笑い・人みしり・秘密 １９８０
＃１
一つの秘密をもつことは、一つの新しい世界の成立を意味する。その秘密を誰かに知られはしないか、という不安に脅かされる人。二人だけ、仲間だけの秘密を誰かが漏らすのではないかを疑う人。二人きり、仲間だけの間で、秘密を共有することで、一体感や連帯感の高まりに酔う人。誰も知らない秘密を、一人占めにした自己愛の満足をひそかに楽しむ人。人々の知りたがる秘密を占有することで、人々との間に、取引できる力を手に入れる人、秘密をもつことで、人々はみな、それぞれの新しい世界をもつようになる。そこでわたくしは、これらの秘密の心理について、「秘密をもつことの心理作用」を中心に、精神分析的な考察を行なうことにしたい。
＃２
そもそも秘密は、秘密にされる内容の如何によってではなく、むしろ、何ごとかを「秘密にしよう」とし、その「秘密を保とう」とする主体の“意志”の働きを、その本質としている。したがって、「秘密」は、その主体の自己確立や自己維持の“意志”の顕現である。しかし、それだけでなく「秘密をもつこと」は、その「秘密を知らぬ者」との間に自他の境界を設定し、「秘密を知らせてよい者」、「秘密を知らせてはならぬ者」との間に、ウチとソト、ミウチとヨソモノ、親しい人と他人、味方と敵方の区別・差別を確立する境界設定作用を意味している。つまりそれは秘密を共にする者同士の間に、より強いきずな、親密さ、連帯感をつくりだすと共に、秘密を漏らしてはならぬ人々に対する排除作用や疎外作用を発揮するのでる。
＃３
そしてこのような境界設定作用を介して、しばしば秘密は、対人関係の心理的な構造化をもたらす。つまり、「秘密」の構造論的分析によってわれわれは、「秘密」が保持され語られる対人関係構造化作用にも注目せねばならない。
＃４
さて「秘密の共有」と「秘密保持の厳守」の構造化作用によって、いわゆる二人ボッチの状態がつくりだされると、二人だけの「秘密」を知らされない第三者（単数ないし複数）は、この人間関係に対して自分（ないし自分たち）は、排除されている、とか疎外されているといった、ひがみ、ねたみをひきおこす。つまりこの場合われわれは、この二人だけの秘密を、二人のいずれかが第三者に漏らす、という文脈からだけでなく、むしろ二人の結びつきから排除されている立場の第三の人物の疎外感、二人の秘密を知りたい気持ち、覗き見したい衝動、羨望、嫉妬の心理の文脈からも、プライバシー論を論議せねばならない。そして、この第三者の人物が抱く、「秘密を知りたがる心理」の精神分析的な原型は、フロイトの「性欲論」（１９０５）における小児の性的好奇心、とりわけ父母の原光景に対する小児の心理的な反応である。
＃５
「秘密と肛門愛」の論議は、「秘密をもち秘密を保持する意志」と「秘密を排泄し告白したい衝動」の基本的葛藤をあきらかにしているが、この基本的葛藤は、自我と対象関係の文脈からみれば、「秘密をもつこと」の自他の境界設定、ひいては自己確認作用と、「秘密の告白」による、自他の融合、親密化作用の葛藤を意味している。そしてこの見地からみると、すでにタウスク（１９１９）は、ウィーン精神分析学会に発表した論文、「影響機械」において、「子どもの最初のうそ」、つまり親に対して子どもがもつ「最初の秘密」が、自他の境界設定作用、すなわち親からの「分離」（separation）と「個体化」（individuation）に関する自我の能力を子どもが獲得した最初の徴候としての意義をもつ事実に注目している。
一つの秘密をもつことは、一つの新しい世界の成立を意味する。その秘密を誰かに知られはしないか、という不安に脅かされる人。二人だけ、仲間だけの秘密を誰かが漏らすのではないかを疑う人。二人きり、仲間だけの間で、秘密を共有することで、一体感や連帯感の高まりに酔う人。誰も知らない秘密を、一人占めにした自己愛の満足をひそかに楽しむ人。人々の知りたがる秘密を占有することで、人々との間に、取引できる力を手に入れる人、秘密をもつことで、人々はみな、それぞれの新しい世界をもつようになる。そこでわたくしは、これらの秘密の心理について、「秘密をもつことの心理作用」を中心に、精神分析的な考察を行なうことにしたい。
＃２
そもそも秘密は、秘密にされる内容の如何によってではなく、むしろ、何ごとかを「秘密にしよう」とし、その「秘密を保とう」とする主体の“意志”の働きを、その本質としている。したがって、「秘密」は、その主体の自己確立や自己維持の“意志”の顕現である。しかし、それだけでなく「秘密をもつこと」は、その「秘密を知らぬ者」との間に自他の境界を設定し、「秘密を知らせてよい者」、「秘密を知らせてはならぬ者」との間に、ウチとソト、ミウチとヨソモノ、親しい人と他人、味方と敵方の区別・差別を確立する境界設定作用を意味している。つまりそれは秘密を共にする者同士の間に、より強いきずな、親密さ、連帯感をつくりだすと共に、秘密を漏らしてはならぬ人々に対する排除作用や疎外作用を発揮するのでる。
＃３
そしてこのような境界設定作用を介して、しばしば秘密は、対人関係の心理的な構造化をもたらす。つまり、「秘密」の構造論的分析によってわれわれは、「秘密」が保持され語られる対人関係構造化作用にも注目せねばならない。
＃４
さて「秘密の共有」と「秘密保持の厳守」の構造化作用によって、いわゆる二人ボッチの状態がつくりだされると、二人だけの「秘密」を知らされない第三者（単数ないし複数）は、この人間関係に対して自分（ないし自分たち）は、排除されている、とか疎外されているといった、ひがみ、ねたみをひきおこす。つまりこの場合われわれは、この二人だけの秘密を、二人のいずれかが第三者に漏らす、という文脈からだけでなく、むしろ二人の結びつきから排除されている立場の第三の人物の疎外感、二人の秘密を知りたい気持ち、覗き見したい衝動、羨望、嫉妬の心理の文脈からも、プライバシー論を論議せねばならない。そして、この第三者の人物が抱く、「秘密を知りたがる心理」の精神分析的な原型は、フロイトの「性欲論」（１９０５）における小児の性的好奇心、とりわけ父母の原光景に対する小児の心理的な反応である。
＃５
「秘密と肛門愛」の論議は、「秘密をもち秘密を保持する意志」と「秘密を排泄し告白したい衝動」の基本的葛藤をあきらかにしているが、この基本的葛藤は、自我と対象関係の文脈からみれば、「秘密をもつこと」の自他の境界設定、ひいては自己確認作用と、「秘密の告白」による、自他の融合、親密化作用の葛藤を意味している。そしてこの見地からみると、すでにタウスク（１９１９）は、ウィーン精神分析学会に発表した論文、「影響機械」において、「子どもの最初のうそ」、つまり親に対して子どもがもつ「最初の秘密」が、自他の境界設定作用、すなわち親からの「分離」（separation）と「個体化」（individuation）に関する自我の能力を子どもが獲得した最初の徴候としての意義をもつ事実に注目している。
2005年08月20日(土) 15:24:51 Modified by gedo5