕環―ゲド戦記�供廚蓮�男性性と女性性の統合の問題である。第三巻の『さいはての島へ―ゲド戦記�掘戮箸いΔ里蓮∪犬隼燹△�よび、自己、ユングは特別にこの自己という概念を大事にするのですが、その自己の問題を書いているように思います。これまたあてはめてみますと、第一巻が青年期、第二巻が中年で、第三巻が老年ということもできると思います。ル＝グウィン自身はこれは人間の成熟について書いたものであって、第二巻は女性の成熟、第三巻は死の問題を書いたといっております。そしておもしろいのは、第三巻がうまく書けなかったが、いちばん好きだというふうにいっております。皆さんは�機↓供↓靴汎匹泙譴討匹譴�好きでしたか。いるんな人に聞いてみましたが、一巻はやはり若い人たちが好きなようです。第二巻は女の子が好き。女の人でも若々しい方、あるいは勇ましい方は第一巻が好きなように思います。第三巻が好きな方はあんまりありませんでした。三巻を好きな方は年配の方に多いようです。ところで、先に示しましたように細かい部分まで、そうとうユングの言葉で説明できるように思うんですが、私はそういうあてはめごっこというのはどうもおもしろくないように思うんです。
＃３
ユングが好きになりますと、どんな本を読んでもユングの言葉でいえるような気がしてきます。たとえば主人公が男性でもう一人男性が出てきた、ア、これは影だっ。女性がでてきたらアニマだ、少年が出てきたら自己だといっていれば全部わかったような気がするのですが、ほんとは何もわかっていないんじゃないかと私は思うのです。たとえば、第一巻で、ヒスイは影だ何ていうとわかったような気がしますが、影ということは一体何かわからないんですから、とんと意味がないんじゃないか。ユングも実はそういうことを非常に嫌っておりまして、ユングの言っている影というのは何かと、弟子たちが集まってユングの前でいろいろ議論しておったら、ユングが業を煮やして、おまえらはわかっていない、影というのは無意識の全体だとどなったというんです。無意識の全体だったら何も影なんていう必要がないと思うんですけど、つまり、名前をつけた本人もどこかで業を煮やしたくなるような、簡単につかまえにくい、そういうものなんですから、これであてはめごっこをやったところで、別にユング的解釈でも何でもないだろうというふうに私は思います。
＃４
ところで、第一巻のほうの『影との戦い』で述べられていることは、影から逃れるのじゃなくて、影と正面から向かい合いなさい。そしてその影というのは自分が見落としてきたこと、自分が蔑んできたこと、自分が排除してきたこと、そういうものの全体だということです。誰もが影を持っています。とくにこのゲドというのはなかなか野心に燃えた少年として描かれていますから、こういう少年が大きい影をもっていたことはよくわかります。そしておもしろいのは一巻のはじめのほうを見ますと、オジオン（＊大魔法使い）のところにいってちょっと魔法ができて喜んでおりますと、ひとりの少女が出てきますね。そして、それだったら死人を呼び出したらどうだと誘惑されます。第一巻にはちょいちょい女性が出てきますね。その女性は、あるときにヒスイ（＊ゲドのライバル）が魔術をやって喜ばせるあの魔女とか、最後にまたゲドをとらえようとした魔女とか、ネガティブな系列の女性が出てきまして、最後に非常にポジティブな女性としてノコギリソウが出てきますね、それまではだいたい女性はネガティブな形で出てきます。自己実現のはじまりは、影の問題を扱うことが多いのですが、そのときに出てくる女性はだいたい影をかぶっています。なかなか明るい形ででてきません。そしてだいたいはわれわれの影を刺激する役割で出てくることが多いのです。こういう影を背負った女性像が現れてきて、それにゲドもおだてられまして非常に傲慢なことをいろいろとやります。そのときに、はじめのほうはオジオンが救ってくれました。次の場合にエルファーランという女性を呼び出しますが、自分の力を見せようとしてヒスイという、あれもいうならばゲドの傲慢な半面を表わしているといっていいでしょうが、それにおだてられてとうとう呼び出してしまう。そして、死者と生者の境をゲドが開けてしまったので、それを閉めるために大賢人ねマール様というのが死んでしまいますね。これもやはり第一級の魔術です。「何もしない」ことに匹敵する魔術で、それは身代わりとして死ぬということだと思います。私はこれは絶対に使いたくないと思っておりますが、しばしば使わされそうになります。第二巻では、テナーがだんだん自立していくときにいろんな人が死んでいますね。自己実現というのは大変なことです。たくさんの人が回りで死んでいきます。私は今まで生きておりますけれども、患者さんの夢の中では何度死んだかわかりません。何度も死にました。それはやはりどこかでそういう魔法が象徴的に働いていたんだろうと思います。
2005年08月05日(金) 14:38:14 Modified by gedo5