愛するということ エーリッヒ・フロム
＃１
愛は、誰でもが、自分の人間としての成熟の度合いと関連なしに、手軽に耽溺できるような感傷的なものではない
＃２
（この本は）読者に対して、全体としての自分のパーソナリティを発達させ、生産的な方向をとるようにすることを積極的に試みない限りは、いかに愛を求める試みをしてみたところで、失敗することは決定的だということを痛感させようと思っている本である
＃３
大部分の人々は愛の問題を、愛することの問題としてとらえるよりも、愛されることの問題として考えている。それゆえ、人々にとって問題なのは、どうして愛されるようになるか、どうして愛らしくなるかということなのである。この目的を追い求めて進む彼らの道はいくつかある。男子によって好んで用いられる方法は、成功すること、その人の地位として社会的に許される限りの権力を持ち、金持ちになることである。女性によって好んで用いられているもうひとつの方法は、自分の姿をととのえ、服装を洗練して自分を魅力のなるものとすることである。男女のいずれによっても用いられる、自分をアトラクティブにする他の方法は、感じのよい作法や興味深い話のやりとりに巧みになることであり、有能であり、しかも謙虚で悪気がないようにふるまえることである。自分を愛すべきものとする方法は、自分自身を成功させるため、また≪友人をかちえて、人々を動かすようになる≫ために用いられるのと同じ方法なのである。われわれの文化において、ほとんどすべての人々が、愛すべきだという言葉に与えている意味は、事実は、通俗的であり人気があるということと、性的アピールがあるということがいりまじったものなのである。
＃４
この小著は、愛とは技術であるとする見解に立っている。しかし、今日の人々は、その大部分が、愛とは快い感じにすぎないものであり、それを経験すると否とは、機会のいかんにかかるもの、幸運にさえ恵まれるならば、きっとその中に「おちこむ」というようなもの、だと考えている。それゆえ、藍については、特に学ばなければならぬようなものはないとする態度ができあがる。愛することの問題は、その対象いかんの問題であり、能力の問題ではないという主張である。この人たちは、≪愛する≫ことは簡単なことで、ただ愛する―あるいは愛される―正しい対象を見つけ出すことがむずかしいのだと考えているのである。
＃５
愛について学ぶべきことはないのだ、という仮定に導く第三の誤りは、恋に≪陥る≫はじめの経験と、愛しているという持続的な状態、あるいはわれわれがよくいうように、愛の中に≪とどまっている≫こととを混同していることにある。もし、われわれすべてがそうであるように、いままでは他人であったふたりの人が、急に自分たちの間の壁をこわし、親しさを感じあい、ひとつであることを感じあうというとき、この合一の瞬間は、生涯においてもっとも勇気を与え、またもっとも心をおどらせる経験をする瞬間であろう。それは愛なしに遮断され、独りぼっちにされていた人にとっては、いっそうすばらしく奇跡のようなことであろう。急に親しくなるというこの奇跡は、もしもそれが性的な牽引及び性の成就と結び付けられるか、あるいはそれによってはじめられるときには促進されることがしばしばである。しかしながら、この形の愛はその性質のはげしさのためにながくは続かないのである。二人の人がよく知り合ってしまうと、彼らの親密さはしだいに、その不思議な性格を失うようになる。遂には、彼らの対立、失望、お互いの倦怠が最初の興奮の名残であるものをも殺してしまうようになるのである。しかし、はじめは、彼らはこのことにまったく気づいていない。実際、夢中になる強さ、互いに≪血道をあげる≫強さが、その愛の強さの証拠としてあげられている。しかしながら、それはただ彼らが愛し合う以前の淋しさの程度を示すものにすぎないのである。
＃６
