ピーター・パンシンドローム ダン・カイリー
＃１
彼らは１０代の後半から２０代の初めを、勝手気ままに生きてきた男たちだ。ナルシシズムに酔い、自分以外の世界は見ようとせず、現実離れした自我の旅を続け、その時々の空想のままに行動することを最高と信じていた。しかし、現実という壁にはばなれ、だんだん目が覚めてみると、今度は今までとは逆に、「…したい」を「…すべきだ」に置き換えて、世間から後ろ指をさされない生き方こそ、自分に許される唯一の生きる道だと、１８０度の方向転換をやってのける。ときどき、感情を抑えきれなくなって爆発するが、まわりの人たちはそれを男らしい自己主張と解釈しがちだ。しかし彼らは、愛されて当然とは思っても、自分から他人を愛そうとはしない。大人のフリをしているが、やっていることをよく観察すると、甘やかされた子どもと同じ幼い男にすぎない。
＃２
彼（＊大人になりきれないアダルト＝“おとな・こども”）は自分を愛してもいなければ、自分を信じることもないし、まして自分自身に耳を傾けることもない。
＃３
ピーター・パンは、永遠の少年である。大人社会への仲間入りを断り、父母の家庭から家出した迷い子の少年少女たち。ピーター・パンは彼らは引き連れて、夢の国「ないない島（ネバー・ネバー・ランド）」で暮らす。「ないない島」は家庭・学校では味わえないスリルと遊びでいっぱいだ。魔法の粉を振りかけて現実を忘れ、悪戯に明け暮れるうちに、どんどん年を取っていく。しかし、ピーター・パンは、大人になりたくない。だから大人たちは、夢の国の住人ピーター・パンを“おとな・こども”と呼ぶ。ピーター・パン・シンドローム（ＰＰＳ）は、この“おとな・こども”のピーター・パンが表わす心の症候群（シンドローム）である。
＃４
現代のピーター・パン人間にしても、現実は厳しい。家庭にいれば両親の不和に巻き込まれ、社会に出れば自分の居場所が見つからない。男らしくなろうと思っても、男らしさのモデルがない。スーパー・ウーマンを目指す自立志向の女性たちに脅かされる。みんなと同じように流行商品を追い求めるか、みんなと同じお決まりのコースでワーカホリックになる以外に、社会との絆もない。…本当の自分とは何者なのか。本当に人間らしい生き方とは何なのか。いま、われわれにわからなくなっている真のモラルは、どうあるべきか…。
＃５
“ピーター・パン”と聞いて、おそらくだれもが真っ先に思い出すのは、ディズニーの映画ではないだろうか。魔法の粉を妖精のテンカー・ベルに振りかけてもらうと、ピーター・パンは自由自在に空を飛び、海賊フック船長と闘ったり、インディアン相手の大立ち回りといった冒険また冒険を繰り返す―こんな夢いっぱいの楽しいおとぎ話、それがディズニーの手になる物語である。しかし、Ｊ・Ｍ・バリー原作の『ピーター・パン』はこれとはまったく様子を異にし、そのメインテーマは２０世紀初頭、イギリス中産階級が抱える問題点を、重々しく描いたことであった。主人公のピーター・パンは哀れにも、生後七日目にして揺りかごから行方不明となり、母親から見捨てられた少年である。彼のガールフレンドはダーリング家の三人姉弟の長女・ウェンディ。そして銀行家である彼女の父親・ジョージは、コチコチの会社人間。母親のメリーは過保護で子どもに終始べったり、夫の機嫌をうかがいながらビクビクして暮らしている。また、フック船長は、エリート出身の成れの果て、挫折人間の一人として描かれている。
＃６
