ユリシーズ・シンドローム ネイフ＆スミス
＃１
「トロイの木馬」で勝利を得たユリシーズは、帰途に地中海に漂流し、メッシーナ海峡で妖婦（セイレン）の美しい歌声に誘われる。しかし、引き寄せられれば鋭い岩にぶつかり、海の藻屑と消えねばならない。ユリシーズは部下の耳を蜜蝋でふさぎ、自分はマストに身を縛り、さるぐつわをはめて誘惑に答えず、無事海峡を通過する。「ユリシーズ・シンドローム」とは、この妖婦の誘惑から身を守り、見ざる聞かざるを決め込んだユリシーズの女性たちに対する態度を意味する。現代のユリシーズとは、女性たちに心を閉ざした男性のことである。
＃２
なぜ男たちは心の扉を開くことができないのだろうか？これは女性の誰もが、表現こそ違え、いつか心に抱く疑問である。夫であれ恋人であれ、すべての女性は、愛する男性から感情面で締め出されていることが不満である。ドアは閉ざされ、女は一人、寒空に放り出されている。自分のことを愛してくれているとはわかっていても、それを口に出して言えない彼のことを、女は理解できない。何かに思い悩む時、なぜそのことを彼女に話し、二人の問題にし、解決の手助けをさせてくれないのか？男はどうして自分が傷つきやすいことを隠しておきたがるのか？男だって苦痛を味わい、喜びをもち、涙を流し、愛を求め、嫉妬に苦しみもする。なぜそれを、誰にも言わず、一人でやらなければならないのだろう？おろそかにできない間柄になればなるほど、男女を問わず、誰でも人は、生の感情を出したり、真っ正直にふるまいにくくなる。だいじな勝負であればあるほど、失敗の際の苦痛も大きいからだ。それにしてもなぜ、どの男も失敗の危険を冒すことに逃げ腰なのだろうか？…おおかたの男性が、感情閉鎖の状態の中で、抑圧された男性の役割を引き受けている。現代の男性たちだって、自分たちも情緒的に豊かになりたいと、はっきり気づいてはいるのだが、いわゆる“男であること”の本質が、殆ど変わっていないのは驚くべきことだ。男らしさの柱はいまでも力、傷つかないこと、そして闘争心の強さである。そして多くの男性がいまなお日々“男たること”を証明する必要に迫れれていると感じている。男性についての固定観念は変化しているにもかかわらず、相変わらず情緒に素直なのは男らしさのマイナスと考えている。このことが、男女のあいだ、とくに結婚した両性のあいだい、精神的苦痛、誤解、怒りを生み出している。
＃３
男女を問わず、誰もがほんとうの意味で感情を共有したいと願っている。…しかし、このような感情の共有は、それほど簡単なものではない。そのことが成立する前に、人はある程度、自己を確認し、感情的にも自分自身が満ちたりていなくてはならない。「手をさしのべて誰かに本当に触れる」ことができる前に、まず自分の内面に目を向け、自分自身に触れておく必要があるのだ。精神科医カレン・ホーナイによると、「男でも女でも、人はすべて、“ほんとうの自分”をもっている。それは人類共通でありながら、しかもまた個々人に独特（ユニーク）な内なる力であり、人間を成長される源泉である」という。また、「健康な人とは、このユニークな“ほんとうの自分”がもっているさまざまな力を開発できる人のことである。それは、自分自身の感情と考えと願望と興味を明確に把握する力であり、自分のもてるものを引き出す能力、また意志の力である。潜在する天賦の才能かもしれない。自己を表現し、（外部の強制を受けない）自発的な感情で自分を他者と結びつけることのできる能力である」とも、ホーナイはいう。
＃４