愛の失敗を克服する適切な方法は、ただひとつしかないように思われる。―この失敗の理由を調べ、愛の意味を学ぶことをはじめることがそれである。踏むべき第一の段階は、生きることが技術であるのとまったく同じように、愛が技術であることを知ることである。もしわれわれがいかに愛するかを学ぼうと思うならば、音楽や絵画や建築の技術、治療或いは工学の技術のようなほかの技術を学ぼうと思う時に、われわれがまずしなければならないのと同じような仕方で学び始めなければならないのである。…技術を学ぶ過程は、便宜的には、二つの部分に分けられる。すなわち、ひとつは理論に習熟することであり、ひとつは実践の習熟である。もしも私が治療の技術を身につけようとのぞむときは、まず第一に人間の体について、また、いろいろの病気についての事実を知らなければならない。しかし、あらゆる理論的な知識をもったとしても、私の治療の技術が完成されたということには決してならない。治療の技術では、理論的知識の結果と私の実践の結果とが、最後に一つに融合するまで、非常に多くの訓練をへてはじめて達人になることができるのである。この融合はわたくしの直観によれば、あらゆる技術の習得の本質をなすものである。
＃７
しかし理論と実践の訓練のほかに、さらにどの技術においても、名人となるために必要な第三の要素がある。―その技術に習得することが究極の関心事となっていなければならないということである。そこではこの世の中に、その技術よりも重要なものがあってはならないのである。これは音楽にも、治療にも、建築にも、―そして愛にも適用される。おそらくここにこそ、われわれの文化の中に生きている人々が、明らかに失敗しているにもかかわらず、なぜこの愛の技術をほとんど学ぼうとしないかという疑問の答えがあるのである。愛に対する深く根ざした熱望にもかかわらず、ほとんどすべてのものが愛よりも重要であると考えられているのである。すなわち、われわれのあらゆるエネルギーは、成功、威信、金、力というような目標をいかに入手するかを学ぶために用いられ、愛する技術を学ぶためには少しも用いられていないのである。ただ、金銭あるいは威信をあがなうことに役立つもののみが、学ぶに値するものであると考えられるならば、ただ精神の役には立つが、近代の感覚でいる利益にはならない愛は、われわれがそれをうるためには多くの力を費やす意義を持たない贅沢となるのだろうか。
愛は、誰でもが、自分の人間としての成熟の度合いと関連なしに、手軽に耽溺できるような感傷的なものではない
＃２
（この本は）読者に対して、全体としての自分のパーソナリティを発達させ、生産的な方向をとるようにすることを積極的に試みない限りは、いかに愛を求める試みをしてみたところで、失敗することは決定的だということを痛感させようと思っている本である
＃３
大部分の人々は愛の問題を、愛することの問題としてとらえるよりも、愛されることの問題として考えている。それゆえ、人々にとって問題なのは、どうして愛されるようになるか、どうして愛らしくなるかということなのである。この目的を追い求めて進む彼らの道はいくつかある。男子によって好んで用いられる方法は、成功すること、その人の地位として社会的に許される限りの権力を持ち、金持ちになることである。女性によって好んで用いられているもうひとつの方法は、自分の姿をととのえ、服装を洗練して自分を魅力のなるものとすることである。男女のいずれによっても用いられる、自分をアトラクティブにする他の方法は、感じのよい作法や興味深い話のやりとりに巧みになることであり、有能であり、しかも謙虚で悪気がないようにふるまえることである。自分を愛すべきものとする方法は、自分自身を成功させるため、また≪友人をかちえて、人々を動かすようになる≫ために用いられるのと同じ方法なのである。われわれの文化において、ほとんどすべての人々が、愛すべきだという言葉に与えている意味は、事実は、通俗的であり人気があるということと、性的アピールがあるということがいりまじったものなのである。
＃４
この小著は、愛とは技術であるとする見解に立っている。しかし、今日の人々は、その大部分が、愛とは快い感じにすぎないものであり、それを経験すると否とは、機会のいかんにかかるもの、幸運にさえ恵まれるならば、きっとその中に「おちこむ」というようなもの、だと考えている。それゆえ、藍については、特に学ばなければならぬようなものはないとする態度ができあがる。愛することの問題は、その対象いかんの問題であり、能力の問題ではないという主張である。この人たちは、≪愛する≫ことは簡単なことで、ただ愛する―あるいは愛される―正しい対象を見つけ出すことがむずかしいのだと考えているのである。
