意識の起源史（上） ノイマン
＃１
神話に見られる意識発達の諸段階は、自我が無意識の中に包まれている段階から始まり、最後には自我が自らの在り方を自覚し、それを英雄的に主張するばかりか、みずからの活動を通して変容していく中で、経験を拡大し相対化することのできる状態にまで達する。神話の第一幕は創造神話である。創造神話においては、心的なものの神話への投影は、宇宙生成論の形で、即ち創造神話の形でなされる。世界と無意識が圧倒しており、それらが神話の主題をなす。自我と人間はやっといま生まれたばかりで、その誕生、苦悩、独立の過程が創造神話のさまざまな局面をなす。
＃２
宇宙両親が分裂する段階で、人類の自我意識の核は最終的に固まる。この核は創造神話の範囲内で早くも第二幕である英雄神話の段階に突入する。この段階に至ると自我・意識・人間界・の尊厳が姿を現わし、またそれを自らも意識するようになる。
＃３
ウロボロスとは原初を宇宙論的・人類史的・系統発生的にシンボル化したものである。始源に位置するものは完全性と全体性である。…始源にはいつもある一つのシンボル[＝ウロボロス]が置かれるが、このシンボルは恐ろしく多様な意味をもち、規定されず、規定し得ないものであることが最大の特徴である。…始源の原初の状態は、神話において宇宙に投影され、世界の始まりとして、すなわち創造神話として描かれる。…Ｅ・カッシーラーは、あらゆる民族、あらゆる宗教において、創造が光の創造として現れていることを証明し、その内容を記述した。要するに、無意識の暗黒に対立する光として現れてくる意識の成立こそ、創造神話の本来の「主題」なのである。…意識の発達の始まりを、世界の始まりとして神話的に表現したものが光の生成であり、この光の生成があってはじめて、世界生成がそもそも目に見えるものとなるのである。
＃４
しかし、無意識の表現形式は意識の表現形式とは違って、対象を一連の論証的な説明や論理的対決によって固定し、限定し、明確にしようとはしないし、またすることもできない。無意識のやり方は別である。つまり、説明されるべき事柄、理解され解釈されるべき事柄の周りにシンボルが集まるのである。意識化の行為とは、対象の周辺にシンボルが集中的に集まって、さまざまな角度からその未知のものを言い換え、表現することである。どのシンボルも、理解すべき対象の別の本質を明かし、別の意味を暗示する。問われるべき中心の周りに集まっているこれらシンボルの一覧表、すなわち同類のシンボル群によって初めて、それらシンボルが暗示し表現しようとしている事柄の洞察が可能となる。
＃５ 始原のシンボル群―完全な円・胚芽・対立を含むもの・永遠に静止せるもの
原初の完全性を表すシンボルの一つが円である。円・球・丸いものであるそれは、自己完結的なものであり、始まりも終わりももたない。世界のできる以前の完全性であるそれは、いかなる時の流れにも先立ち、永遠である。…丸いものとは卵・[錬金術の]哲学者の世界卵・始源の胚芽の状態であり、いたるところで説かれているように、この状態から世界が生成する。丸いものはまた、対立物を包含している完全なるものであり、始源であり終末である。すなわち、それが始源であるというのは、対立物がまだ分離しておらず、世界が始まっていないからであり、終末であるというのは、対立物が再び統合されて、世界が再びその中で安らいでいるからである。…ここで言う対立を内包する完全なるものは、自足しているがゆえにこそ完全なのである。その自己充足と自己満足、そそいてすべての汝や他者からの独立は、それが自己完結的に永遠であることの印である。…自己回転する生き物とは、円をなす蛇、自らの尾を咬む始源の原蛇、自らのうちで自己生殖するウロボロスである。ウロボロスは古代エジプトのシンボルであり、これについては次のような記述があある。≪蛇は自らを殺し、自らとつがい、自らを孕ませる≫。蛇は男でありながら女であり、孕ませる者でありながら孕む者であり、呑み込むかつ産み出し、能動的でありながら受動的であり、上でありながら下である。
＃６
ウロボロスは丸い容器、すなわち母の原子宮として現れるが、しかしまた男女の対立の統合・原両親・永遠の抱擁のうちに互いに結合している父と母としても現れる。…しかしこの両親像は起源のシンボルであって、性や「性理論」とは関わりのないことが認識されなければならない。