ホーナイは言う。「（ほんとうの自分を把握できない人の）感情は、熱烈さがなく、どんよりと鈍く、変化に乏しい…。まるで、“ほんとうの自分”を防音装置のある部屋の中に閉じ込めてでもいるみたいだ」。その結果、「彼の感情生活は貧しいものになり、誠実さや自発性や感情の深さが失われてしまう。少なくとも本来の感情の広がりが狭められる」。このような感情的に不毛な状態のなかでは、閉ざされた男性の行動は、型にはまった、周囲の期待にそうだけのものになる。ホーナイの言葉を借りると、その人物は、「自分とは違う、ある型を自分にはめてしまう。彼は、こう感じるべきことを感じ、願うべきことを願い、好むべきことを好む。“かくあるべし”ときめつける暴君のムチの下、ほんとうの自分ではない者に無理に仕立てられているのだ。彼の頭にある彼の姿はあまりにもほんものとかけ離れすぎていて、ほんとうの姿はますます見えにくくなる」。
＃５
心を開くとは、ホンネの自分と、タテマエの自分とを一つにすることだ。あるいは人の行動をその感情にもう一度結びつける、つまり心にもない行動をとらされるのではなく、自分の感情に裏打ちされた行動をとれるようになることだ。また、感情に激しさと彩りを加えることだ。一見、たやすいことのようにみえる愛情の表現が、男たちにとってはとても大変なのだ。表と裏 土居健郎
＃６
開かれた男性は自由な人間である。他からの差し金ではなく、自分自身の欲求に基づいて行動する。傷つけられることを恐れて自分の感情を隠しておこうおとはしないので、無防備だ。しかし開かれた男は冷たい人間ではない。なぜなら、その日常生活のすぐ下には、彼の感情、欲望、そして夢が、熱く燃えているのだから。ロング・アイランドのロスリンで、男性のエンカウンター・グループを指導しているトム・リンチにいわせると、「開かれた男性は喜怒哀楽に率直に反応する。彼は自分をしっかり把握しており、鋭い方向感覚をもっている」。
＃７
開かれた男性の“開かれた状態”は、カレン・ホーナイが“誠意ある態度”と名付けた人生に対する態度にも似ている。つまりそれは、「見栄を張らず、感情にうそ偽りがなく、感情面でも仕事でも信ずることにおいても、自分をまるごと出せることである」。しかしほんとうの“開かれた状態”には、感情を自然に出す以上のものがあるのだ。ハーバード大学の法学部と医学部で、法学と精神医学を教えるアラン・ストーン博士はいう。「自分の感情を表現しようとする意志は、コミュニケーションには欠かせぬものだ。しかし、他人を手玉にとろうとするわがままな感情表出と、感情を真に共有しようとすることとを区別することは大切だ」。「ナルシシスティックな感情表出は、感情的な裏切り、脅迫、哀訴になりかねない。言い古された意味での悪徳に通じる。それは、“自分世代（ミーゼネレーション）”に典型的で、自己実現の方法や潜在力開発運動にも取り入れられてきた。人々、まるで治療者の患者であって、ふつうの常識人ではないかのように、感じたままを相手に伝えるようすすめられてきた」「それはたいへんな混乱をもたらした。つまり、お互いに大切に思い合っている者同士の感情の分かち合いと、悩みをただ自分本位に人に話すこととの区別がつかなくなったのだ。親しい間柄なら誰にも、ある程度は悩みを聞いたり、慰めたりすることがあるものだが、それが即、“自分の感情に率直なる”ことになるのだと受け取られはしないか、私はいささか心配だ」「人は心を開くことによって、自分自身の浄化（カタルシス）をやってのけるだけでなく、相手のもつ、感情移入の欲求も満たす必要がある。彼は心配して欲しいし、彼女は心配してあげたい。相手の欲求におかまいなしなら、心の扉を開いたつもりの行動も、実際はひとりごとをいっているのに等しい。それでは鏡に向かって、自分をめかしたてているようなもので、“心を開くこと”が、なるでナルシシズム（自己愛）の練習になってしまう」「他人と感情を分かち合うことが望ましいのは、それによって親密な関係をもつのがより可能になるからである。他人に自分の悩みを打ち明けるのは、親密な関係の始まりである。しかし、それがすべてではない。親密な関係には相互のやりとりが必要なのだ」