＃５
愛について学ぶべきことはないのだ、という仮定に導く第三の誤りは、恋に≪陥る≫はじめの経験と、愛しているという持続的な状態、あるいはわれわれがよくいうように、愛の中に≪とどまっている≫こととを混同していることにある。もし、われわれすべてがそうであるように、いままでは他人であったふたりの人が、急に自分たちの間の壁をこわし、親しさを感じあい、ひとつであることを感じあうというとき、この合一の瞬間は、生涯においてもっとも勇気を与え、またもっとも心をおどらせる経験をする瞬間であろう。それは愛なしに遮断され、独りぼっちにされていた人にとっては、いっそうすばらしく奇跡のようなことであろう。急に親しくなるというこの奇跡は、もしもそれが性的な牽引及び性の成就と結び付けられるか、あるいはそれによってはじめられるときには促進されることがしばしばである。しかしながら、この形の愛はその性質のはげしさのためにながくは続かないのである。二人の人がよく知り合ってしまうと、彼らの親密さはしだいに、その不思議な性格を失うようになる。遂には、彼らの対立、失望、お互いの倦怠が最初の興奮の名残であるものをも殺してしまうようになるのである。しかし、はじめは、彼らはこのことにまったく気づいていない。実際、夢中になる強さ、互いに≪血道をあげる≫強さが、その愛の強さの証拠としてあげられている。しかしながら、それはただ彼らが愛し合う以前の淋しさの程度を示すものにすぎないのである。
＃６
愛の失敗を克服する適切な方法は、ただひとつしかないように思われる。―この失敗の理由を調べ、愛の意味を学ぶことをはじめることがそれである。踏むべき第一の段階は、生きることが技術であるのとまったく同じように、愛が技術であることを知ることである。もしわれわれがいかに愛するかを学ぼうと思うならば、音楽や絵画や建築の技術、治療或いは工学の技術のようなほかの技術を学ぼうと思う時に、われわれがまずしなければならないのと同じような仕方で学び始めなければならないのである。…技術を学ぶ過程は、便宜的には、二つの部分に分けられる。すなわち、ひとつは理論に習熟することであり、ひとつは実践の習熟である。もしも私が治療の技術を身につけようとのぞむときは、まず第一に人間の体について、また、いろいろの病気についての事実を知らなければならない。しかし、あらゆる理論的な知識をもったとしても、私の治療の技術が完成されたということには決してならない。治療の技術では、理論的知識の結果と私の実践の結果とが、最後に一つに融合するまで、非常に多くの訓練をへてはじめて達人になることができるのである。この融合はわたくしの直観によれば、あらゆる技術の習得の本質をなすものである。
＃７
しかし理論と実践の訓練のほかに、さらにどの技術においても、名人となるために必要な第三の要素がある。―その技術に習得することが究極の関心事となっていなければならないということである。そこではこの世の中に、その技術よりも重要なものがあってはならないのである。これは音楽にも、治療にも、建築にも、―そして愛にも適用される。おそらくここにこそ、われわれの文化の中に生きている人々が、明らかに失敗しているにもかかわらず、なぜこの愛の技術をほとんど学ぼうとしないかという疑問の答えがあるのである。愛に対する深く根ざした熱望にもかかわらず、ほとんどすべてのものが愛よりも重要であると考えられているのである。すなわち、われわれのあらゆるエネルギーは、成功、威信、金、力というような目標をいかに入手するかを学ぶために用いられ、愛する技術を学ぶためには少しも用いられていないのである。ただ、金銭あるいは威信をあがなうことに役立つもののみが、学ぶに値するものであると考えられるならば、ただ精神の役には立つが、近代の感覚でいる利益にはならない愛は、われわれがそれをうるためには多くの力を費やす意義を持たない贅沢となるのだろうか。
2005年08月06日(土) 14:21:59 Modified by gedo5