＃７
人間の意識はこの母なるウロボロスに対して自らを胎児的だと感じる。というのは、自我には自分がこの原シンボルの中にすっぽり包まれていると思われるからである。母なるウロボロスに比べれば、自我は小さなもの、あとからできた無力なものである。
＃８
この最初の運動・自己授精という創造的要素―これはもちろんウロボロスの父性的側面に属する―は、時間の中での生成の開始を意味するが、これをイメージでとらえようとするのは、ウロボロスの母性的側面の場合よりもなお難しい。
＃９
ウロボロスから分離し、世界の中へ・そして世界を支配している対立原理との対決の中へ・入っていくことは、人類の発達にとっても個人の発達にとっても本質的な課題である。
＃１０ ウロボロスは個性化の完成のシンボルでもある
人生の後半期における自己形成の働きをユングは「個性化」と名付けたが、この働きは人生の前半期においても、いやそれどころかすでに幼児期においてもその決定的な発達の前形態をもっている。自己形成の前兆は遠く自我と意識の形成の中に見られるのである。確固とした自我、すなわち無意識と世界の溶かし込もうとする傾向に対して自分を持ちこたえることのできる自我の能力は、早くも初期のうちに発達するが、自己形成にとって同様に重要な前提である意識拡大の傾向も同じく初期に発達する。自我と意識は、確かに人生の前半では主に適応の達成に向けられ、そのため自己形成に向かう力は弱くなっているようにみえるが、それにもかかわらずこの自己実現の傾向は、高度に「成熟」して初めて明らかになるとはいえ、その萌芽をすでに幼児期にもち、自己実現をめぐっての最初の戦いのいくつかもすでに幼児期になされているのである。ウロボロスのいわゆる自己愛的、自足的、自体愛的、自己中心的段階、およびすでに見てきた人間中心的な段階は、幼児の自足的で素朴な自己関与に非常にはっきりと認められるものであり、これは後の自己−発達の重要な前段階をなしている。
＃１１
もはや世界の対立原理が支配的でなくなり、世界を食べることも、世界に食べられることも、もはや最も重要なことではなくなるところではどこでも、ウロボロス−シンボルがマンダラとして成人の心に現れるんのである。
＃１２ 太母、すなわちウロボロスの支配下にある自我
＃１３ 太母からの自我の出立、および太母の２つの性質
自我が自らウロボロスとの同一状態から切り離し始め、母胎内での胎児状態である原結合でなくなると、世界に対する自我の新しい構えが生じてくる。…この目覚めつつある人類−自我によって体験される世界は、バッハオーフェンの母権制の世界、母なる運命の女神の世界である。貪り食う悪い母も、養う良い母も、この心的段階を支配するウロボロス的な大いなる母神の両面なのである。元型の両義性、両面性がはっきりと姿を現してくると、元型の掌中にある異常、自我も元型に対して両面的な構えを取らざるをえなくなる。
＃１４ 世界と無意識の圧倒的な力―心理的な段階としての母権制
無意識の威圧的な姿は呑み込み破壊する側面に由来し、またそうしたものとして自らを明かしもするが、この側面は悪い母としてイメージされ、具体的には死・ペスト・飢饉・洪水・本能の猛威・奈落へ引きずり込む甘美さ・などをつかさどる残酷な女主人としてイメージされる。一方、良い母としての側面は、豊かに贈り与える世界であり、生に至福を与える幸福の授け手、自然の豊饒な大地、生み出す子宮としての豊満の角である。これは本能に包まれた状態の中で体験される世界の深みであり美であって、救済と再生、蘇生と新生を日々約束し成就する、創造的な根源の慈悲であり恩寵である。これらすべてに対して、自我・意識・個人は小さく無力なままである。彼は自らが無防備かつ微小であり、包み込まれていて情けないほどに依存的であり、無限に広い原＝大海に漂う小島であると感じる。この段階においては意識はまだ、打ち寄せる無意識の存在に対して、自らが立つべき確たる地盤を戦い取っていない。幼い自我にとって、すべてはなお底なしの奈落に隠されており、自我はこの奈落の渦の中で方向も距離もわからず、不気味な生命力をもつ原＝渦に対してほとんど無防備のまま、木の葉のように翻弄される。この原＝渦はそれ自身の深みと世界の深みの両方からたえず新たに自我を圧倒するのである。