「トロイの木馬」で勝利を得たユリシーズは、帰途に地中海に漂流し、メッシーナ海峡で妖婦（セイレン）の美しい歌声に誘われる。しかし、引き寄せられれば鋭い岩にぶつかり、海の藻屑と消えねばならない。ユリシーズは部下の耳を蜜蝋でふさぎ、自分はマストに身を縛り、さるぐつわをはめて誘惑に答えず、無事海峡を通過する。「ユリシーズ・シンドローム」とは、この妖婦の誘惑から身を守り、見ざる聞かざるを決め込んだユリシーズの女性たちに対する態度を意味する。現代のユリシーズとは、女性たちに心を閉ざした男性のことである。
＃２
なぜ男たちは心の扉を開くことができないのだろうか？これは女性の誰もが、表現こそ違え、いつか心に抱く疑問である。夫であれ恋人であれ、すべての女性は、愛する男性から感情面で締め出されていることが不満である。ドアは閉ざされ、女は一人、寒空に放り出されている。自分のことを愛してくれているとはわかっていても、それを口に出して言えない彼のことを、女は理解できない。何かに思い悩む時、なぜそのことを彼女に話し、二人の問題にし、解決の手助けをさせてくれないのか？男はどうして自分が傷つきやすいことを隠しておきたがるのか？男だって苦痛を味わい、喜びをもち、涙を流し、愛を求め、嫉妬に苦しみもする。なぜそれを、誰にも言わず、一人でやらなければならないのだろう？おろそかにできない間柄になればなるほど、男女を問わず、誰でも人は、生の感情を出したり、真っ正直にふるまいにくくなる。だいじな勝負であればあるほど、失敗の際の苦痛も大きいからだ。それにしてもなぜ、どの男も失敗の危険を冒すことに逃げ腰なのだろうか？…おおかたの男性が、感情閉鎖の状態の中で、抑圧された男性の役割を引き受けている。現代の男性たちだって、自分たちも情緒的に豊かになりたいと、はっきり気づいてはいるのだが、いわゆる“男であること”の本質が、殆ど変わっていないのは驚くべきことだ。男らしさの柱はいまでも力、傷つかないこと、そして闘争心の強さである。そして多くの男性がいまなお日々“男たること”を証明する必要に迫れれていると感じている。男性についての固定観念は変化しているにもかかわらず、相変わらず情緒に素直なのは男らしさのマイナスと考えている。このことが、男女のあいだ、とくに結婚した両性のあいだい、精神的苦痛、誤解、怒りを生み出している。
＃３
男女を問わず、誰もがほんとうの意味で感情を共有したいと願っている。…しかし、このような感情の共有は、それほど簡単なものではない。そのことが成立する前に、人はある程度、自己を確認し、感情的にも自分自身が満ちたりていなくてはならない。「手をさしのべて誰かに本当に触れる」ことができる前に、まず自分の内面に目を向け、自分自身に触れておく必要があるのだ。精神科医カレン・ホーナイによると、「男でも女でも、人はすべて、“ほんとうの自分”をもっている。それは人類共通でありながら、しかもまた個々人に独特（ユニーク）な内なる力であり、人間を成長される源泉である」という。また、「健康な人とは、このユニークな“ほんとうの自分”がもっているさまざまな力を開発できる人のことである。それは、自分自身の感情と考えと願望と興味を明確に把握する力であり、自分のもてるものを引き出す能力、また意志の力である。潜在する天賦の才能かもしれない。自己を表現し、（外部の強制を受けない）自発的な感情で自分を他者と結びつけることのできる能力である」とも、ホーナイはいう。
＃４