私たちは誰でも、あの陽気なピーター・パンが出てくるワクワクするようなおとぎ話を思いだす。ソフトで繊細で、決して成長しない少年の話だ。彼は私たちに永遠の若さを教えてくれた。フック船長をまごつかせたのも彼だからできたこと。彼の歌と踊りにつられて、残酷なフック船長すら、船べりからお腹をすかせたワニの大きな口の中へ、落ちてしまったほどだ。ピーター・パンは、若々しさのエッセンスのシンボルである。歓びである。そして、疲れることを知らない精神の持ち主である。ピーター・パンがフック船長の海賊旗を分捕り、ティンカー・ベル（妖精の女の子）とはしぎまわるところを想像するだけで、私たちの心に潜む子どもを目覚めさせる。誰もが、どうしようもなく、彼に惹かれてしまう。彼はほんとうにすてきな男の子だ。彼は私たちの永遠の遊び相手であり、私たちのハートに触れ、みんなの魂を若さの泉で満たしてくれる。しかし、Ｊ・Ｍ・バリーが創りだしたピーター・パンに、もうひとつの面があることを、どれだけの人が気づいているだろうか。この魅力的な物語を、なぜ、もっと深く突っ込んで考える懐疑的な人はいなかったのだろうか。なぜ、ピーター・パンがいつまでも若いままでいたいと望んだのか、その理由を考え、不思議だと思った人はいないのだろうか。確かに、大人になるのはいろいろ大変なことだが、ピーター・パンは絶対に嫌だ、と言い張った。なぜ、彼はあれほどまでに大人の世界を拒否しようとするのだろうか。彼は何に夢中になっているのだろう。単なる気まぐれ、と見過ごしていいものだろうか。ピーター・パンの若いままでいたいという願望は、大人になることに対する、何かもっと戦闘的な拒絶だったのではなかろうか。もしそうだとすれば、彼は何を悩んでいたのだろうか。いや、きっと、いくつもの悩みを抱えていたに違いない。
＃７
バリーの書いた原作を、そういう目でもう一度注意深く読み直すと、恐るべき事実が見えてくる。こんなことは私も信じたくないが、ピーター・パンは、とても淋しい少年なのだ。彼が住んでいる世界は敵意に満ち溢れた厳しい世界だ。一見、陽気に振舞ってはいるけれど、問題だらけで、苦悩の連続の毎日である。彼は、なりなくない大人と、もはや、そうではいられなくなった少年との狭間の混沌の中で、身動きできなくなっている。
彼らは１０代の後半から２０代の初めを、勝手気ままに生きてきた男たちだ。ナルシシズムに酔い、自分以外の世界は見ようとせず、現実離れした自我の旅を続け、その時々の空想のままに行動することを最高と信じていた。しかし、現実という壁にはばなれ、だんだん目が覚めてみると、今度は今までとは逆に、「…したい」を「…すべきだ」に置き換えて、世間から後ろ指をさされない生き方こそ、自分に許される唯一の生きる道だと、１８０度の方向転換をやってのける。ときどき、感情を抑えきれなくなって爆発するが、まわりの人たちはそれを男らしい自己主張と解釈しがちだ。しかし彼らは、愛されて当然とは思っても、自分から他人を愛そうとはしない。大人のフリをしているが、やっていることをよく観察すると、甘やかされた子どもと同じ幼い男にすぎない。
＃２
彼（＊大人になりきれないアダルト＝“おとな・こども”）は自分を愛してもいなければ、自分を信じることもないし、まして自分自身に耳を傾けることもない。
＃３
ピーター・パンは、永遠の少年である。大人社会への仲間入りを断り、父母の家庭から家出した迷い子の少年少女たち。ピーター・パンは彼らは引き連れて、夢の国「ないない島（ネバー・ネバー・ランド）」で暮らす。「ないない島」は家庭・学校では味わえないスリルと遊びでいっぱいだ。魔法の粉を振りかけて現実を忘れ、悪戯に明け暮れるうちに、どんどん年を取っていく。しかし、ピーター・パンは、大人になりたくない。だから大人たちは、夢の国の住人ピーター・パンを“おとな・こども”と呼ぶ。ピーター・パン・シンドローム（ＰＰＳ）は、この“おとな・こども”のピーター・パンが表わす心の症候群（シンドローム）である。
＃４