神話に見られる意識発達の諸段階は、自我が無意識の中に包まれている段階から始まり、最後には自我が自らの在り方を自覚し、それを英雄的に主張するばかりか、みずからの活動を通して変容していく中で、経験を拡大し相対化することのできる状態にまで達する。神話の第一幕は創造神話である。創造神話においては、心的なものの神話への投影は、宇宙生成論の形で、即ち創造神話の形でなされる。世界と無意識が圧倒しており、それらが神話の主題をなす。自我と人間はやっといま生まれたばかりで、その誕生、苦悩、独立の過程が創造神話のさまざまな局面をなす。
＃２
宇宙両親が分裂する段階で、人類の自我意識の核は最終的に固まる。この核は創造神話の範囲内で早くも第二幕である英雄神話の段階に突入する。この段階に至ると自我・意識・人間界・の尊厳が姿を現わし、またそれを自らも意識するようになる。
＃３
ウロボロスとは原初を宇宙論的・人類史的・系統発生的にシンボル化したものである。始源に位置するものは完全性と全体性である。…始源にはいつもある一つのシンボル[＝ウロボロス]が置かれるが、このシンボルは恐ろしく多様な意味をもち、規定されず、規定し得ないものであることが最大の特徴である。…始源の原初の状態は、神話において宇宙に投影され、世界の始まりとして、すなわち創造神話として描かれる。…Ｅ・カッシーラーは、あらゆる民族、あらゆる宗教において、創造が光の創造として現れていることを証明し、その内容を記述した。要するに、無意識の暗黒に対立する光として現れてくる意識の成立こそ、創造神話の本来の「主題」なのである。…意識の発達の始まりを、世界の始まりとして神話的に表現したものが光の生成であり、この光の生成があってはじめて、世界生成がそもそも目に見えるものとなるのである。
＃４
しかし、無意識の表現形式は意識の表現形式とは違って、対象を一連の論証的な説明や論理的対決によって固定し、限定し、明確にしようとはしないし、またすることもできない。無意識のやり方は別である。つまり、説明されるべき事柄、理解され解釈されるべき事柄の周りにシンボルが集まるのである。意識化の行為とは、対象の周辺にシンボルが集中的に集まって、さまざまな角度からその未知のものを言い換え、表現することである。どのシンボルも、理解すべき対象の別の本質を明かし、別の意味を暗示する。問われるべき中心の周りに集まっているこれらシンボルの一覧表、すなわち同類のシンボル群によって初めて、それらシンボルが暗示し表現しようとしている事柄の洞察が可能となる。
＃５ 始原のシンボル群―完全な円・胚芽・対立を含むもの・永遠に静止せるもの
原初の完全性を表すシンボルの一つが円である。円・球・丸いものであるそれは、自己完結的なものであり、始まりも終わりももたない。世界のできる以前の完全性であるそれは、いかなる時の流れにも先立ち、永遠である。…丸いものとは卵・[錬金術の]哲学者の世界卵・始源の胚芽の状態であり、いたるところで説かれているように、この状態から世界が生成する。丸いものはまた、対立物を包含している完全なるものであり、始源であり終末である。すなわち、それが始源であるというのは、対立物がまだ分離しておらず、世界が始まっていないからであり、終末であるというのは、対立物が再び統合されて、世界が再びその中で安らいでいるからである。…ここで言う対立を内包する完全なるものは、自足しているがゆえにこそ完全なのである。その自己充足と自己満足、そそいてすべての汝や他者からの独立は、それが自己完結的に永遠であることの印である。…自己回転する生き物とは、円をなす蛇、自らの尾を咬む始源の原蛇、自らのうちで自己生殖するウロボロスである。ウロボロスは古代エジプトのシンボルであり、これについては次のような記述があある。≪蛇は自らを殺し、自らとつがい、自らを孕ませる≫。蛇は男でありながら女であり、孕ませる者でありながら孕む者であり、呑み込むかつ産み出し、能動的でありながら受動的であり、上でありながら下である。
＃６
ウロボロスは丸い容器、すなわち母の原子宮として現れるが、しかしまた男女の対立の統合・原両親・永遠の抱擁のうちに互いに結合している父と母としても現れる。…しかしこの両親像は起源のシンボルであって、性や「性理論」とは関わりのないことが認識されなければならない。
＃７