ホーナイは言う。「（ほんとうの自分を把握できない人の）感情は、熱烈さがなく、どんよりと鈍く、変化に乏しい…。まるで、“ほんとうの自分”を防音装置のある部屋の中に閉じ込めてでもいるみたいだ」。その結果、「彼の感情生活は貧しいものになり、誠実さや自発性や感情の深さが失われてしまう。少なくとも本来の感情の広がりが狭められる」。このような感情的に不毛な状態のなかでは、閉ざされた男性の行動は、型にはまった、周囲の期待にそうだけのものになる。ホーナイの言葉を借りると、その人物は、「自分とは違う、ある型を自分にはめてしまう。彼は、こう感じるべきことを感じ、願うべきことを願い、好むべきことを好む。“かくあるべし”ときめつける暴君のムチの下、ほんとうの自分ではない者に無理に仕立てられているのだ。彼の頭にある彼の姿はあまりにもほんものとかけ離れすぎていて、ほんとうの姿はますます見えにくくなる」。
＃５
心を開くとは、ホンネの自分と、タテマエの自分とを一つにすることだ。あるいは人の行動をその感情にもう一度結びつける、つまり心にもない行動をとらされるのではなく、自分の感情に裏打ちされた行動をとれるようになることだ。また、感情に激しさと彩りを加えることだ。一見、たやすいことのようにみえる愛情の表現が、男たちにとってはとても大変なのだ。表と裏 土居健郎
＃６
開かれた男性は自由な人間である。他からの差し金ではなく、自分自身の欲求に基づいて行動する。傷つけられることを恐れて自分の感情を隠しておこうおとはしないので、無防備だ。しかし開かれた男は冷たい人間ではない。なぜなら、その日常生活のすぐ下には、彼の感情、欲望、そして夢が、熱く燃えているのだから。ロング・アイランドのロスリンで、男性のエンカウンター・グループを指導しているトム・リンチにいわせると、「開かれた男性は喜怒哀楽に率直に反応する。彼は自分をしっかり把握しており、鋭い方向感覚をもっている」。
＃７
開かれた男性の“開かれた状態”は、カレン・ホーナイが“誠意ある態度”と名付けた人生に対する態度にも似ている。つまりそれは、「見栄を張らず、感情にうそ偽りがなく、感情面でも仕事でも信ずることにおいても、自分をまるごと出せることである」。しかしほんとうの“開かれた状態”には、感情を自然に出す以上のものがあるのだ。ハーバード大学の法学部と医学部で、法学と精神医学を教えるアラン・ストーン博士はいう。「自分の感情を表現しようとする意志は、コミュニケーションには欠かせぬものだ。しかし、他人を手玉にとろうとするわがままな感情表出と、感情を真に共有しようとすることとを区別することは大切だ」。「ナルシシスティックな感情表出は、感情的な裏切り、脅迫、哀訴になりかねない。言い古された意味での悪徳に通じる。それは、“自分世代（ミーゼネレーション）”に典型的で、自己実現の方法や潜在力開発運動にも取り入れられてきた。人々、まるで治療者の患者であって、ふつうの常識人ではないかのように、感じたままを相手に伝えるようすすめられてきた」「それはたいへんな混乱をもたらした。つまり、お互いに大切に思い合っている者同士の感情の分かち合いと、悩みをただ自分本位に人に話すこととの区別がつかなくなったのだ。親しい間柄なら誰にも、ある程度は悩みを聞いたり、慰めたりすることがあるものだが、それが即、“自分の感情に率直なる”ことになるのだと受け取られはしないか、私はいささか心配だ」「人は心を開くことによって、自分自身の浄化（カタルシス）をやってのけるだけでなく、相手のもつ、感情移入の欲求も満たす必要がある。彼は心配して欲しいし、彼女は心配してあげたい。相手の欲求におかまいなしなら、心の扉を開いたつもりの行動も、実際はひとりごとをいっているのに等しい。それでは鏡に向かって、自分をめかしたてているようなもので、“心を開くこと”が、なるでナルシシズム（自己愛）の練習になってしまう」「他人と感情を分かち合うことが望ましいのは、それによって親密な関係をもつのがより可能になるからである。他人に自分の悩みを打ち明けるのは、親密な関係の始まりである。しかし、それがすべてではない。親密な関係には相互のやりとりが必要なのだ」
2005年08月06日(土) 15:43:28 Modified by gedo5