現代のピーター・パン人間にしても、現実は厳しい。家庭にいれば両親の不和に巻き込まれ、社会に出れば自分の居場所が見つからない。男らしくなろうと思っても、男らしさのモデルがない。スーパー・ウーマンを目指す自立志向の女性たちに脅かされる。みんなと同じように流行商品を追い求めるか、みんなと同じお決まりのコースでワーカホリックになる以外に、社会との絆もない。…本当の自分とは何者なのか。本当に人間らしい生き方とは何なのか。いま、われわれにわからなくなっている真のモラルは、どうあるべきか…。
＃５
“ピーター・パン”と聞いて、おそらくだれもが真っ先に思い出すのは、ディズニーの映画ではないだろうか。魔法の粉を妖精のテンカー・ベルに振りかけてもらうと、ピーター・パンは自由自在に空を飛び、海賊フック船長と闘ったり、インディアン相手の大立ち回りといった冒険また冒険を繰り返す―こんな夢いっぱいの楽しいおとぎ話、それがディズニーの手になる物語である。しかし、Ｊ・Ｍ・バリー原作の『ピーター・パン』はこれとはまったく様子を異にし、そのメインテーマは２０世紀初頭、イギリス中産階級が抱える問題点を、重々しく描いたことであった。主人公のピーター・パンは哀れにも、生後七日目にして揺りかごから行方不明となり、母親から見捨てられた少年である。彼のガールフレンドはダーリング家の三人姉弟の長女・ウェンディ。そして銀行家である彼女の父親・ジョージは、コチコチの会社人間。母親のメリーは過保護で子どもに終始べったり、夫の機嫌をうかがいながらビクビクして暮らしている。また、フック船長は、エリート出身の成れの果て、挫折人間の一人として描かれている。
＃６
私たちは誰でも、あの陽気なピーター・パンが出てくるワクワクするようなおとぎ話を思いだす。ソフトで繊細で、決して成長しない少年の話だ。彼は私たちに永遠の若さを教えてくれた。フック船長をまごつかせたのも彼だからできたこと。彼の歌と踊りにつられて、残酷なフック船長すら、船べりからお腹をすかせたワニの大きな口の中へ、落ちてしまったほどだ。ピーター・パンは、若々しさのエッセンスのシンボルである。歓びである。そして、疲れることを知らない精神の持ち主である。ピーター・パンがフック船長の海賊旗を分捕り、ティンカー・ベル（妖精の女の子）とはしぎまわるところを想像するだけで、私たちの心に潜む子どもを目覚めさせる。誰もが、どうしようもなく、彼に惹かれてしまう。彼はほんとうにすてきな男の子だ。彼は私たちの永遠の遊び相手であり、私たちのハートに触れ、みんなの魂を若さの泉で満たしてくれる。しかし、Ｊ・Ｍ・バリーが創りだしたピーター・パンに、もうひとつの面があることを、どれだけの人が気づいているだろうか。この魅力的な物語を、なぜ、もっと深く突っ込んで考える懐疑的な人はいなかったのだろうか。なぜ、ピーター・パンがいつまでも若いままでいたいと望んだのか、その理由を考え、不思議だと思った人はいないのだろうか。確かに、大人になるのはいろいろ大変なことだが、ピーター・パンは絶対に嫌だ、と言い張った。なぜ、彼はあれほどまでに大人の世界を拒否しようとするのだろうか。彼は何に夢中になっているのだろう。単なる気まぐれ、と見過ごしていいものだろうか。ピーター・パンの若いままでいたいという願望は、大人になることに対する、何かもっと戦闘的な拒絶だったのではなかろうか。もしそうだとすれば、彼は何を悩んでいたのだろうか。いや、きっと、いくつもの悩みを抱えていたに違いない。
＃７
バリーの書いた原作を、そういう目でもう一度注意深く読み直すと、恐るべき事実が見えてくる。こんなことは私も信じたくないが、ピーター・パンは、とても淋しい少年なのだ。彼が住んでいる世界は敵意に満ち溢れた厳しい世界だ。一見、陽気に振舞ってはいるけれど、問題だらけで、苦悩の連続の毎日である。彼は、なりなくない大人と、もはや、そうではいられなくなった少年との狭間の混沌の中で、身動きできなくなっている。
2005年08月04日(木) 15:27:41 Modified by gedo5