カウンセリングの実際問題 河合隼雄
＃１
自我というのは、いつまでも古くありたいとしている半面、常に新しいものがそれにつけ加えられ発展してゆこうとする動きがある。これを「自己実現」という。人間は、自己をどこまでも実現させてゆこうとするのだ。潜在性を実現化させようとするのである。つまり、自己実現とは、自我としてはとどまりたい、古いままでとどまりたいと思っているのに、心の底の自己の力としては、もっと高いもの、もっと高いものという働きかけが常に加わってくることだ。
＃２
自我が自己実現の重荷に耐えられなくなってしまう場合がある。この場合には、クライエントの潜在的可能性の発展ということは全部考慮外にして、まず自我の存在の安定を図ろうとする。何か環境に働きかけて少し圧力を緩和しようとか、あるいは、何か他のことをしてこの人が力をつくまで待とうとか、考えるのだ。
＃３
われわれは、自己実現の道があまりにも厳しいことを知っているので、それをとめたくなることも多い。カウンセラーは、クライエントの大事な発展の可能性（＊自己実現）をとめるか、とめないかという、選択の岐路に立たされることが非常に多い。われわれは、クライエントがカウンセリングを受けに来られてもそう簡単に自己実現や可能性の発達を考えずに、しばらく会っている間にその人が何を選ぼうとするのか、すなわち、しばらくの安定を選ぼうとするのか、古い自分を壊してまで新しいものをつくりあげる方を選ぼうとするのか、そのあたりをしばらく待ってみようとする。開き直っていうならば、われわれカウンセラーはクライエントの自己実現を目的とするといいながら、実際問題としてはそう簡単に自己実現を望まない方がよいのではないかということもしばしば体験させられるのだ。
＃４
カウンセラーとクライエントは、本当に二人でひとつの仕事をしているという感じがある。二人で一匹の魚をつかまえているような感じだ。魚が見えたら「オイ、見えたぞ」と言う。「行ったぞ」と言う。また、「深くしろ」「浅くしろ」と言う。その時に、どっちが言ったかということは問題外だ。その時に、最後に魚がとれて、「おれの網に入ったからおれの魚だ」とか、「いや、先に見たのはおれだから、おれの魚だ」などとは言わない。二人でとったということになる。その時に、どちらが先に言わねばならないというルールはない。例えば、魚をとるとき、年上の人に対して失礼に当たるから黙っていようなどとは思わない。はやり先に見たものが言えばよい。つまり、ものを言った時に、クライエントが言ったのか、カウンセラーが言ったのかというのは問題ではない。そういう状態になった場合は、カウンセラーは「こうしなさい」「ああしなさい」とたとえ指示をしたとしても、それはカウンセラーが指示をしたのではなく、クライエントは魚がでてきたのだと思う。責任は魚にあるのだ。だから、こうなってきた場合、誰が指示したか、しなかったかはほとんど問題ではなくなる。クライエントの中に何かが生まれてきた時に、カウンセラーがパッと言うと、その人は腹にこたえて分かる。時々、思わぬことが起こる。魚をとるつもりでなかったのに入ってきたとか、まったく思いがけないところに魚を発見したとか。
＃５
カウンセラーを指揮者に、クライエントを楽員にたとえる。指揮者は大切なところで指揮をし、あるとこるへくると一緒にバイオリンをひく。まさに共にうたっているという感じだ。カウンセラーが必死になってやらねばならないときと、一緒にバイオリンをひいて共にうたいあげるという楽しみを味わう時が絶対にあると思う。どうしても、カウンセリングというと深刻でなければならぬと思っている人がいる。楽しいときには、二人で楽しめばよい。そういう仲でこそ、暗いところもでてくるし、楽しいことも出てくる。識者と楽員の両者は、あるときは強くあるときは弱く、あるいは烈しい曲ものどかな曲も、共に協調し合って演奏を成し遂げてゆく。両者とも、その道筋を予期していない。楽譜はだれが書くのだろうか。それは、クライエントの「自己」である。クライエント自身も知らない、しかしクライエントの心の奥深くに存在している心の中心、そして発展の可能性の中心である自己が書いたのだ。そして、その楽譜の意味を読みとろうとするとき、カウンセラーの心に内在する「自己」の働きを、それは常に要求する。このような楽譜にもとづいて、いかにして二人ですばらしい演奏をするか、それがカウンセリングの過程だ。言い換えれば、両者の自己実現の過程だ。このようにカウンセリングを考えると、それはクライエントの人格の変容のみでなく、必然的にカウンセラーの人格の変容をも、引き起こすことになる。
＃６