人間の意識はこの母なるウロボロスに対して自らを胎児的だと感じる。というのは、自我には自分がこの原シンボルの中にすっぽり包まれていると思われるからである。母なるウロボロスに比べれば、自我は小さなもの、あとからできた無力なものである。
＃８
この最初の運動・自己授精という創造的要素―これはもちろんウロボロスの父性的側面に属する―は、時間の中での生成の開始を意味するが、これをイメージでとらえようとするのは、ウロボロスの母性的側面の場合よりもなお難しい。
＃９
ウロボロスから分離し、世界の中へ・そして世界を支配している対立原理との対決の中へ・入っていくことは、人類の発達にとっても個人の発達にとっても本質的な課題である。
＃１０ ウロボロスは個性化の完成のシンボルでもある
人生の後半期における自己形成の働きをユングは「個性化」と名付けたが、この働きは人生の前半期においても、いやそれどころかすでに幼児期においてもその決定的な発達の前形態をもっている。自己形成の前兆は遠く自我と意識の形成の中に見られるのである。確固とした自我、すなわち無意識と世界の溶かし込もうとする傾向に対して自分を持ちこたえることのできる自我の能力は、早くも初期のうちに発達するが、自己形成にとって同様に重要な前提である意識拡大の傾向も同じく初期に発達する。自我と意識は、確かに人生の前半では主に適応の達成に向けられ、そのため自己形成に向かう力は弱くなっているようにみえるが、それにもかかわらずこの自己実現の傾向は、高度に「成熟」して初めて明らかになるとはいえ、その萌芽をすでに幼児期にもち、自己実現をめぐっての最初の戦いのいくつかもすでに幼児期になされているのである。ウロボロスのいわゆる自己愛的、自足的、自体愛的、自己中心的段階、およびすでに見てきた人間中心的な段階は、幼児の自足的で素朴な自己関与に非常にはっきりと認められるものであり、これは後の自己−発達の重要な前段階をなしている。
＃１１
もはや世界の対立原理が支配的でなくなり、世界を食べることも、世界に食べられることも、もはや最も重要なことではなくなるところではどこでも、ウロボロス−シンボルがマンダラとして成人の心に現れるんのである。
＃１２ 太母、すなわちウロボロスの支配下にある自我
＃１３ 太母からの自我の出立、および太母の２つの性質
自我が自らウロボロスとの同一状態から切り離し始め、母胎内での胎児状態である原結合でなくなると、世界に対する自我の新しい構えが生じてくる。…この目覚めつつある人類−自我によって体験される世界は、バッハオーフェンの母権制の世界、母なる運命の女神の世界である。貪り食う悪い母も、養う良い母も、この心的段階を支配するウロボロス的な大いなる母神の両面なのである。元型の両義性、両面性がはっきりと姿を現してくると、元型の掌中にある異常、自我も元型に対して両面的な構えを取らざるをえなくなる。
＃１４ 世界と無意識の圧倒的な力―心理的な段階としての母権制
無意識の威圧的な姿は呑み込み破壊する側面に由来し、またそうしたものとして自らを明かしもするが、この側面は悪い母としてイメージされ、具体的には死・ペスト・飢饉・洪水・本能の猛威・奈落へ引きずり込む甘美さ・などをつかさどる残酷な女主人としてイメージされる。一方、良い母としての側面は、豊かに贈り与える世界であり、生に至福を与える幸福の授け手、自然の豊饒な大地、生み出す子宮としての豊満の角である。これは本能に包まれた状態の中で体験される世界の深みであり美であって、救済と再生、蘇生と新生を日々約束し成就する、創造的な根源の慈悲であり恩寵である。これらすべてに対して、自我・意識・個人は小さく無力なままである。彼は自らが無防備かつ微小であり、包み込まれていて情けないほどに依存的であり、無限に広い原＝大海に漂う小島であると感じる。この段階においては意識はまだ、打ち寄せる無意識の存在に対して、自らが立つべき確たる地盤を戦い取っていない。幼い自我にとって、すべてはなお底なしの奈落に隠されており、自我はこの奈落の渦の中で方向も距離もわからず、不気味な生命力をもつ原＝渦に対してほとんど無防備のまま、木の葉のように翻弄される。この原＝渦はそれ自身の深みと世界の深みの両方からたえず新たに自我を圧倒するのである。
2005年07月30日(土) 14:06:45 Modified by gedo5