自我というのは、いつまでも古くありたいとしている半面、常に新しいものがそれにつけ加えられ発展してゆこうとする動きがある。これを「自己実現」という。人間は、自己をどこまでも実現させてゆこうとするのだ。潜在性を実現化させようとするのである。つまり、自己実現とは、自我としてはとどまりたい、古いままでとどまりたいと思っているのに、心の底の自己の力としては、もっと高いもの、もっと高いものという働きかけが常に加わってくることだ。
＃２
自我が自己実現の重荷に耐えられなくなってしまう場合がある。この場合には、クライエントの潜在的可能性の発展ということは全部考慮外にして、まず自我の存在の安定を図ろうとする。何か環境に働きかけて少し圧力を緩和しようとか、あるいは、何か他のことをしてこの人が力をつくまで待とうとか、考えるのだ。
＃３
われわれは、自己実現の道があまりにも厳しいことを知っているので、それをとめたくなることも多い。カウンセラーは、クライエントの大事な発展の可能性（＊自己実現）をとめるか、とめないかという、選択の岐路に立たされることが非常に多い。われわれは、クライエントがカウンセリングを受けに来られてもそう簡単に自己実現や可能性の発達を考えずに、しばらく会っている間にその人が何を選ぼうとするのか、すなわち、しばらくの安定を選ぼうとするのか、古い自分を壊してまで新しいものをつくりあげる方を選ぼうとするのか、そのあたりをしばらく待ってみようとする。開き直っていうならば、われわれカウンセラーはクライエントの自己実現を目的とするといいながら、実際問題としてはそう簡単に自己実現を望まない方がよいのではないかということもしばしば体験させられるのだ。
＃４
カウンセラーとクライエントは、本当に二人でひとつの仕事をしているという感じがある。二人で一匹の魚をつかまえているような感じだ。魚が見えたら「オイ、見えたぞ」と言う。「行ったぞ」と言う。また、「深くしろ」「浅くしろ」と言う。その時に、どっちが言ったかということは問題外だ。その時に、最後に魚がとれて、「おれの網に入ったからおれの魚だ」とか、「いや、先に見たのはおれだから、おれの魚だ」などとは言わない。二人でとったということになる。その時に、どちらが先に言わねばならないというルールはない。例えば、魚をとるとき、年上の人に対して失礼に当たるから黙っていようなどとは思わない。はやり先に見たものが言えばよい。つまり、ものを言った時に、クライエントが言ったのか、カウンセラーが言ったのかというのは問題ではない。そういう状態になった場合は、カウンセラーは「こうしなさい」「ああしなさい」とたとえ指示をしたとしても、それはカウンセラーが指示をしたのではなく、クライエントは魚がでてきたのだと思う。責任は魚にあるのだ。だから、こうなってきた場合、誰が指示したか、しなかったかはほとんど問題ではなくなる。クライエントの中に何かが生まれてきた時に、カウンセラーがパッと言うと、その人は腹にこたえて分かる。時々、思わぬことが起こる。魚をとるつもりでなかったのに入ってきたとか、まったく思いがけないところに魚を発見したとか。
＃５
カウンセラーを指揮者に、クライエントを楽員にたとえる。指揮者は大切なところで指揮をし、あるとこるへくると一緒にバイオリンをひく。まさに共にうたっているという感じだ。カウンセラーが必死になってやらねばならないときと、一緒にバイオリンをひいて共にうたいあげるという楽しみを味わう時が絶対にあると思う。どうしても、カウンセリングというと深刻でなければならぬと思っている人がいる。楽しいときには、二人で楽しめばよい。そういう仲でこそ、暗いところもでてくるし、楽しいことも出てくる。識者と楽員の両者は、あるときは強くあるときは弱く、あるいは烈しい曲ものどかな曲も、共に協調し合って演奏を成し遂げてゆく。両者とも、その道筋を予期していない。楽譜はだれが書くのだろうか。それは、クライエントの「自己」である。クライエント自身も知らない、しかしクライエントの心の奥深くに存在している心の中心、そして発展の可能性の中心である自己が書いたのだ。そして、その楽譜の意味を読みとろうとするとき、カウンセラーの心に内在する「自己」の働きを、それは常に要求する。このような楽譜にもとづいて、いかにして二人ですばらしい演奏をするか、それがカウンセリングの過程だ。言い換えれば、両者の自己実現の過程だ。このようにカウンセリングを考えると、それはクライエントの人格の変容のみでなく、必然的にカウンセラーの人格の変容をも、引き起こすことになる。
＃６
2005年07月27日(水) 16:51:18 Modified by gedo5